星屑を見上げて 作:ねむみ。
青年はアルタミラに向かう為に、プレセアの案内の元、何もない平原を歩いている。空は暗くなり始め、そろそろ星が輝きそうだ。
オゼットを出て、半日。まだ二人は目的地どころか船着き場にすら辿り着いていない。理由は、男が軟弱者だからである。三十分も歩けば休憩を要求し、その度に三十分以上は足が止まる。あまりにも体力が無さすぎて、直ぐに息を切らしてしまうのだ。もうこんな男は放っておいてプレセア一人で歩いた方がよっぽど早く進めるだろう。しかし、彼女はそうしない。男が止まれば、律儀に足を止めて待っていてくれる。何より、今のプレセアにはやるべき事がひとつある。
それは、このだらしない軟弱者の監視だ。
「ぜーーっ、はーーーっ、あ゛ーーーっっ」
監視対象の男は、平原に倒れて空を見上げている。呼吸は乱れているし、額には汗が滲んでいる。時折どこからか流れてきてくれるそよ風がなければ、とっくに熱中症にでもなっていただろう。それにしてもこの男、体力が無さすぎる。エクスフィアを外して身体能力が低下しているからと言って、こうもバテ易いものなのだろうか。
なんにせよ、こんな調子だと船着き場に辿り着くのは夜遅くになってしまうだろう。
「……うぇっ、よくっ、疲れ、ないな……っ?」
「…………」
「無視、しないで、くれ……。寂しくなっ、てくる……だろ」
「…………」
「はい、じゃー、も、黙ってます……」
軟弱者に呆れて喋る気にもならないのか、プレセアは
そよ風とは言えないような一際強い風が吹くと、草原がざぁーーっと鳴く。すると少女は髪を押さえ、男は瞼を閉じた。
「…………、船着き場まで後どのくらい?」
「…………」
「……はいはい。じゃあ船が出なくなる前に着いておきますか」
大の字になって倒れていた青年が、鈍い動きで立ち上がる。マントに付着した土を払うこともせず、彼はゆっくりと歩き出す。体力の限界が近いのか、ふらふらとしていて危なっかしい。
そんな男の後ろを、プレセアは黙って付いて行く。何も映さない虚ろな眼が、彼の背中だけを凝視しているのは気のせいではないだろう。
それから二時間かけて、二人は船着き場に到着した。
■
海に接した船着き場は、波と風の音で騒々しい。空はとっくに暗くなり、星や月が輝いている。夜の潮風の中でプレセアはぴんぴんとしているが、青年はズタボロだ。目の前に船があるのに、しゃがみ込んで動こうとしない。指先ひとつ動かすことも出来ないらしい。
そんな二人の隣を、執事服の老人が通り過ぎていく。彼が向かうのは、停泊している大きくて豪勢な船である。きっとこの船が、アルタミラまで向かうのだろう。ならば、二人はこの船に乗るべきである。しかし青年がピクリともしない以上、動き出す船を見送ることになってしまう。旅路を急ぐのであれば、今すぐ動くべきである。
「……ちょっ、そこの、ひど……っ!」
「……何でございましょう。随分とみすぼらしいお方」
「……げほっ、うぇっ……。そのぶね、のせ、のぜて……」
「あれは客船ではありません。ブライアン家が保有する、プライベートな船でして」
「ぞ、ぞういわずに……。死゛ぬから、このこがっ……」
「それは貴方では?」
「い、い゛やっ、そんなことは……」
誰がどう見ても、死にそうなのは青年であり少女の方は元気そのものだ。そんな二人を見た老執事は眉間に皺を寄せ、疑うようかの目付きで男を睨む。
「……失礼ですが、そちらのお嬢様と貴方はどういった関係で?」
「……居候」
「なるほど、このような方が貴女の家に居候をしていると?」
執事の質問に、プレセアは頷いた。取り敢えずではあるが、彼女のお陰で青年が有らぬ疑いをかけられる事態は回避出来たと言って良い。
とは言え、まだ信用された訳ではない。執事は相変わらず疑いの目を向けてくるし、男は息も絶え絶えでまともな会話は出来ないだろう。
「居候なのは分かりました。それで、こんな時間にアルタミラに何の用が?」
「……アリシアって子に、会いに……。あと、公爵と取引がしたい」
いい加減息も整ってきたようで、青年の口調はいつものようになった。呼吸は未だに荒いままだが、コミュニケーションは取れる。体はピクリとも動いていないが。
「取引?」
「そ、取引。公爵が雇った使用人を助けたいっす。その報酬に抑制鉱石がふたつ欲しいんですけど」
「……話になりませんな。そのような
「これは戯言でも何でもない。プレセアと、その妹のアリシアが危険で、助けたいから、力を貸せって言ってんすよ」
その言葉は嘘か、真か。どうやらこの男は、アリシアを助けたいからアルタミラに行こうとしているようだ。
「…………」
「あっ、ちょちょっ、待って……! 話はおわってないんすよ!?」
これ以上浮浪者の話を聞くつもりはどこにも無いようで、執事は会話を止めて船へと向かう。どうやらこの執事はブライアン公爵と何かの繋がりがあるらしい。恐らくは公爵に仕えている筈だ。そんな人物との繋がりは、簡単に切る訳にも切られる訳にもいかない。ここで突っぱねられてしまっては、アリシアに会うことも助ける事も出来なくなってしまう可能性が高いからだ。
「これ以上喚くなら兵を呼びます。騒ぎにしたくないなら引き下がりなさい」
「いやいやいや、だからこのままだとアリシアが危ないんですよ。分かってるんすかそこんとこ」
「貴方こそ、自分が何を言っているかお分かりですか? レザレノカンパニーの警備は厳重です。命の危機など訪れませんよ」
「そんなもん、あいつ等ならどうにでもなるっすね。マジで悪い話じゃないから、ちゃんと聞いて欲しいんですけど?」
話は平行線となり、全く進まない。執事も青年もどちらも頑固であり、相手の話を聞くつもりが無いようだ。この調子だと、船に乗ることは出来ないだろう。ちなみにプレセアは黙り込んだままで、話に割って入ろうとはしない。
「……ジョルジュ。何を騒いでいる?」
執事のものでもなく、青年のものでもない声がどこからか聞こえてきた。ジョルジュと呼ばれた執事はその誰かの声が聞こえるなり船の方へ向き、頭を下げる。どうやらこの声の主が、彼の仕える主人のようだ。
「リーガル様。……いえ、何でもありません。ただの浮浪者の物乞いです」
船の甲板から身を乗り出して居るのは、青い長髪の青年だ。まだ二十歳にもなっていないようだが、身に纏う服や佇まいから身分の高さが窺える。流石は公爵と言ったところか。
「……そうか。もう船が出る。置いていかれる前に乗船しておけ」
「はい。リーガル様」
「ちょい待って欲しいっす。あんたがブライアン? ええっと、リーガルとか言ってたけど」
「……そうだ。私がリーガル・ブライアンだ」
「なら聞いてくれっす。近い内、アリシアが狙われる」
「……何? アリシアが……?」
ジョルジュとは違い、リーガルは青年の言葉に興味を示す。どうやら彼は、使用人の一人にご執着のようだ。ならば、まだ交渉の余地は有るだろう。こうして耳を傾けてくれたのだから、取り入ることが出来る筈。
「プレセアを知ってるっすか?」
「……アリシアの、姉と聞いている」
「この子がそのプレセアっす」
「冗談なら聞かんぞ。どう見ても姉には見えん」
その通り。プレセアの見た目は姉と言うには幼い。妹と言った方がまだ受け入れられただろう。しかしそれでも、プレセアはアリシアの姉だ。
「まぁそうっすね。見ての通り肉体は十二歳程度で止まってるっすから」
「……? つまりその子は、成長していないと?」
「話が早い。そう、この子はちょっとした病気でね。それを治すのに抑制鉱石が要る。あと、それを加工できるドワーフっすね。アリシアに迫る危険を教えるから、その情報と交換で抑制鉱石をくれっす。公爵なら、持ってんだろ?」
「……話に信憑性が無いな。ジョルジュ、行くぞ」
「そーーっすか。じゃーー、しょうがないっすね。この子もアリシアも助からない。その選択を、後悔するなよ」
ふらつく体で立ち上がり、青年はプレセアの手を引いて船着き場を後にする。もうブライアンに用が無いと言わんばかりだ。
「…………待って、ください」
船着き場を出ると、プレセアが立ち止まる。虚ろな瞳に光が宿っているのは、気のせいではないだろう。
「…………、どうした?」
「…………妹を……」
まだ、彼女の心は止まりきってはいないようだ。残された僅かな感情が男の触診を嫌がった時のように、プレセアの心は確かに揺らいでいる。妹に迫るであろう危機を、恐れている。
「ああ、任せろ。絶対に助けるから」
夜空を見上げて、青年は笑う。直接交渉だけでは飽きたらず、まだ何かをしでかすつもりらしい。
この物語は
プレセア14歳
アリシア12歳
リーガル19歳
でお送りしています。やっぱロリコンだと思うんですよリーガルさん。