郷原宗司は交際したい   作:沖縄の苦い野菜

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感想、コメント、高評価の方、大変励みになっております。
モチベを回復しつつ、少しずつ文章の方もリハビリができているかなと。

皆様の期待に応えられるように。
クオリティをより上げながら、本編を執筆させていただきます。

それでは、どうぞ。






第十三話 盲目が見るシルエット

 誰かに言われたからやるほど、この決意は安くない。

 祖父の反対を押し切って、疎んできたヤクザ共の視線を跳ね除けて。

 

 誰に頼られることもなく、誰に頼ることもなく、ただ独りで邁進し続けて。

 文句など言わせるものかと、知識をつけた。馬鹿だと、ガキだと見下されないために、誰よりも早熟を極めて勉学に励んだ。

 

 ただのガキには誰も従わない。力が必要だった。

 幸いにも、武力の方は祖父が相手を用意してくれた。稽古相手から何もかも吸収して、技術を磨き、体格が変われば技を体に慣らしていく。体格さえ出来上がれば、武力においても負けなしになった。

 

 だが、体が出来上がるまでは力で勝てるはずもなく、黒星が続く。そんなときに必要なのは、金の力だ。ただの武力で人を従えられないのであれば、金の力があれば人を従えられる。どうすれば金儲けができるのか、調べて、実践して、ただ無心に金を稼ぎ続ければ、いつの間にやら億万長者。

 

 力にも、金にも従わない人間がいる。本物の傑物は、大概そうだ。

 そういう人間は、人格に従う。高潔な後姿を見せつければ、何を言うでもなく後に続く者たちだ。だから学んだ。人道というものを。極道というものを。目指すべき姿を見て、聞いて、夢想して。その形に近づけるべく、幼い頃には仮面を被る。

 

 そうして、自らに装飾を施していくこと、気が付けば十年が経っていた。たかが十六の小僧が、十年もの間、自分につける装飾を手に入れ続けたのだ。歪に、それでも大きさだけは膨らんだ見た目に――

 

 ――誰も彼もが欺かれた。

 幼い頃よりその人となりを知っている祖父は、その本質を見抜いていた。だから、「9.信頼できる側近あるいは右腕を一人指名すること」の課題を宗司に課した。

 

 いつかきっと、彼の等身大を見つけられる腹心ができることを信じて。祖父として、孫を想っての課題だった。最後に残せるのはこれくらいだと、郷原宗玄は課題を出した。

 

 だが、彼と対等であれる者は――あまりに、少なかった。

 郷原の鬼才は、誰も寄せ付けぬ才覚を持ち合わせていた。直系二次団体の組長相手でさえ、退かず、媚びず、踏み越える。決して振り向かず、気づけば誰もが彼の遠い背中を見て、足を止めた。

 

 その歩みは早すぎた。

 背中についていこうとすれば、いつの間にか見失って、取り残される。

 

 百鬼夜行の如く列をなすことは決してない。新幹線に生身の人間が追い付けるだろうか。いいや、追い付けるはずもない。

 

 そんな彼の首筋に食らいつき、しがみついた小龍も居たが。

 気が付けば小龍も、彼の通った道の上で地に伏した。彼の歩みの余波が暴風となって、風にさらわれ大地に叩きつけられたのだ。

 

 また独り。だけれどそれが普通で、振り返る余裕もなくて。

 知り得なかった。背後に誰もいないことを。

 

 彼はまだ休むことなく歩み続ける。

 誰よりも憧れた背中に手を掛けるために。

 

 いつもの曇り空も、北風にさらされて雲が割れ。

 そこから顔を出した太陽が、道を照らす。

 

 憧れた影の背中に向かう道。

 顔も知らないけれど、誰かが自分に手を差し伸べる道。

 

 光の眩しさに目をくらませた彼は。

 ――その歩みを、初めて止めた。

 

 

 

 

 

 

 日曜の予定をあけておけ、などと一方的に取り付けられた約束。その日にやろうとしていた仕事をさっさと片付けて、時間を確保した彼に詳細が届いたのは金曜の夜だった。

 

 ――日曜の14時にこの前と同じ場所ね。

 

 短い文がメッセージアプリを通じて届く。結局、誰に会わせたいのか、その日に何をやるのかも知らされないまま、宗司は約束の日を迎えることになる。

 

 オシャレは前と同じようにカジュアルに。全体的に白や赤など明るい色合いのコーディネートで決め込んで、髪は緩くワックスで流すだけ。鏡の前で、あれでもない、これでもない、と渋面を作った彼はもういない。今は顔に傷跡の残る優男だ。

 

 彼が待ち合わせ場所に着いたのは約束の20分前だ。人に会わせる、などと言われれば第一印象を気にするもので、この男もその例に漏れない。待たせては悪いが、気を遣わせるほど早いのも良くない。その妥協点が、彼の場合は20分前だった。

 

 あらかじめ待つとわかっていれば、備えもある。手帳を開いて予定を確認しながら、その日に追加でやらなければいけないことを赤で追記。それを六ヶ月先まで用意していれば、時間はあっという間に潰れるもので。

 

「だーれ――」

「来たか」

 

 ひらり、と彼女の手をかわしてベンチから立ち上がる。声を上げる前から動いていた。まるで後ろに目でもついているかのような行動の早さ。むなしく空振る少女の両手が手にしたのは空気だけで、宗司が振り返ってみてみれば、不満に口を尖らせる四条眞妃が立っていた。

 

「ちょっと遊びに付き合うくらいの余裕を見せなさいよ」

「癖だから仕方ないだろ。掴まれたら昔はよく絞め落とされたからな」

「あんたは相変わらず物騒ね」

「それより……そっちが紹介したいって言ってた? 兄妹か?」

 

 すっと小川の清流のように視線を流した先には、人当たりの良さそうな少年が居た。猫のような瞳、短く切られていながら目立つ緩い癖毛が特徴的だ。顔立ちの中でも、吊り目でありながら小動物のように愛らしい目元と、猫科のような独特な瞳の虹彩、何より口元の動きが彼女とそっくりだった。

 

「双子の弟よ。ほら、アンタも挨拶する」

「――姉貴、ちょっとタンマ」

「うっさいわね。さっさと挨拶しなさい!」

「うわ――」

 

 四条眞妃に引っ張られ、男は宗司の前に立たされる。

 彼は恐る恐る、といった様子で顔を上げて――宗司の顔を見た瞬間、口の端を痙攣させて瞳が泳いだ。

 

「……郷原宗司だ。一応、お前の姉さんとはクラスメイトだ。よろしく」

「あ、これはご丁寧に……俺は四条帝っていいます。姉貴が変に迷惑かけていなければ――じゃなくて。え、郷原? あの、『郷原会』の、ですよね?」

「そうだが、敬語はやめてくれ。同い年だろ?」

「あ、うん。……って、そうでもなくて!」

 

 まるでウサギが走り出す様に素早く姉の隣に下がった彼は、その耳元に口を寄せて声を小さくした。

 

「ちょっと姉貴。聞いてないんですけど。極道の、それも郷原の鬼才が相手なんて聞いてないんですけど――!」

「聞いたらアンタ絶対に来なかったでしょ」

「そりゃそうに決まってんでしょ! この人どんだけヤバい人か姉貴知らないの!? へ、下手したら東京湾に死体が――」

「さっきからモロクソ失礼な会話丸聞こえだよ! あと見せしめ以外で極道がそんな稚拙なやり方するわけねぇだろ!」

「ひぃぃぃ――!? 帰る! 俺やっぱり帰る!」

「あー、もう。そっち方面に話振るからでしょうが。アンタはもうちょっと冷静に会話しなさいよ」

 

 首根っこを姉にしっかり掴まれて逃げられない帝は、それどもじたばたと抵抗を示す。ただ、彼女の手を力ずくで振り解かないところを見るに、本気で逃げようとしているわけでもないらしい。

 

「……何で学外のヤツにまで怖がられなきゃならん」

「あんたの日頃の行いでしょ。……あー、もう、そんな変な顔しない」

 

 眉間にしわを寄せながら、宗司の視線は下に向けられる。これに彼女はさっさと発破をかけると、掴んでいた帝の腕を握って関節をきめた。

 

「いだ、あだだだだだ!」

「アンタはそろそろみっともない姿引っ込める。……弟が二人いるみたいで一人じゃやってらんないわね」

「誰が弟だ、誰が」

「――わか、分かったから離して! 腕モゲる!」

 

 わかったならよし、と彼女は帝の腕を解放すると、二人の相対を見守るように一歩下がる。

 

「……それで? 何だって俺とこいつを会わせようとしたんだ?」

「良い友達になりそうだと思ってね」

「と、友達……? え、何で俺?」

「つべこべ言わない。……じゃ、私はこれから用事あるから。あとは二人で頑張りなさい」

 

 ――は? と、宗司と帝の声が重なった。そんな呆気にとられた二人を尻目に、四条眞妃は「じゃあね」と手を軽く振ってさっさとどこかに行ってしまった。

 

「……どうすんだ」

「……どうしよう」

 

 二人の言葉が、意図せずして重なった。それにお互いが反応して顔を見合わせ、再び何とも言えない微妙な空気にさらされる。はちみつのように粘々としながら、妙に肩にのしかかる重い雰囲気。

 

「とりあえず、アレだ。何怖がってんのか知らんが、大体誤解だからな。まず、その誤解を正させてくれ」

「……はい」

 

 両者、死んだ魚のような目で会話を始める姿は、何ともシュールであったことを追記しておく。

 

 

 

 

 

 

「ぞっが。だいへんだっだんだなぁ゛」

 

 誤解を解いていくと、気づけば身の上話にまで発展していた。お膳立てされた手前、その機会を台無しにすることに抵抗があった宗司は、四条眞妃の弟であるということも考慮した上で、その重たい口を開いて過去を聞かせた。

 

 効果は想像以上のもので、最後まで聞き終えた帝はハンカチで涙を拭きながら、汚い濁声で宗司を労わる始末。彼の心に刺さっていた恐怖の楔も、今ではすっかり抜け落ちている。

 

「言っとくが、このことは――」

「わがっでる。……姉貴にだって、言わない」

「それでいい」

 

 場の空気は比較的軽くはなったものの、今度は梅雨のように湿っぽくなる。宗司が用意した雨雲ということもあり、この空気に嫌気は差すが指摘するのも憚られた。

 

「姉貴が気に掛けるの、何か分かった気がする」

「なんだ、それ」

 

 一体、ただ話を聞いただけでどこに彼の姉と繋がる要素があったというのか。

 怪訝な視線を帝に向けていると、帝は赤みがかった瞳と頬のまま、ニカッと屈託のない笑みを返して言った。

 

「一人で背負い込み過ぎだって。そういうの見てると、助けたくなるじゃん」

 

 その言葉は、青天の霹靂のように宗司に大きな衝撃を与えた。

 帝の言葉に含みは一切ない。それこそ、青天のように清々しく真っ直ぐな様子に、聞いている方の胸が透くような気持の良さがある。

 帝の言葉に他意はない。純粋な善意と真実によって構成された音は、宗司の心に雷鳴を響かせた。そんなことがあるのか、と。

 

 なまじ優秀過ぎるせいで、疎まれることは多かった。自分より優秀な相手に対する嫉妬と悪意は、いつも当然のように付きまとった。

 物事を知らずに口を挟めば、当然のように疎まれる。邪魔者扱い、除け者に。

 

 優秀でも、無能でも疎まれ続けてきた。

 だから――助けたい、という言葉に誰よりも、動揺を覚える。

 

「……たす、ける? この、俺を?」

 

 無能であるときは、確かに助けられる側だったかもしれない。でも、それは人望についてきた人間ではない。祖父に言われたから。打算があったから。何か利があって、あるいは命令をされてのものだった。

 

 だが才覚を表してからは、いつも助ける側だった。無法者に絡まれるカタギを助けて、抗争で劣勢に追い込まれた組の人間に手を貸して、体を張って守り抜こうとして。

 

 優秀だから、すべて自分一人の手でどうにでもなった。

 誰かを従える必要がなかった。一時は浮かれることもあったが、結局自分は、誰よりも前に立って弾除けになる定めだった。誰かの手を借りるより、自分一人の方が上手くいった。自分一人の方が、早く終わった。自分一人だけなら、被害もなかった。

 

 誰よりも先にいたせいで、誰からの手も見ることがなかった彼には――

 

「そりゃ、物理的に何かするっていうのは難しいけどさ。話するだけでも、心って軽くなるだろ? だからさ」

 

 ――目の前に差し出される手のひらが、ただただ眩しく映った。

 

「友達になろうぜ。俺は宗司のことが気に入った」

 

 帝の声を聞いて顔を上げた宗司は、すぐに視線を彼の手のひらに落とした。直視していられないほど眩しかった。

 

「友達、か」

 

 眩しさにあてられて目を瞑る。答えは既に決まっていたが、今更、その返事に対する答えを言葉にするには、背中に這うような、頭が痺れるような恥ずかしさが付きまとった。

 

「……やっぱり、俺なんかじゃ頼りないか?」

 

 恥ずかしさに応えあぐねて沈黙していると、なぜだか耳に馴染みのある声音が耳をかすめる。思わず顔を上げてみてみれば――

 

「――」

 

 その顔に面影を見て、言葉を失った。

 面影を見るほど似ていることにも驚いたが、何よりも面影を見るほど心象に残していた自分に驚いた。

 

 胸がキュッと締め付けられるように苦しくなる。あまりに突然の症状に、頭の中はパニックを起こしていた。

 

 ――なぜ、何が、どうした。

 血潮が体の内側から己を焼くように熱くなる。もうほとんど冬だというのに、汗が出てくる。

 

 感情が沸騰するこの感覚は、いつ以来だろうか。

 それを考えると、今度は怖気の寒風に体を冷やされた。熱した鉄板に氷水でもぶちまけたように、感情が蒸気の霞に隠れていく。

 

(――いいや。だから俺は、誓いを背負ったんだろが)

 

 寒風に心身が凍えそうになっても、彼の背負う誓いが勇気の篝火となって心を照らす。

 

 

 

「いや。頼りにさせてもらうぜ、帝」

 

 

 

 宗司はまっすぐ帝の目を見て言葉にすると、差し出された手を取って握手に応じる。力強く、男らしく、がっちりと。

 その答えを聞いた帝は何とも分かりやすいもので、パッと表情を輝かせると、倣うように力強く握り返して、これまた強く頷き返した。

 

「あぁ! いくらでも頼りにしてくれていいぜ、宗司」

 

 人懐っこくも、男らしく凛々しい面持ちで応じる帝に。

 宗司はやはり、面影を見る。起伏の激しい少女の得意顔がチラついた。

 

「姉とそっくりだな」

「よく言われる」

 

 得意そうに、それでいて照れくさそうに帝ははにかんでいて。

 笑った時に見える八重歯は、そんな笑顔に負けず劣らず、同じように白く輝いていた。

 

 




孤独を知らない少年は光に照らされる。
暗くて何も見えなかった周囲が少しずつ照らされて。
そんな状況を見つめることができたとき。

彼は一体――何を見出すだろうか




とある一コマ

帝(え、今姉貴が声出す前に避けた……? 後ろに目でもついてんの? まさか気配だけで察知した、なんて現実に……? えっ、何それ怖っ)

顔面の傷以上の理由が隠れていた。



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