見捨里市の睡眠異変を止めるべく、中世ヨーロッパに向かった勇気達。
ヨハンとセイレの恋を応援するアプリルだったが、領主達はセイレを傷つけていた。
怪は悪いものではないはずなのに、異変を起こすのは矛盾している。
だが、本当に異変を起こしていたのは、セイレの姉だった。
果たして、勇気達はセイレの姉を止め、見捨里市を守る事ができるだろうか。
「姉サンだっテ?」
プーカがその言葉に驚いていると、歌が止まった。
「お、おい、もう大丈夫だゾ!」
プーカの手振りを見て、勇気と羽心はヘッドホンとイヤホンを外す。
「おイ、大変ダ! あの人魚はセイレちゃんのお姉サンみたいだゾ」
「えええ?」
勇気達は人魚の方を見た。
だが、人魚は海に飛び込み、姿を消した。
「どこに行くつもりだ?」
勇気達は、海面を見つめる。
しかし、どこに人魚がいるのか分からない。
すると、セイレの傍の海が水しぶきを上げた。
海中から、姉の人魚が姿を現した。
「セイレ、何故人間などといるのだ! 裏切るつもりか!」
人魚はセイレの腕を掴んだ。
「裏切るのなら、私がお前を抹殺してやる!」
人魚はそのままセイレを海の中に連れ込もうとした。
「きゃあ!」
「セイレ!」
ヨハンがセイレの手を握った。
「人間、その手を離せ!」
人魚はセイレを掴んだまま、強引に泳ごうとする。
「ああっ!」
ヨハンはその勢いにバランスを崩し、海の中に入って行ってしまった。
「ヨハンさん!」
勇気達は、慌ててヨハン達を追って、波打ち際を走る。
だが、人魚の泳ぎは速く、徐々に砂浜から離れて行く。
「ヨハン、危ないわ、手を離して!」
「離すもんか! セイレ! があ、がああ!」
ヨハンは辛うじて水面に顔だけを出しているが、
これ以上深くなれば、最早抵抗するのは不可能だ。
「このままじゃヨハンさんが大変な事になっちゃうゾ!」
「分かってるってば!」
勇気とアプリルは波打ち際を必死に走り、ヨハン達を追いかけるが、
どうすれば助けられるか全く分からなかった。
「飛んで行ければ助けられるのに!」
「飛んで行ければ?」
勇気とアプリルの後ろを走っていた羽心が、ふと砂浜を見た。
そこには、ボロボロになったロープが捨てられている。
ヨハンが捨てた漁の道具だ。
それを見て、羽心はハッとなった。
「プーカ!」
羽心はロープを手に取ると、勇気の肩にしがみついているプーカを見た。
「ロープを持って、ヨハンさんのところまで行って!」
「オイラがあそこニ?」
「これはあなたにしかできない事なのよ!」
「オイラにしか……」
プーカは、にやっと笑った。
「しょうがないナ。妖精族の王子の力を見せてやるゾ」
次の瞬間、プーカはロープを掴むと、ヨハン達の方へ飛んで行った。
「羽心、一体何なの?」
「いいから見てて!」
羽心は、プーカの持って行ったロープの一方の端を握り締めていた。
「ヨハンさん!」
「プーカ!」
プーカは猛スピードでヨハン達の下へ辿り着いた。
「何をするつもりだ?」
人魚が睨む。
その中、羽心が砂浜から声を上げた。
「ヨハンさん、そのロープを身体に巻いて!」
「ロープを?」
ヨハンは訳も分からず、プーカの持っていたロープを身体に巻いた。
一方、それを見た勇気とアプリルはハッとした。
「そうか! ロープを引っ張るんだね!」
「その通り!」
勇気、ディアーナ、アプリルは羽心の持っていたロープの端を持った。
「んんんんん!!」
勇気、羽心、ディアーナ、アプリルはロープを引っ張る。
「な、何だ」
人魚は急に前に進めなくなった。
「勇気、もっと引っ張って!」
「ああ! ふんんん!」
勇気、羽心、ディアーナ、アプリルはさらにロープを引っ張る。
「セイレを、返せ……!」
ヨハンはセイレの手を強く握りしめていた。
「く、く、あああ!」
次の瞬間、人魚がセイレを離した。
「今だ!」
勇気達はさらに勢いよくロープを引っ張った。
ヨハンとセイレは波打ち際まで戻ってきた。
「羽心チャン、オイラやったヨ!」
「うんうん、偉い!」
「ヨハンさん、セイレさん、大丈夫ですか?」
勇気の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
「許さん――」
近くの岩場から、声が響く。
いつの間にか、セイレの姉が岩場に座っていた。
「あの少年の言った通りだ。人間など生かしておくべきではない」
「あの少年? そうか、お前が邪鬼と会っていたのか!」
罅から漏れ出した人魚の力は、姉の人魚の力だったのだ。
「あの少年は私に言った。妹を傷つけた人間達を、黙って放っておくのかと」
人魚の上に、×印状の罅が現れ、黒い煙が漏れ出す。
「私は人間を許さない!」
人魚は目を赤く光らせると、大きく息を吸い込んだ。
「姉さん、やめて!」
「耳を塞ぐんだ!」
勇気は、羽心、ディアーナ、アプリル、ヨハンに叫んだ。
刹那、人魚の歌声が響く。
勇気達はそれぞれ耳を塞ぐ。
だが、耳を塞いでも、歌声が聞こえて来た。
「ル~、ラララ~♪」
「どうして?」
「あの少年のおかげだ!」
罅から漏れる黒い煙が、人魚を包み込んでいた。
「私は、力を増した。より多くの人間を永遠に眠らせるために!」
人魚は目を赤く光らせながら、さらに歌を歌った。
「ル~、ラララ~♪」
「勇気、ディアーナさん、アプリルさん、このままじゃやばいわよ!」
「逃げろ!」
勇気達はヨハン達を連れて、その場から離れようとする。
だが、動けなくなってしまう。
歌声が、心の奥の奥まで響く。
勇気達はその声に聞き惚れてしまったのだ。
「おイ、勇気クン、羽心チャン、ディアーナ、アプリル、しっかりしロ!」
「何だか、いい歌かも……」
「私、眠くなってきたわ……」
勇気と羽心は、うっとりとしながら、その場に膝をつく。
ディアーナとアプリルは抵抗していたが、ヨハンも、フラフラとよろめき出した。
「ヨハン!」
セイレが名を呼ぶが、ヨハンの目は今にも閉じそうだ。
「セ……イレ……僕は……君を……守る……」
「愚かな人間どもよ! 永遠の眠りにつくがいい!」
人魚はさらに目を赤く光らせ、大きく息を吸った。
「やるなら、あたしが……」
ディアーナが双剣を抜こうとした時、アプリルがディアーナを止める。
「何をするのよ、アプリル!」
「ジャネットが言ってただろ! 問題行動を起こすなと!」
ディアーナは雪女を独断で救出、ドラキュラを見て暴走する、
という問題行動を起こしたため、二度としないと誓った。
アプリルによって気付いたディアーナは、はっと手を止める。
「……そうよ」
セイレは人魚を睨んだ。
「確かに、姉さんの言うように、悪い人間はいっぱいいる。
だけど、だけど、いい人間だってたくさんいるの!
だから、私の大切な人をこれ以上傷つけないで!」
セイレは、大きく息を吸った。
そして、歌を歌った。
「ラララ~、ルルララ~♪」
「その歌は!!」
人魚はその歌を聴き、動揺する。
それは、哀しそうな歌声だった。
耳を塞いでいる勇気達にもはっきりと聞こえた。
だが、勇気達は全く眠くならなかった。
「何なんだ、この歌は……?」
勇気がそう呟いた瞬間、岩場にいた人魚が悲鳴を上げた。
「セイレ! どうして? 私はお前の事を! があああっ!」
人魚は悶えながら、身体から黒い煙を出した。
黒い煙は四散して、そのまま人魚も消えた。
一方、セイレも歌うのをやめ、その場に倒れた。
「セイレ!」
「何をしたんだ!」
「今のは……禁断の歌……。聴けば、人魚は死んでしまうの。歌った本人でさえも……」
「本人でさえも?」
「あぁっ!」
セイレは苦しそうな表情を浮かべる。
「セイレさん!!」
勇気達はセイレの下に駆け込む。
「セイレ! セイレ!!」
ヨハンはセイレを抱きしめて、必死に名前を呼んだ。
「短い間……だったけど……あなたに会えて、よかった……」
「セイレ、しっかりしろ!」
「ヨハン、私……あなたの事が――」
「セイレ!」
セイレは、ヨハンの腕の中で、泡となって消えた。
それは、今まで見た事のないぐらい、穢れのない真っ白な泡だった。
「……だから言っただろ。人間と怪の恋は必ず、破れるって」
アプリルはヨハンにそう、吐き捨てた。
彼の目には、涙が浮かんでいた。
しばらくして。
勇気、羽心、ディアーナ、アプリルは、村を歩いていた。
全てが元に戻り、村人達はいつもと同じ生活を送っていた。
「ほんと、領主様はすぐ怒るから嫌だよな」
「おいおい、そんな事聞かれたら、また怒鳴られるぞ」
村人達は笑いながら、勇気達の傍を歩いて行った。
「結局、あの領主も無事で、何も覚えてないのよね?」
「ああ、人魚がいた事も、人魚を傷つけた事も何も」
「一般人には、分からないだろうな……」
恐らく、領主はまた人魚を見つけたら殺そうとするだろう。
「オイラ、何か納得できないゾ……」
勇気の服の胸ポケットの中で、プーカが怒ったような顔をした。
勇気、羽心、ディアーナ、アプリルも、プーカと同じ気持ちだった。
やがて、勇気達は秘密の小さな砂浜にやって来た。
砂浜には、青年――ヨハンがいた。
ヨハンはぼんやり海を眺めていた。
そこへ、ミハエルが通りかかった。
「おい、ヨハン、何してるんだ?」
ミハエルが尋ねると、ヨハンは「さあ」と答えた。
「よく分からないけど、ずっと海を見ていたくて。見てると、何故か心が温かくなるんだ」
「ヨハンさん……」
セイレも、姉の人魚も、悪い怪などではなかった。
それなのに、二人とも消えてしまった。
「こんな悲しい事は、もう二度と繰り返しちゃいけないんだ」
海の上には太陽が浮かんでいる。
太陽は、砂浜を眩しく照らしていた。
勇気達はいつまでも、ヨハンを見つめ続けていた。
「人魚は本当に死んだわけじゃない。精霊に生まれ変わって、今でも、あたし達を見守っている。
ナタリアが、教えてくれたんだもの」
~次回予告~
近代のアメリカに住む男は、ある装置を発明しようとしていた。
だが一向に、発明は進んでいなかった。
そんな男に語り掛けていたのは――邪鬼だった。
次に遭遇するのはアメリカの英雄、果たして勇気達は止められるだろうか。