深夜、真之勇気は奇妙な夢を見ていた。
それは、何者かが自分を書斎に呼んでいる夢だった。
誰が呼んでいるのかは分からないし、何のために呼んでいるのかは分からない。
勇気は苦手な書斎に行くために、気味が悪くなったのだった。
ここは、路地裏にある建物。
夜は魔物が活躍する時とはいえ、エルフの少女ディアーナは欠伸をしていた。
しかし、そんな時間は終わりを告げる。
ドアを開けた人物、ジャネット・ディ・アルクが建物を見回すと、ディアーナに視線を向けた。
「ディアーナ、来なさい」
「はい」
ディアーナはジャネットに命じられ、デスクに向かった。
ジャネットは真剣な表情でディアーナに話す。
「見捨里市で、動物石化事件が発生しました。被害者は既に30匹を超えています」
見境なしの石化に、ディアーナは神妙な面持ちになる。
「犯人の名前はメデューサ。彼女の視線を見た者は、魔力を持たなければ石化します」
この世界の人間で、魔力を持つ者はほとんどいない。
メデューサを野放しにすれば、見捨里市は石の町に成り果てる。
ディアーナは頷いて、武器を構える。
「無茶はしないでください。私達の仕事は殺しではありません。事件の収拾です」
「分かりました。この事件、必ず解決します」
「よし、行きなさい」
ディアーナとジャネットは互いに頷き合う。
そして、ディアーナは建物を後にするのだった。
その頃、勇気は――
「はー、ホント、情けない」
昼休み、勇気は廊下で長い黒髪と金の瞳を持つ少女、
「別に、羽心には関係ないだろ」
勇気は少し見上げながら羽心に言った。
「あのねぇ、勇気が変な事すると、幼馴染の私まで恥ずかしくなっちゃうの。
この前だって、体操服を裏返しに着てたでしょ。
私、恥ずかしすぎて顔から火が出るかと思ったんだから」
勇気と羽心は、物心がつく前からよく一緒に遊んでおり、6年生で初めて同じクラスになった。
誕生日は勇気の方が早かったが、羽心の方が背は高く、
性格もしっかりしているので、姉弟のように見える。
「それで、どうして授業中に書斎の夢なんか見たの?」
勇気は、羽心に先ほど授業中に見た出来事を話していた。
「どうして、って言われても……夢に理由なんてないよ」
「昨日眠れなかったとか?」
「そんな事ないよ。ただ、急にぼーっとしちゃって。
なんか、夢って思えないくらいリアルな感じで……」
勇気は、どう説明すればいいのか分からなかった。
「それにしても、不思議よね。夢だとしても、勇気があの書斎に入ろうとするなんて」
書斎の事は、不思議な話が好きな羽心もよく知っていた。
勇気の家の書斎には、父親が研究で使っていた考古学の本や資料だけでなく、
怪奇現象や超常現象に関する本もあった。
「もしかしたらその夢、何かを暗示してるのかも?」
「な、何言ってるんだよ」
「夢に出てきたものが自分の今の心の状態や未来を表している、夢占いってあるでしょ?」
「そういうのって、ただの迷信だろ」
「意外と当たるのよ。それにその夢、今日初めて見たわけじゃないんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
勇気が書斎の夢を見たのは、今回で数度目だった。
「きっと、それだけ何か強い暗示があるのよ。えっと、夢占いで書斎の意味は……」
羽心は、人差し指で額をトントンと叩いて、記憶を探った。
「思い出した! 書斎は『仕事』を意味してるの。部屋の中が明るかったんでしょ?
つまり、仕事が上手くいくっていう事かも」
「仕事って……僕、小学生だよ」
「だったら、やらなきゃいけない事が上手くいくって事じゃない?」
やらなきゃいけない事といえば、宿題か趣味のジグソーパズルを完成させる事ぐらいだ。
「でも、今日も結局、書斎の中には入らなかったのよね?」
「あ、ああ。途中で怖くなって」
勇気はいつも、今回と同じようにドアを開けずに逃げていた。
「それなら、もしかするともう一つの意味の方かも。こっちは、ちょっと不吉だけどね。
書斎に入れなかった場合はね、仕事で大きなトラブルが起きるって意味があるの」
「えええ?」
勇気は顔を強張らせた。
夢占いなど信じていなかったが、トラブルが起きると聞けば、いい気はしない。
(それに……あれは誰なんだろう……)
勇気は男の声を思い出すと、思わず身震いした。
「へえー、それマジかよ」
目の前を通り過ぎようとした少年達が、大きな声を上げた。
隣の3組の男子生徒だ。
「マジだって。兄貴の友達が本当に見たんだって」
「信じられないな。猫が石になっちゃうなんてさ」
「猫が石に!?」
羽心は目を輝かすと、男子生徒達の会話に割り込んでいった。
「ねえ、どういう事?」
「な、何だよ急に」
「いいからいいから! 何があったのか私に詳しく教えなさい!」
羽心はいつも強引で、興味のある事なら、相手が誰であっても平気で声をかける。
男子生徒は戸惑い、昨日、高校生の兄から聞いた話をした。
『ニャアァオ! ニャアァオ!』
1週間前の夕方、兄の塾友達は部活を終えて帰ろうと商店街の前の道路を通りかかった時、
路地から猫の鳴き声が聞こえてきたという。
明らかに普通の鳴き声ではなかった。
猫は叫びながら、必死にもがいていた。
怪我でもしたのだろうか、と駆け寄り、電柱の後ろに隠れていた猫を見た瞬間、ギョッとした。
猫の身体の半分が、石になっていたのだ。
『ニャアアァオォォオ!』
次の瞬間、猫の顔が音を立てて、身体同様に石になってしまった。
彼は、怖くなってそのまま逃げた。
「何だよ、それ……。きっと、何かの見間違いだよ」
勇気は無理に笑おうとした。
「私も知ってるわ」
不意に、話を聞いていた1組の女子生徒が口を開いた。
「知ってるって、石になった猫の事?」
羽心が尋ねると、女子生徒は首を横に振った。
「私が知ってるのは、石になった鳩の話よ」
3日前、近所に住むおばあさんが、公園の草むらで、鳩そっくりな石を見つけたのだという。
草むらには、10を超える鳩そっくりな石が転がっていたというのだ。
「その中の1つの石が、本物の鳩みたいに羽ばたいてたんだって。
すぐに石になったから、ただの見間違いかなって言ってたんだけど」
「それって、猫の時と同じだ……」
勇気の言葉に、女子生徒は小さく頷く。
「誰かの悪戯なんじゃ?」
「そんなの、どうやってやるの? 生きた動物が急に石になったのよ?」
「それは……」
勇気は、上手く答える事ができない。
「まさか、メデューサがいるわけないし……」
「メデューサって、何?」
「ギリシャ神話に登場する、生き物を石に変えちゃう怪物よ」
「ギ、ギリシャ神話って何千年も昔に作られた物語だろ?」
勇気が口を挟むと、羽心はジト目で勇気を見た。
「……勇気……もしかして怖いの?」
「そ、そうじゃなくて! ほら、チャイム鳴ったし、教室に入ろうよ」
チャイムを理由にその場を収めると、勇気はふうっと汗を拭った。
(まったく……みんなどうして、こんなに怖い話が好きなんだろう)
~次回予告~
動物が石化する怪奇現象に、勇気は怯えている。
真之勇気という名でありながら、彼には勇気がなかった。
そんな勇気に呆れる羽心は、怪奇現象を調査しようとしていた。
羽心を追いかけた勇気は、ある少女と出会った。