深夜という事もあるが、この山特有の物なのか、ひやりとする薄い霧が俺の肌を撫でつける
草と土の匂いを、僅かに吹く風が
周囲に流れていく
そんな中、広場に佇む狐面
「この様な夜更けに何をしているのかな」
狐面に問いかけると彼は、静かに答えた
「…お前を待っていた」
「俺を…何故かな?」
「鱗滝さんに勝ったお前と、手合わせがしたい」
腰に差していた刀を、抜いて見せた
「いいだろう」
「あぁ…存分にやろう」
炎の呼吸 壱ノ型 不知火
水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き・曲
炎の型の基本であり、炎を纏った最速の一撃と
水の型の中でも波紋を残す程の、最速の連続突き
両者の技が交錯する
「これは…お前も水の剣士か」
「よくぞ俺の無数の突きを避けたな」
鱗滝さんも強かったが、この男も強い!
一合で理解した。技を尽くさねば危ないと
水の呼吸 参ノ型 流流舞い
炎の呼吸 陸ノ型 焔連撃・乱
流れる水の流れの如く、滑らかな足運びから生み出される
回避しながら斬りつける攻防一体の技
これに対するは陸の型、焔連撃の派生技である
通常の焔連撃は力強く踏み込み、全力の連撃にて切り刻む
炎の呼吸に相応しい技。しかし、それだけでは距離を取られては不利になってしまう
そこで考案されたのが焔連撃・乱だ
この技は移動しながら、攻撃してくる相手に有効になるよう
こちらも移動しながら斬り掛かる。しかも回転による遠心力と体捌きによる捻りを加えており、攻撃する度に威力が上がる
「!こ、この技は生生流天…」
「似ているが違う。生生流天は初撃こそ大した威力はないが、こちらは炎の呼吸だ…つまり威力はこちらが上だ!」
最初は拮抗していたが
遂に雅晃の一撃が男の刀を弾き飛ばした
「勝負あったな」
「あぁ…久しぶりに満足ゆく立ち合いが出来た」
男が狐の面を外し、こちらに向き直る
右頬に大きな傷が目立つ宍色の髪の青年だった
「改めて名乗ろう。俺は錆兎…真菰が世話になっている」
「貴方が真菰の言っていた…錆兎さん?」
「ハハハ、やめてくれ。年はそう変わらないだろ?」
刀を拾うと鞘に納め
彼は丸太を指差し
「まあ、座ろうか…話をしよう。聞かせてくれないか…お前の事、真菰の事、鱗滝さんの事…そして、最終選別の話を」
それから俺は今までの話を彼に話した
親を鬼に殺され、たまたま訪れた炎柱に助けられ
彼に弟子入りし、最終選別に向かう最中に真菰に出会い
選別中に真菰を間一髪助けた事、手鬼を討伐した事
真菰を送り届け、勘違いから鱗滝さんと戦った事を
「なるほどな…鱗滝さんも相変わらず愛が深い」
「そうなんだよ~いきなりだからさぁ」
彼は聞き上手で、俺達は不思議とすぐに打ち解けていた
「それにしてもあの異形の鬼を倒したか…強いな雅晃は」
「確かに硬かったが、炎柱の槇寿郎さんに比べば大したことなかったぞ」
彼は苦笑しながらおもむろに
山小屋の方を見つめて
少し寂しそうに顔を歪め
「真菰は…何か言ってなかったか?」
「いや…直接聞いてはいないが、何かを思い悩んでいる様だ」
「…ハハッ、あいつめ…古い約束をまだ…」
丸太から飛び降りると
彼はこちらを見ずに
「真菰を…頼むぞ」
彼…錆兎の後ろ姿は何とも言えない
哀愁が滲み出ていた
声を掛けようと瞬きする間に
錆兎は何処にも居なかった
あぁ
彼は既に
全てを悟った俺は
山小屋へと引き返す
月明かりが帰路を照らしていた