龍ノ忍×蛸ノ忍   作:ゆくゆく

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筆が乗ったので更新です。


"彼女"の意味

 ◆ 文化祭2日目

 

 今日もうちの店は朝から盛況である。大量にくる生徒生徒生徒……たまに教師混じってるのどういうことだ。仕事しろ、仕事を。とはいえこのくらい忙しい方がありがたい。……会話をしない免罪符になるから。昨日から俺と紅音の間には会話はない。互いにどこか遠慮し合う、中学校の頃を思い出すような微妙な距離感。もちろん紅音のせいでない事くらい分かっている。俺の子供じみた価値観のせいだ。だが、分かっているからと言ってそう簡単にどうこうできるものでもないわけで……おっと。

 

 「いらっしゃいませ!2名様ですか?」

 

 思考は常に紅音のことを考えていても身体は完璧な接客を果たす。よく言えば動きが最適化されている状態であり、……悪くいえば慣れたことで注意力や判断力が薄まっている状態である。故にこそ…………事件は起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は12時過ぎ。朝から数時間に及ぶ連続労働。自分から志願したとはいえなかなかにブラックな働きっぷりだ。……少し疲れてきたかな。客数も減ってきてるし次の交代で代わってもらうか…………ん、

 

 「いらっしゃいませ!1名様ですか?」

 

 「…………ぐふふ、う、うん。そうだよぉ……」

 

 目の前の客が放つオーラはまともな思考状態をしていればひと目でわかる程のヤバさであり……しかし連続労働による疲れと思考がトビまくってることによる判断力の低下は俺から危機管理能力を欠如させていた。

 

  「ではこちらの席に……っ!?」

 

 気づいた時にはもう遅く、俺の全身は後ろからの抱きしめにより完全に拘束されていた。

 

 「……え、なん…………え?」

 

 しかし未だに思考は遅く、口から漏れるのは意味をなさない単語の羅列で……

 

 「ぶふふふふぅ……つーかまえたぁー……君可愛いねぇ……」

 

 「ぴゃっ」

 

 耳元に息を吹きかけらながら話しかけられたことで生まれる全身を貫く嫌悪感。それと共に全身をまさぐられる不快感。今までに感じたことの無いような感情が全身を襲い抵抗する気力を奪っていく。

 

 「うふふふふ……抵抗しないってことはぁ……君も満更じゃないのかなぁ……?」

 

 「……うぁぁ」

 

 そんなわけあるか!と、叫ぼうとしても口から出るのは弱々しい呻き声だけ。ああ、なんて無様な姿だろうか。必ず守ってやると言っておきながら、彼女の心一つ満足させてやることも出来ず、痴漢一人撃退することも出来ない。あまりの不甲斐なさに涙が出てきそうだ。

 

 「ぐふふふふ……青野ちゃんっていうのぉ……?可愛いねぇ……今にも泣いちゃいそうで……ぐふふふふふふぶっ」

 

 何か固いものに固いものが当たる音がし、男の拘束が緩む。すかさず誰かが俺の手を引き男から引き剥がしてくれる。

 

 「だ、大丈夫ですか!伊鈴くん!!」

 

 …………実に惨めだ。うだうだと自分のことばかり考え、その結果起こしたトラブルに自分一人で対応することも出来ずにあまつさえ守るべきと決めた人に助けられる。なんだこれは。因果応報とでも言うのだろうか。

 

 「な、何するんだぁ!ぼ、ぼくはお客様だぞ!?」

 

 「うるっさいわね、あんたなんか客なわけないでしょ!?直ぐにでも警備員さんが来るから覚悟なさい!」

 

 夢花の声も聞こえる。だらしないところを見せてしまった。それではダメなのに。俺は頼られる存在で居なくてはならないのに…………

 

 「紅音さん、お兄ちゃんをお願いします。ここは私が」

 

 「え、ダメですよ!夢花ちゃんはお客様なんですから

!店員の私が……」

 

 「何この惨状……って思ったけどとりあえず紅音は青野についてあげて。ここは私が対応するから」

 

 「透子ちゃん!……うん、お願い!行きましょう、伊鈴くん!」

 

 何も出来なかった罪悪感、人前で無様をさらしたことに対する恥、嫌われるのでないか…………いや、()()()()()()()()()()()()()()()ということに対する焦燥感。無数の感情に縛られた俺の体は無意識的に紅音について行く。

 

 

 

 

 

 

 

 「……うん、ここなら大丈夫ですね。……えっと伊鈴くん、大丈夫ですか?体に異変があったりとかは」

 

 何か言う気力もなくただ首を力なく左右に振る。

 

 「そうですか、良かった……」

 

 安堵の言葉と共にこちらに伸ばされた手を俺は……

 

 「……や……」

 

 短い言葉に拒絶の意志を乗せ、身を引いて躱す。

 

 「あ……」

 

 空を切った手はそのまま下ろされ、沈黙が部屋を満たす。一心に俺のことを考えてくれている少女の献身すら無碍にして黙りこくることのなんと残酷なことだろうか。……もう…………消えてしまいたい。

 

 「伊鈴くん…………」

 

 「辛いことがあるなら、言いたいことがあるなら、全部全部言ってください。どんな内容でも絶対に伊鈴くんを見捨てたりしませんから……」

 

 懇願するようにこちらに声をかけてくる紅音。だけどダメなんだ。それじゃあダメなんだ。見捨てられるとかそういうんじゃない。()()()()()()()()()()()()()。自分のことを守ってくれる存在が自分と大差ない弱々しい存在だと知ったら?庇護される者は不安で仕方ないだろう。だから……ダメなんだ。俺にとっては(夢花)彼女(紅音)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 。

 

 ふるふると弱々しい拒絶の意志を込めて首を振るう。俺の事を思うのならば今すぐにでもここから出ていって俺を1人にして欲しい。言う勇気もないのに、そんな自分に都合のいいことばかり頭の中で考えてしまう。

 

 「……何でですか……」

 

 「なんで何も言ってくれないんですか!私はっ……私は伊鈴くんの友達でも、仲間でも!妹でもないんです!!ずっと後ろにいて守られるだけの存在じゃない!あなたの横に立って互いに助け合える存在でいたいんです!!だって私は…………伊鈴くんの彼女なんですよ……?」

 

 ズキンと深く心に刺さる慟哭。紅音のためを思って、紅音が幸せでいるため、紅音が、紅音が…………そんな想いが否定されたようにも聞こえる言葉。だけど、何よりも、誰よりも紅音の心を踏み躙っていたのは他の誰でもない俺自身なのだろうか…………

 

 「私は伊鈴くんに守られると大切に思われてるんだなって心がポカポカします。伊鈴くんに抱きつくと心がきゅーってなって、でもほわほわします。それに伊鈴くんと一緒にいるのは……とっても楽しいです。伊鈴くんはどうですか?」

 

 そんなの…………

 

 「楽しいよ……楽しいに決まってる……!でも!頼られる存在でいないと……俺は……!」

 

 ふわりと優しく紅音に抱きすくめられる。それは今までの親しい友人にするような抱きつき方ではなく、母親が泣いている幼子を抱きしめるようなもので…………

 

 「よしよし……大丈夫ですよ。伊鈴くんは良い人です。頼れるところだけじゃない、頼りないところもぜーんぶが愛おしい大切な人です。ちょっと疲れちゃいましたよね……今も、これからも、私の前では存分に休んでいいんですよ?」

 

 優しく慈しむように頭を撫でられ…………幼い頃の記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 あれは……確か小学生の頃。人との交流を断たんとし、でもそれに耐えられずに無意識的に救いを求めて母さんの病院を訪ねた。起きていることの方が珍しかったあの頃。病室の扉を開いたら偶然にも母さんは起きていた。

 

 色々な感情が溢れ、駆け寄った俺を優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。細かい会話はもう忘れてしまったけれど、最後に言ってくれた言葉は……今なら思い出せる。

 

 『伊鈴。将来あなたに大切な人が出来ても決して夢花に接するように接しちゃダメよ?夢花はあなたにとって守るべき家族かもしれない。でも、あなたの大切な人はあなたが守るだけの存在じゃない。互いに支え合う人。……ああ、今は分からなくてもいいわ。そういう人ができた時に思い出してね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故今まで忘れていたのだろうか。きっと俺の心は自分で思っていた以上にいっぱいいっぱいで…………だから頬に一筋流れた雫をもう止めることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………んん………………」

 

 あれ?今日は確か文化祭。なんで俺は寝てるんだ?それに枕なんて上等なもの学校にあったか?……待て待て、一つずつ思い出していこう。昼頃に喫茶店に変態がやってきて、紅音と夢花に助けられて、それで………………

 

 「にゃああああああああぁぁぁ!?!?!?」

 

 悲鳴とともに思いっきりはね起きる。え、え、ええぇぇえ!?ひょっとして、紅音に泣きついて寝落ちした……?てことはあの枕ってのは……ぷるぷると震えながらゆっくりと後ろを振り向く。

 

 「えへへ……おはようございます、伊鈴くん」

 

 やや照れながらも満足気な表情で笑いかけてくる紅音。……なるほどなるほど。自害案件か。

 

 「拙者、自害いたす」

 

 「なんでですか!?」

 

 ちくしょう、止めるなぁ!女の子に泣きついた挙句寝落ちって!寝落ちってぇ!!

 

 「うう……紅音ー、紅音さーん、紅音さまー」

 

 9割9分地雷案件だろうが……聞かねばならない。

 

 「はいっ!なんですか、伊鈴くん!」

 

 なんでそんなつやつやしてるんだよう……

 

 「そのー、えーっとですねー…………ど、どう思った?」

 

 「……?何をですか?」

 

 ぐぬぬ……言わなきゃダメか……

 

 「その、だから…………女の子に泣きついたうえ寝落ちまでしたわけじゃないですか……その、恥ずかしいやつだなとか……思ったりしてません?」

 

 何となく敬語になってしまう。ゴリッゴリにやましいことがあるからね、しょうがないね!……うう。

 

 「……ふふ、伊鈴くんは心配性ですねぇ。そんなに私に嫌われたくないんですか?」

 

 なんだ、この圧倒的余裕さ!紅音はもっとこう……幼い感じだったじゃん!

 

 「あ、当たり前じゃん……」

 

 「大丈夫ですよ、嫌いになんかなったりしません。むしろ子供っぽいところが見られてもっと好きになりました!」

 

 ふえぇ……紅音が急に成長してるぅ……女の子は成長が早いって言うけど早すぎません?

 

 「ほら、行きましょう、伊鈴くん!もう少しで後夜祭ですよ?」

 

 ……俺どんだけ寝てたの?……ああ、でもすごくスッキリした気分だ。きっと今日この瞬間、俺は初めて紅音のことを彼女として認識できたんだろう。

 

 「うん……ねぇ、紅音」

 

 何かあるのかとばかりに疑問符をうかべこちらをみる紅音に最大限の笑顔で笑いかける。

 

 「ありがとう……大好きだよ」

 

 きっとこの先また間違えることがあるかもしれない。紅音を傷つけてしまうことがあるかもしれない。でもきっとまた俺たちは笑い合えるだろう。なんせ俺たちはカップル(互いに支え合う存在)なのだから。

 

 

 

 




めっちゃシリアスだけどこいつら今2人ともチャイナ服ですからね。
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