ハイスクールD×D Yto   作:今日から禁煙

27 / 33
もうすぐ3月ですが、本年もよろしくお願いいたします。

第25話です。


第25話

 叶わないと諦めた

 最早言葉などいらない

 さぁ始めよう

 

 ―●〇●―

 

 

「すごい」

 

 隣にいる小猫ちゃんが、その光景を目の当たりにしてそう呟いた。

 

 今、僕達の目の前で、堕天使コカビエルと菅原先輩が拳を交えていた。

 

 二人の拳がぶつかり合う度に、とてつもない衝撃が地面を激しく揺らした。

 

 その戦いは真に次元の違う闘いだった。

 

 正直言って、この二人の闘いがここまで激しいものなるとは予測することが出来なかった。

 

 何故ならば僕は見誤っていたのだ……先輩の力を。

 

 悔しいけれど、僕達グレモリー眷属の実力は先輩には遠く及ばない。

 

 それは先の駒王町で起きた堕天使暗躍事件や、リアス部長の結婚式でのライザー・フェニックスとの一戦でも証明された。

 

 特に、ライザーとの一戦で悪魔への覚醒を果たしてからの先輩の強さは底が知れない。

 

 でも、一見完勝に見えたライザー戦も、僕にはギリギリの勝利に見えた。

 

 仮想空間から戻った先輩は周囲に気づかれないように振る舞っていたが、息遣いが荒かったり、足取りが覚束なかったりとかなり追い込まれていた様子だった。

 

 その疲弊した姿は、あまりにも強大な力に先輩の身体がついていけてなかったようにも感じた。

 

 だからこそ、コカビエルとの一戦は先輩が圧倒的に不利に思えた。

 

 ライザーとコカビエルを比較すれば、数段コカビエルの方が実力は上だ。

 

 だが蓋を開けてみればどうだろう?

 

 古の強者であるコカビエルを相手に、一歩も引かずに互角に戦う先輩がそこにはいた。

 

 ライザーとの戦いでは、あれほど窮地に陥りながら力を押さえていた?

 

 それは考えられない。

 

 先輩はそんなに器用な人ではないし、全力で来る相手に対してそのような無礼を働く人ではない。

 

 ではいつの間にこれほどの力を得たのか?

 

「今度の俺はちょっと強いぞ」

 

 コカビエルと激突する前に先輩が言い放ったあの一言。

 

 アーシアさんの姿を借りた生神女(マリア)と名乗った女性が、先輩の背中に触れた時に浮かび上がった紅十字に秘密があるのか?

 

 いや、その前に先輩はバルパーの術式を、より強い力で書き換えたと言っていた。

 

 あの術式は、術者よりも発現者の力が優先されるはず。

 

 つまり、その時点で先輩の力はコカビエル以上だったということになる。

 

 もし何かのきっかけで、先輩の肉体があの強大な力に耐えられるようになっていたとしたら?

 

 あの強大な力を自在にコントロール出来るようになっていたとしたら?

 

 この戦いは全く先が見えない。

 

 先輩の力は確かに凄まじい。だけど、コカビエルもまた怪物。

 

 二人の鮮血が辺りに飛び散る様を目に焼き付けながら、僕は下唇を噛んだ。

 

(僕も強くなる!この【双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)】と共に!)

 

 

 ―●〇●―

 

 

「あがっ!」

 

 俺の拳が奴の顔面にめり込み、後方に()()りバランスを崩す。

 

 追い討ちをかけるため距離を詰めていく。

 

「ぐお!」

 

 拳を振り上げた瞬間、下から奴の蹴りが俺の顎を捉え、顔が跳ね上がり、その衝撃で後退する。

 

 お互いに衝撃で吹き飛び、自然と距離が出来る。

 

 体勢を立て直して奴を見ると、口から流れる血をシャツで拭っていた。

 

 蹴られた箇所を擦っていると違和感を感じた。

 

 先の大戦が下火になって数百年、久しく忘れていた味が口の中に広がっていた。

 

(……血か)

 

 魔王の妹であるリアス・グレモリーの魔力を受け止めた際も両腕から出血したが、さして気にすることはなかった。

 

 だがこうして口の中に広がる鉄の味を感じると、俺は今戦っているのだと実感し、嬉しくなる。

 

 魔力での戦いではなく、誰かと拳を交えて戦うのはいつ以来だろうか?

 

 あの戦争が終結した後も戦うことをやめなかった。だが、その後の争いは虚しくなるほど手応えのないものだった。

 

 眼力一つで腰を抜かして逃げる者、魔力を放てば跡形もなく消え去る者。

 

 そうやって戦い続けるうちに、俺の前に立つ者は居なくなっていた。

 

 だが今は違う。こうして俺の目の前に立つ存在がいる。

 

 俺が殴れば殴り返してくる。俺が吹き飛べば追い討ちを駆けてくる。

 

 当たり前のことなのだが、その事が嬉しくて堪らない。

 

 奴は聖なる闘気を身に纏い、突如としてこの場に現れた。

 

 それを目にした時は、天界がようやく重い腰を上げたのかと思ったが、奴は俺の問いかけに対して、無言で背より漆黒の翼を広げた。

 

 その姿に目を疑ったが、最近冥界に【聖なる対極の紅十字】を背負う者が現れたと、アザゼルが話していたのを思い出した。

 

 今では神話となったその御印は、生きとし生けるもの総ての憧れでもあった。

 

 俺が初めて男の姿を目にしたのは、災厄を討ち滅ぼして地方を巡行に来ていたときのことだった。男は自らの眷属であり、共に災厄と戦った五人の女を引き連れていた。当時行動を共にしていたアザゼルやシェムハザ、バラキエルはその際、男の威風堂々たる姿を目にして口を揃えてこう語った。

 

「男に生まれたならああいう風にならなければならない」

 

 魅せられてしまったのだ……

 

 男が放つ圧倒的な輝きに……

 

 上昇思考の強いことで知られていた三人が男に魅せられてしまったことには驚いたが、俺が感じたこと三人とは正反対のことだった。

 

「男の首を獲り、男に取って変わる」

 

 俺がそう話した時の三人の反応は様々だった。

 

 アザゼルは大声を上げて笑い、シェハザムは呆れたように無言を貫き、バラキエルは周囲の様子を伺いながら狼狽えていた。

 

 誰にどう思われようと関係ない。

 

 道を決めるのは他者ではなく自分なのだ。

 

 そのことを胸に秘めて俺は闘った。

 

 闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘って闘い抜いた。

 

 時に命の危機すら感じることもあった。

 

 流した血の分だけ男との距離が縮まっていると信じていた。

 

 だが、俺が男と対峙する機会は訪れなかった。

 

 背中の美しい白の翼が闇を連想させる黒に染まった頃には、男の姿はこの世界の何処にもなかった。

 

 男の所在を訪ねても誰一人として知る者はなく、生死すら不明だった。

 

 俺と男の距離は永遠に縮まらないものになってしまったと思っていた……

 

 目の前に奴が現れるまでは……

 

「ぐふっ!」

 

 奴の左拳が俺の腹に突き刺さり、怯んだ隙に蹴りが眼前に迫っていた。

 

「ちぃ!」

 

 俺はその蹴りを掴むと、奴の身体を地面に向けて思い切り投げ飛ばしたが、空中で体勢を変えて衝突を免れていた。

 

「小僧……名は?」

 

 お互い肩で息をしながらではあったが、俺はどうしても奴の名が知りたくなった。

 

 それまでは殺す者の名など興味はなかったが、奴の名だけは知っておかなければならないと感じた。

 

 俺の突拍子もない質問に目を丸くしながら構えを解き、考えるように顎に手を当てていた。

 

 その姿を興味深く注視していると、何かを思い出したようにハッとして俺に対して深々と頭を下げた。

 

「遅くなって申し訳ない……菅原ユウです」

 

 あまりにも律儀で丁寧な挨拶に、殺し合いをしていることを忘れて声を上げて笑ってしまった。

 

(そうか……こういう男もいるのか)

 

 俺は一頻り笑ったあと、再び奴に向き直り臨戦態勢に入った。

 

「第二ラウンドと行こうか……菅原ユウ」

 

 俺は初めて目の前の殺す相手の名を口にした。

 

 

 ―●〇●―

 

 

 この場にいる全員が眼前の激闘の行く末を固唾を飲んで見守っている。

 

 堕天使コカビエルとユー君の闘いは更に激しさを増していく。

 

 互いの拳をぶつけ合う肉弾戦から始まったこの闘いは、互いの存在を消し合う魔力での闘いに移行して行った。

 

 スピード、一撃の威力、魔力の内包量、相手との駆け引き、耐久力……その何れもが私達とは一線を画すものだった。

 

 それ故、皆の胸中は様々な感情が渦巻いているだろう。

 

 リアスやアーシアちゃんは、ただユー君の無事を願っている。

 

 木場くんや小猫ちゃんは、自分の力が足らないことを悔やんでいる。

 

 一誠君は目の前の闘いの一挙手一投足を見逃さまいと目を凝らしている。

 

 では私はどうなのだろうか?

 

 無論、私とてユー君の無事は願っているし、自分の力が足らないことも悔しく思っている。

 

 リアスの女王として、主の管轄する街で起きた騒動を見ていることしか出来ないことに、憤りも感じている。

 

 でもそれ以上に、あの男を見てると、私の中の最も深い部分にある黒い感情が疼いてしまう。

 

【堕天使】

 

 私にとって切っても切り離せないその存在は、この心に暗い影を落とす。

 

 私が力を欲すれば欲する程に実感してしまう……。

 

 自分の身体には堕天使の血が流れていることを……。

 

 そして思い出すあの忌々しい記憶を……。

 

「朱乃、大丈夫か?」

 

 過去の記憶に肩を震わせている私の耳に、突然ユー君の声が聞こえた。

 

 私が自問自答している間に戦場は更に広範囲に及んでおり、私達のすぐ側まで迫っていた。

 

「みんなを連れてもっと下がってくれ!」

 

 追撃してくる無数の光の矢を払い除けながら私達に指示を出して、コカビエルとの距離を縮めていく。

 

 彼の言う通りにするためリアスに合図を送ると、動けないゼノヴィアさんを連れて二人から更に距離を取った。

 

「ユー君!」

 

 避難を終えた私は、そのことを伝えるために彼の名前を呼んだ。

 

「心配ない……全てうまくいく」

 

 そう言って彼は笑った。

 

 その表情は、とても命のやり取りをしているとは思えないほど嬉々としていた。

 

 その姿に私は一抹の不安を覚えた。

 

 私の知る彼は、無意味な争い事を好む人ではなかった。

 

 言葉を尽くし、自分に非がない時でも自ら折れるような優しい心の持ち主だった。

 

 そんな彼が他者との殺し合いに心を踊らせている。

 

 優しい彼の変わっていく姿に胸が締め付けられる想いがする。

 

 堕天使はいつも私の大切な者を奪っていく。

 

「大丈夫ですよ」

 

 私の心が再び黒い感情に支配されそうになった時、隣にいたアーシアちゃんが私の手を優しく握ってくれた。

 

「ユーさんは全てうまくいくと言いましたから」

 

 驚いた。

 

 先程まで神の死を知って意識を朦朧とさせていた彼女が、今は慈愛に満ちていた表情をしてる。

 

 初めて彼女に出逢った時は、守ってあげないといけないと思うほど弱々しく華奢な少女だった。

 

 そんな少女が今とても頼もしくなり、私の心の闇を優しく払ってくれた。

 

 菅原 ユウ

 

 彼との出逢いがこの少女を変えたのだ。

 

 彼を信じる心が少女を強く、逞しく成長させたのだ。

 

 思えば、リアスも変わった。

 

 彼と出逢うまでのリアスなら、自分の力を過信して他者に頼らず、全て自分で全てを解決しようとしていた。

 

 そんなリアスが、今回の騒動に際して他の誰よりも早く冥界への援軍を提案した。

 

 その判断の速さは歴戦の王を思わせるもので、同じく王であるソーナ様を驚かせる程のものだった。

 

(ふふ、いい男は女性を変えるものなのですね)

 

 不意に笑った私に首を傾げるアーシアちゃん。

 

「そうですわね。信じましょう……ユー君を」

 

 握られていた手を握り返して笑う私に、アーシアちゃんも笑顔で答えてくれた。

 

(負けないでくださいユー君。この闘いが終わったら貴方に伝えたいことがありますので)

 

 輝きを増していく背の十字を見つめながら、私はその勇姿を目に焼き付けた。

 

 

 ―●〇●―

 

 

 骨の軋む音、噴き出す血、歪む表情、互いの生命が削れていることを実感していながらも、俺は不思議な感覚に陥ってた。

 

 確実に死に近づいている状況にも関わらず、身体中の血液が活性化し、それを受け止めるための心臓は今にもはち切れんばかりに忙しなく鼓動する。

 

 つまり俺は興奮状態にあった。

 

 だが、これが初めてではないことを俺は知っている。

 

 嘗てアーシアを教会から救出した際も、俺の心は今と同じように高鳴っていた。

 

 心の底から沸き上がってくる闘争への渇望こそ、本当の俺なのかもしれない。

 

「……お前は俺と同じだ」

 

 自然と口角が上がっていく俺に対して、コカビエルが意外な言葉を投げ掛けてきた。

 

「お前は本心では闘いを望んでいる」

 

 心を見透かされている気がして気持ち悪かったが、コカビエルの言葉を否定できない俺がいる。

 

「お前なら俺の考えていることが分かるはずだ!闘いこそが全て!闘いこそが己の存在意義だということを!」

 

 闘うことで自分を肯定し、相手を滅することで自分を証明してきた男。

 

「今のお前になら分かるだろう?」

 

 分かる……

 

 闘っているだけ本当の自分が解き放たれるような錯覚を起こす。

 

 この瞬間だけ俺はここではない別の場所にいる……

 

「そうだ!それでいい!」

 

 でも違う……違うんだよ……

 

「いいぞ戦争は!」

 

 俺はお前とは違うんだよ、コカビエル……

 

「お前は何故闘う?コカビエル」

 

 この気持ちを否定するつもりはない……

 

「知れたこと!俺こそが最強であると世に知らしめるためだ!」

 

 だけどやっぱり違うんだ……

 

「俺とお前は違うぞ、コカビエル」

 

 俺とお前には決定的な違いがある……

 

「何が違う!自分に嘘をつくな!」

 

 昂った感情が急激に冷え込んでいく。

 

「そのあとは?」

 

 俺の言葉にコカビエルは目を細める。

 

「最強とやらになったあとお前はどうする?」

 

 この問いに苛立ちを隠せないコカビエル。

 

「そこだよ。そこが俺とお前の違いだよ」

 

 俺とお前では見ている所が違う。

 

「コカビエル……お前の闘いは死に様だ」

 

 俺はお前のように、死に急ぐために生きるつもりはない。

 

「だが、俺は違う。俺の闘いは生き様だ。俺とお前では見ている場所が違う」

 

 コカビエルに向けて俺は拳を突き出す。

 

「お前にはそれが分からない。だから俺はお前に負けるわけにはいかない」

 

 お前が自分のために闘うなら、俺はみんなのために闘う。

 

 お前が誰かを殺すために闘うなら、俺は誰かを守るために闘う。

 

「この目に映る人々だけでも守って見せる」

 

 突き出した拳にありったけの魔力を籠める。

 

「自惚れるな!小僧が!」

 

 コカビエルも全ての魔力を腕に籠めた拳を突き出す。

 

「どちらが最強の矛であるか……決着を着けよう……菅原ユウ」

 

 これが俺の最後の一撃になる。恐らくそれはコカビエルとて同じだろう。

 

(決める!)

 

 俺はコカビエルを撹乱するために奴の目の前から姿を消す。

 

「き、消えた!?」

 

 木場の驚愕する声が俺の耳にも届いた。

 

 物理的に消えることは不可能。動いたのだ。騎士(ナイト)の駒を戴く木場さえも、消えたように錯覚するほどのスピードで……

 

「逃さん!」

 

 だが、コカビエルの目は俺の姿を捕らえていた。

 

 お互い一瞬の好機を狙って牽制の応酬となるが、この手の駆け引きで俺がコカビエルに敵うはずもない。

 

 俺とコカビエルでは戦闘経験がまるで違う。

 

 真綿で首を絞められるが如く、此方のやりたいことが消されていく。

 

 剛胆で狡猾な性格をしているが、戦闘においては相手の全てを受け止め、更に上を行くという王道のスタイルだ。

 

(どうする?どうすればいい?)

 

 焦りは思考を停止させ、判断を鈍らせる。殺るか殺られるかという極限の状況で、俺の思考が完全に停止したその時だった。

 

「なにっ!?」

 

 コカビエルが大きくバランスを崩した。

 

 自ら命を奪ったバルパー・ガリレイの死体に躓いたのだ。

 

 まさに千載一遇の好機だった。刹那、考えるよりも早くコカビエル目掛けて、猛スピードで俺は突っ込んだ。

 

 その瞬間コカビエルの口角が僅かに上がっていることも知らずに。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 全ての魔力を籠めた左腕が輝きを放つ。もはやコカビエルの心の臓しか目に写っていない。

 

「ユー!」

 

 リアスの声には焦りの色が混じっていた。

 

「ユー君!」

 

 朱乃の叫びは悲痛に満ちていた。

 

「ユー先輩!」

 

 いつの間にか俺のことをユーと呼び始めていた塔城ちゃんも、聞いたことのない大きな声を出していた。

 

「菅原先輩!?」

 

 木場も何かに戸惑っているように声を上げる。

 

「先輩!」

 

 兵藤の声はよく耳に響く。あまり心地いいものではない。

 

 これで全てが終わる。

 

 終わったらまたいつもの部室でお茶でも飲もう。お茶請けは塔城ちゃんの隠しているお菓子があるからそれがいい。

 

 俺は別にヒーローになりたい訳じゃない。戦争だとか、世界の危機だとかそういうのが無縁の平和な世界で産まれ、生きてきた。

 

 自分の領域さえ守ることが出来れば満足だった。

 

 それは悪魔になったからといって変わるものではない。

 

 だが、お前は俺の領域を犯した。

 

 自分の欲のために多くの者を巻き込んだ。

 

 お前の欲に巻き込まれるのは、今を平和に生きていた人々だ。

 

 だから俺はお前を倒す。

 

 願わくば来世は黒く染まることなく、人々を温かく見守ってくれ。

 

「ダメェェェェェェ!」

 

 ……

 …………

 ………………えっ?

 

「細工は流々仕上げは御覧じろ」

 

 その悲鳴が結界内に響いた瞬間、コカビエルの心臓しか目に写っていなかった視界が広がった。

 

「急いてはことを仕損じる」

 

 心臓を撃ち抜くはずの拳が虚しく空を切る。

 

「惜しかったな」

 

 全てはコカビエルの仕掛けたブラフだったのだ、俺を確実に屠るための。

 

「……さらばだ」

 

 終わった。

 

 地面に膝をつき、力なく(こうべ)を垂れる俺に、コカビエルの右拳が振り下ろされる。

 

「奥の手は見せるな……」

 

 それは幼い俺に父ちゃんが教えてくれたこと。

 

 母ちゃんにボードゲームで負けて、泣く俺の頭を優しく撫でて伝えてくれたこと。

 

「見せるなら更に奥の手を持て……」

 

 俺もずっと考えていだんだ。

 

 お前を確実に屠るための策を……

 

 この場に現れた時からずっと……

 

「ようやく完成したよ」

 

 地より天に昇る五本の光の柱が、この空間を支配する。

 

「何が起こった!?」

 

 コカビエルの拳が俺の心臓を撃ち抜くが、そこに籠められていた魔力が(ことごと)く飛散していた。

 

「ご、五芒星!」

 

 天に昇る五本の光の柱を繋ぐように、美しい五芒星が地面にその姿を表す。

 

 俺とコカビエルはその中央にいた。

 

「ここは俺の世界。全ての事象を否定する世界」

 

 コカビエルの腕に掴み、振り払う。

 

「菅原ユウ……お前は何者だ?」

 

 コカビエルの瞳から闘志が消える。まるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情をしている。

 

「お前は奴の生まれ変わりか?」

 

 音さえ遮断すら空間にコカビエルの声だけが響く。

 

「世界に於いて、【聖なる対極の紅十字】を背負う者は神話の終わりを示し、発現させた【五芒星】は伝説の始まりを告げたと伝えられている」

 

 もはや戦闘の意思のなくなったのか、コカビエルは天を仰いだ。

 

 コカビエルの言う【奴】というのは、一体誰のことなのだろうか?

 

 全く見当もつかないが、神話の終わりと伝説の始まりとは?

 

「コカビ……うっ!?」

 

 コカビエルに話し掛けようとした瞬間、俺の心臓が大きく脈打ち、身体が燃えるように熱くなった。

 

 俺は立っていられなくなり、その場に膝をついた。

 

 その影響で、俺とコカビエルだけを覆っていた五本の光の柱が消え去った。

 

「身体が耐えられなくなったか……本来なら五人の眷属が揃わなければ発現させることさえ不可能な五芒星を、僅か一人の眷属のみで発現させたのだから無理もない」

 

 そう言って近づいてきたコカビエルは俺を担ぎ上げた。

 

「なに……を?」

 

 突然のコカビエルの行動に戸惑うが、身体の自由が効かないため身を任せるしかなかった。

 

「その状態を改善出来るのは、【再生の生神女 (マリア)】しかいない」

 

 どうやら俺をアーシアのところまで運んでくれるらしが、敵である俺に対して何故そのような行動を取るのか、問うことも出来ない状態だった。

 

「コカビエル!ユーをどうするつもり!?」

 

 コカビエルの行動に、リアスが噛みついていた。

 

生神女(マリア)よ……意識はある」

 

 朦朧とした意識の中でアーシアの顔が目に入った。その目には涙が浮かんでいた。

 

(また泣かせてしまったな)

 

 そんな事を考えながら、アーシアに身体を委ねた。

 

「でもアーシアの力でも先輩を治せないじゃ?」

 

 兵藤の言っていることは正しい。以前、アーシアを教会から救った際もアーシアに治療してもらったが、俺の身体が治ることはなく、入院したことがあった。

 

「馬鹿が!【聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】ごときでこの男を癒せる訳がなかろう」

 

 コカビエルの言葉の意味が分からなかったが、霞みがかっていた視界が次第に晴れてくる。

 

「どういうことなのコカビエル?」

 

 リアスの問いかけは、俺を含めた全員が疑問に思ったことだった。

 

「その男は特別だ。だが、生神女(マリア)の力を得たのならばそれも可能だ」

 

 コカビエルの言葉通り、俺の身体の傷が癒えていく。

 

「ありがとうアーシア。もう十分だ」

 

 アーシアの頭を一撫でして俺は立ち上がる。

 

「そうか……お前達は何も知らないのか」

 

 コカビエルがそう言って目を細める。

 

「知っていることを話してもらうぞ」

 

 俺は知りたい。いや、知らなければならない。

 

 俺がこれからも菅原ユウとして生きていくために。

 

「俺がそこまでしてやる義理がどこにある?」

 

 そう言ってこの場を去ろうとするコカビエル。

 

「そんなに知りたいなら聞いてみればいいだろ?」

 

 聞いてみる……?

 

 誰に……?

 

 背中を冷たい何が襲う。

 

「真実を知る者は、意外と近くに居るかも知れんぞ」

 

 近くにいる……?

 

 一筋の汗が頬を伝う。

 

「その者は嘗てこう呼ばれていたぞ」

 

 全身の毛が逆立つような感覚を覚える。

 

 無意識に喉の奥が鳴る。

 

「レ…………」

 

 その瞬間(とき)、闇を切り裂いて、白き閃光が一直線にコカビエルの心臓を貫いた。

 

「それ以上、余計なことを言うな」

 

 全員が閃光の出所を探った。

 

 その視線の先には、白き鎧を纏った存在が神々しいまでの輝きを放ち、闇夜を照らしていた。




第25話投稿しました。

特に何もなかったのですが、三ヶ月空いてしまいました。やはり意欲というのは大切だなと実感しました。今後もこんな感じで書いていくと思います。

内容のほうは書いては止めてを繰り返していたこともあって辻褄の合わない部分もあると思いますし、補足が足らない部分もあると思いますが、ご了承下さい。

さて、三章の終わりも見えてきましたね。ここからはオリジナルの展開も増えると思いますので、その辺で意欲が戻らないかと考えてます。

では、また次回。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。