ハイスクールD×D Yto   作:今日から禁煙

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梅雨入り間近で憂鬱です。

第28話です。



第28話

 ごめんよ──

 もう少しだけ待っておくれ──

 まだ息子(あんた)の姿を見ていたいんだよ──

 

 

 ―●○●―

 

 

 空気が重い。

 

 過ごし慣れているはずのダイニングがまるで別の空間のように感じる。

 

 帰宅時、アーシアに和やかな雰囲気で接していたその人は、今、俺とアーシアの目の前で腕を組み、固く目を瞑り、憮然とした態度を取っている。

 

 こんなにも口の中が乾くのは初めてで、思うように口が開かない。隣に座っているアーシアも不安そうに俺とその人に交互に視線を送り続けている。アーシア自身、この家で暮らし始めて経験したことのない雰囲気に戸惑っているだろう。

 

「……さて、まずは一週間も留守にしたことを謝らなきゃいけないね」

 

 そう言って頭を下げる母ちゃん。その姿に焦って声を掛けるアーシアだが、俺にとってはいつもの光景だ。

 

 この人はいつも遠出して帰ってくると、最初に俺に頭を下げた。それは子供を一人残して出掛けてしまったことへの罪悪感なのか、他の理由なのかは知らないが、必ず頭を下げた。

 

 最初の頃はそれに対して文句も言ったが、それが二回、三回と数を重ねるうちにそういうものなのだと関心がなくなった。

 

 そのうち一人での生活も悪くないと思い始め、お互いにストレスのない関係性を築いてきた。俺としては親としてやることをやってもらえば文句はなく、母親との関係も良好だった。

 

 そうしてるうちに俺も休みになれば家を空けるようになり、帰るたびに母親から冷やかされた。

 

 そしてその生活は俺の十五歳の誕生日を迎えた日に終わりを告げた。

 

「ユウ、アーシア……私は二人の関係性については細かく言うつもりはない」

 

 俺達の関係。つまり【聖なる対極の紅十字】を持つ俺と【再生の生神女】であるアーシアの関係。そのことについても詳しく聞きた。

 

「俺もそのことについて話がしたい」

 

 母ちゃんが大きく息を吐く。何だか、少し話づらそうだ。

 

「母ちゃんはいつから気づいてたの?」

 

 母ちゃんのことだから大分早い段階で気づいていたと思う。

 

「そうじゃないかなと思ったのは、あんたが事故で入院してる時……かな」

 

 意外と最近だな、俺と同時期くらいか?確かに分かりやすい変化といえばそうだったけど。

 

「あんたはどうなんだい?」

 

 アーシアを様子を伺いながら、会話を続ける母ちゃん。

 

「はっきりと自覚したのはリーアが一緒に住み始める少し前くらいかな」

 

 リアスの結婚式の時とはっきり言いたかったが、人様の結婚式を台無しにしたとバレれば、また面倒なことになるし、リアス自身もそのことを話していないので俺から話すこともないだろう。

 

「アーシアのことはいつから知っていたの?」

 

 母ちゃんは話をする度にアーシアを気にしているので、先に聞いておこうと思い、切り出した。

 

「アーシアも同じよ。あんたの入院中」

 

 アーシアのことは随分早くに気づいていたようだ。神器(セイクリット・ギア)を所持していた分だけ分かりやすかったのか?

 

「なんで話してくれなかったの?」

 

 もっと早くに母ちゃんから話してほしかった。そうすればコカビエルの言葉などに踊らされることもなかった。

 

「なんでって……そういうことは第三者が口を挟むものじゃないだろ」

 

 近からず、遠からず。親子であっても個人という考え方は見習うべき部分だと思う。

 

「それに私は親であっても踏み込んじゃ行けない領域があると思ってる」

 

 まぁ、確かに。いきなりお前は悪魔だって言われても聞く耳は持たなかったかもしれないけど。

 

「それでも話してほしかった」

 

 個人として尊重してくれることはありがたいのだが、先に関わることなので知っておきたかったというのは本音だ。部屋に入ってきた黒歌を抱き上げ、膝に乗せると母ちゃんは少し顔を赤くした。

 

「私だって確信が持てなかったんだよ。適当なことを言って二人の関係を悪くしたくなかったし……」

 

 別にそのことで関係が悪くなるとも思わないが、この人なりに気を遣ったと言うことだろうか。似合わないことをする。

 

「それにあんたはリアスとも仲良くやってるみたいだしさ」

 

 何でリアスの名前が出てくるのかと思ったが、彼女が悪魔であることも気づいているのだろう。

 

「リーアのことも気づいてたの?」

 

 なるほど、だからリアスがこの家に住むことも了承したのか。

 

「リアスは分かり易すぎる、誰だって気づくだろ」

 

 ある意味、彼女は隠そうともしてないからな。悪魔であることを誇りに思っている。

 

「それであんたはこれからどうするつもりだい?」

 

 それを考えるために本当のことが知りたいんだけど。

 

「他にも気になってるし、分からないよ」

 

 真実を知ったところで俺一人でどうにか出来る範疇を超えてきている。

 

「ほ、他!?まだいるのか!?」

 

 突然立ち上がる母ちゃん。それに驚いた黒歌が膝から飛び降りてソファに丸まる。確かに後、四人いるとコカビエルは言っていた。

 

「まさか朱乃もなのか?それからあの白髪の子、えーと小猫って言ったっけ?」

 

 朱乃に小猫?……まさかあの二人がそうなのか?

 

「それとも中学の時に関係を持った女か!?何人目の女だ!」

 

 ちょっと待て!一体何の話しだ?というか、なにを余計なことを言ってる!?

 

「母ちゃん!?急に何を言い出してるの!?」

 

 母ちゃんが錯乱し始め、次々と俺の過去の女性遍歴を暴露していく。

 

「ちょっと母ちゃん!落ち着いて!」

 

 アーシアにも応援を頼もうとするが、彼女から黒いオーラが漏れ始めている。

 

 待て待て!今、君まで爆発したら手がつけられない。後で説明するからもう少し堪えてくれる?

 

「落ち着ける訳ないだろ!私の可愛い、可愛いアーシア(むすめ)が目の前の性獣に穢されたんだぞ!」

 

 せ、性獣!?息子になんてことを言うんだ、この人は!

 

 しかも、全く話が噛み合わない。

 

 それになにかとんでもない勘違いをしているような気がする!

 

「前にも言ったが、アーシアはあんたが今まで抱いてきたチャランポランの女共とは違うんだよ!それを私達が居ないからってこんのバカ息子が!」

 

 完全に誤解している。アーシアへの愛が強すぎる故、バカ息子である俺の話は耳に入らないらしい。

 

「空港であんたを見た時に思ったよ……こいつ犯ったなってね」

 

 どんどん言葉が乱暴になっていく。犯ったって……母親が息子に言っていい言葉でない。因みに先程まで黒いオーラを纏っていたアーシアは現在、顔を真っ赤にして固まっている。

 

 まさか空港から不機嫌だった理由っていうのは……。

 

「母ちゃんだってそういうことに理解がない訳じゃない。あんたとアーシアが将来、そういう関係になってくれればとも思う」

 

 勘違いの大渋滞。もはや、取り付く島もない。

 

「だけど、私達がいない隙にってのが気に入らない!やるなら堂々となりな!」

 

 未だに興奮の収まらない母ちゃん。通常であれば気が済むまでひたすら耐えるのだが、この件をこのままにしておくと、今後の生活に支障をきたす。

 

「わかった、堂々とやる!だけど、今回のことは母ちゃんの早とちり!俺とアーシアはまだそういう関係じゃない!」

 

 ここは強気に出るのが、一番効果的のような気がする。

 

「俺にとってアーシアは特別な存在だし、そういう関係になりたいとも思っている。でも、まだそういう関係じゃない!」

 

「まだ」という部分を強調して母ちゃんに訴え続ける。この際、頭から湯気を出してのぼせているアーシアは放置だ。

 

「う、嘘を言うんじゃないよ!」

 

 息子の反論に狼狽える母ちゃん。考えてみれば、表立って反論したことなど一度もなかった。

 

 ここは押しの一手しかない。それこそが最善手だ。

 

「安心して……貴方の可愛いアーシア(むすめ)はまだ清いままです」

 

 立ち上がり、アーシアの背後に移動して彼女の肩に両手を置き、訴えかける。これで母ちゃんも安心してくれるだろう。

 

「私のアーシア(むすめ)に気安く触るな、性獣!」

 

 履いていたスリッパを持って、豪快に振りかぶり、俺目掛けて思い切り投げる母ちゃん。

 

「妊娠でもしたらどうすんだ!?」

 

 スリッパの直撃した額を摩りながら、母ちゃんはまだ錯乱していると思った。

 

「そんなわけあるか!……とにかくアーシアには何もしてないから!」

 

 何故なら、今日日の小学生だってそんなこと思わないからである。

 

「……嘘じゃないね?」

 

 アーシアを抱き締めながら、未だに疑いの目を向けてくる。

 

「神に誓って!」

 

 言っていて気づいた。神ってもういないんだっけ?だったら、こういう時は誰に祈ったら良いのだろうか?

 

(俺は悪魔だから魔王様かな?)

 

 まだ見ぬ四人の魔王に密かに祈りを捧げる。

 

「アーシア……本当に何もされてないかい?」

 

 馬鹿なことを考えていると、今度は腕の中で茹でダコ状態のアーシアに対して声を掛ける母ちゃん。

 

「大丈夫かい?痛いことはされてないかい?」

 

 その言い方だと俺が嫌がるアーシアを無理矢理襲ったみたいになるからやめて……。

 

 いや何もしてないからね……本当に……。

 

「だ、大丈夫です。それにユーさんになら……私……その……」

 

 耳まで真っ赤にしたアーシアがチラチラと横目で俺に視線を送りながら衝撃的な発言をしている。

 

(……これは……うん……まぁ……その……なんだ……)

 

 覚悟出来てますって顔で見つめられても、この状況でどう反応して良いのか分からん。下手に反応すれば、自分の首を締めるだけだ。

 

 すまん、アーシア。

 

「くぅ〜、なんて健気な子なんだい!」

 

 萌えている。俺だって目の前の可愛らしい生物を愛でたくて我慢しているのにこの人は……。

 

「いたいけな少女の願い一つ叶えてあげられないなんて、母ちゃんはお前をそんな風に育てた覚えはないよ!」

 

 最早、言っていることが支離滅裂。

 

 抱いたと誤解されて説教をされ、今度は抱いてないことで説教をされる。俺はどうしたらいいんだ。

 

(頭が痛くなってきた……)

 

 最初の重い空気は一体何処へ行ってしまったのか?まさかこんな雰囲気になるなんて想像もしてなかった。全ては母ちゃんの勘違いと早とちりから始まったことだが、何だか気が抜けてしまった。

 

(母ちゃんもようやく納得してくれたみたいだし、対象も俺からアーシアに移ったみたいだからもう大丈夫だろう)

 

 アーシアには気の毒な話だか……。

 

「まだまだ言い足りないけど、あとはユウへの個別指導ってことで──」

 

 そう言って席を立った母ちゃん。俺がまだ続くのかと項垂れていると、キッチンからデカいダンボールがこちらに迫ってくる。

 

 その正体はダンボールを抱えた母ちゃんだった。

 

「さて!此処からはお楽しみの戦利品の分配だよ!!」

 

 丸まっていた背中がその言葉で一直線に伸びる。戦利品──すなわちお土産!

 

「母ちゃん……今回はどんな素敵な物があるのでしょうか?」

 

 正直な所、母ちゃんのお土産はアタリ一割、ハズレ九割と言ったところだ。

 

 家に温泉を引っ張っているのに大量の温泉の素を購入してきたり、行った土地とは全く関係のない魔除けの面を買って来てみたりと、そのセンスを疑いたくなることが多々なのだが、極稀に……奇跡的に一割のアタリの中にとてつもない逸品が混じっていることがある。

 

 因みに俺の趣味は競馬だ。年齢的に馬券を購入することは出来ないが、競馬中継を見ることは当然として時間があれば競馬場や生産牧場に足を運ぶこともある。

 

 美しい造形美を誇るサラブレッドがジョッキーの檄に応えて全力で駆け抜ける姿は見ていて胸が踊る。

 

 数多くのサラブレッド達の中でも俺が愛して止まない名馬いる。

 

 最強世代の一角に名を連ね、世界最高峰の舞台で二着と好走した伝説的名馬である。

 

 俺の宝物とはその名馬が世界最高峰の舞台に出走した際に着用していた蹄鉄だ。

 

 蹄鉄とは馬の蹄を保護するために装着されるU字型の保護具のことである。

 

 何故そんな貴重な逸品が俺の手元にあるかと言うと、母ちゃんのお土産の一割のアタリという訳だ。

 

 どんな非合法な手段で手に入れたか聞いてみると、拳骨+蹴りが飛んできたのでよく分からない。

 

 そんな奇跡が起こってから俺は母ちゃんのお土産を毎回楽しみにしている。

 

(しかも、今回の旅先は北海道!期待せずにはいられない!!)

 

 ダンボールの中からご当地限定のお菓子やらグルメ、ご当地キャラのアクセサリーや木彫りの置物等を大量に出してご満悦の母ちゃん。

 

 更にはアーシアやリアスのために購入したであろう高そうなコスメや服飾品を手にして二人で盛り上がっている。

 

 俺は他に何かないかとダンボールを覗くが、目星しい物が見つからず、限定のお菓子に手を伸ばす。

 

 どうやら今回もハズレのようだ。

 

「フッフッフッ!お探しの品はこれかな?……息子よ」

 

 限定のお菓子に舌鼓を打っていると、怪しく笑いながら紙袋を(ひけ)らかす母ちゃん。

 

「菓子なんか食べてていいのか……青年?」

 

 紙袋に手を入れて中のものを取り出そうとしている母ちゃんの表情は相変わらずニタニタしている。

 

「これを見よ!」

 

 紙袋を投げ捨て、眼前に晒された物に俺の視線が釘付けになる。

 

「そ、それは!?」

 

 まるでペットに餌を与えるように頭上で右へ左へと目的の物を動かす母ちゃん。俺の視線も母ちゃんの動きに合わせて左右に動く。

 

「せ、先月の……に、日本ダービーの……う、馬番ボールペンじゃ……あーりませんか!?」

 

 手を伸ばして頭上で揺れる馬番ボールペンを手にしようとするが、ギリギリの所で触れない。

 

「あんたがネットで探しているのを知っていたのさ!毎回品切れだったみたいだけどねっ!」

 

 まるで嫁に意地悪をする姑のように活き活きと笑う母ちゃん。

 

 俺は競馬に興味を持った時からずっとこの馬番ボールペンを集めている。所謂コレクションの一つで今年ももちろん入手しようと発売が決まった日からネットに張り付いていたのだが、今年のダービーは競馬界のレジェンドが有力馬に騎乗することもあり、発売直後から品切れ続出で手に入らず、レースもそのレジェンドが勝利し、復活を遂げたことで特別なレースになったため、未だに入手困難な逸品なのだ。

 

「どうだ!欲しいか!?欲しいだろ!!?」

 

 頭上で左右に揺れる馬番ボールペンを前に、最早パブロフの犬状態の俺に悪魔の如く囁く母ちゃん。

 

「いい格好だね!ほらっ!!取ってきな!!!」

 

 そう言って馬番ボールペンを投げ捨てる母ちゃん。俺はその馬番ボールペン目指して一直線に走って行く。

 

「只今、帰りまし──キャ!」

 

 美しく弧を描く馬番ボールペンに対して一世一代のダイビングキャッチを決める。

 

「よっしゃ~!キタコレ!!」

 

 床に横になりながら、ようやく手にした十八本の馬番ボールペンを天に掲げて仰向けになると、黒く細い布からスラリと伸びる肉付きの良い白磁のような二本の足に頭を挟まれていた。

 

「ユー……私だって心の準備は出来てるけど……お義母様の前ではさすがに恥ずかしいわ」

 

 馬番ボールペンの向こう側の黒く細い布に焦点を合わせると、僅かに透けており、声の主の大事な部分が顔を覗かせていた。

 

「こんの性獣が!!!!」

 

 凄まじい勢いで走ってきた母ちゃんにうつ伏せにされると、そのままエビ固めを仕掛けられてしまった。

 

「やっぱりそうなのか!?あぁ!!?手を出してないって言ったよな!!!?おぉ!!!!?」

 

 完全に不可抗力なのだが、床を叩いてギブを宣言しても技が解かれる気配がない。

 

 俺は手にした宝物に笑みを浮かべながら、意識を手放した。

 

 

 ―●○●―

 

 

 翌朝、太陽の光と味噌汁の良い香りで目を覚ますと、そこはソファの上だった。何故、自分がここで寝ていたのか理解が出来ず、考えようとするも頭が上手く働かない。その代わりに包丁がまな板を叩く規則正しい音と仲良くキッチンに立っているだろう三人の談笑する声が心地良く耳に届く。

 

 とりあえず三人に挨拶をしようと身体を起こそうとすると、腰に激痛が走った。その瞬間、霞がかっていた脳内に昨夜の光景が鮮明に蘇った。

 

 そうだ……俺は何も悪くなった。

 

 母ちゃんの早とちりと勘違いが三度炸裂して物理的にダメージを受けただけでいつもと変わらない。テーブルの上で燦然と輝く宝物を愛でながら激痛に耐えていると、俺の起床に気づいた母ちゃんが昨夜の事を謝ってきた。

 

 その姿に今日は槍でも降ってくるのではないかと呆然としていると、隣に来たリアスがこっそりと事情を教えてくれた。

 

 俺が失神した後、なんとアーシアが母ちゃんに土産のやり取りのことで説教をしたと言うのだ。

 

 それを聞いた瞬間、信じられないことが起こってしまったと思った。なぜなら、十数年と続いてきたこの家のパワーバランスが一瞬とはいえ崩れたのだ。

 

 我が家で誰も逆らうことの出来なかった絶対君主に意見を言える存在が現れた。

 

(父ちゃん……どうしましょう?)

 

 前代未聞の珍事にどうしていいか分からずに視線を泳がせていると、新たにこの家の覇権を握るであろう人物から朝食の準備が出来たと声が掛かり、四人と一匹で仲良く?テーブルを囲んだ。

 

 

 ―●○●―

 

 

「ふぅ」

 

 授業が終わり、自然と息が漏れる。

 

 いつもならありがたく聞いている先生のお言葉も今日は上の空でした。

 

 その原因は今朝から様子のおかしい私の想い人にあります。

 

 朝食中や登校中、更には昼食中もずっと敬語で受け答えしてくるのです。部長さんや朱乃さんには普段通りに接するのに対して私にだけ余所余所しい態度になります。

 

 理由を聞いてみてもぎこちなく笑みを浮かべるだけで答えてくれませんでした。その事を親友の桐生さんに相談してみると「先輩はMなのね」と嬉しそうにメモを取っておられました。

 

 桐生さん、Mとは一体何のことですか?

 

「アーシア、旦那が来たよ」

 

 桐生さんに言われて出入り口に目を向けると、少し申し訳無さそうな表情をした彼が手を上げていました。以前は大騒ぎされた旦那と言う呼び方もクラスでは既に浸透しており、騒がれることはなくなりましたが、転校して来て間もないゼノヴィアさんだけは視線を忙しなく動かしていました。

 

「お待たせしました、ユーさん。行きましょうか」

 

 今日はアルバイトがあり、部室に顔を出さずに行くので一誠さんやゼノヴィアさんに挨拶を済ませてから教室を出ました。

 

 昇降口に向かう間も彼は一言も話すことなく、私はとても寂しい気持ちになりました。

 

「すまなかった、アーシア」

 

 ちょうど校門を出たところで無言だった彼が頭を下げて謝罪してきました。理由は今朝からの私に対する余所余所しい態度についてでした。私が改めてその訳を聞いてみると昨夜、彼が意識を失った後、私がお義母様に注意したことが原因だったようです。

 

 彼やお義父様にとってお義母様の言葉は絶対であり、意見するなど以ての外であるため、それをやってのけた私に余所余所しい態度をとってしまったと話してくれました。

 

「寂しいかったです」

 

 何度も頭を下げてくる姿を見て少し私は意地悪をしたくなり、そっぽを向いてそう伝えると、彼の慌てた姿を見ることが出来ました。その後も視線を合わせずにグランデに向かって歩く私に一生懸命に話し掛けてくる彼の姿はとても愛らしかったです。

 

「冗談ですよ、ユーさん」

 

 困惑する彼をこれ以上見ているのは忍びなかったので腕を絡めると、安心したようにいつもの笑顔を見せてくれた。でも寂しいかったのは本当だと伝えると、私の頭に手を乗せて「ごめんね」と優しく謝ってくれました。

 

 ユーさんとの関係がいつものように戻り、グランデを目指して歩いていると、男性の老人が困ったように街の案内板を見ていました。

 

「おじいさん、どうしましたか?」

 

 私が声を掛けてみると、少し驚いた反応をしていましたが、街の病院に行きたいと言われていたので道順を教えてあげると、お礼を言って歩いて行きました。

 

「あのじいさん……」

 

 ユーさんは立ち去ったおじいさんの後ろ姿を見て不思議そうな表情をしていたので気になり、聞いてみると「なんでもないよ」と言って歩き出したので私も後を追って歩き出しました。

 

「……あれが神賛(シンザン)──」

 

 ふと違和感を覚えておじいさんの立ち去った方を振り返ると、そこには既におじいさんの姿はなく。不思議に思っていると、前を歩いていたユーさんが笑顔で手を差し出してくれていたので、その手をとってグランデへの道を歩き始めました。

 

 

 ―●○●―

 

 

 グランデに着いて直ぐに着替えて厨房に入る。開店直後から店は満席となり、シェフたちが忙しなく動き回る。最近では雑誌社からの取材の申込みも引っ切り無しに来ているようだが、全てお断りしているらしい。それでもネット等での拡散は防ぎようがなく、次から次へと客が訪れる。嬉しい悲鳴ではあるものの常連客を大事にしたい料理長にとっては少し複雑な心境のようだ。

 

「アーシアちゃんが出勤してることもあって、今日は一段と客の入りがすごいな」

 

 フライパンを振りながら先輩シェフがそう言うと、全シェフが同意する。

 

「料理長が料理に専念するようになってから味の精度っていうか繊細さが一段上がりましたからね」

 

 グランデは安価で本格的な料理が楽しめると評判になった店で、それまで高級志向の客は寄り付かなかったが、評判が評判を呼び、今ではそういった客層も来店するようになった。

 

「こりゃ、本格的に来るかな?」

 

 誰一人として「何が」とは聞かない。この場にいる全員が理解している。料理長の手によって生み出される一皿一皿が既にそのレベルに踏み込んでいることを。

 

「口を動かしてる暇があるなら手を動かせ」

 

 全員の視線がその人に向いた所で静かに喝が入れられる。

 

 料理長の一皿に賭ける情熱に俺は目を奪われる。その姿に触発されて夢中でフライパンを振っているといつの間にか客足のピークが過ぎており、厨房も一段落していた。

 

「料理長、雑誌社から取材の連絡が入ったんですが?」

 

 ホールスタッフのその言葉に「またか」と頭を掻きながら厨房を出て行く料理長。

 

 以前、金勘定は苦手だと言ってリアスにオーナーを譲った料理長に新たな悩みの種が生まれたようだ。

 

「すみません。七番テーブルのお客様が前菜を調理したシェフとお話したいと言ってるんですが?」

 

 料理長に対して心の中で合掌しながら使用済みの調理器具を洗っていると、アーシアが少し慌てた様子で厨房に入ってきた。

 

「クレーム?料理長は……事務所か」

 

 クレームの対応はいつも料理長が行っているが席を外しているため、先輩シェフの視線に頷く。

 

「どんな内容?」

 

 アーシアにクレームの内容を確認すると、どうやらクレームではなく話がしたいとのことなのでエプロンを外して七番テーブルに向かう。

 

「おう、来たか」

 

 そのテーブルには四十代前後であろうワイルド系でイケイケの男性と二十代半ばの美しい女性が座っていた。

 

「当店で前菜担当をしております、菅原と申します。ホールスタッフよりお話があると伺いましたが、どのような内容でしょうか?」

 

 丁寧に、決して失礼のないように心掛けて応対に当たる。バイトを始めてから幾度となく経験してきたことなので間違えることはない。

 

 俺の紳士的な態度にアーシアと男はポカンとした表情を浮かべている。

 

「ふふ、面白い子ね……でも、貴方を呼んだのは私ではないわよ」

 

 超営業スマイルの俺を軽くあしらう女性。彼女が呼んだのではないとすれば……。

 

「おいおい、随分と嫌そうな顔するじゃねぇか?」

 

 男の声に俺の表情は能の(おもて)のように無表情になる。

 

 何か悲しくて男に呼び出されなければならないのか?

 

「客は神様なんだろ?いいのか、そんな態度で?」

 

 確かにお客様は神様というが、神様だって色々いる。俺が求めるのは女神であって、アラフォーでしかも野郎の神など願いさけだ。

 

 残念ながら神はいないがな!

 

「なに、こんだけ旨い料理を作る奴がどんな奴が知りたかっただけだ」

 

 お褒めに預かり光栄だが、どうせなら隣のお姉様から聞きたかったよ。

 

 俺のことを舐めるように下から上へ視線を動かす。

 

「ありがとうございます。お話しがそれだけでしたら失礼します」

 

 そう言って下げた頭を上げた時、俺の視線が目の前にニヤけ面の男と交わる。

 

「背中の十字ってのはそんな才能までくれんか?」

 

 男の言葉が耳に届いた瞬間、アーシアの手を引き、半歩だけ男と距離を取る。

 

 この男、何故そのことを知っている?

 

 一体何者だ!?

 

「そう警戒すんなよ、今日は飯を食いに来ただけだからよ」

 

 ケラケラと笑う男からは先程まで感じなかった得体の知れない何かを犇々(ひしひし)と感じる。

 

「……あんた、一体何者だ?」

 

 俺達のやり取りに周囲の客がざわつき始める。万が一、ここで暴れられたら関係のない人間まで巻き込んでしまう。

 

 額に嫌な汗が滲む。だが、目の前の男からは特段変わった気配は感じない。悪魔や堕天使ならば僅かな気配を察知できるが、そんな気配もない。

 

(この男……本当に何者?)

 

 緊張感を増していく俺とは対照的に男は呑気に残った料理を平らげてペーパーナプキンで丁寧に口を(ぬぐ)う。

 

「自己紹介がまだだったな、俺は──」

 

 男が立ち上がり、名乗り始める。得体の知れない男の正体が分かると思った……が、男の視線がある一点に集中する。

 

(俺じゃない?じゃあ、何を見ている?)

 

 男の視線を追う。

 

「クックックッ!!!あーはっはっはっ!!!!」

 

 男の大きな笑い声に再び視線を男に向けると、髪を掻き上げ、目を見開き、狂喜を笑みを浮かべる男がいた。

 

「嘘だろ!?なんなんだ〜この店は!!?ビックリ箱かよ!!!?」

 

 狂喜乱舞──正にそんな言葉がピッタリと当てはまる。先程までのニヤけた表情は何処へ行ってしまったのか、男は髪に掻き毟り、目をギラつかせ、口角を上げる。口元からは無意識なのか涎を垂らしている。

 

「ヴァーリの奴から聞いて聖十字の顔を拝みに来ただけだってのによ!!」

 

 男の興奮が最高潮に達する。このままではマズイと周囲の様子を伺うと、先程までザワついていた客達が何事もなかったように食事を続けている。

 

「魔王の妹っつー格好の獲物がいんのに組織(うち)のバカ共以外誰もこの街に近づかねぇーと思ったらこういうことだったのかよ!!」

 

 俺とアーシアを置き去りにして感情を爆発させる男。その爛々と輝く瞳はまるでずっと求めていたおもちゃをようやく手に入れた子供のようだった。

 

 だが子供と唯一違うのはその瞳の奥が濁っており、喜怒哀楽以外の暗くて深い感情が潜んでいることだ。俺はそのことを隠そうともしない目の前の男にとてつもない恐怖感を抱いた。

 

 この男はこれまで相まみえたどんな存在よりも危険なのだと。

 

 額に滲んでいた大粒の汗が頬を伝い、顎から床に落ちたとき、俺の肩が誰かに掴まれた。

 

「このお客様は俺が応対する。二人は通常業務に戻ってくれ」

 

 振り向くと、そこには普段と変わらない表情の料理長が立っていた。

 

「お客様、別室にてお話しをお聞きします、こちらへ」

 

 そう言って男を奥の事務所へ誘導する料理長。

 

「自らとは光栄だな」

 

 料理長を追って奥に消えていく男。俺の横を通り過ぎる時に発せられた言葉を俺は聞き逃さなかった。

 

 ──レシステンシアの鞘──

 

 その時の俺にはこの言葉の意味が理解出来なかった。

 

 ただ背中の十字だけが少し疼いた。




第28話更新しました。

ようやく三章が終わりました。途中、執筆意欲の低下などで思うように進まないことがありましたが、投げることなく続けられたのはひとえに皆様のおかげです、勝手に感謝してます。

しかし肝心の内容のほうはどうにもなりませんね、特に前半部分は忘れてほしいくらいです。スカスカのすれ違いコントに自分の趣味を重ねるという愚策をやってしまいました。甘んじて批判や苦情を受けます。ですが、話のほうは着実に進展しており、今後、原作でも重要な人物も登場しました。そして、主人公の秘密を知るであろう一人目の人物はあの方でした。

ベタ過ぎましたかね?でも、自分では上手くやったとドヤ顔してます。

次章も長くなると思いますが、よろしくお願いします。

ではまた次回。
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