お雪が見捨里市を凍らせようとした理由。
それは、太郎と名乗る少年が彼女を唆したからだった。
そして、お雪の正体を知った巳之吉は衝撃を受けて、崩折れる。
巳之吉を助ければお雪が死に、お雪を助ければ巳之吉が死ぬ。
そんな答えのない選択に、ついに堪忍袋の緒が切れたディアーナ。
お雪はディアーナによって妖怪屋敷に送られ、ハッピーエンドを迎えるのだった。
1 - 博物館と英霊
午前7時のある日の事だった。
「……さて。ディアーナ、ノノ、私が何者なのか分かりますか?」
建物の中で、ジャネットがディアーナと、翼を持つ少女、ノノ・オーガスタと話をしていた。
ディアーナとノノは首を横に振った。
任務以外で彼女とあまり話をしていないから、当然だ。
「ジャネットおねえちゃん?」
「この本を見てください」
ジャネットは、『世界の偉人伝 ジャンヌ・ダルク』という本を見せた。
表紙の少女は、ジャネットとそっくりだった。
「私は彼女が具現化した存在です。
こうして多種多様な亜人をまとめる事ができるのも、私の力ありきなのです」
「そ、そうなのね……へへーっ」
目の前にいるのは、約600年前のフランスの英雄。
240年生きているディアーナも、流石に畏怖した。
「そして、今回現れる怪も……」
「ジャネットおねえちゃんみたいなひとだよね」
「……はい」
つまり、今回の怪奇現象は、偉人が起こすものらしい。
話しているジャネットの顔が、暗くなる。
しかし、偉大なる人物が怪奇現象を起こすなんて、ディアーナとノノにはよく分からなかった。
「お願いします。どうかこの異変を収拾してください。これは、指導者として頼む事です」
「……分かったわ」
ディアーナは真剣な表情で頷いた。
だが、ディアーナはどこか浮かない様子であった。
「それで、報告によると、雪女は倒していない、
との事ですが……彼女が起こした異変はどうなりましたか?」
「あれは大丈夫。あたしが魔法で何とかしたわ」
雪女を異世界に連れていった事で、見捨里市はどうなったのかをジャネットは聞いた。
ディアーナはちゃんと後始末をしたようで、ジャネットは安心する。
「では、行ってきなさい」
「……偉人が怪奇現象、ねぇ……」
「よくわからないよ……」
ディアーナとノノはもやもやしながら、建物を出ていった。
場面は博物館に変わる。
真之勇気は幼馴染の白鳥羽心に誘われて、見捨里市立博物館にやってきていた。
博物館で『エジプト文明展』が開催されていたのだ。
「エジプト文明って、紀元前5000年頃から始まったらしいわよ。
紀元前3000年頃から小さな国がまとまって、
ファラオ、つまり王様が治める大きな国になったの。
ヒエログリフっていう象形文字を使ったり、
ピラミッドを作ったりして、とっても繁栄したそうよ」
人で賑わう館内を歩きながら、羽心はまるで案内員のように勇気に説明していった。
館内には、遺跡から発見されたエジプト文明の石像や彫刻や装飾品などが、
いくつも展示されている。
それらの展示物を、羽心はキラキラと目を輝かせながら見ていた。
羽心は怪奇現象だけでなく、かつて栄えた文明や文化も大好きらしいが、
勇気は展示物ではなく、天井をぼんやりと眺めていた。
「博物館って、どうしてこんなに薄暗いのかな?」
博物館にやってきたのは、小学3年生の校外学習以来だ。
天井に淡い光を放つライトしか付いていない事がずっと不思議だった。
すると、羽心が眉間に皺を寄せながら勇気の方を見た。
「明るいと雰囲気が出ないじゃない。
っていうか、館内の明るさよりエジプトの神秘に感動してよね。
おじさんの書斎に、いっぱい本があったでしょ」
「それは、確かにいっぱいあったけど……」
10年前に亡くなった勇気の父親は、考古学者をしていた。
だから父親の書斎には、骨格標本や剥製、さらには怪奇現象や古代文明、
文化に関する本や資料がたくさん保管されているのだ。
もちろん、エジプト文明の本もある。
勇気は長らく、その書斎に入るのを避けていたのだが……。
「最近、勇気はよくおじさんの書斎に行くようになったから、
こういうのにも興味あるかと思ったんだけど」
「それは……」
勇気は言葉に詰まった。
少し前から、勇気の住む見捨里市では怪奇現象が起きるようになっていた。
原因は時空に出来た×印状の
神話の怪物のメデューサ、妖獣のネッシー、精霊の雪女……。
勇気は町を守るために、謎の少年・キユウとエルフのディアーナと共に、
時代を超えて、怪達と戦う毎日を過ごしていた。
書斎へ出入りしている理由は、そんな怪を調べるためだ。
文明や文化の本は怪には関係なさそうなので、そういう本は全然読んでいない。
そもそも、勇気は文字ばかりの本を読むのは苦手だった。
だが、その事情を知らない羽心はただ不満そうに目を細めていた。
怪を倒せば怪奇現象は消え、それが起きた事も人々の記憶から消え、全てが元に戻る。
勇気は以前、メデューサに襲われそうになった羽心を助けた事があったが、
彼女はそれを全く覚えていないのだ。
(だけど、どうして僕の町に怪が現れるんだろう……?)
キユウは何故見捨里市に罅が現れるのか、その理由を教えてくれない。
謎だらけの終わりの見えない孤独な戦いに、勇気は溜息をついた。
「何よ、勇気。楽しくないの?」
ふと、羽心が悲しそうな表情を見せた。
「勇気が元気になるかと思って来たのに……」
意外な言葉に勇気は目を丸くした。
この頃、勇気は怪の事で悩んでばかりいた。
またいつ怪と戦う事になるか分からず、不安だったのだ。
キユウに相談しようにも、彼は怪奇現象が起きた時にしか現れないし、
ディアーナもどこにいるか分からないため、勇気は一人で悩むしかなかった。
羽心は、そんな勇気を見て何かを察し、元気づけようと思ったようだ。
(それなのに、僕は……)
勇気は、羽心の気持ちを踏み
「もう帰る?」
羽心が力なく言うと、勇気は慌てて首を大きく横に振った。
「帰らないよ! 楽しいよ! うん、凄く楽しい!」
「よかったー。やっぱりそうよね。楽しいに決まってるわよね」
その言葉に、羽心は一瞬驚いたものの、すぐに笑みを浮かべた。
「よーし、それじゃあ気を取り直して、今回の目玉を見に行くわよ!」
「目玉?」
「ふっふふー、それは見てのお楽しみ!」
羽心はそう言うと、嬉しそうに隣の展示室へと歩いて行った。
「あっ、ちょっと! ……まったく、そういうところが羽心の悪いところだよな」
羽心はいつも肝心な事を教えてくれない。
ちょっとうんざりしながらも、勇気は羽心が元気になってホッとする。
「ねぇ、待ってよ!」
勇気は羽心の後を追った。
「ほらっ、あれよ」
隣の展示室にやってきた羽心は、部屋の中央にある台を指差した。
勇気はそれを見て、目を大きく見開く。
「あれって、もしかして!」
台の上のガラスケースの中に、眩い光を放つ黄金のマスクが飾られていた。
「ツタンカーメンの黄金のマスク、だよね……?」
エジプト文明の事をあまり知らなくても、黄金のマスクはテレビや本で見た事がある。
すると、羽心が楽しげに喋り始めた。
「ツタンカーメンは、18歳の若さで亡くなった古代エジプトの王様よ。
王様の服装や装飾をそのまま表している黄金のマスクは、
ツタンカーメンのミイラが棺の中で被っていたものなの。
あの豪華な前垂れも、縞柄の頭巾に付いている蛇と禿鷲の飾りも、顎にある付け髭も、
ツタンカーメンが普段からしていた物だそうよ」
「付け髭って、あの顎にある棒の事?」
「そう! 威厳があるでしょ。
普通、王様のお墓って泥棒に入られて、中にあった宝物は盗まれてたりするんだけど、
ツタンカーメンのお墓はほとんど盗まれていなかったの」
「それは凄いねぇ」
「うん。だけど本当に凄いのは、ツタンカーメンのお墓が発見された事自体なのよ」
「どういう事?」
「ツタンカーメンは、歴代の王様の名前が書かれた場所から名前が消されてて、
本当にいたかどうかずっと分からなかったの。
そんな王様のお墓が発見された、つまり、本当にいたって事が分かった。
だから、ツタンカーメンのお墓が発見された時、世紀の大発見って言われたのよ」
「そうなんだ」
勇気は感心しながらも、ふと首を傾げた。
「だけど、どうして名前が消されてたの?」
王様なのに、名前を消されてしまう事などあるのだろうか。
「それはええと……そ、そんな事より! 黄金のマスクって凄いでしょ!」
羽心は笑って誤魔化し、話を変えた。
「これは残念ながらレプリカで、本物はエジプトの博物館に飾ってあるらしいわ」
「へえ、レプリカでも充分迫力あるね」
「でしょ。このマスクってツタンカーメンの顔に似せて作られているらしいわ」
「……ん?」
勇気は、黄金マスクの横に、パネルが展示されている事に気づいた。
ツタンカーメンの墓の資料や写真で、
写真には、本物の黄金マスクや、人型の黄金の棺などが写っている。
その中で、勇気は1枚の写真に目が留まった。
「これって……」
そこには、ツタンカーメンのミイラが写っていた。
一瞬、怖いと思ったものの、何故か勇気は目を逸らす事ができなかった。
ツタンカーメンのミイラが、何だか怒っているような気がしたのだ。
(そんなのあり得ないよね?)
ミイラなので表情など分からないのに、勇気には何故かそう思えたのだ。
勇気はその事を言おうと、羽心の方に顔を向けた。
「あれ?」
黄金のマスクの前にいたはずの羽心がいない。
勇気は周りを見回し、羽心の姿を探した。
「あっ!」
すると、羽心は部屋の隅にいた。
何故かふらふらとよろめき、胸の辺りを押さえている。
「羽心、どうしたの?」
勇気は羽心の傍に歩み寄った。
「何だか……急に体調が、悪くなって……」
羽心は苦しそうな表情でそう答えた。
「大丈夫?」
「え、ええ。だけど……この変な声は、何なの……?」
「変な声?」
「聞こえてるでしょ……ウウゥゥって、唸り声が……」
「えっ?」
耳を澄ますが、そんな声は全く聞こえない。
「……羽心!」
突然、羽心がその場に倒れた。
羽心は気を失っていて、反応しない。
「どうしたんだね?」
「大丈夫?」
周りにいた人達が、驚きながら集まってくる。
「羽心、しっかりして! ねぇ、羽心!」
博物館の中に、勇気の叫び声が響き渡った。
~次回予告~
突如として気を失った白鳥羽心。
それと同時期に、見捨里市の人々が次々と倒れていく。
何の前触れもなく、原因も全く分からない謎の病に倒れる人々。
この怪奇現象を起こしている「怪」とは、何者なのだろうか。