郷原宗司は交際したい   作:沖縄の苦い野菜

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誤字報告、感想、評価、たくさんのお気に入り登録などなど、皆様まことにありがとうございます。

軽いチェックは済ませておりますが、まだまだ至らぬところがあり、読者の皆様に非常に助けられているこの頃。本当に、感謝しております。

そんな私が返せるのは、投稿くらいのものですが。
今回も、どうか楽しんでいただければ幸いです。

それでは、本編をどうぞ





第四話 二度と面見せるな(表)

 鏡に映る自分の顔が大嫌いだ。

 いつも、鏡の前では眉間にしわが寄る。親の仇でも見ているような瞳が、自分自身を見つめるあの感覚が嫌いだ。

 

 鏡を見る度に、反吐が出る。

 握りこぶしに爪が食い込み、血がにじむ。気づけば口の端から紅の雫が滴り落ちる。

 

「二度と面見せんな」

 

 独りのとき。鏡から離れるときの捨て台詞は決まっている。

 その捨て台詞が、自分と向き合う憂鬱な時間を終わらせる合図。

 

 身嗜みさえ整えられれば、誰が鏡など見るものか。

 

 ――この生き恥、墓まで付き合う定めなれば

   せめて、その傷口に雪ぐ生き様を積み重ねよう――

 

 

 

 

 

 

「チッ」

「あぁ?」

 

 私立秀知院学園、その廊下でまさに一触即発の空気が張り詰める。

 

 舌打ちをしたのは、広域暴力団「龍珠組」組長の娘、龍珠桃。眉根を寄せて不機嫌な顔を隠そうともせず、すれ違おうとした相手の顔にガンつけた上での舌打ちは、もはや喧嘩を売っているも同然の行いだった。

 舌打ちに苛ついた声で返したのは、「郷原会」現会長の孫、郷原宗司。すれ違っただけだというのに、いきなりガンつけられて舌打ちまでされる心境は、当然穏やかではない。睨み返し、視線が激突すれば、自然と足が止まる。

 

「言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ? クソ娘」

「はっ、たかだか小娘の舌打ちにムキになって、器が知れんぞ」

「器? 御大層なこと語るようになったじゃねぇか」

「次期会長候補がこれじゃあ、なぁ? クソ親父が過労でぶっ倒れるのも時間の問題だろ」

 

 声の大きさこそ、むしろ他の喋り声より小さいくらいだが。

 そこに込められた力は、お互いに万力で相手を捻り潰そうとする勢いが込められている。明確な攻撃性がありありと浮かんでいる。その雰囲気は周囲を侵蝕していき、周りの生徒が遠巻きに思わず固唾を呑んで成り行きを見守ってしまうほどの影響力がある。

 

「龍珠組長には、迷惑掛けねぇでやってる」

「迷惑掛けないで? 鏡見てその言葉、吐き出せんのか?」

「……チッ」

「けっ。その汚ぇ面、二度と見せんな」

 

 険をまとったまま、龍珠桃は郷原宗司の横を通り過ぎていった。その様は、触れれば破裂する風船のように、怒りで膨らんでいる。龍珠桃が歩くだけで、人の壁が彼女を避けて割れていく。

 

「……くそったれが」

 

 残された宗司は、顔に持っていこうとした手を寸でのところで止めて、力強く握りしめながらその拳をおろす。やり場のない怒りは、龍珠桃と同じく彼の中で膨らんで、それを隠そうともせず歩き始める。自然と、彼の通る道は彼女と同じように割れていく。ありふれた表現をすれば、モーセの奇跡のようだといったところか。

 

 両者の様子は、まるで鏡映しのようにそっくりで。

 お互いがお互いに、怒りに顔を歪めているのであった。

 

 

 

 

 

 

「……宗司が?」

「はい。さっき龍珠先輩とすれ違ったときなんて、生きた心地しませんでしたよ。こう、なんていうか。あの二人だけ殴り合いしてるみたいに怖いんですよ!」

 

 生徒会室に石上が持ってきた一報は、生徒会長の白銀御行として無視できるものではなかった。どうやら、その二人を起点に学園中の空気が重苦しくなっているというのだ。

 

「会長、なんとか龍珠先輩から話聞いてくれませんか? 宗司さんの方は僕から聞いておくので」

「龍珠から、か……」

 

(本当に聞いていいのか? この二人が険悪って、明らかに極道関係。……だが、家の事情を学園に持ってこられて雰囲気を悪くするのは、生徒会長として見過ごせないし)

 

 逡巡は一瞬。白銀はペンを置いて立ち上がる。

 

「わかった。龍珠の方は俺が何とかする。石上は、宗司の方を任せた」

「はい。あっ、龍珠先輩は多分、屋上の方に行ったと思います」

「わかった。……おそらく極道関係だから、踏み込み過ぎないようにな」

「えっ、ちょ、それ聞いてな――」

 

 慌てる石上を一人置き去りにして、白銀が向かうのは彼に言われた通り屋上だ。やはりというべきか入り口は開いている。扉に手をかけて、開いてみれば――

 

 吹き抜ける秋風が頬を撫でる。冷水でも浴びたかのような感覚に、意識がより鮮明に研ぎ澄まされる。

 

 

 

 屋上の端に腰かけて、龍珠桃はそこから下の様子を窺っていた。

 石上の話では苛立っている、雰囲気が違うという話だったが、今は微塵もその片鱗を感じさせない。切り替えができたというのであれば、白銀からこれ以上お節介を焼くのは藪蛇というものだが。

 

「龍珠、話がある」

「……お前か。ま、そりゃそうか」

 

 龍珠はチラリと白銀の方を見たかと思うと、すぐに興味が失せたようにまた下の様子に注力し始めた。

 

「話ってのは、次期会長候補のクソ野郎の事だろ? なら、首突っ込むな。これは私とあいつの問題だ」

「それでまた学園の雰囲気が悪くなったら困るからな。何で、宗司とそんなに仲が悪いんだ?」

 

 白銀は知っている。龍珠と腹の探り合いなど無駄だということを。婉曲に聞けば、婉曲にしか返さないのだ。だから、要件は真っ直ぐに。端的に口にしている。

 

「別に、仲が悪いってワケじゃねえ。ただ、あいつの顔がクソうぜえってだけだ」

「……それって、刀傷のことか?」

「――チッ」

 

 白銀には、龍珠と宗司が不仲になったであろう、という時期に心当たりがあった。どうやらそれは当たりのようで、龍珠は不機嫌な様子をあからさまに表に出し始める。

 

「もう一年くらい前だろ? 何でそんなに引きずってるんだ」

「ふんっ、引きずってんのはあいつの方だ。こっちはもうケジメつけてんのに、ウジウジ卑屈になりやがって……クソが」

「……少なくとも、俺は宗司が卑屈には見えないな」

「はんっ、そりゃお前の見る目がないだけだろ」

 

 むっつりと、龍珠は口を閉ざして白銀に注意すら向けなくなった。彼女は学園を見下ろすばかりで、つまらなさそうに顔を固めている。

 

(宗司に刀傷ができる前まで、仲は悪くなかったんだけどな)

 

 お互いに口喧嘩が絶えないのは昔もそうだったが、これほど険悪な雰囲気になるものではなかった。白銀が見てきた二人の関係は、じゃれ合う兄妹のようなものだったのに。

 

(踏み込むべきかどうか。刀傷が原因とか、明らかに極道絡みだぞ)

 

 人様の家の事情に口を挟めるほど、白銀も偉いわけではない。家の事情を持ち込むのも、持ち出すのも、度が過ぎればマナー違反だ。その線引きと、踏み込んでいいラインとのチキンレースが、白銀の中で始まっていた。

 

(極道絡みに触れた時点でアウトだ。お前には関係ない、って一蹴されるに決まってる。生徒会として、なんて言っても……これじゃ、話は聞かないだろうな。できるだけ、学園生活の中だけに話を落とし込んで――っ)

 

 ふと、白銀の中に名案が湧き上がる。

 何も、白銀は龍珠に対して「正解」を突きつける必要はないのだ。要するに、相手が話したくなるような土台を作ればいいのである。そこから事情をくみ取って、できる限り解決に導いていく。

 

 正解を言う必要がない。

 つまり、敢えて相手を挑発するために「てきとうなこと」を言ってもいいというわけだ。

 

「何だ、そういうことか。龍珠。宗司にこっ酷くフラれたんだな?」

「はぁ!?」

 

(よし、食いついた)

 

 龍珠の何言ってんだコイツ、という顔に意味が分からないといった叫びを無視して、白銀は涼しい顔で龍珠が見下ろしている景色を覗き込む。

 視線を走らせてみれば――ベンチに座っている宗司の姿があった。目を凝らせば、何とか判別がつく。ビンゴだ。また揺さぶるネタができた。ついでに、その隣に座っているのは四条眞妃だ。

 

(……ん?)

 

 宗司が腰を落ち着けているベンチ。

 その隣に座っているのは、四条眞妃だった。

 

(――あれぇぇぇ!?)

 

 白銀の背中に怖気が走る――!

 本来、白銀の予定としては彼が多大な「勘違い」をすることによって、龍珠が「弁明」しなければいけない状況を作って事を聞こうというものだった。当然、白銀はただ「勘違い」している体なので、真実を語る必要はないし、むしろここで真実を当てると相手がダンマリを決め込んで、事態は進展しない可能性が大きくあった。

 

 故に、ここで白銀が「真実」を語ることはあまりにリスキー。これはないだろ、という可能性と、「勘違い」しても仕方ない、という話題を選んでの行動だったのだが……。

 

(裏目った……! 宗司は居るだろうと思った。だが、隣に石上がセットだと思ったら、よりにもよって――!)

 

 もう一度、よく目を凝らしてみても結果は変わらない。ドがつくほどの近眼が見せる歪みからの勘違い、というわけでもない。

 

 的を射た回答。

 ここで最も恐ろしいのは、怒りによって話を強制的に打ち切られること――!

 

 そうなれば、龍珠の性格からもう二度と話を聞くことはできないだろう。問題解決のアプローチ方法が一つ潰れると考えれば、その損失はあまりにも大きすぎる。

 

 吐いた言葉は飲み込めない。もはや、龍珠からの言葉を待つしかなくなった白銀は、ポーカーフェイスを保ったまま、龍珠からどんな回答が来てもいいように全力で頭を働かせていると。

 

「んなわけあるか! 大体、私から告るだって? 女から告らせるようなタマ無しなんてこっちからお断りだ!」

 

(うっ――!)

 

 白銀、思わぬところでカウンターがボディに直撃――!

 心に浅くない傷を負いながら、しかし白銀は何とか頭を回して口を開く。

 

「だったら、何で宗司の様子を見ていたんだ? それに、隣にいるのは四条眞妃だ。宗司が気になり始めた、とかこの前言っていてな。てっきり、痴情のもつれかと思ったが」

 

 相手から恋愛だと否定してくれたなら好機。今は、彼女の存在を利用できる最大のチャンスと、白銀は言葉で切り込んでいく。

 

「頭の中花畑かよ。あいつが誰に惚れ腫れしようが、知るか」

「その割には、学園の中でいつも穏やかじゃないな」

「……チッ。単に、あいつの態度が気に食わないだけだ。こっちの顔見るなり、顔を歪めやがるんだぞ? うぜえんだよ」

 

 龍珠は腰を上げて、出口に向かう。

 

「それに、宗司の様子を見ていたってところは否定しないんだな」

 

 しかし、すかさず白銀からの追撃を受けて足が止まる。チッ、と心の中で舌打ちをしながら、彼女は振り返って白銀を睨みつけた。

 

「ブッ殺すぞ」

「みっともない虚勢を張らずに、そろそろ話したらどうだ? 場合によっては、力を貸すぞ」

 

 何を言われようが、突っ張る。ここで腰が引ければ、もう二度とチャンスはない。だから白銀はその姿勢を崩さない。隙を見つけては、言葉の刃で切りかかる。

 龍珠も白銀の頭の良さは知っている。ここまで追い込まれては、もう白銀からの言葉は躱せない。白銀相手に逃げる? 龍珠のプライドがそれを許さない。引き際を潰された今、彼女にもまた、突っ張る以外の選択肢がなかった。極道は、舐められたら終わりだから。

 

「お前の言う惚れ腫れじゃねえ。あいつの顔見てると苛つくんだよ。ケジメはつけたのに、女々しく過去を引きずるクソ野郎の面がッ!」

 

 ダン! と屋上の床を踏み鳴らす。その顔は、ただ怒りに染められて歪んでいた。

 

「あいつはな、正念場に立たされてんだよ。ずっと、ずっとな。もう時間も無いってのに、それなのに、小娘一人のこと気に掛けて尻込みしてる。……あの日、啖呵切ったあいつが、たかが小娘一人のために」

 

 力強く、圧し掛かるような重い声を口にしながら、ズカズカと元の位置に戻ると、彼女はまた学園の様子を――宗司のことを見下ろした。

 

「小っさくなっちまって。みっともねえ」

 

 その瞳は鋭く、冷たく凍り付いていた。

 肌に刺す冷たい風が、龍珠の短めの髪を小さく揺らす。

 

「結局、お前は何がしたいんだ?」

 

 話がぼかされているところを考えるに、極道絡みであることに間違いはない。

 だから、白銀は単刀直入に核心に切り込む。どうしたいんだ、と。回りくどい聞き方は、内情を知らない彼にはもう意味がない。

 

「……場合によっては、協力するんだったな?」

「あまり無茶じゃなければな」

 

 龍珠の確認のような問いに、白銀は頷いてみせる。

 彼女はそんな白銀の頷きを見た後、もう一度、宗司の方を見てから――白銀の方に向き直った。

 

「なら、あのクソ野郎にスケくっ付けるの手伝え。最初の的は、四条のお嬢様でいいだろ」

「……スケ?」

「女って意味だ」

「あぁ、なるほど。宗司と誰かをくっ付ける、ね」

 

 白銀は宗司の様子を見下ろして、ひとつ頷く。とりあえず、龍珠桃の要求は、宗司と誰でもいいから女性をくっ付けることか、と。その最初のターゲットが、四条眞妃というわけだ。

 

「……え? 龍珠とじゃなくて?」

「ブッ殺すぞ。四条のお嬢様だつってんだろ」

 

 苛ついた声を向けられ「すまない」と軽く返す白銀。すぐに切り替えて、スッと龍珠に視線を向けて聞く。

 

「それで、険悪な雰囲気は解決するんだな?」

「あぁ。約束してやる」

「なら、俺も生徒会長として約束しよう。必ず、宗司に彼女を作らせる」

「言ったな? 吐いた唾は飲めねえぞ」

 

 龍珠は涼しい顔でさっさと出口に向かっていく。もう話したくはないのか、特別用がないからなのか。

 

「あ、それと結婚前提の女だからな。頑張れよ」

「――はぁ!?」

 

 後ろから投げかけられた突然の爆弾に振り向くも、龍珠の姿は既にどこにもない。逃げられた、と白銀はその目をさらに険しくして、何となしにベンチにいる宗司の方を見下ろした。

 

「どうしよ」

 

 白銀の途方に暮れた呟きは、誰に拾われることもなく。

 下では、宗司と四条眞妃、いつの間にか合流した石上が集まっている。

 

 とりあえず、あっちがひと段落したら石上と相談しなければと、白銀は深くため息を吐くのであった。

 

 

 




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