初夏の見捨里市で、プールの水が凍結する怪奇現象が起きていた。
その怪奇現象を起こしていたのは、雪女という怪だった。
プールに走っていた×印状の亀裂が、それを証明していた。
調査しようとした羽心を危ない目に遭わせないために、勇気は彼女に警告し、自宅に戻った。
勇気は羽心を家に帰すと、自宅に駆け込んだ。
(早くしないと、また羽心がプールに行っちゃう)
勇気は、一直線に父親の書斎に向かうと、ドアを開けた。
「やあ、待ってたよ」
「お帰りなさい!」
書斎の真ん中に、キユウとディアーナが立っていた。
「やっぱりいた!」
キユウは普段は部屋の中にはいない。
しかし、怪の現象が起きると、いつの間にか現れる。
ディアーナも彼を追いかけていた。
「キユウがいるって事は、あれは雪女の仕業なんだね?」
「へえ、よく分かったね。正確に言うと、×印状の罅から、雪女の力が漏れ出しているんだ。
このままじゃ、もっと酷くなって町も人も全て凍ってしまうだろうねぇ」
「そんな、絶対嫌だ!」
「石になるよりはマシだけど」
「このまま放っておくつもりはないよ」
キユウは、棚の方を見た。
「グローブを嵌めて、あそこにあるマッチ箱を取るんだ」
「マッチ?」
「雪女は火に弱い。マッチがあれば、すぐに火を起こせるだろ。それだよ」
キユウが勇気の背後の小さな箱を指差す。
「ライターとかの方が便利じゃない? マッチって、使った事ないんだけど……」
「あたしも魔法を使えるけど」
「まったく、今時の子供とエルフは……。つべこべ言わずに、早く」
「……自分だって子供じゃないか」
勇気はぶつぶつ言いながらグローブを嵌め、棚に置かれていたマッチ箱を手に取った。
ディアーナもレイピアとダガーで武装し、冒険者セットを手に取る。
「準備はいいかい?」
「うん。正直、ちょっと怖いけど」
「なんだよ、まだ慣れないのか?」
「慣れるわけないだろ」
「魔物だし」
今回は雪女であり、退治に失敗すれば氷にされてしまう。
「怖くても行くよ。凍った羽心なんか見たくないから」
「流石、勇気だ」
「酷くなりたくないわね」
「さあ、怪を倒しに行くよ。――怪狩りの時間だ!」
キユウは、グローブを嵌めた左手を壁の前にかざし、呪文を発した。
「
螺旋状に風が吹き、壁に光が渦巻く。
その渦が大きくなっていき、激しく輝いた。
次の瞬間、壁に大きな渦の穴ができた。
キユウとディアーナが渦の中に飛び込み、勇気も思い切って飛び込む。
「んんんん!」
頭が回る。
勇気は、必死にバランスを保ちながら、光のトンネルの中を飛んだ。
目が回るが、それでも、勇気は耐え続ける。
やがて、光のトンネルの奥に、野原が見えてきた。
「わわっとと!」
「とぉ!」
勇気とディアーナは勢いよく地面に落ちた。
勇気は思わず転びそうになるが、足に力を入れて踏ん張り、何とか転ばずに済んだ。
「着地が上手くなったじゃないか。成長したね」
「当たり前よ」
「三回目だからね! ところでキユウ、このマッチはどうやって使うん――のわあっ!」
勇気は自信に満ちた表情で言ってから歩き出した瞬間、石に引っかかって転んだ。
転んだ勢いで勇気の手を離れたマッチ箱が、弧を描いて川に落ちる。
「……勇気、さっき褒めたのは撤回するよ」
水を吸ったマッチ箱は川面から水中に沈んでいった。
勇気はガックリと肩を落とす。
「キユウ、じゃ、書斎に戻ろうよ」
「それは無理だよ」
「なんで?」
「説明してなかったっけ? 怪を倒すまで元の時代には戻れないんだよ。
僕の『時のトンネル』は、この時代の怪を倒すまで通れないんだ」
「はあ? 不便じゃない」
「まあ、マッチが無くてもこの時代には火打ち石もあるし、誰かから火種を借りればいいさ」
「ヒウチイシ?」
「ああ、冒険者セットにあるアレ、ね」
勇気は聞き慣れない言葉にきょとんとした。
ディアーナは冒険者セットを取り出し、火打ち石を見せた。
「これが火打ち石よ。もっとも、おがくずとか、金属片とかも必要なんだけどね」
「そ、そうなのか……」
火打ち石と金属片を打ち付ける事で発生した火花をおがくずに飛ばし、
息を吹きかけて火種にする、とディアーナは勇気に説明した。
勇気は「へーっ」と言葉を漏らした。
「さて」
ディアーナは周りを見た。
野原の向こうに、明かりが見える。
しかし、そこに建っている建物は、瓦屋根の木造の低い家ばかりだ。
一組の男女が、傍の砂利道を歩いているのが見えた。
女性は着物を着ていて、男性も着物で頭に丁髷を結っていた。
「もしかして、ここって……」
「ああ、江戸時代の江戸の町だよ」
「えええー」
「倭国に似てるわね、というか倭国か」
勇気は呆然となったが、ディアーナはふん、と鼻で笑う。
「今度は国内だから、気が楽だろ?」
「そういう事じゃなくて!」
文句を言う勇気を放って、キユウは宙に浮くと町を眺めた。
「今、雪女はこの町のどこかにいる」
「そ、そうなの??」
てっきり、山奥に隠れ住んでいると思った。
「僕も詳しい事は分からない。分かっているのは、雪女が『お雪』と名乗ってる事だけだ」
「たったそれだけ?」
江戸の町はかなり広そうなので、見つけられるか自信がない。
「まあ、見つけられるかどうかは君達の頑張り次第だねぇ。ファイト!」
「あのねえ、キユウも一緒に探すんだろ」
「僕が、どうやって聞き込みをするんだよ? 僕は君以外の人間には見えないんだよ」
「まったく、もう……」
勇気は大きく溜息をついて、ディアーナと共に町へ向かって歩き出した。
~次回予告~
凍結現象を止めるべく、勇気達は江戸の町に向かった。
しかし、江戸の町は見捨里市とは比べ物にならないほど広かった。
雪女について聞くのは、とても難しかった。
そんな江戸の町で勇気達が出会ったのは、煙管屋の主人だった。