俺は多分間違えてない   作:まっuk

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第3話

「チッ逃げたか…!」

 

俺が拳を放って始まった戦闘。

それは最後の四、五名が背を向けた事で終了した。

逃げる彼等を追いかけたかったが、久し振りにセムレグの力を借りたのでそんな元気は残っていない。

セムレグの旧式魔法は使い潰しが聞く分、体力の消耗が激しい。

出来れば長時間の使用は避けたい魔法だ。

 

「もう駄目だな」

 

俺は手にした軍刀を見てそう吐く。

巨人ナキレヴの一撃を防いだ軍刀は刃溢れが酷くもう使い物にならない。

まるで体力を消耗した俺を象徴するかの様な壊れ方だ。

まぁいい、代わりはいくらでも転がっている。

 

「これでいいかな?」

 

適当に死体の握っていた軍刀を拾うと、未だにペタンと地面に腰を落としているエルフの女に近づいた。

 

「ヒッ…!」

 

エルフの女は俺が彼女に何かするのかと考えたらしく、縛られたままの両腕を頭の上に持っていき、恐怖の感情を露にした。

 

「大丈夫だ、何もしないよ」

 

俺はなるべく優しい声を出し、彼女を縛る縄を切ってやる。

拘束から解放された色白の細い腕には縄の跡が残っていて少し痛々しかった。

 

「名前は?」

 

俺は痛そうに手首を揉む彼女に問いかける。

 

「えっ…」

 

縄を切られても彼女は怯えた目付きで俺の顔を見据えた。

エルフは独自の言葉を持っている。

もしかしたら、俺の話す言葉を理解できなかったのかもしれない。

 

「言葉は解るか?キミの名前は?」

 

「あっ、アンセヴァです。エルフのアンセヴァ…言葉は解ります。」

 

しかし、言語の問題は杞憂で女エルフは流暢な言葉でアンセヴァと名乗った。

アンセヴァは数瞬、躊躇する様に俺の顔を伺った後、恐る恐る言葉を続ける。

 

「貴方は何者なんですか?さっきの魔法は一体…」

 

彼女は先ほどまで繰り広げられていた闘いを見て俺に恐怖している様だ。

まぁ、巨人の上半身を吹き飛ばし、兵士数十人を素手で屠った事を考えれば仕方ないと言えば仕方ない。

自分でも解るがあんなの人間の成せる業じゃない。

 

「あれでは、まるで…」

 

あえて人間の言葉の範疇で形容するとすれば…

 

「…化物です」

 

俺の思考を先読みする様にアンセヴァはそう口ずさむ。

 

「化物ねぇ…自分自身、そう思うよ…これは元々俺の力ではないんだが、少々、人間離れが過ぎている。でもヤルストヴァにはこれ以上の化物がいるんだ。」

 

「聖女ですね?」

 

「あぁ、それでキミ達と相談したい事がある。俺の名前はナルア、ナルア・アズナン。キミ達を助けに来た。」

 

そう言って俺は彼女に右手を差し出す。

 

「アンセヴァ、案内してくれ、キミ達エルフの指導者の所へ…力になりたい。」

 

アンセヴァはゆっくりと俺の右手を掴む。

 

「貴方ってもしかして非国民のナルア?」

 

「…へ?」

 

どうやら俺の不名誉な渾名は壁新聞によってエルフ達にも知れ渡っていたらしい。

せめて、城壁崩しと言って欲しかった…。

 

 

「動くなっ!」

 

アンセヴァに先導され森に入るとすぐに弓を持ったエルフ達に囲まれた。

流石、森の民。

近づかれるまで全くその気配に気づけなかった。

俺は敵意が無い事を示すため両腕をあげる。

万国共通の降参のジェスチャーだ。

 

「 落ち着いて下さい、 彼は!」

 

隣のアンセヴァは俺を庇う様に声を上げるが、二人を囲むエルフ達は弓を下ろす事なく構え続ける。

俺はそんな彼等に違和感を覚えた。

 

(構成が極端すぎる…。)

 

そう、俺に弓を引くエルフは全部で両手の指程いたが、その年齢が安定しないのだ。

端的に言えば若過ぎるか年寄りか…。

エルフの事なので見た目通りという年齢ではないのだろうが、少年少女か老人しかいない。

要するに丁度良い、働き盛りの青年がいなかったのだ。

そう言えばあの時焚き火の前で死んでいたエルフ達も全員、少年と呼べる頃合いだった。

 

「アンセヴァ、お前はこっちに来い。この男はここで射ぬく!」

 

俺の疑問を他所に隊長格と思われる初老のエルフが吠えた。

エルフ達の構えた弓は真っ直ぐと俺の頭を狙っている。

弦はピチリと張っていてすぐにでも射つ事ができる段階だ。

拙いな…。

問答無用で矢を放たれれば今の俺には防ぐ術がない。

 

「聞いて下さい!皆さん!彼は我々の味方です!先程、帝国を謀反し人間の軍を追い払いました!」

 

しかし、こちらに来いと言われたアンセヴァは俺の隣から一歩も動かず声を上げる。

彼女から発せられたその声に弓を持ったエルフ達は信じられないと言った感じで応答した。

 

「まさかっ!?人間がヤルストヴァ帝国を裏切るだと?冗談もいい加減にしろ、アンセヴァ!正気に戻れ!」

 

「本当です!森の入り口へと行ってみて下さい!確かに私以外の仲間は帝国の兵士に殺されましたが、彼は兵士でありながら襲われていた私の事を助けてくれました!」

 

迫真のアンセヴァの表情に包囲していたエルフは達は顔を見合わせる。

そして、二人程、森の入口へと向かっていった。

…数分後、戻ってきた二人の報告でこの場での俺の処遇は決定する。

 

「アンセヴァの言うことは本当だ!帝国の兵士がわんさか死んでる!」

 

───

 

「キビキビ、歩けっ!」

 

「痛っいなぁ」

 

背中を小突かれ、足場の悪い林道を歩く。

何度か根っこに足がひっかかり、嫌でもペースが落ちてしまう。

それを何て事のないようにスタスタ歩くのはやはり、森の民エルフと言った所だ。

あの場での俺の処刑は回避されたが、相変わらず扱いは酷く、手を縄で縛られ連行されている。

縄を引っ張るのはアンセヴァ。

さっきとは立場が逆転してまったが、時折、彼女は申し訳なさそうに俺へとその青い視線を送ってくれた。

セムレグの魔法を使えばこの縄を引きちぎるのも容易いが、そんな事をすれば話が拗れるのでやらない。

それに彼等の会話を推察するに俺をエルフの長老の元へと差し出す様子。

ならば都合が良い。

彼等の指揮官と話がしたかったからだ。

森の中へ進むにつれ、辺りは薄暗くなっていく。

それは当然の事だが突然、人工的な灯りに包まれた一帯が出現した。

そこは森の中にもかかわらず開けており、ちらほらと焚き火の灯りが点在していた。

しかし、誰もおらず無人である。

 

「長!この者についてご指示を頂きたく、連れて参りました!」

 

初老のエルフが立ち止まり、おもむろにそう叫ぶと先程まで何もなかった場所から老齢のエルフが出現した。

 

「おぉ…!」

 

まるで虚空から登場したかの様な老齢のエルフに、俺は目を見開く。

これは姿を消している訳ではないのだが、エルフは気配を極限まで消すことで人間の目からまるで消えた様に見えるのだ。

森の中でエルフは自らの意思でその気配の濃度を操る事が可能であり、これはエルフが森の神に祝福されている事による一種の旧式魔法だ。

だが、頭ではそれを理解していても感嘆の声を上げずにはいられない。

そして、長老のエルフが現れた後、目と肌が森に慣れたからか、一人、また一人と俺の目にもエルフの姿が映り始めた。

つい先程まで無人だったこの場所は実は何十人ものエルフがいて、俺に弓を構えていたという事が解った。

 

「何も言う事などない、殺せ」

 

長老のエルフは俺を興味なさげに見つめると、短くそう言う。

途端に森の入り口の時とは比べ物にならない殺意が俺に注がれた。

 

(マズイッ!)

 

「待てっ!俺は貴方と話をしに来たんだ!俺はエルフ達の力になりたい!そう思っている!」

 

「なにぃ?」

 

長老エルフは俺の言葉に眉を潜める。

 

「その証拠はあるか?人間は信用ならん」

 

「本当です!彼は私を助けてくれました!」

 

「長、お言葉ですがアンセヴァの言う通り、彼が人間でありながらヤルストヴァの兵士達を殺したのは本当です。私の部下が確認しました。」

 

アンセヴァと初老のエルフが俺の言葉に同調してくれる。

けれども、依然として長老エルフは気難しい。

 

「それが罠という可能性もある。わざと味方を殺して我々を油断させ寝首を掻く、人間ならやりかねん。根拠はあるのか?」

 

長老は二人の言葉に忌々しそうに反論した。

エルフでこれ程老けているのだから、百年前の神征を経験しているのだろう。

百年の搾取と支配で彼は人間を信用していない。

 

「根拠はある…!」

 

条件反射的に俺の口は動いていた。

 

「ほぅ?」

 

「俺の軍服の懐に兵隊手帳がある。その名前を見れば俺が帝国を裏切った理由が解る筈だ。満足のいく根拠かどうかは解らないが、俺が出せるのはこれしかない。」

 

「…いいだろう、アンセヴァ、その男の懐から兵隊手帳を持ってきなさい」

 

「はい!」

 

アンセヴァは俺の懐をまさぐると皮製の軍隊手帳を探しだし、長老エルフへと差し出した。

彼は手にした手帳を骨張った指でめくる。

そして俺の名前を理解した。

 

「ナルア…ナルア・アズナン!?まさかあの、非国民のナルアか!?」

 

「そうだ!その非国民のナルアだ!城壁崩しのナルア・アズナンだ!」

 

壁新聞によって帝国中に悪名が広まっていた事にこの瞬間、初めて感謝した。

 

───

 

「入れ、貴様を信用した訳ではないが、我々と同じく帝国に相容れぬ者なら話は聞こう」

 

長老エルフは俺がナルア・アズナンだと解ると多少はその態度を軟化させた。

そして、話を聞く為、自分の住まいに俺を招き入れたのだ。

依然として手は縄で縛られて弓を持ったエルフは俺に目を光らせているが、すぐに殺す敵から少し話を聞いてみる人間程度には興味が湧いたらしい。

エルフの住まいは木と葉を組み合わせたテントの様な構造で、天井は少し低い。

心持ち頭を下げて長老の住まいに足を踏み入れた。

 

「これがエルフの本来の住まいだ。人間によって我々は百年もの間、あのブドウの街に押し込められていた。今は久し振りに森の空気を感じているよ、まぁ、この百年の間に産まれた若いエルフはこの住まいに不満がある様だがね、座れ。」

 

エルフ伝統の家は思っていたよりも広く俺と長老、他のエルフが数人入ってもその空間にゆとりがあった。

人よりも小柄なエルフにとって寝泊まりするのに充分な広さだ。

彼等が農奴に落とされる前はこんな形の家が森の至る所にあったのだろう。

 

「軍の野営様のテントより上等だ」

 

俺はそう賛辞を送ると、薄い木の板が敷き詰められた床に腰を下ろした。

服越しに木板の冷たさを感じる。

実際、簡単な構造だが野営のテントよりも通気性が良く過ごしやすそうだ。

材料も木と葉だけだし、これをテントの代わりに採用してもいいかもしれない。

まぁ、俺はもう軍に戻れないのでそんな機会はないけどな

 

「その軍の事で聞きたい事がある。」

 

長老エルフは少し濁った青い瞳を尖らせると、俺を睨み付け喉を震わせた。

 

「何故、お前は軍を裏切り、エルフの味方をする気になった?何を考えている?やはり、信用ならん。」

 

未だに俺の事を信用していないのかドスの効いた声でそう言った。

そして、それを合図に俺の隣に陣取っていた初老のエルフが短剣を抜き、俺の首筋に刃を当てる。

百年もの間、人間に敷いたげられていた恨み。

そんな恨みが彼等をそうさせるのだろう。

 

「言えっ!何を考えている?答えによっては今、ここでその首を掻っ切る。」

 

「俺は只、ヤルストヴァ帝国の人間とはズレているだけだ。」

 

「ズレている?」

 

正直に口を開いた俺。

長老エルフは俺の答えに長い耳をぴくりと動かした。

エルフが警戒する時に起こる無意識の仕草だ。

 

「あぁ、ズレている。帝国の人間は力で物を奪う事に疑問を持っていない。その力の前では全てが許されると考えている。俺はそうは考えない。だからこそ貴方に会いに来た。」

 

「成る程、貴様は融和主義者という訳か?なら、尚更、反吐が出る!融和を語る者は常に自分が上だと考えている者だけだ。仲良く手を取るとは言ってもその実、力が上の自分達が弱者に優しくしてやる…そういう傲慢な思想だ。その点、貴様とヤルストヴァは変わらんだろう!所詮は人間だ!殺せっ!」

 

「待て…まだ話をっ」

 

長老が指示し、俺の首に当てられた刃が動こうとしたその時

 

「待って下さい!彼の話をどうか聞いて上げて!」

 

アンセヴァが長老の家の入口に迫り、声を張り上げたのだ。

 

「アンセヴァ…あっちに言っていろと言っただろう?」

 

突如現れたアンセヴァに驚く長老。

気配を消してこの長老の家に近づいていたのだ。

俺はおろかこの家にいる他のエルフも気づいてはいなかった。

 

「どうしてそんなにこの人間を庇う?お前を助けたとしてもコイツが人間である事には代わりない。」

 

苦々しげに言葉をつづける長老。

そんな彼にアンセヴァは更に食い下がる。

 

「私は彼に情が湧いたという訳ではありません。只、この人間はたった一人で帝国の兵士数十名を倒しました!彼の力は我々の役に立つ筈です!」

 

「しかし、アンセヴァ、疑え、この男が無償で我々の味方をする理由がない。何か裏がある筈だ。しかも、コイツは融和主義者、平等に我々を見る筈もない!」

 

「俺は融和主義者じゃないっ!」

 

ここぞとばかりに、長老とアンセヴァの口論に俺は割って入る。

 

「なに?」

 

「俺は融和主義者じゃない!あんた達もご存じの通り、非国民と呼ばれ、帝都で後ろ指をさされて暮らしてきた!そのせいで両親も失った。そんな人間が融和など語れるか…!俺は帝国が嫌いになったんだ!俺は無償でエルフ達の力になるんじゃないぞ、俺がエルフの味方をすれば帝国が嫌がるから味方をするんだっ!確かに俺はアンタ達の事を対等に見ていない!だからあえてこう言ってやる!城壁崩しのナルア・アズナンがお前達の仲間になってやる!だから俺を信用しろっ!」

 

俺は叫んだ。

 

───帝国が嫌いになった。

 

昨日までは決してそう思ってはいなかった事を独白した。

だが、自然と口からでたこの言葉。

もしかしたら、ずっと前からヤルストヴァ帝国を心のどこかで嫌いになっていたのかもしれない。

俺の独白を受け、何事かを考える様に長老は口をつぐむ。

そして何度か俺の顔とアンセヴァの顔とを交互に見て口を開いた。

 

「では、この男を仲間に引き入れたとして…その責任は誰が取る?帝国に恨みを持つとはいえ人間だ。皆、いい顔はしないぞ?」

 

「私が取ります!」

 

間髪入れずに即答するアンセヴァ。

 

「それでいいのか?」

 

「はい、彼の力は私達エルフの存続に必要です!」

 

彼女は再度、そう宣言した。

 

「では、アンセヴァに免じてこの男を信用する。おい、剣を離してやれ…」

 

長老はアンセヴァの熱意に負けたのか、渋々、そう指示を出し俺の首から短剣を離させた。

そして、俺と目線を合わせる様に対角線上に座り込むと咳払いをしてこう言った。

 

「非国民のナルアよ、改めて話をしよう」

 

───

 

長老と話が終わり、宛がわれたエルフの伝統建築。

その中で俺は一人、毛布にくるまり横になっていた。

生活臭のするこの小屋はさっき野営地を攻撃して帰って来なかった者の小屋らしい。

それだけでも少し憂鬱になるのだが、それ以上に俺の頭を痛くする要因があった。

思い出されるのは先程の長老との会話。

あの一悶着の後、俺は長老にエルフが蜂起をした理由を尋ねた。

 

「何故、エルフは蜂起をした?失礼だが帝国相手に勝ち目がない、集団自殺と変わらん。蜂起したその理由を教えてほしい。」

 

「人間のお前がそれを問うのか?いいだろう…理由は単純。エルフという種が人間によって絶やされようとしているからだ。」

 

「絶やす?」

 

「あぁ、神征でエルフが弓兵として徴兵されているのは知ってるな?」

 

「あぁ…」

 

長老の口から語られるエルフの蜂起した理由。

それは酷く残酷な物だった。

 

「我々も自治権が拡大すると帝国から甘言を受け、数百人、エルフにとっては少なくない数をヤルストヴァ帝国に差し出した。だが、待てど暮らせど送った者は一人も帰って来なかった。解るか?彼等は全員が戦死したのだ。しかし、ヤルストヴァはまだ兵を寄越せと言ってきた。しかも最初の人数よりも多く…。」

 

「送ったのか…?」

 

「二等市民である我々に拒否する権利は持ち合わせていない。すぐに追加で数百人を送った。その中にはアンセヴァ…彼女の父親も居た。そしてまた悉く戦場で息絶えた。しかし、今度はここへと帰ってきた…遺髪となってな!そして三度、帝国は弓兵を要請した。三度目だ。また我々は数百人を送ったが…丁度一年前に皆戦死した。」

 

(まさか…!?)

 

俺の頭の中で今朝から感じていた違和感の数々が線となって繋がっていく。

 

───エルフの弓兵はとてもいい働きをするものだから、どこの戦闘でも引っ張りだこなのだ。

 

神征で人間の弓兵よりも優先して補助されたエルフ達。

 

───「いえ、見た事はありません。私は丁度、一年前から貴方の代わりに神征に加わりましたが、エルフがいた部隊なんてありませんでしたよ?」

 

エルフは一度も見た事がないと言ったナキレヴの言葉。

 

───(構成が極端すぎる…。)

 

俺が森に入って感じたエルフ達の歪な年齢構成。

働き盛りの青年がおらず、いたのは少年少女と老人だけ。

あれは若者を出さなかったのではく、若者がもう既にこの地にいなかったのだ。

 

「そして一ヶ月程前、四度目の派兵を要請された。もう女子供を送るしかない…エルフは人間と違い子どもを作る事は容易ではない、もしそうなったらエルフは種族として絶滅してしまう。だから蜂起をしたんだ!どうせ絶滅するなら森の民らしく森で戦って死のうとな!」

 

帝国はエルフの弓兵を湯水の如く浪費した。

その湯水が、今まさに枯れようとしている。

多分それは俺のせいだ。

俺が、城壁崩しのナルア・アズナンが神征を抜けた事で要塞の突破が困難な物となり、エルフの犠牲が増大したんだ。

そして、俺が神征を抜けてナキレヴが代わりに配備されるまでの一年の間に戦場のエルフは全滅した。

エルフはどうせ二等市民。

皇帝も聖女もリアーツブルだって彼等の犠牲を何ら問題だと考えない。

だからナキレヴはエルフの事を知らなかったのだ。

彼が来たときには皆死んでしまっていたから…

 

(俺が抜けたせいで、俺が少年を哀れに思ったせいで、両親ばかりでなく沢山のエルフが死んでしまった…!)

 

そう思うと涙が出てくる。

結局、あの時のささやかなアミズへの抵抗は何ら意味を持たなかった。

得られた物は少しの自己満足。

失った物は多くの命。

だが、俺はもう二度と間違えない。

何としても生き残った彼等の為に力を使おう。

俺はそう決心し、他人の臭いの未だ抜けない毛布の中、深い眠りへと落ちていった。

 

───

 

「ここは…」

 

気づくと眠っていた様だ。

俺は"いつも"の様に"自宅"の安楽椅子で目を覚ます。

あれ、どんな夢をみていたんだっけ?

確か夢の中で久しぶりに剣を握っていた筈だ。

しかも神征の時の軍服を着て。

眠い目を擦りながら辺りを確認する。

何て事はない、目の前に広がるのは帝都の実家。

愛しの我が家だ。

父が好きだった釣り道具も、母のお気に入りの花瓶も何も変わる事なく置いてある。

いつでも両親が帰ってきてもいいように、室内は二年前からずっとそのままにしてあるのだ。

いつか両親がその扉を開いて帰ってくる。

俺はそう信じてこの二年を過ごしてきた。

そう思うと視線は自然と、玄関の方へと誘導される。

 

ガチャリッ──

 

すると、示し合わせたかの様に玄関のドアノブが回った。

誰かが俺の家に入ってくる様だ。

鍵はかかっている筈なのに。

「久し振りー!ナルア!私だよー!」

 

玄関が開くと同時に響く元気な声。

部屋に侵入してきた人物は俺のよく知る少女だった。

薄い朱色のワンピースを着て、銀色の髪を真っ直ぐ伸ばし、黒曜石様な黒い目を爛々と輝かせている。

幼なじみの少女アミズがニコニコ顔で、俺の家へと入ってきたのだ。

 

「アミズッ!?いやっ…」

 

だが俺はすぐにその人物がアミズではない事が解った。

 

「今のアミズはそうじゃない…成長して聖女になった!」

 

そう、目の前にいる少女は外見はアミズであるものの、それは昔の、まだ宮殿に招聘される前の幼い頃の姿。

背丈の低い、まだ純粋無垢だった時の…。

今のアミズの姿ではない。

 

「うんっ!私はアミズじゃないよー!」

 

幼いアミズは俺の記憶通りの声でそう喋る。

でも、アミズの声だが喋り方が全然違う。

アミズは小さい時から全てを見透かした様な、大人びた口調だった。

こんな子供っぽい喋り方は絶対にしない。

 

「この姿がナルアに丁度いいかなって思って、これで会いに来たんだよ?」

 

「この姿で会いに来たって…まさか…!お前、セムレグか!」

 

「正~解!愛しのナルアおはよう!チュッ!」

 

唇を尖らして投げキッスをする少女。

その正体は俺を祝福する神様。

戦争神セムレグがそこには居た。

よりにもよってアミズの幼い時の姿で。

 

「やめてくれ…アミズはそんな事はしない。」

 

「気に入ってくれた?今度からずっとこれで来る?」

 

「よしてくれ…まてよ?セムレグが会いに来たって事は…」

 

「そう、こっちが夢の中。現実のナルアは今、エルフの小屋でグッスリだよ~」

 

セムレグにそう言われ、頭の中に直前の記憶が…帝国を裏切りナキレヴを殺した記憶が甦った。

俺がセムレグと会うのはこれが初めてではない。

俺がセムレグの旧式魔法を使える様になったその日に俺の夢枕に現れた。

その時は神様然とした姿で、まるでセムレグを象った彫刻の様な出で立ちだった。

その後、何度か夢で接触があったがその都度、セムレグ姿を変えて現れている。

ある時は戦士に、ある時は貴婦人に、ある時は神父に…そして今は幼いアミズの姿でやってきた。

曰く、神には本来定まった形はないという。

それを人間の目が自分に都合のよい形で解釈するそうだ。

そしてそれが、絵画や彫刻となって残るという。

また、神が自分からこうやって人間に会いに来る時、彼等は自分のその容姿を自由に変えて現れる。

やろうと思えば男にも女にも、幼児にも老人にも、王にも物乞いにも、その姿を変えられるのだ。

 

「何で会いに来た、しかもそんな姿で…」

 

「ナルアが久し振りに魔法を使ったからね~」

 

神征を離れて二年。

その間、セムレグは一度も俺の夢には現れなかった。

セムレグは戦争の神。

戦場にいない戦士に興味はなかったのだろう。

 

「うん?そんな事はないわよ?私はこの二年ずっとナルアを見ていたの。貴方に愛想を尽かすなんてないじゃない。」

 

戦争神は俺の心を読みそう言った。

この夢の中では彼女に隠し事などできない。

その全ての思考、感情がセムレグに伝わる。

 

「でも、嬉しかったわぁ、あの大男を殺した時のセリフ…セムレグだけで十分だって…あれって愛の告白かしら?」

 

セムレグはアミズの顔で両腕をモジモジと握り始めた。

そんなにアレが良かったのだろうか?

というかアミズの顔でやらないで欲しい。

 

「それは良かったわよ…だって私のお気に入りの戦士にそう言われたら、神様の私だってつい感情が高ぶってしまうわ。」

 

口に出していないのに会話が続く。

この夢の空間は結構便利だった。

 

「でも良かったのかしら?」

 

セムレグは急に真面目な表情になる。

その時は本当にアミズの様に見えた。

 

「何が?」

 

「あんな啖呵を切ったけど、帝国敵に回して勝算なんかあるの?」

 

おちゃらけた態度を一変。

急に痛い所を突いてきたセムレグ。

俺は答えに臆してしまう。

 

「それは…」

 

「まぁ、私にとってはナルアがまた戦争をしてくれるからいいんだけど…でも、現実は大変よ?私もできるだけナルアには長生きして欲しいわ?それに貴方の事だからきっとこの聖女様も出てくるでしょうね。」

 

「そうだ、セムレグに聞きたい事がある。」

 

「何かしら?」

 

「どうして神々は聖女なんて化物を産み出した?」

 

俺がセムレグに聞きたい事。

それは聖女の存在意義についてだ。

さっき、セムレグは俺の事をお気に入りの戦士と表現したが、聖女は魔法を司る全ての神々に気に入られている。

勿論、眼前の戦争神セムレグにも。

だからこそ、奇跡。

だからこそ、正義。

そして、それ故に聖女。

だが、神々が愛したその人間は只の暴力装置になっており、いたずらに命を奪うだけだった。

だから気になる。

何故、神々がそんな理不尽な存在を定期的に産み出すのか

 

「それを説明するには、まず人間の歴史を知る必要があるわ、長くなるわよ?」

 

「歴史?」

 

「えぇ?知らないかもしれないけど太古の昔、人間はこの世界で一番下層の種族だったの…ある時は巨人に弄ばれて、またある時はエルフの奴隷となって、そしてある時は竜の民の餌だったわ。それでも人間が生き残ったのは極めて高い繁殖力のお陰ね。」

 

「今とは逆だったのか?人間と亜人は?」

 

「そうよ、それに元々、亜人は人間を指す言葉だったの」

 

「え?」

 

亜人と人間は本来、逆。

セムレグの語る事実に俺は驚いた。

今の帝国と支配領域を見ればそんな事は想像できない。

 

「人間の定義が違ったの…魔力を持っている種族が人間、魔力を持っていない種族が亜人。この世の支配者が変わった時、言葉も入れ変わったの、この世界では魔力を持つ風に進化する事が重要なのに貴方達は魔力よりも繁殖力に特化して進化した異質な存在だったの、まぁ、たまに魔力を持つ人間はいるけど数は少ないでしょ?」

 

「すまない、進化って何だ?」

 

セムレグの口から聞き覚えのない単語が飛び出す。

 

「そっか、貴方達はまだ知らない概念だったわね…まぁ、それは置いといて、要は人間は魔力がないから虐げられていたの…丁度、今とは立場が逆でね。だから神々は考えた。亜人が、今の人間が可哀想だってね、だから人間に一発逆転の切り札として膨大な魔力を持った存在をプレゼントする事にしたわ、それが…」

 

「聖女?」

 

「…最初の存在は聖女じゃなくて勇者だったけどね、それが千年前の話。そこから支配者が代わって、後は今の通りね。」

 

セムレグはそう言って言葉を締めた。

 

「ならもう充分だろう?充分人間は力をつけた。その力を使って今や人間同士で争っている。もう、彼女から…アミズから力を取り上げてくれ!」

 

俺はセムレグに嘆願する。

だが戦争の神は困った様に目を反らした。

 

「私はそう思うんだけど他の神々はそう考えてないの、人間がこの世界に君臨して千年だけど…人間が家畜の様に虐げられていた年月はそれの数十倍。それくらい酷かった。だから私を除く神々は人間に肩入れするのを辞めない…そしてそれが私がナルアを祝福する理由の一つよ。」

 

「俺を祝福する?」

 

「そう、ナルアは私を戦争の神としか見てないけど、もう一つ側面があってね?平等の神とも呼ばれてるんだ。戦争は公平でなければならないでしょ?ナルア、私はね聖女から弱者を守る抑止力の為に貴方を祝福しているの」

 

「ちょっと待ってくれ、どうして俺なんだ!?」

 

「あの神征の中で、ヤルストヴァに疑問を持ってる…回りとズレている存在が貴方しかいなかった。だから、私は貴方を選んだ。確かにあの時の貴方は聖女の手先となっていたけど、いつか私の勇者になる。そう考えたの、二年かかったけどね。」

 

セムレグから明かされた衝撃の事実に、俺の思考は追い付かない。

 

「ごめんなさいねこんな役目を押し付けて…」

 

申し訳なさそうなセムレグの声。

だが、おかしい?もしそうなら…。

 

「セムレグ、この魔力は元々アミズが俺にくれた物だ。ちょっと皮肉めいていないか?」

 

そう、俺は元々普通の人間。

産まれた頃から魔力は無い。

だが、俺が神征に参列する時にアミズから魔力を分け与えられたのだ。

魔力を分け与える魔法。

そんな出鱈目な魔法をアミズは使えた。

 

───「ナルア、貴方に私の力を与えます。それで帝国と神征の為に尽くしなさい」

 

そうやって、アミズに魔力を授けられた日の夜、セムレグが初めて夢に現れた。

 

「あの娘がナルアに魔力を与えたのは偶然よ。言うなればアミズちゃんは私の恋のキューピッド!あの娘がいなければ私は貴方に力を授ける事ができなかった。だからあえて言うわナルア・アズナン、私の勇者になって!」

 

セムレグはそう言って俺の唇に口付けした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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