羽心は石化する動物を調べるため、一人で調査に向かっていった。
ディアーナもまた、石化事件の調査をしていた。
勇気は怖がりながらも、夢の真相を知るため、ディアーナと共に書斎に赴く事になったが……。
「さ、行くわよ」
「うん」
勇気とディアーナが書斎の前までやってくる。
時計の針は、8時を過ぎていた。
母親は看護師をしていて、今日は夜勤なので、家には勇気とディアーナしかいなかった。
(怖いけど、だけどこのままじゃ僕は……)
勇気は全身に力を入れると、目を大きく見開いた。
ディアーナは表情一つ変えていない。
「……勇気を出すんだ!」
勇気は自分に言い聞かせるようにそう言うと、
ドアのノブを掴み、回し、ゆっくりとドアを開く。
ディアーナも共にドアの中に入る。
次の瞬間、部屋の明かりが目に飛び込んできた。
勇気は目が眩みそうになるのを必死に耐えて、ディアーナと共に部屋の中を見た。
「やっと、会えたね」
部屋の窓際に、あの少年が立っていた。
「夢、じゃないよね……?」
「やってみる?」
ディアーナに促され、勇気は頬をつねってみた。
「痛い……」
痛みを感じるという事は、これは現実だ。
(……いや……だけど、この子は一体どこから……?)
(書斎に住み着くのかしら)
戸惑う勇気と、顎に手を当てるディアーナに、少年は優しい笑みを浮かべた。
「僕はね、君が自らドアを開けるのをずっと待ってたんだ」
「ずっと? 夕方はいなかったじゃないか」
「君がドアを開けたわけじゃなかったからね。
異変が起きた時、勇気がドアを開ければ、朝でも昼でも夜でも、この部屋に現れる」
「意味が全然分からないんだけど……」
「大体、あなたは誰なの?」
「それは後で説明するよ。今はあまり時間がないからね」
入り口のドアが勢いよく閉まった。
「何?」
勇気とディアーナはドアの方を見る。
「勇気、君に手伝ってほしい事があるんだ」
突然、勇気の耳元で声がした。
振り返ると、窓際にいたはずの少年が勇気の真横に立っている。
「ひゃ、いつの間に?」
「神出鬼没ね」
「僕は霊体なんだ」
「え?」
「簡単に言うと、幽霊だね」
「そこそこ高位のアンデッドね」
勇気は慌てて離れ、ゾッとして少年を見た。
ディアーナは冷静に少年を見ている。
少年はそんな勇気をよそに、レザーグローブを嵌めた左手で、父親の机を指差した。
「あの机の一番上の引き出しを開けてみて」
「ど、どうして?」
「いいから」
勇気は首を捻りながらも、机の傍に行くと、恐る恐る引き出しを開けた。
すると、引き出しの中に、ある物が入っていた。
時計のような装置がついた漆黒のレザーグローブだ。
「あら、これは?」
ディアーナは興味深そうに見ている。
「これって、君のと同じ物……だよね?」
勇気は少年の嵌めたグローブを見つめる。
「グローブは左右逆の手で、羅針盤も少し違うけどね」
「「羅針盤?」」
「この時計のような物だよ。
方角を示すコンパスで、僕の羅針盤には『月のマーク』が、
そこにある羅針盤には『太陽のマーク』がある」
そう言われて、羅針盤を見つめると、確かに太陽のマークがあった。
「さあ、勇気、そのグローブを嵌めるんだ。あのエルフには必要ないからね」
「僕が? なんで……?」
「というかなんで、あたしの事をエルフだって知ってるの?」
勇気とディアーナの質問には答えず、少年は別の質問をする。
「ところで、君達は、×印状の罅を見た事はあるかい?」
「それって……」
ディアーナは調査していた時、空中に浮かんでいた×印を思い出した。
「黒い煙を出す罅の事でしょう?」
「ああ、やっぱり見たんだね。だったら、急がないと」
少年は険しい表情になった。
「勇気、君はグローブを嵌めたら、そこのカメラを持つんだ」
「あたしは?」
「必要ない」
少年は棚の上に目をやる。
棚の上には、父親の古いインスタントカメラが置かれていた。
「どうしてカメラなんか?」
「そのカメラが必要なんだよ。『怪』を止めるためにはね」
「カイ?」
耳慣れない言葉に、勇気は首を捻った。
「怪物、怪人、怪奇現象……つまり、常識では考えられない存在だよ」
「な、何それ……」
「待って! 妖精や天使は怪なの? これらもこの世界の常識では考えられない存在よ」
勇気は急に怖くなったが、ディアーナは質問する。
質問に対し、少年は首を横に振った。
「人々に恩恵を与える者は、怪とは呼ばない。これは絶対の真実だ。さあ、怪を止めに行くよ」
少年はそう言って、勇気とディアーナに近づこうとした。
「来るな!」
勇気はドアの前まで逃げるが、ディアーナは物怖じせずに剣を抜こうとしている。
「お、お前は誰なんだ?」
「それは後で話すよ。今は怪を」
「怪、怪、うるさい!」
勇気が怒鳴ると、少年は小さな溜息を漏らした。
「まったく、君と下らない押し問答をしている暇はないんだ」
そう言って、少年は勇気とディアーナをじっと見つめる。
「……この世は、ヒトが理解できる事ばかりじゃない」
少年は、グローブを嵌めた左手を傍の壁の前にかざし、呪文を唱えた。
「
螺旋状に風が舞い、壁に光が渦巻く。
その渦が大きくなっていき、次の瞬間、壁に大きな渦の穴ができた。
まるで巨大な掃除機のパイプが壁に現れたようだ。
壁に向かって強い風が起きている。
「わあぁ!」
「わあ、かっこいい! ……あら、聞いた事があるわね」
勇気は身体を支えるためにドアの枠に手をかけた。
一方、少年は微動だにもせず、ディアーナもわくわくしている。
「さあ、行くよ!」
少年は、グローブをした手を勇気に向かって差し出した。
「な、何なんだよお前は!!」
勇気はパニックになりながら叫び、そのまま、書斎から飛び出す。
(こんなのあり得ない! 絶対変だ!!)
勇気は玄関のドアを開けると、家の外へ逃げようとした。
その時、勇気とディアーナの目の前に何かが落ちてきた。
「あ、が、がああ」
それは、顔が半分石になった、男の生首だった。
「うわああああ!!」
「自然じゃないわね……」
勇気は思わず仰け反り、ディアーナが不快な表情になると、
上空に浮かぶ大きな×印が目に入った。
(ま、まさか、あそこから……? いや、でも!)
足元の生前の男は、目を大きく見開き、勇気とディアーナをじろりと睨んだ。
「み、みんな……やられ、た! ちくしょおおおお!!」
男の顔が音を立てて、石になっていく。
男は目と口を大きく開いたまま、完全に石になってしまった。
「ひいいっ!」
「なんて不快! 許さないわ!!」
勇気は慌てて家の中へ逃げ帰り、ディアーナは感情的になって暴言を吐く。
「その首は、盗賊のものだ」
冷静な声が響いて、勇気とディアーナはハッとした。
ドアが開いたままになっていた書斎から、少年がこちらを見ている。
「盗賊……?」
「怪の棲んでいる洞窟の宝を盗もうとしたんだ。
だけど石にされて、首だけ×印状の罅へ投げ捨てられたんだろうね」
「石に? 投げ捨てられた?」
「あの×印の罅の向こうは、怪のいる場所に繋がっているんだ。罅から黒い煙が漏れ出てるだろ。
つまり、怪の力が、この町に漏れ出しているんだよ」
「そんな……」
少年は厳しい顔つきで勇気とディアーナをじっと見た。
「このままでは、この町の全ての生き物が」
「石にされてしまうわよね」
「そうだ。さあ、怪を倒しに行くよ」
「ま、待ってよ!」
戸惑う勇気を安心させるように少年は微笑む。
「君が必要なんだよ、勇気。エルフも……」
少年の目が真剣で厳しいものになった。
「夢の中で言っただろう。この町を救えるのは、君しかいないんだって」
「僕……だけ」
「さあ、グローブを嵌めて、カメラを手に取るんだ。エルフも、行くよ」
「……分かったわ」
勇気は戸惑いながらも書斎に入ると、グローブを見つめた。
恐る恐るグローブを手に取ると、右手に嵌め、棚のインスタントカメラを持った。
少年は、床に置いてあった父の登山靴を指差す。
「それを履いた方がいい。足場の悪い場所に行くからね。怪我はしたくないだろう?」
勇気は渋々、言われた通りに靴を履いた。
「さあ、これで今度こそ、準備が整った」
「剣も魔法も、準備はしているわ」
「なあ、どこに行くんだよ?」
「決まっているだろう。――怪のいる場所だ!
少年はグローブを嵌めた手を再び渦にかざした。
そして、先程と同じ呪文を唱えると、風と光が増し、壁にできた大きな穴が光り輝いた。
勇気とディアーナは眩しさと強い風に目を細める。
少年のハーフコートが舞い上がって音を立てる。
「行くぞ、僕に続け!」
「ええ!」
少年とディアーナは、光の渦の中に消えた。
勇気は一瞬躊躇う。
「どうして僕なんだよ……?」
「このままじゃ、みんなが……」
勇気はぎゅっと目を瞑ると、顔を上げた。
足に力が入り、手にしたカメラもしっかり握る。
「ああー、もう、何なんだよ!」
勇気も遅れて、光の渦に飛び込んだ。
~次回予告~
勇気は謎の少年とディアーナと共に、時のトンネルを潜った。
石化事件の元凶、メデューサを止めるために向かった場所は、古代ギリシャ。
そこには、たくさんの石化した人間がいた。
メデューサの恐ろしい力に身震いする勇気だが、果たして、勇気達は勝てるのだろうか。