いつもそれらをいただきながら、どこが悪かったのか、どこをどれくらい描写をすればいいのか。考えさせられながら、執筆を続けております。
今日もまた、満足のいくクオリティになっていれば幸いでして
それでは、本編をどうぞ
昼下がりのカフェというのは込み合うものだが、宗司が四条眞妃に案内したカフェは、客足こそ多いものの、まだ満席というわけではない。どこか聞き覚えのある落ち着いたクラシックが流れる店内は、おしゃれというよりはレトロを意識した内装になっている。入口とその両隣はガラス張りの窓が設けられているが、他に外の光が入り込む余地はない。本来なら薄暗い店内を、暖色の電球がそっと照らしていた。
「私はミックスサンドと紅茶にするわ。あんたは?」
「ナポリタンとマンデリンにする。注文するぞ」
「任せるわ」
二人は比較的明るい窓側の席――ではなく、入り口から真っ直ぐいった奥の席に陣取っていた。席選びの基準は、外から一番様子が見えやすい席がここだった、というだけである。他は仕切りや壁が影になって、外からはほとんど見えないのだ。
これはあくまでデートと言う名の恋愛戦略。二人で楽しむことではなく、二人が各々の意中の相手を落とすことが目的なのだ。
店員を呼び止めて注文を終えれば、四条眞妃から呆れたような視線を向けられていた。何だ、と宗司が口を開かず視線だけで返せば、彼女は小さくため息を吐いて口を開く。
「オシャレなカフェを期待していた私の気持ちを返しなさい」
「良いカフェがあるとは言ったが、オシャレとは一言も口にしてないぞ」
「これはこれで味はあるけど、傍から見たら色気が足りないと思うのよね」
「調子づいて色気出すより、堅実にいった方が親しく見えるだろ」
「それって友達としてじゃない?」
「むしろ長年付き合ってる感じを出せるだろ」
「そういうものかしら」
「そういうもんだ。……何より、ここの味は間違いない」
「へぇ……? 言っておくけど私、味にはめちゃくちゃうるさいわよ」
「俺はまったく心配してない」
「ずいぶんと自信満々ね。その自信、もうちょっと自分につけなさいよ」
「……善処する」
耳が痛い、と彼は肩を小さくすくめてみせる。
彼女はそれを見て呆れたように視線を向けて、再びため息を吐いた。
「――それで、あんたは好きなところ見つけたの?」
「は?」
「龍珠桃の好きなところよ。まさか、サボってたワケじゃないでしょうね?」
「……その話か」
思い出した直後、宗司は苦虫を噛み潰したような顔になって、自分のお冷に視線を落とした。
「……まさか、あんた」
「仕方ないだろ。今更、新しい発見なんてあるわけねぇだろ」
「はぁ――?」
声をこそ控えめだったものの、四条眞妃は心の底から呆れたような声音と、鋭い視線を宗司に向けた。
宗司も宗司で、そんな声と視線を向けられても、と苦い表情のまま言い訳のために口を開く。
「俺とあいつは3歳の時からの付き合いだぞ? ……そりゃ、ずっと一緒だったわけでもないし、むしろ疎遠だったけど。中三になってからは、四六時中って言えるほど一緒に居た。それが一年半ぐらい続けばなぁ」
「たかが一年半じゃない」
「とはいっても、飯も寝床も一緒だったし、俺の実家に我が物顔で居座ってたし」
「寝食を共にする、をまさに実践してたわけね。何よ、それなのに色気のある話ひとつないわけ?」
「ない」
なにそれ、と四条眞妃は呆れとも落胆ともつかない表情を浮かべた。
「こう、トラブルとかないわけ?」
「トラブル?」
「ほら、お風呂でうっかり鉢合わせちゃったり。お風呂上がりの様子に目を奪われたり。親にからかわれたり」
「……」
彼女の言葉に、宗司の雰囲気が変わる。今までの軽快な様子が嘘みたいに鳴りを潜め、代わりにズンと重石のような空気をまとって、深い、深いため息をついた。
「……急に落ち込んでどうしたのよ」
「嫌なこと思い出した」
「嫌なこと?」
あぁ、と反応するも宗司は声だけだ。頷く気力さえ失ったのか、彼はぽつりぽつりと語り始める。
「あったよ。風呂で鉢合わせ」
「ハレンチ極まりないわね不調法者」
「テメエが話振ったんだろが。あとまてや。風呂入ってたのは俺の方だコラ」
声に覇気がない。げんなりと、落ち込んだ様子の声音は、対面にいる四条眞妃がやっと聞こえる程度のものだった。ちなみに、彼女の理不尽極まりない罵りは半分冗談である。
「……なんかオチ読めたわ」
「聞けよ。それでさ、俺が風呂から出たタイミングで、脱衣所で鉢合わせてな。あいつ、どんな反応したと思う?」
「可愛らしく、顔でも赤らめてくれればいいなぁ」
四条眞妃はヤケクソ気味に願望を口からこぼした。当然、それが現実的じゃない雰囲気は感じ取っている。話を聞いているというのに、彼女はもう宗司と視線を合わせることができなかった。
「……俺を見て、鼻で笑いやがったんだぞ」
「――うん。なんというか、うん。辛かったわね」
「しかも、男の尊厳完全に踏みにじりやがった。あいつ、マジで女なの? 恥じらいとかないの? 本当に色気なんて欠片もねぇよ畜生。しかも出ていかずに、そのまんま俺が居るのに脱ぎ始めてさっさと風呂入りやがったんだぞ? 女じゃねぇよ、あいつ」
「うわぁ……」
その話を聞いて、返す言葉などあるはずもなかった。慰めの言葉も見つからない。男よりもよほど男らしい態度の話を聞けば、もはや色恋云々などと話を絡めることさえ億劫になる。
「……これでまだ、あいつを女として見れる要素あるか?」
「ま、まぁ、それは相手の反応じゃない。あんたがどう思うかっていうのはまた別の話よ」
「その言葉、もう一度俺の目見て言ってみろや」
「……」
四条眞妃は目をそらしたままだ。視線から逃げるように、視線を逸らす。
そんな様子に宗司もまたため息を吐いて、肩を落とす。
「……でも、それだったら相手の裸見たんでしょこの不調法者。何かその時に思ったりしなかったの?」
「はぁ? 付き合ってるわけでもねぇ女の裸なんざ見るわけねぇだろ」
「あんた所々女々しいわね」
「せめて堅物って言ってくんない?」
「極道の娘を落とそうとしてる男とは思えないわね。全部奪ってやるくらいの力強さ見せなさい」
「それただのクソ野郎だろ」
「あんた、ほんとに……一体、何に対してそんなに遠慮してるわけ?」
スッと心の隙間から差し込まれるような、鋭い問いと視線が投げかけられる。
咄嗟のことに、宗司は目を丸くして四条眞妃の瞳を見つめた。さらにその奥を見てみれば……陽炎のように、懐疑の色が揺らいでいる。
「遠慮?」
「前から思ってたんだけど。あんた、全然踏み込もうとしてこない。人にはパーソナルスペースっていうのがあるけど、あんたは絶妙にその一線の手前くらいで踏みとどまってる。これって、つまり観察力はあるってことなのよ。相手がしてほしいこと、してほしくないこと、よくわかってる。でも――」
真剣に顔を染めて、そのまなじりを上げて、声音は真っ直ぐに。正射必中の言葉が、彼女の口から飛び出した。
「リスク無しで、女を射止めることなんて出来るワケないわ」
その言葉を聞いた瞬間、宗司は深い、深いため息をこぼした。
呆れたような、失望したような視線で彼女を見つめると、彼はその重たい口を開く。
「勘違いすんじゃねぇ」
「はぁ――?」
視線と視線が激突する。火花が散るほど、お互いの視線は力強く、一歩も引く様相は見せない。彼はそのまま言葉を口にする。
「俺はこれでも、『郷原会』会長の孫だぞ? あいつは、その直系二次団体『龍珠組』組長の娘だ。……わかるか? 力関係の差が。俺にその気がなくても、あいつにその気がなくても――俺から告れば、必ず成功するんだよ」
極道の世界の力関係は絶対だ。それに背けば、どんな報いを受けるかわかったものではない。いくら直系二次団体の組長といえども、最悪上から組を叩きつぶされることだってあり得るのだ。だから上の意向に逆らうことはできないし――その孫であったとしても、影響力は絶大だ。特に彼は、今もっとも次期会長に近い男なのだから。
「告白が必ず成功する。――その重み、理解してんのか?」
この男にリスクがある? ――とんでもない。
龍珠桃という女を手に入れるなら、この男の鶴の一声さえあれば、いとも容易く手に入るのだ。リスクもなく、一番手をこまねいている課題を解決することができる。ただしそれは、己のプライドとの交換が必要だが。
継続中の課題に反する? いいや、それもない。課題に抵触しないやり方など、いくらでもあるのだから。無言の圧力、というやつだ。
「俺に必要なのは、リスクじゃねぇ」
落ち着いた物腰。頭の上から圧し掛かるような声音。
座した鬼才の子は、その瞳に
「――相手の人生丸ごと全部背負い込む、覚悟だ」
宗司には、略奪愛に対する否はない。愛の形にはこだわらない。そこに覚悟さえあるのであれば、大概のことは許容するだけの視野と器がある。
「はぁ――」
そんな彼の覚悟と貫禄を、四条眞妃はそよ風でも浴びたかのように、ため息を吐いて受け流した。
彼女の態度に宗司は眉根を寄せるが、それでも物怖じしない。四条眞妃は、いつもの調子で口を開く。
「あんたは遠慮し過ぎなの」
「……話聞いてたか?」
「聞いてたわよ。その上で言ってるの」
「俺のこれは遠慮じゃねぇって話だったんだがな」
「じゃあ、私の言いたいことが伝わってないわね。というか、わざと避けてるのかしら」
お冷を持つと、彼女はガラスのコップを揺らして、カランコロン、と音を立てる。水をそっと飲んで喉を潤せば、そのコップを持ったまま、鋭い言葉を紡いだ。
「あんたから踏み込みなさい、って言ってるの。踏み込んで、見つけなさい。相手の好きなところを」
「……」
宗司は視線を落として、お冷に手を伸ばす。よく冷えた水は、喉を通して熱した頭にキンと鋭い刺激を与える。
「お待たせいたしました」
「――あ?」
「ミックスサンドと紅茶のお客様」
「あ、それ私ね」
小さく食器の音を立てて、綿あめのような生地に挟まれた色とりどりの具材。ミックスサンドを乗せた白い丸皿と、紅茶のティーポットとカップ&ソーサーが置かれる。宗司にとっては一口サイズ、彼女にとっては二口三口サイズのミックスサンドは、皿の上に計6つ乗っている。
「お待たせいたしました、若。こちら、ナポリタンとマンデリンになります」
そんな風に冗談めかして言うのは、20代後半といった見た目の若い男であった。肩の後ろまである髪を首筋で一纏めにゴムで縛り、仕事着のタキシードを纏っている姿は、どこかの執事といわれても納得する気品があった。
その男を、宗司は知っている。思わぬ邂逅に目を丸くするのも一瞬のこと。
彼はいつもの軽い口調で口を開いた。
「……お前、ここでシノギしてたのか?」
「えぇ。若がよく来ると聞いたものでして。護衛も兼ねて、会長からご指示を承っております」
「爺のか。あと、俺は役職も何も持っちゃいねぇ。若はやめろ。むず痒い」
「近い将来は若頭、あるいは会長になるでしょう? 私は、若のことを信頼しておりますので」
「……お前、相変わらずだな」
「お褒めに預かり恐縮です。それでは、ごゆっくり」
四条眞妃に一度視線を向けて、宗司を見ると、彼は恭しく一礼をして、その場から去っていく。宗司からしてみれば、まるで舞台でも見せられている光景に、思わず肩をすくめた。
「知り合いなのね」
「あぁ。うちの若頭補佐だ」
「へぇ……どのくらい偉いの?」
「No3だな。……今は若頭が居ないから、実質No2になる」
「それにしては、随分若いのね」
「いや、あれで三十後半だぞ」
「うっそ――!?」
思わず彼女が顔を上げるものの、既に若頭補佐はカウンターの中に引っ込んでいた。彼女の位置からは見えず、視線のやり場を失って――料理に視線を落とした。
「……食べましょうか。いただきます」
「あぁ。いただきます」
早速、四条眞妃はミックスサンドを摘まんで一口噛り付く。その様は小動物のような愛らしさがあり、小さな八重歯がよく映えていた。綺麗にメイクを決めていても、その仕草までは変わっていなかった。
「――おいしい」
「だろ?」
ふわり、と花のような笑顔が咲いた。トゲがすっかり抜けて等身大となった少女は、触れれば手折れそうなほど繊細で、可憐な花のように、そこに咲いている。
続くように宗司もナポリタンを一口含んで――頷く。やっぱりここの味だ、と。
「あ、そっちのナポリタンも美味しそうね。一口くれない? 私のミックスサンドあげるから」
「あぁ。じゃあ、交換な」
宗司は慣れた手つきでナポリタンをフォークに巻くと、自然な動きで彼女の口の前に持っていく。彼女もまた、それを当然のように口を含み、舌鼓を打ちながら口元を綻ばせた。
「ん――! いいじゃない。ほんと、美味しいわね。常連になろうかしら。あ、これミックスサンドね、はい、口開けなさい」
「……届くのか?」
「失礼ね、ほら、あーん」
「俺はガキかよ」
ぼやきながら、彼もまた口を開けて、四条眞妃から直々にミックスサンドを渡される。口に含めば、新鮮な素材の食感と、綿のようにふわふわのパン生地、瑞々しい野菜の味が絶妙に合わさって、口の中を踊る。
「……美味いな」
「でしょー? ほんと、いいお店じゃない」
「さっき色気が足りないって言ってなかったか?」
「あら、そんなこと言ったかしら。さ、冷めないうちに食べましょう」
「はいよ」
明らかに恋人の距離感のような踏み込み方。それでも、宗司はそれを拒まないし、四条眞妃もそこに違和感はない。
お互いに、男だ女だと意識しているわけではない。恥ずかしいとは思わない。ただ、友として楽しく食事に舌鼓を打つ。美味しい料理には楽しい話題に花を咲かせる。
そんな当たり前のような光景に、彼と彼女の人間性はよく表れているが。
傍から見たら、それはどう映っているというのか――
――
そして視点は移り変わる
四条眞妃の二人称「アンタ」→「あんた」に修正(2020年5月24日)
※「あんた」が正しい表記