郷原宗司は交際したい   作:沖縄の苦い野菜

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第三話 極道と学生

 シマを回るとき、郷原宗司は自身にルールを課している。

 

 ひとつ、シマを制服では回らない。

 これはひとえに私立秀知院学園の評判を落とさないための対策だ。シマを回るとき、暴力沙汰に発展するケースもよくある話だ。まさか学園の生徒が暴力沙汰を起こしたとなれば、その名前に傷がつくことは想像に難くない。さらに言えば、夜間徘徊になるケースも多いとなれば、制服でシマを回るのはリスクがあり過ぎるといえる。その上、加害者が同じ学園の生徒を狙ったリベンジをすることもあると考えれば、制服で行動するのは有り得ない。

 

 ひとつ、トラブルは穏便に済ませる。

 相手が武器でも取り出す、カタギに手を出す以外での暴力はご法度。無意味な暴力で人を傷つけることが多発すれば、「郷原会」に向けられる警察の視線がより厳しいものとなる。それを案じての対策だ。宗司自身が弱い者イジメが嫌いなタチであることも、その制限に拍車をかけている。

 

 この二つのルールを己に課して、彼は純白のスーツに身を包み、今日も渋谷の街を練り歩く。ただし、電灯と光学に照らされた表通りではない。先行きの見えない闇とゴミの匂い、カビ臭さ、遠くから消え入りそうな喧騒の残響。重苦しい空気。メインストリートから外れた暗闇、あるいは裏路地。

 

 人が入り込まなさそうな場所。無法とは、安易だがまさにそのような場所で起こる。人目につきにくく、入り難く、内部の構造は複雑怪奇で逃げづらい。木を隠すなら森の中というように、犯罪を隠すには闇の中。

 警察より早く死体を見つけるコトだってあった。強姦された女性を見つけたこともある。金を巻き上げられ、タコ殴りにされた男性が倒れ伏していることもある。麻薬取引の現場を目撃したこともあれば、銃器の密売人との取引現場に出くわしたこともある。

 

 闇の中は、いつだって無法地帯だ。

 そんな場所に法を敷くのが極道というものだ。

 

 歩幅は大きく、足音は小さく、背筋は伸ばし、練り歩く。

 誰よりも堂々と。誰よりも手慣れて。誰よりも芯を通して進む。

 

 足音が自分のもの以外にない。これが健全だ。これこそが、闇の中にあるべき姿であり、平穏である。

 

 表通りでは、喧騒が平穏の象徴であり。

 裏通りでは、静寂が平穏の象徴である。

 

 ――やめて、はなして――

 

 だからこそ、裏の世界の人間は、誰よりも闇の中のトラブルに敏い。

 そして、行動が早い。

 

「――うちのシマで、何やってんだ?」

 

 肌に深く突き刺さるような、重い声音が裏路地の中に沈みこむ。

 事件は単純だ。表通りと近い場所。裏路地で、壁を背にした少女が二人の男に手を掴まれ、悪質なナンパをされていた。

 

 二人の男は、いかにも不良といった様相だ。銀のピアスに、髪は金髪。服をだらしなく着崩した姿。こんなケースこそが、最悪の事態に発展しやすい。女子の方が逃げれば深追いはしないタイプだが、下手に出ればとことんまでツケ上がる。お調子者の悪。

 

「あん? テメエには関係――ッ」

「何だテメエ――ッ」

 

 息を呑むのが手に取るようにわかった。闇と、表通りの逆光のせいで三人の顔まで見通せないものの、場の空気の質から、宗司には手に取るようにわかる。

 

「もう一度言うぞ。クソガキ」

 

 自分の前髪を掻き揚げて、ドスの効いた声をもう一度。

 

「――うちのシマで、何やってるかって聞いてんだ」

 

 あくまで堂々と。睨みつけ、動くことはせず、ただ静かに問い質す。こういった手合いは、姿勢と声だけで事足りることを、宗司はよくわかっている。

 

 今の彼を客観的に見るのであれば。

 ――闇の中から、突然現れた白いスーツ姿の男。顔面の深い刀傷がカタギの人間とは思わせない凄みを持たせて、オールバックの髪と服装が拍車をかけて筋者(ヤクザのこと)だと訴えかける。巌のようなガタイと身長、上から見下ろし睨みつける様は、鬼の一睨みよりも恐ろしい。喉元に突きつけられた刃のような声音は、二の句を継がせない迫力が込められている。そんな、裏社会の鬼が、佇んでいる状況。

 

 宗司の一睨みは、下手な暴力よりも恐ろしい。

 女子に絡んでいた二人の男は、ただ声を掛けられ睨まれているだけだというのに、みっともなく全身を震わせて言葉を詰まらせ、目じりに涙まで溜めている。宗司にはそこまでわからないが、大方腰が引けていることは理解している。

 

「――聞こえねぇのか!?」

「ひっ――!」

「ごめんなさい――!」

 

 トドメとばかりに恫喝すれば、男二人は蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。残されたのは、絡まれていた少女と宗司だけだ。

 

「はよ行けや。この街歩くなら、裏路地から離れておけ。じゃなきゃ、こうやって引き込まれる」

 

 路地の奥に佇む宗司の姿は、闇の世界の入り口に佇む門番のようだった。ここから先には通さないと仁王立ちになり、出口の近くにいる少女を見守っている。

 

「え、えっと、あの――」

「さっさと行け。礼するくらいなら、もう巻き込まれるな」

 

 宗司はどこまでも冷たく突き放す。それが裏の人間として、表の人間に対する接し方。どこまでも突き放し、二度目がないように追い返す。裏の世界に二度と近づけないために。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 少女はそう言ってお辞儀をするなり、その長い髪をなびかせて光の世界に飛び出した。

 そんな少女の後姿を確認した後、宗司は表に背を向け闇の中に足を向ける。

 

「どこかで、聞いたような声だったな」

 

 姿はよく捉えられなかったが、声まで曖昧ではない。遠慮していて、弱々しいものだったが、どこかで聞き覚えのある声。深い闇の中に再び身を沈めた彼は、しばらく声の主が誰だったかを考えて――

 

 ――答えが出せず、思考を切り替える。静寂に耳を傾けて、彼はまた孤独に足音を響かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 それはある放課後の出来事だった。

 

「「――あっ」」

 

 

 偶然に偶然が呼んだ遭遇に、お互いの顔を見て両者思わず声を上げる。

 

 片や、最近興味を持ち始めて、話す機会がないものかと漠然と考えていた男、郷原宗司。

 片や、想い人と親友のイチャコラを見せつけられ、ベンチに身体を預けて虚無を顔に浮かべていた少女、四条眞妃。

 

 この二人、特別な接点があるというわけではない。

 白銀御行と同じく、クラスメイトであるということが精々だ。話した回数も、片手の指があれば足りるほどの浅い関係。

 

 しかし、お互いに興味はあったのだ。

 

 郷原宗司は、ここ最近で「好みな相手」ということで四条眞妃に注目していた。

 四条眞妃は、高等部に上がった時から「郷原会」の次期会長候補、鬼才の郷原宗司に注目していた。

 

 興味の一致と、視線の交通事故。

 何やら落ち込んでいて、視線がかち合った四条眞妃を無視して立ち去れるほど宗司はドライになり切れず。

 みっともない姿を見られたことを意識してしまい、せめて視線だけはと四条眞妃は強情を張って。

 

「……何、ベンチで落ち込んでんだ」

「は――!? ちょっとリラックスしてただけよ! そういうあんたこそ、こんなところで暇そうね! 郷原の鬼才も、随分と期待外れね!」

「暇なのは否定しねぇよ。鬼才って言っても、学園じゃ大概役に立たねぇことばかりだしな」

「……言い返さないの? ヤクザって、舐められたら終わりの世界でしょ?」

「ここは学び舎だろ? そんなところに極道の世界持ち込むって、バカかよ」

「なっ、この私がバカって言いたいわけ!?」

「テメエも大概面倒臭ぇな!?」

「面倒臭いって何よ! 私は……」

 

 そこで言葉が途切れる。四条眞妃は考え込むように、しばらく焦点の合わない目を宙にさまよわせた後――

 

「私って、そんなに面倒臭い女なのかな……」

「いきなり気落ち!?」

 

 強気な様子はどこへ置いてきたのか。彼女は暗い瞳を下に向けて目じりに涙を溜めて語気を下げる。その緩急つけた切り替わり様は、宗司が思わず声を上げて困惑するほどに衝撃的だった。

 

「ほんと、こういうところが面倒臭いんだろうね……」

「テメエさっきまでの強気どこ行ったの……? あぁ、もう。話くらいなら聞いてやるから、そんなシケた面するな」

「うん……実は」

 

 話をまとめるとこうだ。

 

 親友の手助けにと思いボランティア部に入ったはいいものの、部室から少し出て帰って来てみれば、そこで彼女の親友と想い人がイチャイチャとキスやら愛の言葉を囁いていたのだとか。そんな空気に割って入るほどの度胸もなければ、親友としてその幸せを壊したくない思いもあって、今こうしてその場の空気から逃げてきたのだという。

 

「……そうか。大変だな」

「何よ、他人事みたいに。あんたなら、こういう時どうするわけ?」

「俺? さて、ねぇ」

 

 彼女の横に腰を下ろし、顎に手を添えて、目をスッと細めて考える。自分なら、そんなシチュエーションにどう対応するか。堂々と割って入るか、わざとらしく足音を立てて「帰ってきましたよ」と伝えるか、それとも何事もなかったかのように立ち去って、後でメールのひとつでも寄越すか。

 

「確か、テメエの親友って柏木、とかだっけ? 経団連理事の孫とかいう」

「そうよ。それが何?」

「いや、カタギの人間かどうか知りたかっただけだ。まぁ、それなら話は簡単だ」

 

 テメエと同じだな、と宗司は呟く。

 そんな答えに、四条眞妃は目を丸くして宗司を見るが、彼は気にした風もなく言葉をつづける。

 

「あくまで俺はだぞ? 俺はこれでも極道だ。真っ当な生き方できる人間じゃねぇし、カタギ様より誰かを幸せにできるって自惚れてるわけでもねぇ。相手がカタギなら、身を引くってのが筋ってモンだろ」

「は? 何よそれ。自分が極道だから身を引くですって? そんなの、自分の立場を言い訳に逃げてるだけじゃない。だっさ」

「……切れ味抜群だな、おい」

 

 はぁ、とため息をひとつ。肩を落とした宗司は脱力したまま、まばらに青の差す曇り空を見上げた。

 

「テメエの言う通り、逃げだよ。この一年半とちょっと、ずっと逃げてきた」

「ふーん。あんたと一番縁遠い言葉だと思ってたわ」

「バカ言うな。俺たち極道は、端から(タマ)張る覚悟で肩まで浸かってる。そこまでくりゃ、お互いに遠慮もねぇ。でもな、カタギは違ぇんだよ」

「つまり、極道なんて大層な肩書背負ってるクセして、愛する人の命背負う覚悟がないってわけじゃない。あんた、図体のわりにちっぽけね」

「……耳が痛ぇや」

 

 胸に突き刺さる言葉が、妙に心地が良かった。これだけ気持ちの入った忠言を彼に向ける人間なんて、今までほとんど居なかった。自分と向き合うための言葉は、不思議と反論する気になれない。彼女が言えば、説得力が違う。

 

「ま、私もあんたに言えるほど度胸ないけど。逃げてきたわけだし」

「……極道じゃねぇんだ。突っ張り続ける必要もねぇだろうよ」

「何言ってんの。恋に極道も何も関係ないわよ。恋ってのは、突っ張り続けた人間が勝つの」

「なるほど、な」

 

 ――あぁ、イイ女だ。

 宗司が横目でチラリと見てみれば、張りぼての凛々しさに顔を染めて、まっすぐどこかを見つめる彼女が目に映る。

 

「俺は、そこまで強くなれねぇわ」

「ほんと、見た目に寄らず弱い人間だこと。私はあんたと違って、鋼の心を宿してるの。最初から強度ってのが違うのよ」

「テメエの場合、熱した鋼って方が近い気がするけどな」

「あら、よくわかってるじゃない。あんた、人を見る目は確かなのね」

「じゃなきゃ今頃、後ろから刺されて墓の中だよ」

「え、なにそれ怖い」

 

 尚、墓の中というのはあながち冗談でもない。次期会長は自分だと宣言したあの日から、人並み以上の警戒心、観察眼がなければ生き延びられなかったのは間違いないのだ。引いている四条眞妃に対して、宗司は返す言葉を持っていなかった。

 

「何て言うか、妙なところでチグハグね」

「……あ?」

 

 彼女の言葉に、自然と顔と注目がそちらに向いた。

 四条眞妃は堂々とした真っ直ぐな瞳で、宗司のことを見つめて言う。

 

「あんた、さっきの話。もしもお互いに極道なら、どうしてるわけ?」

 

 それは試す様に、上から投げかけられた質問。しかし、興味津々というよりは、当たり前のように向けられる視線。何気のない雰囲気。どれも取り繕われて、まるで天気でも聞くような質感の言葉。

 

「決まってらぁ」

 

 ミシ、と空気が軋む。彼我の存在する空間がズレるような、捻じ曲がるような圧迫感が、その場の空気に圧し掛かる。

 突然の変貌に、しかし彼女は驚いた様子はない。感心したように目を丸くして、へぇ、と小さく言葉を漏らすだけだ。

 

「一切合切、奪い取る。ダチだろうが兄弟だろうが、手は抜かねぇ。力の限り、奪い尽くす。それが俺たち極道者の筋ってモンで……俺の、礼儀だ」

 

 元来、男の大きな声(ツッコミ)にも怖がるほど繊細な四条眞妃は、その姿に恐れを抱かなかった。代わりに、ただただ感心させられる。――同い年なのに、凄い貫禄じゃない、と。

 

 なるほど、これが「郷原会」次期会長に最も近い男の器か、と。

 抜き身の刃の鋭さというよりも、それは納刀された名刀のような重さを感じさせる。悪く言えば爺臭く……よく言えば、成熟している。

 

「わかってたけど、噂って当てにならないものね」

「拍子抜けか?」

「まさか」

 

 首を横に振って、彼女は口元に弧を描く。挑戦的に、自信満々と、妙に四条眞妃らしいと思わせる小憎たらしさと愛らしさを兼ね備えた笑顔を向けて。

 

「イイ男じゃない。まっ、表向きは頼りないけど?」

 

 そんな彼女の言葉に、宗司は苦笑を浮かべるだけにとどめた。

 そうしてしばらくの空白の時が流れて、彼女はふと口を開く。

 

「……あれ? 何であんたの恋愛観を聞いてるんだろ」

「さぁ? そういう日だったってことだろ」

「あんたが女々しいからよ。あー、もう。愚痴聞いてもらうつもりだったのに。消化不良だわ」

「なら、今からでも話すか?」

「気分じゃないわ」

「だよなぁ」

 

 何とも言えない空気が両者の間を漂った。甘酸っぱいとか、気落ちしたとか、そんなものではない。例えるなら、カレーだと思って食べたものがハヤシライスだった、といったような。形容し難い微妙な残念感。

 

「あっ、やっと見つけた。マキー!」

 

 少し離れた場所から、柏木渚が彼女に手を振って近づいてくる。隣には件の男の姿もある。

 

「お迎えか。じゃ、俺は帰るわ」

「あっそ。あんた、渚とか狙ってみない?」

「あんまタイプじゃねぇわ。じゃあな」

 

 ベンチから立ち上がって、郷原宗司はその場から立ち去った。

 後に残された四条眞妃。彼女に近づくや、柏木渚は少し慌てたように、彼の背中と彼女とを交互に見て口を開く。

 

「今の、郷原くん? マキ、何かされなかった? 大丈夫?」

「あー、うん。ちっぽけな男よ。私が何かされるわけないじゃない。まったく、渚は変なところで心配症ね」

「でも、郷原くんって……ほら、噂とか凄いからさ。マキちゃんが心配だったんだよ」

「噂、ねぇ」

 

 宗司の後姿は、もうどこにもない。校門を後にしたのだろう。

 堂々としているくせして、雲みたいな人間だ。

 

「あいつ、そんな御大層な男子じゃないわよ。話してみたけど、小心者ね」

「えっ、そうなの?」

「意外……もっと怖い人だと思ってた」

「ま、あんな凡人の話なんていいのよ。それより――」

 

 もう一度、宗司が去った後に目を向けた後。

 四条眞妃は今度こそ、背中を向けて二人と共に歩き出す。柔らかい、日常の空気が流れ込んでくる。

 

 

 

 空は相変わらず、合間に青の差す曇り空が広がっているのであった。

 

 




気分と共に、期待に応えられるくらいには頑張りますとも

四条眞妃の二人称を「アンタ」→「あんた」に修正(2020年5月23日)
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