ゴブリンスレイヤーTAS 半竜娘チャート(RTA実況風)   作:舞 麻浦

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16/n 裏

1.どこかでお会いしたことありませんか……?

 

 心機一転、あるいは、()機一転。

 

 TS圃人斥候は、辺境の街の冒険者ギルドに登録に来ていた。

 性転換の魔法を掛けられた翌日のことである。

 

 担当してくれた職員は、因縁ある受付嬢だ。

 

「それではこちらにご記入ください」

 

「はい、わかりました」(ぐぬぬ)

 

 思うところが無いわけではないが、今更の話だし、逆恨みでしかないのも理解している。

 

 それに、「じー」っと半竜娘と森人探検家が冒険者ギルドのテーブルから見張っている。

 覚え込まされた『設定集』どおりに登録できるか、とちったときのフォローは必要かを心配しているのかもしれないが。

 

(心配しすぎだっつの! 見張らなくてもヘマしねーよ)

 

 いずれにせよ、迂闊なことはできない。

 

 まあ、今からやるのは虚偽登録になるかもしれないが、バレなきゃいいのだ。偽名登録だの覆面登録だのどこの冒険者ギルドでもそこそこやられてることだと聞くし。

 冒険者になる前のことを根掘り葉掘り尋ねるのはマナー違反だという向きもある。

 

 それに、もしバレても、半竜娘たちにやらされたという言い訳も立つ。

 

 だいたい、これ以降は真面目にやるつもりなのだから、そう大した問題ではなかろう。

 結果を出せばいいのだ。

 

(騙す罪悪感とか特にねーしな。むしろ、オイラの嘘に騙されるってことは、オイラの方が頭の回りが上ってことだ! ハ! 気分がいいね!)

 

 内心で舌を出しつつ、さらさらと登録用紙を書き終えて、いくつかのヒアリングを済ませる。

 質問は想定された『設定集』の範囲を出なかった。

 

(完璧っ!)

 

「はい、ではご登録ありがとうございます」

 

 笑顔で事務を済ませた受付嬢に、TS圃人斥候もにこやかに返す。

 笑顔は元手のかからない武器だ、女になった今ではなおさらに。

 

(フフーン、ちょろいもんだぜっ。いまのオイラは自分で言うのもアレだが、カワイイからな!)

 

「うーん、冒険者になられた貴女、どこかでお会いしたことありましたっけ? なんだか見覚えが……」

 

 男だったなら、これで勘違いして『逆ナンか? オイラに気があるのか?』とか思うかも知れないが、これは単に本当に見覚えがあるというだけだ。

 

(……それに今は女になっちまってるし、逆ナンとかナイナイ。いや、女同士でってのも興味はあるが。男とはしたくねーし)

 

「ああ、それなら、兄がここで冒険者として登録していたはずです」(まさか性転換したとは思うまい)

 

「…………ひょっとして、斥候の?」

 

「そーなんですよ、なんか急に実家に戻ってきて。それもあって、食い扶持を減らすためにもオイラ……アタシが冒険者になりにきたんです。兄から送られてくる手紙を読んで興味もありましたし」

 

「なるほど、だから見覚えが……。そうですか、あの斥候のかたは実家に帰られたのですね」

 

「なにがあったか、詳しくは教えてくれないんですけどねー」(オマエに降格させられたからだけどな!)

 

 なるほど、と受付嬢は何かを書き付けているようだ。おおかた、血縁関係についてと、それゆえ要注意とか書こうとしてるのだろう。

 兄がやらかしたから、妹もあるいは、とかな。

 

 そうはさせるか。

 

 よし、切り出すなら、いま、このタイミングだ!

 

「ああ、そーでした。兄から、元いた一党を急に抜けたことを謝れてない、とだけは聞き出したんですよ! あの唐変木は昔っから! ……それで、代わりにと言っていいのか、アタシで良ければ謝りたいと思いまして。ご紹介いただければと」

 

 圃人斥候本人だから既に元仲間の顔はわかっているが、妹の設定なので最初から顔がわかっているのもおかしいだろう。

 

「あら……そうなんですね、ご立派ですね。

 それでしたら、ご紹介します。ちょうどあちらにいらっしゃいますよ。

 ……そのまま、お兄さんの代わりにその一党に入られるのですか?」

 

「ああ、あそこのあの方たちですか、ありがとうございます!

 いえ、入る一党なのですが、ちょうど街に着いたときに意気投合した方たちがいて誘ってもらってまして……ほら、あっちのテーブルの蜥蜴人ハーフと森人のペアの」

 

 TS圃人斥候が目を向けた先には、半竜娘と森人探検家。

 受付嬢とも目があったのか、ひらひらと手を振っている。

 

「ああ、半竜の。彼女たちなら安心ですね、ここの新人さんたちの中でも、特に実績が抜きん出てますし」

 

「やっぱりそーなんですね。どーりで……」

 

「“やっぱり”というと、その装備品は彼女たちから?」

 

 TS圃人斥候の持つ装備品は、新人が持つには分不相応に高級そうに思える。

 装備だけ見れば、ともすれば銅等級以上にも見えるくらいだ。

 

「そーなんですよ、ほら、圃人ってこんななりでしょう? アタシも十分、もう大人だってのに、過保護なのかこんなに魔法の装備を貸してもらっちゃって……」

 

「あら……それはまた」

 

「まあ、それだけ期待してもらってるってことで、悪い気はしませんけどね」

 

 苦笑するTS圃人斥候を見て、受付嬢は、手元の書き付けを更新しているようだ。

 

(よしっ、いい感じだったんじゃないか?!)

 

 パーフェクトコミュニケーション! という言葉が何故か脳裏をよぎった。

 

「それじゃあ、これから、兄のことで元一党の方たちに話を通してきます。受付さん、これからもよろしくお願いします!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。何か無茶なことさせられそうになったらご相談くださいね」

 

「ええ、そのときは是非」(ハッ、現在進行形で無茶振りばっかりだよっ!)

 

 こうしてTS圃人斥候の二度目の冒険者生活が始まったのだ。

 

(いやしかしなんというか、こうやって演技をして好感を与えるってのは、クセになりそうだな)

 

 ……優位に立っている感じが、相手の感情をコントロールしている感じが、最高に、イイ……!(蕩け顔)

 

(じゅるり。おっといかんいかん。しかし、どうせやるなら、徹底的に演技を極めていくってのも、面白いかもな……ニシシ!)

 

 これはいわゆるサイコに片足つっこんでるのでは……?

 

(っていうか、そこまでやらんとどこかでボロが出る気がする……!)

 

 頑張れTS圃人斥候!!

 君のTSライフはまだまだ始まったばかりだぞ!

 

 

<『1.どこかでお会いしたことありませんか……?』 了>

 

 

 

 ○●○●○●○●○

 

 

 

2.このあと半竜娘ちゃんあての土木工事の指名依頼が増えます

 

 

 牧場主は、朝方に下宿させている冒険者からゴブリンが攻めてくるという予想を聞かされた。

 自分の拓いた土地を離れることも望まず、牧場を防衛する方針で残っていたのだが、その後の怒涛の急展開についていけずにいた。

 

 そう、急展開、だ。

 

 まだその日の昼にもなっていないというのに、母屋から見た先には、牧場主の目を疑うような光景が広がっていたのだ。

 

 だから、思わず小鬼殺しと呼ばれているという下宿人に問いかけてしまったのも無理はないのだ。

 

「なあ、冒険者というのは、みんなあんなことが出来るのか?」

 

「あんな、とは」

 

 

 ……ズズンッ……。

 

「いや、あれだよ、あの大きな蜥蜴人の女の子。(ほり)を掘っている、あの」

 

 ……ズズンッ……。ドドドドド……。

 

「“みんな”は出来ません。少なくとも俺にはとても」

 

「ああ、そうか……。うん、そうだよな……」

 

 ……ズズンッ……。

 『おーい、壕の壁には迂闊に近づくなー、脛までの高さでも崩れた土に巻き込まれれば足が折れるのじゃよ!』

 ……ズズンッ……。

 

「あれは、魔法、なのか?」

 

「そうだと聞いています」

 

 見る先では、巨大化した半竜の娘が、牧場をぐるりと囲むように壕を掘っている。

 彼女の背丈は、おそらく、街にあるどの建物よりも高いだろう。

 常識で考えたら、とても1日で終わるような工事ではないのだが、昼前には終わろうという勢いだ。

 それほど深い壕ではないとはいえ、凄まじいスピードだ。

 

「……というか、冒険者、なのか? 彼女は」

 

「そうですが……」

 

 ……ズズンッ……。ズザザザ……。

 

「いや、な。工事専業の方が、稼げるんじゃないかと、な。そちらの方が、よっぽど……あー」

 

「真っ当、ではあるかもしれません」

 

「そう、真っ当な食い扶持もありそうなものだが。あの大きい娘は、まだ若いようだし」

 

 冒険者というのは、街の住民から見れば、決して堅気ではない。

 ここ十年で、国の政策により、大きく社会的地位が向上したとはいえ、だ。

 

「……俺の一党にも蜥蜴人がいますが、戦いこそが生きがい、なのだと聞きます」

 

 ……ズズンッ……。

 

「そうなのか……。俺には分からん感覚だ」

 

「今回も、戦いの準備だから、こうして牧場を砦のようにするのに力を尽くしてくれているのだと思います」

 

 なんとも剣呑な動機だ。

 これは、冒険者だから物騒なのか、蜥蜴人だから物騒なのか、あるいは半竜娘が物騒なのか、彼らの人となりを知らない牧場主には判断がつきかねることだった。

 

「そういえば」

 

「ん、何だ?」

 

「あの竜の娘も、この牧場のチーズが大好物だと。牧場主に礼を、と言われていたのでした」

 

「へえ、それなら、あとで差し入れてやるとしよう」

 

「きっと喜びます」

 

 ……ズズッ……ドドド……。 

 

「すみません、いろいろと牧場をいじってしまって」

 

「いや、いい。必要なことだとは分かっているし、また似たようなことがあるかもしれない。ここはやはり辺境……魔物との最前線だからな。……それに、こうやって筋を通しに来てくれたからな。こちらの意見も反映してくれるのだろう?」

 

「はい、もちろんです」

 

 小鬼殺しは、広げていた紙を畳んでいく。

 牧場の防衛のために作る壕の位置などを牧場主に確認しに来ていたのだ。

 工事を入れてはいけないところがあれば教えてほしい、と。

 

 やはり、小鬼殺しの彼は、根は真面目なのだろう。

 戦いやすいように勝手にやっても文句は言わないのに、わざわざこうやって気遣ってくれる。

 

(もっとタガが外れているものかと思ったが、勝手に想像していたよりも、まともなのだな……これまでも、しっかり話せば良かったか)

 

 少しだけだが、小鬼殺しに対して持っていた苦手意識が和らいだような気がした。

 

(まあ、冒険者が堅気じゃないという思いには変わりはないが……。ちょっと同じ人間だとは思えないしな、あれを見ると)

 

 比較対象が、巨大な蜥蜴人のハーフの少女だから、という気もするが。

 確か、【辺境最大】などと呼ばれているのだったか。

 さもありなん。街のどの建物よりも大きいのだ、まごうことなく【辺境最大】であろうよ。

 

(牧場に壕を作るのと同じように、開拓村の防備を固めたりするのにも力を貸してくれるなら、人族の領域を広げていくスピードも上がるかもしれないな……。若いときにやった開拓も、これならとても早く終わったかもな、ははは)

 

 そんな風に、若いときに牧場を開墾したときのことを思い出しつつ、ぼんやりと窓の外を見ていた牧場主に、資料を畳み終えた小鬼殺しが声をかけた。

 

「安心してください。()()()()()()()()()()()()()()()()()から」

 

「……あ、ああ。頑張ってくれ」

 

 前言撤回。

 やはり、彼はタガが外れてしまっている。

 

 

<『2.このあと半竜娘ちゃんあての土木工事の指名依頼が増えます』 了>

 

 

 

 ○●○●○●○●○

 

 

 

3.牛さんには優しくね!

 

 少女巫術師(ドルイド)と妖術師は、牧場の家畜舎の中にいた。

 時刻は夜。

 ゴブリンたちが攻めてきているのを、斥候が見つけたのだという。

 

 彼女たちは、家畜舎の守りを任されたのだ。

 

「う~、作戦は上手く行くのでしょうか」圃人の少女巫術師は、400もの大軍だということを聞いて、そわそわと不安そうだ。ふわふわした(甘ロリ風の)服が、緊張で微かに震えている。そんな彼女を慰めるように、周りの家畜たちが集まる。ドルイドの彼女は、動物と意志疎通を図れる特技があるのだ。

 

「心配は要らないと思うわよ。それより、ここを守るのに専念しましょう。家畜は牧場の資産なんだから、しっかり守らないと」半森人の妖術師の彼女は、全身を覆うフード付きローブを身にまとい、呪文書を神経質に捲りながら集中している。

 

 既に妖術師の呪文は発動しており、あとはその維持に集中するだけだ。

 

 このハーフエルフの妖術師の女が発動させているのは【力場(フォースフィールド)】の呪文だ。

 魔力の(バリア)を作り出すこの呪文により、妖術師は家畜舎の窓や入り口などの他にも隙間の空いている場所に、その壁を貼り付けて塞いでいる。

 敵の侵入を防ぐ目的もあるが、主眼は音を少しも通さないようにすることだ。

 

「そろそろでしょうか」

 

「そうね……しかし、よくもまあ『竜の吼え声で発狂させて殺す』とか思い付くものよね」

 

 そう、彼女たちは、ゴブリンから家畜を守るというより、半竜娘(味方)の攻撃の余波から家畜を守るためにここに配置されているのだ。

 

「確かに、家畜が飛竜やロック鳥に追われると、恐怖のあまり泡を吹いて死ぬことがあるって、聞いたことがあります。でもそれを小鬼を殺すのに応用するのは、さすが“小鬼殺し”という感じですよね」

 

 あの“変なの”は、辺境の名物のようなもので、彼の偏屈さと徹底的な(冒険者らしからぬ)手法は有名だ。

 そのせいもあり、“小鬼殺しは冒険者ではない、駆除屋だ”、と揶揄する向きもあったりするのだが。(なおゴブリンスレイヤー本人も、自分を冒険者だとは思っていない模様)

 

「即答で“まかせるのじゃ!”って引き受けた半竜の子も相当よ。もう一人、銀等級の蜥蜴人の竜司祭もいたけど、それを差し置いて手を上げちゃうんだものね」

 

 作戦会議の場で蜥蜴僧侶も【竜吠】の術に立候補したのだが、いろいろと条件が合わずに、結局は半竜娘に譲ったのだ。

 妖術師は、少ししょんぼりとして尻尾を垂らした蜥蜴僧侶を見て、不覚にもギャップ萌え的な感情を覚えてしまった。*1

 蜥蜴人は、案外かわいいものなのかも知れない、などと言えば、相手によっては決闘不可避だろう。

 

「ま、まあ仕方ないわよね。媒介となる吼え声がより多くに届くように、そして味方に影響ができるだけないように、敵陣のど真ん中に行く必要があるんだもの。決死の覚悟で突入するか、使い潰してもいい【分身】を出せる術者で……」

 

 妖術師は指折り条件を数える。

 

「【加速】と【巨大】はほかの術者が使えるとしても、闇を見通すために【竜眼】か【猫眼】の術が使えて、距離を詰めるための【突撃】か何かの術が使えて、肝心(かなめ)の【竜吠】が使えて、効力を上げるために仲間の精霊を率いる統率力があって……」

 

「はは、条件が厳しすぎますよね! むしろそれだけ多彩な術を使える蜥蜴人のあの子が凄すぎます」

 

「あれでまだ鋼鉄等級ってんだからランク詐欺よね」

 

「仕方ないですよ、この春に登録したばかりですから」

 

「え、登録して一つの季節も過ぎてないの!? 嘘でしょ!? 他の街から流れてきたとかじゃなくて?」

 

「成人したてだそうですよ? 冒険者になったのはこの街が初めてということですね」

 

「えぇ……? 嘘でしょ……。才能の違いに打ちのめされそうだわ……」

 

 世の理不尽を嘆いていると、『グルォオオォオオオオ!!!』という轟音とともに家畜舎が揺れた。まるで大きな雷鳴のような声だった。

 牛たちがそれに驚き、暴れ出してしまう。

 

「わっ、わっ、みんな落ち着いて! 大丈夫、怖くない、怖くない、落ち着いて……」驚いて暴れ出す牛や馬たちを、少女巫術師は動物と意思疎通できる能力を生かして、懸命に宥める。

 

「始まったみたいね……」半森人の妖術師が維持する鎧戸代わりの【力場】のバリアがなければ、半竜娘の吼え声による影響はもっと甚大になっていただろう。貴重な呪文のリソースだが、ここで切るだけの甲斐はあったはずだ。

 

 いくら冒険者でも、恐慌状態の暴れ牛に陣形の後ろから突撃されたくはない。

 

 ……それに牛たちはかわいいし、暴れて傷つくのも不憫だ。

 

「牛乳たくさん飲んだら、私も育つかしら……」

 

 妖術師は胸元に視線を落として呟いた。

 先ほど挨拶した牛飼娘の胸部はとても豊満だったのだ。

 

 

 

<『3.牛さんには優しくね!』 了>

 

 

 

 ○●○●○●○●○

 

 

 

4.見晴らしの良い平地で森人の弓兵のまえに身を晒すことは、死を意味する

 

 

 ゴブリンたちは、味方の死体を踏み越えて進んでいる。

 

 半分以上の仲間が、大きな大きな雷のような巨獣の轟声の爆音に吹き飛ばされたかと思えば、

 気が狂ったように泣き叫んで、

 泣き叫んで、

 泣き叫んで――

 ――限界を超えて目を見開いて泡を吹いて、頭や胸を掻き毟って、ビクビクと痙攣して死んでいった。

 

 訳が分からない、恐ろしい死に方だった。

 

 死んだものと死ななかったものを分けたのは、ただ、巨竜の目に留まったか否かだけだった。

 それだけの、些細な、そして致命的な違いだった。

 しかしそんなこと、小鬼たちにはわからない。

 

 普段なら、もう小鬼たちは逃げ散っているだろう。

 訳の分からないうちに死ぬなんて、恐ろしくてやってられない。

 

 

 だが、そうはなっていない。

 

 

 王がいるし、まだまだ自分たちは十分な数がいる。

 目の前には、家畜が満載の牧場。女もいるという。

 その次は街だ。

 

 だいいち、その巨竜も、群れを率いる王の前には死ぬしかなかった。

 巨体を切り刻んだ王の斬撃を見たか!

 

 不思議と心の(『蛮勇の戦斧』の宝玉に)奥底から湧いてくる(込められた魔法による)闘志に突き動かされて、小鬼たちは突き進む。

 

 王は、小鬼の国を作るのだという。

 それはいい!

 人族を支配して好き放題にするのだ!

 

 

 下卑た欲望に舌なめずりをする小鬼の頭の中からは、すでに先ほど仲間たちを襲った恐ろしい狂死のありさまは忘れ去られていた。

 

 

 

 だから死ぬのだ。

 

 

 

 ほら、このように。

 

 

 

 ――「一丁上がり」と遠くで森人探検家がつぶやいた。

 

 

 

 視界の外から飛来した黒塗りの矢が、小鬼の眼窩から脳髄に突き刺さり、その漆黒の思考ごとぐちゃぐちゃと掻き混ぜた。

 

 そしてそれは戦場のいたるところで起こっていた。

 

 開けた平野で、森人の弓矢の前に身を晒して、生き残れる道理などないのだ。

 

 

 …………。

 ……。

 

 

 

「なかなかやるわねー」

 

 妖精弓手が、森人探検家の腕前に感心する。

 

「いえ、姫様ほどでは」

 

 森人探検家が謙遜ではなくそう口にする。

 

「姫様なんてガラじゃないってば~」

 

 なにせ、森人探検家が2矢放つ間に、妖精弓手は3矢を放っているのだ。

 しかもまるで魔法のように曲がる矢は、1矢で2匹3匹を同時に貫いていく。

 

 神業とはこのことだ。

 

 いまも会話しているうちにパ、パ、パと矢を放って、7匹のゴブリンを貫いた。

 

「すごい……」

 

「それほどでも……あるかもね! ふふっ」

 

 思わず見惚れてしまう。

 この技を自分のものにしたい、と、この機会によく見て学び取ろうと、森人探検家は決意をした。

 

(手取り足取り教えてもらえたらなー、いやいや、それは流石に不敬! で、でも、冒険者で先輩後輩なんだし、チャンスは……)

 

「あ」

 

「は、はい!?」

 

「大物が出てきたみたいよ! あれをやったら、あとは援護に回りましょうか」

 

「そ、そうですね! あんまり獲物を独占しすぎてもいけませんし!」

 

 

 

<『4.見晴らしの良い平地で森人の弓兵のまえに身を晒すことは、死を意味する』 了>

 

 

 

 ○●○●○●○●○

 

 

 

5.抜け駆けは戦の華

 

 TS圃人斥候は、剣を片手に森の中を駆けていた。

 

 戦場ではまず過半数の小鬼を半竜娘の【竜吠】の術で発狂させて殺し、『肉の盾』にされた捕虜についてはそれを掲げた小鬼の前衛を眠りの術で眠らせてる間に回収し、後衛の呪術師や弓兵は森人を中心としたこちらの後衛が串刺しにして片付け、中衛の小鬼剣士たちに至っては壕で誘導した先で投石と投槍で迎撃し、回り込んだゴブリンの狼騎兵も槍衾で止め、満を持して登場した大物も弓矢の援護でベテランの獲物と化した。

 

 すべての戦術を小鬼殺しに読まれたこの状況、小鬼の王にはもはや勝ち目はない。

 

「にししっ! 狙うならやっぱり大将首だろう! ここまで戦況が決まって、ロードだろうと所詮はゴブリンが逃げ出さないわけがない!」

 

 この牧場防衛戦に当たって、TS圃人斥候は、事前に半竜娘からゴブリンの思考回路についてある程度のレクチャーを受けていた。

 

 そのとき、

『まあ、少し前のお主みたいな思考回路だと思っておけば大体外れないじゃろ』

 とか言われたのは非常に不本意だが!!

 

 誰がゴブリン並みの下衆じゃい!!

 

 

 しかしまあ、有用なアドバイスではあった。

 

「オイラなら――おっと、()()()なら、逃げる! 自分だけでも逃げ延びる! さあ、どーこだ!?」

 

 だから、森の中で落ち武者狩りをやろうと、TS圃人斥候は駆けているのだ。

 圃人は夜目が効かないが、この辺りは昼のうちから何度か下見している。

 所々で腰につるしたランタンのシャッターを開けて周囲の様子を確認しさえすれば、十分に駆け抜けることができる。

 TS圃人斥候は、斥候としての腕だけはいいのだ。

 

 ゴブリンロードの脅威は、配下を多数引き連れた状態で発揮される。

 だからこそ敵中に突っ込んだ半竜娘(分身)はやられたし、逆に言えば配下を溶かして落ち延びるのみのロードなど、大した脅威ではない。

 

「そこか! ……ちっ、雑兵か! しかし金貨一枚! 笑いが止まらねえなあ、おい!」

 

 草葉が動き、そこに見つけたと思ったのは、しかしただの雑兵のゴブリンだった。

 

 ゴブリン程度に投矢(ダーツ)は勿体ない。1本で銀貨3枚もするのだ。

 だから適当にその辺の枝を折ったダーツもどきを投げる。

 それでひるませた間に急襲して、魔法強化された小剣で首を刎ねた。

 悲鳴を上げさせる隙も無い早業だ。(腕はいいのだ、腕は)

 

「金貨いちまーい! これで残党だけでも金貨7枚! 楽に手柄上げるなら追撃戦に限るぜ!

 いやあ、装備もいいし! 頼み込んでリーダーに【加速】も掛けてもらったし! 女になっちまったのは後でどうにかするとして、この一党に入ったのは当たりだな!!」

 

 刎ねた首の落ちた先を脳裏に覚え、TS圃人斥候はゴブリンロードを探す。

 

「どこだ……おっ、そっちかぁー?」

 

 すると少し離れたところに開けた場所がある。

 TS圃人斥候の嗅覚がそっちだと告げている。

 

(ん? あれは……ちっ、先に誰か戦ってやがるな)

 

 あのシルエットは見覚えがある、銀等級の小鬼殺しだ。

 

(あっ、吹っ飛ばされたな。ゴブリンスレイヤーの動きが鈍い……疲労か?) 

 

 ロードの攻撃を防御したものの、小鬼殺しは吹き飛ばされて体勢を崩してしまった。

 そこに、大きく振りかぶられ、小鬼王の戦斧が煌めいた。

 ゴブリンスレイヤーに追撃する気だ。

 

(おっ、あれが精神属性無効の戦斧か! 金貨百枚じゃきかない逸品だぜ、小鬼程度には勿体ない……だからアタシがいただく!!)

 

 ゴブリンロードの意識は、完全に小鬼殺しの方を向いている。

 

 ――横っ面を思いっきり殴りつける、斥候としてこれに勝る快感はない!

 

 やると思った瞬間には、すでにTS圃人斥候の手から投矢が放たれていた。

 

「GBOO!?」

 

「これでも食らっとけ!」

 

 投矢の命中と同時にTS圃人斥候が叫んだ。

 弛緩毒の塗られた投矢が、小鬼王の戦斧を持つ手に命中!

 たまらず小鬼王は戦斧を取り落とした。

 

(ここは面倒なロードの相手は避けて斧だけ確保するか)

「ゴブリンスレイヤーさん! 横入りすみません! 武器はこっちで押さえます! あとは存分に!!」

 

 TS圃人斥候はそこへ、すばしっこく近づき、戦斧を拾い上げて即座に離脱。

 ロードが怒りの咆哮を上げるが、もはや負け犬の遠吠えにも劣る。

 毒が廻ればロードの動きはさらに鈍るだろう。

 

 趨勢は決した。

 

 あとはつかず離れず、隙を見てさらにダーツで援護すればいいだろう。

 

「ああ、助かる」

 

 武器をなくした隙を逃す小鬼殺しではないし、これを見ていた女神官も、この機を逃さなかった。

 

「『いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください』【聖壁(プロテクション)】!」

 

 地母神の加護による【聖壁(プロテクション)】の奇跡が、ゴブリンロードを前後から挟み込み、動きを封じた。

 しゃん、と錫杖を鳴らして、女神官が森から現れる。

 

「GGOOOBBRRR…………ユルジデ、クダサイ、モ、モウ、ジマゼン……」

 

 ロードは命乞いをしているが、なめられたものだ。

 大方、TS圃人斥候の白磁のタグと、女神官の黒曜のタグを見て侮ったのだろうが……。

 

 ここには、ゴブリンに情けをかけるような者はいなかった。

 

 

「王を気取ろうが、貴様はただのゴブリンに過ぎん。――ゴブリンは、皆殺しだ」

 

 

 そしてそのようになった。

 

 

 

 

<『5.抜け駆けは戦の華』 了>

 

 

 

 ○●○●○●○●○

 

 

 

6.祝勝会の後は

 

 

 ゴブリンロードが率いるゴブリンの群れを無事に討伐し、冒険者たちは帰ってきた。

 

 もちろん、出目が悪く死んだ冒険者もいる。

 しかし弔いをするにも、湿っぽくては冒険者らしくない。

 思いっきり泣いて、思いっきり笑って、送り出してやるのが冒険者流だ。

 酒場の一角には、武運拙く亡くなった彼らの代わりに、彼らの装備が積まれている。

 

「今日は全部手前(てまえ)のおごりじゃー! 呑めや騒げやアドベンチャラーズ!! かんぱーい!!」

 

「「「「「「 かんぱーい!!! 」」」」」」

 

 もはや今日何度目とも分からぬほど繰り返された乾杯の音頭を言うのは、したたかに酔った半竜娘だった。

 酒には酔いづらいはずの半竜娘がこれほどになっているのは、あるいは場酔いだろうか。

 それとも、過半の小鬼を滅ぼした半竜娘をやっかみ半分で酔いつぶそうとした冒険者たちの企みが実ったのか……。

 

 酒場の片隅に積みあがっている、酔いつぶれた冒険者たちの山を見るに、後者なのかもしれない。

 

 

 森人探検家は、酔いつぶれた妖精弓手を膝枕して介抱しているし。

 

 TS圃人斥候は、小鬼殺しと話をつけて譲ってもらった『蛮勇の戦斧』をニヤニヤしながら布で磨いてご満悦だし。

 

 水龍(ミズチ)の水精霊(水蜥蜴形態)と、羽衣の水精霊は、コンビで水芸を披露しつつ、【命水(アクアビット)】を大盤振る舞いだ。

 

「おらー、もっと飲まんかー! 今日は手前(てまえ)のおごりじゃー! 呑めや騒げやアドベンチャラーズ!! かんぱーい!!」

 

「「「 かんぱーい!!! 」」」

 

 おい何回目だそれ。

 

 

 …………。

 ……。

 

 

 死屍累々、という様相の冒険者ギルドから、溌溂とした顔の半竜娘、森人探検家、TS圃人斥候が出てきた。

 

「いやー、楽しかったのじゃ!!」

 

「そうねー、うん、良かったわぁ」

 

「にっしっし、冒険者デビューが大合戦で、魔法の斧が戦利品とは、箔がつくってもんだ。幸先がいいぜ!」

 

 どうやら半竜娘は飲めば飲むほど元気になる質のようだ。うわばみ……。

 

 森人探検家は、たぶんハイエルフから出る何かこうマイナスイオン的なあれを摂取したのか、つやつやしている。

 

 TS圃人斥候は、戦利品の斧をどうするか、売るか加工してペンダントにでもするかと考えてニヤついているようだ。

 

「あ、そうそう」

 

「なんじゃ」「ん?」

 

 森人探検家が切り出した。

 

「定命の種族は、戦のあとは滾るんでしょう? あなたたちのために……あと特に頭目(リーダー)が最近私を見る目が獣の眼光で怖いし……ローグギルドおすすめの夢魔(サキュバス)のお店を予約しといたわ。ああ、インキュバスじゃなくてサキュバスのお店だから安心なさいな」

 

「んにゃっ!?」「は?」

 

 半竜娘の顔が真っ赤に染まっている。一度分身を性転換魔法で男にしてからそういう目で見てしまうこともあったが、見透かされているとは思っていなかったらしく、んにゃんにゃわたわたしている。

 TS圃人斥候は、まさに下世話な話なので顔をしかめつつ、しかしこちらは純粋に楽しみなのか浮ついた雰囲気を出している。男だったときにもそんな高級なとこには行ったことないぜ。

 

「いや、将来的に誰とナニやるかはともかく、きちんとした知識技能や力加減の習得は必要でしょう? 特に頭目(リーダー)は、力加減重点よ?」

 

 森人探検家は店の場所が書かれたらしい地図を渡して去っていく。

 

「じゃ、戦の興奮が冷めやらぬうちに行ってらっしゃいな~」

 

 

<『6.祝勝会の後は』 了>

 

 

 

 ○●○●○●○●○

 

 

 

7.リザルト

 

 明くる日、牧場防衛戦の詳細を冒険者ギルドに報告した。

 

 半竜娘・森人探検家・TS圃人斥候は、経験点1500点獲得!

 

 半竜娘・森人探検家・TS圃人斥候は、成長点3点獲得!

 

 TS圃人斥候は戦利品として『蛮勇の戦斧』を獲得!

 

 

 

 

受付嬢「おや、お二人は、なんだか面構えが昨日までとは違う気がします」

 

 半竜娘・TS圃人斥候は、追加で経験点500点獲得!(初回ボーナス)

 

 半竜娘・TS圃人斥候は、追加で成長点1点獲得!(初回ボーナス)

 

 

受付嬢「ゴブリンは混沌勢力の雑兵ですし、今回の襲撃が単発のものであれば良いのですが……それとも例えば転移門を利用した在庫処分や食い扶持減らしのようなものだったのでしょうか? 神に祈らぬ者(ノンプレイヤー)の考えることは分かりませんねえ……」

 

 

受付嬢「何か依頼を受けられますか?」

 

 → ゴブリンの残党駆除

   ゴブリンの死体掃除

   依頼を受けずに冒険に行く

   休暇にする

 

 

 

 

 

*1
やがて“萌え”と名付けられる感情:男女のあれこれではないが、ときめきにも似たこの感情(萌え)には、四方世界にはまだ名前がないようだ。




ボーナスは一定の条件をクリアしたうえでの初回だけ。
「すごかったのじゃ///」「おんなのからだってすげー///」とのこと。

なお、二人ともしっかり、夢への侵入路(バックドア)を夢魔から仕掛けられてたので、森人探検家ちゃんに支援をフルで積んで【解呪】の奇跡を使ってもらって浄化しました。放っておくと、生命力に永続ペナルティかかるので。

森人探検家いわく「こういうこともあるから、うかつにハマらないようにね」とのこと。
……もちろん、一夜の夢からバックドア設置そして解呪まで一連が、森人探検家が教育用に脚本した仕掛である(高級店のサキュバスは、そういうお行儀の悪いことは頼まれない限りはやらない)。ま、マッチポンプ……。

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