俺は多分間違えてない   作:まっuk

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第2話

俺はその道中、努めて部下となった兵士達との親交を深めていた。

こいつはどういう力を持っているとか、あいつはどんな事が得意だとか、そういう事を把握するのは命を預かる者として一番重要だ。

相手がこちらを信頼してくれないと息のあった行動ができないし、こっちも相手の特性を理解していないとどんな指示を出せばいいのか解らない。

部下全員と家族とまではいかないが、仲の良い友人程度には距離感を縮めたかった。

簡単に全員と言ったけれど結構、骨が折れる。

一個小隊と軍隊の規模でみれば小さいがそれでも数十名はいる。

そんな大所帯で一緒に寝食を共にし、何とか一人一人の名前と顔が一致できるようになったところで、件の反乱の現場に到着した。

その日は丁度、当初の見積もり通り、週が三つ程変わった時だった。

 

「酷いな...」

 

エルフ達の蜂起した現場。

そこは、帝国最大のブドウの産地でもある。

今から百年前の神征で帝国の統治下に置かれたエルフの土地だ。

ここで作られたブドウの殆どがワインか干しブドウに加工され、帝都に送られる。

勿論、そのブドウを作っているのはこの地の元々の所有者であるエルフ達だ。

そして、今、俺の目の前に広がっていたのは青々しい葉を広げるブドウ畑ではなく、水平線いっぱいの炭と灰の山であった。

燃え尽きて数日は経過している。

しかし、未だ焦げ臭い匂いが俺達の鼻腔を刺激した。

恐らく蜂起した際、自分たちを縛る象徴であった果樹園の一切を焼き払ったのだろう。

青々と茂っていた筈のブドウの樹々は一本もなく、代わりにあるのは炭化した残骸だ。

 

「これでは数年、ワインは無理ですね。」

 

俺の横に立つナキレヴの言葉に俺は首肯する。

この間、リアーツブルが乾杯もせずにワインをガブガブと飲んでいた理由はこれだろう。

緘口令が敷かれているのをいい事に、今後、品薄になるワインを浴びる様に飲んでいたという訳だ。

 

「奴等、どこへ行ったのでしょう?」

 

居住地へと放った斥候からの報告に首を捻る巨漢ナキレヴ。

斥候によると居住地にもブドウ畑同様に火が放たれたらしく、あったのは建物の残骸と人間たちの死体だけだったという。

駐在員も守備隊も皆殺し、全く何をやっていた?

 

「エルフが行くっていったら森しかないだろう。」

 

ナキレヴの疑問に俺はそう答える。

 

「百年前、ここが開墾されたといっても、その森全部をブドウ畑にしたんじゃない。少なくない広さの森はまだ残っている。ワインを作る為には樽だっているし、日常生活で使う薪だって必要だ。奴等はブドウ畑を抜けた森に潜んでいる筈さ」

 

俺はそう言ってリアーツブルから渡された地図を広げると、やはりというべきか、ブドウ畑の途切れた所から黒く塗りつぶしてある森を表す一体があった。

ナキレヴは俺の広げた地図を指でなぞって確認する。

 

「すぐに斥候を出しますか?」

 

「あぁ、無駄だと思うが一応出してくれ」

 

「無駄?」

 

俺の放った無駄という言葉に彼は突っかかった。

 

「そりゃあ無駄だろう?あのエルフだぞ?」

 

「お言葉ですが仰っている意味が解りません。」

 

どういう事だか彼と話が噛み合わない。

 

「なぁ、ナキレヴ?お前、エルフは見た事あるよな?神征に居ただろう?」

 

俺は彼に問いかけた。

帝都の住民ならまだしも、神征に参加した者の中でエルフを見ていない人間などいない筈だ。

帝国はエルフを優秀な弓兵として徴兵し神征に動員していた。

彼等の射撃技術の高さには感嘆の声を上げた物だが、ナキレヴは彼等の活躍を目にしていないのだろうか?

 

「いえ、見た事はありません。私は丁度、一年前から貴方の代わりに神征に加わりましたが、エルフがいた部隊なんてありませんでしたよ?」

 

ナキレヴの返答に俺は違和感を覚える。

エルフの弓兵はとてもいい働きをするものだから、どこの戦闘でも引っ張りだこなのだ。

人間よりも長生きな分、経験も豊富で人には使えない様な魔法が使える者も多くいた。

だから部隊によっては人間の弓兵よりも優先して補充される事も多々あった。

だから知らないという筈はないと思うのだが、彼は全く知らないらしい。

 

「そうか…?じゃあ、いいんだが、奴らは森の中で人を欺く技術に長けている。だから斥候を送ったとしても無駄だろう。見つける事なんてできやしない。見えない場所から一方的に射貫かれてお終いだ。」

 

「はぁ、ではどう戦うのですか?我々は?」

 

「いくら、人を欺く技術に長けているって言ったって大勢の目があれば見抜ける。それに、奴等もわざわざ百年振りに戦う事を選んだ。森に踏み入れば向こうから仕掛けて来る筈だ。俺達はそれを正面から堂々と打ち倒せば良い。」

 

「堂々とですか?」

 

「あぁ、堂々とだ。数は俺達より多いと言っても百人規模。それでこの土地の守備隊とやり合ったんだから相当消耗している。弓さえ何とか気を付けて接近戦に持ち込めばこっちの物だ。エルフは元々、木の上で暮らしているから線は細いし体重も軽い。ナキレヴなら四人は片手で持てるかもな。」

 

その後、一応と斥候を送り出してみたが、予想通り帰ってこず、この日は森の入り口で野営をして、次の日に備える事に取り決めた。

動きはその日の内にあった。

 

 

──

 

「敵襲っ!」

 

夜、虫の羽音を背景に、草地で背嚢を枕にしてボーっと星空を眺めていると、歩哨の鬼気迫る声が俺の鼓膜を震わせた。

 

(来たかっ...!)

 

俺は剣を手繰り寄せ、バネの様に跳ね上がる。

草の焦げる匂いがした。

辺りを確認する。どうやら火矢を放れていた様で、地面が点々と燃えていた。

そして、その燃え盛る炎を照明としてさらに弓矢が飛来する。

暗闇で木霊する悲鳴と絶叫。

こちらの弓兵も懸命に応射しているが、敵の姿が見えないのだからめくら射ちでしかない。

放たれた矢は弱々しい飛翔音と共に闇夜へと消え、それとは対照的に光源のあるエルフ達の矢は次々と兵士に命中する。

こうやって森の前で陣取っていれば来るとは思ったが、こんなに早く来てくれるとは...!

 

「狼狽えるな!テントと馬車を盾にして身を隠せ!絶対に射線上に出るなっ!指示があるまで耐え忍べっ!ナキレヴっお前は俺についてこい!」

 

俺はそれだけ怒鳴ると、人の背丈程もある戦斧を持ったナキレヴを伴い、馬を並べて留めてある係留場へと駆ける。

 

「ナルア!まさか騎馬突撃でもするつもりですか!?」

 

係留場にやって来た俺にそう言うナキレヴ。

馬へと急ぐ俺を見て、彼はそう思ったのだろう。

 

「無謀です!夜間に、それも敵は森の中だ!」

 

確かに彼の言う通り、こんな状態で騎馬突撃などできる筈もない。

人馬の波が迫る騎馬突撃は平原であるからこそ、その力を発揮する。

森の、ましてや夜間で目標が定まらない時にやるべき事ではない。

しかも、馬達にもこの混乱は伝わっている様で鼻をぶるりと鳴らして興奮していた。

これでは馬が暴れて跨がることさえ難しいだろう。

だが、俺は馬に乗り込む為に係留場へと来たのではなかった。

狙いはもっと別にある。

 

「騎馬突撃?違うなっ!こうするんだよ!」

 

俺はそう叫ぶと見せつける様に馬を地面に縛り付けていた縄を絶ちきった。

枷が外れ、自由の身となった馬は、この争いから逃げる様に森とは反対側のかつてはブドウ畑であった炭の平原へと走り去る。

その蹄の音は星空の下、良く響き渡り、駿馬の遠ざかる音がこの動乱の中でも存在感を放っていた。

 

「ナルアっ!何を!?」

 

ナキレヴの困惑する表情。

彼の芋の様に太い指が俺の細い腕を掴んだ。

 

「ナルア!落ち着けっ!」

 

俺の耳元で大きな怒鳴り声を上げるナキレヴ。

馬を逃がした俺を狂人か何かだと思っている様だ。

どうやら意図が伝わらなかったらしい。

だから俺も負けじと彼に怒鳴り返す。

 

「いいか、ナキレヴ!今ここで馬の縄を断ち切れば、馬は炎を恐れて森とは反対方向の闇夜へと駆けていくっ!いいか?反対方向へと駆けていくんだ!」

 

「だからそれがどう…まさかっ!」

 

俺の応答から何かを察したナキレヴはすぐに俺の手を放した。

察しが良くて助かる。

 

「解ったらナキレヴ、片端から馬の縄を断ち切れ!俺は戻って皆に指示を出す。」

 

「了解しました!」

 

そう答えるや否や、俺の身の丈はある彼専用の戦斧ですぐ隣の馬を解放した。

そしてもう一匹、更にもう一匹、馬の縄を次々と、まるで糸をすくうかの如くその大きな斧で断ち切った。

全く頼もしい。

流石、俺の後任だ。

 

「後は頼んだぞっ!城壁崩しのナキレヴ!」

 

俺はそれだけ言い残すと、残った兵達に指示を出すべく元の場所へと駆け戻った。

 

───

 

「あれ?」

 

森の入り口付近の木の上。

そこに立ち弓を引いていたエルフの長い耳に、馬が向こうの平原へと駆けていく音が聞こえた。

最初に一匹。そして間を置いて次々と。

闇夜で視界はハッキリしないが、彼等の長い耳はこの混乱の最中でも確実に音を拾う事ができる。

そういう風に進化した彼らの肉体は聴覚に関しては人間のそれより格段に良かった。

 

「今、馬の音聞こえた?」

 

馬の音に気付いたエルフは自分より高い位置に陣取っていた別のエルフに確認を取る。

 

「あぁ、聞こえた。一匹じゃない、沢山だ。」

 

問いかけられた方のエルフも馬の駆ける音に気付いた様子。

そして更にこう付け加えた。

 

「それだけじゃない、人間達の足音も聞こえない。」

 

エルフ達の耳には先程まで人間たちの慌てふためく足音が聞こえていたが、馬の鉄蹄の反響音が聞こえた辺りから、その足音が唐突に途絶えたのだ。

エルフ達は目を凝らして人間の野営地を観察する。

まばらな火弓の炎で視界は不明瞭ではあるものの、炎で照らされている明るい部分には人間の姿は確認できない。

思えば先程まで飛んでいた明後日の方向へと放たれる人間の矢も飛んではいない。

 

(馬が移動して...人間が野営地にいない...。)

 

この二つから導き出される答えは一つ。

 

「もしかして、逃げた?」

 

エルフの誰かが呟いた。

戦闘中とは思えない気の抜けた声で呟いた。

 

「え、本当?やけにあっさりしてないか?」

 

「人間は闇夜を嫌う。夜にこんな奇襲を受けたからビビったんだろ?」

 

「それが本当なら早く降りて確認しよう。慌てて逃げたらまだ物資は手付かずの筈だ。大分矢を使ってしまった。人間達のを分捕ろう。」

 

「ああ、奴らが戻ってくるとも限らない。」

 

彼等エルフは数週間前、人間に反旗を翻した。

しかし、人間にバレない様にこっそりと準備をしていたせいで圧倒的に物資が不足している。

このプランテーション内では弓を作る事も持つ事も禁止されているので、こっそりとブドウの樹と樽の廃材で作った弓は量も質も満足な物ではないし、ブドウの種を絞って作った着火用の油は最初の蜂起でその殆どを使ってしまった。

こんな貧弱な体制でも蜂起が成功し、人間の駐在員と守備隊を皆殺しにできたのはひとえに人間側が油断していたからだ。

彼等はエルフを本気で小作人に堕としたと考えていたようだがそれは間違い。

エルフは気高き森の民。

一度、弓を手にすればそれだけで立派な弓兵へと変貌する。

しかも所属全体としての寿命は長く、百年前の神征の生き残りも存命なので、戦闘経験豊富なのだ。

だから、エルフの事を数が少ない只の二等市民だと見下していた人間達はたった百人に満たないそのエルフの軍勢にあの日、成す術もなく押し負けた。

丁度、今日の様な静かな夜に。

だが、当然彼等も帝国の報復には恐怖していた。

数時間前、小規模ではあるものの、帝都から軍勢がやって来たと解った時には遂に来たかと覚悟を決めた。

この夜襲の前に家族に別れの挨拶をしてきた者だって少なくない。

それをこうもあっさりと退けてしまった。

この瞬間、人間を追い払ったという達成感から、木の上には何とも言えない緩みが発生した。

 

「よし、じゃあテントを物色しに行こう。きっと人間の弓だから質がいいぞ!」

 

一番最初に木から降りたエルフに続いて、ぞろぞろと森の民達は地に足を下す。

その数、全部で一五名。

そして、一番近くのテントの入り口をめくった時、彼等はすぐに後悔した。

テントの中には屈強な帝国の兵士達が抜き身の軍刀を片手に持ち、息を潜めて待ち構えていたのだ。

 

───

 

 

「上手くいった様だな。」

 

一番森に近いテントの方から聞こえた怒声と罵声に勝利を確信する。

俺が兵士達に命令したのはただ一つ、明かりを消してテントの中での待機だった。

さらに付け加えると息を殺してだ。

俺は最初からこの夜襲が積極的な攻勢ではなく、嫌がらせ程度の物だという事が解っていた。

何故なら、飛んでくる矢の間隔が示し合わせた様なタイミングで矢の消費を抑えている消極的な攻撃だったし、エルフお得意の魔法の攻撃もなかったからだ。

おそらく、選抜された少数が闇夜に紛れて遠距離から最低限の攻撃を行っている物と推測した。

 

本番は明日から…自分達の本拠地である森の中で決戦を挑む!だが、その前に軽く攻撃して探りを入れよう。

 

きっとエルフの指揮官はこう考えていたに違いない。

本格的に戦いの始まる前に少しでも戦力を削いでおきたかったのだろう。

文字通り前哨戦という訳だ。

だがもし、本腰を入れる前のこの夜襲で人間が逃げてしまったら?

多分、エルフは俺達の野営地を調べる為に木から降りて来る。 

しかも予想外の勝利に気持ちは緩んでしまうに違いない。

だから俺は、大部隊が去って行ったと思わせる為に馬の縄をナキレヴに切らせたのだ。

いくら訓練されている軍馬とは言っても、馬は本来臆病な生き物。

解放され自由の身となれば命を守るために鉄火場とは反対方向に駆けていく。

そして、兵士達には音を立てずにテントで待機しろと命令すれば、エルフ達の目には馬が去って人間が消えた…すなわち、俺達が撤退したという風に映るはずだ。

そして様子を伺おうとテントに入ればあらっビックリ。

屈強な帝国兵が剣を片手に準備万端。

こういう作戦だった。

エルフは弓や魔法の腕は人よりも格段に上手だが、近接戦ならこちらの物。

まぁ、全員が降りてこず、何人かは木の上でまだ弓を構えているだろうが、仲間が帝国兵に捕まったとなれば迂闊な攻撃はしない筈だ。

 

(ナキレヴが俺に良い報告を持ってくるのも時間の問題かな?)

 

俺はそう思うと二年振りに感じた勝利の余韻に口角を釣り上げた。

やはり、戦場の風は心地よい。

何だかんだ言いつつ、俺も結局は戦士なのだ。

 

「ナルアさん、敵は全部で一五名。全員捕らえました。」

 

思った通り、少し離れたテントの騒ぎはすぐに収まり、ナキレヴは俺のいる指揮官用のテントの入り口を捲った。

 

「そうか、こちらの被害は?」

 

「はい、先程の夜襲で四名と捕らえる時の一悶着で二名が散りました。」

 

体の大きなナキレヴはテントの中に入らず、顔だけ覗かせてそう報告する。

昼間帰ってこなかった斥候二名と合わせて八名の損害。

自然と顔は険しくなる。

小隊という部隊単位で見れば損失八名でも大きな痛手だ。

それに俺が顔を歪めたのは戦力が低下したからだけではない。

数週間もの間、一緒に生活をしてきた部下が命を落とせば、悲しくもなる。

 

「今そっちに行く。状況を確認しよう。」

 

俺はそう言うと腰を上げて、テントの外へと足を運んだ。

直接目で見て死んだ人間を弔いたかったのだ。

そのまま野営地の中心に向かうと焚火の周りに捕らえられたエルフが一列に並べられている。

だが、様子がおかしい。

皆、地面に顔面を突っ伏して、ピクリとも動いていない。

これは…。

 

「どうして殺したっ!?」

 

並べられていたエルフは全員、首から血を流して突っ伏していた。

彼等は横一列に並ばされた上で、兵士達に頸動脈を切られて死んでいたのだ。

 

「どうしたって、隊長?仲間殺されてるんですよ、むしろ殴る蹴るしなかった事を褒めてくださいよ、それにヤルストヴァに反旗を翻したこいつらなんてどうせ皆殺しでしょう?」

 

エルフの死体を囲んでいた兵士の一人がそう言った。

 

「確かにそうだがっ!まだ何もエルフの情報を聞き出してないっ!貴重な情報源を殺すとは何事だ!?」

 

尋問して情報を聞き出す。そういう心積もりだった。

それを俺の部下達は一時の感情の高ぶりでっ!

 

「落ち着いてくださいナルアさん。エルフの全員は殺していません。ほら」

 

兵士達を睨みつける俺を宥める様に、ナキレヴはエルフの死体の列を指さす。

 

「捕らえたエルフは十五名。転がってる死体は十四体です。情報はその最後の一人に尋問すればいい。」

 

ナキレヴに指摘され、俺は死体を数えてみる。

確かに一四体で報告よりも一体少ない。

 

「おい、じゃあ残りの一人は?」

 

「はい、ここです。」

 

ナキレヴはそう言うと俺の前に一人のエルフを突き出した。

彼の巨体の影に隠れていて気が付かなかったが、後ろに縄で繋いで引っ張ていた様だ。

だが、俺は突き出されたエルフを見て驚愕する。

 

「女?」

 

ナキレヴが付き出したエルフ。

それは女のエルフだった。

金髪の長髪をスラリと流し、目は空色の碧眼。

そんな女性の特徴を持つエルフが俺の眼前に突き出されたのだ。

外見は少女の様だが、寿命の長く成長の遅いエルフの事だから俺なんかよりは年上だろう。

 

「ええ、女のエルフが一人だけ、敵襲に混じっていました。」

 

「どうして縄なんて付けて連れ回してた?」

 

「他の兵士に先に楽しまれると考えたので、ナルアさんの為に私が縄で引いておりました。」

 

「は?」

 

「これは我々からの贈り物です。どうぞお楽しみ下さい。」

 

「た、楽しむって?」

 

「?戦場で女にやることなど一つしかないでしょう?私からの復帰祝いです。」

 

そう言ってナキレヴは再度、女のエルフを俺の方へと小突く。

背中に衝撃を受けたエルフは前につんのめって倒れこむと、俺を見上げた。

その青い瞳と視線がぶつかる。

絶望とも諦念とも思える複雑な視線。

そしてその青い二つの瞳は、涙で潤んでいた。

同じだった。二年前の、アミズの前の少年と。

それが解ると俺の視界は何だかグニャリとと歪んで見え、心臓はバクバクと鼓動する。

 

(俺をそんな目で見るな…!)

 

悲しそうな目をする彼女から、思わず視線を反らしてしまった。

 

「聖女様も仰ってましたよ。エルフの女の一人や二人でも味わえば吹っ切れてナルアさんは神征に戻りやすくなると、さあどうぞ。」

 

何だかナキレヴの声がとても遠くから聞こえた気がした。

 

「アミズがそんな事を言ったのか?」

 

「はい、仰ってました。」

 

アミズが?本当に?自分も聖女である前に一人の女性なのに?

俺がここで二年前の神征の兵士達の様に己の欲望を満たせば、神征に戻りやすくなる。

そう言ったのか?

 

「いっいや、俺はそんな事はしない。大丈夫だ。」

 

俺はこの言葉をナキレヴとエルフのどちらへ向かって言ったのだろうか?

ともあれ俺の言葉に反応したのはナキレヴの方だった。

 

「では、私が頂いてもいいですね?」

 

「え?」

 

「ですから、私がこのエルフを頂いても良いんですよね?いやぁ、楽しみだったんですよ、エルフは美形揃いと聞いては居ましたがこれ程とは…わざわざ神征を抜けて来たかいがありました。」

 

巨漢の発した言葉に俺は一瞬静止してしまう。

彼はネットリと絡みつく様な視線を倒れこんでいるエルフに注いでいる。

すぐにでも彼女の飛び掛かってしまう勢いだ。

 

「いや、駄目だっ、かっ彼女に尋問はするがそれ以外はしては駄目だ。その、そんなに酷い事をするな。」

 

手を前に出してナキレヴを制する。

彼は不満気に眉を歪めた。

 

「何故です?このエルフに情でも湧きましたか?こいつは我々の仲間を殺してる。しかも二等市民だ。こうされたって文句は言えんでしょう?」

 

「ナキレヴお前だって元々は二等市民じゃないか?どうしてそんな事を言う?」

 

二等市民。

俺がそう言ったからだろう。

ナキレヴは大声を出して絶叫した。

 

「ああっ!そうだ!俺は二等市民だったっ!だが、神征に参加して奪われる側から奪う側へと変わったんだっ!ナルア、あんたこそおかしなことを言う!元々、自分達を一等、俺達の事を二等、三等と格付けしたのはあんた方人間だろう!俺は神征で巨人から人間になれたんだっ!だから俺が目の前の亜人に何をしたっていいだろう!俺は人間になって女を犯す為に神征に志願した!」

 

「そ、それが、お前の本心なのか?」

 

俺はナキレヴの怒号に圧せられる。

 

「ああ、そうだ!だからあんたはそこで俺がこのエルフを抱くのに文句を言うなっ!」

 

ナキレヴは普段の丁寧な言葉からは想像も使ない様な言葉で、その心情を吐露した。

人間になって女を犯す為に神征に志願した。

ナキレヴは確かにそう言った。

帝国の為でも、皇帝の為でも、ヤルストヴァの為でもなく、その色欲を満たす為に神征に臨んだとそう言ったのだ。

目の前の大男はずっとそんな事を考えていたのか…。

 

(ズレてる)

 

何だか不思議な位、冷静にこう感じた。

ズレている。

俺ではない、目の前の巨漢ナキレヴはズレている。

そして、エルフを縛って首を掻っ切った兵士達だってズレている。

いや、ズレているのは俺の方だ。

ここでは戦いに勝利すれば男は殺し女は犯す。

それが普通なんだ。

ズレているのは…俺の方だ。

だが、そんな思考とは裏腹に、繋いだ縄を引っ張て、エルフの女を手繰り寄せるナキレヴへと俺はいつの間にか剣を抜いていた。

 

「ナキレヴ!もう一度言う!その女性に手を出すな!隊長命令だ!」

 

確かに俺はズレている。

神征とも、帝国とも、こいつらともズレている。

 

(だけど俺は、俺は多分間違えてはいない!)

 

俺がナキレヴへ軍刀の切っ先を向けたので、周りを取り囲んでいた兵士達は固まった。

 

「そうかい…おい、お前ら!隊長さんは女のエルフを犯しちゃいけないって言ってるぞ!お前らはそう思うか!?」

 

ナキレヴはもう丁寧な言葉など忘れたかの様に兵士達に問いかけた。

すると途端に俺を貶す言葉が沸き上がった。

中には非国民のナルア、そんな言葉も混じってる。

 

「そうだよなぁ?こっちは命張ってるのに、水差す様なこと言わんで欲しいよなぁ?」

 

そして、ナキレヴは俺を正面から見据えると、あの大きな戦斧を上段に構える。

 

「皆、エルフ女が楽しみだったのにそれはねえよな!でもよ!戦場では隊長が良く狙われて不在になる事も多いよな?おい、ナルアさんよっ!アンタはさっきの襲撃で死んじまったってリアーツブルさんに報告しといてやるよ!」

 

殺る気のナキレヴの本気の目。

そして、俺を、ナキレヴを、エルフを取り囲む兵士達もこの巨漢に同調して各々の得物を抜いたのが解った。

俺は手に持つ軍刀を固く握る。

俺がナキレヴを睨みつけるのと、巨漢の必殺の一撃が繰り出されたのは同時だった。

 

 

(取った…!)

 

巨漢ナキレヴは斧を振り下ろした瞬間、そう確信した。

何もこれは彼の慢心でも驕りでもない。

彼が斧を振り下げれば倒れない人間はいない。

そういう事実だ。

一年前、彼がナルアの代わりに神征に加入して以来、一撃で打ち倒せなかった敵は居ない。

剣聖と言われる剣の達人も、百戦錬磨の傭兵隊長もナキレヴの戦斧の前では案山子と同じ。

圧倒的なスケールと、圧倒的な筋力から放たれる、圧倒的な質量はどう頑張っても防ぎ様が無い。

ましてや彼は元は鉱山夫。

道具を振り下ろす事には熟達していた。

彼の神征での仕事はその渾名の通り、実際に大斧で障壁を打ち砕いて突破口を開く事だ。

眼前の一切合切を粉砕する。

それ故に二代目城壁崩し。

思えば最初にナルア・アズナンを見た時から、彼の事が気に入らなかった。

自分と同じ様に城壁崩しと呼ばれているのだから、どんな大男が出てくるのかと思ったら、出発の日に現れたのは線の細い普通の男。

確かに常人に比べれば筋肉はついていたが、戦士なら皆それ位は鍛えている。そういうレベルだ。

人間の域は越えていない。

だから何故、このナルアが自分と同じ様に城壁崩しと呼ばれていたのかこの数週間、ずっと疑問を感じずにはいられなかったのだ。

そして、今、ナキレヴはその疑問を解消する事ができた。

 

(何っ…!)

 

たった今、彼がナルア・アズナンに放った一撃。

それは彼の横に構えた軍刀で受け止められてしまっていた。

本来ならこの斧の重さでは軍刀がいくら頑丈だとしても、人間の筋力で支えきれないので背骨はハの字に折れてしまう。

しかし、目の前の線の細い、ナキレヴから見れば小人の如きナルアは背筋を真っすぐに彼の戦斧を受け止めていた。

そしてあろうことかそれを押し返してみせたのだ。

 

「ウオッ!」

 

あまりの力にナキレヴはバランスを崩しかけるが、寸での所で持ちこたえた。

そして巨漢は絶叫した。

 

「ナルアッ!お前魔法使いだったのか!?」

 

───

 

「ナルアッ!お前魔法使いだったのか!?」

 

 

 

頭に血管を浮かべた物凄い剣幕のナキレヴが絶叫し、俺の鼓膜をビリビリと震わせる。

彼の渾身の一撃を受け止めた。

その事象を信じられず、彼なりに解釈した結果だろう。

まぁ当たらずといえども遠からずと言った所ではある。

俺は彼の絶叫に応えてやる事にした。

 

「違うなぁ、ナキレヴ。魔法使いは新式魔法を使う奴等の事を言う。俺がお前の斧を受ける間に何か一言でも口にしたか?」

 

「じゃあ何で!?」

 

ナキレヴの疑問符に応える様、俺は種明かしを始めた。

 

「魔法が使える三つの条件は知ってるか?」

 

「条件だと?」

 

「魔法が使える為の三つ条件。一つ目は体内に魔力がある事…人間の場合はここで八割失格だ。二つ目はその魔力を認識できる事、要は魔力を使ってどんな魔法を使うか具体的な想像ができなきゃ駄目って事だ。そして三つめ…これが一番重要だ。その魔法の力を司る神と波長が合う事だ。火の魔法なら炎の神、治癒魔法なら薬の神って感じでな!」

 

魔法を使う為の三つの条件。

これが揃わないとどんなに才能があっても魔法を使う事はできない。

 

「そして、魔法使いっていうのは普段なら合わない神々との波長を魔法の呪文を詠唱する事によって無理矢理、自分の波長と合わせてるんだっ!この詠唱がある魔法の事を新式魔法という!」

 

ナキレヴはこの段になって俺の言いた事が解ったのか、急に間合いを取り、再び戦斧を振り上げた。

だが、もう遅い。

 

「いいか、ナキレヴ!魔法っていうのは本来、神々と波長の合う選ばれた人間しか使えない神秘の祝福だったんだ。その魔法には詠唱はいらない。だって波長を合わせる必要がないからな!これを旧式魔法という!」

 

「うああああっ!」

 

再び吠えたナキレヴがまた斧を下ろす。

しかし、俺はそれを難なく受け止めた。

しかも、今度は剣を使わず、素手で…。

魔法を使うのは二年ぶりだ。

あの日、あの時、あの場所で、アミズの聖剣を叩き割って以来、魔法は使わない様にと決めていた。

それが彼女に叛いた戒め。

そう思って生活してきた。

だがこれももうやめだ。

 

「俺はある神様に気に入られてな、その神の司る魔法だけだが旧式魔法が使える!」

 

そして俺は指に力を込めると鉄製の斧を指圧で砕いた。

金属の割れる音が辺りに響く。

 

「それじゃあ、それじゃあまるで」

 

「聖女みたいだろ?」

 

「!?」

 

核心の突くナキレヴの発言を先読みする。

 

「聖女ほど便利って訳じゃない。聖女は魔法を司る全ての神々と波長が合う。だから膨大な魔力と相まってほぼ無尽蔵に旧式魔法が使えるんだ。俺を祝福する神は一柱、戦争の神、セムレグだけだ。」

 

柄だけになった斧を持って呆然と立ち尽くすナキレヴ。

 

「だが、ナキレヴ、お前を打ち倒すのにはセムレグだけで十分だっ!」

 

俺はそのまま拳を握るとナキレヴめがけて打ち放った。

俺を祝福する戦争の神の旧式魔法。

それは一番使い勝手が良い分、一つの魔法しか存在しない。

 

単純なる力の強化。

 

それがセムレグ唯一の旧式魔法だ。

 

──

 

エルフは最初、目の前で何が起きているのか理解できなかった。

仲間が皆、殺される中、自分は女だからという理由で犯される為に生かされた。

そして、まるで神話に出てくるような大男にその純潔を散らされそうになった時、人間の、彼等の指揮官である筈の男が、あろうことか兵士を殺した自分を庇う素振りを見せたのだ。

そして男と大男が言い争いになり、遂に大男から攻撃された。

彼女は最初、目を瞑った。

何故なら大男の持つ斧が尋常じゃない大きさだったから…。

しかし、男はその自分の背丈位ある斧を一度、そして二度も受け止め、素手で斧を打ち砕いた。

さらには巨人の前で拳を握ったかと思うと、パンッという音が鳴り響き、巨人の上半身から上が消えていたのだ。

どんな魔法を使ったのか?

魔法に見識のあるエルフですら解らなかった。

その後、男と自分を取り囲む兵士が剣を抜き次々と男に殺到した。

だが、その全てがいとも簡単にねじ伏せられた。

まさに虐殺。

そこで行われていたのは一方的な暴力の嵐であった。

なんとか生き残った兵士達が分が悪いと男から逃げると、その虐殺はやっと終わりを告げ、辺りはいつもの静けさを取り戻す。

 

「勇者…?」

 

虫の音の鳴り響く、星空の下。

エルフ、アンセヴァの口から飛び出しのは百年前、彼等の故郷を焼き払った忌々しい人間の渾名だった。

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