蝶屋敷の薬剤師   作:プロッター

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箸休め程度のお話その2です


幕間:蝶屋敷の食卓

 蝶屋敷の食事は、基本的に交代で作ることになっている。

 献立はその日料理を作る人に全面的に任されており、食材も贅沢をしなければ困ることはない。

 それぞれが作る料理の傾向は、きよ、すみ、なほの三人は煮物系、アオイは色々な料理を作れる。暁歩もたまに台所に立つこともあるが、その際は実家の経験を生かした薬膳を振る舞っている。

 その中でもしのぶは、一番料理を作るのが上手く、かつ料理の種類も豊富だ。さらに、蜜璃からハイカラな料理を教わることが多いから、食卓に見慣れない洋風の料理が並ぶこともある。

 

「わぁ~、これ何ですか?」

「甘露寺さんから教わった、カレーライスという料理です」

 

 その日の夕食で食卓に上がったのは、白いご飯の盛られた皿に、野菜と少しの肉が混じった茶色いトロっとしたものが一緒に載っている不思議な料理。あまり嗅いだことのない、それでいて美味しそうな香りがする。

 そんな見慣れない『カレーライス』に、きよやすみ、なほは興味を示していた。

 

「もしかして、あの本に載っていた料理ですか?」

「ええ。今日はちょっと時間に余裕があったものですから」

 

 蜜璃から料理の本をもらったことを知っていた暁歩は、すぐに納得する。

 やがてアオイとカナヲも席に着き、『いただきます』と手を合わせて、全員が早速そのカレーライスに匙を伸ばす。

 

「美味しいですぅ・・・」

 

 そして一口食べたきよが、表情を綻ばせた。なほとすみも同様に、カレーライスを口に運ぶと未知の味と触感に顔を輝かせている。

 

「ん・・・美味しいです。確かに」

 

 少し辛いような、それでいてしつこくない。そんな初めての味に暁歩も驚きを隠せず、表情が綻ぶ。その正面に座るアオイもまた、新しく美味しいものに出会えたことに嬉しさを覚えているのか、唇が緩んでいた。

 そんな皆の反応を見て、しのぶは安堵の息を洩らす。

 

「よかった・・・せっかく甘露寺さんから教わったので、上手く作れなかったらどうしようと思いましたから・・・」

 

 言ってしのぶも、カレーを一口食べる。よく味わってから、自分でも美味しいと思ったのか満足そうに頷いていた。

 

「甘露寺さんは、料理が趣味なんでしたっけ」

「ええ。男の人は料理ができる女性を好むらしくて、それで自分で挑戦しているのだとか」

 

 聞いてみた質問に、しのぶは笑みを浮かべたまま答える。

 蜜璃の鬼殺隊入隊理由を知っている暁歩としては、その理由に関しては『蜜璃らしい』と思った。

 

「暁歩さんはどうですか?料理ができる女性というのは」

「はい?」

 

 だが、しのぶから投げかけられた問いには思わず間の抜けた声が洩れてしまった。

 恐らくは、しのぶも特に深い意味を込めて訊いたわけではないのだろう。だが、今の暁歩は、その質問にも何か『深い意図』が隠れているのではないかと邪推してしまう。アオイやきよたちも、ちらちらと気にしているような視線を向けてきているので、余計に焦りが生まれる。

 

「・・・まあ、そうですね。料理が上手な人だと、ありがたいと思います」

 

 悩んだ末に、無難な答えを返しておく。

 暁歩にとって意中の人はしのぶであり、その料理の腕は確かなものだ。けれど、あまりにも直球で『そういう女性がいい』と言うと逆に悟られかねないから、そう言えなかった。

 

「・・・・・・」

 

 だが暁歩は、受け答えに真剣になりすぎたために、珍しくカナヲが興味を示していたことにも気づけなかった。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 カナヲが鬼殺隊に入った理由の一つに、アオイたちのように家事や治療ができなかったから、というものがある。患者の治療をするのは難しくて、家事もまた同じ。特に家事の中でも料理は、幼いころからずっと挑戦しようとしてみたが、他の皆の手伝いをするのがせいぜいだった。

 さらに、鬼殺隊に入隊して以降、しのぶからは『とにかく鬼を斬るように』と教え込まれたので、家事や治療に対する興味も一層薄れていた。

 だが、ここ最近になってそんなカナヲの意識も改善されつつある。

 そのきっかけは、炭治郎との出会いだった。

 心を開かないでいたカナヲに、『心の声に正直になろう』『心のままに生きよう』と優しく告げた、お日様のように温かいあの少年。

 そんな彼と出会ってから、カナヲの中には温かくて、純粋で、真っすぐな感情が宿っている。

 

 ―――男の人は料理ができる女性を好むらしくて

 ―――そうですね。料理が上手な人だと、ありがたいと思います

 

 ふと、しのぶと暁歩の会話を思い出す。

 先日の夕食の席での二人の会話に、少しだけカナヲは興味を示していた。

 そして、もしも自分の作った料理を炭治郎が褒めてくれたら、何て想像までしてしまう。

 

 ―――すごく美味しいよ、カナヲ

 

 思い浮かべるだけで、カナヲの胸が温かくなる。

 しのぶには、自分の中での変化を伝えていたが、ころころと微笑むだけで詳しくは教えてくれなかった。

 それはさておき、いずれは炭治郎に作るにしたって、カナヲは料理を自分だけで作ったことがない。それでいていきなり作って渡しても失敗するであろうことは分かる。

 なのでまずは、自分で作って味見してみようと思う。

 しのぶが『カレーライス』なる料理を作っていた時、カナヲはそばで作っているところを見ていたし、その動きも覚えている。それを完璧に真似れば大丈夫なはずだ。伊達に優れた視力を持ってはいない。

 そう考えてカナヲは、早速料理に取り掛かる。

 だがこの時、しのぶにちゃんと聞いて教えを乞うという考えにはまだ至れなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 動きを覚えていれば完璧に作れるほど、料理も簡単ではない。

 そんなわけで、料理には失敗した。

 

「・・・・・・」

 

 焦がしはしなかった。だが、その色合いはしのぶが作っていたそれとは大分異なり、具材も溶けかかっている。さらに料理をしている間、うっかり指を切ってしまうことも多々あって、正直鬼と戦うのより難しいと思ってしまったほどだ。

 

「カナヲさん?」

 

 後ろから声を掛けられて、肩が震える。

 振り返ると、暁歩が食卓に入ってきたところだった。

 

「珍しいですね、カナヲさんが台所に立つなんて」

 

 煎じ薬を作る鍋を洗うために来たのだが、珍しいと言うより初めて見る光景に驚いた。何しろこの蝶屋敷に来て以来、カナヲが台所に立っているのは自分の知っている限りでは見なかったから。

 そうしてカナヲの下へと近づくと、その目の前にあった鍋の中身を見て苦笑する。

 

「あー・・・カレー、でしょうか?」

「・・・分かるの?」

「まあ、匂いが似ている感じがしましたから。色はちょっと違いますけど・・・」

 

 だが、カナヲの表情は浮かない様子。もともと感情表現が豊かというわけでもなかったが、雰囲気は若干沈んでいるようだ。

 そこで察する。どうやらカナヲは、カレーを作ろうとして失敗したらしい。しかし、一度これを見た以上はこのまま引き返すのも、暁歩はどこか忍びない。

 

「よければ、これちょっと食べてみてもいいですか?」

「・・・?」

 

 引けないからこそ、暁歩は少しだけ食べてみようと思った。

 カナヲは疑問、または遠慮の気持ちを示すように見てくるが、暁歩は首を横に振る。

 

「もしかしたら色が違うだけで、美味しいかもしれませんし」

 

 そうして戸棚から匙を取り出して、ルゥを一口分掬う。

 だが、そのとたんに暁歩の中で嫌な予感がチリチリと炙るように主張し始めた。しかしここまで来てしまっては、やめることもできない。おまけにカナヲも、暁歩の反応が気になるのかじっと見てきているので逃げるなど許されない。

 意を決して、暁歩は口を開く。

 

「いただきます」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 その日の夕食の時間。

 食卓に一番最後に姿を見せたしのぶは、そこにいる人を見て首を傾げる。

 

「おや、暁歩さんは?」

 

 自分が来る前には必ずいて手伝いをしていたはずの暁歩が、姿を見せていない。その疑問に答えるように、台所に立っていたアオイが振り向く。

 

「それが暁歩さん、胃の調子が悪いみたいで夕食は要らないとのことでした」

「あら・・・医者の不養生でしょうか?」

「心当たりを伺っても『何でもない』の一点張りで・・・。今は調剤室で胃薬を作っているようです」

「大事に至らなければいいですけど・・・」

 

 突然胃を痛めたという暁歩を案じながら、しのぶは自らの席に座る。きよたちも心配そうだった。

 すると、近くの椅子に座っていたカナヲが委縮しているように座っていることに気付いた。

 

「カナヲ、どうかした?」

「・・・なんでもないです」

 

 そうは言うが、いつもと違うカナヲの様子が少し気になったしのぶ。だが、その意識もアオイがそばに置いた味噌汁の良い香りに持っていかれてしまう。

 そんな中で、調剤室で暁歩が鬼のような形相で胃薬を調合しているのを知っているのは、カナヲだけだった。




本編の方も本日夜に投稿予定ですので、お待ちくださいませ・・・。
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