怪狩り ~ 人の絆と怪の決意   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

ヴィクター・フランケンシュタインは、28号に自らの頭脳を移し、完全な怪となった。
そして彼は「研究したい」という決意のままに、罅の中に飛び込んでいく。
放っておけば、見捨里市は怪によって崩壊してしまう。
勇気達はヴィクター・フランケンシュタインを倒すべく、彼の後を追うのだった。


5 - 見捨里市の戦い

(これがあれば大丈夫よね……)

 日が落ちて夜になろうとしている見捨里市の町を、白鳥羽心が歩いていた。

 羽心は、辺りを警戒しながら、勇気の家を目指していた。

 手には、母親が愛用しているピンク色のテニスラケットがある。

 羽の生えた猫が襲って来たら、このラケットで戦おうと思っていたのだ。

 勇気の家までは、歩いて3分もかからない。

 羽心はラケットを構えながら、少しずつ早足になっていた。

(勇気は、絶対何か知ってるわよね……)

 二階堂が作った羽の生えた猫から逃げる際、

 いつもの勇気とはまるで違うその姿に、羽心は違和感を抱いたのだ。

(それに、あの×印の罅にしたって……)

 羽心は先日、ファフロツキーズを調べようとして、パンダ公園で奇妙な罅を目撃した。

 そして、ノノと共に、ファフロツキーズと戦った。

 しかししばらくすると、ファフロツキーズに関する出来事が全て無かった事になっていた。

 勇気も、まるで何事もなかったかのように、ファフロツキーズの事を何も話さない。

 羽心は自分が夢でも見たのかと思ったが、

 今回、羽が生えた猫を見てそれが夢などではなかった事に気づいた。

 ドラキュラの時といい、ファフロツキーズの時といい、

 何故かみんな、いつの間にか忘れてしまっているのだ。

(この町で、何かが起きてる……)

 そして、恐らく勇気は、その事を知っているのに、知らないフリをしている。

 羽心はどうしてもそれを勇気に聞きたいと思い、勇気の家に行こうとしていたのだ。

 

「白鳥羽心さんだね」

 道路の角を曲がろうとした時、背後から声がした。

 羽心が振り返ると、そこには、包帯で片目を隠した着物姿の少年、邪鬼が立っていた。

 羽心はその異様な出で立ちに戸惑い、ラケットを構えた。

 すると、邪鬼はにっこりと笑った。

「どうして、私の名前を知ってるの?」

「警戒しなくていいよ。僕は君の、いや、君と真之勇気君の味方だから」

「勇気の?」

「彼の様子が最近おかしいだろう?」

「どうして、その事を知ってるの?」

 羽心はラケットを下げながら、邪鬼に訪ねた。

「僕は彼の事をずっと心配してたんだ。このままだと、勇気君は死んでしまうかもしれないから」

「死んでしまう……?」

 羽心は全身が凍りつくような恐怖を感じた。

 邪鬼は微笑みながら、そんな羽心の目の前までやって来ると、顔をじっと見つめた。

 

「君なら彼を救える。この僕が、その方法を教えてあげるよ――」

 

 罅から飛び出した勇気、ディアーナ、ノノ、アプリルは、地面に綺麗に着地した。

「ここは……」

 見上げると、見覚えのある建物がある。

 二階堂の3階建ての家だ。

「あそこを見ろ!」

 宙に浮かんだキユウが、一番上の部屋を指差した。

 二階堂の部屋の窓が、粉々に割れている。

「恐らく、ヴィクター・フランケンシュタインの仕業だろう」

「そんな!」

 勇気は、あそこが二階堂の部屋である事をキユウに話した。

「二階堂君はフランケンシュタインさんに襲われたんじゃ?」

「多分な」

 勇気とアプリルがそう言うと、一つの人影が現れた。

「みんな!」

「どうしてここに?」

 誠は、家へ帰ったはずだ。

 すると、誠は焦った表情で勇気を見た。

「あの後、家に帰ったんだけど、二階堂君の事がどうしても心配で……」

 それで様子を見に来たのだという。

「だけど、二階堂君が変な大男に連れて行かれちゃったんだ」

 誠は、二階堂の家の隣にある小学校の傍までやって来た時、

 大男に捕まえられた二階堂を見たのだという。

 追おうと思ったが、一人では怖くてどうすればいいのか分からなかったらしい。

「そんな時、家の方から声がして……」

「まさか、ヴィクターが来てるの!?」

 ディアーナは小学校の方を見た。

 このままでは二階堂が危ない。

「誠君はどこか安全なところに隠れてて!」

「あたし達が止めるわ!」

 勇気、ディアーナ、ノノ、アプリルは、学校へ向かった。

 

 学校のグラウンドの遊具の傍に、二つの人影が見えている。

 二階堂と、大男になったヴィクター・フランケンシュタインだ。

「お、お前は、誰だ……?」

 二階堂はその異形の姿に驚きながら、壁際に追い詰められていた。

お前ハ……力ヲ得た……ダカら……仲マダ

「仲間……」

 ヴィクター・フランケンシュタインの肩には、二階堂が作った羽の生えた猫が乗っている。

今から……死体ヲ……用イる……。ツナギ合わせて……アタらシい……人間ヲ作ルんダ

 ヴィクター・フランケンシュタインが咆哮すると、

 こめかみに刺さったボルトから火花が飛び散った。

「うわああ!」

 二階堂は腰を抜かすかのようにその場にしゃがみ込むと、震え出した。

「た、助けて! 僕は人間なんか生き返らせたくない!」

ナぜダ……。コノ身体ヲミろ……。スバラしいダろ

「素晴らしい? これが……?」

 ヴィクター・フランケンシュタインは荒く息をしながら、二階堂に迫った。

 二階堂は恐怖で目に涙を浮かべながら、ヴィクター・フランケンシュタインを見つめた。

「こんなの人間じゃない! ただの怪物じゃないか!」

かイ物……?

 次の瞬間、ヴィクター・フランケンシュタインが暴れ出した。

 肩に乗っていた羽の生えた猫が地面に落ちる。

 ヴィクター・フランケンシュタインは壁を殴り、次々と破壊していく。

「ひいい! ひいいい!」

 流石の二階堂も、あまりの恐怖で悲鳴を上げ続けた。

 ヴィクター・フランケンシュタインは、傍にあった鉄棒を掴むと引っこ抜き、持ち上げた。

ボクハ……人間を作ったンダ……!

 ヴィクター・フランケンシュタインは鉄棒を二階堂の方へと投げた。

 

かぜのせいれいよ、みえざるしょうげきを! Wind Blast

 その時、突風が起こり、鉄棒が吹き飛ばされる。

 ディアーナが魔法を使ったのだ。

 さらに、勇気、ノノ、アプリルがやって来る。

 ディアーナはヴィクター・フランケンシュタインを見て、決意が漲った。

 アプリルは狼、ノノは鳥の姿に変身し、ヴィクター・フランケンシュタインに挑む。

「ひっ!」

「姿が何であれ、アプリルもノノも、あたし達の味方よ」

 勇気は二人の姿を見て震えるが、ディアーナは真剣な表情で双剣を構えた。

「♪~♪♪~」

 ノノはヴィクター・フランケンシュタインに歌を歌うが、

 ヴィクター・フランケンシュタインには効かなかった。

かぜのせいれいよ、みえざ……きゃぁ!」

「♪♪♪~♪♪♪~」

 ディアーナが呪文を詠唱しようとすると、

 ヴィクター・フランケンシュタインが彼女に向かって殴りかかってきた。

 しかし、ノノの歌声でバリアが張られ、ディアーナに攻撃が届く事はなかった。

かぜのせいれいよ、みえざるしょうげきを! Wind Blast

 ディアーナは改めて呪文を唱え直し、ヴィクター・フランケンシュタインに双剣を向ける。

 すると、双剣から無数の風の刃が飛び、ヴィクター・フランケンシュタインを切り刻んだ。

 だが、ヴィクター・フランケンシュタインはけろっとしている。

「効いてない!?」

「いや、平気な顔をしているだけだ。そらっ!」

 アプリルも爪で切り裂くが、やはりヴィクター・フランケンシュタインは応えていない。

「チッ……」

「もうやめるんだ!」

 勇気は上半身を起こすと、ヴィクター・フランケンシュタインを睨む。

 しかし、ヴィクター・フランケンシュタインはさらに激しく暴れた。

ゼん員……死体ニしテやる! ボくの……実ケン材料ニなレ!

 フランケンシュタインは壁を破壊し、その破片を勇気達の方へ向かって投げようとした。

 勇気はそれに気づくが、避ける余裕はない。

「危ねぇ!」

 とっさにアプリルは二階堂に覆いかぶさると、

 背中をヴィクター・フランケンシュタインの方へ向けた。

「俺が相手だ!」

 アプリルは、自ら二階堂の盾になる決心をしたのだ。

 ヴィクター・フランケンシュタインは、破片を大きく振りかぶった。

やめろー!

 突然、誠が現れ、ヴィクター・フランケンシュタインにタックルした。

 その衝撃で、ヴィクター・フランケンシュタインが一瞬よろめく。

 投げた破片のコースがずれ、破片は勇気達の横に落ちた。

ジャマダ!

「わっ!」

 ヴィクター・フランケンシュタインが誠を払いのけると、

 誠はまるで人形のように地面を転がった。

「服部君!」

「やめろ……」

 二階堂が叫ぶ。

 誠はボロボロになりながらも、ヴィクター・フランケンシュタインを睨んだ。

「二階堂君に……酷い事をするな!」

 誠は立ち上がると、ヴィクター・フランケンシュタインに立ち向かおうとした。

 しかし、身体が言う事を聞かず、その場にまた倒れる。

「服部君!」

 二階堂は誠の元へ駆け寄った。

「服部君、どうして僕のために?」

「そ、そんなの決まってるよ……」

 誠は二階堂を見つめた。

「だって、友達だから」

「服部君……」

 誠がそう言って微笑むと、二階堂の目から、涙が流れた。

オオオオォォオオ

 ヴィクター・フランケンシュタインが咆哮し、誠達を睨む。

「勇気! 二人を助けるんだ!」

「うん!」

「ええ!」

 キユウの声を待たず、勇気達は二人の元へ駆け出す。

 だが、勇気はどう戦えばいいか分からない。

 その時、勇気はヴィクター・フランケンシュタインの傍にいる、羽の生えた猫の姿を見た。

 猫は飛ぼうとしているが、羽ばたくだけで上手く飛ぶ事ができない。

(さっき落ちた時、怪我でもしたのか?)

 勇気がそう思っていると、ヴィクター・フランケンシュタインが声を上げた。

ソッチじゃナい! や、ヤメろ!

 勇気が顔を上げると、ヴィクター・フランケンシュタインは、

 何故か自分の身体を壁にぶつけていた。

 ヴィクター・フランケンシュタインが壁にぶつかる身体を手で押さえようとする。

 こめかみに刺さったボルトから火花が激しく飛び散っている。

「まさか、あれって……」

 勇気はヴィクター・フランケンシュタインと飛べない猫を交互に見て、ハッとした。

「もしかして、上手く身体を制御できないのでは?」

 猫が飛べないのは、落ちて怪我をしたわけではないのだろう。

 ヴィクター・フランケンシュタインの身体と同じように、

 飛ぶという命令が羽に上手く伝わらないのだ。

 二階堂の話によると、羽の生えた猫が飛行したのは、2日前。

 フランケンシュタインの怪物に至っては、頭脳が移ったのは今さっきだ。

「キユウ!」

 ディアーナはキユウにその事を話した。

 キユウは勇気の隣に降り立つと、

 ヴィクター・フランケンシュタインのこめかみに刺さったボルトをじっと見つめた。

「……どうやら倒す方法があるようだ。二人でやれば、きっと成功する!」

「……あたし達は?」

「もう、大丈夫だよ。下がって」

「ええ……」

 ディアーナ、ノノ、アプリルは下がり、勇気とキユウの戦いを見守った。

 

「二人で……」

「ああ、ヴィクター・フランケンシュタインには僕が見えているだろ。

 やっと、君と一緒に戦う事ができるよ」

「キユウ……」

 キユウは勇気に微笑みを見せると、どう戦うかを耳打ちした。

 

「えっ、そんな方法で?」

「簡単だろう?」

「う、うん……」

 それで倒せるとは思えないが、キユウが言うなら間違いないだろう。

 勇気はグローブを嵌めた右手を強く握り締めると、傍に落ちていた壁の破片を手に取った。

「やろう! キユウ!」

 次の瞬間、勇気とキユウはヴィクター・フランケンシュタインのもとへ走った。

「何ダ」

 ヴィクター・フランケンシュタインは顔だけを二人の方へ向ける。

 しかしそこには、キユウしかいない。

オオオオ!

「今だ!」

 ヴィクター・フランケンシュタインは、キユウを捕まえようとした。

 叫んだ瞬間、キユウの体が二つに分かれた。

 いや、キユウの体に重なっていた勇気が真横へ飛び出したのだ。

 キユウはそのままフランケンシュタイン目掛けて、真っ直ぐに猛進する。

オオオ、オオオォォ!!

 突然の出来事に、ヴィクター・フランケンシュタインは慌てて勇気の方を見る。

 だが、身体は全く反応せず、そのままキユウを捕まえようとして前に出た。

 刹那、ヴィクター・フランケンシュタインはバランスを崩し、大きくよろけた。

 勇気はそんなヴィクター・フランケンシュタインに向かって、破片を振り上げた。

食らえ!!

 次の瞬間、勇気は持っていた破片で、

 ヴィクター・フランケンシュタインのこめかみに刺さっているボルトを力いっぱい殴りつけた。

 ボルトが外れ、火が飛び散る。

オオオオォォオオ

 ヴィクター・フランケンシュタインは慌ててこめかみを押さえようとするが、

 身体が全く言う事を聞かなかった。

オオオォ! 頭が……あタまガ!

 ヴィクター・フランケンシュタインのこめかみから火が激しく飛び散り、顔が苦痛で歪む。

オオオォォオォォ、あたマが……アタマガ……ワレルゥゥ!

 ヴィクター・フランケンシュタインの頭から黒い煙が出る。

 身体からも、同じように煙が出た。

そ、ソんな! いやだ! アア、アアアァアァ!!!

 ヴィクター・フランケンシュタインの全身が、黒い煙となって飛び散り、消えた。

 羽の生えた猫も黒い煙となって、そして消えた。

 

「やった。倒したんだ……」

「よく頑張ったわね、勇気……」

 勇気はその光景を見つめながら、そう言葉を漏らした。

 ディアーナは珍しく、勇気を褒めていた。

「上手く行ったようだね。やはり、あの頭のボルトが弱点だったようだ」

「だけど、キユウ、いくらなんでも無茶だよ。捕まってたら握り潰されてたよ」

「僕がかい? 僕は幽霊だよ。捕まえる事なんて不可能さ」

 キユウは笑いながら、勇気の身体に触れようとして、手がすり抜ける事をアピールした。

「だけど、ヴィクターは憐れだったね……」

 キユウはふと、ヴィクター・フランケンシュタインが消えた場所を見つめた。

 全ては、邪鬼のせいだ。

 

「フランケンシュタインさん……」

「ヴィクター……」

 勇気はやるせない気持ちになると、奥歯を噛みしめた。




~次回予告~

ヴィクター・フランケンシュタインは倒れた。
しかし、彼は元は人間だったため、勇気はやるせない気持ちになっていた。
全ては邪鬼が仕込んだ事であった。
そして、キユウに大きな危機が迫ろうとしていた――

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