星屑を見上げて 作:ねむみ。
ようやくアリシアの出番でございます。
感想評価ありがとうございます。
「うーーーん。髪降ろした方が可愛くない?」
「……邪魔」
「そう? 折角だし降ろしてみようか」
「…………」
リーガル・ブライアンとその執事のジョルジュに突っぱねられてしまった青年とプレセアは、翌朝アルタミラ行きへの船に乗り込んだ。そして現在、レザレノカンパニーの更衣室に潜入している。理由はひとつ。社内を自由に動き回るために変装がしたいからだ。途中、二人を不審に思った社員二名は不幸にも気絶させられてロッカーの中に押し込まれてしまった。
そんなこんなで、現在プレセアは更衣室に置いてあった小さなサイズのメイド服を着ている。何故メイド服なのかと言うと、他に選択肢が無かったからだ。因みに青年は、誰かのスーツと白衣を着て長過ぎる髪を頭の後ろでひとつに纏めている。妙に尖った耳が丸見えだ。白濁した左目も、色の薄い青い右目も今はハッキリと見える。普段は長過ぎる前髪で隠れているが、顔立ちは悪くない。
「……返してください」
虚ろな瞳が、青年を睨む。彼の手には、普段プレセアが使っている髪紐が握られている。いつの間にか、彼女の髪紐を解いたらしい。
「えー、良いじゃんか。折角長いんだし、降ろしてた方が」
「…………」
「分かった。分かったからそのナイフしまってくれる? 怖いから」
ナイフを突き付けられた彼は、素直に髪紐を返した。今のプレセアは斧を背負ってはいない。それは潜入する前に、宿屋に置いてきた。ここには戦いに来た訳でも、きこりをしに来た訳でもない。故に、斧は不要なのである。当然、彼も木剣は置いてきている。
「じゃ、まずアリシアを探して事情を話そう。納得して貰えなかったら強引に連れ帰る事も視野に入れて……、それまでは目立たないように。分かった?」
「……はい」
「よし。行こう」
これからの作戦を決めた二人は、幾つものロッカーが並んでいる更衣室を後にする。廊下に出た男は周囲をキョロキョロと見回しながら歩いており、何だか怪しい。プレセアは普通に歩いているから、部外者から見ればただのメイドにしか見えないだろう。もし通りすがりの社員に不審におもわれたら、間違いなく彼のせいだ。
長い廊下を歩くこと数分。二人は先程出た更衣室の前に戻ってきた。どうやらこの廊下は円を描いていて、行き止まりは無いらしい。
「……うん。迷った」
「…………」
否である。別に二人は迷っていない。ただ丸い廊下を端から端まで移動しただけである。この男、あまり頭の回りがよろしくない。こんな調子でよく研究員をやっていられたものだ。
「あの〜〜」
白衣姿の青年に、メイド服なプレセア。そんな二人に後ろから話しかけたのは、メイド服を着た少女だった。年の頃は十二歳ぐらいだろうか。背丈なんかはプレセアよりも高い。切り揃えられたピンク色の髪は綺麗なもので、プレセアにそっくりだ。まるで、姉妹のように。
「ん? 君は?」
「えっと、ここで奉公させて貰ってるアリシア・コンバティールです。お二人は、今日からレザレノカンパニーで働く新入社員の方ですよね?」
どんな偶然だろうか。二人が探していた人物が、誰かと間違えて二人に話しかけてきた。何はともあれ、これで目的は達したようなものである。変装をしてまで、社内をうろつく必要はもう無くなった。後はこの少女を、騒ぎを起こさずに連れ出せば良い。その為には、しっかりと事情を説明する必要があるだろう。
「あーー、えーーっと。そうなんすよ。今日が初めてだから道に迷っちゃって。リーガ……ブライアン様に是非とも挨拶しておきたいんだけど、居場所分かるっすか?」
何のつもりだろうか。もう目的は達成しているようなのに、男はリーガルとの接触を図っている。既に顔が割れている二人が彼と出会ってしまったら、騒ぎになることは必至だ。そんな事も分からないほど頭が回っていない訳では無いだろう。何かしらの理由がある筈だが、その理由は今のところ彼にしか分からない。
「……アリシア」
「はい。何で、すか…………。ぇ?」
「アリシア」
「お、お姉ちゃん……!?」
プレセアは、アリシアを抱き締めた。久しぶりに妹に会えたからだろう。感情の殆どを喪失してしまっていても、家族に対する愛情はまだ消え失せてはいないようだ。しかしアリシアの方は、混乱しているようだ。それもそうだろう。なにせプレセアは、全く成長していない。下手をすると、最後にアリシアが見た姿と何も変わっていない筈。
これっぽっちも変わっていない姉が、メイドの格好で自分を抱き締めている現実にアリシアの脳は追い付いていない。
「えっ、な……何で? どうして、あの時のまま……!?」
「…………」
「うっ、くっ、苦しいよお姉ちゃんっ。ちょっと緩めて……!?」
「…………」
「痛っ!? いたたたっっ!!?」
姉に思いっきり抱き締められている妹は悲鳴を上げるが、体に回された両腕は力を緩めたりしない。今のプレセアの腕力は、身の丈程の斧を軽軽と振り回せるぐらいに強化されているのだ。そんな力で思いっきり抱き締められたら、苦しいのは当然である。
「プレセア、感動の再会はそこまでにしよう。それは後になっても出来るから」
「……はい」
「っっぶはっ!? せ、背骨折れちゃうかと思った……っ」
力強いハグから解放されたアリシアは、涙目だ。余程痛かったのだろう。ひとまず自由の身になった彼女は胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、平静になろうとしている。
「……ほ、本当にお姉ちゃん……? だって、あの頃と何も……」
「それについては詳しく話すよ。でもその前に、どこか人目の付かない所に案内してくれると助かる」
「……え、えっと……それでしたら……」
何故か幼い姿のままの姉。その隣には人間とは思えぬ見知らぬ青年。普通なら警戒してしまいそうなものだが、アリシアはすんなりと男の言う事を聞き入れる。とても信じがたい事態を目の当たりにした彼女だが、どうやら姿形が変わらずともプレセアが自分の姉だと認識出来ているらしい。だからこそ、この異常事態を詳しく知りたいのだ。見知らぬ男と変わらぬ姉と、三人きりになったとしても。
■
「い、今お茶を淹れますね……?」
「あ、お構い無く。用件を伝えたらここを出るし」
「…………」
アリシアに案内された二人は現在、アリシアの個室にやって来た。最低限の家具だけが置かれた部屋だが、広さは中々だ。奉公に出てきた子供が過ごすには、十分すぎるぐらいに。そんな部屋で、青年だけは勝手にくつろいでいる。プレセアはと言うと、アリシアの隣を離れようとしない。部屋主の許可も得ずにベッドに座っている彼は、これまでの疲れを実感したのか大きな溜め息を吐いて仰向けに倒れた。
「そ、それで……どうしてお姉ちゃんはこんな感じに……?」
「ん、まずその事についてなんだけど」
柔らかいベッドから体を起こした青年は、ひとつ前置きを置いて深々と頭を下げる。するとアリシアは、目を丸くして固まった。
「すまない。君のお姉さんがそうなったのは、俺のせいだ」
「……それは、どういうことですか?」
「ある組織が、人体実験をしていてね。彼女はその被験者になった。んで俺は、その組織の研究員だった」
「…………っ、それは……」
「それで、組織から逃げ出した矢先に君のお姉さんに出会ってね。俺は彼女を元に戻すって決めた。半分はその為に、ここに忍び込んだ」
これまで何が有ったか。そして何が目的か。青年は頭を下げたまま、アリシアに包み隠さず全てを吐露していく。
「……残りの半分は……?」
「君を助けるためだ。ここに居たら危険だ。俺達と逃げてくれ」
「それは……出来ません」
「どうして?」
「私はここで奉公しています。お父さんと、お姉ちゃんの為に……。だから」
「だとしても、俺達と逃げてくれ」
「……でも……」
一緒に逃げてくれと迫られて、はいと頷ける筈が無い。目の前の青年を信用することだって出来ない。これから自分の身にどのような危険が訪れるかも分からないし、そもそも彼の言う事が本当かどうかすら分からないからだ。この場に置いて唯一信用出来るのは姉のプレセアだが、その姉も様子がおかしいと来た。
「その男の言う事を聞く必要は無い」
部屋の扉が開く。現れたのは、警備兵を連れたリーガルだった。