ゴブリンスレイヤーTAS 半竜娘チャート(RTA実況風)   作:舞 麻浦

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14/n 裏

1.そのころゴブスレさんたち

 

 準備を整えると言って街に下りていったゴブリンスレイヤーが、法の神殿に戻ってきたのは、午後遅くになってからだった。

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさん! 戻ったんですね!」すぐに迎えたのは女神官だ。「それで、これから早速水路に向かいますか?」

 

 夕方とはすなわち、小鬼にとっての早朝だ。本格的に潜るのは心もとないとしても、広大な地下水路から小鬼を駆逐するのであれば、少しでも早く着手すべきだろう。

 

「ああ、まずは一当(ひとあ)てする」ゴブリンスレイヤーは、当然のようにそう言った。

 

 それを予期していた女神官はもちろん、妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶ら一党の他の面々も、いつでも出られるように、準備は終わっている。

 

「かなり数が多いようだからな」とゴブリンスレイヤーが付け加えた。

 

「なぁに? まさか一人でもう潜ったの?」妖精弓手が情報の出どころを(いぶか)った。まさか無いとは思うが、ゴブリンスレイヤーなら、威力偵察と称して独りで先に潜るくらいやってもおかしくはない。

 

「おいおい長耳の。いくらかみきり丸でも、せっかくパーティー組んどるのに独りで潜るかい」鉱人道士が妖精弓手の言葉にちゃちゃを入れる。種族柄、衝突……というほどでもないが、じゃれあいの絶えない二人だ。

 

「いや、潜ってはいない」ゴブリンスレイヤーが頭を振った。「他の冒険者からの情報だ」

 

 そう言ってゴブリンスレイヤーは、幾つかの書き付けと、地図を取り出した。

 

「ほう、それがその情報とやらですかな」一党のマッパーを兼務する蜥蜴僧侶が、その地図を見るために、隆々とした身体を寄せてきた。「して、これの確度はいかばかりで?」

 

 蜥蜴僧侶の問いには、水の街の冒険者たちがどれほど信用が置けるのか、という含みがあった。

 いくらゴブリンが混沌の眷属の中では雑兵もいいところとはいえ、自らの街の地下に敵兵が居るのにろくに片づけられない同業者だ。

 余所者にどれだけの情報を回してくれるだろうか。

 

「心配ない」ゴブリンスレイヤーは、その含みに気づいたのか気づいてないのか、淡々と答えた。「この情報は、あの半竜の娘の一党からのものだ。もちろん、自分の目でも確かめるつもりだが」

 

「え゛、彼女たちも来てるんです?」女神官は波乱の予感に表情を固まらせた。ゴブリンスレイヤーも半竜娘も、どちらも頼りにはなるが、無茶苦茶なことをやりかねないというイヤな信頼もある。 

 

「ああ、水路を精霊に探らせ、地上からは結界を張って警邏しながら集めた情報だそうだ。祖竜術の、なんと言ったか……」ゴブリンスレイヤーが言いよどむが、すかさず蜥蜴僧侶がフォローした。

 

「【狩場(テリトリー)】の術ですかな。なるほど、ならば信は置けましょう。どれどれ……ふぅむ、かなりの数の小鬼が居るようですな」目玉をギョロギョロと動かしながら、蜥蜴僧侶が書き付けの束を素早く読み込む。「ふむ、魔神も出ておるようで」

 

「へえ! いいじゃない! 魔神討伐!」妖精弓手がぴょんと跳ねた。「冒険って感じで!」

 

「ゴブリンどもは前座ということかのう?」鉱人道士は思案げだ。黒幕が居るなら、術の使いどころは注意が必要だろう。「法の神殿じゃあ、そういう話はしておらなんだが」

 

「魔神はあらかた討伐済みのようですな。遭遇頻度が下がっておる様子。我が姪御殿が張り切ったようで。……ほう、郷里の軍師殿も滞在しておられたのか」蜥蜴僧侶は、書き付けや、半竜娘の精霊が調べた地下水路の情報を読み取り、手持ちの地下水路見取り図に反映させている。「しかし小鬼までは手が回らなかった、と」

 

「なあんだ、残念」妖精弓手は詰まらなそうに言う。

 

「私は魔神討伐はまだ荷が重いかなあ、なんて」あはは、と女神官は苦笑い。

 

「ともかく、ゴブリンだ。今回の奴らは、どうも船に乗るらしい」ゴブリンスレイヤーが、水路見取り図を指して続ける。「魔神だか何だか知らんが、入れ知恵したやつが居るのは間違いない」

 

「さらに言えば、増える速さが尋常ではありませぬ」蜥蜴僧侶がうなりながら紙束を返す。「百や二百じゃ足りますまい、しかもまだまだ増えそうですな」

 

「えぇっ!? いったい何処からそんな大軍が……」女神官の驚愕ももっともだ。「女の人の誘拐が、そんなに多かったとは聞いてませんよね?」

 

「これは推測だということだが」ゴブリンスレイヤーが情報を付け加える。「転移系の遺物でもあるのではないか、ということを言っていた」

 

「ほーう! そりゃあ、本当ならすごいことじゃわい!」鉱人道士が目を丸くする。「もしも持ち帰れたらひと財産じゃぞ?」

 

「興味がない」そんな意見をゴブリンスレイヤーは一刀両断。「むしろ小鬼にこれ以上悪用されないよう、封印すべきだ」

 

「えー、もったいない」妖精弓手が口を尖らせる。「そうだ! 法の神殿に買い取ってもらいましょうよ!」

 

「……ゴブリンが使えないようにすることが前提だ」渋々、ゴブリンスレイヤーは告げる。「好きにしろ」

 

「やった! 冒険って感じね!」また妖精弓手が跳ねた。「石だらけの地下に潜るのも、これなら我慢できそうだわ!」

 

「いやはや、しかし転移門(それ)があると決まったわけではありますまい。それに――」蜥蜴僧侶が慎重な意見を述べる。「きっと船が通れるくらいには大きなものでしょうや。運び出せますかな」

 

「あら、あなたの姪っ子が来てるんでしょ? 手伝わせればいいじゃない」うきうきと妖精弓手。

 

 確かに、半竜娘は、その術の構成からしてもそうだし、普段からも土木現場で副業をしている人間重機だ。

 大きなものを運ぶのに任せるのは適任だろう。

 

「なんにせよ――」厳かにゴブリンスレイヤーがまとめる。「――ゴブリンどもを皆殺しにしてからだ」

 

 ただのゴブリン退治ではない。

 

 迷宮のごとき地下水路と古代遺跡で、そこをねぐらにするゴブリンたちを皆殺しにする。

 しかも、相手は用船の知恵を得ているのだ、他にも思いもよらない戦術を学んでいる可能性もある。

 また単純に数が多く、増援も無尽蔵。

 

 

 油断せずに。

 

 慎重に。

 

 しかし徹底的に。

 

 

 

 ゴブリンどもを皆殺しにするべく、小鬼殺しの一党は動き始めた。

 

 

 

 

  ●○●○●○●

 

 

 

 

2.盗賊(ローグ)ギルドにて

 

 

 

 大きな街には、スラム街がつきものだ。

 それは、この美しい水の街でも例外ではない。

 

 街の門の外。

 水の流れに沿って粗末な建物が密集している。

 

 時刻は黄昏のころ。

 これから夕食の時間で、通りにはスープや焼き物のにおいが流れている。

 

 その中を目立つ二人組が歩いていく。

 

 一人は背の高い女。蜥蜴人のハーフなのか、群衆よりも頭二つは飛び出ている。

 艶やかな黒緑の鱗、後ろに伸びた二本角に長い尻尾は蜥蜴人の特徴だ。

 しかし、さらりと流れる黒髪に、豊かな胸元、凛とした(かんばせ)には、只人の特徴が表れている。

 目立つ異教の司教服に、手と尾には魔法の大篭手(ガントレット)

 凄腕の冒険者だろうと見て分かるからか、スラム街の住人も避けている。

 

 もう一人は森人の女。

 笹の葉型の耳に、金糸のような髪。森人特有の整って美しい顔。

 草木の色に染めた狩人装束に大弓を背負い、飄々と貧民街区を歩いていく。

 腰を見れば、森人には珍しいことに、交易神の聖印が吊るされて揺れている。

 

 いずれも美しい女たちだが、見るからに冒険者だ。

 

 すなわち、半竜娘と森人探検家だった。

 

 

「それで」

 

「何よ」

 

「その“印”というのは見つかったかや?」

 

「ちょっと、外ではそんなあからさまに言わないで。予習してきたでしょう」

 

「うむ……」

 

 彼女らが捜しているのは、違法な依頼も含めて請け負う『仕掛人(ランナー)』たちへの依頼を仲介する、ローグギルドだ。

 ローグギルドは街の暗部の存在であり、大っぴらに宣伝しているわけではない。

 ささやかな印、符丁。そういったものの積み重ねで隠されているのだ。

 

 後ろ盾のない彼らならず者たちは、つながりをこそ重視する。

 印や符丁を読み解ける者の――つまり信頼できる()()()()とつながりがあり、そのつながりによる保証(ケツ持ち)がある者の前にしか、彼らは姿を現さない。

 ある意味では臆病ともいえるだろうが、そのルールこそが、無法の世界に生きる彼らを守る唯一の掟なのだ。

 

「……こっちよ」

 

「うむ」

 

 半竜娘と森人探検家は、普段は野山や遺跡で冒険するが、その隠形は街中でもある程度は通用するものだ。

 

 あれだけ目立っていた二人の女冒険者が道を逸れたとき、彼女らの気配が消えうせた。

 

 

 …………。

 ……。

 

 

 何の変哲もない古物商。

 

 そこが、ミスター・ジョンソン(名無しの依頼人)が、名も知れぬ仕掛人(ランナー)たちに渡りをつけるべく、フィクサーへと話をつける場所――水の街にいくつかあるローグギルドの一つだ。

 

 そこでも独特の符丁のやり取りがあった。

 

「何かお探しで?」――「錆びた手錠。そして(やすり)よ」――「そちらは冒険者ですな。これからの仕事は何を?」――「クチナシの花を摘みに行く」――「なるほど。では6番で呼ばれたら奥まで」――「4の間違いでしょ?」――「それでよござんす」

 

 どうも、こちらの人相や時節によって、符丁が変わるのだという。

 その筋で基本を教わった上で、街中に隠された符丁を読み取ることで、そのコミュニティに接触する資格が得られるのだとか。

 

「おお」

 

「じろじろ見ない。行儀が悪い」

 

 案内された奥の間から地下に降りれば、そこは庭園であった。

 石と水と闇が、そして仄かに光る茸が作る、小さな生態系。

 

 その中央に、場違いにも繊細なティーテーブルとティーセット。

 

「ようこそ客人。さあ入りたまえよ」

 

 ティーテーブルの前に立つのは、執事風の服を着た闇人(ダークエルフ)

 

 さっと入ろうとする半竜娘を、森人探検家が引きとどめる。

 

 そして、すっと軽い会釈で腰を曲げたまま、森人と闇人は、しかし互いに目をそらさず口上を述べ始めた。

 

「お心遣いありがたく。しかし庭園の端から失礼仕るが、挨拶紹介させていただきたく。どうかお控えなさってくださいまし」――「ご挨拶のほどありがたく。しかし斯様な使用人の身の上故、どうかお控えください」――「こちら根なし草でございます、どうかお控えなさってください」――「いえいえ、お嬢様こそお控えなさってください」――「そうもまいりません、どうかお控えなさってください」――「なれば再三のお言葉ありがたく、心苦しくはございますが、お先に控えさせていただきます」――「お控えくださりありがとうございます。草臥(くたび)れ姿で失礼いたしますが、わたくし、深く赤い幹の大樹の森の出、師を樽に乗る者、緑衣の者に続くべく遺跡を荒らす身の程知らずにございます」――「丁寧にどうもありがたく。お初になります、主人不在にて失礼ながら、こちらは溝鼠(どぶねずみ)(はべ)らす王に仕えますしがない闇のもの」――「挨拶を受けていただき感謝申し上げます。どうか頭をお上げください」――「さてもそういうわけにも参りません。お嬢様こそ頭をお上げください」――「それではさても困ってしまいます」――「ならば一緒であればよろしいか」――「万事万端よろしく」――「お頼み申し上げます」

 

 口上終わりに、示し合わせて姿勢を戻す。

 

「行くわよ」森人探検家が、幻想的な庭園中央まで先導する。さきほどまでの奇怪なやり取りがなかったかのように切り替えて。

 

「おう、いいのういいのう。手前(てまえ)も口上を考えんといかんのう」わくわくした顔で目を輝かせながら、半竜娘が後に続いた。

 

「い・い・か・ら、い・く・わ・よ」

 

 

 

 仁義を切った森人探検家は、半竜娘を連れて庭園中央のティーテーブルに座った。

 半竜娘もそれに続く。

 

 執事姿の闇人は、優雅な手つきでティーセットに茶を注いだ。

 

「それで、本日はどのようなご用件で?」

 

「……二つ。陽動と情報奪取よ。標的は衛視長の屋敷。陽動には手を貸すから敵役を手配して。情報奪取は陽動の間に入って、邪教とのつながりだの汚職の証拠だの一切合切」

 

「ご予算は?」

 

「どこまでやれるの?」

 

「さて、それはご予算次第としか」

 

 バチバチと森人と闇人の間で火花が散った。

 

「ふん。これで良いかしら」ずっしりとした金貨の袋を載せる。

 

「……随分と張り込みなさいますな」さほど驚いた風もなく、闇人執事は金貨袋を一瞥した。

 

「足りなきゃもっと積むわ、交易神の聖名(みな)にかけて、正当な対価をね。――わたしたちは、衛視長の“名誉ある死”を演出したいと思っている」

 

「暗殺もお望みで? であれば……」

 

「それはこっちでやるわ」

 

「……足は引っ張らないでくださいよ」じろりと闇人が値踏みする目を向ける。

 

「そっちこそね。期待しとくわ」挑むように森人探検家が胸を張って見下ろすように視線を返す。

 

 

 その間、半竜娘は、目をキラキラさせて、街の暗がりで行われるならず者の流儀を学んでいた。

 

 

 

 …………。

 ……。

 

 

 その後、衛視長の屋敷から持ち出された資料は、勇者一行の頭脳役たる賢者の少女まで届けられ、即日で邪教団の本拠地を探し当てて吹き飛ばすのに、大いに助けになったのだという。

 

 

 

  ●○●○●○●

 

 

 

 

3.都市間ワープが序盤で手に入るのはバランスブレイク

 

 

 半竜娘が転移の鏡の門番たる大目玉の魔神を墜落死させたとき、ゴブリンスレイヤーもその近くの玄室まで来ていた。

 

 彼らが相手をするのは太古の門番たる鉄人(アイアンゴーレム)だ。

 鋼鉄の身体は刃も矢も通さず、【矢避】の加護が弓矢や投擲を遠ざける。

 おそらくは、この遺跡の本来の門番。それを混沌の手勢が掠め取ったのだろう。いまや鉄人は、霊廟の戦士の魂を守るのではなく、忌まわしい混沌の計略を守るために動かされていた。

 

 しかし、鋼鉄の身体とて、水の街の地下に長い間置かれていた鉄人は、完全体とはいえなかった。

 湿気が、時の流れが、魔法が込められた鋼鉄の身体から機能を奪っていた。

 いたるところに錆が浮き、軋みを上げていたのだ。

 

 そしてそれを見逃すようでは銀等級の冒険者になどなれはしない。

 

 関節の同じ箇所に妖精弓手の矢が針山のように突き刺さって破壊し。

 鉱人道士の【降下】の術が、鉄人が踏み出した足を軽くし。

 バランスを崩したところを、女神官の【聖壁】がさらにそれを後押しするように張られて復帰を許さず。

 蜥蜴僧侶の【腐食】の祖竜術が、鉄人の機構のうち、経年劣化で魔法が通わなくなった箇所を溶かして崩す。

 

 どう、と倒れた巨大な鋼鉄の兵士は、しかしそれでも機能を失わず。

 

 ダメ押しにとゴブリンスレイヤーが小麦粉を撒いて粉塵爆発を引き起こさせた。

 

 残ったのはひしゃげて断裂した鉄人の残骸だけだ。

 

 

 それが完全に動かなくなっているのを確認して、妖精弓手は息をついた。

 

「ふう、もう。硬くて大きくて速くてやんなっちゃうわね」

 

 並みの技量ではそもそも矢が当たらないし、当たっても痛痒を与えられないはずのところ、十分なダメージを与えられたのはまさに上の森人の面目躍如といったところか。

 それはそれとして、ゴブリンスレイヤーには一言言わねばと思っている。火でも水でも毒気でもないが、爆発もダメだろう!

 

「奥に行くぞ」爆発音を聞きつけたゴブリンが集まるのを危惧して、ゴブリンスレイヤーが一党を促した。

 

「奥に何があるのでしょうか」女神官が息を整えながら、ぎゅっと錫杖を抱きかかえた。「奥からも、二回ほど大きな音がしていました、あと、音と一緒に霊廟も揺れましたし……」

 

「一回目は、何か大きなものが墜ちたような感じじゃったわいの」鉱人道士は思案している。「湿った感じじゃったから、落盤ではのうて別の何か柔い水っぽいものが墜ちたんじゃろうが……。二回目は落盤だったかもしれんが」

 

「何にせよ立ち止まってはいられますまい」

 

 蜥蜴僧侶の言葉を皮切りに、一行は奥へと進んだ。

 

 

 

 奥に進むと、明るく光の差し込む玄室と、入り込む光に照らされた鏡、そして、矢に射抜かれて血を流す数多くのゴブリンたちと、部屋の真ん中で潰れた果実のようになって飛び散っている明らかに混沌の眷属だと分かる魔神の死体と、それの上に載っている石くれと土くれ。

 

 今もその鏡が置かれている玄室へ、ゴブリンスレイヤーたちが居る方とは別の入り口から、ゴブリンたちが飛び出しては、即座に矢で射抜かれている。

 

「……あれ、あの子の矢だわ。ほら、半竜の子と一緒にいる森人の」とは妖精弓手。

 

「ようわかるのう」鉱人道士は感心している。「森人の弓の腕ばかりは認めざるを得んのう」

 

 矢の軌道を見ただけで、射手の見当がつくとはさすがである。

 

 

 しばらく待っているうちに、ゴブリンたちが飛び出すのが途切れたので、小鬼殺し一行は、射られないように声を出しながら、鏡の間へと入っていった。

 

「おーい! 外に繋がってるのー!?」天井に空いた穴へ向かって声を出したのは妖精弓手。

 

「えっ、は、ハイエルフ様!? えと、はい! こっちは地上です! ここから出ますか!?」慌てたのは外にいた森人探検家だ。下手したら矢を射かけていてもおかしくなかったのだから、それはもう焦る。

 

「ちょうど滑車の準備も出来たところじゃ! 引き上げるなら請け負うぞ!」大きな声で答えたのは地上の半竜娘だ。

 

 半竜娘と森人探検家は、地下の探索のために、また、戦利品を持ち帰るために、【隧道】の術で開けた穴の上に、三角テント骨組みのように丸太を組み合わせて、滑車を吊るして鉤縄を通している。

 簡易の起重機(クレーン)だ。

 起重機の周りには、縄を引くための人足として、【竜牙兵】が数体呼び出されていた。

 

 今空いている地上から鏡の祭壇がある玄室までの穴は、穴の縁取りをぐるっと一周【隧道】の術でくりぬくことで、その中の地盤を周りから切り離して落とすことで開けられたものだ。穴そのものを【隧道】で開けるのでは時間経過で元に戻ってしまうので、そうならないようにする工夫だ。

 大目玉の魔神の死体の上に乗った石や土は、そうやって切り離された地盤が落ちたものだったのだ。

 

「じゃあ引き上げをお願いするわ!」

 

 妖精弓手が元気よく答えると、するすると半竜娘が乗った縄がおりてきた。

 

 そして、半竜娘と入れ替わりに女神官が引き上げられ、妖精弓手、鉱人道士の順でまた上に引き上げられた。

 

 その間もゴブリンが鏡の間に入って来ていたが、森人探検家の弓矢がそれを許さず、妖精弓手が上がってからは、さらに盤石の迎撃態勢となった。

 

 森人の乙女たちによる矢の雨に守られる中で、下に残った小鬼殺し、蜥蜴僧侶、半竜娘は、転移装置と目される鏡を苦労して外し、外へと引き上げさせた。

 

「これが転移門となる鏡か! 繋がっておる先がゴブリンだらけなのはいただけぬが、凄まじい代物だわいの!」鉱人道士が快哉を叫ぶ。

 

「これ、すっごい値打ちものよね!」妖精弓手も、この戦利品には大満足だ。

 

「ゴブリンスレイヤーさーん! こっちはもう大丈夫です! 上がってきていただけますかー!?」女神官は、いまだ地下にいるメンバーに声をかけている。

 

 これで増援の元は絶った。

 あとはゴブリンを掃討するまで、幾らもかからないだろう。

 

 

 …………。

 ……。

 

 

 なお、この転移門の鏡は、一旦は鏡面に蓋をされた上で法の神殿に納められ、小鬼殺し一党と半竜娘一党には莫大な褒賞が手渡された。

 鏡が納められてからすぐに、勇者一行の一員である賢者によりその完全制御が実現され、勇者らの冒険を大いに助け、混沌の野望を幾度となく(くじ)くことになる。

 

 ……そして、転移門の鏡の制御については、魔術の心得もある剣の乙女にも伝授された。

 勇者たちが敵地に飛ぶ際は賢者が制御すればいいが、戻る際の制御術者が必要だからだ。

 

 ……さて、小鬼殺しに懸想する剣の乙女が、『望んだ場所に行ける鏡(どこでもドア)』の私的流用をこらえられなくなるまで、あとXX日……。

 




超勇者ちゃんRTA走者「ゴブスレさんは基本的にナイスアシストばっかりなんですけど、この転移門の鏡を水に沈めるのだけはいただけません。これが序盤に手に入れば相当の時間短縮になるのですが……って、何故か転移門の鏡が法の神殿にありますね。……えっ、こんなの初めてなんですけど、えっ、まじで? これは勇者RTA界隈に革命が起こりますよ!!」

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