星屑を見上げて   作:ねむみ。

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脳死で書きました。


触診(セクハラ)

 

 

 

 

「さて、じゃあ君の診断をしていこうか」

「…………」

 

 もう亡くなっているプレセアの父に一通りの処置を施した青年は、居間の机に腰掛けながらそう言った。長過ぎる前髪を両手で上げると、左右で色の違う瞳が露になる。そして今の彼女に彼の言葉は理解できないようで、小さく首を傾げている。

 

「聞いてる?」

「……私は健康です」

「そう思ってるのは君だけだ。こっちにおいで」

「…………」

「ほら、プレセア」

「…………」

 

 自身は健康である。そう認識しているからこそ、男を言葉が信用ならないのだろう。しかし、彼は医学を齧っている研究員。父を診て貰ったからこそ、その点で信用が出来ない訳ではない。渋々、と言った形ではあるがプレセアは青年の側に近寄る。すると彼は、彼女の頭を撫で始めた。

 

「……?」

「触診。ちょっと我慢してくれ」

 

 近付いてくれたプレセアの頭を撫で回し始めた彼は、次に頬を撫で、首筋を擽った。肩を擦り、鎖骨に指を這わせ、最後に胸に手を当て、揉んだ。どこが触診なのだろう。どうみてもセクハラだ。痴漢と言ってもいい。年端の行かぬ少女の体を弄り回す男の顔が至って真剣なのも、質が悪い。

 

「……っ」

 

 両手で胸を揉むこと数秒。プレセアの右手が振り上げられた。開かれた手のひらが、勢い良く青年の頬を張り飛ばし彼は机の上から床へと吹っ飛んだ。パァン、と甲高い音が鳴った気のせいではない。

 

「〜〜〜っっ、まぁ、それが出来るならまだマシっとこだね。少しは加減して欲しかったけど」

 

 張り飛ばされた頬を押さえながら、涙目のセクハラ男は体を起こす。プレセアは無表情をキープしているものの、額に青筋が浮かんでいるように見える。虚ろだった瞳にも、怒りと言う感情の光が宿っているようだ。

 

「……ヘンタイ」

「失礼な。さっきのは簡易的だけども歴とした診断だ。ファーストエイド」

 

 立ち上がりつつ、青年は魔術で首を癒す。張られた頬よりも、首に受けたダメージの方が大きいらしい。

 

「それで、プレセア。そのエクスフィアは誰に付けられた?」

「…………」

「あーこりゃ重症だ。近い内にもっと悪化するね、うん」

 

 セクハラされて怒りを露にしたプレセアだったが、少し時間が経つと無感情な少女に逆戻りしてしまっている。これが、彼女の胸に付けられたエクスフィアによる影響だ。正しい扱いをしなければ、力と引き換えに人体へ悪影響を与える。それがエクスフィア。そんなものを、彼女は身に付けているのだ。

 故に、肉体が成長しない。感情や思考の殆どが失われている。今はまだ、何かのきっかけが有れば感情が戻るようだが、いずれは機械のように無感情で無機質な存在に変わってしまうことだろう。

 

(要の紋がいるな。持ってた抑制鉱石は全部追い剥ぎに持ってかれたし、俺のやつを流用するにはドワーフが居る。で、ドワーフはテセアラには居ないってなると……あーーー……)

 

 ガシガシと頭を掻いては、しゃがみこんだり立ち上がったり。手を顎に当ててうろついては、足を止める。思考の渦に振り回される青年には落ち着きと言うものが無いらしい。

 

(この子にエクスフィアを装着した馬鹿野郎も、わざわざ野放しになんてしておかないだろ。接触してくる筈。或いはもう定期的に接触しているか。ってなると……俺が此処に居るのもマズい。いやいやいやいや、なんで逃げ出した矢先にこうなるんだ。逃げ出してぇけど一食の恩があるし、何よりこんな子供を放っておく訳にはいかないしなーーー。あーーー、もーーーーー)

 

 家の中を歩き回りながら、うだうだと悩み続ける青年。そんな彼を見ているプレセアは、椅子に座って微動だにしない。まるで人形か、置物のようだ。

 あれこれと考えること数分。頭を抱えて床にしゃがんでいた青年はそのまま床に寝そべってピクリともしなくなる。まだ思考の渦の中にいるらしい。

 

(……さて、どうしたもんかね。必要なのは要の紋。最悪抑制鉱石だけでも手に入れないと、どうにもならない。ってもそのどちらも連中が独占してるようなもんで、簡単に手に入るようなものでもない。忍び込むのは……無理だな。となると……探し回るしかない……か? いやいやいやいや、それをやるには骨が折れる。でもなぁ、でもなぁーーー。

 

 ……いや、待てよ?)

 

 何か思い浮かんだのだろうか。それとも思考に耽った際の奇妙な行動のひとつか。寝そべっていた青年は立ち上がり、プレセアを観察し始める。乱れた前髪の向こうにある白い眼が不気味な光を宿している。

 彼がジーーっと見詰め始めたのは、プレセアの胸だ。正確には、プレセアの胸に埋め込まれているエクスフィア。その周囲には、金属製の何かも埋め込まれている。或いは、飾られている。

 

(……要の紋って訳でもないが、それに近いな。原料は抑制鉱石っぽいし何か細工出来れば……、ってそれができるぐらい器用ならこんなに悩んでねぇよ。やっぱりドワーフの力も必要だな)

 

 立ち上がった青年は、またテーブルの上に腰掛けた。マントの中から小さな葉っぱを取り出して、それを口の中に放り込んで咀嚼する。いったい何を食べているのだろうか。

 

「……んぐっ。あーー……考えるの止めっ! 取り敢えず、今どうにもならんことは保留しておくことにして。プレセア」

「……はい」

「暫く此処に住んでも良いか? ほら、お父さんの事もあるし」

「……はい」

「……嫌なら断ってくれても良いぞ。その場合村の人の世話になるから」

「……いえ」

「そっか。じゃあよろしく」

 

 こうして怪しい男はプレセアの家に住まうことになったのだった。触診だとしても年端も行かぬ少女の胸を平然と揉んだりするような人と同居するのは如何なものか。自分の身の危険も感じられないような状態なのが、今の彼女だ。

 

 

 

 コーーン コーーン

 

 斧で薪を叩き割る音が森に響く。名乗りもしない青年がプレセアの家で居候を始めてから、早くも三日が経過した。その間、彼は動かぬ父親の面倒を見ても彼女に何かをした訳ではない。夜な夜な、居間で何かを作っているぐらいだ。その際何やら不気味な音を出しているのだが、家主であるプレセアは特に気にしていない。時折悲鳴が聞こえても、夢の中から現実に帰ってくることは無い。

 長い髪を頭の後ろで結った男は、薪の立った切り株の前で斧を振り上げる小さな女の子を眺めている。ここは村の外れにあるプレセアの家の前だ。彼女を不気味に思っている村人がやって来ることはない。

 

 コーーン コーーン

 

 次々と、薪が割られていく。子供がやるには大変な重労働も、エクスフィアがあれば簡単だ。

 どこからか流れてくる優しいそよ風が流れてくる。枝葉の隙間から射し込む日の光は温かくて、日向ぼっこには最適である。謎の葉っぱを口に咥えた青年は、いつぞやにプレセアが運んでいた丸太の上で多きな欠伸をして涙を流す。

 

「……おーい、プレセア」

「…………」

「おーいってば。聞いてる?」

「…………」

「無視、ね。そうですか……」

 

 ボロボロなマントを羽織っている青年は、丸太の上に寝転んで空を見上げる。殆どが枝葉に遮られていて、オゼットの空はほぼ緑だ。

 ボーーっと空を見上げた男は、ピクリとも動かない。徐々に瞼も下がって来ており、このままだと眠ってしまうだろう。

 

(エクスフィアを外すとダルくて仕方ないな。まぁ、強化されてた肉体が元に戻ったんだから仕方ないか。昼寝して、起きたら研究の再開して、そんで…………)

 

 

 コーーン コーーン

 

 薪を割る音が、一定の間隔で響き続ける。まだプレセアは薪割りに勤しんでいるようで、もう暫くは作業の手を止めないだろう。

 のどかな光景に、温かい日射し。変わらない小気味良いリズム。襲い来る眠気。これだけの条件が揃っていて、意識を保っていられる者はそうはいない。それは、この男だってそうなのだ。

 閉じかけた瞼が完全に閉まってしまうと、赤い暗闇が訪れる。今にも意識が飛びそうなふわふわとした感覚の中で、男は思考を巡らせる。自分に問いかけるかのように。問い質すかのように。

 

 

(……治す。絶対に戻す。君みたいな子をもう見たくないから、俺はあそこから抜け出した)

 

 ーーーー 本当にそうか?

 

(そうだ。だから逃げたんだ、クルシスから)

 

 ーーーー 償えると思っているのか?

 

(そう思わなきゃ、逃げてない)

 

 ーーーー なら、何故他の犠牲者も連れ出さなかった。出来ただろう。お前なら。

 

(決まってる。自分が可愛いからだ。自分しか考えてないから、他の誰かを見捨てて逃げた)

 

 ーーーー 呆れるな。結局お前がやろうとしてることは、偽善に過ぎない。

 

(そうだ。偽善だ。だけど、それでも、間違いは正せるだろ。プレセアを助けたいのは、その、最初の…………)

 

 ーーーー 助ける術など、無いくせに。

 

(…………。………………、分かってる。だけど、助けるんだ)

 

 

 

(絶対に、助ける。これまで沢山の命を踏みにじったからこそ、絶対に…………)

 

 

 自問自答は、ここで終わる。温かい日射しの下、青年は深い眠りに落ちる。

 

 目の前の現実から、逃げるように。

 

 

 

 

 

 

 

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