俺は多分間違えてない   作:まっuk

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第1話

「昨日、貴方が逃がした子です。」

 

そう言って彼女は俺の前にまだ少年と呼べる位の小さな男の子を突き出した。

周りを取り囲む兵士達の声が少し大きくなる。

戦の後、皆を集めて個人を聖女の前に立たせるなど普通は表彰しかないからだ。

それがどうも違うらしい。

兵士達が騒ぐのも無理はない。

 

「この子は不遜にもこの聖女である私に石を投げつけました。そして、それを貴方は逃がした。」

 

彼女の淡々として、それでいて問い詰める様な口調に俺の心臓はバクバクと鼓動する。

どうしてバレた?

 

「暴かれない筈はありません。私は聖女、全てを見通す事ができるのです。ナルア、貴方の事なら特にね。」

 

俺の考えを見透かした様に言葉を続ける聖女。

そしておもむろに彼女は腰の鞘から剣を引き抜いた。

 

「私は寛大です。一度の過ちは許しましょう。私と貴方の仲なのですから…」

 

聖女は手にした剣を地面に突き立て指を離す。

これを持てという事だ。

 

「さぁ、ナルア、その剣で小さき罪人の首をはねなさい。そうすれば今回の事を無かった事にします。」

 

俺は言われるがまま突き立てられた剣を抜く。

柄にはまだ彼女の手の温もりが感じられた。

刃に「帝国に神征の加護あれ!」と刻まれた長剣。

彼女を…聖女を象徴する聖剣だ。

この剣を握る事が許されるのは彼女に付き従う騎士にとって大変名誉な事に違いない。

だが、今はそんな風には感じる心の余裕は無かった。

 

(どうしてこんな事になってしまったんだ…!)

 

剣を握る指が震える。

視界は何だかグニャリと歪んで見え、額からは変な汗が噴き出した。

昨日、聖女の指揮する神征で攻略した都市。

固く塞がれた城壁を突破し、戦いは我々の勝利に終わった。

そしてその都市の略奪の最中、せめてもの抵抗と聖女に石を投げた子供がいた。

すぐに捕らえられその処分は聖女から直々に俺に任された。

だが相手は年端のいかぬ少年。

父親は俺達によって殺され、母親は兵士達に嬲られた憐れな被害者だ。

俺はその子供をこっそりと逃がしただけなのに…。

 

「ナルア何をしているのです?今さら子供の一人や二人どうという事は無いでしょう?昨夜、この都市の城門を突き破り我々を先導したのは他でもない貴方ですよ?」

 

剣を抜いたまま動かない俺にそう催促する聖女。

眼前の少年と目が合う。

歯は恐怖でガチガチと鳴り、目は涙で潤んでいる。

助けて!

少年の二つの目はそう俺に訴えかけていた。

二度の催促にもかかわらず、それでも剣を振り上げない俺に聖女はそっと歩み寄る。

そして、満面の笑みを浮かべながら耳元で小さく呟いた。

 

「ナルア、私の為にその子を殺して?ねっ?」

 

内緒話をする様に、回りに聞こえない様に、子供がお願いする様に、彼女は小さく囁く。

その時だけは聖女ではなく俺のよく知る昔の彼女みたいだった。

 

「変わったなアミズ」

 

俺は短くそう応えた。

 

「…目覚めたのです帝国の聖女として」

 

久し振りに本名で呼ばれ一瞬、聖女は動揺して見せたがすぐに顔をいつもの澄ました顔へと戻した。

 

「ナルア、皆も待ちくたびれています。速く処しなさい。」

 

三度目の催促。

次はもう無いだろう。

 

「あぁ、解ったよっ…!」

 

聖女は俺から距離を取る。

その綺麗な軍服を少年の血で汚したくないようだ。

指にこめる力を強め聖剣を振りかざす。

剣は太陽光を反射させ神々しい光を辺りに放射した。

おぉっと周りの兵士が歓声を上げる。

剣を握っている俺でも解る位、その輝きは神秘的だった。

刻まれた文字列以外は一つの錆も、傷も、歯こぼれもない白刃。

 

「ヤルストヴァ帝国に栄光あれっ!」

 

そう怒鳴ると俺はそのまま地面に聖剣を打ち付けた。

金属が割れる音が辺りに響く…俺は聖剣を叩き割ったのだ。

 

「あぁっ!ナルア!どうしてっ!?」

 

アミズは目を丸くする。

聖剣を折られた事よりも俺が言う事を聞かなかった事に驚嘆している様子だ。

 

「どうして私の言うことが聞けないの?」

 

信じられない物を見る様な目で俺を見る聖女。

もしかしたら、俺が彼女の言うことに背いたのはこれが初めてかもしれない。

 

「すまないアミズ…もう俺はお前についていけない、俺はこの戦いから抜ける。」

 

「…っ!?」

 

アミズは俺から放たれた言葉に絶句すると、手から魔法の炎を産み出した。

 

「そう…なら立ち去りなさい、代わりに私が処しましょう。」

 

アミズは少年を睨み付けるとその炎を放つ。

少年はあっという間に青い炎に包まれた。

何度となく見た彼女の炎魔法。

詠唱もせず手を動かすだけで対象を灰に変えてしまう。

悲鳴を上げる間もなく人間をすぐに灰にするなど、並大抵の魔法使いでは不可能だ。

この膨大な魔力こそ聖女の聖女たる所以である。

 

(もう、帰ろう…。)

 

炎熱によって上昇した風に運ばれ、先ほどまで少年だった白い灰は天に召されるかの如く空へと運ばれていく。

俺はそれを尻目に踵を返した。

彼女は変わってしまった。

もう一緒にはいられない。

幸運な事に背を向けた俺がアミズの魔法で灰になる事はなかった。

 

────

 

聖女様の神征、8つ目の都市を占領!

 

「流石聖女様だ!」

 

「ヤルストヴァ帝国バンザイっ!」

 

教会に張り出された壁新聞に書いてあるのは今日も聖女の神征についてだった。

通りかかる人々は皆、壁新聞を覗くと歓喜の声を出し笑いあう。

新聞によると神征は順調に隣国の土地を蹂躙している様だった。

二年前、俺が聖女アミズに逆らい離脱した神征だ。

それは帝国に千年も前から伝わる伝統行事。

数十年から百年に一度、帝国領内に莫大な魔力を持った子供が産まれる。

男なら勇者、女なら聖女と呼ばれるその子供を帝都の宮殿に招聘して教育し、成長した所でその人間を筆頭に他国へ十年にも及ぶ軍事進行を行うのだ。

莫大な魔力を持ち戦術レベルの魔法をいくつも使える勇者、聖女は訪れた先の村、都市、要塞、その全てを粉砕する。

神に祝福され産まれた彼等の侵略は、全て神聖かつ正義の為の戦いである。

その考えを基に実施される神征は神とは名ばかりで、実際は一方的な虐殺と略奪だ。

そしてこれが我がヤルストヴァ帝国に利益をもたらすのである。

昔話や神話の中では神征は魔王に立ち向かう正義の戦いと描かれており、帝国の国民はそれを未だに信じている。

かつては俺もそうだった。

だが、俺は現実を見てしまった。

だからこそこうして今、俺、ナルア・アズナンは帝都に帰ってきた。

 

「ナルアっ!私、聖女様になれるみたい!」

 

聖女アミズからそう告白されたのはもう10年も前の事。

アミズが現人神として見いだされる前、俺と彼女はいわゆる幼なじみの間柄だった。

同じ帝都の下町に同じ時期に産まれ、12歳になるまで隣人として一緒に過ごした。

昔から大人びていて賢く、やけに魔力が高いとは思っていたがまさか聖女の素質を持っていたとは思わなかった。

子供ながらアミズに惹かれる所があった俺は宮殿から来た迎えの馬車に乗りこむ彼女にこう言ったのだ。

 

「俺、絶対、神征に参加できる様に頑張って勉強なするからなっ!待っててくれ!俺はアミズの騎士になる!」

 

「うん待ってる!ナルアが私の騎士になったらそれって昔話と同じだねっ!」

 

 

帝国史上初めての神征を行った勇者は側近の騎士として常に幼なじみの親友と行動を共にしていた。

俺と彼女の少年期最後のやり取りはそれを踏まえて会話だった。

そして俺は約束通り苦学し、遂に彼女の直系の兵士に成り上がる事ができたのだが…その後はさっきの通りだ。

アミズは宮殿の教育を受けて変わってしまった。

より聡明に、より気高く、より強く、そしてより残酷に…。

 

「はぁ…」

 

俺は壁新聞を見ながらそうため息を一つ吐くと人目を避ける様にその場から去った。

家に戻ると郵便受け一杯の手紙が俺を迎え入れる。

いくつかの便箋だったり封筒は入りきらずに郵便受けの入れ口から溢れ出てきてしまっていた。

もう見慣れた光景だ。

俺はその郵便物の束を抱え込んで家の扉を開けた。

家に帰ってそうそう、またため息がでてしまう。

この手紙の殆ど全ては俺への苦情なのだ。

 

「聖女を裏切り恥を知れっ!」 「非国民め何故まだ生きている!」 「貴様にまだ一等市民権がある事自体、神への冒涜である!」

 

多分そう言った事が書いてある。

昨日も一昨日も三日も前も…二年前からずっとそうだった。

流石に顔は割れていないが、俺が神征に参加する時、聖女の幼なじみだという事で大々的に宣伝されたので名前と住所が流出した。

その為帝都に戻ってからというもの、こうやって嫌がらせの手紙を受けている。

今では少なくなったが窓に石を投げ入れられる事も日常茶飯事だった。

聖女を裏切り帝都に逃げ帰った男。

それが帝国内での俺への評価である。

二年前、俺が帝都に戻った時には既にさっきみたいに壁新聞でナルア・アズナンが聖女の意向に逆らい戦列から外れたという事が周知されていて、両親は懐かしの我が家に居なかった。

恐らく周囲からの視線に耐えられなくなり田舎にでも移住したのだろう。

非国民の両親などと後ろ指をさされば誰でもそうする。

それ以来、両親とは音信不通だ。

勿論、張本人である俺だってそうしたい。

だが、この帝都に愛着があるから離れ難いし、何より移住しようにも、俺がナルアだと解ると家主達は家を貸してくれなくなるのだ。

当然、そんなんだから非国民である俺を長く雇ってくれる仕事もない。

名前を気にしない日雇いの仕事で食い繋いでいるのが現状だ。

そんな憂鬱な思考になりながら腕いっぱいに抱えた手紙の名前を確認する日課を始める。

殆ど俺の罵詈雑言だが極稀にかつての友人からの手紙がくる。

それにもしかしたら、両親からの手紙が混じっているかもしれないから…そんな淡い期待を持ちながら手紙を手に取る。

 

「ん?」

 

一つ、また一つ、手紙の差出人名を確認していると思いがけない名前があった。

俺はその封筒をペーパーナイフで丁寧に開封する。

 

───話がある。今日の夜、宮殿前の酒場で待っている。必ず来い。

 

手紙には簡潔にこう書いてあった。

久し振りに外食ができるという予感に自然と俺の鼓動は高鳴った。

 

───

 

「久しぶりだな、城壁崩しのナルア」

 

「やめてくれ、今は非国民のナルアだよ」

 

帝都の政治中枢であるヤルストヴァ帝国の宮殿。

その近くにある宮殿勤めの役人御用達の酒場。

酒場にしては少し豪華な店の個室で俺はかつての同僚と対面していた。

彼の名前はリアーツブル。

聖女の右腕と言われる騎士で神征の主要メンバーだ。

屈強な体に似合わず顔は二枚目のモテ男だが、その綺麗な顔に横一閃についた古傷は彼が戦士だという事を証明していた。

 

「それにしても聖女の右腕が帝都にいるとはびっくりだ。いつ戻った?」

 

「三日前。聖女様からのご命令でな、五年ぶりの帝都を楽しんでいる所だ。」

 

彼はそう言ってブロンドの前髪を揺らしながらグラスに入ったワインを傾ける。

彼はそんなに酒に強い方ではなかったが、久々の帝都という解放感から再会の乾杯もせずに二杯、三杯と追加の酒をオーダーしていた。

まぁ、裏切り者と乾杯もしたくないのかもしれないが。

 

「で、話ってなんなんだ?」

 

俺は早速本題を切り出した。

リアーツブルが酔いつぶれて話が聞けなくなると困る。

こいつの事だ。ただ懐かしいからと会いに来たわけではあるまい。

 

「あぁ、それなんだが、俺が帝都に帰ってきた理由でもあるんだ。聖女様からお前に伝言を頼まれてな…」

 

「伝言?」

 

俺は首を傾げる。

俺が神征から去って二年、アミズから何の連絡もなかった。

それが今更、どうして?

 

「お前、神征に戻る気は無いか?」

 

「それは本気で言っているのか?」

 

相手の問いかけに疑問形で返す。本来、会話でしてはいけないタブー。

そんな俺の脳内に甦るのは、二年前アミズが神征の兵士全員の前で一人の少年を焼き殺した記憶だった。

あの場にはリアーツブル、こいつも居た。

俺とアミズの確執を知らない人間ではない筈だ。

 

「少なくとも聖女様は本気だ。お前の事を話しながら泣いていた。お前が去って二年、まだ聖女様はお前の事を想っておられる。」

 

神妙な顔になったリアーツブルは言葉を紡ぐ。

 

「それに俺個人としてもナルア、お前に戻ってきて欲しい。お前が居なくなってから神征に遅れが見えている。今回の神征も折り返しの五年を迎えたがまだ予定の半分にもいっていない…この通りだ。頼む。」

 

そう言って頭を下げるリアーツブル。

こいつはこう見えてもプライドが高い。

こうやって頭を下げるという事はリアーツブルも本気なのだろう。

それとも、俺を持って帰らないとアミズという絶対的な上司に怒られるからだろうか?

 

「リアーツブル…お前はあの神征を何とも思わないのか?」

 

声を一段と低くしてリアーツブルに問いかけた。

神征とは名ばかりの侵略と略奪。

俺が消えた後もあれに変わりはないのだろう。

こいつは…リアーツブルはあの光景に何の疑問も感じないのだろうか?

それが気になった。

 

「ふむ、神征は少々残酷だと俺も思う。」

 

俺の問いかけを否定するでもなくリアーツブルは顔を上げた。

 

「なら解るだろう、俺が抜けた理由も」

 

「あぁ、しかし、それでも俺は神征を悪い事だとは思わない」

 

続くリアーツブルの言葉に俺は冷水をかけられた様な心持ちになった。

 

「確かに残酷な行為だ。しかし、そのお陰で我が帝国は発展してきた。穀物の生産を占領した支配地の人間にやらせる事でヤルストヴァは千年もの間飢えを知らない。巨人族を隷属させた事で鉱山の稼働率は上がり、かつては貴重だった金属器も当たり前となった。今、こうして俺達が飲んでるワインだって前の神征でエルフの森を焼き払いブドウ畑にしたから楽しめるんだ。これ以外にも今までの神征で帝国が受けた恩恵は数えたらキリがない。」

 

「なら略奪と暴力はどうだ!あれも正当化できるのか!?」

 

俺はつい、声を荒げてしまう。

二年前、石をアミズに投げつけただけで殺された少年。

その少年の助けてくれと懇願する瞳が脳裏に過る。

彼は果たして殺される程の大罪を犯したのか?

彼も、彼の父親も、母親も、あの都市の人々も、皆、ただ神征のルート上にあったからという理由だけでごく普通の日常を奪われたのだ。

前触れもなく、ろくな抵抗もできず…。

それに答えるリアーツブルの言葉は俺の予想を遥かに上回る物だった。

 

「俺はそれでいいと思ってる。兵士達だって命を懸けて戦っている。略奪も暴行も言ってしまえば、勝者の特権だ。それにああいった場でフラストレーションを発散させた方が良いだろ?例えば戦場でケダモノなった彼らがそのまま帝国へと戻ってきてストレスから犯罪をしてしまっては元も子もない。それに何より、神々のご加護を受けた聖女様が黙認していらっしゃる。それでいいじゃないか?」

 

「なっ…」

 

開いた口が塞がらないとはこんな時に使う言葉だろう。

リアーツブルは神征という行為を何一つ問題とは思っていないらしい。

だって帝国が繁栄するから、だって聖女がそう認めているから。

それが絶対的な免罪符になってしまっている。

 

(ズレている何もかも…)

 

俺はワインを再び口に運ぶリアーツブルを見て、何とも言えないもどかしさを感じだ。

 

「なら議論するまでもない、俺とリアーツブルじゃ価値観が違う。いくら頼まれたって神征には戻らない。」

 

リアーツブルは目を細めた。

 

「ナルアならそう言うと思ったよ。でも本当にそれでいいのか?帝都に戻って最近のお前の事を調べさせてもらったがぁ、満足のいく暮らしをできているのか?連日、嫌がらせで一杯の郵便受け、定職にも付けずこのワインの値段にも満たない銅貨3枚の仕事で家計は常に火の車。家族でもいればいいんだろうが、帝国国内じゃあお前と結婚する様な女はいないだろう。このままだと孤独死しかないな。」

 

「お前には関係ない…」

 

「そうかもな、俺には関係ない。だがお前さんの両親はどうだ?城壁崩しのナルアと呼ばれる立派な子供をもったと思ったら、あの日を境に売国奴だ。相当堪えただろうな…お二人さんも息子が神征に戻る事を願っている。」

 

「両親の事を知っているのか!?」

 

ずっと消息を掴めなかった両親の事を知っていそうなリアーツブルの口振り。

それに思わず身を乗り出す。

知っているのなら教えて欲しい。

 

「その様子じゃあ、やっぱり知らなかったんだな、お前の親父さんとお袋さんは壁新聞にあの事が書かれた三日後に帝都のイヤニドゥ川に身を投げて死んだんだとよ。愚息の責任は私達が負う。だからどうか愚息を責めないでやって欲しい。きっと再び聖女様の為にと剣を取る筈だから…遺書にはそう書いてあったよ。ホラッ」

 

バサッと目の前になげだされる紙の束。

 

「今朝、帝都の証拠物の保管庫から引っ張り出してきた。」

 

慌てて、黄ばみが少し出始めたそれを手に取り広げて見ると、確かに懐かしい両親の筆跡で今、リアーツブルの言った事が書かれていた。

 

「嘘だ…そんな…じゃあ父さんと母さんは俺が帰って来た時にはもう…?」

 

「そういう事になるな」

 

彼の口から放たれた残酷な事実に俺の脳は処理が追い付かない。

今まで連絡がなかったのは俺の事を見限ったからではなく…!

 

「墓には何て刻まれてるか知ってるか?」

 

「やめろ…頼む…もう、やめてくれ」

 

俺の懇願を無視してリアーツブルは真っ白になった俺の思考にとどめを刺した。

 

「息子を信じた健気な夫婦ここに眠る。哀れな二人に聖女の加護あれ!…ナルア、戻ってこい、お二人と聖女様の為に!」

 

直後、俺は弾き出される様に個室を飛び出した。

後ろでリアーツブルの呼び止める声が聞こえたが、今は一秒でも早くこの場から逃げてしまいたかった。

 

(嘘だ…!嘘だ…!嘘だ…!)

 

夜、日の沈んだ帝都の歓楽街を走り抜け、郊外に出たところで膝をつく。

ついさっきリアーツブルの言った事がどんなナイフよりも鋭く胸に突き刺さっていた。

あの優しかった二人が何の連絡も寄こさないのはおかしいとは思っていたが、とっくのとうに死んでしまっていたなんて、そんなの信じたくもない。

そしてその事に二年も気付かなかった自分が、悔しくて、悔しくてしょうがなかった。

 

(それも、俺のせいで…!)

 

二年前、見知らぬ国の少年を哀れに思いとった行動が、よく知った肉親の命を奪う結果になってしまった。

とんだ親不孝者だ。

それに結局あの少年も殺された。

三人の命を失って得たものは後ろ指を指され、皆から嫌がらせを受ける毎日。

 

「あんまりだ…こんなのって…」

 

そんな弱音が自然と口から漏れた。

やっぱり聖女に逆らうなんて、やってはいけない悪い事だったんだ。

さっきの会話で俺はリアーツブルの考え方がズレていると思ったが、それはどうやら違うらしい。

 

「ズレているのは俺の方だったんだ…!」

 

この国で神征に疑問を感じている奴なんて一人もいない。

この国ではそれが普通の事。

あれだけ常に他人の痛みを考えられるような男になれと俺を教育した父さんも、いつも優しく困っている人を見たら放っておけないお節介者だった母さんも、皆が皆、神征は正しいことだと思ってた。

異常なのは俺だったのだ。

 

───ナルア、戻ってこい!お二人と聖女様の為に!

 

その結論を俺の頭が導き出した所で、リアーツブルの言葉が思い起こされた。

そうだ、父さんも母さんも、それと同じくらいアミズはいつも優しく正しかった。

きっとあの時、少年を殺したのも何か俺では理解できない深い意味があったのだろう。

そんな事を理解できないなんて昔の俺はなんて浅はかだったんだ。

 

(アミズは優しいな、裏切った俺にもう一度チャンスをくれるなんて。)

 

この段になってもう俺は神征に戻ることに決めていた。

だって両親がいない今、俺に優しくしてくれるのは帝国でアミズしかいないだろうから…。

 

───

 

「今頃、リアーツブルはナルアに会っている頃合いかしら?」

 

聖女アミズはたっぷりと湯を張った湯舟に肩まで浸かりながら不意に呟いた。

ここはアミズが休息の為にと接収した豪邸。

つい数日前まではこの都市の貴族が住まいにしていた屋敷である。

ここの屋敷の元々の主は上流階級でありながら勇敢で、民を想い、最後まで剣を手に取って神征に抗った。

が、そんな勇気は聖女を前にしては蛮勇でしかない。

その貴族は抵抗虚しく、聖女アミズに名乗りを上げる間もなくこの世界から消え去った。

おそらくアミズは自分がこの館の持ち主を直接手にかけたとは思ってもいないだろう。

 

「そんなに彼の事が好きなのかい?」

 

湯舟のすぐ横に立っていた人物が聖女の呟きに反応する。

 

「あら、口に出ていまして?」

 

どうやら口から零れ出た言葉をアミズは意識していなかった様だ。

彼女は一瞬驚きの表情になる。

 

「そうね、私、ナルアの事が大好きなの。小さい時から…知ってます?ナルアったら私より産まれたのが数か月程、遅いんです。でもナルアはそれを知らずに私の前では何故かお兄さんぶろうとして、それがなんだかズレてて可愛かったわ。だからよく彼にちょっと無理なお願いをしたの。子供ながらにひどいと思うけど私の為に頑張るナルアの姿を見たら、いっつも幸せな気持ちになれたわ。」

 

「じゃあ二年前のあの時、どうして引き止めなかったのかね?」

 

アミズと会話する人物はさも当然の事を彼女に問いかけた。

アミズは去ろうとするナルアを止めるでもなく、咎めるでもなく、馬に乗り帝都の方へと帰っていくナルアをただ眺めていただけだった。

 

「そんな事をしたら私がナルアに本当に嫌われてしまいます。彼、ああ見えて意固地な所があるから、怒っている彼を無理やり引き留めようとすれば、いくら幼なじみの私でも話してくれなくなってしまうかもしれません。それは嫌。」

 

チャポンッとアミズは両腕で水鉄砲を作り会話している人物の方へとお湯を弾いた。

水鉄砲をかけられた人物は嫌そうに顔を歪める。

 

「でも、二年経った今は違うでしょうね。ナルアは二年間、帝都で孤立して生活してきました。だからあの人は今、優しさに飢えている。そんな時に慈悲深い、この聖女アミズが手を差し伸べれば自分から進んでこの神征の戦列に舞い戻る。勿論、禊として少し彼には試練を与えますがね。」

 

「そんなに上手くいくかね?」

 

「上手くいきますよ。だって私は聖女なんですから?それはアナタが一番良く解っているのではなくて?」

 

「そうだったな聖女さま。ところでもうそろそろ時間だぞ?私はそれを伝えに来たんだ。」

 

「あら?そういえば時間になったら教えてとお願いしてましたね。ありがとうございます。」

 

アミズは今、思い出したと言わんばかりに勢いよく湯舟から立ち上がった。

その勢いで大理石の床にお湯が溢れだす。

彼女はこの人物に時間になったら風呂から出るように教えてくれと頼んであったのだ。

 

「聖女様、こちらに」

 

「ありがとうね」

 

アミズが風呂から上がると待ってましたと侍女がおおきなタオル持って待機していた。

この屋敷にあったものだろう、一見してそれが上等な物だと解る。

アミズがそのまま侍女に近づくと、侍女はアズミの体を拭き取り始めた。

まず、長く真っすぐ伸ばした銀髪を、ついでその白樺の様に白く細い肢体を、そして最後に彫刻の様に整った顔を…。

一連の動作が終わると、水気はすっかりなくなった。

一度拭えば拭き直す事は一切ないその手付きは、侍女がこの道のプロというだけではなく、長年アミズに仕え彼女の体の構造を隅々まで理解しているから成せる業である。

実際、この侍女はアミズが宮殿に招聘されて以来、この聖女の世話を任されており聖女にとっては家族や幼なじみのナルアに次いで付き合いの長い人物だった。

そんな侍女が何となくアミズにこう問いかけた。

 

「浴場にいらっしゃる方のお着換えもご用意してよろしいでしょうか?」

 

「はい?」

 

「ですから先ほどまでご歓談をされていた方のお着換えです。お召し物が見当たりませんので、用意させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

侍女が浴場の出入り口で待機を始めて少ししてから、侍女の耳にはアミズが誰かと喋っている声が聞こえ始めていた。

仲の良さそうな喋り声。

だから、アミズが友人かだれかと一緒に沐浴をしていると考え、脱衣所にその人物の服がなかったことから相手の着替えを用意しようかと提案したのだ。

しかし、聖女は笑いながらそれを断った。

 

「何を言ってるの?私は一人でお風呂に入っていたのよ?」

 

「えっ!しかし、お声が…」

 

「本当に一人よ、ほら」

 

浴場の扉を開け、中を指さす聖女。

それに従う様に侍女も訝しげに、浴室内を覗くが確かに中には誰もいない。

そこにあるのは大理石の床と、木製の湯舟だけである。

 

「私はたまに独り言を言ってしまう時があるの。驚かせてごめんなさいね。」

 

無人である事を不思議がる侍女に聖女は笑みを絶やさずそう言った。

その銀髪は風呂上がりだというのに、とても神秘的に輝いていた。

 

───

 

 

「ナルア、お前の気が変わってくれて嬉しいよ。天国のご両親もきっと喜んでいるだろう。」

 

翌日、俺は再びリアーツブルのもとへと足を運んでいた。

 

「ズレていたのは俺の方だったんだ。また帝国の為に戦わせてくれ。」

 

「その言葉を待っていた。昨夜、お前が酒場を飛び出した時はビックリしたが、そう決心してくれたのなら聖女様も喜ぶ。」

 

「あぁ、アミズにも悪い事をしてしまった。謝らないと…。」

 

俺が何となくアミズの名前を口にするとリアーツブルは少し苦い顔になった。

 

「お前と聖女様の仲だから多少は解るが、こう大勢のいる場で聖女様のお名前を口にするのは辞めろ。」

 

俺は周りを見渡す。場所は昼間の帝都繁華街。

勤め先へと急ぐ者、馬車で荷物を運ぶ運送屋、子供は路地裏で元気な声を響かせている。

確かにリアーツブルの言う通り、ここで聖女の名前を敬称もつけず口に出すのはあまり褒められた事ではない。

保守的な人間や敬虔な聖女信奉者が居たら無礼者だと激昂する。

宮殿の主である皇帝ですらアミズには敬語を使うし、無邪気な幼児がアミズの名をそのまま漏らしてしまえば、教会神父からのヤルストヴァ帝国史を絡めたありがたいお説教が待っているのだ。

それ程までにこの帝国では聖女が神聖視されている。

 

「すまない、つい、昔の癖で…」

 

「ったく、次から気をつけろよ?神征にも戻るんだからな?」

 

ばつの悪い顔になる俺にやれやれと小言を続けるリアーツブル。

長い事他人との接触がなかったから失念していた。

それに頭の中では聖女…アミズの事はいつもそのままで呼んでいる。

それは何年たっても、アミズが聖女になってからも変わらない。

 

「それでいつ出頭すればいい?昨夜の内に二年前の装備は整え終えた。いつでも行ける。」

 

話題を切り替える様に意気揚々と腰に巻いたベルトを見せてみる。

俺が二年前まで神征に参加していた時に付けていたものだ。

 

「お、頼もしいな、だがナルアには神征に戻る前にやってもらいたい事がある。というかそれがお前が神征に復帰する為の条件だ」

 

「やってもらいたい事?」

 

「おう、俺はお前にすぐにでも戻ってきて欲しいくらいなんだが、流石にそれだと甘いって話でよ、何か戻る前に武功を立てるようにと話し合いで決まったんだ。」

 

「武功って?帝国は今、神征以外に戦争なんかしてないだろう?武功を立てるたってどこで敵将を打ち取ればいい?」

 

栗毛の騎士の発言に俺は首を傾げた。

神征は聖女と帝国の常備軍を使って行われる一大攻勢。

勿論、聖女不在の時期を狙って帝国が敵国に襲われないよう、最低限の守備隊は残しておくが神征の片手間に戦争をやるなんて不可能だ。

 

「なぁに目途は立ってるんだ。何も武功なんて形だけでいい。」

 

心配そうな俺の表情にリアーツブルは大丈夫だと言わんばかりに言葉続けた。

 

「国内に聖女と主力軍がいない間に、帝国の支配から逃れようとエルフの部族が蜂起した。昨日飲んだワインの原産地だ。」

 

形だけ、と楽そうな事を言った後にリアーツブルがサラッとんでもない事を言ったので俺は目を丸くする。

 

「蜂起、それって、内乱って事じゃないかっ!」

 

思わず声を大きくする俺をリアーツブルは唇に人差し指をあてて抑え込んだ。

 

「シーッ声大きいっ!皇帝はこれが他の被支配領地に飛び火しないようにと緘口令を敷いたばかりだっ!ただでさえ神征の予定が遅れているんだからなっ!」

 

だが静かにしろと言われて静かにできる話題ではない。

 

───ヤルストヴァの辞書に内乱という言葉は無い

 

そう諺に表される程、ヤルストヴァ帝国では何百年もの間、抵抗運動も内乱も起きていなかった。

それは帝国がある時は融和を、そしてある時は圧倒的な武力を背景に、悉く帝国領内の火種を事前に摘み取って来たからだ。

徹底的にやったのは巨人族がいい例で、その巨躯から危険な存在と判断された巨人族は小柄な物を除いて子供を作る事を許さず、残った小柄な巨人族も人間の罪人との交雑でしか子供を残す事を許さなかった。

そのお陰で今残っている巨人族に純粋な巨人族はいないし、種族全体としてもかつて存在したとされる木の丈を超える巨人はいない。

せいぜい人間の倍程度(それでも大きいが…)がいい所だ。

それ以外は確かに背は高いが、圧倒的という程ではない。

そしてその巨人もどきが鉱山夫として使役されている。

危険と判断したら種族として絶滅させる。

こういう姿勢を千年も続けてきたからこそ人間も非人間種も含めて独立運動をしようと考える者はいなかった。

それが、しかも人間に次いで頭の良いとされるエルフ種に反乱を起こされるとは。

エルフ達は自尊心の高い種族だが、絶滅とプライドとを秤にかけられない種族ではない筈だ。

 

(何が彼等をそうさせた?)

 

「そこでナルア、お前にはこの反乱の鎮圧をしてもらいたい。なに、安心しろ、数の少ない奴等の事、反乱軍も多くて百人規模。しかも反乱に参加したのは戦争経験なんてない農場労働者が大半だ。そこに城壁崩しのナルアが行く…二年前の戦場より楽だろう?」

 

未だ衝撃から冷めきれていない俺をよそに、リアーツブルはかつての栄光の渾名を出してきて肩を叩く。

お前ならできるだろ?リアーツブルの顔にはそう書いてあった。

 

「まさか一人で行けなんて言わないよな?」

 

「当たり前だ。お前には鎮圧の現場指揮をしてもらいたい。下に一個小隊程付ける。指揮しながら戦ってくれ。」

 

「おい、数が少なくないか?百人規模の反乱に一個小隊?数が少なすぎる。罪人集めた懲罰部隊でもあるまいし…」

 

「優秀な奴等を選別して預ける。それにいくら御膳立てされた武功でも、それ位のインパクトがないとお前の復帰は無理なんだよ。それにこれは聖女様が決めた事でもある。」

 

「アミズが?」

 

「そうだ、やってくれるな?」

 

一個小隊で百人規模の反乱の鎮圧。

本来ならあり得ない様な命令でもアミズの名前が出されてしまえば俺は承諾せざるをえない。

 

「あぁ、解ったよ」

 

それ程までに今の俺の心はアミズという癒しを求めていた。

 

───

 

「中々様になっているじゃないか、どうだ?二年振りの軍服は?」

 

「なんだか久し振りで首元がスカスカするな…うまく動けるか不安だ。」

 

軍馬にまたがり、帝国制式の軍服と野戦鎧を着ている俺を見て満足そうな顔をするリアーツブル。

あのやり取りから俺の出立の日まですぐに経った。

ここは帝都の城門前。

今、エルフの反乱鎮圧の為に俺と指揮下の一個小隊が隊列を組んでその門が開くのを待っていた。

ズラリと馬にまたがり鎧を着こなした兵士達は一個小隊と数は少ないものの、隊列が崩れておらず、彼等が手練れである事を伺わせる。

 

「おいおい、そんな事言わないでくれ目的地まで道中長いと言っても今月中には戦闘はあるだろう。その時までに慣れてくれよ?」

 

「あぁ、それまでには嫌でも慣れてるさ」

 

件の場所は帝都から駿馬を使っても週が二つほど変わってしまう。

そんな所に小規模とは言え部隊が隊列を組んで移動するのだから目的地までは週を三つまたぐ事は覚悟しなければならない。

ただ単純に兵が馬に乗って動くのなら、速度を重視しての移動ができるが、遠征は兵の移動以外にも諸々の制約が伴う。

騎馬以外にも食料品や武器、野営設備を乗せた馬車、経由地の確保。

今回は用意されていないが火砲を運搬する時なんぞは地形も考慮して移動しなくてはならない。

今回の遠征も途中経由地を挟んで速度よりも無理ない動きを意識した方が良いだろう。

そんな風に目的地までの移動の算段を頭の中で練っていると俺とリアーツブルの会話に近づく影があった。

 

「貴方が初代城壁崩しのナルア・アズナンですか?」

 

そう言って俺に声をかけていたのはとんでもない巨体の持ち主。

背丈は俺の家の天井ギリギリ位にはある大男。

乗っている馬も騎馬用の駿馬ではなく、馬車や農工具を引っ張る時などに使われる大型の力強い品種だ。

 

「リアーツブル、彼は…」

 

リアーツブルに説明を求めると彼はその巨漢の経歴を簡単に解説してくれた。

 

「あぁ、こいつはナキレヴ。お前が神征を抜けた後に代打で神征に参加した。この小隊の先任隊長だ。俺が帝都にお前の代わりを頼むと打診したら送られてきて、今じゃ二代目城壁崩しと呼ばれている。お前に勝るとも劣らない、優秀だぞ。」

 

「私はこの小隊の先任指揮官のナキレヴです。よろしくお願いします。」

 

ナキレヴと名乗った巨漢は体形に似つかわしくない丁寧な言葉で挨拶する。

 

「ご丁寧にどうも、ナルア・アズナンだ。一緒に頑張ろう。」

 

「ありがとうございます。実は前々から興味があったんですよ、私と同じ城壁崩しと呼ばれているからにはどんな大男だろうって…失礼ですがそんなに大柄ではないのですね。」

 

「あぁ、背丈は平均だと自認しているよ。キミはその、背が高いな…。」

 

そう言ってナキレヴを見上げる。

どんなもの食ったらこんなに成長するんだ?

おそらく彼が馬から降りてやっと馬上の俺と目線が同じになる。

 

「ええ、私は血を引いているんです、巨人族の」

 

彼は巨人という部分を少し濁し気味に伝えた。

 

「ナキレヴは金鉱従属の鉱夫だったんだが、神征に加わることで一等市民権を得たんだ。まぁ、巨人族っていっても血は大分薄まっている。皇帝陛下の赤児である事には変わらない、帝国臣民だ。今回は彼がナルアに会ってみたいというから神征からはるばるこっちにやって来て貰った。」

 

リアーツブルは彼の言葉を補足する。

田舎の人間ならまだしも、帝都出身者の中には亜人種に偏見を持つ者が多くいるからだ。

亜人の戸籍上の扱いは二等市民や三等市民などと市民と銘打ってはいるが、結局のところ人間という一等市民に隷属する奴隷でしかない。

勿論、人間でも全員が全員、一等市民というわけではない。

過去に神征によって支配下に置かれた地域の人間は二等市民だし、両親が帝国の一等市民でも罪を犯せば二等市民や三等市民に格下げされ、それが大罪ともなれば市民権を剥奪され、軍の使い捨て前提の懲罰部隊に編入される。

逆を言えば帝国国内の亜人達は産まれながらにして犯罪者の烙印を押されているのだ。

だが、そんな彼等でも志願し、兵士となって国に奉仕した事が認められれば一等市民権が付与される。

周りからの視線は変わらないが、種族毎に決められている隷属労働から解放されるのだ。

ナキレヴの様な巨人族なら鉱山労働から解放される。

 

「俺は今まで多くの亜人種の兵士と戦列を共にしてきた。血など関係ない、優秀な兵士ならな、俺だって今じゃ非国民のナルアって呼ばれてるんだ。知らないわけじゃないだろう?」

 

俺はそう言って彼に手を突き出した。

 

「握手をしよう、ナキレヴ」

 

彼は黙ってその大きな指で応じてくれた。

 

「開門!」

 

彼と握手をしていると、開門の手続きが終わった様だ。

城門近くの衛兵が叫ぶと同時に、帝都を囲む水路を用いた門のからくりが動き出す。

通常、遠征であれば見送りの人間たちがいるものだが、今回のエルフの反乱は緘口令が敷かれているので見物客はいなかった。

まぁ、非国民と呼ばれる俺を筆頭とする遠征を公開しようものなら、投石と罵声の雨あられになってしまう。

リアーツブルなりの配慮かもしれない。

 

(だが…変わるんだ。今日から!)

 

開かれた門から降り注ぐ日光を体に受け、心の中で固く誓う。

再び帝都に帰ってくる時には非国民のナルアではなく、城壁崩しのナルアだ。

ナキレヴが従軍し一等市民権を得たように俺も汚名を挽回して見せる!

そしてまた、アズミの騎士になろう…あの日の約束の通り。

 

「なぁ、ナルア、今回の件引き受けてくれてありがとうな」

 

「なんだよ急に」

 

「このエルフの鎮圧、お前がやると言ってくれなかったら俺が行こうと思ってたんだ。これで聖女様に良い報告ができる。」

 

別れの際、リアーツブルが言った一言に何故か一抹の不安を感じながら、俺は馬を前へと奮い立たせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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