そんなわけで、無事第二話の方を投稿させていただきたいと思います
今回も、お楽しみいただければ幸いです
東日本最大規模を誇る「郷原会」も、何も一枚岩というわけではなかった。
それは郷原宗司に出された課題から見ても明らかだ。明らかな「無理難題」と呼べるような内容もあれば、「は? そんなのいつでもできんだろ」と言えるような張り合いのない内容まで。
その課題内容こそが、もともと親宗司派であったかどうかを指し示していた。
例えば「6.期限(高校卒業)までにスミ(刺青)を入れろ」などはまさに、元からの親宗司派であることは言うまでもない。スミを入れろなど、いつでもできる。それこそ、何の苦労もないのだ。これは、親宗司派が彼を「郷原会」会長に据えようとしていたためだ。
逆に、「2.期限(高校卒業まで)に「郷原会」の総資産を、郷原宗司のシノギだけで2倍に増やすこと。」は分かりやすい悪意のある無理難題である。そもそも「郷原会」の総資産は優に億どころか、兆に迫る勢いだ。それを一人のシノギで稼ぐなど……いくら五年の猶予があるといえども、無茶苦茶だ。
これには現会長の祖父宗玄も苦言を呈そうとしたが、これを承諾したのは宗司本人である。そして、期限を半分以上残して達成されてしまえば、課題提出者もぐうの音も出せない。
しかし、そんな無理難題も数々と解決していき、残った課題はわずか二つ。
――「6.期限(高校卒業)までにスミ(刺青)を入れろ」――
――「12.期限(高校卒業)までに将来の姐さん連れてこい」――
はっきり言おう。どちらもあり得ないほど簡単な課題である。普通に考えれば、もはや消化試合とも呼ぶべき様相を呈している。この課題を出した者が親宗司派であることは疑いの余地もないのだが――
そんな二つの課題こそが、郷原宗司の頭を極限にまで悩ませているのであった。
――ねぇ、聞きました? 渋谷で起きたお話。
――あぁ、あの「郷原会」のだろ。
――そう! 強引なナンパを眼力ひとつで追い返したっていう!
――夜の東京はもう「郷原会」のシマだからな。そこで暴れるなんて、命知らずってレベルじゃねぇぞ。
――それが昼間に起きた話ですって! たまたま、彼がその場にいらしたとか。
――へぇ。見回り熱心だな相変わらず。あいつ暇なの?
――さ、さぁ……? 龍珠さん、彼に対してその態度、大丈夫ですの?
――は? あいつまだ会長でもないし、何かポストについてるわけでもないし。周りが持ち上げてるだけだっつの。そんなのに誰が媚びへつらうかっての。
――あ、ところで。又聞きしたお話ですけれど、彼が婚約相手を探しているというのは……?
――あー、アレね。事実だよ。詳しくは言えないけど。言ったら上からマジでブッ殺される。
――やっぱり! ……とはいっても、すごく物騒ですわね。
――そりゃ、腐っても「極道」だぞ? 下手なこと言ったらエンコ詰めて清算できるかどうかってところだし。首、あんま突っ込むなよ。
――え、エンコ……?
――小指のこと。やらかしたらケジメとして切り落とさなきゃならない。
――……肝に、銘じておきますわ。
――そうしとけそうしとけ。「極道」に首突っ込んでもロクなことになんないから。
「御行。最近、俺って他の人間から避けられている気がするんだが。何か知らないか?」
――お前が極道の会長の孫だからだろうが!
などという叫びを、白銀御行は何とか飲み込んだ。目の前の相談相手があまりにも真剣に相談を持ち掛けてくるものだから、常識を言うのは如何なものかとブレーキが掛かった。
相談相手は郷原宗司。東日本最大規模の「郷原会」、その会長の孫である彼は――思いの外、優男の面をしている。俗にいう甘いマスクというやつだが、眉間から頬にかけて一筋の刀傷がすべてを台無しにしている。目つきは近眼と寝不足に起因する白銀よりもずっと柔らかいものだが、刀傷のせいで厳つさは白銀より引き立っている。厳つい美形というやつだ。
(あぁ、言いたい! 生い立ちとその顔面の刀傷が原因だってすごく言いたい!)
だが! それは本人にはどうしようもないことだ。言ったところで、何かが解決するだけもない。メイクで隠せないほど深い刀傷だ。努力でどうにもできないことをとやかく言うほど、白銀も野暮ではない。
「……そもそも、避けられてるのって、元からじゃないのか?」
「いや、最近は輪にかけて酷い。視線向けたら蜘蛛の子散らす様に逃げられるってひどくね?」
「そんなにひどいのか……」
「あぁ、マジでひどい。俺、ここ最近は問題起こしてないんだが」
「一応、問題起こしているって自覚があったんだな」
「張っ倒すぞ」
「冗談だ」
しかし問題だ、と白銀はその明晰な頭脳をもって考える。
半年前は、まだまともであった。何がまともと言われれば、話しかければ逃げられる、程度のレベルだったのだ。
それが視線を向けただけで? もはや話し合いとか知り合うとか以前の問題だ。
「それ、あの噂が原因じゃないですか?」
そんな中、いち早く答えを思い付いたのは、生徒会室のソファーに座り机に足をのっけてゲームをしている石上優であった。横合いから何気なく入れた言葉に、宗司はぐりっ、と音がしそうなほど素早く振り向いて石上の方を向いた。
「何だその噂って?」
「うわっ、宗司さん怖いっ! その顔怖いからやめて!」
「顔は元からだクソッたれ!」
もちろん宗司も本気で怒っているわけでも、凄んでいるわけでもない。ただ思わず、ちょっとだけ力んでしまっただけである。それでも、それなりの期間を共に過ごした石上が震えるほどの強面である。
視線を向けるだけでこれである。もう問題それだろ? とは思っても白銀は口にしない。石上の口にした「噂」というのが気になったからだ。
「……で、噂って?」
「あぁ、会長。聞いていないんですか? 近頃、宗司さんの噂されてるんですよ。視線合わせたらコンクリ詰めにされて東京湾に流されるぞ、って」
「そんな噂されてんの!? んなわけねぇだろバーカ!」
宗司は思わず吠えた。いやだって冷静に考えてもみてほしい。何の繋がりもないカタギの人間をヤクザがコンクリ詰めにして流すなんて。発覚したらエンコ詰めるじゃ済まない大事件だ。生き埋めで済めばいい方。最悪、生きたままコンクリ詰めにされても文句の言えない大失態である。
ヤクザだって、ヤクザなりのルールというものがある。いくら反社会的組織だからといって、そこまで無法地帯なわけがないだろう! とは内部を知っている人間の理屈であり……カタギからしてみれば、一見信憑性のある噂であることに間違いはなかった。
「あと、視線合わせたら心臓発作で死ぬぞとか」
「俺なんかの邪眼の持ち主でもないんだが!」
「睨まれたらもう命がないぞとか」
「ねぇ、誰なのその陰湿な噂流してんの。何で俺はそんな神話の怪物みたいに話盛られてんの?」
「でも、お爺さんが宗司さんのせいで、心臓発作で死にかけたってのは事実でしょう?」
「あー、もうわかった。龍珠さんところのバカ娘か!」
「うわー、龍珠先輩のことそんなに言えるの宗司さんとか他のVIPくらいですよ」
――広域暴力団「龍珠組」組長の娘、龍珠桃。
「郷原会」直系二次団体のひとつ「龍珠組」の組長の愛娘であり、何を隠そう「12.期限(高校卒業)までに将来の姐さん連れてこい」の課題を提出してきたのは「龍珠組」の組長である。
現時点で最も宗司を困らせる存在。それが宗司からの「龍珠組」の評価であり、「最も敵に回したくない相手」でもある。その理由は、手段を選ばない冷酷な面を目の当たりにしているからだ。
「龍珠組」は「郷原会」の直系二次団体の中でも比較的「穏健派」に位置する。それは物事に対する腰の重さが起因しての評価である。とにかく、行動を起こすまでの辛抱が強い。
だが、普段怒らない人間が怒るときほど恐ろしいように。
この「龍珠組」も行動を起こしてからが恐ろしい。眠れる龍を呼び覚ますな、とは極道の世界では「龍珠組」のことを指す隠語として使われているほどに。
過去、この「龍珠組」がその重い腰を上げたことによって、ひとつの都市をシマにしていたヤクザたち計300名が一夜にして軒並み行方知れずになった、という逸話がある。これだけ大規模な事件を起こして、表の世界に濁りを残さない手腕もある。行動を起こせば、後にはぺんぺん草も生えない。
実行力、隠蔽の手腕、そして何より手際の良さ。「龍珠組」の恐ろしさは奈落を覗き込むように底が知れないのだ。
「あいつはファザコンか!? くっそ、画を書き(陰謀を巡らし)やがって……!」
「あー、そのあたりの事情は聞いたらマズイやつですか?」
龍珠桃ファザコン疑惑。好奇心から首を突っ込んでいいかどうか、彼は宗司に対して安全確認を取る。極道同士の遣り取りに迂闊に首を突っ込めばどうなるか。付き合いがそれなりにある石上はそれとなく察していた。
「……あぁ、うん。聞かなかったことにしてくれ。というか、ここでは何もなかった。いいな?」
――アッ、ハイ
冷静になった宗司に念を押され、思わず聞いていた二人は首を縦に振った。触らぬ神に祟りなしとはまさにこのことだ。知らば消される、という極道に対するイメージはあまりにも根強かった。
「ていうか、何で宗司さんそんなに人目なんて気にしてたんですか? 今更、人の目を気にするほど繊細でもないでしょ」
「……お前、さらっと宗司のことけなしたな」
「まぁ、事実だから別に気にしねえけど」
一見、石上らしからぬ突然の研ぎ澄まされた言葉に、白銀はツッコミを、宗司はさばさばと返す。
もともと、自分のことを繊細から遠くかけ離れた人物だという自己評価をしていることもそうだが。そもそもこれまで学校どころか、ご近所でさえ多くの人間に避けられる人生を過ごしてきた。今更、避けられたくらいで傷つく心など持ち合わせているはずもない。
「だって、なぁ。恋愛したいじゃん」
「あぁ、まぁそれは確かに――」
「まぁ避けられたら出会いも何も――」
――恋愛ッ!?
叫びと注目が宗司の一点に集中した。ゲームをやっていた石上が思わず顔を上げて手を止めるほどの衝撃。
「うわっ、え! あの堅物極道の宗司さんの口から何があったらそんな可愛い言葉出てくるんですか!? それって恋愛って書いて『殴り合い』とかいうルビ振られてませんか!?」
「石上テメエ失礼にもほどがあるだろが!? あと『あい』しか合ってねえよタコ!」
「いきなりブチギレ!?」
「いやこれはキレられて当然だろ……」
「会長まで!?」
半分冗談だったのに……という石上の呟きを、二人は敢えて聞き流した。
「……それで、恋愛だったな? 好きな相手でもできたのか?」
恋愛。それに興味を持つということは、好きな相手ができたということ――!
つまり郷原宗司には、少なからず想っている相手がいるという白銀の推論は。
「いや、まったく。今更好きなヤツができるかよ。ロクな交流してねぇんだぞ」
「はぁ!?」
――白銀の推論、まさかの大暴投!
思わず口から素っ頓狂な声が出るのも仕方がなかった。何せ恋愛とは、特定の相手がいることで初めて進展するイベント。相手がいない恋愛など、そんなもの漫画や映画でも見ておけという話だ。
相手が居ないのに恋愛がしたい。これでは、恋に恋する人間だ。相手を見ていない恋愛に、一体どんな価値があるというのか。
白銀は眉間のしわを揉み解したあと、ひとつ息を吐いてから言葉を出した。
「恋に恋でもしているのか? だとしたら、恋愛なんてやめた方がいい」
「……まぁ、当たらずとも遠からず、ってやつだ。やっぱ、ダメかね」
「例えるなら、相手の肉体だけ目当てに迫る性欲の権化と同レベルですよね」
「おい石上。さっきから言葉の切れ味が増してきてね? まぁ確かに、ひっでぇ話だけど」
はぁ、とつまらなさそうに息を吐く宗司の姿に、白銀はやはり引っ掛かりを覚える。
恋愛がしたいという割に、宗司本人にやる気の色が欠片も見えてこない。乗り気でもないし、本当に興味があるように見えてこないのだ。
だというのに、恋愛に興味があると話題を振るのは、一体どういうことなのか。
(……誰かに強要されている? いや、でも宗司に強要できる人間なんて――あっ)
宗司の立場は、「郷原会」四代目兼六代目会長の孫であり、五代目会長の実の息子。東日本最大規模の極道、そのトップの孫に指示できる人間なんて、一人しかいない。
「……」
(藪蛇……ッ!)
白銀は思わず押し黙る。聡明な頭脳が、これ以上口に出してはいけないとストップをかけた。
例えるならこれは、ネズミ捕りに近しい仕掛けだ。話の発展という餌が欲しいと手を伸ばせば、仕掛けが起動して餌の代わりに行動を奪われる。仕掛けの強度によっては、その一撃が再起不能のカウンターとなることだろう。
この話題、とびっきりの厄ネタなのだ。話を穏便に進めるには、仕掛けが発動しないギリギリを攻めながら、餌を摘まむほかにない。ここにそんな相談を持ち込んだのも、仕掛けを発動させないように餌を摘まめる賢いネズミを狙ってのことか。
ならば、やることはひとつ。
「しかし、恋愛となればまずはターゲットを絞るものだろう? 例えば、付き合いたい相手の理想像はないのか?」
「んー、理想像ねぇ」
仕掛けそのものを腐食させていけばいい。即ち、外堀を埋めていく。まずは女性の好みから入り、恋愛観につなげて――とにかく、藪をつつかない。これに限る。
宗司も、白銀の出した質問には真剣に考えている様子がうかがえた。目つきは鋭く、うんうん唸る姿には抜身の刀身のような危うさがまとわれている。
「媚びへつらうヤツはクソだな。反吐が出る。マジでそれだけは有り得ねぇわ」
「きっつ、言い方」
「仕方ねぇだろ。こればっかりは生理的に無理だわ」
「いや、というか理想像はどこいった?」
理想像を聞いたというのに、返ってきたのが生理的に無理なタイプの特徴である。ただ、真逆の回答といっても、これはこれで収穫はあるのだが。
「理想つってもなぁ。媚び売らない、芯が通ってる、筋を通す、諦めが悪くて、泥ン中這ってでも進める女ってところかね」
「いやそれ女性に求める理想像なのほんとに!?」
「当たり前だろが! 極道者の隣に立つんだ。そのくらい強くなきゃ話になんねぇっての」
「はー、極道っていうのも大変ですね。でも、宗司さんなら別に女性に強さなんて求めなくてもいいんじゃないですか?」
ここで、さらに石上からの横やりが飛んでくる。どういうことだ、と睨めつけるような宗司の視線を受けて肩を大きく震わせるが、慣れたものなのか声までは震えない。
「いや、だって。宗司さんくらいになれば、どんだけか弱い女性だろうと、ぜんぶひっくるめて守ってやる、くらいの甲斐性あるでしょ」
「お前さらっとよくそんな言葉吐き出せるな」
白銀も宗司の言葉に同意である。よくもまぁ、そんな恥ずかしい言葉が出てくるものだ。
この石上、妙なところでズレているのである。
「そんな女子と付き合えるかっての。極道の汚ぇやり口、そんなヤツに晒せるかよ。枝になれば300団体超えてるし、直系二次団体の前だろうが、やらなきゃならねぇ時はある。泥と血にまみれた世界に、そんな女入れられるかっての」
「いや、しかしだからと言って、交際の段階でそれだけの覚悟を求めるってのは酷だろう?」
「だったら御行。テメエの妹が俺と交際するって言ったら――」
「お前殴り倒してでも止めるに決まってんだろ!?」
「会長、掌返し過ぎです。まだ交際ですよ」
「だとしても、圭ちゃんをそんな危険な目に遭わせられないだろ!」
「いや、白銀が正しい。よく考えてる。というか、それ考えずに交際迫ってくる女なんざこっちからお断りだボケ」
はぁ、と憂鬱そうにため息を吐く宗司の姿を見て、白銀は思わず「しまった」と自らの過ちに気づいた。妹の白銀圭の話になって思わず頭に血が上ってしまった。これでは、積極的な話し合いに持っていくのは難しくなってしまう。
しかし、その代償に得たものはあまりにも大きい。
宗司は女性に強さを求めることに固執している。それは彼が極道であるから。極道のやり口に耐えられるだけの強い女性を、彼はその立場から求めてしまっている。
だが、それは宗司に立場があるから。
ならば、宗司自身が本当に求める理想像とは、一体――?
「……ふむ。前提条件を変えよう。仮に、宗司が立場も何も気にしなくてよくなって。しがらみも何もない。そんな折に交際する女性の理想像は?」
「しがらみ、ねぇ。まぁ、どっちにしても媚びへつらうような女はお断りだが」
(共通点は「媚びへつらう」がNGということか)
そこまで特筆して嫌っていることを考えるに、今までの経験か、あるいは家柄の根深い問題からくる「嫌い」なのだろう。ここは、宗司が立場とか関係なく求める女性像なのは間違いない。
「んー、天然に近い可愛げがあるヤツだと良いな。何しでかすかわからない女となら、退屈しないだろうな」
「何しでかすかわからないなら、藤原先輩とかいいんじゃないですか」
「あれはウーパールーパーみたいなモンだろ。女としちゃちょっと……」
悲報。藤原千花、告ってもいないのに振られる――!
そして宗司の総評に、他二人から特に反論が出てこないところがまた物悲しい。
「あぁ、でも失敗しながらでも、努力できる人間は好きだぞ。どんだけ失敗しても諦めねぇ骨のあるヤツってのは、無性に応援したくなる」
「あれ、宗司さんって案外尽くす系だったりします?」
「尽くす、なのか? まぁ、サポートくらいなら惜しまねぇよ。もう俺はやることほとんどねぇし、ある限りの時間くらいなら注げるけど」
「すみません、尽くし過ぎてて引きます」
「石上。テメエもしかして俺のこと嫌ってたりする?」
「まっさかぁ」
「じゃれ合いも程々に。他には何かないのか? 身長とか、顔立ちとか」
このジャンルにこれ以上の発展性はない。そう考えると切り替えは早い。白銀は次の引き出しに手をかける。
「身長は……まぁ、俺より高くなきゃいい。顔立ちは……顔立ちねぇ。目つきキツイ方が好みだし、可愛いよりは綺麗系の方が好きだな」
「え、さっき可愛げがある方がいいって言ってませんでした?」
「そりゃ全体像で性格の方だ。見た目とは関係ねぇ」
(まとめると、性格は可愛い系。見た目は綺麗系の少しキツイ目つきが好みで、努力を欠かさない芯の通った女性が好みか。――っ!)
白銀の脳裏に電流奔る!
少しだけ、少しだけ心当たりがあった。必ずしもすべてに当てはまるわけではないが、限りなく近い存在。
しかし、その女性の名を口に出すのは憚られた。もしも、もしも宗司が彼女を狙うのであれば、それは白銀にとって宗司が恋敵になるということ。
宗司がどれほどできる人間かというのは、又聞きではあるもののよく理解していた。そんな宗司が、恋に全力を出した時に白銀御行に勝てる要素は――本当に、あるのだろうか?
裏表のない性格。堂々とした立ち振る舞い。芯の通った姿勢。あまりにも大きい背中。家柄は反社会的組織であること以外は申し分なく、仮面を被らずともやっていけるだけの強さを兼ね備えた男。
正直に言ってしまえば。
白銀御行は、郷原宗司と全力でぶつかっても勝てる気がしない。
勉学であれば、まだしがみつくことができる。これまでの積み重ねという絶対的なアドバンテージは早々覆せるものではない。
しかし、それでも郷原宗司は学年定期考査(テスト)において常に30位以内に入っている傑物だ。それもこの男、本当に勉強など日々の復習以外に何もしていないのである。
そうだ。勉強なら、次のテストくらいならどうにでもなる。だが、それが積み重なれば積み重なるほど――白銀御行に不利な舞台に、引きずり降ろされる。
(いやでも、四宮はないか。そもそも、家柄としての相性が最悪だし――)
「四宮先輩とかはどうなんですか?」
(おい石上ィィィ!?)
白銀が敢えて口にしていなかった話題を、何の気なしに石上から吐き出された。白銀にとってそれは最大レベルの裏切りであり、思わず石上に向けて言いようのない暗い憎悪の視線を向けてしまうほどの事態だった。
白銀がそんな状態になっているとは知らず、宗司は顎に手を当てて考え始める。
「……まぁ、四宮なら極道としてやっていけないこともねぇだろうけど」
「けど、なんだ?」
「いや、ありゃ俺が手出していいタマじゃねぇだろ。道理としてねぇよ。アレに手を出すくらいなら、俺は独り身で死んだ方がマシだね」
「はぁ――!?」
これに思わず声を上げたのが白銀だ。すぐ正気に戻って「まずい」と感じたものの、先ほどの叫びが撤回できるはずもない。
宗司と石上から集中する視線。これに白銀はどう対応するか、それだけに思考のリソースを割き――
こほん、とまずはひとつ咳ばらいをしてから口にする。
「具体的にどこがダメなんだ? さっきのイメージだと、ほとんど四宮だが」
「あー……、まぁ少し言葉足りなかったか。何て言うか、四宮は俺と致命的に相性悪いんだよ。ま、俺と四宮が付き合うなんて万一にも有り得ねえけど。もし付き合ったら……お互いに悪影響しかないぞ絶対」
「いや、それじゃわからん。もっと具体的に話してくれないか?」
「……四宮が純水だとしたら、俺がヘドロだっていう話だ。棲み分けは当然だろ」
それ以上語る気はない、とばかりに宗司はむっつりと口を閉じてしまった。
白銀からしても、最後の例えが入っても、宗司が何を言いたいのか。理解に及ぶことはできなかった。問い質そうにも、本人がもはや口を開く気がない様子だ。
「四宮先輩じゃなければ、ツンデレ……四条先輩とかいいんじゃないですか」
「ツン……四条? あー、いや、まて。思い出した。アレか。あの一歩間違えたら汚泥みたいな愛憎劇繰り広げそうな三人組の一人か。いや、四条の方は完全にストッパーだけど。あー、確かにアリだな。すっげぇ好みだわ。でも、もう好きな男居るだろが」
「いや、自分的にはもうスッパリ諦めさせて宗司さんとくっついてくれた方が平和で良さそうなんですけどね」
「心配なのか?」
「えぇ、割と。潰れないかヒヤヒヤしてます」
「へぇ……うーん、どうすっかね」
口調こそ、吹けば飛ぶような軽いものだったが、悩む姿は樹齢千年の大木の如き重さをまとっている。
宗司とはそういう男だ。行動するまでの腰が重く、行動するまでの口は軽い。だが、行動してからは怒涛の追い上げを見せてくる。為せば成る、を体現する存在。
「……話題ねぇな。まぁ、ちょくちょく折を見て話しかけてみるわ。サンキュ」
「えっ、あぁはい。もう行くんですか?」
結論は出たのか、いつものような軽い口調と共に宗司はいつの間にか出口に立っていた。石上の言葉に彼はひとつ頷くと、その扉に手を掛けた。
「シマの見回りだ。最近、キナ臭ぇからな。お前らも気をつけろよ? うちのモン回ってるから大丈夫だとは思うけど」
何かあったら呼べ、とスマホを片手に持って言いながら、彼は生徒会室を後にした。
その後姿は、生徒会室の扉さえ追い抜いて、大きく見えた。
「……さすが、って感じですね」
「宗司だからな」
――「郷原会」次期会長に最も近い男、郷原宗司――
彼の恋の行方は、まだわからないけれど。
向かう場所は確かに、決まっていた。
続きは同じくモチベーション次第ということで。