郷原宗司は交際したい   作:沖縄の苦い野菜

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第十話 恋愛戦略 急

 

 「郷原会」会長、郷原宗玄が倒れたと知らせを受けた時、「郷原会」本部に直系二次団体の組長全員が集結したのは、報せが入って12時間後のことだった。大きく県を跨いできた者、血相を変えて新幹線に飛び乗った者。黒のリムジンを走らせた者もいれば、飛行機に乗った者もいる。

 

 しかし、誰よりも先に本部に到着していたのは、郷原宗司であった。

 「龍珠組」組長と、その娘の龍珠桃が到着した時にも、郷原宗司は会長席の横に立っていた。さも当然のように、全体が見渡せる位置に居る。誰もが注目する場所にいるのに、不躾な視線を向けられるのに、彼は堂々とした様子で佇んでいる。

 

 龍珠桃からしてみれば、知っている顔がなぜか偉い人間の席の隣に陣取っているのだ。興味を惹かれるにはそれだけで十分で、待っている間はほとんど宗司のことを見ていた。

 

 他の組長同士も、各々が近況を話し合っている。報せに対して、これからどうするべきか、未来について真剣に検討している様子は、直系二次団体組長全員が集まるまで続いた。

 

「さて、本日お集まりいただいたのは、報せの通り。爺……六代目会長が倒れたことについてだ」

 

 集会は、そんな会長の孫からの説明で始まった。彼は大きな声で説明しながら自分に注目を集めると――

 

 ――ドカン、と。

 

「な――!」

 

 会長席に堂々と座り込んで、足まで組み始める始末。それに絶句する幹部もいれば、しばし呆然自失した者もいて、龍珠組長は面白そうにその口元に笑みを浮かべた。混沌とし始めた本部の会議室の中で、彼は堂々と声を上げて説明を続ける。

 

「爺はもう歳だ。その上、今の『郷原会』には若頭が居ない。爺が死ぬまでに若頭決めなきゃ、『郷原会』は内部抗争の末に崩壊することは目に見えている」

 

 ――それとこれと、会長の席に座ることに一体何の関係があるのか。

 組長という座は、馬鹿では務まらない。誰もが、既にその結論にたどり着いている。相手が会長の孫ということもあり、本来なら、鼻で笑って流すような場面だが。

 

「つまりオメエ、自分こそが七代目会長に相応しいって言いてぇのか?」

 

 それはもう、愉快そうに口元を緩めた龍珠組長が、会長席に座る郷原宗司に問い掛ける。ただし、その瞳の奥までは笑っていない。真剣に、問い質していた。その覚悟があるのか、と。

 

 この問いに、郷原宗司は――

 

 

 

「あぁ。お前たちをこの俺が使ってやるって言ってるんだ。喜べ。俺が七代目会長になる男、郷原宗司だ。郷原会はますます、力をつけるぞ」

 

 

 

 膝に肘をついて手に顎を乗せて、その口元には自信に満ち溢れた笑みを浮かべて。

 されど、その声はどこまでも重苦しくまとわりつく。頭の上から巨人に押さえつけられているのではないか、と錯覚するような見えない圧力が声に乗ってのしかかる。

 さらにはその瞳。――その瞳の奥は、底の見えない闇を抱えていた。見つめた者の視線を奥底にまで引きずり込もうとする、蠱惑的でおぞましい化け物の瞳が、大幹部一同を睨みつけるのだ。

 

 視線を向けられたのは――龍珠桃も、例外ではない。

 

「――ッ!」

 

 睨みつけられた瞬間、魂を引っこ抜かれたのではないかと錯覚した。彼の黒い瞳が、視線を合わせた直後に、こちらの意識を瞳の奥の闇に引きずり込もうとしてくるのだ。

 それを自覚した瞬間、龍珠桃の背中に怖気が駆け巡る。冷や汗が背中を濡らし、気が付けば呼吸が荒くなる。意識を持っていかれかけた、と。心臓が早鐘を打ち、今にも破裂しそうだった。腹部がキリキリと鳴る幻聴さえ聞こえた。視界の端から徐々に闇に蝕まれていき、気が付けばまた意識を刈り取られそうになった。

 

「どうした? 喜びで言葉も出ないか。ならば――満場一致でこの俺が、郷原会七代目会長ということで、異存ないな?」

 

 傲岸不遜の体現とも呼ぶべき態度で君臨する、若き鬼才。

 

 龍珠桃は忘れられない。

 彼が啖呵を切った日の事を。

 

 

 

 

 

 

 服屋の中というのは思いの外広い。上着、シャツ、パンツ、セール品に打ち出し始めた冬物と、それぞれの区画を回るだけでもある程度の時間を食われるほどの広さを誇っている。店内の客層は様々で、セール中の商品を目当てに来た男もいれば、気分を変えたいのかカップルで服を選ぶ者もいる。オシャレに敏感な男は、真っ先に冬物の区画に足を運んで物色を始める。

 

 そんな、ひとつの店舗だけでも多種多様な目的を持つ者が集まる服屋で、この二人もまた冬物の区画を見て回っていた。

 

 郷原宗司は、けっしてオシャレに敏感な男子ではない。むしろ、極道の世界に染まっている彼のファッションセンスは――かなり、ズレている。スーツといえば黒以外の派手なモノを選び、普段着を好みで選べばどう贔屓目にみてもヤクザにしか見えない格好になり――それを着て出歩けば案の定、職質を食らう。

 

 自分の好みで選べばこうなるのだ。何度も経験すれば当然学習するもので、極道絡みの外出ではないときはもっぱら、年相応の人当たりの良いファッションで挑むことが常となった。ただ、それが第三者から見て似合っているかどうか、それは彼にもわからない。それに加えて彼自身が「年相応の格好」をすることに、少なくない抵抗を覚えていた。

 

 だからこそ欲しいのだ。

 フラットに意見をくれる、第三者というものが。

 

「あっ、このコートとか良いんじゃない? ダンディになると思うけど」

「……まぁ、着てみるか。職質案件にならなきゃいいが」

 

 四条眞妃に勧められたのは、ファー付きのモッズコートだ。色はカーキと渋めのチョイス。まだ学生が着こなすには難しい色に、彼は別の意味で不安を覚えながら、上着を脱いでその場で羽織ってみせる。空いている更衣室には後から入り、そこで鏡を見て、続いて彼女に自分の姿を見せる。

 

 選んだ張本人は、そんな彼の姿を見て「うーん」と首を傾げていた。

 

「なんか、違うわね。こう、おっさん臭いのよ、あんたが着ると」

「ひっでえ。一応、カタギには見えるだろ?」

「まぁ色が地味だし。でも、デートに着ていくならダメよ。――やっぱり、もっと若作りした方が良さそうね」

「おいコラ。今若作りとか言ったか? テメエと同い年なんだが」

「さってと、じゃあこっちかしら」

 

 宗司のツッコミは聞こえない素振りを見せて、四条眞妃は恐ろしいスピードで服を手に取っていく。その様はまさに鎧袖一触。袖触れ合う瞬間には、彼女の手に服があるのだ。迷いも躊躇いも存在しない。しかし、適当に選んでいるというわけでもない。

 

 全身コーディネートを彼女が整える時間は、3分に満たなかった。

 

「じゃ、これ。着替えてみせてちょうだい」

「あ、あぁ。……もっと悩むのかと思ってたわ」

「自分が着るわけじゃないんだし、悩むことなんてないわよ。合いそうだな、っていうのを選んでるだけだから。……じゃ、私はまた次のやつ選んでくるから」

「は?」

「それまでに着替え終わっときなさいよ」

 

 コーディネート一式を渡されたかと思えば、彼女はまた軽い足取りで服を選びに行った。その様もまた、鎧袖一触といって差し支えのないスピード。これでは、選び終わるのに時間もかからないだろう。

 

「――やべ」

 

 もたもたしていると追い付かれる、と切迫感に背中を押されながら、宗司はさっさと更衣室の中にこもって、カーテンを閉めて着替え始める。

 

「……サイズ合ってるな」

 

 着てみれば体にしっくりとくる服に、宗司はぽつりと呟いた。試しに鏡で自分の姿を見てみれば――

 

「もう着替え終わった?」

「あぁ。ほれ、こんな感じだ」

 

 シャ、と短く勢いよくカーテンを開ければ、四条眞妃が新しい服を持って立っていた。

 彼女は宗司の全身をくまなく見た後、またも首をひねって眉根を寄せる。

 

「……何ていうのかしら。なんか、スポーティな服と合わないわね」

「だよなぁ。顔面が厳つすぎるわ」

「スポーツマンにはなれそうにないわね。じゃ、次はこれ」

「……まさか、このまま着せ替え人形にされるんじゃ――」

「無駄口叩いてないんでほらっ、早く着る。次の持ってくるから」

「っと、あ、おい――聞いちゃいねぇ」

 

 次の服を押し付けられ後に取り残された宗司はため息をこぼす。ただ、不思議と嫌というわけではなかった。

 何だかんだと、波長が合うのだ。話し始めたのはつい先月ほどだというのに、話題は尽きず、悪友というわけでもなく、友達よりも気安く接することができる。しがらみに囚われず、素の自分を出せる貴重な相手。

 

「こういうの、何だっけ」

 

 慣れない感覚ではあるが、馴染めないわけではない。踏み込めるラインは深いが、触れられるほど近いわけでもない。同じ水平線の上に立って、繰り広げられる日常の数々。過ごした時間は、この一か月の中だけでいえば、思いの外長い。白銀以上、石上と横並び、といったところか。

 

「……ふわっとしてんなぁ」

 

 この関係性に、どうにも名前を付けることができない。

 そもそも、お互いに名前も呼び合えない関係性だ。お互いに、目の前で相手の名前を呼んだことは無い。それが当たり前になっていたから、お互いに指摘することはなかった。

 

 改めて考えると、変な関係である。

 友達以上のくせして、親友と呼ぶには心もとない。名前さえ呼び合えないのだから。

 かといってただのクラスメイトというには、交流が深すぎる。

 

 そんな関係の名前を、郷原宗司は知らない。茶化したように語ることもできない。

 

「……まぁ、いいか」

 

 考えるだけ無駄だと悟った彼は、服に手をかけて着替え始める。満足できる服が見つかれば、などと考えながら顔を上げれば、鏡に映る自分が見える。

 

 ――その瞳の奥はパチパチと泡立ちながら、笑うように細められていた。

 

 

 

 

 

 

 服屋の用事を終えた時には、外はすっかり黄昏時となっていた。アスファルトやビル、車から反射するオレンジが異様に眩しい街の中。もうすぐ夜の帳が下りる世界の中。彼は四条眞妃と一緒に駅前まで来ていた。

 

 話によれば、もうすぐ迎えの車が来るとのことだった。

 

「おっそいわね。渋滞にでも巻き込まれてるのかしら」

「渋滞ってよりも、まぁ、夜が来るからだろ」

「ああ、帰宅ラッシュってこと? ……帰るときも渋滞って気分が滅入るわね」

「……夜の街っての、あんまり見ないのか?」

「出歩かないわよ。ここ最近、すごい物騒でしょ」

「路地裏近く歩かなきゃ安全だ。もし日が暮れたら、路地裏からできるだけ離れて歩け」

「何それ。街の歩き方ガイド? 私どんだけ箱入りだと思われてるの?」

「……最近は犬が多いからな。特に路地裏に集団でうろついてる。ちょっと隙見せたら引っ張られて闇の中だ」

「……怖いこと言わないでよ」

「だから、気をつけろって言ってるんだ。友達とか、男と一緒だからって、絶対に油断するなよ」

「あんたの路地裏に対する執着は何なの……わかった、わかったから。耳にタコができそう」

 

 そうなったら私の美貌が台無しよ、と彼女は冗談めかすように本気で宣った。

 そんな彼女の言葉を聞いて、思わず宗司は吹き出しかけて口元を手で覆う。しかし、笑いだそうとしたのはバレていた。

 

「何か言いたいことあるの?」

 

 ギロリ、と警戒心をあらわにした猫のような瞳が宗司を射抜く。彼はそれに対して何とか首を横に振り、手を横に振って「違う、違う」とジェスチャーするが、あまり効果はない。眼力は健在だ。

 

「自分のこと、そんな堂々と言うやつ初めて見たからっ、ついおかしくてな」

 

 上擦った声で言う宗司に、四条眞妃は眼力を緩めて――今度は呆れるような視線で、ため息をひとつこぼした。

 

「事実を毅然と言うのは当然のことよ。ま、さすがに人前で言うほど無神経じゃないけど」

「待て。それじゃあ俺が人じゃない、みたいな言い方だろ」

「……そうね。あんたは、喋る雑草ね」

「動物ですらないの!?」

 

 ――ていうか考える間を置いて言うに事欠いてそれか! と宗司は吠える。リアクションと同様に大きい声も、四条眞妃は受け流して涼しい顔で佇んでいる。ただし、その口元には挑発的で、強気な笑みを浮かべて。

 

「あっ、やっと来た」

 

 迎えの車に視線が向いて、宗司も追いかけるように見てみると――黒いリムジンが、黄昏の影に隠れてぬるっと現れた。まるで、暗闇の中から急に姿を現すクリーチャーみたいだと、宗司は失礼極まりない感想を抱いた。

 

「じゃあ、今日はお疲れさま。また明日、報告会するわよ」

「わかった。今日は付き合ってくれてサンキュ」

「そうそう、もっと感謝しなさい。――と言いたいところだけど、いいカフェも紹介してもらったし、今日の分はチャラでいいわよ」

「オーケー。じゃあ、また明日な」

 

 彼女の前で停まったリムジンに、四条眞妃は乗り込んだ。運転手だろうか。彼女が入った扉を静かに閉めると、宗司の方に一礼をしてから運転席に戻る。

 

「……また明日、か」

 

 ほどなくして発車したリムジンを視線で追いかけながら、宗司は呟いた。オレンジ色の中に吸い込まれて、思いの外早くリムジンは視界から消えていた。影法師が景色の中に溶けていくような光景だった。

 

「また明日なんて――」

 

 ――初めて言ったかもしれない。

 自然と口から出てきた言葉だったが、思いの外、しっくりとくるものだった。

 

 そんな感傷に浸っていた束の間に、夜の帳が街を包み込む。

 これからやることは変わらない。

 

 携帯していたワックスを取り出して、髪にべったりとつけて前髪を掻き揚げる。いつものオールバックに、服を着崩して印象を悪くすれば、それが合図だ。

 

「時間だ」

 

 ――ここから先は裏の世界。

 

 光を失わない表通りは、いつも通り煌びやかで。

 光の届かない裏通りは、重苦しい沈黙が圧し掛かり、冷たい空気が吹き抜ける。

 

 

 

「――」

 

 カツン、と沈黙を切り裂く足音が、先の見えない暗闇ばかりの裏通りに響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 ――尚、服の入った紙袋を手に持っていたせいですべて台無しだったのは、まったくの余談である。

 

 

 

 






幼くから両親を亡くして、祖父に引き取られ金と暴力の世界に生きてきた
明日なんて約束はない。昨日みた顔が今日は墓の中、なんていうのはありふれた話だった
友好的な笑顔なんてものはない。笑顔とは攻撃的なものである
義理人情? 任侠? 仁義? それを通せる傑物は少なすぎた

――そんな世界に浸り続けた彼は、どうしようもなくズレていた






※続きはいつも通り気楽にやっていきたいと思います


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