郷原宗司は交際したい   作:沖縄の苦い野菜

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評価、感想、お気に入り登録などなど、いつもありがとうございます。実のところ、感想やコメントなどは、第三者の視点ということで、特に参考にしていただいていることがあったりなかったり。自分を見直すいいきっかけになっており、大変助かっております。また、モチベーションを維持できるのも、皆様のおかげであります

今回は少し長くなって遅くなりましたが、何とか日を跨がずに投稿できました

それでは、本編をどうぞ






第九話 恋愛戦略 破(裏)

 二人がカフェに入っていく様子を、白銀と龍珠は向かいの通りから確認していた。お互い壁に背を預けて、龍珠はスマホを見るふりをして、カメラ機能を利用して中の様子を探っている。対して白銀は、そんな龍珠のスマホを覗き込み、おこぼれをもらっている状態だ。

 

「雑貨屋だと親しそうだったが……宗司って、あんなに女慣れしてたか?」

「んなわけないことはお前も知ってるだろ。単純に、女として見てねぇだけだろ」

 

 龍珠の指摘を受けて、白銀はまじまじとスマホの中を覗き込む。談笑に花を咲かせているのか、四条の口元は綻んでいるように見える。スマホの機能だと、詳しいことまではわからなかったが、雰囲気は非常に良さそうだ。

 

「……こんなに仲が良さそうなのに?」

「四条のお嬢様ともあろう方が、一朝一夕で靡くワケねぇだろ。なら、あのクソ野郎も恋愛感情なんて持ってるわけねぇ」

 

 まるで確信しているような口ぶりに、じゃあ、と白銀は龍珠に問い掛ける。

 

「どうやったら、宗司は恋愛感情を持つんだ?」

「知ってりゃ苦労しねぇよタコ」

(それもそうか)

 

 プライドの高い龍珠のことだ。解決方法さえ知っていれば、自分一人ですべて事を進めていただろう。白銀に頼ったこと自体、本来ならば有り得ない大事件なのだ。

 

(こいつも、相当追い詰められている筈なんだが)

 

 一体、何が龍珠桃をそこまで駆り立てるのか。白銀にはわからない。龍珠自身からも、宗司からも、そんな情報は開示されていない。石上からの共有情報の中にもない。

 白銀からしてみれば、まるで暗闇の中から目当てのものを手探りで見つけようとするような、どうしようもない浮遊感がある。現実味というものが、伴ってこないのだ。

 

「なら、女として意識させるには?」

「一度別の枠組みで認識されれば、寝食共にしようが意識しねぇ。最低条件、友達だのクラスメイトだのの枠組みに収められる前に意識させることだろ」

「妙に具体的だな」

「口縫い付けんぞ」

 

 情報が圧倒的に足りない。出される情報も、大きなジグソーパズルの一ピースのように、細々としたものばかり。これでは埒が明かない。かといって、不用意なことを言って龍珠を怒らせ、帰ってしまったら最悪だ。

 

「一応、宗司は四条のことを好みだと言ってたんだけどな」

「だから私も、可能性くらいあるかと思ったんだけど」

 

 スマホの中の二人に、大きな動きはない。宗司が手前の席に座っているせいで、奥の四条がほとんど見えないのもまた、様子の伺いづらさに拍車をかけている。

 

「……骨折り損ってこともないかもな」

「何を根拠に?」

 

 突然、龍珠が希望を見せるようなことを口にする。白銀は眉根を寄せながら、内心で首を傾げていた。この様子のどこに、推理のできる要素があるのかと。

 

「こいつは腐っても極道だ。いつ背中から刺されるかわからない、そんな生活が私らの日常ってものだ」

「さらっと怖い事言うな」

「私なら、入り口が見える席を陣取る。鉄砲玉が来てもすぐに目視できるからな」

「鉄砲玉?」

「殺し屋のことだ」

 

 ここまで言われて、白銀も龍珠の言わんとしていることを理解した。

 

「つまり、四条を守るように席を陣取っているってことだな?」

「そうだ。それも、外から見て四条のお嬢様が見えにくくなってる。ちょうど、クソ野郎の背に隠れる形でな。私らのように露骨に位置取らない限り、まず見えない」

「……四条の個人特定も防いでいるのか。でも、それなら窓から見えない位置に座るんじゃないのか?」

「四条のお嬢様が席決めてたし、そっち優先したんだろ。自分が手前の席に座れるように誘導してたのはクソ野郎だしな」

 

 ――龍珠桃の考察、全くの誤解である。

 席選びの基準は、お互いのターゲットに見えやすい場所にしたかっただけである。加えて、四条眞妃を隠す様にというのも、彼女が奥の席から外の景色を見たいからその席になった、ただそれだけである。

 

 ――鉄砲玉の心配?

 宗司も日ごろから考えているが、彼は基本襲撃に遭う前に視線でわかる。入口に背を向けていても、入り口を見ていても対処という意味ではほとんど関係ない。

 

 ――個人の特定を防止した?

 そんな考えを持っているなら作戦関係なしに外から見えない位置に座る。そもそも、誰かと出掛けるなんてことすらしない。

 

「なるほど。自分の安全を度外視にして、四条の気持ちを優先した、と。だから脈ありか」

 

 だが、白銀は気づけない。極道の世界を「そういうものか」なんて漠然と認識しているためにこの男、ズレている。そもそも宗司が女性と交際したらどうなるか、好きになったらどうなるかが全くの未知数。こうした初めてだらけのケースに彼の頭は、ただ目の前の現実を受け入れるしかないのだ。サンプルケースがない以上、疑問を持つ余地もない。

 

 加えて、龍珠桃からの妙に説得力のある言葉の数々。そうかもしれない、と思わせられた時点で、白銀は真実に近づく思考を失っていた。

 

「――あ? 何でここに居るんだ、この人」

 

 龍珠がそう声を上げたのは、二人に料理を持ってきたウェイターが登場した時だ。

 

「知っているのか?」

「……郷原会の若頭補佐だ。若頭不在だから、そりゃ暇なのはわかるが……シノギにしたって、こんなところでチマチマ稼ぐタマじゃねぇんだけどな」

「若頭補佐といえば、確か組織のNo3で合ってるか?」

「合ってる。若頭が居ない今は、実質のNo2だ。……会長の爺さんから何か言われたのか? にしても……キナ臭いな」

 

 龍珠の鋭い視線が、画面の中のウェイターに注がれる。料理を置いた後に、その場で少しだけ止まっているところを見るに、宗司と何か会話でもしているのだろう。それが終われば、男は恭しく一礼をして、踵を返したところで――

 

 ――ニコリ、とカメラ目線で笑顔が向けられる。

 

「うわ!?」

「このくらいで驚くな。若頭補佐だぞ? 私らの稚拙な監視くらい気づくに決まってんだろ」

「……恐ろしい世界だな」

 

 のけぞって冷や汗をかきながら、しみじみと白銀が呟くのをよそに、龍珠は今も画面の中に集中している。若頭補佐は既にカウンターの中に引っ込んで、画面の中にはいない。料理に舌鼓を打っているのか、四条の笑顔がばっちりと映り込んでいる。

 

 そして――その時が来る。

 

「おお!?」

「――あぁ?」

 

 宗司が自分の分を四条眞妃に食べさせて、お返しとばかりに四条眞妃が宗司に食べさせる。食べさせ合い。もう少し頭のねじをとった言い方をするなら「はい、あーん」というやつである。

 それが、あまりにも自然に画面の中に映り込んでいる。初々しさというよりは、熟練カップルのように手慣れた様子が目立つ。

 

「い、いつの間に……! 宗司、いつの間に四条とそこまで仲良くなっていたんだ……!?」

 

 白銀にとって、あまりにも予想の斜め上をいく進展。雷に打たれたような衝撃が足の先から脳みそまで奔り抜ける。一体どうすればそれほど早く相手と仲良くなれるのか。白銀の方から教授を願いたいくらいの大きな進展。

 

「……チッ。どっちも男だ女だって意識してねぇだろこれ」

 

 対して龍珠は不満を隠そうともせず悪態をついた。画面の中を食い入るように見ながらも、声の端々にトゲが生えていた。

 

「はぁ――? 何でそう悪い方に考えるんだお前は」

 

 龍珠の言葉に、白銀はすぐさま噛み付いた。これで進展がないなんて言ったら、一体どうすれば進展だと言えるのか。それは恋人繋ぎか、キスか、それともさらに先の行為だというのか――

 

「頭に花でも湧いてんのか? こいつが恋人でもない好きな相手に、平然とこんなことやれるわけねぇだろ」

「……恋人なら平然とやるのか」

「覚悟決めたら梃子でも動かねぇからな」

 

 宗司のことは、龍珠桃自身が誰よりも近くで見てきた。だから、彼女は自信をもって断言できる。

 

「こいつはまだ、四条のお嬢様を女として見てねぇ」

「だったら、どうするんだ?」

 

 これから一体どうすればいいのか。白銀からしてみれば死活問題だ。せっかくデートという舞台まで設定したというのに成果なしなどと言われては、いくら白銀といっても策が思いつかない。

 

(それとなく四条を褒めて、宗司にアピールするか? でもこれだと俺が四条のことを気にしているみたいに映りかねん。何か……文化祭の準備に絡めて二人を一緒にするか? いや、でも女性として意識していないのは……)

 

 ――郷原宗司に四条眞妃のことを女性として意識させる。

 まだテストで学年1位を取る方が楽だと思えるほどの難問である。

 

(くそ、恋愛感情どころか、異性として意識していない人間同士を恋人にしろって方が無理だろ。そもそも、宗司にやる気がなければ話にならん。四条はまだ柏木の彼氏に想いを寄せている。――そんな状況で、進展なんてするわけないだろ!?)

 

 冷静に考えれば考えるほど詰んでいる。考えられる残りの手としては、吊り橋効果を狙うくらいか。例えば、二人が生徒会室に集まったところでホラー映画鑑賞会を開く。あとは何だかんだで二人きりの状況を作れば、雑ではあるものの効果は見込めるだろう。――宗司か四条眞妃のどちらかが、ホラーへの耐性がなければ、の話だが。

 

「……店出たところをうちの組のモンけしかけてクソ野郎に撃退させるか?」

「いや強引すぎるしバレるだろ」

「ならそこら辺の不良に金でも渡して――」

「どっちにしたってやめような!? お前自分が何言ってんのかわかってる!?」

「鉄砲玉で吊り橋効果狙おうって話だろ?」

「それやるの人として終わってるから!」

「……まぁそりゃ、あのクソ野郎は加減知らないから、不良が全治数ヶ月のケガしてもおかしくないな。さすがにやり過ぎたらドン引きされるか」

(そういう問題じゃねーよ!)

 

 人としてやっちゃいけないラインがあるだろ、と白銀は心の中で咆哮する。どうにも強硬手段に出がちなのは、龍珠桃という人間が極道の近くで育ったせいだろう。彼女の判断基準は、こと宗司に対してはカタギのそれとは大きく外れている。それは宗司が極道の世界に浸っているせいでもあり、そんな宗司のことを近くで見てきた龍珠が、判断基準を無意識に極道寄りにしてしまっているせいでもある。

 

 その極道寄りの考えが、カタギから見れば異常なことは当たり前である。

 

「吊り橋効果を狙うにしたって、もっとあるだろう? 生徒会室に来たところでホラー映画観賞させるとか。それとなく映画のペアチケット渡すとか。何か行事の作業を共同でやらせるとか」

「そんなのでくっ付けば、このデート中にくっ付くだろ」

「……いや、そもそもだな」

 

 言うべきか言わざるべきか。そもそも今更過ぎる指摘。

 龍珠桃は所々に、わかっていない節の発言がある。それは、どっちから惚れようが関係ない、といったような雑な対応の仕方。

 

「龍珠。お前、四条には既に好きな相手が居るのは知ってるのか?」

「関係ねぇよ」

 

 質問の返答になっていない即答だ。あまりにも意味の分からない反応が高速で返ってきて、白銀の頭は1秒もの間思考停止に追いやられた。

 

「――いや、関係あるだろ。四条から惚れる可能性がほぼゼロなんだぞ」

「端から、四条のお嬢様から惚れてくれれば、なんて思ってねぇよ。そんなの棚ぼただ。こっちの本命は最初から、クソ野郎がマジになることだけだ」

「さっきからお前の言ってることはめちゃくちゃだ。四条が恋愛感情を持っていないなら、宗司も持っていないとか言ってただろ。四条から惚れなきゃ、宗司も相手のことを女として見ない、って言いたかったんじゃないのか?」

「違ぇよ。何勘違いしてんだ。……あのな」

 

 龍珠は呆れたように肩をすくめると、つまらなさそうに画面の中を覗き込みながら、さも当然のようにこう口にした。

 

「こいつがマジになったなら、四条のお嬢様に意中の相手がいようが関係ねぇ。絶対に惚れる」

「……何でそんなに自信満々なんだ」

「こいつのことは、私が一番よく知ってるからに決まってるだろ」

(……やっぱり龍珠とくっ付けた方が早くないかこれ?)

 

 まるで惚気話でも聞かされている気分だった。龍珠桃が当然のように言葉にするのは、宗司に対する全幅の信頼だ。これほどまでに信頼関係があるのに、この二人はどうしてくっ付いていないのか。

 

「やっぱり、龍珠が宗司とくっ付いた方が早いだろ」

「ぶん殴んぞ」

「いや、何でだよ。今の話も、俺からしてみれば惚気話にしか聞こえないんだが。大体、相手が誰でもいいなら龍珠でもいいんだろ? もうお前がくっ付けよ」

 

 ここで白銀、言いたいことを全部吐き出した。

 今更頭脳戦だの恋愛戦略など、考える方が馬鹿らしくなってきた。今までの態度と話を聞く限り、どう考えたって四条よりも龍珠の方が脈ありなのだから。

 

「……こっちはケジメがあんだよ」

「ケジメ?」

「もしも、私がこいつのことどんだけ好きだったとしても、だ」

 

 仮定の話だと、龍珠は冷たい声音で言葉を紡ぐ。

 

「こいつは、絶対に私からの告白を蹴る。最初から詰んでんだよ。だから、私を勘定に入れるな」

 

 どこまでも冷たく、突き放すような声だった。

 隣にいた白銀も、その声にどれだけの拒絶が含まれているのか計り知れない。ただ、彼にもひとつだけ、分かることがあった。

 

「お前の事情は知らん。聞かされていないからな。それでも俺は言うぞ。――お前のそれは、体のいい逃げだ」

「――あ゛あ゛?」

 

 女が出してはいけない声だった。低音で、ドスが効いている。地の底を這うような、それでいて頭の中をぐわんと震動させるような、決して大きくない声。

 まるで水の中のようにまとわりつくプレッシャーの中、それでも白銀は言葉を続ける。

 

「最初に言わせてもらうが……やっていないのに逃げるな、臆病者」

「……白銀、お前言うようになったな?」

「何だって言ってやる。それと、どんな事情があるにしろ、告白しなきゃ何も始まらん。――それをズルズルと先延ばしにしたら、どれだけ頭回しても進展なんてない」

 

 今日一番、実感と魂のこもった言葉だった。

 ――この男、とうとう自分のことを棚に上げてご高説を垂れ始めたのである!

 

「別に龍珠が告白しろとは言わん。だがな、お前が宗司に恋人を作らせたいのは、何か切羽詰まった状況があるからだろう? なら、宗司に黙ってやるんじゃない。ちゃんと、腹を割って話し合え。じゃなきゃ、宗司が本気になる理由もないし、宗司に龍珠の考えが伝わるわけもないだろ」

 

 ――腹を割って話し合う?

 白銀はいつもプライドが邪魔をして四宮かぐやと本心から素直に向き合うことはできていない。いつも、「相手から告白させよう」と画策している。完全に自分のことを棚に上げている。

 

 ――考えが伝わるわけもないだろ。

 ブーメランである。特大のブーメランである。白銀のプライドの高さ、四宮かぐやとの接し方。映画館で隣の席に座ろうとすればニアミスを起こし、お互いに本当に自分に惚れているのか懐疑的で、それなのにあと一歩を踏み込まず、自分の思いも考えも策略の裏に隠し続けてきたのが、白銀である。棚に上げ過ぎて、もう取ろうとしても手が届かないところまでいってしまっている。

 

「……伝わんなくていいんだよ」

「――え?」

 

 ポツリ、と血反吐を吐き出す様に絞り出された声の後に、龍珠はスマホをおさめて踵を返す。

 

「お、おい――」

「あのクソ野郎に私のことは伝えるな。意固地になるからな」

「何で帰ろうとしてるんだ」

「偉そうにご高説垂れてくれた誰かさんのお手並み、見せてもらおうと思ってな」

 

 龍珠は白銀の方に振り返ると、刀の切っ先のように鋭い視線を彼に向けて、聞いている者が凍り付くような声音で鋭く口にする。

 

「――啖呵切ったなら、結果見せろよ?」

 

 白銀は思わず立ちすくみ、息を呑む。その様は、蛇に睨まれた蛙の如し。何かを言い返そうと思っても、龍珠の重い声音が頭の中にこびりついて、うまく言葉を紡げない。頭は重く、舌はうまく回らない。

 そうしてかける言葉を探しているうちに、龍珠の背中は既に小さくなっていた。追いかけても、引き留めても、白銀が何をいったところで話を聞かないだろう。龍珠の小さな背中が……消え入りそうなほど気迫のない後姿が、すべてを物語っていた。

 

「……やっべ」

 

 ――白銀、今日一番の後悔。

 棚に上げ過ぎて手の届かなくなった責任を、一体どう処理すればいいというのか。

 

(……相談、するしかないな)

 

 もはや自分一人では解決不可能だと悟れば、話は早い。

 今日は多くの情報を持ち帰り、それを誰かと共有して知恵を絞り合う。それしかない。

 

 何も、龍珠本人から一人で解決しろなどというお達しはない。なら、全力で周りの力に頼ろう。今、白銀がこのピンチを切り抜けるにはそれしかない。

 

(しかし、困ったな)

 

 やることが決まった後、白銀はぼーっと空を見つめる。清々しい青空がどこまでも広がっていて、雲一つない。白銀の心の中とは大違いだ。

 

「……中の様子、どうやって見るんだこれ」

 

 白銀はスマホを手に持ち、カメラ機能を起動。ズームを何度か繰り返してみるものの、表情が読み取れるほど二人が鮮明に映し出されることは無い。というか、もはや背景に映り込んだ人間、くらいの大きさである。

 

 目下の課題は、どうやって白銀ひとりで二人の監視を続けるか。

 ――棚上げしたツケが、さっそく返ってきた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 一方、石上と柏木の彼氏こと翼は、宗司と四条のことを監視――ではなく、彼らの入った喫茶店の入り口を見張れるくらいの位置にある、定食屋で昼食を摂っていた。

 

「ほんとに、見張ってなくて良かったんですか?」

「うん。最初は心配だったんだけど、郷原くんの様子見てたら、マキちゃんを任せても安心かなって」

 

(それじゃツンデレ先輩が困るんだけど)

 

 石上が予想外だったことは、この翼という男、普段はヘラヘラと笑って何事も事なかれ主義の草舟のように大勢に身を任せる人間のくせして、見極めが早かったということだ。

 石上は監視を一緒に続けてくれるように、本心ではないものの常に宗司と一緒にいる四条のことを心配する発言をし続けた。学園内での悪評と、石上の心配と言う名のすり込みによる引き留めの効果は……思いの外早く消えた。

 

 決定的だったのは、喫茶店に向かう途中で宗司がバランスを崩した四条を抱きとめたことだ。まるで社交ダンスでもしているかのような鮮やかな手際に、その後視線を合わせるために屈んだ様子が、翼的には安心のツボだったらしい。

 

 前評判など、翼の中からはキレイさっぱり消し飛んでいる。全幅の信頼というほどではないにしても、彼の中の宗司は「信用できる男」くらいの認識になっている。

 

 このままでは、翼の中にある(と思いたい)小さな嫉妬心、あるいは庇護欲を煽るどころか、彼の中で公認のカップルになってしまう。それだけは、同行者の石上が阻止しなければならない。不謹慎とはわかっているが、何か宗司が欠点を見せてくれれば、なんとかやりようがあるというのに、と石上は思わずにはいられない。

 

(もういっそのこと、ツンデレ先輩とくっついてくれれば楽なのに)

 

 龍珠桃のことはどうするのか? 割と本心から石上の知ったことではない。宗司がこだわらないのであれば、別段彼も龍珠に構う理由がない。というか、あんな怖い人に自分から関わりたくない、というのが本音である。

 

(まぁでも、極道のトップ目指すなら、ツンデレ先輩も危なくなるし……というか、家の方からストップ掛かるでしょ。なら、まだ同じ極道に理解のある龍珠先輩の方がなぁ。……打算的すぎて嫌になってきた)

 

 そもそも、今回のデートもお互いの利害が一致したからこそ実現したことだ。ここでもし、石上が翼への印象付けの失敗どころか、二人がカップルであるなどという覆せない印象をまんまと持たせてしまった場合、どうなるのか。

 

『奥手な彼にアレを吹き込んだ奴の皮を剥いで鞣してやる……』

 

 ぶるり、と石上の体に震えが奔る。いつかの生徒会での遣り取りを思い出して、心臓がキュッと縮むような感覚。視線が下を向いて、貧乏ゆすりが止まらなくなる。

 

(まずいまずいまずいまずい――!)

 

 ここで自分が失敗すればどうなるか。過去のことから火を見るより明らか。絶対に失敗できないという事実が、初めて現実味を伴って肩に大きくのしかかる。

 

「で、でもほら。宗司さんって、極道でしょ? あの人、色んなところから恨み買ってるから、四条先輩にも何かとばっちりがいきそうじゃないですか」

 

 恨みを買っている、というのは石上の勝手な妄想だが、あながち間違っていないのがまた何とも言い難い。宗司がこの場に居れば、苦い顔でむっつりと押し黙っていたことだろう。

 

「あ、そっか。……うーん、でも俺たちじゃ足手まといじゃないかな。郷原くんは本物のヤクザだし、きっと相手も不良とかじゃなくて、本職でしょ? 警察呼ぶくらいなら、まぁできるけど」

 

 翼の言うことも最もである。もしも宗司と四条が襲われたとして。喧嘩に慣れているわけでもない男二人が助太刀に入ったところで、相手が相手なら完全に足手まといになり下がる。考えてもどうしようもないケース、というやつだ。

 

「いや、ほら。だから先輩が、四条先輩に言ってくださいよ。あんまり関わらない方がいいとか。気を付けてねとか。少なくとも、僕はあんまり賛成できませんよ。……何より、将来絶対に壁にぶつかります」

「将来?」

「四条先輩は、あの四条家のご令嬢。でも、あっちは『郷原会』会長の孫。真っ当な大企業と、反社会的勢力。どうあっても、世間の目は厳しいです。先のことまで考えると……」

 

 普通なら、誰もが目を瞑る未来の現実。Ifの世界に対する懸念。思っても普通なら口にしない場所に、石上は深く切り込んだ。

 じゃないと、もう翼から言葉を引き出せないと思ったから。

 

「そんなに、先のことまで考えているんだね」

「考えますよ。後輩として、先輩のことは心配ですから」

「……そんなにマキちゃんが心配?」

「えぇ。マジで良い人ですから」

 

 翼へのアピールも忘れない。とにかく、相手の意識を全力で引く。覆せない印象を持たせないためにも。

 言葉を重ねる石上に、翼は顎に手を当てて視線を落とす。

 そんな翼の様子を、石上は真剣に見つめる。ここが正念場だと自分に言い聞かせて。何を言われても、何とか印象を変えようと。

 

「……もしかして、石上さんってマキちゃんのことが好きなの?」

「――はい?」

 

 思わず素で首を傾げてしまう。石上優が、四条眞妃のことを好き? 何を言っているのだろうかこの人は。

 石上は数秒の間沈黙して、ようやく意味を悟った瞬間――

 

「いや、自分は違いますよ」

 

 ――思いの外、彼の口からは冷静沈着に言葉が出てきた。内面も凪のように落ち着いていて、むしろいつも以上に思考がよく回る。

 石上優、人生一番の冷静さを発揮していた。

 

「あれ? うーん、違うのか。てっきり、マキちゃんを狙ってるのかと思ったけど」

(むしろ先輩は狙われる側なんですけど)

 

 口が裂けても言えないので、当然心の中だけに留める。わざわざ自分から地獄の体験会に身投げする趣味はない。

 

「……石上さんの言い分もわかるよ。でも、それを決めるのはマキちゃんじゃないかな」

「確かにそうですね。でも、そういうリスクがあるってことは、伝えないと。一時の感情に任せて――これからすべてを失うことだって、有り得るんです」

 

 ――石上、今日一番の魂のこもった言葉である。

 石上の迫力に、翼は息を呑んで、また考え込む。だが、今度はすぐに答えを出す。

 

「わかった。俺からも言っておくよ。ついでに、石上さんのこともね」

「いや僕のことはいいですから。先輩は同じ学年なんですから、もっと四条先輩のこと見てあげてくださいよ?」

「わかった。でも俺だけだと効果薄いだろうし、そこは渚とも相談――」

「いや、翼先輩が見てあげてください」

「えっ、でも渚はマキちゃんと長い付き合いだから」

「翼先輩が! 見てあげて! ください!」

「えっと……うん。わかった、わかったから。あっ、マキちゃんたち出てきたよ」

 

 石上の熱烈な推しに、翼の方が折れる。

 そしてタイミングが良いのか悪いのか、ちょうど喫茶店から件の二人が出てきたところだった。昼食も既に食べ終えていた二人は、あとは会計を済ませればいいだけである。

 

「あ、ほんとだ。……お会計いきますか」

「うん」

 

 ――石上、何とか宗司と四条がカップルなどという印象付けを回避!

 もうすでに疲れがどっと押し寄せてきた気がするが、陽が落ちるまでまだまだ時間がある。

 

 その時間の間に、どれだけ翼の心の中に四条眞妃を印象付けられるか。

 石上優の役割もまだ、始まったばかりなのである。

 

 




もう少しで、次のフェーズに。

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