第27話です。
流されることは好きではない―
自分の行く道は自分で決める―
でも、それが許されないのだとしたら―
―○●○―
施設内に日本語だけではなく、様々な言語のアナウンスが鳴り響く。
私の目の前を行き交う人々の人種は様々。
大きな荷物を持って笑う家族、寄り添いながらボードを指差す恋人同士、スーツ姿でキャリーバックを引くサラリーマン。
その目的も様々だ。
かくいう私も、本国からの帰還命令を受けて専用のチャーター機を待つ一人だ。
先日駒王町で起こった『聖剣事件』を解決した功労者として、特別待遇で本国へ迎えられることになった。
所謂、凱旋というやつだ。
だが、あの事件、私は何もしていない。
何もしていないどころか、現場に居合わせることすら出来なかった。偶然コカビエルと対峙して、手も足も出ずに殺られて寝ていただけだ。
私はありのままを本国に報告した。そして、本国からの返答に絶望した。
その答えは先の通り、事件解決の功労者としての本国に凱旋せよ。
私は何度も何度も説明した。だが、本国からの返答は同じだった。
本国はどうあっても今回の事件を教会側が自力で解決したことにしたいらしく、聖剣とその欠片を持ち帰ることに成功した私を英雄のように祀り上げることで、教会の威信を保とうとしたのだ。
冗談ではない。私は何も出来ずにおめおめと逃げ帰って来たのだ。その上、晒し者になってたまるか……と思ったのだが、本来なら帰還を歓迎されるべきである相棒のゼノヴィアは今ここにはいない。
彼女の勇姿は一誠君やアーシアさんから聞いた。
あの狂信者フリード・セルゼンを木場君と共に討ち、私が一方的にやられたコカビエルを相手にも勇敢に立ち向かっていったと聞いた。
彼女の活躍を聞いたときは嬉しくて、誇らしかった。でも、それ以上に悔しかった。
私とゼノヴィア……始まりは同じだったはず、共に研鑽して共に聖剣を与えられた。彼女は私の友であり、ライバルだった。
『私は悪魔になることにしたよ』
本来なら隣に居るはずの友の言葉が、私の頭を駆け巡る。
本国への帰国命令が降った際、私に会いに来たゼノヴィアが言った言葉。
最初は彼女が何を言っているのか理解出来なかった。
ゼノヴィアは悪魔や堕天使といった種族を毛嫌いしていたはず。それだけではなく、それらの種族と関わりを持とうとする者にさえ、軽蔑の眼差しを向けていた。
そのゼノヴィアが悪魔になる。彼女の口から発せられた言葉が信じられなかった。理由を問いただしても、適当にはぐらかされてしまった。
ゼノヴィアは分かっていない。貴方が悪魔になると言うことは近い将来、私が貴方に刃を突きつける可能性があるということを。
そうならない事を願ってはいるが、現実問題そうもいかない事態が起こるかもしれない。
悪魔と天使、そして堕天使の三者の関係はギリギリのラインで保たれてきた。それが、今回の事件がキッカケで脆くも崩れさる可能性もあるのだ。
恐らくはゼノヴィアは何も考えていない。彼女は考えるより先に身体が動くタイプ、先の計算など出来るはずがない。
大きく息を吐き、最悪の事態にならない事を神に願った。
「……英雄の凱旋だというのに浮かない顔だな」
椅子に座り、俯く私の耳に聞き覚えのある声が響く。その声は、空港という雑踏の中にあって私の鼓膜を震わせた。
「菅原……さん?」
彼こそ今回の事件を解決に導いた最大の功労者であり、私の命を救ってくれた人物だった。そんな彼がどうしてこの場にいるのか、私には理解出来なかった。
「あんな置き手紙一つでさようならというのは、ないんじゃないか?」
私が彼の家を出たのは早朝で、まだみんなの寝ている時間だったため、これ以上迷惑をかけないようにと置き手紙をしてきた。どうやら彼にはそれが気に入らなかったようだ。
「アーシアも来たいと言っていたんだが、学校があるからな」
そう言って私の隣に腰を下ろす。アーシアさんとは本音をぶつけあって喧嘩をした結果、お互いを理解することが出来た。元々、私も彼女も敬虔な信徒であるから、打ち解けてしまえば私達の距離が縮まるのに時間は掛からなかった。
今回は私が一方的に自分の考えを彼女に押し付けてしまった故に、溝が深くなってしまったが、彼女はそんな私にも真摯に向き合ってくれた。
最終的に彼女は私に手を差し伸べてくれた。その時、私は彼女が聖女と呼ばれていた理由がわかった気がした。
「……すみませんでした。早朝ということもあって挨拶もせずに……」
お世話になっておきながら、さすがに置き手紙一つでは失礼だったかと頭を下げる。
「いや、別にいいんだけどね」
そう言って彼は笑う。では何故、彼はここにいるのだろうか?というか何故、ここにいるとわかったのだろうか?私がその疑問を投げかけると「狭い街だから情報はいくらでも出てくる」とまた笑った。
「それより、浮かない顔してどうしたんだ?」
目を細めて彼が私に視線を送ってくる。情けないと分かっていたが、私は考えていたことを包み隠さず彼に話した。命を救われ、あまつさえ二度も裸を見られたのだ。最早、隠すことなど何もない。
「そうか、彼女が悪魔に……」
そう言って考え込む彼。この人なら心の重荷を少しでも軽くしてくれると思ったが、難しい質問をしてしまったと後悔した。
「良かったな」
彼の答えに私は絶句した。この人は何を聞いていたのだろうか、友に刃を向けるかもしれないと悩んでいる私に対して良かった?怒りで立ち上がろとした時、彼の言葉が続いた。
「聞いておけば対処の仕様はある。次に会ったら悪魔でしたではどうしようもないだろ?」
彼の答えにハッとした。確かにその通りかも知れない。何も知らされず、悪魔に転生したゼノヴィアが目を前に現れたら、私はどうしていいのか分からなくなる。
もし、それが戦場だとしたら私は真っ先に命を落とすだろう。
ゼノヴィアがそこまで考えているとは思えないが、彼の言うことも一理ある。
「……それに彼女は君を信じているんだと思う」
彼は私と視線を合わせて言葉を続けた。男の人と見つめ合うなんて経験をしたことのない私は、思わず頬を染めてしまった。彼が真剣に私の質問に答えてくれていると言うのに、何を考えているのだろう。
「種族は違っても過ごした時間は変わらない。彼女は今も君のことを友達だと思ってるんじゃないか?」
熱で熱くなった頬を冷たいものが伝う。私がそれを涙だと認識するのに時間は掛からなかった。
そこからは幼子のように泣きじゃくる私を、彼は温かく見守ってくれた。
「ぐすっ……ありがとうございました。スッキリしました」
私がそう言うと、丁度タイミング良くチャーター機の準備が完了したと係の者が伝えてきた。私は彼らに荷物を預け、身軽になった。ただ、私が身軽になった理由はもう一つ。目の前の彼が私の心の重荷を下ろしてくれた。
立ち上がり、改めて彼にお礼を言うと、彼が持っていた紙袋を私に手渡してきた。
「せっかくの門出だ。機内食では味気ないだろ?」
不思議に思い、紙袋を開けて見ると、中からとても良い匂いがしてきた。
「君が店に来たとき、美味いと言って食べていた料理だ」
中のお弁当箱を取り出して蓋を開けてみると、色とりどりの料理が丁寧に盛り付けられていた。
「あの街も悪いことだけじゃなかったろ?」
私の視界がまた涙で滲む。辛いことが多くあった、傷つくこともあった。そんなとき、いつも私を救ってくれたのは目の前のこの人だった。
「お、おい!?」
私はお弁当箱を紙袋に入れて椅子に置くと、彼に抱き着いた。驚いた彼は大きな声を出して戸惑っていた。その姿は先程までの大人びた様子ではなく、年頃の男の子のような反応をしていた。
「……また来ます……そのときはこのお弁当箱を持って……」
このくらいならアーシアさんも許してくれるよね。でも、次に逢ったときは、またアーシアさんと喧嘩になっちゃうかもしれないな。
私は彼から離れ、搭乗口に向かって歩き出した。途中何度か振り返ると、笑顔の彼が小さく手を振っていた。
数年振りに訪れた駒王の街で、私は運命の出逢いをした。
―○●○―
紫藤イリナを見送った後、俺はフロアを歩いていた。
俺も年に一度は利用する場所だが、相変わらずの人出だ。
「あんた……学校サボって何やってんだい?」
出口に向かって歩く俺の背後から、よく知った人物の低い低い声が耳に響いた。
「か、母ちゃん!?」
恐る恐る振り返ると、額に青筋を立てた最愛の母が、素敵な笑みを浮かべながらそこに立っていた。
そういえば今日、母ちゃんが帰ってくるとアーシアが言っていたのを思い出す。
(やばっ!どうする?何て言い訳する?取り敢えず蹴られるから吹っ飛ばないように力を入れよう!)
次の瞬間、怒号と蹴りが飛んでくることを予測して対策を練る。いつも殺られてばかりの俺ではないことを証明しよう。
だが、いつまで経っても怒号も蹴りも飛んでくる気配がない。どういう風の吹き回しだと、母ちゃんを見ると目を細めて怪訝な表情をしていた。
「……あんた……何かあったかい?」
そう言うと、母ちゃんは俺の身体をペタペタと触り始める。
「男子三日会わざれば刮目して見よってところかね」
一通り触り終えた母ちゃんが、荷物を指さして歩いていく。
(持てってことね……でも何だったんだ?)
正直、母ちゃんの行動には意味のないことが多い。気にするだけ無駄なのだが、この時ばかりはそうも言ってられなかった。
―真実を知る者は近くに居る―
コカビエルのあの言葉で真っ先に思い浮かぶのは、父ちゃんと母ちゃんだ。
二人は正真正銘、俺の親だ。それは科学的にも証明されている。
俺が中学に上がる前に様々な検査を受けた。その中に遺伝子検査の項目も入っており、後日届けられた検査結果で99.99%親子関係であると認められた。
俺は母ちゃんを追ってタクシーのトランクに荷物を積んで、後部座席の母ちゃんの隣に乗り込んだ。
「……アーシアは大丈夫かい?」
窓の外に目をやりながらそう聞いてくる母ちゃんに黙って頷くと、母ちゃんは「そうか」と、一言だけ言って目を閉じてしまった。
(……元気か……じゃなくて、大丈夫か……か)
最早、母ちゃんが何かを隠していることは明白だった。
でも、それを直接問いただすことは出来なかった。もし、それをしてしまえば、もう元には戻れない気がした。
「授業中に寝るんじゃないよ」
俺と母ちゃんを乗せたタクシーは、家には向かわずに直接駒王学園に着いた。道中、車内での会話は殆どなかった。
俺が旅行の話を聞いても「うん」とか「そうだね」と言うばかりで全く会話が続かない。ここまで不機嫌な母ちゃんは初めて見る。基本、巫山戯ているか、激怒しているか、酔っ払っているかの三択なのでどう対応していいか不明だ。そんな俺の戸惑いが車内の空気を悪くし、挙句、タクシーの運転手にまで「兄ちゃんも大変だね」などと苦笑いされる始末だった。
「……あのさ、母ちゃん」
タクシーのドアが開き、片足を外に出したところで振り返らずに母ちゃんに声を掛けた。
「家に帰ったら聞いて欲しい話があるんだ」
いつまでもこのままではいられないと思い、覚悟を決めてそう話すと、母ちゃんが大きく息を吐く。
「……母ちゃんもあんたに聞かなきゃならないことがある」
早く行けと言わんばかりに背中を押されてタクシーを降ろされる。ドアが閉まり、車内の母ちゃんの様子を伺うと、俺に一瞥もくれずに運転手に行き先を伝えていた。
走り去るタクシーが視界から消える。いつもなら俺の姿が見えなくなるまで手を振っている母ちゃんは、一度も振り返ることはなかった。
今夜、俺と二人の関係性が変わるかもしれない。俺はどんなことがあろうとも、二人を最愛の家族だと思っている。そして二人もそう思ってくれていると信じている。
(……なんだか、胸騒ぎがする)
何かが崩れ去る……そんな予感がした。
―○●○―
授業が終わり、部室に行く準備をしていると、裕斗先輩が教室へやってきた。理由は、学校に来てはいるものの、教室に現れないユー先輩を探して部室に連れて来てほしいと、部長からの伝言を伝えるためだった。
私はユー先輩を探して学校の敷地内を歩き回った。いつも牛乳を買ってもらっている中庭、いつもくれるアンパンが売っている購買、音楽室や図書室。でも、どこを探しても先輩は居なかった。
(……いない)
男子トイレまで探しても先輩はいなかった。その辺にいないかと周囲を見渡していると、更に上に続く階段があることに気づいた。
「……いた」
ユー先輩が居たのは屋上だった。
転落防止柵に体重を預けており、私に気づく気配がない。いつもなら気配を察してくれるのだが、今日は様子がおかしい。
「先輩……部長が呼んでいるので一緒に部室に行きましょう」
声に反応した先輩は虚ろな目で私を見ると、静かに頷き、私の横を通り過ぎようとする。
こんな覇気のない先輩を見るのは初めてだ。
こんな先輩を私は知らない。
部長やアーシア先輩に比べれば、私の知っている先輩はほんの一部でしかない。
いつも眠そうにしている先輩。バイト中は活き活きとしている先輩。他人に関心がないようにしているが、実はお人好しな先輩。女性に対して毅然と振る舞っているが、押されると直ぐにへたれる先輩。そして、とても優しい先輩。
いつの間にか先輩の存在が気になっていた。
先輩の姿を見掛けると、目で追ってしまう。声を描けられると、鼓動が早くなる。大きな手で頭を撫でられると、心が温かくなる。
最近までこの気持ちの正体が分からなかった。でも、部長やアーシア先輩がユー先輩と接するのを見て、この気持ちが何なのか見当がついた。
たぶん、私は先輩が好きなのだ。
部長のように結婚式の会場から颯爽と連れ去られた訳でもない、アーシア先輩のように命を救われた訳でもない。
いつからと問われれば、答えに迷ってしまう。
もしかしたら初めて先輩に出逢ったとき、その瞬間から恋に落ちていたのかもしれない。
私は無意識のうちに先輩の背中に抱き着いていた。
「と、塔城ちゃん!?」
無反応だったらどうしようと思ったが、流石に動揺していた。
「……何があっても私は先輩の味方です」
何の事情も知らない私が突然こんなことを言ったら、怒られるかもしれない。でも、寂しそうな先輩の背中を見たら抱き締めずにはいられなかった。
頬を寄せた先輩の背中が少し震えている。先輩の心は本当に弱っていた。
しばらくそのままでいると、先輩の腰に回していた私の手に先輩の手が触れた。
私の手を掴み、先輩が振り返ると、笑顔を見せてくれた。でも、その笑顔は少しぎこちなかった。
「そんな顔をして笑わないで下さい」
以前、無理して笑う先輩を部長が一喝したことを思い出した。私の言葉に照れくさそうに指で首筋を掻く先輩。
「ありがとね、塔城ちゃん」
目線を私に合わせて笑う先輩。その笑顔は数秒前より柔らかくなっていた気がした。
「……小猫です」
私の言葉に首を傾げる先輩。
「塔城ちゃんではなく……小猫です」
自分でも何で今こんなことを言っているのか分からないが、先輩にはそう呼んでほしかった。
「小猫……ちゃん?」
戦闘や大事な場面では鋭い感を発揮するのに、普段の生活だとどうしてこんなに鈍いのだろうかと呆れてしまう。
「敬称はいりません」
そう言うと、先輩の大きな手が私の頭を優しく撫でる。
「ありがとう、小猫」
名前を呼ばれることがこんなにも嬉しくて、こんなにも擽ったいものだということを初めて知った。
「ぶ、部長が部室で待ってます」
顔が真っ赤になっていることは自分でもすぐに理解した。私は恥ずかしさを誤魔化すために足早に屋上から出て行く。
後ろからは、何度も私の名前を呼びながら追い掛けてくる先輩がいた。
―○●○―
小猫の一言で随分と心が軽くなった。男とは現金なもので、可愛い女の子に「いつでも自分の味方」などと優しく言われて抱き締められれば、有頂天になるものだ。
心の
答えは数時間後に出る。そう思えるようになった。
(しかし、
小猫のことは、その身長や感情の希薄さも相まって子供だとばかり思っていたが、とんでもない。あれもまた魔性の類いだ。リアスや朱乃はまず別格として、これまで逢瀬を共にした大人の女性と遜色なかった。
悪魔という種族は、こういったところでも優れているのかと感服してしまった。
「……変態」
触れられた腹部に手を当てていると、先を歩いていた小猫が振り向き、氷よりも更に冷たい目で俺を見ていた。
俺と小猫の間の空気が凍りつく。それはまるで、先日のグレイフィアがベオウルフという男に再教育を施した時のようだった。
また心の声が―と考えるより先に小猫に頭を下げている自分がいた。そんな俺を見た彼女は「牛乳と羊羹、それからアンパン一生分」と言い残して、先に行ってしまった。
一万年後までそれらの食品が存在しているのか疑問に思ったが、おそらく百年分は確定だろう。
口は災いの元──先人達の言葉を身を以て体験した。
小猫の後を追って部室に入ると、オカルト研究部の仲間と、見覚えのある深い碧の頭髪に駒王学園の制服を身に纏った女の子がいた。
「……ジョロキア?」
彼女がここに居ることを不思議に思い、名前を呼んでみると全員が盛大にコケた。中でも兵藤のコケ方は絶妙で、直ぐにでも劇場デビュー出来るのではないかと思った。
「ゼノヴィアだ!ゼ・ノ・ヴィ・ア!!誰が唐辛子だ!!!」
物凄い剣幕で的確なツッコミを入れてくるゼノヴィア。というかボケたつもりはない。
何故ここにいるのかと口から出る直前、紫藤イリナの言葉を思い出した。
「悪魔になったと紫藤イリナに聞いたが、まさかリーアの―」
俺が言い終わる前に彼女は悪魔の翼を広げ、胸を張る。
「リアス・グレモリーから
自慢気に語る彼女の表情は、とても活き活きとしていた。
「神の死を知って教会にも戻れないし、どうしようかと考えていた所にリアス殿から声を掛けて頂いてね」
破れかぶれ。正にそんなところだろうが、躊躇はなかったのだろうか?やはり紫藤イリナの言っていた通り、只の脳筋なのだろうか?
悪魔に転生したというのに神に祈りを捧げてダメージを受けるゼノヴィアを見て、残念な仲間が増えたと笑うしかなかった。
「イリナさんとは無事に会えましたか?」
蹲るゼノヴィアの横を通り過ぎ、アーシアの隣に座ると、紅茶を用意してくれた。
「会えたよ……無事に戻って行った」
ゼノヴィアから紫藤イリナについての詳細は聞いていたらしく、安心した様子だった。
アーシアには人の心配より自分の心配をしてほしい。紫藤イリナとは本音をぶつけ合い、分かり合えても、ゼノヴィアとはまだその機会を持てていない。
俺がそのことをアーシアに伝えると、「時間は掛かるかも知れないが、必ず分かり合える」と笑顔で話してくれた。
紫藤イリナ同様ゼノヴィアも元は敬虔な信徒、同じ立場であったアーシアと話が合わないわけがない。
俺の心配は杞憂に終わるだろう。
「さて、全員揃った所で話があるの」
和気藹々とした雰囲気の中、リアスの凛とした声が部室に響く。
「今回の事件をきっかけに、悪魔勢、天使勢、堕天使勢の三者が会談を開くことになったと、冥界政府より連絡があったわ」
リアスの雰囲気が変わったことを察してか、全員に緊張感が生まれる。
しかし、嘗ての仇敵である三種族が会談とは穏やかな話ではない。
「議題については詳細は聞かされてはいないけど、おそらく今回のコカビエルのことや、聖剣が奪われたことについてだと考えているわ」
コカビエルを野放しにした堕天使勢、聖剣という世界の宝物をあっさりと強奪された天使勢、そしてその標的となった悪魔勢。
今回の事件で明らかに割りを食ったのは悪魔勢だ。単純に考えれば、堕天使勢と天使勢が悪魔勢に謝罪といった構図が成り立つ。
だが、事は政治。そう簡単に相手に隙を見せるはずがない。
「事件の当事者として、私達もその場への出席を認められたわ。そこで事件の詳細を報告することになっているの」
確かにその場にいた者の証言ならば信憑性が増すだろうが、世界の行方を決めかねない場に一介の上級悪魔が招聘されるのだろうか?
んっ?当事者と言うことはまさか俺も―
そう考えてリアスを見ると、少し困ったような表情をしていた。
「ユーの考えている通りよ。この会談にはユーとアーシアも招聘されることになったわ」
俄には信じられないことだが、証言は多いほうが良いという判断なのだろう。
「正直なところ、私もユーとアーシアの招聘については疑問なの。聞いた話では三大勢力の全てが貴方の招聘を希望したらしいのよ」
三大勢力の全てが……?コカビエルと殺り合っただけが理由ではなさそうだ。
もしかしたら……俺の背中に刻まれているという【聖なる対極の紅十字】とやらが理由か?もしそうだとしたら、アーシアが招聘されたことにも納得がいく。
アーシアに宿り、俺を覚醒へと導いた【再生の
とにかく俺が招聘された理由がそれだとしたら、三大勢力の頂点に君臨するほどの者達が注視するほどの代物だということか。
(最早、俺一人の問題ではなさそうだ)
微温くなった紅茶に口をつけながら、自分の立ち位置が変わりつつあることを知った。
「部長……その、白龍皇もその会談に来るんですか?」
部室の空気がこれ以上ないほど重くなった時、兵藤が
あのコカビエルを一撃で戦闘不能に陥れた怪物であり、兵藤に宿る赤龍帝の永遠のライバル。
「白龍皇はいま【
リアスに変わって兵藤の疑問に答えたのはゼノヴィアだった。
「コカビエルが消えた今、白龍皇の序列は組織の中で第四位に格上げされた。総督であるアザゼルの護衛として現れるなら彼だろう」
第四位?……あれでか?
「組織のトップはアザゼルだが、彼は奔放な人物だと専らの噂だ。実際に組織を動かしているのは、序列二位のシェムハザと三位のバラキエルだと聞いたことがある」
[ガシャン]
全員がゼノヴィアの話に耳を傾けていたその時、何かが割れる音が聞こえ、そちらに視線を向けると、紅茶を入れ直していた朱乃が顔を青くしていた。
「朱乃?」
朱乃の様子がおかしい。割れたポットを拾うこともせず、固まっている。俺は立ち上がり、割れたポットの欠片を集める。
「も、申し訳ありません。手が滑ってしまいましたわ」
慌ててポットの欠片を拾おうとする朱乃を俺が止める。焦って指でも切ったら大変だ。
朱乃に割れたポットの欠片を入れる袋と床に零れた紅茶を拭くタオルをお願いして、リアスに視線を向ける。
俺の視線に気づいたリアスは頷き、みんなに視線を戻す。
「話が脱線してしまったわね。とにかく後日、三大勢力の会談参加への正式な通達が降るわ。全員、心して頂戴。グレモリー眷属として恥ずかしくないように」
リアスの言葉で緊張感が増す。今日の悪魔稼業は全員休みとなり、その場で解散となった。
「朱乃、怪我はない?」
朱乃の持ってきた紙袋に割れたポットの欠片を片付けながら、床の紅茶をタオルで拭く朱乃に声を掛ける。
「えぇ、大丈夫ですわ。ごめんなさい、ユーくん」
いつも通りの朱乃がそこにはいた。
さっきの青ざめた表情はなんだったのか?
「ユー」
朱乃の顔を見ていると、リアスから声を掛けられる。
「今日、帰り遅くなるわ。お義母様が帰って来られたから、出来るだけ早く帰るつもりだけど……」
そう言ってリアスはゼノヴィアと一緒に部室を出て行った。
朱乃もお礼を言うと足早に去って行き、俺はアーシアと一緒に家に帰ることにした。
帰り道、アーシアが母ちゃんに会うのが楽しみだと笑っていたが、俺としてはここからが今日の本番である。
期待一割、不安九割といった感じだが、成るようにしか成らない。
家に着き、玄関を開き、リビングに入る。
「ただいま……」
母ちゃんの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄るアーシア。
そんなアーシアを笑顔で迎える母ちゃん。
二人の姿を見届けて、着替えるためにリビングを出ようとドアに手を掛ける俺。
「ユウ、アーシア。大事な話があるから座って」
背後から母ちゃんの低い声が聞こえる。
覚悟を決める刻が迫っていた。
第27話更新しました。
ビバ、オリジナル!ということで原作は殆ど進みませんでした。
今話で三章が終わると言いましたが、終わりませんでした。
申し訳ありません。
書き始める前は終わるように考えていたのですが、何故かフラグを立ててました。
ずっと書いてきて「一誠のヒロインは誰」というコメントが結構あって、最初はイリナにしようかなと考えていたんですが、結局こっちに入れちゃいました。
また一誠の相手を考えなければならない…
ということで多分次で三章は終わります。
次は奴が出てきますよ!
では、また次回。