極道とは何ぞや。
暴力団組員の蔑称。悪事を行い、放蕩にふけること。そんな意味合いが普通だろう。
だが、本来の意味は違う。これは仏教用語において、仏法の道を極めた者という意味だ。高僧に対して極道者と称し肯定的な意味を指すものである。
そして江戸時代より侠客(弱きを助け、強きを挫く者のこと)を極めた人物を称えるときに『極道者』と称するようになる。同時期、現代の意味にて用いられることもあったが。
しかし、極道に進むのであれば、『極道者』となれ。
そんな教えを背中で語ったのは、彼の祖父である「郷原宗玄(きはら そうげん)」その人である。「郷原会」と呼ばれる直系二次団体10からなり、枝に至れば300団体を超え、構成員33000人の東日本最大規模を誇る組織。その頂点、会長に君臨する者こそが、彼の祖父だ。
――郷原宗司(きはら そうじ)
「郷原会」六代目兼四代目会長の「郷原宗玄」の孫であり、同じく五代目会長を任された「郷原宗清(きはら そうせい)」の実の息子。
父宗清と母暁美とは宗司が3歳の時に死別。以後、祖父の宗玄に引き取られて育ってきたために、宗司が極道の道に肩まで浸かるのは当然であったといえる。
その上、祖父の宗玄は東日本最大組織の会長だ。敬われ、貫録を持ち、堂々と立ち振る舞うその姿に、憧れを持つなと言われる方が酷であった。
そんな宗司が会長の孫という立場からぬくぬくと育っていったかといえば、それは全くの誤解である。
宗司は極道……いや、ヤクザの汚い手口をその目で何度となく見てきたし、その厳しさを見せつけられたことは両手の指じゃ足りない。
これは決して、祖父宗玄の教育方針というわけではない。むしろ宗玄は、この極道から遠ざけて育てようとツルツルの頭を捻っていた。
しかし、だからといって極道から完全に遠ざけられるかと言われれば違う。祖父宗玄は「郷原会」の頂点に君臨する男。当然、その孫たる宗司を放っておけば、よからぬことを考える者に狙われるのは自明の理というもの。何も知らない鉄砲玉が宗司を誘拐する光景など、考えるまでもなく想像につく。
だから、宗玄は宗司に護衛をつける必要があった。信頼できる直系二次団体の組長であったり、あるいは自分の右腕にであったり。宗司とは切っても切り離せない存在。それがヤクザであり「極道」というものであった。
さらには、暇を持て余した宗司が、護衛に祖父宗玄の話を強請るものだから、憧れは日に日に加速していくのも仕方なし。「郷原会」に伝わる祖父宗玄の武勇伝のほぼすべてを網羅するまでに至っている。
では、そんな宗司がどうしてヤクザの汚い手口を目撃しているのか。
これは襲撃に頻繁に遭ったためだとか、護衛の不手際で誘拐された経験があるとか、そういった話ではない。宗玄の選出した護衛は、そういった事案を彼の目につく前に軒並み潰していっている。
理由は、至極単純。
郷原宗司、彼自身がその道に深く足を踏み入れたから。ただそれだけである。
きっかけは、近くに居たヤクザが宗司を見るときの目にあった。
虹彩に色が浮き上がっていた。それは侮りであり、不満であり、あるいは蔑視であり。しかし、そんな傲慢な目をしながら、彼らは口々にへりくだる。幼いから感情の機敏には目ざとく、それを知っていたからこそ目と口のギャップに戸惑い。彼は最終的に、激情を抱いた。
――こんな自分でいいのか、と。
それは自分に対する激情であった。侮られたまま、下に見られたまま、黙っていていいのか。そんなの、否である。
激情に火がついた。見返してやる、と意気込んだ。
その小さな火は、消えるどころか勢いを増してこの後の大火となる。
気づけば、幼い頃より勉学に励み、極道を学び、闘争(とはいっても最初のうちは訓練だったが)に明け暮れる。さらに恐ろしいことに、郷原宗司は「鬼才」の持ち主であった。小学校中学年のうちに株の売買を主流とした独自の資金集めを始めとし、小学校卒業までには高校までの学問を修め、その後はもっぱらシノギとステゴロに精を出す日々。
中学に入学した時には、彼個人の総資産は100億を超える。喧嘩は体格がまだ出来上がっておらず、黒星が続けども日に日に成長する様はまさに鬼の如し。
そうして順調に成長していった彼に大きな転機が訪れたのは、中学二年の夏。
祖父宗玄が病に倒れた。そのことに「郷原会」は一時期騒然とし、跡目を継ぐ者も決定していなかった為にあわや大規模な内紛が起こるのでは、と誰もが身を固くした。
幸いにも、祖父宗玄の命に別状はなかったものの、しばらくは入院生活を余儀なくされる。生い先も長くない宗玄は、そろそろ次期会長を決めなければならない、となったところ。
この郷原宗司、とんでもないことを引き起こす。
なんと、「郷原会」の大幹部連中の前で堂々と、次期会長は自分だと宣言したのである。
これを聞いた祖父宗玄は危うく心臓発作で死にかけたとか何とか。
それもただ宣言しただけじゃない。「課題を一人一つずつ出せ。それを全部解決したら俺を会長として認めろ」と爆弾発言。それを知らされて今度こそ三途の川を渡りかけた祖父宗玄は、何とかその話し合いに介入して、次期会長を決めるためにルールを設けることとした。
ひとつ、課題提出者は宗司に課題をクリアされた時点で、次期会長候補から除外されるものとする。
ひとつ、期限は高校卒業まで。それまでにすべての課題が解決されなかった場合、あるいは課題に失敗した場合、郷原宗司は次期会長候補から除外されるものとする。途中で課題に失敗した場合、郷原宗司は期限までにどの課題を解決するかは自由とする。尚、この期間に課題を解決した場合、課題を解決された者は同様に次期会長候補から除外されるものとする。
ひとつ、課題内容に「殺人」「カタギへの干渉」「筋の通らぬ行いの強要」を盛り込むことを禁止とする。
この祖父宗玄の制限と、次期会長を取り決めるためのルールが、宗司が大幹部たちから与えられる課題をより激化させ、その様相は「静かな内紛」とも呼ぶべき競争に発展することとなるのだった。
『課題(全十二種)』
1.歌舞伎町のとある区画の地上げを行うこと。「郷原会」にとって重要な拠点となる場所。
理由:極道として地上げのスキルは必須であり、これを知らねば部下に的確な指示は出せない。よって、その手腕を見るため。
状況:「解決」
2.期限(高校卒業)までに「郷原会」の総資産を、郷原宗司のシノギだけで2倍に増やすこと。総資産は前年度のものを参照。
理由:極道の長として資金集めの手腕は必須。これを怠れば「郷原会」が存亡の危機に立たされる。以上からこの能力は必須であるため。
状況:「解決」
3.課題提出者と一回限りの真剣勝負で勝利すること。形式はステゴロのみ
理由:極道の長たるもの、個人として力を持たねばいつ倒れるかわからない。最低限の実力は自己防衛の観点から必須であるため。
状況:「解決」
4.期限(高校卒業)までに指定した100人から借金を取り立てること。取り立て相手は課題提出者が指定する。
理由:極道の長たるもの、現場の実情は知ってしかるべし。上と下との軋轢はいずれ組織に少なくない傷を残す。そのため、こうした下積み経験は必須である。
状況:「解決」
5.シマの抗争が数年前から硬直状態になっている。この抗争を期限(高校卒業)までにカタをつけ、組の勢力圏を拡大すること。尚、抗争に負けてシマを奪われた時点で次期会長候補から除外とする。
理由:極道たるもの、自分のシマを守るのは当然のこと。これに負けてしまえば勢力は削がれていき、「郷原会」解散の危機に陥るだろう。勢力拡大の初歩。これができなければ会長の器足り得ないため。
状況:「解決」
6.期限(高校卒業)までにスミ(刺青)を入れろ
理由:極道として刺青がないなど言語道断。会長としての示しと威厳をスミに込めることは必須であるため。
状況:「未解決」
7.期限(高校卒業)までに任侠に背く行為を禁止とする
理由:極道の大規模な組織の会長たるもの、この程度の課題に手をこまねくなど言語道断。会長の器たるもの、その姿は常に気高く理想的でなければならない。
状況:「継続中」
8.シマを荒らし回っている謎の勢力が出没。これの正体を突き止めてカチコミをかけ、壊滅させること
理由:正体がわからないからといって、シマの一大事に手をこまねくようでは会長は務まらない。「郷原会」の会長たるもの、相手の正体が不明だろうと必ずシマを守り通さねばならない
状況:「解決」
9.信頼できる側近あるいは右腕を一人指名すること
理由:会長たるもの、信頼できる者がいなければ話にならない。人望なくして会長は務まらず。自身の威厳を以て、部下からの信頼を獲得し、自分の目で部下を選び、その器を示せ。
状況:「解決」
10.とある不動産とのシマ争いに完全勝利(相手に一坪たりとも渡さず、逆にこちらが相手から一坪残らず奪うこと)すること。
理由:荒事ばかりでなく、時には正規の手法を以て挑まねばならないときが極道にはある。会長たるもの、この手腕が鋭敏でなければシマを容易く乗っ取られるだろう。よって、シマを守り切れる手腕があるかを判断するため。
状況:「解決」
11.計10からなる直系二次団体のすべてを掌握しろ
理由:会長たるもの、部下からの信頼がなければ成り立たない。これに欠けば空気を入れられ(そそのかしたり、助言をすること)、組織内で「会長の座」を狙った戦争が勃発するだろう。そうした事態を避けることは当然であり、せめて直系二次団体の組長全員から支持がなければ会長は務まらない
状況:「解決」
12.期限(高校卒業)までに将来の姐さん連れてこい(結婚前提の女を作れ)
理由:会長たるもの、世継ぎは必須。男だけでなく、女からの人望も厚くなければ尊敬は集められず。会長の器たるもの、その覚悟を示せ
状況:「未解決」
――私立秀知院学園――
かつて貴族や士族を教育する機関として創立された、由緒正しい名門校。
貴族制が廃止された今でなお、富豪名家に生まれ、将来国を背負うであろう人材が多く就学している。
その高等部に進学した彼、郷原宗司の目的は、ただひとつ。
――己の伴侶に相応しい女性と交際関係となること!
そんな女性が本当にいるのか。交際経験のない自身にそんな相手ができるのか。
不安に駆られながらも。
彼はその敷居を堂々と跨ぐのであった。
続くかどうかは私のテンションと反響次第ということで(震え)
神室町→歌舞伎町に修正(5月13日)
備考:「神室町」が龍が如くシリーズの架空の町ということ失念しておりました。そのため、修正を入れました。ご指摘、ありがとうございます。尚、本作は龍が如くシリーズとのクロスオーバー、関連性を持たせる予定はありません
修正内容(5月29日)
9.信頼できる側近、右腕を一人指名すること(修正前)
↓
9.信頼できる側近あるいは右腕を一人指名すること(修正後)
理由:
人数に誤解が生じる書き方だったため訂正。正しいニュアンスは「右腕か側近、信頼できる人間を一人指名しろ」ということ。