星屑を見上げて 作:ねむみ。
どこの馬の骨とも分からない、自称エルフの青年がプレセアの家に居候することになって四日目。筋肉痛で死にそうになっている彼はプレセアに連れられて村にやって来ていた。
その理由は単純。食材や生活用品が尽きてしまったからだ。穀潰しが増えたのだから、当然プレセアの家の備蓄は普段の倍以上の速度で無くなってしまう。しかも青年は無一文と来たものだ。家の事はある程度手伝っているとはいえ、出来ることは少ない。荷物持ちとして買い物に付いてきた訳だが、家主が一人で出掛けた方が捗るだろう。
その上、プレセアと二人で出歩くのだからどうしても人目が集まってしまう。無感情に無表情で、しかも成長しない少女と余所者が並んで歩いているのだから村人達が好奇の目を向けてもおかしくない。
「……へえ、品揃えは悪くないんだな。こんな森奥だってのに」
「それは悪口かい、あんちゃん」
「あ、いや。感心してただけっす。そんなつもりは全くないですよハハハハ」
棚に陳列している食材やグミ類を見た男の言葉に、店主であろうおじさんが鋭い視線を飛ばす。失礼な事を口走った青年は慌てて言葉を足したが、どこか白々しいような気がする。プレセアはと言うと、買い物かごに次々と食材をぶちこんでいる。買い出しは、一度で済ませておきたいのだろう。
「あんたか? あの
「あー、そうっすね。こう見えて医者……みたいなもんなんで彼女の父親を治療してます」
「医者? あんたが?」
店主が怪しむのも無理は無かった。今、青年が身に付けているのはボロボロのマントでわざわざフードまで被っている。前髪は顔が隠れるぐらい長いし、とても医者には見えない風貌だ。
実際、この男は医者ではない。医学を齧っている程度の、どこかの研究員なのだから。
「まぁ……、一応?」
「じゃあちょっとこれ診てくれねえか? ちょっと痛めちゃってよ」
「……じゃ、今日の買い物はちょっと割引しといて欲しいっす。どれどれ……」
カウンター越しに店主が見せたのは、左手だった。どこかにぶつけたのか、それとも捻ったのか。幾重にも巻かれた包帯が痛々しく見える。
青年は差し出された左手をよく見ると、自分の右手を重ねる。左手はマントの中で、腰の木剣の柄の上だ。
「……ファーストエイド」
青年の手から発せられる緑色の優しい光。それは傷を癒す魔法だ。
「……魔術か?」
「エルフっすからね。効き目の程は、保証出来ないっすけど」
今の彼は、魔術を使ったところで大した事は出来ない。そして、エクスフィアを付けていない者への回復魔法は効果が薄い。この治療に効果が有るかは分からないし、有ったとしても微弱なものだろう。
「……ふぅ。どっすか?」
「……あー……、痛みが引いた感じがするよ。ありがとな」
「また痛み出すようなら家まで来てください」
「…………」
「お、プレセア。買う物決まったのか?」
店主と青年が話していると、プレセアが大量の商品をカウンターの上に置いた。肉類に野菜類、果物なんかが山盛りである。動かぬ父親の分を含めるにしても、量が多い。これをまとめて持ち帰る気なのだから恐ろしい。もっとも、丸太を引きずって歩ける彼女からすればこの程度では荷物にもならないのだろうが。
「ところでおじさん、ここってこれ売ってない?」
「……なんだそりゃ? 薬草か?」
「あー……。やっぱ自分で栽培するしかないっすかぁ……」
彼が常用している強烈な気付けミントは、残念ながら店では手に入らないようだ。
■
買い物を終えた後、プレセアは家に荷物を置くなり直ぐに出掛けてしまった。今日も森のどこかで樹木を切り倒すのだろう。家に残った青年は、雑貨屋の店主に譲って貰った大きな横長の植木鉢で柔らかい土に肥料を混ぜ込んでいる。これから人の家の前でガーデニングでも始めるつもりだろうか。
黙々と、淡々と作業は進んでいく。その内、種でも埋め始めそうだ。
今日も、天気は快晴。空を遮る枝葉がなければ、優しげな陽光を全身で浴びることが出来ただろう。
「まぁ、こんなもんで良いだろ。念のため植える種は少しにしておこう。失敗したらヤだし、植物に詳しくないし」
独り言をぶつぶつ言いながら、彼は植木鉢に種を植える。上手く行けば、いずれ薬草が育つ。そうなれば、手持ちの気付けミントを切らすような事態は起こらなくなる筈だ。不注意で枯らしたりしない限りは。
一通りやれることをやった青年は、土まみれの手でズボンのポケットから気付けミントを取り出し、口に放り込む。若干土も口の中に入ってしまったのか、歯が土を噛み潰してジャリジャリと音を立てる。
「……さってと。プレセアはどっか行ったし、今日は何をしようかね……」
居候の身分。おいそれと遊んでいる訳にもいかない。だからと言って特別やれることが有る訳でもない。やらなければならない事がひとつ有るのだが、それは現段階では殆ど進められない。正直な所、プレセアを元に戻す為の研究は全くの手詰まりなのである。
何か研究機材でもあれば話は変わってくるのだが、そんなものがきこりの家に有る筈が無い。追い剥ぎに襲われていなければ、まだやりようは有ったのでは無いだろうか。
となると、残った選択肢は二つ。昼寝をかますか、弱くなってしまった魔術の練習である。
「……っし。やってみるか」
やる気を出した青年は家の脇にある薪置き場からひとつ薪を手に取る。それを片手で放り投げると、腰から木剣を引き抜いた。が、手からすっぽ抜けた木剣はくるくると宙を舞ってしまう。
弱くなったのは、魔術だけではない。身体能力だって低下している。もうこの男は、自分の武器すら満足に震えないのだ。
「はーー……。んじゃ、無しでやるか」
地面に横たわった武器を回収することもなく、彼は落下しきった薪に左手の指先を向ける。そして。
「ウィンドカッター!」
ピンと伸ばされた五指から、爪先程に小さい風の刃が五つ飛び出した。それらは素早く回転しながら、地の上の薪に向かう。昨夜は、まるでダメだった風魔法。今日はと言うと……。
「……昨日よりマシ……か?」
薪の表面に浅く傷が付いている。昨晩と比べたら、風の刃らしい成果だろう。とは言っても、この魔法が何かの役に立つとは思えない。精々威嚇が出来るか出来ないか程度の代物だ。意表でもつかなければ、戦闘には使えないだろう。
(……地道にやってくしかないな。少ないマナで効率的に、かつ最大限の威力を出せるぐらいにしておかないと。これから先何があるかも分からんし)
そして男は、独りで魔術の鍛練を続けていく。
一方その頃。
プレセアは斧を背負って村の外に出ていた。もう数キロ程は歩いているようで、周囲にあるのは荒れた野道とそこを通る人を隠すかのように覆い茂っている木々のみ。
誰の気配も感じられない森の中、うっかりしていれば迷ってしまいそうな道を散歩でもするかのように少女は歩く。
道なき道を進むこと、数分。プレセアは目的の場所に辿り着いたらしい。そこは、森の中だと言うのに木々が生えていない。空から見下ろしたら、その部分だけはぽっかりと穴が開いているように見えるだろう。
「調子は悪くないようじゃな」
「……はい。問題有りません」
やって来たプレセアに後ろから話し掛けたのは、眼鏡の老人。薄緑のマントが似合わぬ、紫頭のじいさんだ。こんな老人が森の中で、いったい何の用が有ると言うのか。
「体調やエクスフィアに異変は?」
「……有りません」
「ひとまずは順調のようじゃな。身の回りに変化は?」
「……居候が、来ました」
「居候?」
「……エルフのようです」
「……ほう。エルフ」
親密なのか、そうではないのか。向かい合う事もせずに老人と少女は会話を続ける。この男は、プレセアの心配をしているようでしていない。まるで、実験体を観察するかのような瞳をしていて気味が悪い。
「……最近クルシスから逃げ出した知恵の回らぬ研究員がおったな。もしやとは思うが……。プレセア、その居候は見張っておくんじゃ」
「……はい。分かりました」
彼の知らぬところで、彼の背後に忍び寄ろうとしている悪意が生まれる。これを止めれる者は居ない。プレセアはあの男とただ同居しているだけであり、まして今の彼女は普通ではないのだから。
ロディルの口調がまるで思い出せないのでアニメとか見て後で修正します☆