星屑を見上げて 作:ねむみ。
一話辺りの長さは無理の無い範囲でやってきますのでばらつきがあると思います。
「っっはーー!! 生き返った!! ごちそうさんっっ!!!」
行き倒れていた青年は朝日が上ると共にオゼットの住民に保護され、餓えと渇きを大いにはね除けた。なんでもこの男、七日間も水以外は口にしていなかったらしい。唯一口にしていた水も、川や湖の水ではなく雨水やら泥水だったそうだ。良くもまぁ、無事に生きて村人等に保護して貰えたものだ。しかしまぁ、食事中でもマントを脱がないのは如何なものか。フードも深く被ったままで、顔をよく見せようともしない。
振る舞われた料理(パンとスープとチキンの野菜炒め)を思う存分胃袋に詰め込んだ彼は、長いげっぷをした後にキョロキョロと周囲を見渡した。今更になって、自分が何処にいるのか気になってきたらしい。
「……それで、あんたは誰だい?」
ちょっと白い目をして問い掛けるのは、皺だらけのご婦人だ。食べ物を振る舞ったは良いものの、顔は見せんわテーブルに食べかすを散らかすわと好き勝手している男に警戒心を抱くのも無理はない。この男を家に入れるべきではなかっただろう。とは言え、村の前で狼の死骸と共に倒れている人間を放っておくわけにも行かなかった訳で。
「追い剥ぎに荷物ぶん獲られた哀れな旅人です。一応、医学と魔法に精通した……まぁ、元研究員かなんかっすね。ヘイムダールから来ました」
「とてもそうは見えないけどねぇ。なんと言うかあんた、胡散臭いよ」
「研究者なんて大抵そんなもんですわ。それで、良ければこの村にいるきこりの女の子について聞きたいんだけども、何か知ってることは?」
「……っ、あの子に何の用だい?」
昨夜、この男を見捨てた少女について彼が質問をすると、老人は顔色を悪くした。なにやらこの村の人にとって、あの少女は触れられたくないモノらしい。もしくは、触れたくないのか。どちらにせよ、きこりの少女が話題に上がっただけでこの老人の様子は一変した。
「いや、昨晩見捨てられまして。元気になったらムカついたんでちょっと文句でも言ってやろうかと」
「……関わるのは止めときな。気味が悪い子だよ、あれは」
「気味が悪いとは?」
老人の言葉に、男は首を傾げた。確かに、あの少女は気味が悪いと言って良い。獣の彷徨く真夜中に、馬鹿デカい丸太を引きずって歩いていた。普通に考えれば有り得ない光景だ。大人の男性がやっていたならばまだ分かる。しかしあの少女は、とてもきこりをやっているようには思えないような細い体だった。ましてや子供。どう考えてもおかしい。
「……あんた、医者といったね」
「ま、医学に詳しいってだけっすね。研究の過程で医学を齧ったってとこっす」
「……成長が止まるような病気、何てものはあるかい?」
「…………なんて?」
「いや、良いんだ。忘れておくれ。とにかく、あの娘には関わらないでおき。悪いことは言わないから」
成長が止まる病気。自分の質問を馬鹿らしく思った老人は、話を終わらせようとする。しかし青年は顔をしかめ、顎を指で擦る。どうやら今さっきの質問に、思い当たる節があるようだ。
「成長が止まったのは、具体的に何年前の話で? あの子はどのくらい、あの姿のまま?」
「……二年前になるかの」
「二年? たまたま背が伸びなかったとか、そういう話じゃ?」
「……いいや。背が伸びてないとかそういう程度の話ではない。プレセアは、全く変わらない。身長は勿論、肌も髪も……何もかも」
何かが原因で身長が伸びないくらいは、よくある話だろう。しかし髪や肌まで変化がないとなると、それはもはや不気味以外の何物でもない。生きている以上、髪は伸びるものだし肌だって変化する。だがプレセアと言う少女は、何もかもが全く変化しないらしい。なるほど確かに、人間の目から見れば恐ろしいだろう。
だが、ヘイムダールから来た男。つまり、エルフの目から見たらどうだろうか。長い時間を生きる彼等にとって、人間の二年など長くも何ともない。むしろ短すぎるぐらいだ。
「単に、あの子がエルフの血を引いているだけでは? ハーフエルフなら、見た目が変わらないぐらい普通でしょう」
「産まれたあの子を取り上げたのはこのワシじゃよ。プレセアは、間違いなく人間だとも」
「……なるほど。であれば、まぁ考えたくはないっすけど」
途中、一度言葉を切った青年は木彫りのマグカップに入った水を口に流し込み、喉を潤す。
「……別に、無い訳じゃないっすよ。病気と言うかはさておいて」
「何か知ってるのかい?」
「ええまぁ。その手の病気……のようなものの研究をしてたっすからね」
「なら、診てくれるかい? プレセアを」
「一食の恩があるっすから、喜んで。あぁそれと、暫くあの子には誰も近付けないように。俺が良いって言うまでは」
「……? 分かった。どの道、村の者は誰もプレセアに近付かんとは思うが……」
「んじゃ、決まりっす。あの子は俺が診ます。予想通りなら、完治まで結構かかるでしょうけどね」
餓えと渇きから遠ざかった青年は、フードを捲りながら席を立つ。薄い金色の長髪がサラリと揺れ、長過ぎる前髪の隙間からはガラス玉のような青い瞳と、白濁した瞳が見える。
「……ところで、あんた名前は?」
「好きに呼んでくれっす。生憎と、名前は与えられていないもんですから」
名前はない。そう告げてから、男は老人の家を出る。向かう先は、プレセアと言う成長しない少女が居る場所だ。
木々の隙間を縫うような優しいそよ風が通り抜ける。長い髪が揺れると、隠されていた変な形の耳が露になった。
■
「……おーーい、起きてるかー?」
村の外れ。斧の突き刺さった切り株や、横たわる大きな丸太が表に置かれている家の前に男はやって来ていた。人ひとりが住まうには広すぎるであろう住宅の前で、薄汚れたマントの青年は声を上げる。が、中から返答は無し。それどころか人が起きている気配もない。昨夜遅くに重労働をしていたのだから、プレセアなる少女は眠っているのかも。
青年は腰からぶら下げた木剣を地面に突き刺し、玄関へと向かっていく。
「入るぞー」
そして、ノックもせずにドアノブを回す。すると扉は、何の抵抗もなく開いた。どうやら鍵はかかっていなかったらしい。この家の家主は、随分と無用心のようだ。
勝手に家の中に入るなり、男は片手で鼻を覆った。原因は、室内の奥から流れてきた腐臭だ。決して嗅ぎ心地が良いとは言えない臭いに顔をしかめながら、彼は家の中を歩いていく。目につくものは、テーブルの上に無造作に置いてある研ぎ石。壁には大きな斧が立て掛けてある。他に有るものは生活に必要最低限の物と言えるものばかりで、とても少女が一人暮らししているようには思えない有り様だ。
家の中に部外者が入ってきてなお、人の気配はしない。青年は顔の前で空気を払うように手を振り、鼻の前から手を下げた。
「居ない……って訳じゃ無いか。鍵も掛けずに寝るのはどうなんだ……?」
青年が立ち入ったのは、寝室だ。ベッドが二つ置かれてあり、片方には昨夜丸太を引きずっていた少女が、結った髪を解かぬままに眠っている。ピンク色のツインテールには、手入れが行き届いているようだ。耳を傾ければ、小さな寝息が聞こえてくる。もうひとつのベッドには、大量の蝿が集っている。羽音が喧しい。
「……死体と同室で平然と寝る、ね。まぁこの有り様じゃそりゃそうか」
呆れたように溜め息を吐いた後、男は少女が眠るベッドに腰掛ける。仰向けになって寝ている彼女の胸には、赤い宝石のようなものが埋め込まれている。
「どこのどいつだ。こんな子供にエクスフィアを装着するなんて」
眉間に皺を寄せながら、エクスフィアと呼ばれる宝石に男は手を伸ばす。侵入者の手がすぐそこまで伸びているのに、それでも少女は目覚めない。
「紋は無しで、野放し。この子で輝石でも作るつもりか……?」
細い指先が、エクスフィアに触れる。と、同時に少女の瞼が開いた。急に覚醒した彼女は、寝たままの姿勢で男の手首を掴む。その力は途方もなく強く、骨すら握り潰しそうなぐらいだ。
「…………」
「勝手に入ったのは悪かった。何も君に危害を加えようって訳じゃない。ただ、村人に君を診てくれと頼まれただけだ」
「…………」
「……聞いてる? あと痛いから掴むのは止めてくれ」
「…………誰、ですか?」
「医者。…………の、ようなもの」
「……でしたら、父を」
「……分かった。だから手を放してくれ」
何を考えているか読み取らせない虚ろな瞳と、奇妙な瞳が前髪を挟んで見詰め合う。そのまま数秒、二人の間には沈黙が訪れる。が、長くは持たなかった。
目の前の男を信用することにしたのか、プレセアは掴んでいた手首を自由にする。名無しの青年は掴まれていた手首を擦りながら、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
「……、まぁ、手は尽くすよ」
「……はい」
死体を前にした青年は、顔をしかめて手を伸ばす。もう亡くなっている存在に、医者が出来ることなど有りはしない。ましてこの男は、医学を齧っているだけであり医者ではない。
それでも何かしようとするのは、後ろの少女の為か。それとも自分の安全の為か。
(思考すら停止してる。感情も喪失してるだろう。……さて、どうしたものか……)
オリ主の名前決まってない問題がどこまで続くか見物ですね。ハハッ