路地裏で、ディアーナはジャネットから新たな怪に関する情報を聞いた。
だがそれは、ディアーナの心を乱す、とジャネットが注意した。
訳が分からないまま、ディアーナは注意を無視してノノと共に調査に向かおうとする。
そして、その「怪」は、伯爵と呼ばれる、牙を持つ男だった。
1 - 図書室にて
見捨里小学校は、平穏な夕陽に包まれていた。
勇気はいつもならば家に帰っている時間だが、図書室で本の整理をしている。
クラスメイトで図書委員の
今日は図書室の整理の日だが、もう一人の図書委員が体調不良で休んだのだ。
最初、花恋は仲の良い羽心に声をかけたらしいが、
羽心は他の小学校の友達と作っている『UFO研究会』の会合で断った。
「勇気に頼んでみなさいよ。
今日はお母さんが夜勤だから一人でのんびりジグソーパズルを完成させるって言ってたわよ。
ジグソーパズルより図書室の整理の方が大事だからね」
そう羽心が提案したので、花恋は勇気を選んだのだ。
(なんで、僕の予定を羽心に仕切られないといけないの……)
花恋からその話を聞かされて、勇気はムッとした。
しかし優しい花恋の頼みを断るのは気が引けた。
かくして、勇気が手伝う事になり、花恋に指示された方法で本の整理をしていた。
「本当にごめんね」
勇気の脇で整理をしている花恋が申し訳なさそうに謝った。
黒縁眼鏡が不似合いなのを除けば、花恋は本当に素敵な女の子だ。
「そんなに気にしなくていいよ。どうせ暇だったんだから」
「でも、ジグソーパズルをやるはずだったんでしょ?」
「それは大した事じゃないって。だから、もう謝らなくていいよ」
「ありがとう」
よほど申し訳なく思っているらしい。
(花恋ちゃんは優しいな。強引で自己中な羽心と全然違う)
勇気はそんな事を思ってニッコリすると仕事に戻った。
本の整理だなんて最初は退屈だと思ったが、やってみると意外に楽しい。
世の中にはこんなに様々な本があるのだと感心した。
勇気は、たまたま手に取った美術書に目を留めた。
そこには、日本の屋敷の屋根に置かれる『鬼瓦』、沖縄の伝説の獣『シーサー』、
パリのノートルダム大聖堂などの外壁に装飾された怪物『ガーゴイル』など、
世界の魔除けや厄除けの美術品が紹介されている。
(お父さんの書斎にも似たような怖い置物やペンダントがあったけど……)
ページをめくっていくと、日本の寺の山門に立つ『仁王像』が紹介されていた。
「そっか、こういうのがおっかない顔をしてるのは、悪霊を追い払うためだったんだ」
思わず呟いていた勇気に、花恋がくすりと笑った。
「何?」
「だって、校外学習でお寺に行った時の事を思い出しちゃって……」
「え? あ、あの時の事……」
勇気は顔を赤らめる。
去年、校外学習である寺に行った時、山門の両側に立つ仁王像があまりに怖くて、
勇気は逃げ出してしまったのだ。
「だって、あれは鬼だと思ったんだ」
「あの時も先生は鬼じゃなくて、私達の味方だって説明してたよ」
「怖くて、そんなの耳に入らなかったよ」
「でも、今はその本を平気で見てるよね」
「え? うん、まあ……」
花恋は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
勇気はちょっと戸惑って、頭を掻いた。
「勇気君、最近、何だか変わったよね」
「僕が変わった?」
「うん、何だか、大人になったというか……たくましくなったというか……」
「ええっ? 僕が?」
「あ、ごめん。気を悪くした?」
勇気はますます頭を掻いた。
花恋は俯いて、仕事の続きを始める。
自分の発言に、自分で照れてしまったようだ。
その様子に勇気まで恥ずかしくなった。
「勇気君、ありがとう。本当に助かった」
図書委員の手伝いは予想より早く終わったが、
勇気が花恋と連れ立って校門を出てきた時には、夜の
深々と頭を下げる花恋の前で、勇気はまた頭を掻いた。
「そんな大した事してないし……。じゃ、また明日」
勇気と花恋の家は別々の方向だ。
花恋に背を向けた勇気は、小さく首を振った。
何だか変に意識してしまう。
(とにかく、急いで帰ってジグソーパズルの続きをやろう)
そう考えて、家路を急いでいると、突然、風が吹いた。
世界が一瞬で変わったようだ。
「キャッ! いやぁあ!」
「花恋ちゃん! 花恋ちゃん! 大丈夫?」
勇気は慌てて踵を返し、走る。
「キィキィ!」
頭上に聞き慣れない音がよぎった。
走りながら勇気が見上げると、奇妙な生き物がいくつも飛んでいる。
ふらふらした飛び方から蛾に思えたが、それにしては大きい。
(蝙蝠!?)
動画では見た事があるが、本物の蝙蝠なんて初めてだ。
「いやっ! 助けてっ!」
「花恋ちゃん!」
再び聞こえた悲鳴の方を見ると、花恋が一匹の蝙蝠に襲われていた。
勇気は必死に走った。
「いやぁぁ! いやぁぁ!」
花恋は道にしゃがみ込んで蝙蝠を振り払おうとしているが、蝙蝠は首筋に絡みついて離れない。
「花恋ちゃん!」
勇気はダッシュして、花恋に駆け寄った。
「花恋ちゃんから離れろ!」
手を伸ばすと、自分の手のひらより大きい蝙蝠を、勇気は払った。
硬い路面にぶつかった蝙蝠がのたうつ。
それを見た勇気は荒い息をついて花恋に振り向く。
「大丈夫? 怪我は?」
道にしゃがんで俯いた花恋は何も答えない。
勇気は路面に落ちた眼鏡に気づき、拾って差し出した。
「さ、花恋ちゃん、もう大丈夫だから」
花恋は俯いたままだ。
勇気は眉を寄せた。
彼女の首筋に二つの傷が出来ていたからだ。
「もしかして、噛まれたの?」
勇気は傷をよく見ようと首筋に顔を近づけると……。
「ぐがぁああっっ!」
花恋が不気味な声と共に振り向いた。
その顔は青白く、目は淀んで白くなっていた。
しかも、口から2本の鋭い牙が生えている。
大きく開かれた花恋の口が、勇気の目の前に迫った。
「わああぁぁぁっ!」
勇気はハッと我に返る。
自分の部屋のベッドで寝ていた。
「なんだ、また夢か……」
そう呟いて、額に滲んだ汗を拭った。
家に帰って着替えもせずに寝てしまった……と言うより意識を失った感じだった。
いつものボーッとした時に見る夢よりも強烈な体験だったのだ。
窓の外はどっぷりと夜になっており、時計を見ると0時近い。
花恋の事が心配になった。
(連絡してみよう!)
しかし、どうやって連絡を取ればいいのか分からない。
以前、母親がぼやいていたのを思い出す。
「お母さんが子供の時はみんなの連絡先が分かるクラス名簿が配られたけど、
今は個人情報保護法とかで名簿が配られないから、不便なのよね」
花恋の家がどこにあるかも知らない。
勇気が途方に暮れて、ふと窓の外を見ると、誰かが道をぼんやりと歩いている。
不似合いな眼鏡を掛けた、花柄のパジャマ姿で、しかも裸足だ。
勇気は慌てて窓を開けて叫んだ。
「花恋ちゃん!? 花恋ちゃんだよね!?」
ふらふらと歩く花恋の耳には聞こえないようだ。
「くそっ!」
勇気は急いで一階に向かい、玄関を飛び出した。
「花恋ちゃん! しっかりしろ!」
勇気は夢遊病者のように歩いている花恋を追って掴まえた。
「何してるんだ?」
「え? 私……」
花恋はやっと我に返って周囲を見回す。
「嘘? なんで、こんなところに……?」
「こんな格好でどうしたの?」
「わたし……わたし……」
途端に花恋の唇が震え出した。
恐ろしい何かを思い出したらしい。
「家に居たら、外から男の笑い声が聞こえたの……それで……」
「それで……?」
「それで……窓から外を見たら、奇妙な×印が空に浮かんでた。
そしたらそこから蝙蝠が飛んできて……」
花恋は顔を覆ってしゃがんだ。
これ以上は思い出したくないのだろう。
「しっかりしなよ!」
勇気は花恋を励まして抱き起こそうとした。
首筋の傷に気づいたのはその時だ。
蝙蝠に噛まれたとしか思えない。
(さっき見た夢が現実になってる……という事は……)
花恋は俯いて震え、勇気の背筋は凍りついた。
夢で見た、牙を剥く花恋がフラッシュバックした。
怖いが、花恋を置いていく事なんて出来ない。
(逃げちゃダメだ!)
勇気は勇気を出して花恋に声を掛ける。
「ねぇ、大丈夫?」
「ううううう……」
花恋は震えるだけで何も言わない。
「さ、行こう」
勇気は花恋の肩に恐る恐る手を掛けた。
花恋が悍ましい牙の生えた口で振り向いたら、間違いなく噛みつかれる。
勇気がごくりと生唾を飲む音が響いた、その瞬間。
「うん、ありがとう」
花恋は微笑んで振り叩いた。
顔色は悪いが、いつもの不似合いな眼鏡を掛けた女の子の顔だった。
~次回予告~
蝙蝠に襲われた花恋は、怪の力の影響を受けてしまった。
さらに、ジャネットが注意した通り、ディアーナの心が乱れてしまう。
勇気とノノは不安になりながらも、怪を狩る事にしたのだが、その怪は強敵であった。
果たして、勇気達は生きて帰る事ができるだろうか。