蝶屋敷の薬剤師   作:プロッター

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第12話:神崎アオイ

「むーりー!!」

 

 善逸の声が屋敷に響き渡る。最近の恒例と化したこれに、暁歩をはじめとした蝶屋敷組は、肩を竦めて苦笑した。

 那田蜘蛛山の隊士が運び込まれてから三日。怪我の症状が軽かった隊士は既に別の任務に就いたり、那田蜘蛛山での報告のため柱に呼び出されたりしている。

 だが、重症である炭治郎、善逸、伊之助の三人は未だ療養中だ。

 

「こんな苦いの無理!もう耐えらんないよ!これ一日に五回とか新手の拷問でしょ!味覚が死ぬ!って言うか俺が死ぬぅ!」

「静かにしてください!苦すぎて死ぬはずがないでしょう!」

 

 そして、こうして善逸が薬の苦さに駄々をこねて泣き叫び、アオイが叱りつけるのもお決まりとなっていた。

 

「その薬を飲まないと手足が短いままですよ?それでもいいんですか!」

「やーだー!でも薬が苦いのもヤなの!!」

 

 きよたちは、二人のやり取りを見て『アオイさんもよくやるなぁ』と思う。きよ、すみ、なほの三人は善逸の泣き言にとっくに辟易しているのに、アオイは根気よく善逸に薬を飲むように言いつけている。

 ただ、善逸も出された薬をちびちびとは飲んではいるので、単なる駄々っ子ではない。毎度のごとく泣き叫ぶのは結構疲れるものだが。

 

「善逸、少し静かにしろ・・・。屋敷の皆に迷惑だし、怪我も治らないぞ」

 

 そしてこういう時、決まって炭治郎が善逸を宥めてくれる。鬼を連れていると聞いた時は驚いたが、彼自身はとても礼儀正しい人物で、恐れるところなど全くない。暁歩やアオイたちも、彼に対しては全く嫌な気持ちを抱いていなかった。

 

「・・・・・・」

 

 そして彼らの間に挟まる形で寝ている伊之助。やかましい善逸にも全く反応せず黙り続けているが、あまり大声を出すと回復が遅れてしまうため、我慢しているのかもしれない。やはり猪の生皮を被ったままなので表情は窺えないし、異様な姿なのは否めないが。

 

「炭治郎さん、お薬をどうぞ」

「ありがとう」

 

 なほが煎じ薬を渡すと、炭治郎は笑顔で受け取る。それを炭治郎は一呷りで飲み干すが、それを見た善逸は『羨ましい』とボソッと呟く。どうやら、炭治郎の薬が飲みやすいことに納得がいかないらしい。

 

「こんにちは」

 

 そんな騒がしい病室を暁歩が訪れる。問診の時間だった。

 炭治郎が『こんにちは』と挨拶を返してきて、暁歩は笑みを浮かべて頷く。そして、一番扉に近い善逸の寝台の傍に座った。

 

「こんにちは、善逸くん。手足の具合はいかがですか?」

「少しずつ伸びてきてる感じはするんですけど・・・まだ短いです。あと薬が苦いです」

「なるほど・・・」

 

 善逸の治療服の袖を捲るが、確かにまだ大分短い。毒が残っているからか、皮膚に変色した部分も残っていた。

 

「ただ、運び込まれた時よりは伸びていますね。痙攣などがあったと伺っていますがそちらはどうですか?」

「痙攣はもうしなくなって、今はだいぶ楽になりました。あと薬が苦いです」

 

 痙攣が止んだと聞いて、暁歩はひとまず安心する。次の薬の調合は少し変わりそうだ。

 

「他に何か痛みなどはありますか?」

「寝ている時間が多くて背中がちょっと痛いくらいです。あと薬が苦いです」

「寝転がることでの身体の痛みは、起き上がって活動できるようになったら改善できると思いますね。しのぶさんの許可が下りたら、訓練を受けると良いでしょう」

 

 最後に触診で脈や痛みなどを確認するが、手足の縮み以外で問題は無さそうだ。

 

「ありがとうございます。他に何か気になることはありますか?」

「何度も言うようだけど薬が苦いの!」

 

 最後になって善逸が必死に訴えかけてきた。

 暁歩もそこには触れないでいたが、お気に召されなかったらしい。アオイたちもいつものことなので、溜息を吐いていた。

 暁歩は少し息を吐き、善逸の顔を見る。

 

「いいですか、善逸くん?君の症状は炭治郎くんたちよりも重くて、かつ深刻なんです。体内の毒素はまだ完全には取り除けていません。君も見たでしょう?」

 

 言われて善逸は、先ほど袖を捲った際に見た自分の腕を思い出す。年齢に見合わない長さの腕と、変色している皮膚。自分の身体なのに、ぞっとする。

 

「それを治すには、薬が必要なんです。苦いのはそれだけ強いからなので仕方がありません。『良薬は口に苦し』とも言うでしょう?」

「でも・・・飲むたびに口の中で苦みが余って、普通のご飯も不味く感じちゃうの!苦いにもほどがあるの!」

 

 なお涙目で抗議する善逸。

 だが、暁歩としても良心が痛む。その苦いと叫ぶ薬を調合しているのは暁歩だし、自分で苦いと分かっていても自分が調合した薬を拒絶されると、同時に気の毒に思えてしまう。

 痙攣がなくなったことで薬の調合も少し変わるが、それでもまだ苦いままになるだろう。

 少し考えた末、暁歩はもう一度息を吐いて告げる。

 

「・・・まあ、苦すぎて飲みにくいのであれば、次からは少し調合を変えます」

「へ?」

「極力苦くならないようにして、飲みやすくしますよ」

 

 それは思いがけない提案だったのか、善逸は泣き止む。そして見る見るうちに、表情が明るくなってきた。

 

「必要ありません」

 

 だが、そこへ滑り込む容赦ない言葉。

 ぴしゃりとした声の主はアオイだった。

 

「善逸さんの症状は一番重く、一刻も早く治す必要があります。調合を変えてしまっては、その治る速さも遅くなってしまうでしょう?」

「それは確かにそうですけど・・・」

「でしたら、そのまま飲んでもらう以外ありません」

 

 アオイの言葉は正しい。だからこそ善逸は口を閉ざし、再び涙目になってしまう。

 しかしながら、暁歩も善逸のことを考えると、頷けない。

 

「しかし、苦すぎで飲むのを拒否したり、時間をかけすぎると、それこそ治る時間は遅くなります。そうならないために、少しでも飲みやすくした方が」

「いいえ、不要です。早く治すためには多少苦くても我慢してもらうしかありません。鬼との戦いはまだ続いているのですし、戦えるようにならないと治療する意味もないです」

「薬に対して忌避感を抱かせたままですと、この先の治療にも影響が出かねませんよ」

 

 だんだんと、暁歩とアオイの間に険悪な空気が流れ始めているのは、誰の目にも明らかだった。特に、二人との付き合いがこの場では長い方のきよたち三人娘はオロオロしだす。

 一刻も早い治療を優先するか、怪我人の希望を優先するか。二人の意見が衝突する。

 

「大体、怪我をした方の希望をすべて受け入れてしまうと、身になりません」

「ですが、無理強いして怖がらせたりするのもまた駄目でしょう」

 

 一触即発の空気。両者の間には稲妻が散っているようにも錯覚する。

 

「えっと、俺は苦くない方がいいかなーって・・・」

 

 だが、そこで善逸が場を丸く収めようとして、暁歩の肩を持つ発言をしてしまった。

 それを聞いたアオイは、気に食わないように鼻で息を吐き。

 

「・・・もう知りません」

 

 つかつかと足早に病室を出ていってしまった。

 最後の一言はとても静かで、怒りが伝わって、暁歩の心に鋭く刺さった。

 

「・・・失礼しました」

 

 険悪な空気にしてしまったことを、暁歩は詫びる。その場で休んでいる炭治郎や伊之助、善逸を不安にさせるわけにもいかなかったから、無理に笑顔を作って問診を再開する。

 だが、その場にいた者の表情は暗い。

 特に、自分のせいで和を乱してしまったという自覚があった善逸は、問診を終えて部屋を出ようとした暁歩を呼び止めて、伝えた。

 

「あの、ごめんなさい・・・俺がわがままを言ったせいで・・・」

「いえ、善逸くんは何も悪くないですよ。薬が苦いのは作る段階で分かっていましたし・・・俺もちょっと言いすぎたと思ってますから」

 

 こうして素直に謝るところを見ると、善逸もやっぱり悪い子ではないんだと、暁歩は思う。

 そして病室を出ると、きよたちに『ごめんね』と暁歩は謝り、調剤室へと戻っていった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 暁歩はすぐに、アオイに謝るべきだと自分で気付いた。

 アオイもアオイなりに、善逸のことを考えて薬について注意してくれたのだ。だが、暁歩はそれを否定して自分の意見を言うだけだった。冷静になってみれば、怪我人のことを思っているのはアオイも同じだと言うのに。

 暁歩はこれまで、人と衝突したことなどほとんどない。それでも、相手が怒っていて自分に原因があると分かっているのなら、自分から謝るべきだと幼少期に教わっていたから、自分でどうするべきかはすぐに分かった。

 しかし。

 

「あの、アオイさん・・・」

「・・・・・・」

 

 暁歩が話しかけようとするが、反応を示してくれない。

 

「すみませんが・・・」

「・・・・・・」

 

 後ろから呼びかけても、応じずに歩いて行ってしまう。

 

「ちょっとお時間を・・・」

「・・・・・・」

 

 アオイが話し合いに応じてくれないので、謝ることができない。

 暁歩もまた、自分のせいでこうなってしまったのだから、と自分を責めるしかなくなる。

 きよ、すみ、なほの三人も、事の顛末を知っているし、暁歩が謝ろうとしていることには気づいていた。それでも、アオイも若干ピリピリしている様子なので仲を取り持とうとするのも難しい。

 結果的にその日一日、暁歩とアオイの間にはどうにも剣呑な雰囲気が漂い続け、きよたち三人娘も委縮してしまうことになってしまった。

 

『・・・・・・・・』

 

 そんな雰囲気は夕食の時間になっても消えず、その日の夕食の食卓は重い沈黙に包まれた。カナヲはそんな中でも我関せずと夕食をパクパク食べていたが、しのぶはそうはいかない。屋敷の主として、空気には敏感だった。そして表情から、その剣呑な雰囲気の原因が暁歩とアオイにあることを察する。

 

「暁歩さんとアオイ、何かあったのかしら?」

 

 そしてしのぶは、食後にきよ、すみ、なほの三人を私室に呼び出して、事情を聞くことにした。三人も呼び出された時点で何を聞かれるかは分かっていたし、このままの空気でいるのも嫌だったので、素直に話すことにした。

 

「実は・・・」

 

 三人でかいつまんで事情を説明する。話を聞いている途中、しのぶは頷きながら相槌を打ち、聞き終えると『なるほど・・・』と納得するかのように呟いた。

 

「まあ、お二人とも怪我人のことを考えていますし、どちらも間違っていないからこそ難しい話ですね」

 

 困ったように笑うしのぶ。きよたちも同じで、二人の言い分を分かっているから、どちらが悪いと白黒つけることができないのだ。

 

「それで、暁歩さんの方から謝ろうとしているんでしたよね?」

「はい・・・」

「では、少し頼みごとをしてもいいかしら?」

 

 そしてしのぶは、ニコッと笑って手を合わせ、きよたちに頼みごとを伝えた。

 

◆ ◆

 

 暁歩は調剤室で、薬を作っていた。

 善逸の薬は、痙攣が収まったとのことなのでそれについての調合は変えているが、それ以外はまだ変えていない。飲みやすい薬に関しては、アオイと喧嘩別れして有耶無耶になっているし、だからと言って早々に調合を変えるのも気が引けた。

 

「はぁ・・・」

 

 生薬をすり潰す手を止めて、溜息を吐く。

 結局アオイとの仲直りはできていない。このまま時間が経てば就寝時間になってしまうだろう。明日になったら綺麗さっぱり忘れて仲直り、なんて楽観的には考えられないし、この蟠りを抱えたままでは寝ようとも思えない。

 

(・・・どうしよう)

 

 アオイに謝ろうという気持ちは当然ある。

 だが、相手が応じてくれないために謝ることができない。

 

『暁歩さん・・・よろしいですか?』

 

 するとそこで、部屋の外からきよの声が聞こえた。暁歩が障子戸を開けると、きよ、すみ、なほの三人が心配そうな顔で立っていた。

 

「三人とも、どうしたの?」

「少し、お話がありまして・・・」

「ああ・・・アオイさんとのこと?」

 

 ぼかして伝えたつもりだろうが、今日あったことを考えれば、思い当たる節はそれしかない。その予想は的中したらしく、きよたちは表情を曇らせながら頷いた。

 暁歩も、肩を竦める。

 

「・・・アオイさんには悪いことをしたと思ってるよ。あの人も、あの人なりに考えてくれていたのに、俺ときたらそれを真っ向から否定するだけだったから。そりゃ、俺に対して怒ってるのも仕方ないよねって」

 

 力ない言葉を洩らす暁歩を、きよたちは見る。

 しのぶも言っていたが、暁歩もアオイも根本的には怪我人のことを考えているのだ。その方向性が違うだけで、二人が怪我をしている人を救いたいと願っていることに変わりはない。だからこそ、意見が食い違うと簡単に亀裂が生まれてしまう。

 

「あの、暁歩さん・・・」

「?」

「アオイさんと、もう一度話をしてもらえませんか?」

 

 すみが頼むが、暁歩は少し悲し気な笑みを浮かべる。

 

「そうしたいのは山々だけど、アオイさんには避けられちゃってるし・・・」

「昼やご飯の時はそうでしたけど・・・多分時間を置いた今なら、アオイさんも落ち着いていると思いますから・・・」

 

 壁に掛かった時計を見ると、時刻は九時。最後に声を掛けようとしたのは七時前ぐらいだから少し時間を置いてある。夜も更けた今なら、確かに少しは頭も冷えているかもしれない。

 

「それに、アオイさんも仲直りしたいと思っているかもしれませんし・・・」

「アオイさん、真面目だからずっと仲悪いままだと気に病んでしまうと思いますから・・・」

 

 確かにアオイは真面目な人だと暁歩も思っている。だからこそ、患者のことを考えてああしたことを言ってくるわけだ。暁歩としても、ずっと仲が悪いままではいたたまれないので、仲直りできるのならしたかった。

 

「それと、しのぶ様がですね・・・」

「?」

 

◆ ◆

 

 アオイは、自室で机に向かい日記を書こうとしていた。

 蝶屋敷に引き取られ、隊士の治療に携わるようになってから日記はほぼ毎日書いている。治療のこと、蝶屋敷での出来事、ふと思ったことを、まとめているものだ。

 しかし今日、アオイは未だ何も書けずにいる。机の上に筆と墨汁を置き、日記を開いたまま、一文字も書けていない。筆が進まなかった。

 

「・・・はぁ」

 

 そうなる理由は考えるまでもなく、暁歩との喧嘩だ。

 『薬が苦い』と訴える善逸の薬の調合を変えるか否か。答えが分かりきっているようで分からないこの問題に、価値観をぶつけ合った結果喧嘩別れのような形になってしまった。

 それから暁歩は、何度かアオイに話しかけようとしていた。その時の話をしようとしていて、かつ雰囲気から謝ろうとしていたのは分かっている。

 けれど素直に応えられなかった。それは、どこか自分の中で相手に謝らせることに申し訳なさを抱く、意地のようなものが働いたからでもある。真面目なような捻くれているようで、自嘲気味になる。

 しかしながら、蝶屋敷の空気を悪くしてしまった自覚があるし、その一端に自分があるのも分かる。だが、自分が避け続けていた相手に、夜も更けた今になって謝りに行くのも若干気が引けた。

 自分の感情に振り回されて溜息を吐くと、障子戸がトントンと叩かれる。

 

『暁歩です。夜遅くにすみません』

「・・・何ですか」

『少し、お時間をいただいてもよろしいですか?』

 

 障子戸の向こうから伝わる申し訳なさそうな言葉に、アオイも腰を上げる。

 障子戸を開けると、後ろめたい気持ちを抱いているのが分かる表情の暁歩がいた。今、アオイ自身の顔はどういう風に見えているのだろう。

 流石にここまで来ると、追い返したり無視したりすることはできなかった。ただ、その場で話をするのも何だったので、二人は屋敷の南の縁側へ移動し並んで座る。星空が綺麗だった。

 

「昼間はすみませんでした」

 

 そうして座ってから少しの沈黙を挟み、暁歩が先んじて頭を下げて謝ってくる。

 その謝罪の言葉を伝えられ、態度を示されて、アオイもようやっと自分の中の蟠りが解けたような感じがした。

 

「あの時は、自分の意見を言うことに精一杯でしたけど・・・アオイさんの意見は正しかったんです。それなのに俺は、アオイさんの意見をただ否定するだけで・・・。怒らせてしまって、ごめんなさい」

 

 今日一日、ずっと言えなかったことを全て伝え、そして頭をまた下げる。

 暁歩の言葉を聞いてアオイは、考えることは同じかと内心可笑しくなって口を開いた。

 

「私も少し、頑ななところがありました。それで暁歩さんの気を悪くさせてしまったり、傷つけてしまったのなら、私も悪いです」

「傷ついたなんてことは・・・」

 

 多少心が痛みはしたが、再起不能に陥るほどでもない。暁歩は慰めるのとも違うが、アオイの言葉を否定した。

 

「・・・元々、私には暁歩さんやしのぶ様のように、薬に関する知識はありませんでした」

 

 星空を見上げながら、アオイはおもむろに話し出す。暁歩は同じように夜空を見て、耳を傾けることにした。

 

「私は本来、鬼殺隊に入ることを志願していました。そのための修業もして、最終選別に参加したのですが・・・生き延びても自分に自信が持てず、戦うことを恐れてしまって。結局鬼狩りの任務には就けませんでした」

 

 それを聞いて、暁歩は目を見開き、息を呑んだ。

 ここへきて一年余り、アオイの境遇を初めて聞いたが、鬼殺隊に入る時のことや、それから今に至るまでの経緯は、自分と似ていた。意外な共通点に、暁歩も驚いている。

 

「それでも、この蝶屋敷で何かできることがないかと思い、しのぶ様に薬の調合を教えてもらったんです。それで、鎮痛剤や止血剤、それと機能回復訓練で使う薬湯など簡単な薬は自分で調合できるようになりました」

 

 その話は暁歩も聞いている。自分がここに来る前は、そう言った薬はアオイが作っていたと、しのぶは言っていた。

 

「戦いに出られない・・・腰抜けな私は、責めて傷ついた皆さんが一日でも早く戦場に戻れるよう尽力するべきだと思っていたんです」

「・・・」

「だから、暁歩さんが『時間をかけても』治るようにってつもりで調合を変えようとしたことに、ついカッとなってしまって」

 

 星空から暁歩へと視線を移す。

 そして、頭を下げる。

 

「意地を張って答えないでいましたが・・・私こそすみませんでした」

 

 その言葉を聞き届けると、暁歩は『大丈夫ですよ』と笑って声をかける。

 アオイが顔を上げた。

 

「・・・アオイさんの意見も正しかったんですよ。それを俺が素直に聞き入れられなかっただけで」

 

 アオイが怪我人のことを考えてああいう言葉を言ってくれたことに、暁歩は既に気付いている。冷静になれずに気づけなかった自分が恥ずかしくて、頭の天辺を掻いて、暁歩は苦笑を浮かべた。

 

「アオイさんの過去のことを初めて聞きましたが、自分とほとんど同じで驚きです」

「え?」

「俺も最終選別を生き延びましたが、結局その時のことがトラウマで、戦えなくなった身ですから」

「でも、この前は・・・」

 

 桐蔓山のしのぶの任務に同行したこと。

 夜道で鬼に襲われそうになったアオイを助けたこと。

 それらは暁歩の『戦えなくなった』という言葉とは異なることだ。

 

「一応鍛錬は続けていて、最低限の動きはできましたし、桐蔓山に同行したのも少し事情がありまして・・・」

 

 その事情について詳しくは言わない。今それは重要なことではないからだ。

 

「でも、アオイさんが俺と似た境遇だったのは、驚きですし、安心もしました」

「安心?」

「はい。今までアオイさんは生真面目な人だって思ってたんですけど、共通点があると親しみやすいと思って」

 

 アオイの表情は、驚きに満ちる。自分に対して『親しみやすい』なんて、初めて言われたから。

 

「まあ俺も、今日のことでどうも優柔不断というか、情に流されやすいところがあると分かりました・・・。だから、アオイさんが真面目にテキパキしてくれるのは、ありがたいんです」

 

 自分にできる限りの優しい笑みを、暁歩は浮かべる。

 

「だからこれからも、よろしくお願いします」

 

 改めて、これから先世話になることを伝えて、また首を垂れる。

 しばし沈黙したアオイは、少しだけ笑みを浮かべた。

 

「・・・こちらこそ、どうぞよろしく」

 

 お互いに顔を上げて、少しの間笑みを浮かべ合う。

 やがて、暁歩が『さて』と言いながら立ち上がって。

 

「それでは、しのぶさんのところへ行きましょうか」

「しのぶ様・・・どうしてですか?」

「仲直りしたら、一緒に来るよう言われてるんですよ。屋敷の空気を悪くしたって」

 

 アオイは夕食の時、食卓が若干重苦しい雰囲気になっていたのを思い出して、『あー・・・』と罰が悪そうに声を洩らす。その原因の一端は自分でもあるので、全く反論できない。

 

「・・・そうですね。それでは、一緒に怒られましょうか」

 

 アオイが冗談めかして言うと、暁歩も頷く。

 けれど二人は、しのぶに怒られることを恐れているようではなく、少しばかり清々しい様子だった。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 翌日。

 

「いーやー!!」

 

 今日もまた、蝶屋敷に響き渡る善逸の叫び声。もうすっかり慣れてしまったので、蝶屋敷の面々も苦笑する程度でしかない。流石に至近距離で聞くのは嫌なので、同じ病室で看病をしているきよやすみ、なほは耳を塞いでいたが。

 

「結局苦いままだよ~!俺の薬飲みやすいようにするって言ってたのに~!」

「すみませんね・・・」

 

 耳を塞ぎつつ苦笑して頭を下げる暁歩。

 善逸が一旦落ち着いたところで、暁歩は話しかける。

 

「ただ、善逸さんが一日でも早く戦いの場に戻れるようにしなければなりませんから」

 

 それを聞いてきよ、すみ、なほは、ほんの少し引っ掛かりを覚える。昨日は同じようなことを、アオイが言っていたと思ったから。けれど善逸は気にしていないのか、なおも止まらない。

 

「だからって苦いんだよ~!」

「痙攣がなくなったということで薬の調合も変わってるんですけどね・・・症状が改善されれれば薬の量も減りますから」

 

 暁歩が優しく諭しても、善逸はなかなか納得がいかない様子。

 しかしながら、そこへアオイがやって来た。

 

「また文句を言っているんですか?」

「ええ、まあ・・・」

 

 振り返って暁歩が苦笑すると、アオイは短く息を吐き善逸に詰め寄る。

 

「飲みやすいようにしたいのは山々ですが、あなたの怪我は一番ひどくて、治るのに時間がかかるんです!苦いのは仕方がないんです!」

 

 そこでまたしても、きよたちはアオイの言葉を聞いて瞬きをする。同じようなことを、昨日は暁歩が言っていたような気がすると。

 それでようやく、三人は気付くことができた。暁歩とアオイは、ちゃんと仲直りができたんだと。

 

「善逸くん、頑張って飲んでください」

「身体が元通りにならなくても知りませんからね!」

「ひどいよー!二人揃ってひどいよー!!」

 

 暁歩とアオイの言葉に、善逸は涙して抗議する。

 だが、きよたちは少しだけ微笑ましい気持ちになりながら、炭治郎と伊之助の看護を続けた。




≪おまけ≫

 暁歩とアオイは、仲直りを遂げるとしのぶの私室へと赴いた。今度はアオイ同伴で、前回同様無断で入ることにはならず問題ないため、まずは暁歩が障子戸を軽く叩く。

『はい』
「暁歩です・・・」
「アオイです」
『ああ、来てくださったのですね。どうぞ』

 中にいるしのぶの声は、至って普通だ。
 ただ、暁歩とアオイは分かっている。自分たちは屋敷の空気を悪くしたことで、これから怒られるのだと。先ほどは仲直りできたことで多少気持ちが晴れやかになったが、今改めて柱に怒られるというのが少し怖い。
 ただ、声からしてあまり怒っている様子が無いので、大丈夫かなと一抹の希望を宿して障子戸を開けると。

「こんばんは、お二人とも」

 しのぶが仁王立ちしていた。
 それを認識した直後、暁歩とアオイの表情が凍り付く。

「今夜は、寝かせませんよ?」

 笑顔で告げたしのぶの言葉に、二人は決意した。
 二度とこの屋敷で喧嘩するのはやめよう、と。
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