星屑を見上げて   作:ねむみ。

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お久しぶりです。


下顎骨骨折

 

 

 

(ぬぅおおおおおおおおおっっっっ!!!!!)

 

 青年は悶えていた。何せエクスフィアで身体能力を極限まで引き出している少女に、助走付きの右ストレートでブッ飛ばされ気絶したからだ。その結果、彼の顎の骨はヘシ折れた。いや、砕けたと言うべきか。

 本来なら牢屋にぶち込まれてもおかしくない事をしでかしたのだ。不法侵入、傷害、猥褻行為。犯罪スリーペアである。しかし現在、彼はレザレノカンパニーの客室のソファで寝ている。年端も行かぬ少女に顎を砕かれたことを哀れに思ったリーガルの計らいだ。結局彼は、アリシアの為に奔走する彼を咎めることが出来なかったようだ。

 

(……痛い、マジで痛い。死ぬ、これ死ぬ、ぐぅおおおおおおっっ!!!)

 

 激痛に襲われ、涙目だ。何とも情けない姿である。とは言え、顎の骨がイッてしまっているのだから仕方無いだろう。だから激痛に悶えているのは情けなくもない。真に情けないのは……。

 

「…………」

 

 ソファの側でしゃがんでいる何故かゴスロリなプレセアに、頭を撫でて貰っていることだ。年端の行かぬ子供によしよしされてなお、涙目を止められない姿はとてつもなく情けない。

 流石の無感情なプレセアでも、少しだけ申し訳無く思ったのだろう。彼がこの部屋で悶え始めてから、ずっと彼の頭を撫でている。ちなみに現在夜の七時。青年が顎を叩き砕かれ七時間が経過している。

 

「あ、あのーー。調子はどうですか……?」

「その様子では、良くはなさそうだな」

 

 客室にやって来たのは、メイドのアリシアと公爵のリーガルだ。彼女が押している給仕台の上には香ばしい匂いを醸し出す様々な料理が乗っている。それと何故か、謎の緑の液体が入った注射器がひとつ。

 二人がやってくると、プレセアの手が止まる。青年は震える右手で親指を立てアピールしているが、全く説得力が無い。

 

「ところで、君の名前は何と言う?」

「………………………………………」

「済まない。喋れないのだったな。要望通り渡されたミントを液状になるまで磨り潰して、注射器に入れたがこれをどうするつもりだ?」

「…………!!! ………っっっっ!!!!」

 

 リーガルの一言に青年は飛び起き、そして蹲った。顎の激痛はそう簡単に引いたりしない。どう見ても医者に診て貰うべきなのだが、男は診断を拒否。治療すらも拒絶している。結果、この始末な訳なのだが。

 そんな馬鹿な男は放っておいて、プレセアはアリシアと一緒になって数々の料理をテーブルに運んでいく。表情を喪失した彼女だが、妹を大切に想う気持ちはまだ失っていない。

 

「……あの、この注射器は……」

「だそうだが、必要か?」

「…………っっ、っっっ!!!」

「必要のようだ。アリシア」

「はい、分かりました」

 

 呆れたリーガルの手に、注射器が渡る。中に入っているのは、普段青年が常用しているミントを磨り潰したもの。こんなものを血中に直接ブチ込んで大丈夫なのだろうか。気付け薬としての効果が強いのは分かるが、骨折にも有効なのかは分からない。このミントの正しい効能を知っているのは、彼だけなのだから。

 

「それで、これをどこに打てば良い? 腕か?」

「……っっ、っ、っっ!」

 

 痛みに悶え続ける青年が指差したのは、首だった。訳も分からん注射を首に入れろと言われたリーガルは、顔をしかめる。如何に公爵と言えど、治療行為に経験が有る訳ではない。まして首の血管に針を刺すなど、はいそうですかと言ってやれることでもない。

 躊躇うこと数秒。彼は少しずつ注射器を近付けていく。やがて針が皮膚に触れる。そして。

 

「おい、何をっ……!?」

 

 針が皮膚に触れると同時、青年の手が注射器を強く押した。細い針は皮膚を貫き血管を突き破り、緑の液体を体内へとぶち撒ける。

 

「っっっ、ぐぅううううううっっ!!!!」

 

 乱暴な注射で、青年は大きく呻く。どころではない。全身が激しく痙攣し始めた。明らかに普通ではない。尋常ではない変貌ぶりに、アリシアは驚き、プレセアは妹を庇うように前に立つ。リーガルは、青年の肩を力強く掴む。

 

「おいっ、大丈夫か!?」

「ぐっ、ごっ、おぁっ、ぎぎぎぎっっ」

「くそっ。アリシア、ジョルジュを呼んできてくれ」

「は、はいっ」

「……ん、いや、もう大丈夫だ」

 

 リーガルとアリシアが慌て始まるなり、青年はむくりとソファから起き上がる。さっきまでの悶えぶりはどこに行ったのか。今の彼は、ケロッとしていてる。

 

「は?」

「ふえ?」

「あ゛ーー、死ぬかと思った。プレセア、お願いだから殴るの止めてね? 当たり所が悪かったら俺死ぬからね?」

「……、アリシアに近付かないでください」

「あーはい、りょーかいっす。リーガル、アリシア、助かったよありがとう」

 

 謎の注射の効き目は抜群だ。顎の骨が砕けて喋れない筈なのに、今は平然と喋っている。どうやら、怪我そのものも治っているらしい。

 首に突き刺さった注射器を引っこ抜くと、青年はそれを握り砕いた。非力な彼らしくない。

 

「どういう事だ? 顎が割れていたのだろう?」

「内緒っす。アリシアの下着姿と引き換えに話しても……あだだだだっっ!? 冗談! 冗談だから髪引っ張るのは無しっっ!!」

 

 どうやら素直に話すつもりはないらしい。そうならそうと言えばリーガルも引き下がってくれたかもしれないのに、余計な事を言ってプレセアに制裁されている。これについては完全なる自業自得だ。阿呆としか言いようがない。

 

「……何だかよく分からないが、怪我が治ったならそろそろ話して貰おう。アリシアを狙っているのは、どこの組織だ?」

「懲りないっすねあんたも。それについては話さない。だけどプレセアもアリシアも俺が護るし、ついでにあんたも護るからここに置かせてはくれないか?」

「…………」

 

 リーガルからすれば、青年の言う事を簡単には受け入れられない。この建物の警備は万全であり、何があっても即座に対処出来る。取り敢えずアリシアに何かしらの危険が迫っていることについては、これまでの男の様子を見ていればまだ納得出来る。とても信じ難く思えるが、ああも必死な姿を見せられたら無下に扱うことは難しい。

 だからこそ、情報共有は必要だ。一人で動こうとするよりは、二人三人で動いた方が良いに決まっている。その為にはどのような組織がアリシアを狙っているのか具体的に知っておきたいのだが、この男と来たら話をはぐらかしてばかりだ。これでは協力のしようもない。

 

「……やはり信じられんな。戯言にしか思えん」

「だから戯言じゃないんすよ。アリシアは本当に危ない。だから」

「…………」

「ん、どうした?」

 

 話の最中、プレセアが男の髪を引っ張った。結果話を中断するしかなくなった訳なのだが、青年は彼女の方を向いて明るく笑う。

 

「……、アリシアを」

「わーーかってるって。大丈夫、俺が死んだって護るから。命を棄ててでも、必ず」

 

 こと体力や腕力において何一つプレセアに敵わない。魔術だってろくに扱えない。護衛として、彼は非常に頼りない。それでも、青年は誓いを立てる。目の前の少女を、その家族を必ず護ると。絶対に助けると。

 

「……アリシア。君はどう思う?」

「わ、私ですか……?」

「この男が護衛に付くことに、異論はあるか? 正直に話してくれ」

「…………よく、分かりません。でもその、悪い人……ではないと思いますし、だからその……」

「……分かった。取り敢えず、お前は部屋に閉じ込めておく」

「えっ」

「当然だ。まだ信用は置けん。ただ、悪人とも言い切り難い。だからひとまず、私の監視下において後々判断していく」

 

 結局、青年は信用を勝ち取れないようだ。しかし、問答無用で牢にぶち込まれないたり、少しは信じて貰えているのかもしれない。もしくは、この公爵が余程甘い人間なのだろう。

 

「……つまり、保留ね」

「そういうことだ」

「ま、追い出されるよりは良いっすね……。取り敢えずは、そんな感じで頼むっすよ」

 

 状況が良くなっているとは言えないが、悪くなっている訳でもない。取り敢えず、青年の扱いは保留と言う形で宙ぶらりん。これから公爵の信用を勝ち取れれば良いのだが、果たしてどうなってしまうのやら。

 

「何にせよ、よろしくっす。リーガル、アリシア」

「はい、よろしくお願いします!」

「……アリシアに妙な真似はするな。その時は牢屋行きだ」

「うへぇ。手厳しいっすね公爵様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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