星屑を見上げて   作:ねむみ。

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アルタミラへ

 

 

 

 

「うーーん……。薬、作るだけ作ってみたけどなぁ」

 

 彼が居候となって一週間。機材もろくに無い状況で夜な夜な研究を続け、作り上げたのは粉薬だ。原材料は、要の紋を削って粉末にしたものと彼がしょっちゅう口にしている気付けミント。およそ薬と呼べるような代物には思えないが青年曰く薬らしい。

 これは、彼がプレセアの為に作った物である。であるならば、彼女に投与すべきなのだろう。しかし、新薬を試験も無しに使うのは危険が付きまとう。効果が出るかも分からないし、何よりどのような副作用が出てくるかも分からない。だからと言って、エクスフィアに侵食されて被験体を簡単に用意出来る訳でもない。つまるところ、ぶっつけ本番でやるしかないのだ。だが、それは元・研究員としてのプライドが許さないだろう。ましてこの男は、悪人ではないのだから。

 テーブルの上に置かれた粉薬を眺めながら、青年は足を伸ばしてズルズルと椅子に沈んでいく。この研究成果をプレセアに投与する決心は、暫く付きそうにない。かと言って悠長に過ごしている時間も無いだろう。プレセアのエクスフィアは、現在進行形で彼女を蝕んでいるのだ。

 

「……せめて要の紋の製造に詳しく知っておくべきだったか。いやぁ、まいったまいった……」

「…………」

「ああ、おはようプレセア。今日は随分と早起きだな」

 

 現在時刻、朝の四時。そんな時間に、十二歳の少女が寝室から姿を現した。勿論、青年の方は寝ていない。目の下の隈は相変わらずだ。寝起きの少女は男を一瞥すると、キッチンへと向かっていく。これから朝食でも作るのだろう。

 

「そう言えばプレセア。やたらと手紙が来てるけど読まないのか?」

「…………」

「……おーい、何も答えないなら触診するぞー?」

「……嫌です」

「そこは反応するのね……」

 

 プレセアは本当に、口数が少ない。子供とは思えない程に喋らない。その理由は分かりきっている事だが、割りとお喋りな彼からすると困ったものだろう。

 それはさておき、テーブルの上には粉薬とは別に大量の手紙が重ねられている。これは家のポストに溢れそうなぐらいに詰め込まれていたものだ。真っ白な封筒は綺麗な物で、裏にある蝋印は銀に光って派手である。差出人は全て同じ。少し丸っこい綺麗な文字で、アリシア・コンバティールと書いてある。そんなお手紙を、男は許可なく開いた。

 

「……なになに? 元気にしていますか? 奉公に出て二年は経ちましたが、私は元気です。ここでのお仕事は大変ですがブライアン様はとても良くしてくれて……。へぇ、奉公に出てるのか。プレセア、アリシアって子は誰?」

「…………妹、です」

「妹? …………ははーん」

 

 何が「ははーん」なのだろう。悪い笑みを浮かべた青年は椅子から立ち上がり、背もたれに掛けてあったボロマントを羽織る。実は悪人だったと言われても信じてしまいそうな悪どい笑みをした彼は、開いた手紙をテーブルに放り投げてから玄関へと向かう。

 

「んじゃ、今からこの子に会ってくるから。暫く帰らんと思うけど、お父さんの調子は良いからそのまま安静にさせといてくれ」

「…………」

 

 表情も、返事も無いがプレセアは振り返り、じっと男の顔を見詰める。何か言いたい事でも有るのだろうか。それとも、やっと居候が居なくなると喜んでいるのだろうか。どっちにしたって、今の彼女はその両方を顔に出すことは無い。

 

「……行きます」

「ん?」

「……私も、行きます」

「そりゃ歓迎だ。俺、森の抜け方知らないし。あと、アルタミラってどう行けば?」

 

 道も分からないくせに、何でこの青年は出掛けると言い出したのか。意味不明である。

 

「それと、父親はどうする?」

「……村の人に」

「それは俺が頼んでおくよ。戻ってくるまでに準備しといてくれ」

 

 そんなこんなで、二人はアルタミラへ向かうことに。しかしこの男、いったい何の悪巧みをしているのだろうか。

 

 

 青年が目指すアルタミラは、オゼットから南西の島に存在している。つまり、航路を取らなければならない。ということは船が必要だ。しかしオゼットは森の中にある村で、船なんて物は存在していない。なので二人は、まず船を手配するところから始めなければならない訳だ。その説明を受けた男は「飛んでいけば良いじゃん。あ、でも今は無理か……」などと訳の分からない事を言い出したのだが、プレセアはノーリアクションで陸地を進み始めた。なので、当然彼は少女の後ろを付いて行くことになる。

 獣の住まう森を難なく抜けた二人は、現在視界を遮るような物はない平原を歩いている。

 

「あの……ちょっ、待って……?」

「…………」

 

 森を抜けてから十数分も歩くと、青年がへばった。エクスフィアを付けていないとはいえ、随分と体力が無い。しかも寝不足だ。こんな調子で遠出しようとする辺り、何も考えていない事が丸わかりである。こんなんだから、年端も行かぬ少女に軟弱だと罵られるのだろう。

 先を進んでいたプレセアが足を止めて振り返った。すると背中に背負っていた斧を地面に突き刺し、それを背もたれとしてしゃがんだ。どうやら休憩を取るようだ。

 

「ふいーー。久々の運動は堪えるね……」

「……根性なし」

「んぐっっ」

 

 プレセアは、時折毒舌だ。そして青年は律儀に傷付く。それは二人の、数少ないコミュニケーションのひとつでもある。

 

「はーーっ。それで、あとどのくらいで着きそう? 三分ぐらい?」

「……二日」

「え、マジ?」

「…………」

 

 多分、プレセア一人なら目的地まで一日もかからないだろう。けど今は、体力なしの居候と行動を共にしているのだ。彼のへたれっぷりを見るに、あとどれだけの時間がかかるかは分からない。二日と言うのも、ただでさえ遅いこのペースが維持出来れば、という前提からだろう。

 結局のところ、この男が頑張らないと時間はかかっていく一方なのである。

 

「……はーーーーっ。おいそれと出掛けるなんて言うものじゃないな、うん」

 

 足を広げて座っていた青年は、いつもの気付けミントを口に放り込むと鈍い動きで立ち上がる。両腕を高く上げて体を伸ばすと、被っていたフードが脱げた。

 

「んじゃ、頑張って進もう。急げば一日ぐらいで行けるだろ?」

「……はい。急げばお昼には」

「そんなに早く付くの? じゃあ頑張るかーー」

 

 大きな欠伸をしてから、男は歩き始める。そんな彼を追うように、プレセアもまた立ち上がり斧を背負って歩き出す。すると、二人の後方から地面を抉るような音が聞こえてきた。何事かと思い振り返ると、数メートル程後ろにいつの間にか大きな猪が立っていた。森から抜け出して来たのだろうか、それとも森から追いかけて来たのだろうか。

 どちらにせよこの大猪は口から白い煙を出し、何度も前足で地面を擦っている。これから思いっきり走り出すと言わんばかりだ。

 

「……なんか怒ってない?」

「…………」

「お、背中に踏み跡。誰か踏んづけたのか?」

 

 巨体の背中に、何故か人の足で踏んづけられた後がある。プレセアが指差してくれなければ、男はそれに気付かなかっただろう。

 

「…………」

「え、俺あんなの踏んだっけ??」

 

 遡ること少し前、この青年は少し大きな段差を飛び降りる時に、この大猪を踏んでいたりする。まぁ、つまり。この猪は男に猛烈な怒りぶつけようとここまでやって来たのだ。

 

「え、いやっ、ちょっ……まっっ!!?」

 

 当然、猪に人の言葉が通じる筈もなく。怒り狂った獣はとてつもない勢いで駆け出し、真っ直ぐ青年の方へと向かう。

 一秒後、彼は宙を舞い背中から地面に激突するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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