開催について賛否はありますが、出場されるアスリートの皆様を全力で応援したいです。
第29話です。
第29話
君はいずれ知るだろう──
自分自身が何者であるかを──
その時の君はどうするのだろうか──
―●○●―
「何故私に聞くんですか?」
窓から射し込む西日が室内を照らす。
駒王の街の命運を賭けた『聖剣事件』から数日後、俺達は穏やかな生活を取り戻していた。
日本列島全域に梅雨明けが宣言され、本格的な夏シーズンの到来を心待ちにしているお祭り好き達にとっては最高の季節がやって来る。
俺にとってはただただ暑いだけの日々がまた始まると憂鬱なのだが、所属している部活の見目麗しい女性達は海だ、水着だと連日盛り上がっている。
「他に相談出来る人が思い浮かばなかったから」
そんな世間の喧騒には目もくれず、机上に置かれた縦横八マスずつに区切られた六十四マスの市松模様の正方形の盤と六種三十ニ個の様々な形をした駒と睨み合いながら、眼鏡の位置を調整している女性。
「そういうことは同性に相談するのをオススメします」
厳しい表情を浮かべ、顎に手を当て、考え込みながら駒を動かすもその表情は険しいままだ。
「まさか……そんなこと相談したら後ろから刺されるよ」
肩を竦めながら、ノータイムで駒を動かすと、彼女の表情は更に険しくなり、後ろに控えている女性も唖然としている。
「……自覚がある分、たちが悪いですね」
忙しなく駒に触れては首を振りながら深く考え込む。
現在、俺達がいる場所は生徒会室であり、生徒会長の支取蒼那とチェスをプレイしている。そして副会長の真羅椿姫はゲームの内容に一喜一憂している。
蒼那の目線がボード上で忙しなく動き、身体も自然と前後に揺れる。
チェスクロックの残り一分を告げる機械音が室内に響くが、彼女には聞こえていないようだ。それほどまでに盤面に集中している。
盤面の形勢は少しでもチェスを噛じったことのある者ならば一目で判断出来る程一方的な内容だった。
(単純な道筋……そろそろ
残り時間に気がついた蒼那が慌てて駒を動かす。互いに盤を挟んでみると、彼女の強さがよく分かる。チェスが得意と言っていただけあってかなりの実力だ。
その手筋は基本に忠実でとても美しく癖がない上に、攻守のバランスも良く、咄嗟の変化に対しても柔軟に対応してくるし、相手の嫌がることもしっかりやって来る。
正に王道だった。
なのに何故これほど差が開いているかと言うと、事は単純で蒼那よりも俺の方が強いからだ。
では何故強いかと言うと、子供の頃から遊びといえばチェスだった。別に他のおもちゃを買ってもらえなかった訳ではないが、チェスだけは母ちゃんが必ず相手をしてくれた。
当時は小説家として活躍していた母ちゃんが忙しい合間を縫って一緒に遊んでくれた。俺はそれが嬉しくて一日一回は必ずプレイしていた。
しかし母ちゃんは鬼のように強くて一度も勝てたことがない。そんな母ちゃんに何故勝たせてくれないのかと泣いて詰め寄ったら「社会の厳しさを知れ」と言われた。俺は当時七歳位だった。
何としても母ちゃんに一泡吹かせたいと思った俺は必死になってチェスの勉強した。お陰でネット対戦や地元の小さな大会では無敗を誇り、果ては世界チャンピオンなどと周囲の大人達からもてはやされた。
でも結局母ちゃんには一度も勝利を挙げることが出来なかった。
そんな母ちゃんに比べれば如何に蒼那が強いといえど粗がだいぶ目立つ。将来的には判らないが、今の実力なら目隠ししても負けることはないだろう。
「私もその中に加わりたいと言ったら、貴方はどうしますか?」
えっ?……今なんて?
「あ」
頬を赤らめて此方の表情を伺ってくる蒼那に動揺して駒から手を離してしまった。
「やべ」
後悔が口を衝いたときには既に遅く、蒼那はニヤリと口角を上げていた。俺が誤って指した一手は悪手も悪手、大悪手。この一手により数手先にあったはずの俺の勝ち筋は消え、敗戦濃厚であった蒼那が圧倒的勝勢になった。
俺はこの数秒で天国と地獄を体験した。
勝利を目前にしてチェスではなく、蒼那の見事な盤外戦術にしてやられた。
―●○●―
「負けました」
頭を下げながら彼の口から
彼もチェスを嗜むと知っており、機会があればプレイしようと以前から約束していたが、彼がアルバイトなどで忙しく、今日までその機会に恵まれなかった。
(まさかここまで差があるとは……)
自信のあったチェスで終始圧倒され、敗戦濃厚という状況まで追い込まれたが、私らしからぬやり方で彼の大悪手を誘い、何とか逃げ切ることができた。勝つことは出来たもののプレイの内容は最悪であり、出来ればスコアに残したくないほど酷いものだった。私と彼の実力差も一目瞭然で、この先何度対戦しようとも勝つイメージが出来ない。
彼には本当に驚かされてばかりだ。一人であのコカビエルと互して戦う力もあれば、今回のチェスのように周囲の仲間と連携して変幻自在に相手を追い詰める戦い方も出来る。もしも彼がレーティングゲームに参加するようなことがあれば瞬く間にトッププレイヤーとして頭角を顕すことになるだろう。
とはいえボードゲームのチェスと実際のレーティングゲームは違う。彼が平気で仲間に
無論、興味は尽きないがその時が訪れるまでの楽しみが一つ増えたくらいに考えておこう。
「少々大人気ない気もしますが、これも勝負と言うことでいいですか?」
頭を掻きながら盤上の投了図を見て何度も頷く菅原君。
「もちろん。見事な盤外戦術でした」
私の姑息な手段も戦術と言って笑顔で握手を求めてくる。
チェスでは投了の後にお互いの健闘を讃えて握手して終わるのがマナーとなっている。
私も笑顔で彼の手を握り、健闘を讃える。とても有意義な時間を過ごせた。
「ではプールの件、よろしくお願いしますね」
苦笑いしながら席を立って扉に手を掛けると、何かを思い出したように振り返り、じっと私に視線を送ってきた。
何か伝え忘れたことがあるだろうかと思い出してみると、心当たりがあった。
「私も中に加わりたいと言ったことでしたら冗談なので気にしないでください」
私の答えに対して「それは残念」と笑って彼は生徒会室を後にした。
その姿を見て何故多くの女性を惹き付けるのか分かった気がした。
「お見事でした、会長」
彼を見送り、二人だけになった室内で生徒会の副会長であり、私の眷属の女王である椿姫が投了図から詰みまでの手順を指しながら声を掛けてくる。
「それは嫌味ですか、椿姫?」
慌てて否定する彼女の姿に思わず頬が緩む。このように何の含みもなく笑みを見せられるのは椿姫と二人の時だけ、他の眷属達がいるときはいるときはどうしたって王としての立ち振る舞いが求められる。それが苦とは思わないが、こういった時間があってもいいだろう。
「取り敢えずリアスとの約束が達せられて良かったです。もし、反故にしたら後で何を言われるか分かりませんからね」
苦笑いしながら紅茶を用意してくれる椿姫。あの幼馴染みの我儘のおかげで毎度苦労しますね。
「それで会長、セラフォルー様への報告についてはいかがしますか?」
忘れていた。リアスの結婚式での一件以来、姉からしつこく菅原君の動向を報告しろと言われていた。
昔から関係ないことにまで首を突っ込みたがるところはあったが、今回は特にしつこい。
「碌に目を通さないでしょうから適当で結構です」
どうせサーゼクス様辺りに自分の方が彼の事を知っていると自慢したいだけなのだろうから、わざわざ此方が真剣になる必要もない。
「では報告書をまとめさせていただきます」
そう言って頭を下げた椿姫が奥の部屋に消えていく。彼女は真面目だから私がそう言ってもしっかりとした報告書を提出するだろう。
彼女が面倒な姉の対応もしてくれるから私も自分の仕事に集中できている。
本当に椿姫には感謝しかない。
「……問題はこちらですね」
私は今日配布されたばかりの一枚のプリントを目にして深く溜息を吐く。
「まさかとは思いますが、自ら来るとなんてことはありませんよね?」
授業参観と大きく書かれたプリントを見て有り得ないと思いつつも憂鬱になり、私は机に身体を預けた。
―●○●―
蒼那とのチェスの敗れ、プールの掃除をすることになってしまった。
元々、学校側が行う予定だった仕事をリアスが蒼那に掛け合って無理矢理受けたのだが、俺が猛反対した。
理由は毎度言っているように暑いのにわざわざ外で仕事などしたくないからだ。
俺以外の部員達は何故か乗り気であり、俺だけが反対したため、リアスから蒼那にチェスで勝つことが出来たら無しにするという条件で意気揚々と生徒会室に乗り込んで撃沈した。
しかも掃除を終えた後はプールの使用まで取り付けたらしく、水着を買いに行くので付き合ってほしいとまで言われている。
正直自分達で行ってくれと思ったが……。
「部長達だけで行かせたら、どんな水着を買ってくるか分かりませんよ?」
木場の口から最もな意見が飛び出したため、断る訳にはいかなくなった。
俺一人では何なので木場も道連れにしようと声をかけるが「部長にこれ以上迷惑は掛けられないので」と言ってリアス達の方へ加担されてしまった。
その様子を見てこの際兵藤でも構わんと思い、声を掛けると涙を流して喜んでいたのだが「イッセーにはプールで実際着ているところを見て欲しいわ」と言われるとホイホイと簡単に釣られて見捨てられてしまった。
クソっ!やはり兵藤のスケベ心を煽るのはリアスの方が一歩も二歩も上手い。
因みにコカビエルとの一件以来、部のみんなが兵藤のことをイッセーと愛称で呼ぶようになった。一誠とイッセーではあまり変わらないと思うが、俺もユウとユーであまり変わらないので細かいことは気にしないでおこう。当の兵藤が喜んでいるのだからいいだろう。
そんな訳でこれからの予定を憂鬱に思いながら、部室のドアを開けると、見覚えのある紅い髪の男性と銀髪三編みの女性の前に膝を着く部員達がいた。
「やぁ!菅原君!!逢いたかったよ!!!」
「お久し振りでございます、菅原様」
そう言って大袈裟に手を広げると、此方に歩み寄ってくる紅い髪の男性とその場で深々と頭を下げる銀髪三編みの女性。
「確か貴方はリーアのお兄様の
俺は慌てて頭を下げる。二人に会うのはリアスの結婚式以来で、あの後正式な謝罪に伺うと何度もリアスに言ったが「大丈夫」の一点張りで取り合ってくれなかったので、ずっと心の隅に引っ掛かっていた。
「その節は大変ご迷惑をお掛けしました」
正式な謝罪とまではいかないが、改めて謝罪する。いずれは冥界に赴き、彼女のご両親にもキチンと謝罪しなければならないだろうと考えていると、フレンドリーだった先程までとは違い、彼からの反応がなかった。
俺はゆっくり顔を上げると、呆気に取られたような表情の彼と笑いを堪えるのに必死な様子のグレイフィア様、そして顔を引き攣らせる部員達がいた。
「クックック!やはり君は面白い!!リーアから聞いていた通りだね!!!」
突然笑い始めた彼にどう反応していいのか困っていると、リアスが口を動かして何かを伝えようとしてくるが、何を伝えようとしているのかさっぱり分からない。
(サ?……何だって?)
リアスの動きを注視していると、必死に笑いを耐えていたグレイフィア様がわざとらしく咳払いをする。
「菅原様、此方のお方はバ……バーミクスでは……ございません。クッ、ププ」
落ち着きを取り戻していたように見えた彼女だが、未だに笑いを堪えていた。余程、ツボに入ったらしい。
「ユー……お兄様の名はサーゼクスよ。貴方、どうしたらそういう間違いをするのから?」
遂に笑い堪えきれなくなり、顔を逸したグレイフィア様の代わりにリアスが呆れ顔で答える。
「か、重ね重ね申し訳ありません!」
「しまった」と思うより先に再び頭を下げる。
前方からは「先輩は阿呆なのか?」等と言ったゼノヴィアの声が聞こえる。未だに名前を間違えられたことを根に持っているようだ。
(ゼノヴィアめ、後で覚えてろよ)
頭を下げながらゼノヴィアへの復讐心を募らせていると、サーゼクス様から頭を上げるように声が掛かり、恐る恐る顔を上げると笑顔のサーゼクスがいた。
「いやいや、本当に気にしないでくれたまえ。それにしてもバーミクスか……なかなか良い名だね、改名しよかな?どう思うグレイフィア?」
息を整えていたグレイフィア様に対してそう言うと、再び顔を逸して肩を震わせる。その反応を見てサーゼクス様は満足そうに笑っていた。
二人を包む雰囲気は主人とメイドという感じではなく、それ以上にも感じた。
それにしてもサーゼクス様の心の広さには感服する。名を間違えるという失態を犯した俺を咎めることなく、周囲の笑いを誘う余裕があるとは、これが冥界の名門一族グレモリー公爵家の長男。
「ん?」
そこまで考えて俺の頭にある疑問が浮かんだ。
「何故サーゼクス様がいらっしゃるのにリーアがグレモリー家の次期当主なのでしょうか?」
本来であれば長男のサーゼクス様が公爵家次期当主のはず、それがリアスが次期当主とはどういうことだろうか?
「私は既にグレモリーの家を離れているからね」
グレモリー家を離れている……どこかの婿養子にでも入ったと言うことだろうか?
名門一族の長男が?
「菅原様」
ようやく笑いの収まったグレイフィア様が真剣な表情で俺を見る。
ただならぬ雰囲気に俺も自然と背筋が伸びる。
「こちらにおわすお方はサーゼクス・ルシファー様。冥界を束ねる四人の魔王のお一人にございます」
…
……
…………えっ?
「グレイフィア!そんな大仰な──って菅原君!?」
気づいた時には自然と膝を着いて頭を垂れていた。
「知らなかったとは言え、数々のご無礼お許しください」
とんでもないことを仕出かしてしまった。俺は公爵家の娘と魔王の妹という立場の娘の結婚式をぶち壊してしまった。
つまり、公爵家の現当主と魔王様の顔に泥を塗ってしまったと言うことだ。
「リーア……いえ、リアス様の結婚式でのこと誠に申し訳ありませんでした。誓ってリアス様に非はございません。罰せられるべきはわた──」
謝罪を言い終える前に腕を掴まれ、顔を上げると笑顔のサーゼクス様から立ち上がるように促される。
「君がその事を気に病む必要はない。父や母、それにフェニックス卿も既に納得していることだ」
笑顔で俺の肩に触れるサーゼクス様。
「ずっと気に掛けてくれていたんだね。確かにあの件が議会で問題になったことはあった」
サーゼクス様はあの事件のあとの顛末を話してくれた。
結婚式の後日に開かれた議会でそのことが議題に上がり、冥界の婚姻の在り方について論争が巻き起こったらしい。今回のことは双方が納得の上での婚約破棄と言うことで事無きを得たようだ。
「冥界というのは所謂貴族社会だからね。君には理解し難いことも多いだろう。無論、全てが悪いと言うわけではないが、なかなか難しいところもある。君達に若い世代に話すことではないけどね」
そう言って一人一人に視線を送るサーゼクス様。
そうか……この方は憂いでいるのだ冥界の未来を。為政者として如何にすれば冥界がより良くなるのかを考えておられるのだ。
若い世代というワードがこの方の口から出てきたのが何よりの証拠だ。
「今回の件で婚約に関することが見直されるだろう……いい事だよ、数百年と続いてきた悪しき慣例に目を向けられるのは」
先の大戦で純血悪魔の多くを失い、種の存続のために純血悪魔同士の婚姻が当たり前のように蔓延していると、以前リアスから聞いたことがある。
婚姻を頑なに拒むリアスを見て甘いと糾弾したこともあったが、結婚式から連れ去った後の彼女の笑顔を見て、間違ってなかったと思った。
どの世界であっても生涯の伴侶は愛すべき者であるべきだ。
「冥界がより良くなっていくキッカケになるなら、私の頭などいくらでも下げよう」
この方は本物だ。
(リーア、君の目指べき王の姿がここに在るよ)
男が惚れる男。料理長もそうだが、こういう類の者の瞳には見えているものとは別の何かが映っている。
それが何かはそれぞれ違うだろうが、確かにそれがあるのだ。父ちゃんや母ちゃんにもそれがあった。
俺はこの方の作ろうとしている冥界を見てみたいと思った。
「とはいえ、迷惑を掛けられたのは確かだからね。君には責任をとってもらおうかな?」
あれ……?サーゼクス様の表情が先程の思い詰めたものから、とても愉快なものに変わっていく。
それに何だか既視感のあるやり取り。
「いい事を思い付いた」
そう言っていきなり俺の手を取って笑顔を向けてくる。まじまじ見ると、とてつもなく美形でリアスと似ている。
「私のことはこれからお兄さんと呼んでくれたまえ」
素敵な笑顔で有無を言わさぬこの感じ。
(こ、断れない!)
あの時のリアスはこんな感じだったのかと彼女に視線を送ると、髪の毛に負けないくらい真っ赤な顔で俺とサーゼクス様のやり取りを見ていた。
「抵抗はあるのは最初だけさ、すぐに慣れるよ」
「さぁ」と言いながら離した手を大きく広げて一歩ずつ距離を詰めてくる。
「さ、流石に魔王様をそのように馴れ馴れしく呼ぶわけには……」
詰められた距離の分だけ後退りながら、失礼の無いようにやんわりとお断りする。
「リーアはかわいい妹だけど、私は弟も欲しかったんだ」
爽やかな笑顔、柔らかな物腰、周囲の者を虜にする雰囲気。
その全てが尊敬に値する。
なのになぜ人の話を聞かない!
相手を掌で踊らせて、自分のペースに引きずり込むこのやり方。
(これが魔王……)
魑魅魍魎が
サーゼクス様の寸評はさておき、グレモリー家の悪魔っていうのはみんなこうなのだろうか?思い立ったら一直線なのは家柄か?そう思わざるを得ないほどこの
「魔王様、お戯れはその辺りで……そろそろ本題に入られては如何ですか?」
俺の失言によって抱腹絶倒していたグレイフィア様が正気を取り戻して助け舟を出してくれた。
その瞬間俺には彼女が女神に見えた。
「私としては巫山戯ているつもりは毛頭ないのだが……うん、そうだね。次の予定もあるからね」
サーゼクス様が襟を正すと、その場の雰囲気が一変する。
「既に君達の耳にも入っていると思うが、三勢力が一堂に会することになった」
周知の事実とはいえ、魔王様の口から直接告げられると嫌でも緊張感が増す。
「会合の場について熟慮した結果……先の事件の舞台となったこの学園が適任であると判断した」
歴史において例のない前代未聞の会合をこの駒王学園で執り行われる。
この決定に街の管理者であるリアスも驚愕していた。
「言いたい事は多々あるだろうが、この駒王学園が最適なんだよ」
何かを言いたげなリアスに対して困ったように微笑みかけるサーゼクス様。その顔を見たリアスも言葉を飲み込み溜息を吐いた。
会談の場にこの駒王学園が選ばれた理由は三つ。
一つ目の理由はこの駒王町が悪魔の管轄区域であること。今回の争いの原因は『
少々釈然としない部分はあったが、先に例を見ない三勢力による会談実現のために悪魔側が配慮したようだ。それだけサーゼクス様はこの会談に機するものがあると言うことか?
しかしこれに噛みついたのが兵藤だ。
巻き込まれたのは自分達であり、血を流したのも自分達だと主張した。これに対してサーゼクス様が「これは政治だ」と言ってバッサリと切り捨てたが、それでも納得しない兵藤に「やった、やられたでは終わる話ではない」と語ると、それ以上兵藤はなにも言えなくなり、口を噤んだ。
俺としては知らない内に命の危機に晒されることになった街の人々への気遣いがあっても良いのではないかと思ったが、それを口にはしなかった。
二つ目の理由はこの駒王町に集まりつつある稀有な存在。魔王の妹が二人、伝説の赤龍帝、聖魔剣使いと聖剣デュランダル使いに先の事件で襲来したコカビエルと白龍皇など強い力を持った者達が集まるこの街には何かしらの縁があるのではないかとサーゼクス様は考えているようだった。
無論その理由にも心当たりがあるようで、兵藤に宿る赤龍帝こそがそれらの特異な存在を惹き付けているのではないかと語った。
冥界では「ドラゴンは人と厄災を引き付ける」と、まことしやかに囁かれているらしい。
もちろん兵藤自身に自覚はなく驚いていたが、何事もなく平和だった駒王町に『堕天使襲撃事件』と『聖剣事件』が立て続けに起こったことは赤龍帝が出現してからのため否定出来ないところではある。
ちょっと待て……魔王の妹が二人?
一人はリアス、もう一人は?
その瞬間俺の脳裏に何故かソーナの顔が浮かんだ。
「三つ目の理由についてだが……」
頭を悩ませる中、三つ目の理由に差し掛かった所で今まで滞りなく問答を続けてきたサーゼクス様の口が急に止まり、少し考え込んだ末に俺に視線を送ってきた。
「三つ目の理由は俺……いや、この背中の十字ですか?」
この答えにサーゼクス様は大きく息を吐き、静かに頷いた。
「コカビエルが前にこの十字を背負っていた者は神話を終わらせたと話していました。何のことかご存知ですか?」
結局自分のことを何一つ分からないまま今日に至っている。コカビエルの言っていた真実を知る者が本当に母ちゃんなのかさえ定かではない。
口籠るサーゼクス様を見て何かしら知ってることは間違いないが、俺の望むような答えは得られないだろうと確信している。
「詳しいことは会談の際、各勢力のトップが集まった時にしようと思う、その方が余計な混乱を招かなくていいだろう?」
確かに小出しにされて情報が錯綜するよりはまとめて聞いたほうがいいと考えて頷く。
「ただ一つだけ言えることは、その十字が世界の中心だったということだ」
世界の中心とは一体どういう意味なのかと、気付いたらオウム返ししていた。
「そのままの意味だよ。冥界、天界、人間界、ありとあらゆる世界の中心だ」
なんだかとてつもなく壮大な話になってきた。この十字に一体どんな秘密があるのだろうか?
隣に座っているアーシアも不安気な表情をしている。
「アーシア君についても話は聞いているよ。そのことについても会談の時に話すので菅原君と一緒に出席してほしい」
サーゼクス様の言葉に胸を撫で下ろす。リアスから出席の打診があったと聞いていても魔王様自らの口から確約を取れたことで間違いなく出席が認められたのだ。ここまで来て彼女だけ仲間ハズレでは可哀想過ぎる。
「授業参観の準備などで忙しいとは思うが、ソーナ君と協力して会談の場の準備もよろしく頼むよリーア」
そのことを聞いた瞬間、リアスが露骨に嫌そうな顔をした。どうやら俺が部室に来る前に一悶着あったようだ。
いくら妹でも魔王様にそれはマズイと思うが……?
「では楽しみにしているよ」
どっちを楽しみにしているか分からないが、愉快に笑って出て行こうとするサーゼクス様を俺は呼び止めた。
「レシステンシアという呼び名に聞き覚えはありませんか?」
何気ない質問だった。先日、店を訪れたイケイケのチョイ悪中年が呟いた一言が頭の隅に引っ掛かっており、ついでにと思い聞いてみた。
「どこでその名を!!」
だが、この問にいち早く反応したのはサーゼクス様ではなく、グレイフィア様だった。
しかもその剣幕は凄まじくリアスや他の部員達も驚いていた。
「まぁまぁ、グレイフィア、落ち着きたまえ」
サーゼクス様の静止も聞かずに近づいてくると、両手で肩を掴まれ、端正な顔を歪ませて迫られた。
「グレイフィア!落ち着きなさい!!」
魔力こそ漏れていないが、その圧倒的な気迫に一瞬にして部室が凍りつく。
「も、申し訳ありません」
正気に戻ったグレイフィア様が深々と頭を下げる。その様子に全員が息を呑んだ
「すまなかったね、菅原君。妻がみっともない姿を見せてしまった」
…
……
…………ん?
「妻?」
ブリキの人形のようにぎこちない動きでリアスを見ると、額に手を当てて首を左右に振っていた。程なくして部室に兵藤の悲鳴が木霊したのは言うまでもない。
前に朱乃がグレイフィア様は既婚者だと言っていたが、まさかそのお相手がリアスの兄であり、魔王であるサーゼクス様とは……つまりグレイフィア様はリアスの義姉と言うことか。
この事実を知らなかったのは俺と兵藤、そしてアーシアとゼノヴィアだけなのだが、兵藤は先の通り悲鳴を上げて床を叩き、アーシアとゼノヴィアに至っては「素敵なご夫婦です」や「お似合いだな」など賛辞を送っており、グレイフィア様の錯乱とサーゼクス様の烈帛の気迫で凍りついた部室の雰囲気が一気に甘いものに変わっていた。
中でもグレイフィア様の変化は目まぐるしく、酷く怒りを滲ませたと思えば、次の瞬間には顔を真っ赤にしてサーゼクス様を睨んでいた。
俺の何気ない質問はグレイフィア様にとってのパンドラの箱だったようだ。
「レシステンシアというのは──」
いやいや、ちょっと待って下さい!?この状況でその話を続けるんですか!!
確かに質問したのは俺だけど、もう終わりにする雰囲気だったのでは!?
「その昔、冥界の三大宮家の筆頭を務めていたと言われる大貴族の名だよ」
周囲の様子など意を返さずに話を続けるサーゼクス様。
宮家と言うことは冥界にも王族が存在したのだろうか?
「私もその辺りのことは把握していない部分が多いんだ、なにしろ私が産まれるずっと前の話だからね」
何だか途方もない話になってきた。サーゼクス様がどのくらい生きている悪魔なのかは知らないが、先の大戦にも参加していたようなので五百年以上生きているのは確実だろう。
悪魔はある程度の年齢になれば魔力で若さを保てるとリアスから聞いてはいたが、サーゼクス様もグレイフィア様も若すぎる。
「いずれ君を冥界に正式に招待したいと思っている。そのときにでも父や母に聞いてみるといい。二人なら私より詳しく知っていると思うよ」
握手を求めて来たので素直に応じると、満足そうに笑って帰って行った。そのサーゼクス様を追うように一礼してからグレイフィア様も部室を後にした。
そう言えば何故グレイフィア様はあれ程錯乱していたのだろうか?
サーゼクス様の「妻」発言の衝撃で曖昧になってしまったがグレイフィア様は何か知っていたのだろうか?
それにあのイケイケのチョイ悪中年は何故そんな事を口走ったのか?
結局あの男の正体も分からなかった。
「……まるで嵐のようだったわ」
二人の去った部室にリアスの大きな溜息が響く。ゼノヴィアと兵藤を除く眷属達もかなり緊張していたようでソファでぐったりとしている。
「お兄様はああ言っていたけど、アザゼルには十分注意してちょうだい。いいわね、イッセー!」
リアスの言葉に力強く返事をする兵藤。聞けば既にこの街に『
「これから忙しくなるけど、ソーナ達生徒会と協力してこの難局を乗り切るわよ」
全員が気合いの入った表情をしている。俺にとっても今後の生き方を左右する重要な会談になる。
俺自身、色々と準備をして臨もうと考えて気合いを入れる。
「それじぁ行きましょう、ユー」
そう言ったリアスが満面の笑みで席を立つ。その姿を見て待ってましたと言わんばかりに女性陣が盛り上がり始める。
「水着を選んでくれる約束でしょ?」
一連のドタバタで忘れてくれればと思っていたが、そう甘くわない。
その話を聞いて鼻息を荒くしていた兵藤は木場に拉致られて涙を流しながら引き摺られて部室を出て行く。
「そうだな、行こう」
こうなったら逃げられない、ならば存分に美女達の水着姿を堪能させてもらおう。
俺にとって今日という日はまだ終わりそうにない。
第29話更新しました。
仕事が忙しくなって来て書く時間がないかなと思いきや、何故か意欲が湧いてくるので驚きです。意欲低下の原因は原作を読んでおらず、イメージが湧かなかったことだと判明したので、今後は少しずつ原作を読みながら書き進めて行こうと思います。
原作遵守なので当たり前ですが……
内容のほうですが、筆者はかなりサーゼクスを美化しているところがあります。この原因も原作を先まで読んでいないため、彼のどのような人物なのかいまいち把握していないので、こんな感じなら良いなとフワッと書いてます。実はこんな奴というのがあれば指摘してください。
ではまた次回。