勇気は見捨里市が暴走する物体によって破壊される夢を見た。
時を超えて怪を狩らなければ、この夢は実現してしまう。
それでも、助けてくれるキユウはもういなかった。
だが、羽心は小さな異変の詳細を少しだけだが知っていた。
彼女は、勇気にこれからの事を相談する事にするのだった。
「それで、ここで怪奇現象について調べた後、その怪って奴がいる時代のところに行くの」
「ふむ、なるほど」
ディアーナは、チェイニーに異変解決の手段を言った。
今、二人は勇気の家の前にいる。
勇気の家の書斎には、怪奇現象や超常現象に関する資料がたくさんある。
中には、幻想郷*1や運命の戦い*2に関するものも眠っていて、
ディアーナはそれを見ると「あっ!」と既視感を抱く。
「勝手に入ってるみたいだけど、勇気達は気付いていないみたいで」
ある意味ラッキーね、と笑うディアーナ。
「この怪奇現象はエルフが起こしてるって言ってたけど、エルフって何? 森の民じゃないの?」
「話してやろう。……エルフというのは、『妖精』じゃ」
「そうだったのね! じゃあ、この怪奇現象って妖精が起こしたものなの!?」
妖精という言葉を聞いて、ディアーナは途端にテンションが上がった。
「あたし、嬉しい! 今度は楽に解決ができそう! よし、そうと決まれば早速書斎に……」
「……娘よ、周囲に迷惑がかかっておるぞ」
「あ」
チェイニーと騒いでいるディアーナの周囲には、何人も人が集まっていた。
ディアーナは顔が赤くなり、ペコリ、と謝った後、チェイニーと共に静かに書斎に向かった。
学校から一緒に下校した勇気と羽心は、勇気の家の書斎にいた。
羽心は、調査をしていたディアーナとチェイニーを発見した。
「えっ、ディアーナさんにチェイニーさん、いたの?」
「あちゃぁ、気付かれたか」
「娘よ、鋭いな」
ディアーナとチェイニーは羽心に気づかれてしまったようだ。
「気を取り直して……」
少年説明中……
「つまり、私達の住んでいる見捨里市に世界中の怪が襲ってきていて、
キユウっていう幽霊と勇気は、それと戦ってたって事なのね……?」
「あたし達も忘れないでよね」
不思議な事が大好きな羽心も、流石に直ぐには受け入れられなかった。
自分に納得させるように勇気の説明を改めてまとめた。
勇気は頷く。
心の中に疑問が浮かんだ。
「でも、そのキユウって子は誰だったの?」
「何って?」
「だって、自分は幽霊だって教えてくれただけなんでしょ。
『キユウ』って名前も勇気の名をもじっただけだし……」
大切な親友を疑うような事を言う羽心に、勇気はちょっとむっとしたが、
羽心に言われた通りだ。
キユウについて何も知らなかった事に、今更気づいた。
勇気は小さな溜息をついて、今言える事だけを言う事にした。
「僕にはっきり分かるのは、邪鬼のせいでこれから見捨里市がメチャメチャになるという事だよ」
「邪鬼のせいで町がメチャメチャに……」
「娘、気を落とすでない」
まんまと騙された羽心は、あの男の子ならばやりかねないとゾッとした。
チェイニーは肩を落とそうとする羽心の肩に手を置く。
羽心は目の前の机の上に置かれた一対のグローブを見つめた。
「キユウさんは月の羅針盤のグローブを嵌めて、『時のトンネル』を作り出して、
勇気は太陽の羅針盤のグローブを嵌める事で『時のトンネル』に入る事ができる」
「うん」
頷く勇気は、その一対のグローブを手に取って不安な表情になった。
(キユウ達と一緒に戦ってきたのに、キユウがいなくてもできるのかな……?)
心の声が呟いていた。
「ねぇ、大変!」
羽心が不意に声を掛けてきた。
勇気が見ると、羽心は書斎の少し高い位置にある窓を見上げていた。
窓の外にあの粒子が降っている。
勇気、羽心、ディアーナ、チェイニーは窓に近づきガラス越しに空を見上げた。
薄い雲がかかる午後の空に僅かな×印状の罅が見える。
「仕事が間に合わなくなるわね」
「でも……」
ディアーナはじっと空を見ている。
勇気はキラキラと光る不気味な雨のようなものを前にして途方に暮れた。
「この金粉みたいなものはなんなんだ?」
「う~ん」
隣の羽心が、人差し指で額をトントンと叩き始めた。
羽心は昔から何かを思い出そうとすると、こういう仕草をするのだ。
「あ、これって、もしかして、宇宙ホタルかも?」
「え? 何それ?」
「宇宙艦から捨てられた水がなんかが、宇宙空間でかき氷みたいになって、
それに日光が当たると、ホタルみたいに見えるのよ。
だけど、ここは宇宙空間じゃないからね。それは違うよ」
羽心は自分で言い出した事を、自分で否定して納得してしまう時がある。
「ねえ、羽心。何か他に思い当たるものはないの?」
「う~ん」
羽心は、再び人差し指で額をトントンと叩いて、記憶を探った。
「そうだ! もしかすると……」
「何?」
「これは、鱗粉っていって、蝶々や蛾の羽に付いてる粉よ」
「じゃ、今降ってるのは蝶々か蛾のせいなの?」
「ううん、きっとこれはそれじゃない」
羽心はそう呟くと書斎の本棚に目を走らせ、一冊の本を手にした。
それは『世界の妖精大事典』という英国の翻訳本だった。
羽心はそれをパラパラとめくる。
「これよ」
ふと、羽心はあるページで手を止めた。
【妖精が蝶々の鱗粉のような粉を振り撒き、それが不思議な力を起こす事もあるという話もある。
最も有名なのは、「ピーター・パン」に登場するティンカー・ベルだ】
その文章の脇に、妖精達の様々なイタズラの絵が描かれていた。
鱗粉の魔法に掛かって様々な物が生き物のようになっていた。
薪が歌って踊っている絵。
レンガに羽が生えて飛んでいる絵。
足の生えた箒が人々を追いかけ回し、空飛ぶ雑巾が主婦の顔をゴシゴシと拭いていた。
その様子を、背中に羽の生えた小さな妖精達が笑って見ている。
妖精は女も男も、子供も大人も耳が尖っている。
「じゃ、今起きてる事は、この妖精達の仕業なんだね」
「多分そうよ」
「だって、ジャネットがエルフって言ってたしね」
「でも、どこに行って妖精と戦えばいいんだ?」
「それは、きっとここよ。妖精が世界中で話題になったのは、この時よ」
羽心は事典のページをさっとめくった。
「コティングリーの妖精事件」という項目だった。
~コティングリーの妖精事件~
1917年、イギリスの田舎の村・コティングリーで、
エルシーとフランシスという二人の親威同士の少女が、
森で妖精と出会い、写真を撮ったという事件が起きた。
やがて、神秘的な現象や事柄を研究する神智学者、
エドワード・L・ガードナーという人物が調査に乗り出した。
ガードナーがエルシー達にカメラを渡して写真を撮るように言うと、
彼女達は新たに妖精の写った写真を3枚も撮ってきたのだという。
そしてそれを見て、ガードナーの知り合いで、
以前から妖精騒動に興味を持っていた作家のコナン・ドイルが「本物」だと断定したのだ。
その結果、1920年には国中で大騒動になった。
このページにはその問題になった写真も掲載されていた。
森の中で微笑む少女の白黒写真。
その少女の周りを羽の生えたバレリーナのような妖精達が踊るように囲んでいる。
写真に写っている少女の名前はフランシス・グリフィス。
そして、写真を撮ったのはエルシー・ライトとなっている。
二人は従姉妹同士だという。
「コナン・ドイルって、『シャーロック・ホームズ』の作者だよね?」
「ええ、彼は神秘的なものが好きで、研究をしていたらしいわ」
「そうなんだ……」
「む? 『この写真の妖精は絵である』と書いておるぞ」
「そう。この写真は作り物なのよ。
でも、エルシーとフランシスは自分達が本当に妖精に会った事を信じてもらいたくて、
嘘の写真を撮ったんだって」
「それって、つまり、妖精は本当にいたという事なんだね」
「エルシーとフランシスは全部で5枚の写真を撮っていて、4枚は嘘だと認めたの。
でもね、最後の1枚は本物だと死ぬまで言っていたそうよ」
「そうなんだ……。やっぱり妖精はいるんだね」
「コティングリーの妖精事件か……」
勇気は机の上のグローブを見てゴクリと生唾を飲んだ。
自分が見捨里市を守らないとならないが、
キユウがいない状態で戦わないとならないと思うと不安が全身を駆け巡った。
「勇気、1920年のイギリスよ」
「え? うん……」
しばらくすると、羽心は月の羅針盤のグローブを手に取って勇気に差し出した。
勇気がグローブを受け取らないので、羽心は首を傾げた。
「勇気、どうしたの?」
「え? いや、その……ちょっとトイレに……」
勇気は書斎を出て行こうとした。
「勇気! まさか、ビビってるんじゃないでしょうね?」
「え? 僕がビビる? あはは……。そんな事あるわけないじゃないか」
「キユウさんは、この町を守れるのは勇気とディアーナ達だけだって言ってたんでしょ?」
「あはは。そうだね。もちろん、僕だけがこの町を守れるんだよね」
「あたしも忘れないでよ」
勇気は頭をポリポリと掻いてから再び書斎を出ようとする。
すると、羽心が尋ねてくる。
「ねえ、キユウさんのグローブを嵌めれば、時のトンネルっていうのが開くんでしょ?」
「え?」
勇気が立ち止まり振り返ると、羽心が月の羅針盤のグローブを嵌めようとしていた。
それを見た瞬間、勇気は何故か急に頭に血が上った。
「やめろ! それはキユウのグローブだ!」
その凄い剣幕に羽心は驚いて、月の羅針盤のグローブを机の上に戻した。
勇気は机に走り寄るとグローブを握り締める。
「これはキユウのグローブなんだ。キユウが僕達を守るために嵌めたグローブなんだ」
手にしたグローブをギュッと握る勇気。
その姿から、勇気にとってキユウがとても大切な存在だったのは充分に理解できた。
羽心は胸が熱くなった。
「だったら、勇気はキユウさんの言葉をしっかり守らないとダメじゃない!」
羽心は強い口調で言った。
勇気はその言葉で決断ができた。
「……そうだね。羽心の言う通りだね」
「さ、行きましょうか」
「儂も忘れるでないぞ!」
勇気は月の羅針盤のグローブを鋭く見つめた。
そして、グローブの中に自分の左手を滑り込ませた。
5本の指がするりと入った。
掌と甲に生地が綺麗にフィットする。
右手で左の手首のフックをカチリと嵌める。
ふらついていた羅針盤の針がピタリと動きを止めた。
勇気は左手に今まで感じた事のない、力が
「よしっ! 羽心、やってみるよ。時のトンネルを開けてみる」
羽心は頷くと、勇気の背後に身を隠すように回った。
ディアーナとチェイニーも、勇気を見守っている。
勇気は左手を壁に向かってかざした。
そして、息を大きく吸い込むと、目を大きく見開き、呪文を唱えた。
「
次の瞬間、壁に大きな渦の穴ができた。
「よし! できた!」
「これが、時のトンネル……」
「噂には聞いていたが、このようなものだったとはな」
羽心とチェイニーは唖然としながら、目の前に現れた渦を眺めた。
「じゃ、行ってくる」
勇気は書斎に置いてある怪狩り用の靴を手にした。
その時、羽心が太陽の羅針盤のグローブを右手に嵌めようとしているのに気づいた。
「え? 羽心、何してるんだよ?」
「決まってるじゃない。私も行くのよ」
「何言ってるんだ。これは僕の仕事だ」
「あたしとチェイニーもジャネットから言われたんだから」
「これはコティングリーの妖精の仕業だって教えてあげたのよ。私も行く権利があるわよ」
「ダメだ! 羽心には危険だよ!」
勇気は羽心の手から太陽の羅針盤のグローブを奪うと、
ディアーナとチェイニーと共に時のトンネルの渦に飛び込んだ。
「あ、待ってよ! 勇気!」
羽心もトンネルに飛び込もうとした。
「きゃっ!」
トンネルの入り口は既に閉じて壁になっていた。
羽心は跳ね返されて尻もちをついた。
「いたたた……」
どうやらグローブを嵌めた者が入ると、すぐに閉じてしまうようだ。
「そんな……」
羽心は悔しそうな表情で、壁を見つめた。
「私も……勇気の力になりたいのに……」
一方、勇気、ディアーナ、チェイニーは、光のトンネルの中を飛んでいた。
やがて、光のトンネルの奥に、森が見えてきた。
「あそこか!」
勇気、ディアーナ、チェイニーは飛びながら体勢を整える。
三人は地面に綺麗に着地し、すぐさま、靴を履いた。
勇気は太陽の羅針盤のグローブも持ってきたので、それも嵌めた。
「よしっ!」
これでいつでも怪と戦える。
準備は万端だ。
だがその時、勇気はある事に気づいた。
「あああ! 武器がない!」
「何やってんのよーーーーーーー!!」
~次回予告~
コティングリー妖精事件を解決するため、
1920年のイギリスにやってきた勇気、ディアーナ、チェイニー。
だが、勇気は怪を倒すための武器を持ってくるのを忘れてしまった。
このままでは、事件を解決する事ができない。
そんな状況の中、三人は妖精を見たという少女、エルシーとフランシスと出会い、
妖精がいるという場所に行くのだった。