突然、ジョギング中の女性が不気味な声を聴いて倒れた。
それを起こしている怪は、ジャネットでも正体が分からない、まさしく正体不明の怪だった。
翌日の放課後、羽心は花恋にプーカの存在を感づかれないために嘘をついてその場を乗り切るが、
勇気、ディアーナ、チェイニーが羽心に怪奇現象が起きた事を知らせる。
正体不明の正体を調べるべく、勇気、羽心、ディアーナ、チェイニーは書斎に赴くのだった。
羽心は勇気、ディアーナ、チェイニーと共に、怪現象が起きたという緑丘公園に向かっていた。
「昨日、公園でジョギングをしていた女の人が急に倒れたんだ」
勇気は走りながら、羽心達に説明をした。
勇気によると、母親が働いている病院に、女子大生が運び込まれたらしい。
高熱で苦しんでいたのだという。
彼女は朦朧とした意識の中で、「公園で不気味な鳴き声を聞いた」と言ったのだ。
「ヒョー ヒョーっていう鳴き声だったらしいよ」
「何それ?」
そんな鳴き声、聞いた事がない。
「ヒョー ヒョー、カ。流石のオイラもそれだけじゃ分からないナ」
プーカは羽心の肩に捉まりながらそう言う。
「とにかく、公園に行ってみるしかない」
勇気は母親からその話を聞いて、いても立ってもいられなくなったらしい。
そして、外食に行くのをやめて、公園を見に行く事にしたのだ。
「勇気クン、キミは人間にしては珍しくなかなか偉いじゃないカ」
その話を聞いて、プーカが褒める。
だが、勇気は表情一つ変えず首を横に振った。
「偉いとか偉くないとかは関係ないよ。この町は、僕が守らなきゃ!」
勇気は険しい表情のまま言った。
「キユウが消えてから、僕、ずっと不安だったんだ……。
だけど、この前、地底人を倒して、僕でもやれると思ったんだ」
勇気は、走りながら拳を固く握り締める。
自分の力に自信を持っているようだ。
「勇気……」
(困った時は相談すればいいのに……)
(それが人の弱さなのじゃよ)
羽心はそんな勇気を見て不安そうに呟き、ディアーナとチェイニーも心の中で何かを思う。
やがて、勇気達の前に緑丘公園が見えてきた。
「確か、この辺りだよ」
勇気達は、公園のベンチの傍へやってきた。
羽心以外の三人は、母親から、女性が公園のどの辺りで倒れたのか聞いていたのだ。
「罅は……」
まるで探偵のように、勇気、ディアーナ、チェイニーは辺りを見回す。
だが、どこにも罅は見当たらない。
周りには犬の散歩をしている人や、ジョギングをしている人がちらほら見える。
「このままだと、彼らも怪現象の影響を受けちゃうかも……」
勇気達は近くの茂みに入り、必死に罅を探した。
一方、羽心はそんな勇気をじっと見ていた。
「羽心チャン。キミは手伝わないのかイ?」
「えっ、あ、うん、そうね、手伝わなきゃね」
羽心が茂みの方へ行こうとすると、ふと、プーカが口を開いた。
「何か悩みでもあるのかイ?」
「えっ?」
「オイラは妖精族の王子だゾ。人間の考えてる事なんかお見通しサ」
「そ、そうなんだ……」
羽心は少し呆れながらも、プーカに見つめられて何かを言おうとした。
しかし、すぐに首を横に振った。
「別に何でもない」
羽心は、ある事でずっと悩んでいた。
だが、それはプーカに相談する事ではない。
「罅を探しましょう」
羽心はそう言うと、茂みの中へと入って行った。
「羽心、そっちはどうだ?」
「ええっと、こっちにはなさそうねぇ」
「プーカは?」
「う~ん、こっちにもないみたいだネ」
「ディアーナとチェイニーは?」
「見当たらないわ」
「こちらもじゃ」
勇気達は公園のベンチの周りをくまなく調べた。
罅があれば、女性が倒れたのは怪現象が原因という事だ。
「ねえ、これだけ探して見つからないって事は、女性は怪現象とは関係なかったんじゃない?」
羽心は、木の幹を見ている勇気に言った。
既に日が落ち、辺りは薄暗くなっている。
夜になると、探すのはさらに難しくなるだろう。
「勇気クン、ここは一旦家に帰った方がいいようだネ」
プーカは大きく息を漏らしながら、勇気の方へ飛んで行った。
すると、勇気がプーカを睨むように見た。
「ダメだ! 怪現象の確率が1%でもある限り、放っておく事なんかできないだろ!」
「そ、それはそうだけどサ……」
プーカは勇気の力にたじろぎ、思わず目を逸らした。
羽心もそんな勇気の様子に戸惑いを覚えた。
勇気は、何があっても怪からこの町を守りたいのだ。
(プーカは『放っておく』なんて一言も言ってないのに)
ディアーナは勇気に対し苛立っていた。
キユウが消滅した後にこうなった事が、彼女にとっては不快だったらしい。
「早くしないと、また夜になって被害者が出るかもしれない……」
勇気は険しい表情になると、また罅を探そうとした。
「夜だっテ?」
プーカが顔を上げ、勇気の方を見た。
「ああ。お母さんが言ってたんだ。
女性が変な鳴き声を聞いて倒れたのは、夜、ジョギングでここに来た時だって」
「そうカ。それなら分かるヨ」
プーカは急に明るい表情になった。
「プーカ、怪が何なのか分かったの?」
「ジャネットでも分からなかった、正体不明の怪。その正体が判るのね!」
「あア。夜、変な鳴き声で鳴いて、人を病気にする。怪現象を起こしたのは、『鵺』だネ」
「鵺! それって、あの槍を持ってる女の子*1よね?」
「違うと思うけど」
~鵺~
鵺は、『平家物語』などに出てくる怪物である。
平安末期、夜な夜な、二条天皇の住む御所に鵺が現れては、不気味な鳴き声で鳴き続けた。
鵺は、顔は猿で、胴体と脚は虎、尻尾は蛇の形をしているらしい。
二条天皇は恐怖から病になり、寝込んでしまったという。
そして、二条天皇を救うために、都で一番の弓の使い手である武将の源頼政が選ばれ、
家来の猪早太と共に、鵺を弓で射って退治したというのだ。
「猿で虎で蛇の獣って事か……」
「なんだか、フラットウッズ・モンスターみたいよね」
まさに怪物のような怪だ。
想像しただけでゾッとするが、怖がっている場合ではない。
「よし、怪狩りに行こう」
「ええ」
勇気はディアーナとチェイニーと共に、書斎に戻ろうと思った。
だが、走り出そうとした足がすぐに止まった。
「だけど、鵺の弱点って何なんだ……?」
弱点になる物を持って行かなければ、まともに戦う事ができない。
プーカは既に分からないといった様子で首を横に振っている。
ディアーナとチェイニーも、弱点をよく知らないようだ。
勇気は羽心の方を見た。
しかし、羽心も首を捻って困った表情を浮かべていた。
「今回は私も分からないわ。源頼政が弓で倒したって事は、矢が弱点って事かしら?」
「矢か……」
ファフロツキーズの時は、リサとディアーナが弓を使って倒した。
そのため、あの時も今も、勇気は全く弓を射れる自信がない。
「あっ、だけど、羽心とディアーナは得意だよね?」
去年の夏休み。
近くの神社で行われた夏祭りで、勇気は羽心と一緒に弓を使った射的を楽しんだ。
勇気は1本も的に当たらなかったが、羽心は1等の的に当たったのだ。
そして、ディアーナは上のエルフであるため、剣術だけでなく弓術にも秀でている。
「当然よ」
「そりゃあ、勇気よりは上手だけど、あの時使ったのはオモチャの弓よ?」
「それでも僕より得意だろ。この近くの高校に『弓道部』があったはずだ。
弓を貸してもらえるかも」
「弓道部? それって凄く長い弓よね? ますます自信ないけど」
「無理なら、あたしがやるしかないの?」
「えっ、ええっと」
羽心は戸惑いながらも、勇気を見た。
「参加できると思う……」
「よし、借りに行こう!」
今ならまだ学校で部活をやっているかもしれない。
勇気達は急いで高校へ向かおうと思った。
その時、勇気はふと周りの景色を見て、目を大きく見開いた。
いつの間にか、夜になっている。
「どういう事?」
先程まで、まだ夕方だったはずだ。
いくら何でも急に夜になるわけがない。
瞬間、勇気はハッとした。
これは、夢を見ているのだ。
「みんな!」
遠くから羽心の声が聞こえた。
「羽心!」
勇気は声のした方へ走る。
すると、月明かりに照らされた芝生の上に、羽心が立っていた。
彼女の周りには、数人の袴を着た高校生が倒れている。
弓道部の部員達のようだ。
芝生の上には弓や矢が散乱していて、矢はそのほとんどが折れていた。
「どういう事だ?」
勇気が戸惑っていると、羽心が呟いた。
「そんな、矢が効かないなんて……」
羽心は全身を震わせ、怯えきっている。
「矢が効かない?」
勇気が首を傾げた瞬間、上空から不気味な音が響いた。
「ヒョー ヒョー」
勇気がハッとして顔を上げると、空中に奇妙な影が浮かんでいる。
顔は猿、身体と脚は虎、尻尾は蛇の化け物――
「鵺だ!」
その大きさは、ゆうに10mを超えている。
想像だにしていなかった巨大さに、勇気は思わずたじろいだ。
と、尻尾の蛇がうねうねと動き、勇気の方を見た。
「勇気!」
羽心は、勇気がいる事に気づき、声を荒らげた。
その声に反応し、今度は頭の部分の猿が羽心を見て大きく口を開いた。
「逃げろ、羽心!」
勇気が叫ぶと、尻尾の蛇が勇気に襲いかかる。
同時に、頭の猿が鳴き声を上げ、羽心達に襲いかかった。
「うわああ!」
「きゃああ!」
勇気と羽心は悲鳴を上げてバラバラの方向へ逃げた。
だが何故か、鵺は追って来なかった。
勇気が恐る恐る顔を上げて、空中を見ると、
鵺の身体が頭の猿と尻尾の蛇に引っ張られ、動けなくなっていた。
「これって……」
「――勇気!」
耳元で大きな声がして、勇気は我に返った。
「えっ、あ……」
目の前に、羽心、ディアーナ、チェイニー、プーカがいる。
周りを見ると、公園のベンチの近くだ。
日が落ち、薄暗くなっているが、まだ夜にはなっていない。
「もしかして、僕、ボォーッとしてたの?」
「ええ、夢を見てたんでしょ?」
「あ、そうだ! 矢が弱点じゃなかったんだ!」
勇気は、夢で見た状況を羽心達に話した。
「おいおい、それは本気でやばいゾ」
「どういう事なの?」
「ちょっと待って」
プーカは怯え、ディアーナは戸惑うが、羽心が口を挟んだ。
「夢から覚める前、鵺が急に動かなくなったって言ったわよね?」
「えっ、あ、ああ。僕と羽心が鵺の猿の顔と蛇の顔に襲われそうになった時だよ」
「その時、私達はバラバラの方向に逃げたのよね?」
「ああ、そうだけど」
羽心は人差し指で額をトントンと叩くと、次の瞬間、勇気を見た。
「もしかして、鵺の頭の猿と尻尾の蛇を別々の方向に動かせばいいんじゃないの?」
頭の猿と尻尾の蛇は、それぞれ個別の意思を持っているようだ。
反対方向に動かせば、身体が引っ張られ動けなくなるのだ。
「なるほど、確かにそれはありかも」
「ええ、きっと鵺を倒せるわ! 勇気、今から鵺との戦い方を青文字で言うわ。
鵺は異なる部位を持っているため、部位を別々に動かせば、動きを止める事ができる」
勇気と羽心が鵺の弱点に気づいた、その時。
「おい、あれを見ロ!」
突如、プーカが声を上げた。
勇気、羽心、ディアーナ、チェイニーがプーカの方を見ると、彼は宙を見ていた。
「あっ!」
いつの間にか、宙に×印状の罅が浮かんでいた。
「そうか。夜になったから……」
鵺は、夜に現れる怪だ。
怪現象も、夜にだけ起こるのだろう。
「羽心、プーカ、ディアーナ、チェイニー、急ごう! 今夜中に鵺を倒すぞ!」
勇気はそう言うと、家へ向かって駆け出した。
ディアーナとチェイニーも、彼の後を追っていった。
~次回予告~
鵺は、見捨里市で鳴き声を響かせ、町の人々を病に侵そうとしていた。
しかも、鵺は夜にしか現れないという。
そんな不気味な怪を倒すため、勇気達は平安時代の日本に向かった。
およそ900年前の、久しぶりの日本に来て、ディアーナの気分は高揚していた。
そんな平安時代で彼らが出会ったのは、同じく鵺を倒しに来た武士だった。