謎の少年・邪鬼は刀によって×印状の罅を作り、見捨里市に様々な怪を呼んでいた。
このまま彼を放っておけば、見捨里市が怪によって危機に陥る。
また、特別な能力を持った人間が黒い鈴――オシリスの鈴を振れば、キユウが消滅してしまう。
勇気とキユウは、二人で一つ、と互いに絆を誓い、怪を狩る決意を固めた。
そして、今回起こった怪奇現象は、刺すような臭いが漂うもの。
一体誰が怪奇現象を起こしたのか――アプリルも、調査に向かうのだった。
その頃、アプリルは、見捨里市の異臭事件を調査していた。
「うぇ……確かに臭いぜ」
アプリルは鼻をつまみながら調査していた。
人狼であるアプリルは、嗅覚も鋭いため、異臭を敏感に感じてしまうのだ。
彼はディアーナと違って頭が悪いため、慎重に調査せず、ガシガシ行ってしまう。
「ったく、誰がやったのか全然分かんねぇー!
……あ、そういえば、書斎に色々と情報があるってあの女は言ってたな。
よし、行ってみるか!」
アプリルは調べた後、書斎に向かうのだった。
放課後、勇気は羽心と一緒に家に帰っていた。
あれ以降、奇妙な臭いは漂ってこなかった。
「朝のあれは何だったのかな?」
「体育の授業で運動場にも出たけど、全然臭わなかったよね」
勇気は不思議に思いながら首を傾げる。
すると、ふと何かに気付いたらしい羽心が立ち止まった。
「もしかして……」
「何が、もしかして、なんだよ? ってか、僕に相談したい事があったんだよね?」
羽心は真剣な表情で呟いた。
勇気が授業中に聞いた言葉を思い出すと、羽心は慌てて首を横に振った。
「あれは別にいいの。勇気に相談しても、多分分からないと思うから」
「分からない?」
「とにかく、大丈夫だから。それじゃあ」
羽心はそう言うと、そそくさと駆け出して去ってしまった。
「なんだよ、まったく」
相談相手として頼りにならないと思われたのだろうか?
確かに、小さな頃から羽心は「しっかりしたお嬢ちゃんね」と大人達に褒められていた。
それに比べて、自分はそんな事を言ってもらえた記憶がない。
だが、最近は怪狩りを始めてから、少しは頼りになる存在に成長できたような気がしていた。
(怪を倒すと記憶が消えてしまう羽心にはそれが分かってもらえないのが、辛いところだけど)
勇気は溜息を漏らしながら、家に到着すると、玄関のドアを開けた。
家に入ると、電話の呼び出し音が鳴っていた。
慌てて出ると、それは母親からだった。
「勇気、悪いけど買い物行ってきてくれる?」
「お母さん……。僕、今帰ったばかりなんだけど」
「しょうがないでしょー。
夕飯の材料を買って帰るつもりだったけど、仕事が忙しくなっちゃったのよ」
それを聞いた勇気は心の中でぼやいた。
(はあ~……みんなの町の平和を守ってる僕に対して、扱いが悪すぎるよ……)
だが、母親の次の言葉を聞いて少し気が変わった。
「天ぷらにするつもりで、ある程度の用意はしてあるの。勇気は天ぷら、大好きでしょ?」
「え? 天ぷら……」
確かに、天ぷらは好きだし、特に母親の揚げたての天ぷらは大好物だった。
熱々の天ぷらを想像しただけで、香ばしい衣と具の美味しさが口の中に広がった。
母親は看護師の仕事で忙しいのに、たまに手料理を作ってくれる。
母親の天ぷらを食べられる機会を逃したくない。
「うん、分かったよ。何を買ってくればいいの?」
勇気は電話の脇にあるメモ帳に買い物リストを書きつけていった。
その異変が起きたのは、スーパーで買い物を済ませ、再び家の玄関を潜った時だった。
「これって!」
刺すような臭いが鼻を刺激した。
授業中と同じ臭い、いや、あの時よりももっと強烈な臭いだ。
「え?」
勇気はその臭いがどこからするのか、周りを見回した。
その時、30mほど向こうの道路に、炎が立ち昇った。
そして空から、真っ赤に燃えた火球が飛んできた。
「うわああ!」
火球は近くの家の庭に落ちて、炎を噴き上げた。
見ると、いくつも火球が飛んでくる。
火球は次々と地面に落ち、至るところから炎が上がった。
「ど、どうなってるの?」
勇気はあまりの恐怖で逃げる事もできず、その場で震えた。
そんな勇気に向かって、火球が飛んで来る。
「うわあっ! 嫌だ! 来ないで! うわっ、わあああ!!」
火球は勇気の目の前に迫った。
「いたたた……」
勇気は頭に軽い痛みを感じた。
見ると、目の前に玄関のドアがある。
どうやら、ドアに頭をぶつけたようだ。
「火の玉は?」
勇気は空を見たが、どこにも火球はない。
周りを見るが、炎も上がっていない。
野菜などが詰まった買い物袋が手の先で揺れている。
勇気はハッとなると、慌てて家に駆け込む。
書斎の前までやってくると、勢いよくドアを開けた。
「よっ!」
「やあ、一週間ぶりだね」
天井近くに浮いたキユウが振り向いて言った。
キユウは高い位置にある窓から外を眺めていたのだ。
書斎は半地下だから、壁の上の方に窓はあった。
また、見慣れない男が立っている。
「き、君は?」
「俺はアプリル・フェルナンデス。あんたは誰だい?」
「真之勇気です」
「女の子だったら歓迎してたがね」
「……。話をするよ。キユウ、また夢を見たんだ」
勇気はキユウに夢で見た内容を話そうとした。
すると、キユウがスゥーッと勇気の目の前に下りてきて、口を押さえる仕草をした。
「言わなくても分かるよ」
「どうして分かるの?」
キユウは背後の高い位置にある窓を指差した。
窓の外の空に小さな×印の罅が浮かんでいた。
「な? 罅?」
「この罅が現れて、奇妙な臭いが漂い始めたからね。
放っておくと、数日後には君が見た夢が現実のものになってしまうよ」
「予知夢かよ。ガキは勘が鋭いからな」
「アプリルさん!」
アプリルは男性には冷たかった。
「ええと、とにかく、見捨里市が火の玉で焼き尽くされちゃうなんてダメだ!」
「火の玉?」
「そうだよ。火の玉が飛んでくる夢を見たんだ」
キユウは険しい表情になって思案した。
「知られているのは臭いだけなんだが、実はもっと恐ろしい存在なのかも知れない」
「だったら、なおさら早く怪を倒さなくっちゃ!」
「だろーな。俺もついていくぜ」
勇気は買い物袋を机の上に置いて、グローブを嵌めた。
アプリルも冒険の準備をした。
「だけど、今回はかなり手強そうだ。それに、武器になるものも今のところ思いつかない」
「おいおい、まともに戦えるのは俺だけかよ……」
アプリルが溜息をつくと、キユウは買い物袋を覗き込んだ。
「ところで、これは?」
「今夜はお母さんが天ぷらを揚げてくれるんだ。
「いや、そうじゃない」
袋の中の食材の説明を始めた勇気を、キユウが遮った。
袋の一番底にある箱にキユウは興味を持っていた。
「それは『テンプラステルン』っていって、揚げ物の油を捨てる時に使うんだ。
この粉を入れると、鍋の油がゼリーみたいに固まるんだよ」
「へえ。なるほどね……油の凝固剤か」
勇気が袋から取り出すと、キユウは興味深そうに箱の注意書きを眺める。
「これが使えるかもしれない」
「え? テンプラステルンが? それを怪のいる時代に持って行くって事?」
「その通り。さぁ、早く」
キユウは浮かびながら、勇気の傍に寄った。
勇気はそれを確認すると、書斎に隠していた靴を手に取り、キユウの傍に立つ。
アプリルも、勇気とキユウの前に立った。
「へぇ、何も言われなくても準備できるようになったんだね」
「当たり前だろ。でも、心の準備は全くできてないよ」
「そういうのは、勇気さえあれば何とかなるものさ」
「おいおい、俺は無視なのかよ」
無視されたアプリルは、ちょっとだけイラっと来た。
キユウは楽しげに微笑みながら、目の前の壁を見た。
「さあ、怪を倒しに行くよ。――怪狩りの時間だ!」
キユウはグローブを嵌めた左手を、壁の前にかざし、呪文を唱えた。
「
次の瞬間、壁に大きな渦の穴ができた。
キユウとアプリルが、光の渦の中に消えた。
勇気も、渦の中に飛び込んだ。
「んんんん!」
「ひょー、楽しいぜー」
時のトンネルの中を飛んでいく。
やがて、トンネルの奥に、道路が見えてきた。
「うわっと!」
「よっと」
勇気は尻もちをつかないようにとバランスを取りながら、トンネルの外に出た。
アプリルは、人狼らしく身軽に動く。
二人は道路の上に綺麗に着地する。
「上手く出られるようになったじゃないか」
「流石に僕だって慣れるよ」
宙に浮かんだキユウが、グッドの意味で親指を立てた。
時代を超えたのは、今回で7回目だ。
「だけど、ここは……?」
勇気とアプリルの目の前には、樹木や草の緑で彩られた町が広がっていた。
時刻は夕方のようで、薄暗くなり始めていた。
周りの風景を見て、勇気は首を捻る。
長く延びた道路を挟んでポツンポツンと家々が点在していて、
勇気の知っている家の形とは随分違っていた。
家自体が大きく、広い庭は芝生になっていて、
家の前に止まっている車も、普段見慣れている車とは違い、何だか古めかしい形をしていた。
「ここは、1952年のアメリカだよ」
キユウはフワフワと宙に浮かびながら、二人にそう言った。
~次回予告~
見捨里市に怪奇現象を起こしている怪「フラットウッズ・モンスター」を狩るべく、
1952年のアメリカに行った勇気、キユウ、アプリル。
アメリカの町で彼らが出会ったのは、保安官だった。
町を守るという決意を持った保安官に、当然怪しまれる三人。
三人はフラットウッズ・モンスターを倒し、見捨里市を救う事ができるのだろうか。