また、一時は日間7位に浮上していたこと、重ねてお礼を申し上げます。
今の結果に甘えず、皆様にご満足いただけるクオリティの投稿を、これからもしていきたいと考えております。
今回の第七話は、長くなり皆様をお待たせしてしまうので、分割して投稿をさせていただきます。
それでは、本編をどうぞ。
――デート
それは交際した男女がより仲を深めるための通過儀礼。あるいは、意中の相手を射止めるための最後の一歩。仲睦まじい男女がおしゃれをして、街に繰り出し、楽しく遊ぶ。青春の一ページに相応しい、輝くイベント。
今日のデートの主役は二人。
女の方は四条眞妃。髪を下してミディアムロングにした彼女は、その毛先にウェーブをかけている。服装は柔らかい白のVネックの上からピンクベージュのテーラードジャケットをまとい、下は明るめのジーパンを履いている。全体的に大人びた印象を持たせるファッションに、肩から掛ける赤のショルダーポーチを加えることで、彼女特有の大人びた色香をより際立たせている。健康的な色合いをみせるナチュラルメイクに、唇に瑞々しさを描くリップもまた味を出している。
男の方は郷原宗司。髪を軽めのワックスでボリュームを持たせた彼は、顔の傷があって尚、優男といった印象を抱かせる。黒のインナーの上から明るめのグレーのジャケットをまとい、下は白のパンツを履いている。着こなしと髪型が合わさることで、顔の傷から受ける印象もかなり柔らかいものになっていた。
「……そこまでマジにキメてくる必要あったか?」
「何言ってんの。翼くんが見てるんでしょ? みっともない格好してらんないわ。そういうあんたは……もう少し厳ついファッションでもよかったんじゃない?」
「職質掛けられるぞ」
「……大変だったのね」
そう、主役であるこの二人。
――お互いに本命は自分の目の前の相手ではないのである!
四条眞妃はどこからか見守っているであろう柏木の彼氏こと翼を狙っており。
郷原宗司は同じくこちらを見張っている龍珠桃をターゲットとしている。
今回のデートとは、もはや名ばかりの恋愛戦略。お互いがお互いの狙いを射止めるために利害が一致しただけの、青春の初々しさもそこに含まれる甘酸っぱさも全くない、そんな駆け引き――!
「まぁ、そんだけイイ女になってりゃ、翼ってやつも心動くだろ」
この男、ポーズではなく本心からそう言っている――!
自分の狙いは龍珠だと思っている故に、兄妹、あるいはマブダチ感覚で本心を気軽にこぼしている。傍から聞けばただの口説き文句に聞こえるが、本人にその自覚はまるでない。
――つまりこの男、四条眞妃を女性として見ていないのである。
「へぇ、細かい気遣いもできるじゃない。ま、あんたはもう少し厳つい方がよかったかもね。そっちの方が好きそうだし」
(ほんと、ほんとに? ……ほんとっぽいわね! もしかして、もしかするの? えっ、髪型ってこっちの方が実はよかったの!?)
この女、強気な姿勢の裏で実は心を大きく弾ませている――!
ただし、目の前の男に心を弾ませているのではない。彼女が心を弾ませる相手は、今この場にいないが、見守っているであろう想い人に対して。ナチュラルに指摘しているのは、ただの友達思いからの助言であり、けっして彼女の好みというわけではない。
――つまりこの女もまた、郷原宗司を男性として見ていないのである。
「いや、俺はこれでいいんだよ。思いの外、アイツは厳つい面よりこっちの方が好みだからな」
「そうなの? 何か意外ね。極道の娘っていうなら、貫録とか強面の方が感性に合うのかと思ってたわ」
「いや、まぁ否定はしねぇけど。年中厳つい面とか、見たくねぇだろ」
「あー、確かに。メリハリが大切ってことね」
「そういうことだ。じゃあ、まずはどこ行く? 俺としちゃ、服屋は今日のうちに行きたい」
「んー、それなら私は雑貨屋とかに寄りたいわ。先にそっちでいい?」
「はいよ。じゃあ行くか」
「今日は引っ張りまわしてやるから、覚悟しなさい」
「俺の方の用事も忘れるなよ?」
そんな軽口を叩き合い、彼と彼女は街の中に躍り出る。
彼女が前に、彼は後ろから付き添うように。
――
一方、石上と柏木の彼氏はというと。
「……何だか、思ったより優しそうな人だね。学校だとめちゃくちゃ怖いけど」
「まぁ、あれですね。あんまり厳ついファッションすると、職質掛けられるってぼやいていたの聞きましたよ」
「あー……警察の人の気持ちがすごいわかる」
「共感するのそっちですか」
お互いにカジュアルな服に身を包み、いかにも友達と遊びに来てますよ、といった体を装っている。適度な距離で、二人で何かを話し込んでいるふりをしながらの監視。風景に溶け込んでいるその姿は、私服警察もかくやといった自然体だ。
「マキちゃんも凄く気合入ってるなぁ。あんなにオシャレしてるの初めて見た」
(ツンデレ先輩……)
何を話しているのかはわからないが、仲は良好のようだ。お互いに楽しそうに話し込んでいる。それはデートプランの相談か、あるいはお互いの近況の語り合いか。
そんな中、ふと宗司が何かを口にした後に。
――四条眞妃は淡い微笑みを浮かべながら、頬を赤らめた。
(――!? え、宗司さん何言ったの!?)
「えっ、マキちゃんあんな風に笑うんだ……俺、初めて見た」
「それだけ仲が良いってことでしょう」
「そうなのかな。俺も、渚も知らなかったなぁ」
(ちょっと、ターゲットそっちじゃないって。わかってるのあの人!?)
尚、これは石上の完全な誤解である。宗司は確かに彼女の容姿を褒めはしたものの、彼女がその表情を浮かべたのは、石上の目の前にいる翼を想ってのこと。決して、宗司にときめいたからとか、そういう話ではなかった。
「あっ、行きましたね。僕たちも追いましょう」
「うん。でも、多分大丈夫じゃないかな」
「万が一がありますから。早く行きましょう」
尚、石上はその万が一など「ほぼ」ないと思っているが、ここで翼を逃すわけにはいかないと、心配している風を装って彼を連れ歩く。
まだまだ、この戦いは始まったばかりである。
一方、白銀と龍珠はというと。
「何で私がこんなこと……」
「いざという時にフォローするためだ。我慢しろ」
「お前のクソださファッションの隣歩くのが嫌だつってんだよ」
「クソださ――!?」
はたから見れば姉が弟を連れ添って歩いているといった、そんな様相を呈していた。中二ファッション全開な白銀に、パンクな服に身を包む龍珠。方向性は違うが、一見似たような系統の服に身を包んでいるのが、姉弟だと思わせる要因になっているのは間違いなかった。
そんな雑談をしているうちに、ふと四条眞妃が微笑みを浮かべて頬を赤らめた。目を離した一瞬の隙に、特大のイベントが発生したことに白銀は目を剥いた。
「い、いつの間に……!? 宗司と四条って、そんなに仲が良かったのか」
思わぬ誤算、と口元を緩める白銀のそれは、完全にぬか喜びである。それを知らずに、彼は「これは安泰かもしれない」と希望に胸を膨らませ――
「……帰る」
龍珠はつまらなさそうに様子を一瞥した後、そんなことを呟いて踵を返した。
「いや待て」
白銀は龍珠の手首を咄嗟に掴んで彼女を止める。ここで帰られては、せっかくの計画が台無しだ。いくら様子が良好だといっても、何があるのがわからないのが恋愛なのだ。
ギロリ、と振り返った彼女の、刀の切っ先のような鋭い眼光が突き刺さる。思わず怯みそうになる自分を律して、白銀は堂々と口にする。
「ここでお前が帰ったら、宗司と四条がもし喧嘩でもしたときに対策が練れなくなる」
――この発言に嘘はない。
ただし、その対策というのがターゲットを四条から龍珠に切り替える、という可能性が浮上するだけの話。絶対ではないし、嘘もついていない。場合によっては、四条と宗司を応援し続けるのだから。
「私は必要ないだろが」
「いいや、必要だ。……それとも、逃げるのか?」
「はぁ?」
心底意味が分からない、といった顔に声。さらには挑発されたことに対する苛つき半分。しかし、それで注目を引けるのだから白銀にとってはまだやりやすい手合いだ。
「くっ付けたいと言い出したのはお前だろ? それを最後まで見届けず、自分はのうのうと他のことをするなんて、無責任にもほどがある。俺はしっかり、舞台を用意したんだがな」
(ごねるとは思っていたが、いくら何でも早すぎだろ。うまくいくって確信でもしたのか?)
白銀にとって、龍珠がごねるのは想定の範囲内。ただし、ここまで早いとは思っていなかったが。
誘いに乗った時点で、龍珠にも何か目的があるものだとばかり思っていた。白銀は少なくともそれが達成されるまでは、ごねないと踏んでいたのだ。
「――チッ。人の恋路見てるのが馬鹿らしくなったんだよ」
「いや、人の恋路に首突っ込んでる人間がそれ言う?」
「――!」
(あ、やば。つい本音が)
白銀の言葉に、龍珠は青筋を浮かべて口の端をヒクヒクと痙攣させる。相当頭にきたのか、眼光もより鋭くなり、空気が一段とまとわりつくように重くなったように感じる。
(やっば。どうしよ。これ以上龍珠を挑発しても無理だろこれ。完全に頭に血が上ってるな)
もはやなるようにしかならない。悟った白銀の諦観は、彼に動じない姿勢を与えていた。もうどうにでもなれ状態である。
諦観は時に、勇気よりも強固な姿勢を与えるのだ。
――すぅ、はぁ、と。
白銀が諦観から、あくまで堂々と突っ立っていると、龍珠が怒りの表情を引っ込めて呼吸を落ち着けた。青筋も、口の端の痙攣もすっかり鳴りを潜めて、彼女はさっと白銀の手を振り払った。
(……やっぱダメか?)
しかし、そんな白銀の思いとは裏腹に。
龍珠は再び踵を返すと、さっさと前に進み始める。
突然の行動に、白銀は目を丸くして立ち尽くす。そんな白銀に振り向くと、龍珠は顎で自分の目の前を差して口を開く。
「行くんだろ。さっさとしろ」
(お前が帰るとか言い出したんだろ)
同じ轍は踏まない。今度こそ、心の中だけに留めて、表情にも出さず、白銀はいたって平然とした様子で龍珠の後についていく。
少し周りを見てみれば、既に先ほどいた場所に宗司と四条はいない。
(やっと移動か)
白銀と龍珠は歩みを進める。
口数少なく、雰囲気も重く、不和のにじみ出るこの状況の中でも、二人は目的をほぼ同じくして足を動かすのだ。
「それにしても、優も回りくどいことするわねー」
「あいつも、あいつなりに全力で考えた結果だろ」
「別に悪いってわけじゃないわよ。むしろ感心してるわ。昨日の今日でプラン持ってきて、時間掛かっても綿密に実行に移せるあたり特に」
「妙なところで向こう見ずだからな」
「確かに。あっ、これ可愛いわね」
「……ぬいぐるみ? こりゃ、既製品か」
「こんなとこにオーダーメイド品が置いてあるわけないでしょ」
「いや、いいところのお嬢様でも既製品を見るんだなって」
「そんな箱入り娘みたいに言って。私を何だと思ってるのよ」
(いやドが付くほどの箱入り娘だろ)
雑貨屋の中。興味の湧いた小物を手に取って、置いて、また手に取って。そんなことを繰り返しながら、四条眞妃と宗司はおよそデート中とは思えない色気のない会話を繰り広げている。恋人や両想いの異性の初々しい会話というよりは、気の知れた友達との何の気ない会話の様相だ。
「それにしても、男友達と出掛けることになるなんて思ってもなかったわよ」
「俺も、少なくともテメエと二人で出掛ける、なんてことになるとは思わなかったな」
「ほんと、どういう因果かしら。ま、これはこれで楽しいけど」
「気心知れてた方が、変に遠慮もないからな」
「あんたに遠慮って言葉があることに驚きだわ」
「カタギ様相手には腰が低いぞ」
「それは尻込みって言うのよ不調法者」
「買わないのか?」
「買ったら荷物になるじゃない。後でまた欲しかったら寄るわ」
「荷物持ちぐらいやるけどな」
「そう? うーん、どうしようかしら。――ところで、ほんとに来てるの? 翼くん、それとあんたのお目当て」
悩むそぶりを見せながら、彼女はそっと小声でつぶやく、辛うじて、肩が当たるほど近くにいた宗司だけには聞こえる声量。それに宗司もまた小声で「あぁ」と答える。
「一組は向かいのカフェ。もう一組はのんきにそこら辺回ってるぞ」
「え、何で位置までわかるの」
「視線で大体わかる。鉄砲玉ほどあからさまじゃないけどな」
「鉄砲玉?」
「殺し屋のこと」
「……あんた、どういう生活送ってんのよ」
「これでも極道だからな」
「はー……抗争とやらに巻き込んだら責任取りなさいよ?」
「何の責任か知らねぇが、指一本触れさせねぇから安心しろ」
「そ。頼りにしてるわよ、ボディーガード」
「そんな真っ当な仕事に就いた覚えねぇけどな」
結局、雑貨屋は冷やかすだけに終わり、二人が次に足を運んだのは紅茶の専門店だ。
本格的ないいお値段の茶葉にハーブティー、専用のポットやカップ&ソーサーが置いてあり、どれもデザインは女性受けしそうな明るい色彩で満ちている。店の壁がガラス張りになっており、開放感があることも内装をオシャレに思わせている。
「あった。これが欲しかったのよね」
「……
「何を妄想しているのか予想できるのが腹立たしいわね。別に鬱とかじゃないわよ。前に優が振る舞ってくれたのが美味しかったから、買ってやるだけよ。……というか、あんたも詳しいのね」
「一応世話になったことがあるからな」
「……辛かったら相談に乗るわよ?」
「何を想像してるのか俺は知らんが、相談に乗ってもらってる最中だし問題ない」
「あんたも大概苦労してるわね」
「お互い様すぎて涙出てくるわ」
この店での買い物はすぐに終わる。ついでとばかりに宗司も彼女と同じ物を購入すると、露骨に呆れたような困惑したような視線を向けられるものだから、彼も苦笑を返すしかない。
店を出れば、さっそく彼女はため息を吐いて口を開いた。
「世話になったって、今も世話になりっぱなしじゃない。あんたほんとに、ほんとに大丈夫なの?」
「美味いから買っただけだっての」
「どうだか。あんたの話聞いた後だと……余計に心配なのよ」
「同じ轍は二度と踏まねぇ。あの日、そう誓ったんだ」
「そう、それよ。……あんた、ちゃんと反省していて、今は行動もしてる。なら、背筋伸ばして堂々としてなさいよ。ウジウジしたって……心ばかりすり減るわよ」
「……テメエの急な落差にも慣れてきたわ」
でも、そうだな――と。
彼はふと表情をほころばせて、彼女の方に視線を向けて口を開いた。
「サンキュ。みっともねぇ姿は、見せないさ」
「……そう。なら、いいのよ」
少し歩いていけば、人混みが多くなってきた。時間はすっかり昼下がりに入り込み、腹の虫も鳴ってきそうだ。空腹感が、腹の中に穴をあけたように訴えかけてくる。
「そろそろ飯にするか。どこがいい?」
「んー、せっかくオシャレしてるし、カフェとかで済ませない?」
「オッケー。カフェ、か。となると……こっちだな、良いところ知ってるぞ」
「あら、気が利くじゃない。じゃあ、さっさと行きま――きゃっ」
「――っと」
人混みに押されてバランスを崩した彼女を、宗司は咄嗟に手を握って自分の方に抱き寄せた。そのままバランスを保つために引っ張れば、宗司の力では肩や腕を痛める可能性がある。かといって、力を込めなければ支えるのは難しい。その上、人混みの中で使える場所も限られている。その結果、彼は四条眞妃を抱き寄せることになった。
「大丈夫か?」
バランスが戻ったのを確認すると、彼は四条眞妃の肩に手を置いて、膝をついて、視線を合わせて聞いた。
宗司の瞳は、柔らかく垂れていた。瞳の奥に力はなく、ただ包み込むような柔らかさを持っていた。肩に置かれている手も、ほとんど添えられているだけ。ただし、バランスを崩せばすぐにでも対応できるような、そんな力加減。
まるで抱きしめられているかのような、羽毛布団に身体を包めているような柔らかさを覚える。四条眞妃はそんな父性に似た包容力に――
「大丈夫よ。あんたもそんな情けない顔しない。まったく、これじゃ極道じゃなくて、捨てられた子犬ね」
「ひっでえ」
相変わらずの憎まれ口で返した。しかし、口元に浮かべる強気な少女の笑みから、それが本気でないことは宗司にもわかっている。
「まったく。――じゃあ、行くぞ」
だから、彼も気取ったように肩を大きくすくめてみせると、すっと立ち上がり、彼女の手をそっと引いて歩き出す。心なしか、一連の動作は妙に早かった。
「照れるなら、そんなキザなことしなきゃいいのに」
「聞こえてるぞコラ」
「あら、失礼いたしました」
「……なんだそりゃ」
繋がれた宗司の手は、まるで冷水にでも触れているかのように冷たかったが。
内から伝わってくる体温はほのかに温かくて、さらにその奥は燃えそうなほど熱くて。
手を引かれながら、彼女は小憎たらしい笑みを浮かべる。
手を引きながら、彼もまた隠すように小さな笑みを口元に張り付ける。
――
次話に続く
四条眞妃の二人称「アンタ」→「あんた」に修正(2020年5月23日)
※「アンタ」は誤表記