俺は多分間違えてない   作:まっuk

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第5話

長老からの同意を得た後、俺は具体的な計画を練る為にエルフの群れの中で発言力を持つ者達を長老の小屋に呼ぶよう頼んだ。

すぐに数人のエルフが集まり、小屋は手狭となる。

ここにいるのは家主の長老、俺、アンセヴァ、三人のエルフの有力者の計六名。

三人の中には昨日の夜、俺の首筋に短剣を充てていた初老のエルフもいた。

彼等からアイグルニブ王国を目指す事に否定的な意見も出るかと思ったが、長老が決定事項だと一声出すとその三名は素直に納得する。

人もエルフも権威には負ける。

それに、彼等の心の何処かでは帝国と戦って死ぬ事に否定的な考えがあったのかもしれない。

ともあれ、不思議な位あっさりと有力者達の同意を得た。

 

「準備にかけられる時間は三日が限度だ。それを過ぎれば確実に帝国は近くの駐屯地から軍を派遣してくる。それまでに移動の準備は可能か?」

 

俺は地図を木の香が薫る床に広げたまま現状の再確認を始めた。

昨夜の戦いで数人を取り逃がしてしまっている。

馬がないとはいえ、明日か明後日位にはどこかしらの街に辿り着きこの事を知らせるだろう。

そうすればすぐに前回の比ではない兵士が来る。

そんな彼等から逃げる為には一秒でも速く、移動を開始したかった。

 

「エルフは過剰に消費をする生活はしないから物は少ない、小屋も決起の日に作られてまだ一月と少ししか経っていないので愛着がある訳でもない…やろうと思えば明日にでも出発できるさ」

 

俺の言葉に答えてくれたのは初老のエルフ。

聞く所によると彼は百年前の神征の時、帝国に抵抗する軍の様な組織で指揮をしていたらしい。

まぁ、彼のいた軍と俺の想像する軍ではニュアンスが違うので正確に言うなら自警団的な組織なのだろう。

これまでの歴史でエルフに体系化された軍がいたとは聞いた事がなかった。

だが、それでも強者の発言だ。

俺は少し安心感を得る。

 

「頼もしいな…じゃあ早速、移動の経路を提案する。」

 

俺はそう言って木の枝を使い、大まかな経路を地図上に指し示した。

 

「これが一番速い経路だ。まずこの森を出て平原を突っ切る。直線上には関所は二つあるが幸いな事に人の住んでる様な街も軍の駐屯地も無い。」

 

最初に俺が提案した経路は、歩き易い平原を移動しアイグルニブの国境へと向かうルート。

平地を歩く事で女子供や老人でも余裕を持って移動できる。

しかも国境近くの辺鄙な土地には人家もない。

それもその筈、実質的な人が住める限界はエルフ達が焼きはらったこのブドウの街までなのだ。

誰も好き好んで龍の地の近くに住みたいとは思わない。

だが、俺の提案にすぐエルフ側から反対の手が上がった。

 

「ヤルストヴァの人間よ、確かに人間から見ればその経路は楽に感じるかもしれん。だが、エルフにとっては厳しい道だ。我々は森の神の祝福を受ける部族。森から出れば魔法も使えん。」

 

俺と始めて会話を交える白髪のエルフは地図上に置かれた木の枝をより険しい森の経路にずらした。

遠回りになるが、できるだけ平原を迂回し森を出ないルートだ。

 

「最適解はこうだ。貴様の言う関所付近では嫌でも平原を通過しなければならないが、これなら極力、森を出ないで済む。」

 

「だが、この大所帯だぞ?森を上手く進めるのか?」

 

俺は疑問を投げ掛けた。

この辺りは国境に近いと言っても二三日歩けば付けるという距離ではない。

それに生き残りのエルフが百人規模で一斉に移動する。

足腰がしっかりしている青年ならともかく、生き残りの殆どは老人、女、子供…。

老若男女から若いを抜いた歪な集団だ。

グズグズしていると帝国軍に追い付かれてしまう。

ただでさえ集団の移動は速度が落ちるのに。

 

「だからこそだナルア・アズナン。我々は森の民だぞ?森の地形でも速度を落とす事なく歩みを進める。移動に関しては心配するな、貴様は関所を破壊する事だけ専念してくれれば良い。どうせどの道を選択しようが関所は通過せねば、国境には辿り着けんのだろう?」

 

「それはそうだが…」

 

避けられない二つの関所。

山の多い地形と河川の混在する国境付近の地理的制約から、この大人数でアイグルニブに行くにはどうやってでも関所のある平原、二ヶ所を通過しなくてはならない。

帝国もその事が解っているから、その場所に関所を設置しているのだ。

 

「それが本当なら俺もその意見に同意したい…だが、信じていいのか?」

 

白髪のエルフの提案した森を通過する経路の選択。

本来なら俺だってそうしたい。

平原で大人数が移動すると嫌でも目に付くし、軍は馬を使うので捕捉されればそこでお仕舞いだ。

森ならば馬での移動も難しいので、帝国の脚は落ちる。

だが、このエルフの群れは帝国に追い付かれる前にその道程を踏破するだけの力があるか…疑問だった。

 

「大丈夫だ。森の民だからな…貴様が同意するなら決定だ。それでよろしいですね?長?」

 

白髪のエルフに同意する様に初老のエルフも口を開く。

そして、長老に肯定を求めた。

 

「あぁ、それでいい。では今日一日を準備に費やした後明日にでも移動する。皆には私から言っておこう。心配するな人間よ、我等は森の民。例え女子供でも速度を落とさず移動できる。」

 

二人の言葉に長老も異を唱えない。

説明の中、彼等はやけに森の民という部分を強調していた。

まるで安心しろと言わんばかりにその単語を繰り返す。

その姿は自己暗示をかける様だった。

 

「後は頼んだぞ、ナルア・アズナン。」

 

そして一拍置いた後、覚悟を決めたように長老は俺にそう言った。

 

「あぁ、関所の事は任せてくれ」

 

応じる様に相槌を打つ俺。

不安が無い訳ではなかったが、空気を壊さない為にもそう返す。

後で、この時老齢の首脳人達が考えていた事を知り俺は後悔する事になる。

 

…けれども、それは少し先の話だ。

 

「ナルア・アズナン。この後少し残って欲しい。」

 

具体的なアイグルニブへの道筋を定め、準備の為に各自解散となった時、俺は長老エルフに呼び止められた。

俺と一緒に小屋を出ようとしたアンセヴァも長老の声にその足を止める。

 

「アンセヴァ、お前も席を外してくれ」

 

しかし、長老は俺と一対一で話がしたい様でアンセヴァにも退出を求めた。

 

「…解りました。ではナルア、また後で」

 

彼女はそう断ると長老の小屋を後にする。

中には俺と長老の二人だけになった。

木と森の臭いに包まれた部屋の中。

窓がない、薄暗い緑色の小屋は何だか厳かな趣を持っている。

陰影礼賛…とでも言うべき雰囲気。

暫し、二人に無言の時間が流れた。

 

「昨晩、アンセヴァを抱かなかったな?」

 

先に口を開いたのは長老だった。

 

「…呆れた…二人きりになって何を話すかと思ったらそんな事か、あんたも酷いな、俺をエルフに協力させる為に女を使うだなんて、彼女には自分自身で決めた本当に好きな相手を選ばせるべきだ。」

 

苦々しく声を発する。

途端に頭の中で昨夜の光景が甦った。

木の繊維で紡いだバスタオルの様な下着。

それ一枚で俺へと迫った細いが色めかしいアンセヴァの体つき。

あの時の光景は薄暗い闇夜の中でも脳裏に焼き付いて、今も目から離れない。

 

「まだ若い娘にあんな事をさせるもんじゃない。」

 

俺は頭の中の邪念を払い、そう毒づく。

 

「141歳だぞ?」

 

「…エルフにしてみれば若いだろ。これに懲りたら二度とするな、別に女なんか与えられなくても俺はお前達の味方をする。」

 

141歳という単語を無視し、俺は長老エルフにそう返した。

 

「そうか…なら良いのだが、別に私はアンセヴァをお前への報酬という意味だけで宛がわせた訳ではないのだ。」

 

「どういう意味だ?」

 

彼の発言に首を傾げる。

頭に疑問符を浮かべる俺を尻目に、長老のエルフは言葉を続けた。

 

「先程、貴様はアンセヴァには本当に好きな者を宛がうべき…そう言ったな?」

 

昨晩、アンセヴァにも説いた至極一般的な社会通念。

それを長老は再確認する。

 

「エルフの森じゃそんな習慣は無いのか?」

 

「馬鹿にするな若造、エルフは基本自由恋愛だ。私が昨日やった事を除いてな。」

 

俺の返答に、彼はちょっと怒った口調になった。

そして一度咳払いをすると、また会話を再開する。

 

「アンセヴァの本当に好きな者だがな…それは無理な話なんだ。」

 

「無理?」

 

「あぁ、少し昔話をする。」

 

そう前置きすると彼はアンセヴァの過去を話し始めた。

 

「アンセヴァは百年前、将来を約束していた男がいた。だが、その男は百年前の神征で死んだのだ。」

 

彼の発言に小屋の空気が一気に変わる。

アンセヴァもまた、神征の犠牲者。

そういう事を示していた。

 

「そうだったのか…」

 

「幸い、婚姻前であったから彼女は未亡人になる事なく、純潔を保たれた。エルフは婚姻後の初夜まで、身体を許す事はせんからな…乃ち、一生を独り身で過ごす心配は無かった…」

 

「それで…?」

 

「まぁ、話を聞け、続きがある。」

 

言葉を遮ろうとする俺を制して長老は哀れなエルフの昔話を続ける。

 

「アンセヴァはそれでも何年もの間、一途に死んだ恋人の事を思い続けた。だが、時は心の傷を風化させる…それから数十年してまた別の男が彼女の心の拠り所になった。」

 

アンセヴァに出来た二度目の恋人の話。

…しかし、今も彼女が純潔だと言う事は。

 

「その者もまた死んだ。アンセヴァと婚約した後に死んだのだ。死因は流行り病。それは人間の駐在員が持ち込んだ熱病だった。だが、話はこれで終わらない…」

 

十二分に重いアンセヴァの過去。

この部屋の空気が暗いのはエルフの家に窓がないからだけではなくなった。

 

(やめてくれ…まだ続きがあるのか?)

 

心の中でそう思ってしまう。

そう感じる俺の思考も虚しく、この昔話はまだ続きがある様で、長老エルフは口を止めない。

 

「そして二度も恋人を失ったアンセヴァは、あろう事か自分の実の親である父親と白昼堂々愛を語る様になったのだ。彼女の父も神征で妻を失い、不幸な事にアンセヴァは亡き母そっくりの生き写しだった…。お互い孤独で屋根を共にする…そうなるのは必然だったのだろう。周りは気味悪がったが、それでも幸せそうな二人を前に何も言えなかった。それに、父も最後の理性で踏み止まってアンセヴァに手は出さなかったからな…ともかく、恋人を二度も失い行き場のなくなったアンセヴァは実の父と禁断の関係にあった。」

 

彼の口から明かされる衝撃の事実。

そして俺は、気づかなくていい事を気づいてしまった。

 

「確か昨日の話では、二度目の派兵に彼女の父が…!」

 

長老は見開く俺の視線を受け止めた。

 

「あぁ、そうだ、その通りだ。その父親すらも、今回の神征に派兵され死んだ。」

 

「なっ…!」

 

長老の語る一連の昔話に俺は息を呑まざる得ない。

アンセヴァ…彼女の人生には今までどれ程の辛い別れがあったのだろう。

 

「アンセヴァの愛する者は皆、人間によって殺された。言うなればお前は仇の一人でもある。だから人一倍、人間を恨んでおった。そんな彼女が昨日、お前の事を庇ったのには驚いた。そして責任を取ると宣言したことにもな。」

 

憎くて憎くて堪らない存在に本心ではないとしても身を許す。

どれだけの覚悟が必要だったのだろう。

 

───なら、そういうコトは本当に好きな人の為にとっておきなさい!

 

昨日、彼女に説いた正論。

事情は知らなかったとはいえ、何て酷な事を言ってしまったんだ…俺は?

彼女はもう三度も心に決めた人が居なくなっていたというのに。

 

「だからこの部族ではもう、彼女と添い遂げるなどと言う男は現れない。実の父と愛を語っていた女など誰も娶ろうとは思わない筈だ。只でさえ彼女に愛された者は死ぬ…そういう噂が老人の間で立っている。お前が非国民と蔑まれ孤独だったのと同じ位にアンセヴァは孤独の中で生きてきたんだ。」

 

こんな話を俺にする長老の真意。

それが何となく解り始めた。

 

「つまり、何が言いたい?」

 

しかし、だからこそ俺は問いかけた。

長老の口からその真意を聞きたかったのだ。

 

「アンセヴァはもう一生孤独だ。だから、お前が断るなら彼女の夫になってくれとは言わん。…ただ、どうか彼女の味方になってやってくれ…ここ数年、アンセヴァは私と数人程度としか言葉を交えていないのだ。例え貴様が人間でも、数年ぶりに若い男と言葉を交えたのはナルア…貴様なのだ。だから、どうか、どうか彼女に優しくしてやって欲しい。この通りだ。」

 

そう言って長老はさっきよりも深々と殆ど地面と顔が接する位に頭を下げる。

自然と俺は彼の頭皮を見下ろす形となった。

 

「…」

 

だけど俺は、本日二度も見る事となった老人の旋毛を前にして、何一つ言う事ができなかった。

 

───

 

「ナルア、遅かったですね?」

 

長老の小屋から出ると、件のアンセヴァが大きな木の切り株に腰をかけていた。

どうやら俺の事を待っていたらしい。

 

「長はなんと?」

 

「あっあぁ、少し移動の打ち合わせをな…」

 

俺は先程の話が頭にちらつき、アンセヴァの顔を真っ直ぐと見れない。

 

「何ですかそんなに驚いて」

 

弱々しい声の俺にアンセヴァは空色の目を訝しげに曲げる。

 

「いや、何でもない…キミはどうして俺を待っていたんだ?」

 

長老と話していた時間はそこそこ長かった。

それまでずっとこうして俺の事を待っていたのだろうか?

 

「…?特に理由はありませんが、待っていてはいけませんか?」

 

「いや、そういう訳じゃない。だが、明日の準備をしないといけないから他の皆に伝えてきてくれないか?」

 

「それはさっきのご老公方がやっています。若い私が変にでしゃばる必要はありません。」

 

「そうか…その、アンセヴァ?」

 

「何ですか?」

 

「昨夜はすまなかった」

 

俺は次にアンセヴァの顔を見たら言おうと考えていた事を口にした。

多分、これは自己満足。

謝ったとして何がどうなる訳でもない。

知らないとはいえ口から出してしまった言葉のナイフを無かった事にはできない。

だが、こうしないと気持ちが変になりそうだった。

 

「何を謝っているんですか?貴方は昨晩、紳士的に接してくれたじゃないですか?変なナルア…ふふっ」

 

何に謝られたか解らない様で、不思議そうに微笑むアンセヴァ。

その笑顔の中に昨日までは感じなかった寂しさを感じた。

どうか、気のせいであって欲しい。

 

───

 

「凄いなぁエルフって…」

 

エルフ達が移動する為の旅支度を部族総出で行っている。

そして、それを眺める俺は感嘆の声を上げた。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、用意が周到だなと思ってな」

 

俺はどれくらい時間がかかるだろうと彼等の準備を自分に宛がわれた小屋の中から入口を開けて見ていた。

しかし、目の前のエルフ達は家財や家庭道具の類をとっと選別し、長距離の移動には不必要な物など最初から無かったかの様に纏め上げると、あっという間に荷造りを終えてしまったのだ。

時間は殆どかかっていない。

中心の広場の方にはまだ有力者達に指図され、保存食作りや矢の生産等を行っているグループもいるが個人の身支度は皆、もう終えてしまっている。

 

「エルフは人間と違って無駄に物を買い込まないのでこう手際良く準備ができるんです。人間は欲張り過ぎです。必要最低限でも豊かな暮らしはできます。」

 

俺の隣に座るアンセヴァは戒める様にそう解説した。

そういえば小屋の中で、初老のエルフも同じ事を言っていた。

確かに俺が今寛いでいる小屋の中を見渡しても生活に無駄と思われる様な代物は一つも無かった。

洋服などの類は二三着の着回しができる簡素な物が数着置いてある程度。

寝床には草を敷き詰めたベッドに毛布が一枚。

勝手場には漆器の類が二三、調理道具は鍋が一つ、あとは薬草か何かを煎ずる道具が一式。

小屋にある物、以上。

いくら、これが一月程前に作られた仮住まいだったとしても物が無さすぎる。

これがエルフ本来の森と共存して生きる生活様式なのだろう。

 

「…確かにアンセヴァの言うとおりだな、帝都は物が溢れ過ぎていた。皆、いつ使うのか解らない奢侈品を買い込んでいたよ…キミ達が一生懸命作っていたワインだって貯蔵して何年も溜め込んでいるんだ。飲まずにずっと…」

 

「人間は折角作ったワインを飲まないのですか?」

 

アンセヴァはきょとんとした顔になる。

 

「あぁ、時間を置くと味が変わるとか言って飲まないでとっとくんだ。何年も…俺は貧乏舌だったから違いが解らなかったが、今思えばそれも無駄な事だった様に思えてくるよ。」

 

「なぜ人間がその様な無駄な事をするか解りませんが、ナルアも少し我々の暮らしをして下さい。」

 

「そうだなぁ…君達とは暫く行動をともにしないとならないし…」

 

俺がそう相槌を打つと、アンセヴァはこう切り出した。

 

「その事ですが、ナルア…アイグルニブへと着いたら我々と一緒に暮らしませんか?」

 

「えっ…?」

 

「ナルアは昨日、私達がアイグルニブ着いたらすぐにエルフから距離を取る…そう言っていましたね?」

 

「あぁ…エルフは人間の事が嫌いだろう?」

 

俺は彼等を送り届けた後はエルフの前から姿を消す。

昨夜、アンセヴァにそう言ったしその考えは変わらない。

エルフ達だって人間が嫌いだろうからそうするのがお互いの為。

そう思ったからだ。

しかし、彼女は俺を引き留めていたいらしい。

 

「ですがナルア、我々から離れた後、貴方はどうやって暮らしていくつもりですか?もうヤルストヴァには戻る事はできないでしょう。なら、我々と共に生活しませんか?帝国の様な物に溢れた暮らしはできませんが、それでも毎日生きていけます。」

 

「何を言ってるんだアンセヴァ?キミが良いと言っても皆が良い顔をしないだろう?」

 

「では、皆が認めれば一緒に暮らしくれますか?それなら、安心して下さい。貴方が帝国の兵士を退けたお陰で結構人気がありますよ?特に神征に親を取られた若いエルフを中心に、私もその一人です。」

 

否定的な態度を取る俺にアンセヴァはなおも食い下がった。

 

「アンセヴァ…誘ってくれるのはありがたいが、何がキミをそうさせる?何故、そんなにも熱心になってくれる?キミとは知り合って数時間がいい所だ。出会った理由も元々は君達を殺す為だ。」

 

「出会ったワケはどうだって良い…そうは思いませんか?」

 

俺達はまだ出逢って一日と経っていない。

なのにどうしてこのエルフは俺を引き留めたがるのか…彼女の心意が理解できなかった。

 

───彼女は孤独の中で生きてきたんだ

 

丁度、エルフの長が言っていた事が脳内に反芻された。

もしかしたら、アンセヴァは…俺という同類同士傷を舐め合いたいのかもしれない。

孤独に生きる悲しみ、それは俺にもよく解る。

優しさに飢え、安らぎを感じさせてくれる物ならそれがどんなにどうしようもない物でも求めてしまう。

それが原因で俺も一度は神征に戻ろうと決心した。

アンセヴァの場合、それは俺。

まだ半日しかない付き合いだが、もしかしたら似たような境遇の俺なら自分に優しい言葉を投げ掛けてくれる。

そういう希望的観測から俺にこう接するのだろう、憎い筈の人間なのに…。

 

───数年して、私はナルアの事を好きになるかもしれません。

 

昨日の夜のあの言葉ももしかしたら、アンセヴァの淡い期待の現れだったのかもしれない。

好きな人間は皆死んでしまい、同族からは良い目で見られない…ならば好きではないが自分の裏を知らない余所者を好きになるしかない。

そんな消極的な妥協から俺をこうやって誘うのだ。

長の話とアンセヴァの態度から、そう彼女の脳内を類推した。

 

「ナルア…どこへ行くんですかっ!?」

 

俺はそれ以上、考えるのが嫌になり座っていた場所から徐に立ち上がった。

 

「…俺も少し準備をしてくる。」

 

それだけ言って小屋の出口に足を近づける。

 

「今の話、考えておいて下さいね。」

 

返事はしなかった。

 

───

 

「ふぅ…」

 

準備をすると言った手前、自分も何かしなくてはならない。

取りあえず俺は人気の無い場所へと移動した。

そして、腰に下げた軍刀を鞘から引き抜き砥石で磨く事にする。

しかし、この軍刀の持ち主は手入れ上手だったらしくそれも短時間で終わってしまった。

そして、使い終わった砥石を再び背嚢へと戻した時、背後に視線を感じた。

それも、複数。

 

「よう、人間。」

 

俺が振り向くよりも速く、視線の主の一人がそう声を発した。

ゆっくりと俺は振り返る。

そこには男のエルフが三人。

アンセヴァと同い年位だ。

 

「何の用だ?」

 

人気の無い場所。

彼等はエルフで、俺は人間、憎悪の対象。

───報復。

一抹の不安が胸を過る。

真ん中のエルフが後ろ手に何かを握っていたからだ。

 

(武器か…?)

 

もしここでお礼参りを受けたらどうしようもない。

無抵抗で殺されればそれで終わりだし、俺が彼等に危害を与えても、やはり人間だ殺せっ!と言う話になってしまう。

 

「別に用って程でもないんだがなぁ…」

 

一人のエルフがそう言うと三人がゆっくりと近づいてくる。

相対距離が縮まるにつれ軍刀を握る力が強くなった。

あと一歩…。

彼等と俺の距離がそこまでになる。

 

───そしてっ!真ん中のエルフが何かを握ぎったその手を伸ばしたっ!

 

「昨日の礼だ。受けとれ、我が部族の証だ。」

 

身構える俺に突きだされた物。

彼の手には小降りの刀剣が"鞘"に入った状態で握られていた。

エルフの皆が持っている短剣だ。

思わぬ不意打ちに俺はカランと軍刀を取りこぼしてしまう。

 

「…これは?」

 

俺は渡された短剣を手中に、この小さな刃物をプレゼントしてくれたエルフ達に尋ねた。

 

「だから言っただろう我が部族の証。エルフはこれで枝を切り、草を薙いで森を進む。明日からはこれがないと不便だろう?」

 

どうやら明日からの移動に備えてこれを俺にくれた様だった。

 

「こんなのくれなくてもこの通り、軍刀はあるぞ?」

 

そう言って見せつける様に立派な光り物を掲げる。

素材を厳選し、職人の手によって鍛えられた帝国謹製の軍刀。

やや湾曲した片刃剣は切れ味抜群だ。

特に馬上から敵の首をはねる時などスパッといって気持ちが良い。

 

「それは人を斬る為の剣だろう?長さがあるから狭い森じゃ取り回しが悪い。それにこれは俺達からのお礼だ。」

 

だがそれは違うとエルフの一人は否定的に反応した。

 

「昨日、アンタが帝国を裏切ってくれなかったら多分俺達の命は今日までだっただろう。しかも、アンタはこれから俺達の事を導いてくれる。」

 

「仲間は確かに死んじまったけど…これから守ってくれるんだ。だから、これは俺達の感謝の印だよ。これでアンタも一応仲間だ。受け取ってくれ。」

 

「…そうか、ありがとう。」

 

声を連ならせる三人に謝辞を述べる。

短剣の鞘にはナルアと名前が刻まれており、俺の為に新調してくれたという事が理解できた。

なんだか、警戒していた所に単純な好意を向けられて身体がむず痒かった。

思えば純粋な厚意をもらったのはこれが久し振りだった。

アンセヴァが若年層にはそんなに嫌われていないと言っていたがあながち間違ってはない様だ。

 

「でも部族の証を渡してもいいのか?俺は人間だぞ?」

 

「確かにそれは気に食わないが、百年前は普通にエルフと人間にも交流はあった。だからとやかく言う気はない、それに本来、森は万物に平等だ。」

 

何て事ない風に言うエルフ達。

なんと心が広い奴等だろう。

 

「じゃあ、有り難く頂くよ。」

 

そう言って俺は腰に巻くベルトにその短剣を吊り下げた。

重すぎず、かといって軽すぎない…手先の器用なエルフの成せる業なのか、まるで前からそこにあったかのように吊り下げられた位置に収まった。

 

「それにアンセヴァの事もよろしく頼む。」

 

短剣を渡してくれたエルフの呟いた一言。

俺の鼓膜はピクリとそれに反応した。

 

「アイツは色々あって歪んでしまって、ここ数年ずっと自分の殻に閉じ籠ってたんだ。俺達が歩み寄っても素っ気なかった…それに、一部の老人なんかはそんなアンセヴァを気味悪がって話しかけもしなかった。」

 

青年エルフはアンセヴァの過去を濁し気味にそう話す。

俺が彼女の悲劇を知らないと思っているらしい。

まぁ、父親と恋愛関係にあったなんて説明はできないだろうが…。

 

「でも、今日は自分から積極的にお前に着いて回っている。アンセヴァが他人に興味を示したのは本当に久方ぶりの事だ。この短剣にはその感謝の意味も籠っている。」

 

「だから、アンセヴァに優しく接してやってくれ。」

 

口々にアンセヴァを頼むと言う三人のエルフ達。

その六つの眼は純粋で、彼女の事が心配だという事を除いて他意は無い。

森の民とは上手い事やっていけるかもしれない。

俺はエルフの森二日目にしてそう感じる共に、アンセヴァとどう接するかを考え始めていた。

 




一週間で一話しか書き溜められませんでした。
すみません…。
また来週更新します。
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