蝶屋敷の薬剤師   作:プロッター

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第5話:恋柱・甘露寺蜜璃

 蝶屋敷にやってきてから、もう一か月が過ぎた。

 当初は薬剤師として着任し、問診や包帯の巻き直しなどをコツコツと続けていた暁歩も、これぐらいの時間が過ぎると実際に怪我の治療を学び始める。

 重点的に教わったのが、創傷の縫合。つまり深い切り傷を縫って塞ぐのだが、これが蝶屋敷に運び込まれる隊士の怪我で一番多いからだと言う。

 実際にアオイやしのぶが隣について、暁歩に指導をしながら処置をする。切り傷とは見ていてとても痛ましいもので、暁歩も目を背けたくなるが、それでは処置ができないし、何より命懸けで戦っている隊士にも失礼だ。心を乱さないよう意識して、糸を通す。

 次に多いのは骨折。大体は患部を固定することで事足りるのだが、時と場合によっては切開してでも固定をする必要があるらしい。まだそのような事態になったことはないが、いずれはあるかもしれないというのが、しのぶの談だ。

 ここまで本格的な怪我の治療は、暁歩もやったことがない上に、怪我人の命に関わるので少しも気を抜ける暇がない。薬を調合する時も気は抜かないが、これは直接怪我人に触れているから、ちょっとしたズレが患者の負担につながる。

 

「大丈夫です、落ち着いて・・・」

 

 実際に暁歩が治療に当たる時、しのぶがこうしてすぐ傍で落ち着かせるように言ってくれるので、不思議と不安はなかった。言われた通り落ち着いて、ゆっくりと処置をすれば失敗することは無かった。

 だが、いずれは一人でやらなければ到底役に立てないから、こうした治療に慣れていかなければならないだろう。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 そして今日、治療中だった隊士が完治して任務に復帰することになった。

 

「色々お世話になりました・・・また怪我した時は、お願いしますね」

「頑張ってください!」

 

 蝶屋敷の門戸の前で見送るのは、暁歩とアオイ、きよ、すみ、なほの五人。しのぶも見送りに出ることがあるが、今はたまたま手が離せないらしい。

 そして見送りと同時に、『鬼を斬る』ゲン担ぎで作ったおにぎりの入った風呂敷をきよが手渡す。こうしておにぎりを渡し、見送りに出るのは習慣のようなものとアオイは言う。戦わない、戦えない者として、戦いを生き抜けるよう無事を祈るために。

 

「ご武運をお祈りいたします」

 

 最後にアオイが切り火をして頭を下げると、隊士は出発する。きよ、すみ、なほは手を振って見送り、暁歩もアオイと同様に頭を下げる。

 やがて姿が見えなくなると、病床の後片付けなど各々は次の行動に出る。

 

「そうだ、暁歩さん。鎮痛剤は残っていますか?」

「作り置きしたのがまだあるよ。何か必要だったり?」

「いえ、先ほど発った方に多めに処方していましたので、少し気になったんです」

 

 すみが訊ねると、暁歩は調剤室に作り置いてある薬の量を思い出しながら答える。

 暁歩もきよ、すみ、なほの三人と大分打ち解けた今では、敬語ではなく普通の口調で話している。と言っても、自ら変えようと意識したわけではなく、きよたちが長いこと他人行儀な喋り方の暁歩を見て少し残念そうだったから、根負けに近い。

 しのぶも言っていたが、この蝶屋敷で暮らす皆は家族同然の関係だ。だから、打ち解けられたのに敬語のままだったのが、嫌だったのかもしれない。

 けれど暁歩は、まだアオイやカナヲ、しのぶに対しては敬語を使っている。その辺りの線引きは難しいものだ。アオイは真面目な雰囲気がして、カナヲは距離感が掴めないから。しのぶも同い年ではあるが、どこか砕けた口調で話しかけることに腰が引けた。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 一か月もあれば、どんな薬を使う機会が多いかは大まかに把握できる。元々『こういう薬はよく使う』と教えてもらっていたので、今のところは作り置きが無くなることもない。

 幸いにも、今朝快復した隊士が出発したのをもって、現在蝶屋敷で治療を受けている人はいなくなった。誰もここに運び込まれないほど無事ならそれでいいが、鬼との戦いはそんなに生易しくない。またいつ重症者が運び込まれるかは分からないから、それに備えて薬はさらに作り置いておく。

 

「解毒薬か・・・」

 

 傍らに開く覚書に、解毒薬の調合方法がある。

 毒に関しての薬の指導はまだ受けていない。解毒薬を学ぶにあたっては、毒についての知識がなければならないし、それはしのぶがいずれ教えると言っていた。だから、これに関してはもう少し後になるだろう。

 けれど今は、治療中の隊士もいないので少し時間に余裕がある。なのでこの時間に教えてもらえれば幸いと思ったが、しのぶも柱として多忙な身だからどうかは分からない。

 

(大丈夫かな・・・)

 

 柱として、と考えるとついつい不安になってしまう。

 無事を祈っているのはもちろん、内面を知ってからは身を案じることが増えている。強い自分を保っているのは間違いないが、いつかどこかで疲れてしまうのではないかと不安だった。

 それに、しのぶと話をして、暁歩は失っていた自信を取り戻せたのだ。今や暁歩にとってしのぶとは、恩ある人であり、同時に身を案じる大切な人でもある。

 

「・・・悩んでてもしょうがない」

 

 立ち上がって調剤室を出る。手には、解毒薬の覚書を持って。

 しのぶの予定を詳細には把握していない。だから、まずは訊いてみなければ話が始まらないし、もし予定があったり疲れているようならそれを尊重し、教わるのはまたの機会にする。

 

「ごめんくださ~い」

 

 しかしそこで、玄関から誰かの声が聞こえた。

 今きよたちは洗濯中だし、アオイも備品を確認すると言っていたからすぐには出られないだろう。仕方なしに、暁歩が玄関へ向かって客人を迎えることにした。

 

「はい、どちら様です・・・か」

 

 ところが、玄関でその客人を見た途端に、表情が固まった。

 訪れたのは女性で、鬼殺隊の証である黒い詰襟を着ている。

 だが、その詰襟は寸法が合っていないのか、胸の部分だけボタンを留めておらず乳房が見えかけている。下はハイカラなスカートで、腿が露出していた。

 そして何と言っても目を引くのは、女性の髪の色だ。薄い緑と桜色の二色に染まり、服と相まって非常に奇抜に見える。

 

「えっと・・・しのぶちゃん、いますか?」

 

 暁歩が硬直したので吃驚していると思ったのか、珍妙な風貌の女性は暁歩に微笑みながら声をかける。そこで暁歩の意識も平常に戻り、確認する。

 

「いますけど・・・あなたは?」

「甘露寺と言います。甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)です」

「甘露寺さんですね。少しお待ちを」

 

 踵を返して、まずはしのぶの部屋へ向かう。

 それにしても、鬼殺隊にも女性の隊士が少数とはいえいることを知っていたが、あんな風体の人までいるとは思わなかった。暁歩も度肝を抜かれたものだ。

 ただ、しのぶを名前で『ちゃん』付けで呼ぶということは結構仲が良いのかなと思いながら、しのぶの私室の障子戸を叩く。

 

「暁歩です。甘露寺さんと言う方が、しのぶさんにご用があるようです」

『ああ、はい。すぐ向かいますね』

 

 驚いた様子もなく、しのぶは戸を開けて玄関へ向かう。暁歩もその後ろに続く。

 

「暁歩さんは、甘露寺さんと会うのは初めてですよね?」

「はい。どんなお方なんですか?」

 

 玄関へ向かいながら、暁歩を振り返ってしのぶはにっこりと笑う。

 

「甘露寺さんは私と同じ柱、恋柱ですよ」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 素性が知れたことで、暁歩は安心と同時に大変申し訳ない気持ちになった。

 

「すみません、先ほどは存じ上げなかったもので・・・」

「ううん、気にしないで大丈夫!知らないのも仕方ないし・・・」

 

 暁歩が土下座する勢いで頭を下げると、蜜璃は首と手を横に振る。

 蜜璃を屋敷に上げて、今は客間に場所を移している。机には三つの湯飲みが置いてあり、暁歩はしのぶの隣に座り、蜜璃はしのぶの正面に座っていた。

 一般の隊員が柱と顔を合わせる機会はそこまで多くない。ましてや暁歩も、ずっと蝶屋敷にいるものだから柱の名前さえも知らなかった。唯一知っているのは、しのぶの話で出た岩柱の悲鳴嶼と言う人だけだ。

 

「急に来て驚いちゃったよね?」

「確かに驚きましたけど・・・」

 

 暁歩は急に柱が来たから驚いた、と蜜璃は思っているらしい。確かに暁歩はそれに驚きはしたが、それ以上に蜜璃の外見に驚いた。両者の微妙な食い違いに気付いたしのぶは、少しだけくすっと笑う。

 

「改めまして・・・ここで薬剤師として世話になっている佐薙暁歩です。よろしくお願いします」

「あ、ご丁寧にどうも・・・」

 

 畏まって自己紹介をすると、蜜璃も頭を下げる。

 

「薬剤師ってすごいね~。しのぶちゃんと同い年なのに、お薬とか作れるんだ?」

「ええ、まあ・・・今はそこまで難しい薬は作れないですけど」

 

 蜜璃は元々誰とでも仲良くなれる性格なのか、初対面の暁歩に対しても結構積極的に話しかけてくる。一方暁歩はそこまで慣れていないので、距離感が掴めずに尻込みしている。そんな二人の様子を、しのぶは静かに笑って見守っていた。

 

「ところで甘露寺さんは、しのぶさんに何かご用事が?」

「ううん、ただちょっとお喋りしに来ただけだよ」

「甘露寺さん、よくウチに来られるんですよ。アオイたちとも仲良くしてくれて」

 

 元々二人は、柱の中で同じ女性ということから仲が良いらしい。

 そんな蜜璃が手土産の三食団子を取り出して、しのぶとお喋りに興じる準備に差しかかる。もう自分は用なしだろうと思い、暁歩は湯飲みを持って腰を上げた。

 

「では、自分はこれで。何か入用がございましたらお呼びください」

 

 笑みを浮かべて一礼して、暁歩は客間を出ようとする。

 しかしそこで、何やら蜜璃が感心したように暁歩を見上げているのに気づいた。しかも見上げる視線が妙に熱っぽい。

 

「あの・・・何か?」

「え、ううん・・・えっと・・・」

「ああ、気にしなくて大丈夫ですよ。甘露寺さんはこういうお方ですから」

「・・・?」

 

 達観したようなしのぶの言葉に、恥ずかるように縮こまる蜜璃と、どういうことか分からない暁歩。しのぶの言い方に含みがあるせいで、素直にその場を離れられなくなった。

 

「甘露寺さんは、まあその・・・結構気が多い方と言いますか。それで、色々な方に心惹かれる性質なんですよ」

「はぁ・・・」

 

 聞いたところで疑念が晴れるわけでもなかった。

 気が多い性格という点に関しては特に異論はないが、『なんで自分なんかに?』とは思う。

 

「・・・今の自分のどこに惹かれたんですか?」

「えっと、丁寧なところとか・・・」

 

 暁歩は、自惚れたり有頂天になっているわけではない。純粋な疑問を投げかけると、改めて聞かれることが恥ずかしいのか、蜜璃は視線を逸らして目を伏せがちに答える。

 大真面目に訊く暁歩と、ひどく赤面する蜜璃。この二人の対比が面白おかしいものだから、ついしのぶは吹き出してしまった。

 

「しのぶちゃん笑わないでよ!」

「いえ、すみません・・・。ただ、そうして真面目に訊き返される甘露寺さんも見たことがなくて、つい・・・」

「もー!」

 

 笑われたことも恥ずかしいのか、抗議する蜜璃。

 この緩い空気に中てられて、素直に立ち去ることもできなくなり、致し方なく暁歩は再び腰を下ろす。

 さて、蜜璃は未だ恥ずかしさから立ち直れていないらしいので、少し話題を変えることにした。

 

「甘露寺さんは恋柱、とお聞きしたのですが、恋の呼吸を会得してるのですか?」

 

 柱に属する隊士は、それぞれが極めた呼吸の名を関した柱を名乗っているとしのぶが聞いている。しのぶも蟲の呼吸から『蟲柱』と呼ばれているため、『恋柱』の蜜璃は恋の呼吸を使うと予想していた。

 蜜璃も、ようやく恥ずかしさから脱したのか、顔の紅みも引いて頷く。

 

「うん・・・元は煉獄(れんごく)さんから炎の呼吸を教わっていたんだけど、どこをどう間違ったのか・・・」

 

 呼吸法にはいくつか派生形があり、恋の呼吸は炎の呼吸から派生したものらしい。

 蜜璃はもともと、炎柱の煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)が継子として修業をつけていたが、独自の才能を開花させた結果柱にまで上り詰めたとのことだ。

 

「すごいですね・・・継子で、しかもご自分で呼吸法を編み出すなんて」

「ううん、そんな大したことないよ!派生形ができることは珍しくないし、私だって稽古は泣きそうになるほど辛かったし・・・」

 

 謙遜する蜜璃だが、暁歩は同時に同情と尊敬の念を抱く。

 暁歩が空見から全集中の呼吸を教わった時は、とてつもない苦労を重ねた記憶がある。肺を大きくするために死ぬほど鍛えて、それこそ蜜璃の言う通り泣きそうになった。自分で呼吸法を編み出すなんて考えたこともない。

 そして、男の暁歩が音を上げたのに、蜜璃はその修業を成し遂げた上に独自の呼吸法まで開花させたのだ。尊敬せずにはいられない。

 そこまで至るには、よほどの向上心、あるいは強くなるための理由があるのだろう。それを考えると、暁歩も少し心が暗くなる。今はこうして明るく振る舞う蜜璃も、しのぶと同じように大切な誰かを喪ったり、悲惨な過去を経験しているのかもしれない。

 

「でも、もっと強くなって素敵な殿方と出会いたいから・・・」

「はい?」

 

 蜜璃がぼそぼそと呟いたので、暁歩は聞き返す。

 すると蜜璃はにっこりと笑って、ともすれば頬も紅く染めて、照れくさそうに告げた。

 

「私ね、添い遂げる殿方を見つけるために鬼殺隊に入ったの」

 

 その入隊理由に、暁歩は硬直した。

 暁歩はもちろん、しのぶもそうだし、もしかしたら他の人たちも、鬼殺隊に入る人は皆それぞれ悲しい過去を背負っているものと思っていた。だから、それとは正反対に前向きな理由で入隊した蜜璃が新鮮に見える。

 しのぶは前にその話を聞いていたのか、大して驚いた様子はないが、目をしばたかせている。

 

「やっぱり自分より強い人がいいでしょ?女の子なら守ってほしいもの。男の子にはこの気持ち、分かってもらえるかなぁ」

 

 頬に手を当てて、理想の男性に出会えた時のことを想像しているのか、さらに顔を赤く染める蜜璃。分からなくもないが、柱より強い男性などそういないのではなかろうか、と暁歩は思う。

 

「しのぶちゃんはどう思う?」

 

 同意を求めて蜜璃はしのぶに問いかける。

 しのぶは緑茶を一口啜り、唇に指を当てて少し考える。

 女性がどんな男性を好むか、など暁歩には分からない。だから蜜璃の男性の判断基準が一般的とは言い切れないし、しのぶもそういったことは考えたことがないらしい。首を傾げて、困ったように笑う。

 

「どうでしょうかねぇ・・・。でも、蜜璃さんならいつかきっと素敵な方が見つかると思いますよ」

「ほんと?ありがとう~!」

 

 しのぶの言葉に蜜璃の表情が綻ぶ。暁歩としても、同じく蜜璃の幸せを願うほかない。

 

「あ、そうだ暁歩くん」

「はい?」

「暁歩くんはどんな子が好きなの?」

 

 それを聞いてくるか、と暁歩は心の中で頭を押さえる。

 

「すみません、正直考えたこともないです・・・」

「そっか・・・ごめんね。変なこと聞いちゃって」

「いえいえ」

 

 その答えは本音から来るものだ。

 今よりずっと昔、両親が生きていていた頃はぼやっと考えていた気もする。だが、ここ数年は色々なことが起きすぎてしまい、色恋に関して考えたことが全くない。

 蝶屋敷は女所帯だが、やはりそういう風に意識したこともないので、好みの傾向さえも分からない。強いて言うなら、初めてしのぶに会った時『綺麗な人だ』と思ったぐらいだ。

 しかしながら、やはりこれといった答えは出ない。困惑した様子の暁歩に蜜璃は謝るが、謝られることでもなかった。

 

「まあ、お互いにそういう人はいずれ現れるということで」

 

 しのぶが締めくくると、暁歩と蜜璃も頷く。

 そこで話がひと段落したので、暁歩は改めて腰を上げて、客間を後にした。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 後で聞いた話では、暁歩が客間を出た後できよたちとも少しお喋りをし、アオイとも軽く雑談を交わしたらしい。蝶屋敷の皆にとって、蜜璃は優しいお姉さんのような立ち位置みたいだ。

 そして帰り際、暁歩のいる調剤室を蜜璃が訪ねてきた。

 

「ちょっといい?」

 

 薬の資料を読んでいた暁歩が顔を上げると、蜜璃が手招きをしていた。しのぶはそばにいない。

 

「えっとね、こんなことを突然言うのもなんだし、上手く伝えられないんだけど・・・」

 

 顎に手をやって、むむむと唸る蜜璃。何を告げるつもりだろう、と暁歩は待つが、やがて考えがまとまったのか蜜璃は真っすぐに暁歩を見据える。

 

「しのぶちゃんて最初に会った時、すごく可愛い子だって思ったの。けど・・・どこか周りの人と違う感じがしてね」

「それは・・・性格とかの違いもありますし」

「でも、そういうのじゃなくて・・・お腹の中に黒い気持ちを抱えているような感じがしたの」

 

 蜜璃の言い分も分かる。

 雰囲気はその人を見ればある程度分かるが、その内に秘めている感情は読めないことが多い。だが、稀にその内側の感情を直感的に読み取れる人もいる。蜜璃はそういう人なのだろう。

 そして、その『黒い気持ち』にも暁歩は心当たりがある。

 それはここでは言えないが、恐らくはしのぶの経験した辛い過去、そしてそこから生まれた鬼に対する強い憎しみだ。その話を聞いていなければ、蜜璃の言葉を聞いてもさっぱり分からなかっただろうが、今ではすぐに分かる。

 

「それからちょくちょく、ここにお邪魔してお話してるんだけど・・・やっぱりその『黒い気持ち』は感じていたのよ」

「・・・」

「でも、今日のしのぶちゃんはちょっと違ったかなって」

 

 蜜璃が視線を横に向ける。その先には、蜜璃からもらったと思しき何かの冊子に目を通しているしのぶがいる。暁歩も釣られて、しのぶの方を見た。

 

「今日はその『黒い気持ち』をあまり感じなかったし、私と暁歩くんが話してる時、思わずって感じで笑ってたでしょ?あれは何か、素のしのぶちゃんって感じがした」

「本当ですか?」

「確証はないけどね」

 

 素のしのぶ、とは蝶屋敷で暮らす暁歩でも詳しくは分からない。四六時中一緒にいるわけでもないし、感情を隠す微笑みとは違う表情を見せてくれるようになったとはいえ、やはり本当のしのぶの姿とは、分からなかった。

 それでも、自信なさげにはにかむ蜜璃が、出まかせを言っているようには思えない。

 

「鬼殺隊には、心が強い人も、弱い人もいる。しのぶちゃんはきっと強い方かもしれないけど、その『黒い気持ち』もあるし、誰かの支えがあれば心強いと思う」

「・・・」

「だから、できる限りでいいから、しのぶちゃんのことを支えてあげて?」

 

 真っすぐな瞳を向けられて、胸の辺りがむず痒くなる。

 言葉の意味をよく理解してから、暁歩は口を開けた。

 

「それもちろん、できることなら・・・でも、どうして俺に?」

「あ、これはアオイちゃんたちにも言ってることなの。私は任務もあってたまにしか会えないから、蝶屋敷にいるみんなに支えてほしいなって」

 

 えへ、とおどけるように笑う蜜璃。

 誰とでも仲良くなれるだけでなく、誰かのことを気にかけて心配してくれている。そういう人なんだと、暁歩は蜜璃の人柄を理解した。

 

「それにね」

「?」

「しのぶちゃんが少し変わったのは暁歩くんが来てからだし、何かあったのかもと思ってね」

 

 蜜璃の言葉に、暁歩は少しばかり驚く。

 確証はない、あくまで蜜璃の印象の言葉だが、それでももしそうだとしたら、自分が背負うものは大きいと思う。

 

「・・・分かりました」

「分かればよろしい!なんてね」

 

 自信を持って頷くと、蜜璃が肩を気軽に叩いてくる。

 そして、暁歩としのぶに見送られながら、蜜璃は帰っていった。

 

「甘露寺さんと何を話されていたんですか?」

 

 見送って玄関を閉めると、しのぶが訊いてくる。

 蜜璃との話の詳細を明かすのは、少し憚られた。蜜璃がしのぶの内面に薄っすら気付いているとは言いづらいし、それを勝手に話すのも駄目だと思った。

 それでも一つだけ、言っておくことにする。

 

「・・・しのぶさんを支えてほしい、と頼まれました」

「あら」

「甘露寺さんって、とても仲間想いなんですね」

「ええ、その通りなんですよ」

 

 論点だけは、伝えておいた。

 実際支えてほしいとは言われていたし、それは暁歩も自分で決めていたことだ。以前自信を失いかけた時はできるか不安だったが、こうして誰かに頼まれると一層支えなければと決意する。

 しのぶも、そう言われたことが嬉しかったのか、少しだけふわっと微笑んだ。

 その笑みに、暁歩も心が温かくなった気がする。

 

「・・・ところで、そちらの冊子は?」

 

 暁歩は、しのぶの手の中にある小さな本を指差す。蜜璃が来る前は持っていなかったから、きっと彼女から貰い受けたものだろう。

 

「これは甘露寺さんからもらった、料理の作り方ですよ」

 

 蜜璃は料理が得意で、最近はカレーライスやコロッケなど、洋風の料理にも挑戦し始めているらしい。それで、その作り方をよくしのぶにも教えているのだそうだ。

 

「材料が揃えば、今度作ってみようかと」

「楽しみにしていますね」

 

 しのぶが作る料理は何度か食べたことがあるが、どれも美味しかった。加えて、ハイカラな料理は暁歩もまだ食べたことがないので楽しみではある。

 そして、戻ろうとしたところで元々暁歩はしのぶに何をしようとしたのかようやく思い出した。

 

「そうだ、しのぶさん」

「はい?」

「すみません・・・解毒薬と毒について、時間が空いている時にでも教わりたいんですけれど・・・」

「ああ、それでしたら今から教えましょうか」

 

 都合を訊く前にしのぶがうなずいてくれたので、暁歩は安心すると同時に少し心配になる。

 

「大丈夫ですか?しのぶさんにも予定とか・・・」

「問題ないですよ。取り急ぎの用事もありませんから」

 

 任務で疲れたりもしないらしく、暁歩はお言葉に甘えて教えてもらうことにした。

 そうして調剤室へ向かう間に、暁歩は思う。

 

(支える、か・・・)

 

 人を支えるというのは、色々なやり方がある。

 暁歩はしのぶのことを知って、何か吐き出したい気持ちがあれば受け止める、誰かを簡単に頼れない立場にいるからこそ頼ってほしいと伝えた。

 けれど、それだけで支えられているかと問われれば、難しい。蜜璃が言うには、暁歩が来て少し変わったらしいが、それでもまだ自信は持てない。

 支え方は、これから考えていかなければならないと、前を行くしのぶの小さな姿を見ながら思った。




≪おまけ≫

暁歩「それにしても、甘露寺さんの隊服はまた独特でしたね」
しのぶ「・・・あれはとある縫製係の独断で作られたものですよ」
暁歩「独断って・・・一体誰が―――」
しのぶ「言いたくありません」
暁歩「あっはい」
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