今度こそミッシェルパートです。
と言っても、そんなに書くことは無いかもしれない。あるかもしれない。
お気に入り50突破ありがとうございます。ぼちぼち投稿の拙作を追いかけてもいいと思って下さる人がこれだけいることを嬉しく思います。
【駄文】
クマがピンクなのはポストペットモモの頃からの様式美ですよね(歳がバレる)。ウィッチクラフトワークスの摩訶ロンもピンクだったし。
「なんだこれは、どうなってるんだ……?」
ドアを開けるとそこにはピンクのクマ。
机の引き出しから青いタヌキが飛び出してくるような衝撃的な展開に俺の頭はフリーズした。
暫しの沈黙。
「あのー、鳴瀬さん? そこに立たれていると入れないんですけど」
ピンクのクマから聞こえる少しくぐもった耳慣れた声に、俺はハッと我に帰る。
「……って、ああ。なんだ、中身は奥沢さんか」
クマの正体に気づいた俺はすぐにその進路を開ける。クマはかなりの横幅だが、ドラムなど大型の楽器も搬入できるスタジオの入り口はなんとかその巨体を通過させた。
スタジオ入りに成功したクマ(奥沢さん)は俺の方を見て頭を下げる。
「いやー、ありがとうございます。なんとか無事に戻ってこれましたよ」
「ホントに無事なのか……それ? なぜクマの着ぐるみなんかに入ってるんだ?」
「あー、鳴瀬さんは知らないんでしたね。これが噂の『ミッシェル』ですよ」
「……! そうか、これがあの『ミッシェル』なのか!」
しばらくの間胸にわだかまっていた疑問が氷解した。
「ミッシェル」というのはこのピンクのクマの着ぐるみのことだったのだ。
なるほど、奥沢さんが言ってた「ミッシェル担当」とは「着ぐるみを動かす中の人」のことだったわけだ。
「あーっ! ミッシェルじゃない! やっと来てくれたのね!」
「わーい、ミッシェルだー!」
俺が一人納得してうんうんと頷いていたところに、ミッシェルの存在に気づいたペグ子達が駆け寄ってくる。
「あっ、そういえば鳴瀬はミッシェルとは初対面だったわね! ミッシェルご挨拶してあげて!」
そう言ってペグ子がビシッと指を指すと、ミッシェルはやれやれといった表情(のように見える)を作ってこちらを見る。
「わー、初めまして鳴瀬さーん(棒) みんな大好き、《ハロハピ》のマスコットミッシェルだよー(棒) よろしくねー(棒)」
「お、おう、よろしく……?」
あからさまに投げやりな態度のミッシェルに俺の返事もどことなくぎこちないものになる。
……まあ、もうすでに知り合いなんだから確かに茶番だよな。
初対面や中の人が分からないチビッ子ならまだしも、俺は奥沢さんとは既知の間柄だし、着ぐるみには中の人がいることぐらい今の半分以下の年齢の頃からとっくに知っている。
周囲の視線を
そんな潤滑油不足の挨拶を交わした俺たちを見てペグ子は満足そうにウンウンと首を縦に振る。
「うーん、これでようやく鳴瀬に《ハロハピ》のみんなを紹介することができたわ!」
「ふっ、そうだね。これで《ハロハピ》も全員勢揃いというわけだ」
「なるほどな、奥沢さんは楽器じゃなくてマスコット担当だったわけだ。納得がいったよ」
コミックバンドなどでは楽器担当のメンバー以外にも演出に必要な人間をメンバーとして舞台にあげることもある。ミッシェルが舞台に上がればさぞかしチビッ子のハートを掴むことだろう。
そんなことを考えて一人納得していた俺だったのだが、そこにペグ子のとんでもない発言が飛び出した。
「……? 鳴瀬、美咲は舞台には上がらないわよ?」
「は? じゃあ、ミッシェルは何するんだよ? ビラ配りか?」
折角集客力がありそうなミッシェルを舞台に上げないという発言に驚いた俺が声をあげると、ペグ子はさも不思議そうに首を傾げる。
「ミッシェルは舞台に上がるわよ?」
「じゃあ、やっぱり奥沢さんは舞台に上がるってことじゃないか」
「何を言ってるの、鳴瀬? 舞台に上がるのは美咲じゃなくてミッシェルよ?」
「えぇ……? だからそれは奥沢さんが舞台に上がるってことになるだろ?」
「ならないわよ?」
「いや、なるだろ!?」
お互いの頭の上に大量の疑問符を浮かべながら会話をしていたその時。
「鳴瀬さーん、ちょっといいですかー?」
見かねたような声とともに、ピンクの影が俺とペグ子の間に割って入る。それは紛れもなくミッシェルである。
「ん? どうしたミッシェル、何か話か?」
俺が尋ねると、ミッシェルはその頭を巨体ごと縦に揺らして首肯する。
「はい、そうです。こころさん、しばらく鳴瀬さんと二人でお話ししてもいいかなー?」
「分かったわミッシェル! 二人は初対面だもの、話したいこともいっぱいあると思うわ!」
ミッシェルの提案を快く受け入れたペグ子。それを見たミッシェルが、がっしりと俺の手を掴む。
「はーい、それじゃ鳴瀬さん、ちょっとあっちで二人でお話しましょうか?」
「お、おう……?」
そうして、俺はミッシェルに促されるままにスタジオの隅に連れられて行って、事の顛末をきくことになったのだった。
◇◇◇
「……マジかよ、それ」
「ええ、信じられないかもしれませんが、マジです」
部屋の隅でミッシェルから聞いた衝撃の事実に俺は思わず目を覆った。
なんと、ペグ子の中では奥沢さんとミッシェルは別個の人物ということになっているらしいのだ。
しかも、薫と北沢さんまでもが奥沢さんとミッシェルは別個の人物と思っているらしい。
……ピュアか、お前ら!
思わず叫んで、訂正に走りたい衝動に駆られたが、ミッシェルに制止させられる。
「無駄ですよ。だって私、前にみんなの目の前でミッシェルの首を脱いだんですけど、みんな『ミッシェルが女の子になっちゃった!?』って大騒ぎしてたんですよ?」
「えぇ……、あり得るのかそんな話」
「それがあり得るから始末に終えないんですよー、とほほ」
ミッシェルがガックリと肩を落とす。着ぐるみゆえに表情はお気楽そのものだったが、その姿からは哀愁がひしひしと感じられた。
「でも、あいつらの中でミッシェルがそうなってるなら、もうその設定でいくしかない、のか?」
「ですよね(諦念)」
「……頑張れ奥沢さん。俺もフォローするから」
「……約束ですよ? もし勝手に逃げたら、夜な夜な鳴瀬さんの枕元にピンク色したクマの霊が立ってる呪いをかけますから」
「怖っ! ……まあ、善処するよ」
「頼みましたからね。それじゃ、戻りますか」
「そうだな」
さらっととんでもないことを言われて一瞬怯んだ俺だったがなんとか気を取り直してミッシェルとともにペグ子のところに戻る。
「おーい、話は終わったぞー」
「あら、もういいの?」
声をかけるとペグ子が待ってましたと言わんばかりに顔をガバッと上げる。
「おう、大体話したいことは話したよ」
「なら良かったわ! ミッシェル~、今度はわたしとお話しましょう!」
「あっ、はぐみも~! ぎゅーってさせて!」
「ふっ、私もしばらくぶりのミッシェルとの逢瀬を楽しむとしようか」
俺から解放されたとたんに松原さんを除くメンバーにもみくちゃにされるミッシェル。
……頑張れ、奥沢さん。
その姿を見た俺は心の中で奥沢さんに向けてエールを送っていたのだった。
◇◇◇
「みんなミッシェルは堪能したわね!」
「ああ、これでしばらくは持ちそうだよ」
「はぐみもいっぱいぎゅーってしたよ!」
あれからしばらく、ミッシェルをもみくちゃにした三人衆は艶やかな表情をその顔に湛えている。
「ははは、満足してくれたようでなによりでーす、ハハハ……」
対するミッシェルは、その体を右斜め45度位に傾けて、乾いた笑いを漏らしている。まぁ、あの元気印たちに全力で揉まれ続けたことを考えれば無理からぬ話だ。
俺はミッシェルに心の中で黙祷を捧げてから、壁にかかった時計を見る。その時刻はもう8時半を回っている。どうやら、なんだかんだで4時間位は滞在していたらしい。
親父さんから借りたこのスタジオは営業時間いっぱいの10時までは使えることになっている。
しかし、現役女子高生である《ハロー、ハッピーワールド!》メンバーの帰路の安全を考慮すればそろそろ潮時だろう。
俺はパンパンと両手を叩いて皆の注目を集めた。
「みんな聞いてくれ。時刻ももう八時半を回った。家に帰るまでの時間を考えればそろそろ潮時だ。特に何かなければ後始末して今日は解散したいんだが、どうだ?」
「あっ、もうそんな時間なんですね。家族が心配するからなるべく早めに帰らないと……」
俺の言葉ではっと時計に目をやった松原さんが真っ先に呟く。
「私も、今日は満足したよ。後は家に帰って一人でこいつとゆっくり向き合うさ」
薫もホワイトファルコンを掲げて同意する。
「はぐみも今日は帰ってお兄ちゃんに色々話をきこうかなー」
北沢さんは家に帰ってどうやらバンドマンらしいお兄さんの話を聞くつもりのようだ。
「なるはやで帰りたい、これ脱ぎたい、シャワー浴びたい、ベッドで眠りたい……」
奥沢さんは相変わらずのぐでっとした体勢で、念仏のように自身の疲労を訴えていた。
これで後はペグ子が帰ると言えば今日は解散の流れだ。
みんなの視線が彼女に向く中で、その口が開く。
「うーん、わたしも今日はすごく楽しかったからこのまま解散でもいいけど、一ついいかしら鳴瀬?」
「俺? まぁ、いいけどさ」
突然のご指名に面食らった俺だったが、特に断る理由もなかったので話を聞くことにする。
「ありがとう、鳴瀬。もし大丈夫なら、わたし最後に鳴瀬の演奏が聴きたいわ!」
「え、俺の?」
ペグ子の予想外のお願いに思わず自分のことを指差してしまう。そんな俺を見てペグ子が大きく頷く。
「そうよ! なんだかんだで、わたし駅前で初めて会ったときから鳴瀬の演奏を一度も聴いていないもの」
この言葉に周囲からも「おー」という声が口々に上がった。
「確かに、私も含めてこころ以外はMr.鳴瀬の演奏を聴いたことがないね。一体どんな儚い演奏なのか興味があるよ」
「はぐみも聴きたーい! ねぇねぇ、弾いて見せてよ鳴瀬くん!」
「わ、私も鳴瀬さんの演奏、興味があります」
「あー、少し休憩がてら演奏を聴くのも悪くないかもしれませんねー」
「うわー、全員聴きたい流れか、これは。……しゃーないな」
全員が聴きたいというなら、ここで断るのは流石に空気が読めない男との
流石にそれを甘んじて受けるような男ではないので、俺はさらっと一曲演奏して帰ることに決めた。
んー、でも演奏する曲は流石に俺が決めるか……。
わざわざ演奏を披露するのだから、それぐらいは俺が決める権利だってあるはずだ。
「じゃあ、一曲だけやるよ。ただ、曲は俺が決めるのと、ベースだと味気ないから薫のギターを貸してくれ。それがやる条件な」
「へー、鳴瀬のギターはわたしも初めてだから楽しみね! みんなはどうかしら?」
ペグ子が皆に尋ねると、黒服も含めた全員が大きく頷いた。そして、薫がこちらに歩み寄って、ケースから出していたホワイトファルコンを差し出してくれる。
「どうぞMr.鳴瀬。存分に使ってやってくれたまえ」
差し出されたホワイトファルコンを丁寧に受け取ると、落ちないようにストラップを首にかけてから薫に頭を下げる。
「悪いな、薫。他人に楽器を使わせるのは快く思わないプレーヤーも多いが大丈夫か?」
俺の問いに薫は口許に笑みを湛えたまま首を左右に振った。
「ふっ、他の人間ならいざ知らず、Mr.鳴瀬の頼みなら聞かない訳にはいかないな」
「そうかい、ありがとうよ」
「その代わりといってはなんだが、今度また世界の儚い名言を私に教えてくれないかな」
「……なるほど、そういうオチか」
意外とちゃっかりしていた薫にため息を吐きつつも、まぁ、それぐらいならいいかと気を取り直す。
それになんだかんだで久しぶりのスタジオでの音出しだ。やはり整った環境下で演奏するのはこの上なく楽しい。
弦を爪弾いてペグを回しながら音を取る。一応これでも音感はある方で、ギターやベースならチューナー要らずで調整できる。
全ての弦を合わせ終えて、ワンストローク掻き鳴らす。
……問題ないな。つーか、やっぱホワイトファルコンはやべぇな。とりあえずギターも弾けるようにって買った俺の中古のエピフォンレスポールとは雲泥の差だわ。まぁ、セミアコとエレキを比較するのもあれだけど。
ワンストロークでも分かる明らかな名機の音にぶるりと心を震わせて俺は皆の前に立つ。
「よーし、とりあえず《バックドロップ》のオリジナルソングは今は封印中だから、みんなの知ってるメジャーな曲でいくわ。菅田将暉の『さよならエレジー』とかどうよ?」
俺が尋ねると再びどよめきが起きる。
「いいわね! わたしはそれでいいわ!」
「わー! はぐみ、それ知ってるよ! ドラマの曲でしょ!」
「わ、私もドラマ見てました……!」
「儚い名曲じゃないか。ぜひお聞かせ願えるかな」
「おー、すごいメジャーどころが来ましたね。まぁ、私は何でもいいですよー」
皆の反応は悪くない。これなら大丈夫そうだ。
俺が今回『さよならエレジー』を選んだ理由はいくつかある。
とりあえず、まずは《バックドロップ》の曲でないこと。これが第一。
《バックドロップ》の曲は、あくまでも俺がタクとシュンの二人と共に《バックドロップ》で弾くために作った曲だ。
だから、ここで俺一人が披露するものでもないし、《バックドロップ》ではなくなった俺にとって、あの曲たちは最早俺のものではない。
そして、二つ目はこの曲がアコースティックギターソロの弾き語りだということ。
セミアコのホワイトファルコンとは相性がいいし、なるべく早く帰るために、いちいちシールドをアンプヘッドに繋いで音を弄る時間をかけたくない俺にとっては無難な選曲だといえる。
最後に、使うコードの総数が15個と少なすぎず多すぎないこと。
コードが少なすぎるとあまり実力が披露できないし、かといって余りにも膨大なコードはギター専門でない俺には荷が重い。
バンドのアドバイザーとして相手を従わせるためには、やはり技術面で相手から一目置かれていなくてはならない。そういった点で、この『さよならエレジー』は《ハロハピ》に聴かせるのに最適な曲の一つだったのだ。
そして、全員が知っているというのも、実力を植え付けるという点では好都合だ。知っている曲であれば原曲との比較で演奏がどれだけ真に迫っているかが分かるからだ。
俺は皆に頷いてからギターを構える。
「んじゃ、いくぞ。一回しか弾かないからな、ちゃんと聴けよー」
「はーい!」(×5)
返事が聞こえ、スタジオが静まり返ったのを確かめると俺はギターに指を這わせる。
深呼吸。目を瞑り、小さく長い呼吸。集中を高めて音の世界に潜り込む。
ーーさぁ、五線譜から音を解き放つ時間だ。
一瞬の沈黙ののち、瞠目と共に俺の指は駆け出していった。
◇◇◇
ーー僕は今 無口な空に 吐き出した 孤独という名の雲
その雲が 雨を降らせて 虹が出る どうせ掴めないのに
『さよならエレジー』は、恋人との別れを男の視点で歌った曲だ。《バックドロップ》という恋人に等しいバンドから離れた今の俺にとっては、中々に相応しい曲だと言える。
だから必然、演奏にも次第に熱が入り、歌い声は最後には最早叫び声と化していた。
ーー舞い上がって行け いつか夜の向こう側 うんざりするほど 光れ君の歌
もう傷つかない もう傷つけない 光れ君の歌
最後のフレーズを吐き出して、ギターがFadd9のコードをかき鳴らし終えたその時、再びスタジオに静寂が戻った。
◇◇◇
……しまった、少し熱が入りすぎたか。
演奏を終えて静寂が支配するスタジオを眺め、俺は一人内省する。
オーディエンスは全て沈黙。一様にポカーンとした表情で俺を見ている。置いてきぼりにしてしまった感が否めない。
なんだかいたたまれなくなった俺は、ホワイトファルコンを丁寧な手つきでケースにしまうと自分から口を開いた。
「……あー、こんなもんでいいか?」
恐る恐る皆に尋ねたその瞬間。
「鳴瀬~!」
「うぉっ!?」
体に強い衝撃が走って思わずのけ反った。
何事かと視線を下に下ろすとそこにはペグ子が俺の腰に抱きつく姿があった。どうやら先程の衝撃の正体は彼女のタックルだったようである。
「こころ、お前はちょっとは……」
「すごいわ、鳴瀬!」
抗議の声を上げる俺を遮って、こころの叫び声がスタジオに響いた。その瞬間、他のメンバーも次々に俺のところに駆け寄ってくる。
「鳴瀬くんすごーい! 本物の歌手みたい!」
「あぁ、なんて儚い演奏を聴かせてくれるんだMr.鳴瀬! ホワイトファルコンもまさかこんな音が出せるとは! これはしばらくは練習漬けの毎日になりそうだよ!」
「な、鳴瀬さん! 私、感動しました!」
「いや、フツーに凄すぎでしょ。これでメインの楽器じゃないなら、メインのベースはどれだけすごいんですかって話ですよ」
それからも、五人の口から口々に発せられる言葉に俺は狼狽した。そんなにいっぺんに話されても、俺は厩戸王子ではないのだから同時に答えるなんて不可能だ。
それでもなお話しかけてくる五人に痺れを切らした俺は、両腕を振り上げて叫んだ。
「だー! 分かったから散れ散れ! 窮屈なんだよ! こころもさっさと離れろ! ほれっ!」
「あらっ」
俺がこころを体から引き剥がしてペイっと放り投げると、彼女はその勢いのままちょこんと床に座った。
他のメンバーも離れたことを確認した俺はパンパンと両手を叩く。
「はい、約束通り演奏してやったから今日は解散な。俺の実力もみんな分かっただろ。これからちゃんと言うこと聞けよ?」
「はーい」(×5)
「よーし、それじゃあ片付け始め! 来たときよりも綺麗にしろよ? 何かあったら俺が四方津さんに叱られるんだからな」
「はーい」(×5)
どうやら演奏の効果は抜群だったようで、ペグ子を筆頭にみんな素直に俺の言うことを聞いてくれる。やはり、早い段階でどちらが上なのかはっきりさせてイニシアチブを握ることは大切なのだと実感する。
……というか、なんか黒服の人たちまでささっと動いてくれてないか? ……まぁ、いいけどさ。
黒服の人たちが尋常ならざる速さで機敏に動いた結果、片付けは9時前には完了した。ドラムセットを一瞬で解体搬出した上で、元からあったドラムセットを搬入組立する黒服の手際の良さには正直舌を巻いた。
みなに退出を促して建物の外に送り出したあと、おればスタジオの鍵を返しに四方津さんのところへと向かった。
「親父さん、お世話になりました。急な予約ですみませんでした」
礼と謝罪混じりの挨拶をして鍵を差し出すと四方津さんは笑顔でそれを受け取る。
「あんまり気にしなくていいぞ。キャンセルにねじ込むなんてよくある話だからな」
「それでも、次からは早めに予約させてもらいますよ」
「おうおう、たっぷり使ってくれよ」
ひらひらと手を振る四方津さんに頭を下げて、スタジオを後にしようとする俺の背中に四方津さんの声がかかる。
「そうだ、鳴瀬。お前、あの子達ちゃんと家まで送っておけよ。今から粉かけておかないとバンドマンなんて速攻で他の男に女をさらわれちまうからな!」
「最初に言いましたけどそんなんじゃないですって!」
慌てて否定する俺だったが、四方津さんはニヤニヤした笑みを浮かべている。
「いやー、人生どう転ぶか分からんからな。もしかすると将来、あの中の誰かとくっつくことになるかもしれんぞ?」
「100%ないと思いますけどね。まぁ、夜道は危ないからちゃんと送りますよ」
「はっはっは! しっかり粉かけておけよ!」
「へいへい、そーいうことにしときますよ」
誤解を解くのも面倒になったので、投げやりな返事をして俺はそのまま建物の外に出る。見上げる夜空は星空だが、繁華街の明かりのせいでそれはどこかぼやけた空だ。
「鳴瀬ー、遅いじゃない!」
「悪い悪い、親父さんと少し話してたんだよ」
ペグ子にさらっと謝っておいて、俺は《ハロー、ハッピーワールド!》の面々に視線を向ける。
「んじゃ、今日はお疲れさん。近いうちに練習メニュー考えておくから、一週間以内にはまた集まろうか」
俺の言葉に皆が頷く。その瞳にはやる気の炎が点っている。中々に悪くない顔をしているようだ。
「よーし、それじゃ帰るとしますか。今日はかなり遅くなったからこころ以外は送って帰るよ」
「!? ちょっと鳴瀬! なんでわたしは送ってくれないの!」
地団駄を踏んで抗議を示すペグ子に対して、俺は背後の黒服の人たちをビシッと指差した。
「いや、だってお前には黒服の人たちがいるじゃん。どう考えても、俺が送るよりも安全だろ。つーか、むしろ遭遇した相手の方が身の危険を感じると思うわ」
夜も更けた頃、謎の黒服の集団を引き連れた少女と路上で出会うなんてことになったら、おおよそすべての人間が怯むであろうことは想像に難くなかった。
「えー! じゃあ黒服の人たちには帰ってもらうからわたしも送って!」
「やだよ! なんでそんな無駄なことするんだよ! つーか、そんなこと言うから黒服の人たちが少し寂しそうな表情してるだろ!」
「じゃあ、黒服の人たちがいても送って!」
「いーやーでーすー!」
なんだかんだで、やいのやいのと騒ぎながら俺たちはみんなで帰り道を急ぐ。
この騒がしいやり取りが、俺に近い将来の騒がしい日々の到来を予感させたのは今更言うまでもないことだろう。
なんか思ってたよりも長くなった。俺の睡眠時間は死んだ。チーン。
とりあえずスタジオパートは一区切り。といっても練習場所はこのスタジオなんでちょくちょく出ますが。
次は初ライブ編にいきます。なるべく早く書きたい。
奥沢さんのサイドストーリー、読みたいのはどちら?
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結婚式場ルート。着ぐるみで疑似結婚式。
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田舎ルート。おばあちゃまの家でお泊まり。