ネス湖でネッシーを倒した事で、見捨里市で起きた怪奇現象は治まった。
そしてキユウは、ある人物を倒すため、勇気の前に現れたと伝えた。
だが、見捨里市で怪奇現象が終わる事はなかった。
夏でありながらも、水が凍り付く。
それは、氷に関係する、ある怪が起こすものだった。
1 - プールでの怪異
初夏の朝、見捨里市にある市民プールでは、開業日が間近になっていた。
「今日も暑くなりそうだな」
職員の男性が、雲一つない青空を眺めながらプールの事務所にやってきた。
先週、場内を綺麗に清掃し、プールに水も入れたため、開業日を迎えるだけだ。
今年は暑くなるらしい。
男性は、今年も大勢客が来るだろうと思いながら買ったばかりの缶コーヒーを一口飲んだ。
「大変です! プールの水が!」
その時、事務所に女性職員が駆け込んできた。
血相を変えた女性職員の表情に、男性職員は一瞬驚く。
「プールの水がどうした? ゴミでも落ちてたのか?」
女性職員は首を大きく横に振った。
「そうじゃないんです! 真っ白で、カチカチなんです!」
「はあ?」
「見れば分かります!」
女性職員は、男性職員を強引にプールサイドまで連れて行った。
プールが白い何かで満ちていて、いつもは水面越しに見えるプールの底も全く見えない。
「これは……」
男性職員はプールに近づき、屈んで表面を触った。
指先から、痛いほどの冷気が伝わってくる。
「馬鹿な。こんなの……あり得ない」
昨日の夜まで、プールには何の異常もなかった。
それなのに、目の前には信じられない光景が広がっていた。
「これじゃ、スケートリンクじゃないか……」
午前11時30分。
建物の中で、ディアーナはジャネットから依頼を聞いていた。
「今回、プールの水が凍結する怪奇現象が起きました。犯人は……」
「ジャックフロスト? フラウ? イエティ?」
「雪女です」
「へぇ、雪女か。綺麗だろうね」
雪女、それはアルカディアにおいて非常に美しい女性の姿をした氷の精霊である。
ディアーナが言っていた、ジャックフロストやフラウと同類だ。
もし、雪女との約束を反故にする事があれば、冷気で凍結させるという。
「ま、
仮に雪女に凍らされても平気でしょ、とディアーナは笑った。
対し、ジャネットは真剣な表情をしていた。
「ふざけてはいけませんよ、ディアーナ。愛情と憎悪は紙一重なのです。
……行ってきなさい。雪女を調査するのですよ」
「はーい」
ディアーナは建物を出て、書斎に向かうのだった。
昼過ぎ、勇気は羽心に強引に誘われて、ガードレール沿いに坂道を歩いていた。
「おい、どこ行くんだよ? せっかく、もうすぐ完成するところだったのに」
日曜日の朝、勇気は300ピースのジグソーパズルに挑戦していた。
3時間ほどかかって、残り10ピースで可愛い猫の絵が完成するところだった。
「ジグソーパズルなんて、いつでもできるでしょ」
「300ピースは一気にやるのが一番楽しいんだよ」
「そんなものより、もっと楽しいところに連れて行ってあげるから」
「楽しいところ? またセールじゃないよね?」
先日、商店街の洋服屋で、タイツのセールがあった。
一人2枚までしか買えないので、羽心は勇気を連れて行ったのだ。
羽心は相変わらず自己中心的である。
勇気はその性格に呆れていた。
「おかげで可愛いタイツが4枚買えたから、感謝してるわ。でも、今日はもっと楽しいところ」
「もっと楽しいところって、さらに安売りのセールとかだろ」
勇気はうんざりしながら、坂道を連れられて歩いた。
やがて、小高い丘の上に出ると、羽心が眼下を指差した。
「あそこがもっと楽しいところよ」
「あそこって……市民プールの事?」
ちょうど今いる場所からは、市民プール全体が見下ろせた。
しかし、何だか様子がおかしい。
周囲に何故か人だかりができている。
「皆さん、近づかないでください。離れて! ほらっ、危ないですから!」
建物の入り口に警察官が立っており、人々が中に入らないように、ドアを塞いでいた。
それよりも、何よりも明らかにおかしい点がある。
プールの水面に、何人も人が立っていたのだ。
「ど、どういう事? なんで人が水面に……」
「プールの水がね、全部凍っちゃったらしいの」
「え!」
勇気は目をパチクリさせる。
確かに羽心の言う通り、水面がカチカチに凍っているように見えた。
「きっと、『雪女』の仕業よ」
「はあ? 雪女……?」
父親の書斎にある怪奇現象の本を読まなくても、その名前は勇気も知っている。
冷たい息を吹いて相手を凍らせる、恐ろしい女だ。
「この暑いのに、自然現象でプールが凍るなんてあり得ないもの」
「それはそうだけど……この現代に雪女だなんて……」
羽心は、人差し指で額をトントンと叩きながら、話を続けた。
「雪にまつわる怪奇現象って何があったか考えてみたの。
雪男とか雪入道とかいるけど、雪女の冷たい息なら、プールの水を凍らせる事ができるでしょ」
その言葉に、勇気がゴクリと唾を飲み込んだ時、何かが割れるような音がした。
「危ない、みんなプールサイドへ上がれ!」
慌ただしい声と共に、人がプールから退くと、
プールの水面に見覚えのある×印状の亀裂が走っていた。
「危な……でもあれだけ人が乗ってたら、割れてもおかしくないわよね」
そう呟く羽心の横で、勇気は拳を握り締めた。
「ただ、割れただけじゃない……怪の仕業だ……」
「カイ?」
勇気の言葉に、羽心が首を傾げた。
「ああ、石化事件とか怪音事件と同じだよ」
「何それ?」
「何って……あっ」
怪が消えれば、その怪が起こした全ての事が人々の記憶から消える。
覚えているのは、勇気と一部の人物だけなのだ。
「また、ボォーッとして変な夢見たんじゃないでしょうね?」
「いや、夢とかじゃないんだけど、ええっと」
「まあいいわ。それより、もっと近くからプールを見てみない?」
「えっ?」
「ここから見てるだけじゃ、ちゃんと調べられないでしょ。
一ヶ所だけフェンスが破れてる場所があるの。そこから中に入れば、目の前でじっくりと……」
「それは駄目だ!」
突然、勇気が声を荒らげた。
「な、何よ、急に?」
「あっ、えっと、そんなの危ないだろ、ああもう、とにかく勝手にプールに入るなんて駄目だよ。
大体、警察官がいっぱいいるんだよ。見つかったら怒られるぞ」
「市民が市民プールに入って何が悪いわけ?」
「だ、駄目だ! 今すぐ家に帰ろう。これから大変な事が起きるかもしれないんだ!」
「大変な事? 何が起きるっていうのよ?」
「いや、それは、えっと、分からないけど、えっと……」
羽心は、自分が怖い目に遭ってきた事を忘れている。
怪は、勇気にしか止める事ができない。
それを上手く説明できない勇気は身悶えた。
「つべこべ言わずに今すぐ帰るんだっ! 羽心、たまには僕の言う事を聞けっ!」
「はい。分かりました」
勇気の凄まじい剣幕に目を丸くした羽心は、つい素直に答えてしまった。
~次回予告~
プールの水が凍結する怪奇現象は、雪女が起こしていた。
×印の罅から漏れる雪女の力が広がれば、見捨里市は凍り付いてしまう。
勇気と、怪奇現象を調査していたディアーナが出会った時、冒険は始まろうとしている。