一回操作ミスで入力が巻き戻ったので、もしかすると途中で地の文がないところがあるかもしれません。
「《Pastel✽Palette》の皆さん、演奏ありがとうございました」
スタジオに入ってから一時間ほどが経っただろうか。《Pastel✽Palette》の演奏が一通り終わった。
あの後、ステージでも披露する曲を数曲演奏してもらってから、いくつかのフレーズなんかを個別に演奏してもらったりセッションしたりと、一通り、彼女達の演奏には目を通した。
そして、もう既に俺の中での結論は固まった。
しかし、何事にも手順というものがある。数学で正しい答えを導き出しても、途中式が無ければ減点されるように、俺が結論を口にするためにも、正しい手順を踏まなければならない。
「では、まずは親父さんから、コメントをいただいてもいいですか」
「おう、俺からか」
「はい、お願いします」
その手順として、まずは、やはりわざわざ時間と場所を提供してもらった四方津さんの言葉を貰うのが筋というものだ。四方津さんも、最初に自分の言葉からというのは予想していたいたようで、すぐに体重を預けていた壁から背中を離すと、《Pastel✽Palette》のメンバーの前に歩み出る。
「そうだな、俺から言えることは、ほとんど演奏についてのことだな。そもそも、俺は《
そこで言葉を区切ると、四方津さんは氷川さんの方へと視線を注ぐ。
「まずはギターからいこうか。ギターは上手い。文句なしに上手いんだが、テクニックに任せて走り過ぎだ。バンドは、他のメンバーがいるから
「なるほど〜。……うん、何か分かったかも!」
氷川さんは今のアドバイスが腑に落ちたのか、何度もうんうんと頷いてみせた。演奏を見た感じでは、感覚型の芸術肌タイプかとも思ったが、どうやら理詰めも可能な天才肌のようだ。
俺が氷川さんへの評価を改めている内に、四方津さんの評価は、白鷺さんと若宮さんへと移っていた。
「逆に、キーボードとベースの二人は埋もれてるな。二人とも楽器経験はほとんど無いか?」
「はい、ベースには今回のバンド結成で、初めて触ったようなものです」
「はい、私もまだまだ修行中の身です!」
二人の答えに、四方津さんは大きく頷いた。
「ふむ、なら君らは多少粗くても、思い切り弾くことを意識するといい。君らは視野は広くてリズム感はあるんだが、それ故に、他に合わせに行きすぎて、自分の演奏が埋もれちまってる。ステージの上では、多少のミスは平気な顔してれば大丈夫だ。思いっきりやるといい」
「御指南、ありがとうございます」
「分かりました! 『売り出し三年』、頑張ります!」
二人がそれぞれに返事をすると、四方津さんは今度はつかつかと大和さんの方へと歩み寄った。
「で、次はドラムの大和ちゃんなんだが……」
「は、はい!」
「なぁ、大和ちゃん、暇なときでいいから《
「うぇぇ!?」
「うぉい! ちょっと待て親父さん!」
いきなり、今までの流れをぶった斬るような勧誘活動を始めた四方津さんに、俺は思わずツッコミを入れてしまった。
――むぅ。ペグ子たちのせいで、どうにもツッコミ体質になっちまってるな。いかんいかん……。
このままツッコミ体質が染み付けば、これ幸いと奥沢さんが俺にツッコミを任せきりになってしまうかもしれない。流石にそれだけは御免被りたい。
そう、バンドは喜びも
――ツッコミ体質についてはもう、手遅れな気もするけど。
人知れず、自分の体に染み付いた哀しき体質を嘆く俺。そんな俺の内心を知らない四方津さんは、後頭部を掻きながら、悪戯が見つかった子どもみたいな苦笑いを浮かべる。
「いや〜、すまんすまん! でも、大和ちゃんは諦めきれんのだよなぁ……あの演奏を聞かされたらなおさらな」
「まあ、頭一つ抜けていたのは、俺も同意ですけどね」
それについては、俺も同意しなければならない。大和さんの腕前は、この界隈なら3本の指に入るレベルだった。何なら、全国区でもトップレベルに食い込めそうなポテンシャルを秘めいているだろう。サポートメンバーとして欲しがるバンドは山のようにいるはずだ。
俺が素直に頷くと、四方津さんもニヤリと笑って頷いた。
「だろ? ま、とりあえずアドバイスさせてもらうなら、もっと自信を持って叩いてもいいな」
「自信、ですか……」
「ああ、はっきり言って、このバンドの演奏が空中分解してないのは、大和ちゃんの力が大きい。だから、『みんな私のリズムに従え!』位に強気でいい。そうすれば、ドラムの音圧に負けないように、他の楽器も自然と伸びるはずだ。このバンドの成長の鍵は君だ」
「は、はい! 頑張ります!」
四方津さんからの力強いエールに、それに負けない力強さで大和さんが応えた。同じドラマーとして通づるところがあるのか、大和さんは頬を上気させて、握りこぶしを固めている。どうやら、四方津さんの言葉は、文面以上に彼女の心に響いたらしかった。
そしてついに、アドバイスを受ける人間は最後の一人になった。
「で、最後にボーカルの丸山さん」
「は、はい!」
いよいよ自分の番と待ち構えていたはずだが、緊張からか丸山さんの声が上擦る。
「ボーカル専業のメンバーのいるバンドは、何と言ってもボーカルがバンドの顔になる。ボーカルが印象的なら、バンドは売れるし、その逆も然りだ」
「……はい」
「その点から言わせてもらうとだな……丸山さん、君は悪くなかったよ」
「ほ、本当ですか……!?」
不安気に顔を俯けて話を聞いてきた、丸山さんの顔が弾かれたように上がった。
「ああ。……なんというかな、仕事柄、分かるんだよ。本気で上に行ける奴とそうじゃない奴ってのは」
四方津さんの言葉に嘘はない。
四方津さんは、《arrows》のオーナーとして、また、自身も《オブリビオン》というバンドのドラマーとして、いわゆる「本物」を数え切れないほど目にしてきているのだ。その目利きに関しては、間違いなく「本物」と言っても過言ではない。
数え切れないほどの経験に裏打ちされた四方津さんの言葉には、周囲の人間を納得させるだけの説得力があった。
「たとえ、いい声を持っていても、そこに魂が乗っかってないと耳の肥えた人間には分かっちまう。逆に、どんなに魂を込めても、耳に残らない声ってのもある。残念な話だがな」
「…………」
「その点、君の声は良い。魂が篭っていて、何よりもアイドルらしい華がある。これは人を惹きつけてやまない声だ。人の心を鷲掴みにする声だ。間違いない、丸山さん、君は大成するだろう」
「あ、ありがとう……ございますっ……!」
自分の歌が認められたことへの嬉しさで、今にも泣き出しそうになる丸山さん。そんな彼女に向けて、四方津さんが人差し指をピンと立てる。
「そんな未来のトップスターに、一つだけアドバイスだ」
「っ……! はい!」
「アドバイス」と聞いて、すぐに真剣な表情になる丸山さん。そんな彼女に、四方津さんはニヤリと笑いかける。
「それはな、ステージの上では笑顔を絶やさないことだ」
そう言って、四方津さんは、丸山さんに向けていた人差し指を、そのまま自分の頬に持っていった。思いもよらないその動きに、丸山さんは「あっ」と声を上げて目を丸くした。
「オーディションに通ろうと必死で歌う顔も、悪くはなかったんだがな。アイドルは夢を売る仕事だろう? だったら、最高の笑顔でファンのみんなに夢をあげないとな」
「……はいっ!」
――流石、親父さんは格が違うな。演奏だけなんて言いながら、彼女たちをよく見てる。
俺は、四方津さんの丸山さんとのやり取りに、内心、舌を巻いていた。演奏技術だけではない、アイドルバンドの「アイドル」の部分にまで目を配ったアドバイス。確かに、彼女たちの最大の持ち味はアイドルであることだ。ならば、そこを大切にしなければいけないのは自明の理だ。
演奏や歌唱力に気を取られすぎていた俺は、アイドルとしてのパフォーマンスには目を向けていなかった。やはり、四方津さんにも意見を求めたのは正しい判断だった。
そんなことを考えていると、四方津さんの右手が、俺の肩をポンと叩く。
「んじゃ、俺の言いたいことは全部言わせてもらったよ。後は鳴瀬、お前が仕切ってくれよ。ま、結果は分かりきったことだがな」
「分かりました。でも、もう言いたいことは親父さんに全部言われて、出涸らししか残ってませんよ」
「ガハハ、その出涸らしをみんな待ってんだよ。さぁ、お前の口から言ってやりな」
「はい」
そして、四方津さんと入れ代わるように、今度は俺が《Pastel✽Palette》の前に立つ。期待と不安の入り混じった視線が俺に刺さる。
「《Pastel✽Palette》の皆さん、演奏お疲れ様でした。もう、俺の言いたいことは、全部四方津さんが言ってくれました。なので、単刀直入に結果だけ言わせてもらいます」
演奏について語りたいことは、全て四方津さんが語っていた。なら、俺が言うべきは唯一つ、今回の選考結果にほかならない。
「選考は合格です。《Pastel✽Palette》の皆さん、あなた達の演奏を、ぜひ俺たちの《G4Sproject》に響かせてほしい。これが、プロデューサーとしての俺の嘘偽り無い答えです」
合格。
真っ直ぐ前を見て、俺がその言葉を口にすると、その瞬間「わっ」という歓喜の声がスタジオに響き渡った。
「やった、やったよみんな!」
「おめでとう、そしてありがとう、彩ちゃん」
「やったね! ライブができるって思ったら、あたしもすっごく『るんっ』てしてきた!」
「私も嬉しいです! 今後、益々精進します!」
「ふへへ……私も頑張った甲斐がありましたね」
《Pastel✽Palette》のメンバーが、思い思いの言葉で、お互いを褒め合ったり、あるいは自身の思いを溢れさせたりと、全身で喜びを表現している。
「鳴瀬さん、彼女たちの熱意を汲み取って下さり、本当に、本当にありがとうございます……!」
「万里小路さん」
彼女達の眩しい姿を眺める俺の元に、壁際で成り行きを見守っていた万里小路さんがやってきた。彼は涙で声を詰まらせながら、俺の両手を取ってしっかりと握り締める。それに応えるように、俺も彼の手を強く握り返した。
「あれだけのものを見せられたのです。これで断るようなら、バンドマン失格でしょう。これからは、イベントのパートナーとして、よろしくお願いします、万里小路さん」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
万里小路さんが深々と頭を下げる。自分の受け持つアイドルのために躊躇わず頭を垂れるその姿に、やはり彼も一角の人物だったのだと、俺は改めて万里小路さんへの評価を上げることとなった。
「では、細かい打ち合わせは最初に入った会議室で行いましょうか」
「はい、分かりました。それじゃあ、みんな移動しようか」
「はーい!」
「はいっ!」
「承知しました」
「分かりました!」
「了解です!」
万里小路さんが声を掛けると、《Pastel✽Palette》のメンバーがそれに従ってスタジオを後にする。
「親父さん、よければ親父さんも打ち合わせに入ってアドバイスをいただいても構いませんか」
「ん、構わんぜ。どれほど役に立つかは分からんがな」
「ステージの配置とか、ライブについてのアドバイスなんかをお願いできたらと」
「おお、確かにライブについてなら俺も役に立てるか」
「ではお願いします」
選考で最高のコメントを残してくれた、四方津さんの参加も取り付けて、俺も《Pastel✽Palette》に続いてスタジオを後にする。
しかし、この四方津さんの打ち合わせへの参加は、大いなる判断ミスだった。
そのことを、俺はあと数時間後に身を持って知ることになる。
◇◇◇
《Pastel✽Palette》のライブ参加が決定してからしばらく。俺たちは、軽い昼食を摂ってから、会議室に籠もって、ライブについての詳細な打ち合わせを行っていた。と言っても、今からライブの大筋を曲げることはできないので、こちらが提示したタイムテーブルに沿って《Pastel✽Palette》に動いてもらう全体の流れの確認と、ライブに使用する機材やフォーメーションの確認が話題の中心となった。
ステージに関しては、やはり四方津さんを招いたのが正解で、いい感じに話を進めることができた。《Pastel✽Palette》のメンバーは、既に会議室からスタジオへ戻り、ライブに向けた練習を始めている。今日はスタジオを貸し切りにしたので、よければ練習をしないかという四方津さんの提案に乗った形だ。
俺は、会議でまとまった情報を、パソコンで企画書に打ち込んで、万里小路さんに画面を提示する。
「……それでは、ライブはこの通りに。企画書のデータは、このあとすぐにメールで送らせていただきますね」
万里小路さんは、パソコンの画面をスクロールして契約条項などに目を通すと大きく頷いた。
「はい、確かに確認しました。それでは、この企画書を基に、本社で正式な契約書を作成し、こちらも本日中にメールで送付させていただきます」
「よろしくお願いします」
万里小路さんと俺は、再び固い握手を交わす。その横では、四方津さんがパソコンの画面をスクロールして、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「ふふっ、こいつは中々面白いイベントになりそうじゃねぇか」
「ええ、俺もそう思いますよ」
「鳴瀬は案外、こういったプロモーターにも向いてそうだな」
画面から顔を上げた四方津さんから出たそんな言葉に、俺は思わず「んー」と唸ってしまう。
「自分ではよくわからないけど、そうなんですかね」
あまり自分ではピンとこなかったので、少し曖昧な返事になったが、それを拾ったのは万里小路さんだった。
「私も基音さんは、こういったイベントの企画運営に向いていると思います! 企画書を拝見させてもらいましたが、企業でも普通に通用する完成度ですよ! どうですか、大学卒業後は、当社《ムジカエンターテイメント》に就職などは! 今回のイベントが成功すれば、
万里小路さんが、こちらに身を乗り出してここぞとばかりにアピールしてくる。もしかすると、彼は俺を社内に引き込んで《Pastel✽Palette》の企画運営を一緒に担う未来を夢想しているのかもしれない。
「過分な評価、ありがとうございます。でも、俺はまだ自分のバンドデビューを諦めた訳ではないですから」
万里小路さんたちが、俺の才能を認めてくれるのは嬉しい。
でも、俺の中に灯るバンドマンとしての、ベーシストとしての焔は、まだ燃え尽きてはいない。それどころか、それは日に日に、その温度を高めているのだ。
だからこそ、俺は自分の心に嘘は吐けなかった。
「そうですか……。でも、もし気が変わったらぜひご連絡くださいね」
「はい、そのときは今度は俺がお世話になります」
万里小路さんは残念そうだったが、俺が笑顔で頭を下げると、嬉しそうに微笑んだ。そんな、和やかなムードで、打ち合わせが終わろうとしていた会議室に、局地的ハリケーンが突っ込んできたのはその時だった。
「なーるせっ!」
「ぐへっ!?」
会議室の扉が勢いよく開き、下座で入り口に背を向けていた俺の死角から、何者かが俺に飛びついてきたのだ。ヒキガエルの断末魔のような声を上げた俺が振り返ると、肩越しに、金色の髪と瞳を持つ少女と目があった。
――そう、言わずとしれたペグ子である。
「うわっ 、こころ!? なんでここに!?」
「今回の話がどうまとまったのか気になって、学校が終わってすぐに飛んできたのよ!」
「飛んできたってお前……それにしても到着が早すぎないか?」
俺は、ペグ子の言葉を訝しんだ。
確かに、壁の時計は午後三時を回っているが、まだ学校は終わってどれほども経っていない時間のはずだ。もしかすると、学校をサボってきたのかと勘ぐってしまう。
そんな、俺の抱いた疑問への答えは思わぬところから返ってきた。
「……それはですね、文字通り『飛んできたから』ですよ、鳴瀬さん」
「奥沢さん!?」
ドアを開けて入ってきた奥沢さんを見て、俺は思わず声を上げてしまった。
こういうことにはあまり乗り気ではない彼女のことだ。きっと同じクラスのペグ子が連れてきたのだろう。しかし、ペグ子がいるとはいえ、真面目な奥沢さんが学校をサボるとは考えづらい。そうすると、ますますこんなにも早く着いた理由が分からない。
――まてよ、今奥沢さんが「文字通り飛んできた」っていってたよな?
その口ぶりからすると、どうやら奥沢さんは全てを知っているらしい。だから俺は、奥沢さんに事の顛末を詳しく尋ねることにした。
「それで、奥沢さん。文字通りってどういうこと?」
「……帰りのHRのときに、砂ぼこりを舞い上げながら、ピンク色のヘリコプターが校庭に降りてきたのを見たときは、思わず頭を抱えましたよ」
「……マジで?」
「マジです、本気と書いてマジのやつです」
「
なんという、なんというペグ子の行動力なのだろう。奴はまさかのヘリコプターで飛んでここまでやってきたのだ。
――そんなこと、するか普通!? ……ペグ子は普通じゃなかったわ。
そう、最近は《G4Sproject》にかまけて、離れていたから失念していた。ペグ子とは、元々こういう奴なんだった。そして、そんな「こういう奴」ことペグ子は、楽しそうに腕組みをして、ふんぞり返っている。
「そう、マジなのよ! だから、美咲だけじゃなくて、他のみんなも来てるわよ! ミッシェルだけは、身体が大きくて乗れなかったけれど!」
ペグ子がそう言った瞬間、残る《ハロー、ハッピーワールド!》のメンバーが、雪崩込むように部屋へと入って来た。開口一番、彼女たちの口から飛び出すのは、やはり選考結果のことだった。
「やぁ、Mr.鳴瀬! 子猫ちゃんたちのオーディションはどうなったかな?」
「はぐみも、早く知りたーい!」
「や、大和さん達は合格なんでしょうか?」
「あ、それについては私も知りたいですね」
「それで、結果はどうなの、鳴瀬!?」
「ふっ、もちろん合格だよ」
俺がその言葉を口にした瞬間、会議室に歓声の花が咲いた。
「ああ! やはり、私の想像通りの儚い結果だったようだね!」
「儚い結果って、それだと落ちたみたいですよ。でも、合格したようで何よりですよ」
いつも通りの薫にツッコミを入れつつ、嬉しさをにじませる奥沢さん。
「わーい! これでライブがもっとにぎやかになるね!」
「素敵ね、はぐみ!」
手を取り合って喜ぶ北沢さんとペグ子。
「私も、大和さんたちと演奏できるの楽しみだなぁ」
大和さんとの演奏を待ち遠しそうにしている松原さん。
みんなそれぞれが、思い思いの形で《Pastel✽Palette》の参加を喜んでいるようだった。
――これなら、多少無茶をした甲斐もあったってもんだ。
少しでも多くのガールズバンドに触れることは、今の《ハロハピ》にとって間違いなくプラスになる。それも含めて、今回のライブは最良の形に落ち着いたのはないだろうか。
柄にもなく、そんな風に自画自賛をしてしまったのが、いけなかったのかもしれない。
「ねぇ、鳴瀬」
会議室に生まれた歓喜の輪から抜け出して、ペグ子が俺の下にやってきた。
「ん、どうしたこころ?」
「《Pastel✽Palette》の演奏って鳴瀬から見てどうだったの?」
なるほど、合格でいよいよ《Pastel✽Palette》の参戦が確実になった今、ペグ子の興味は、今度は《Pastel✽Palette》というバンドの方に移ったらしい。
だから、俺は《Pastel✽Palette》を見た、ありのままの感想を口にした。
「そうだな、一言で言うなら『華がある』感じかな。少し《
「へー、そうなのね」
俺の説明にペグ子は「うんうん」と何度も頷いた。
ここで話が終われば無事終了、後は《ハロハピ》の練習を見て、慌ただしかった一日が今日もまた終わる――
――はずだった。
「おう、《Pastel✽Palette》の演奏は俺から見ても中々のもんだったぞ!」
「あら、おじ様もそう思うのね!」
「ああ、あれは可能性を感じさせるいい演奏だった」
「へー、ライブで聴くのが楽しみね!」
「ああ、期待してていいぞ。鳴瀬なんか、もうこーんなに鼻の下伸ばして、デレデレしながら聴いてたからな」
「……えっ、ちょっ……」
四方津さんの発した言葉で、会議室の空気が急に冷え込んだ、ような気がした。
先程まで咲いていた、歓喜の花々は、凍てつく風に飛ばされたのか姿形も無くなって、その代わりに刺すように冷たい5つの視線が俺に向かって注がれる。
「へぇ、Mr.鳴瀬。ちょっと今の発言について説明を求めたいのだが構わないかね?」
「え、いや、説明するもなにも……ねぇ……」
「むー、鳴瀬くん、他の女の子に見とれてたの?」
「だから、ほら、俺は彼女たちを審査する立場だから、ね……」
「へー、それで彼女たちをじっっっくり眺めて鼻の下を伸ばしていた、と」
「じ、事実無根だよ、奥沢さん……」
「ふえぇぇ、やっぱり鳴瀬さんも、アイドルみたいなかわいい子が好みなんですね……」
「そ、そういうのじゃないんだ、松原さん……」
「な〜る〜せ〜!」
「いや、だから、これは、本当にちがうんだあぁぁぁ!」
気がつけば俺は、叫び声を上げながら、会議室の扉を潜っていた。
「あ〜っ! 鳴瀬が逃げたわ!」
「待て〜!(×5)」
この恐ろしき包囲網が完成する前に、俺にできることは全速力でこの場から逃げ去ることだけだった。こういう時、弁明はなんの効果もなく、ほとぼりが冷めるまで時間を置くことが最善の手であることは、今までの彼女たちとのやり取りで嫌というほどよく分かっていた。脇目もふらずに会議室から逃げ出した俺は、さながら自由を求めて彷徨う一匹の狼だった。
そんな狼の逃避行は、《arrows》を出た瞬間、ピンク色のヘリコプターから垂直降下してきた黒服の皆様の手によって阻止された。
そのまま《arrows》に逆戻りさせられた俺は、《ハロハピ》のために予約していたスタジオの一室に監禁され、それから数時間、決して納得されることはない不毛な弁明を彼女たちに繰り返すしかない、この世で最も哀れな存在となることを余儀なくされたのだった。
ちゃんちゃん(終)
とりあえず、第一の山場の《Pastel✽Palette》加入まで終わりましたわ! なんだか《ハロハピ》のメンバーは、久しぶりに出した気がしますわね!
第二章は、どちらかというとガールズバンドの群像劇感を全面に出しているので、致し方ない部分がありますわ!
ここから、本番までの練習風景を少し挟んで、いよいよライブが始まりますわ〜!
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。