「……にしても、急に降ってきたなー」
「今日は晴れの予報だったんですけどね……」
「一応聞くけど紅音傘持ってる?」
「すみません、持ってないです。伊鈴くんも……持ってないですよね」
「うん、ちなみに貸出傘も無くなってた」
高校生活にも慣れてきた6月中旬のある日の昼休み、俺と紅音は教室の窓の前に並んで急に大雨が降ってきた空を見上げていた。他にも何人かの男女が俺らと同じように空を見上げている。梅雨の時期は折り畳み傘の需要が高すぎて乾かすのが間に合わないんだよな……放課後までに止めばいいけど……
「ぜーんぜん止んでねぇな……むしろ強くなってない?」
「何でも台風が近づいてきてるらしいですよ、部活もお休みだって」
「なるほどねぇ……」
台風とか本来もう少し夏に来るものじゃん……梅雨の時期に来るなよ、空気読め!
「でもどうしましょう。止むの待ってみますか?」
「うーん、台風が近づいてきてるんじゃ止みそうにもないよなぁ。そうなると走って帰るのが一番か……?」
「うっ……ですよね……はぁ……」
この辺にビニール傘とか買えそうなところないからなぁ……走って帰るのが一番いい気がする。ただ紅音がなぁ……雨に濡れると露骨にテンション下がるんだよな。それで人に当たったりするってわけじゃないけど……うーん、よし!
「とりあえず紅音これ被っとけ」
最近はまだ気温が低くて上着着てたのが幸いしたな。多少の撥水性もあるし家までくらいなら大丈夫だろう。
「え!でも悪いですよ!伊鈴くんが濡れちゃいます!」
「いーって、いーって。こういう時くらいカッコつけさせろ」
というか俺の精神衛生上紅音には濡れずに家に到達して欲しい。濡れた紅音は色々とヤバいのだ。色々と。
「……分かりました!お借りしますね!」
「よろしい、とりあえず俺の家のが近いから一旦そこ寄ろう。傘貸すよ、そこで」
「はいっ!じゃあ行きましょう!」
俺の家まで全力で走って約10分。果たしてこのバケツをひっくりかえしたような豪雨の中、紅音を濡らさずに帰れるのか……!
無理でした。いや、上着の撥水性は流石のものだった。普通の布のような素材なのに下手なレインコートよりも弾いていたんじゃないだろうか。ただ道中で出会った荒々しい運転のあの車!俺が大部分を被ったとはいえ少なくはない水が紅音にかかってしまった。そんなこんなで何とか辿り着いた俺の家の玄関で2人して座り込んでる訳だが……
「ん………ふぅ………」
雨の中、10分程度とはいえほぼ全力でダッシュしてきたため互いに息が上がっている。加えて全身を濡らした紅音は普段とは完全に異なる物憂げな雰囲気を纏っており……正直に言おう。かなりクラっとくる雰囲気だし、見てはいけないと思ってはいても自然と視線が吸い寄せられてしまう。
「ん……どうしたんですか、伊鈴くん。そんなに見てきて、何かついてますか?」
「へ!?え、あ、何でもないです、ハイ」
ヤバいヤバい。女性は男が思ってるより男からの視線に敏感ってホントだったのか……
「……ひょっとして、私に見蕩れてたんですか?」
え゛っ……
「……なーんてウソd「……ハイ」えっ……」
「「………………」」
なんとも言えない沈黙が玄関を覆う。あー、やった。やってしまった。完全に引かれてますね、これは。いや、言い訳じゃないけど言わせてくれ。俺だって健全なる男子高校生なわけで?いくら将来的なことを考えてそういうことはしないようにしているとはいえしたくないという訳ではなく?こんな状況になったら自然と見蕩れてしまうのはしょうがないと思います!(完全なる言い訳)
「……えぅ……あの、伊鈴くん。伊鈴くんはその……こういう雰囲気の女の子が好きなんですか?」
え?……あ、なんか分かった。えーっと……
「えっと紅音。その、ね?見蕩れてたのは紅音だからであって、物憂げな雰囲気の女の子なら誰でもいいってわけじゃないし、普段は明るい紅音がたまにああいう雰囲気を出すっていうギャップがいいって言うか……」
いきなり何口走ってんの!?違うじゃん!そこまで言う必要ないじゃん!!ただ俺が性癖を暴露するという恥を背負って放った言葉は紅音にクリーンヒットしたらしく、
「そ、そうなんですか!……やっぱり男の子って……」
何とか無罪を勝ち取れたっぽい。やっぱりあれだな、甘えを見せちゃダメだな。頼れる存在でいないと紅音も安心しないだろう。うん。
「伊鈴くん、私そろそろお暇しますね。傘お借りします」
「あっ、うん!持ってって持ってって。何なら送ってこうか?割と暗くなってきてるし」
「あ、大丈夫で…………いえ、お願いします!!」
「……?おっけー、行こうか」
「はいっ!」
送ってくって言っても5分も無いんだけどな。でも最近は不審者の目撃情報なんかも聞くし注意しすぎるに越したことはないだろ。
その後、特に何事もなく紅音の家に着いた。
「あ、ここまでで大丈夫ですよ。ありがとうございました!」
「どういたしまして。じゃあまた明日、学校で」
そう言って振り返ったんだが
「あ……」
後ろから紅音の名残惜しそうな声が聞こえ、再び振り返る。
「……?紅音?んむっ!?」
どこかデジャブを感じる唇に当たる感触。驚き、見開いた目に入ってきたのはあの時とは違い、どこか不安に揺れているような表情で……
「ん………あの、今はこれくらいしか出来ないですけど……これからも一緒に居てくれますか?」
唇から温もりが離れ、広がった視界に写り込む紅音の手は何かに怯えるように震えていて…………ああ、そういう事か。最近クラスで急増しているカップル、普段ああいうタイプの冗談を言わない紅音が聞いてきた見蕩れているのかと言う質問、普段紅音にあまり見蕩れることの無い(客観)俺が今日に限って紅音に見蕩れたという事実、そして今はこれくらいしか出来ないという言葉。……わかったけどこれ言うの?いや、まぁ……言うけど。
「あー、紅音。別に俺は
どうやら俺の回答は花丸満点だったらしい。驚愕に見開かれた紅音の目は数瞬後には溢れんばかりの歓喜を浮かべ、そのまま飛びついてきた。
「わっ!……とと」
「…………伊鈴くんっ…………!」
言葉を並べるだけでは溢れんばかりの想いを伝え切れないとばかりに強く、強く抱きしめてくる紅音を抱き締め返しつつ思う。
(抱きとめる時に数歩下がったせいで背中にめっちゃ水滴入ってくるなぁ……)
……こんなことでも考えてないととてもじゃないが耐えられそうにない……
「……落ち着いた?」
「はいっ!すみません、いきなり抱きついちゃって」
「いーって、いーって。こういうスキンシップは大歓迎ですとも。……俺の方もごめんな、気づいてやれなくて」
「いえいえいえ!私が勝手に思ってただけなので!伊鈴くんが謝ることじゃ!」
「いやいやいや……って永遠に終わらんな、これ。まぁじゃあこれからはー、そのー、互いに甘える頻度を上げるということで……」
何これ、めっちゃ恥ずかしい……
「はいっ!伊鈴くんもどんどん甘えてくれていいんですよ!前々から思ってたんですけど、伊鈴くんは全然甘えてくれませんから!頼り甲斐があるのはいいんですけど、私は彼女ですから!存分に甘えてください!!」
んん゛っ……なんというか甘え方が分からないんですよ、紅音さん?
「ぜ、善処します……」
「楽しみにしてますよ?じゃあまた明日学校で!」
「うん、また明日。バイバイ」
結局次の日2人とも風邪ひいて学校休んだし、その次の日に学校行ったら紅音は女子たちに拉致されて行ったし、俺は男子に囲まれて怨嗟の視線とグッジョブサインを送られた。何やねん、マジで。