ゴブリンスレイヤーTAS 半竜娘チャート(RTA実況風) 作:舞 麻浦
怪奇! 水面を走る蜥蜴女!
街のお店に牛乳やチーズを届けた、朝の配達の帰り。
ふと見ると。
欄干の向こうに、女の人の首があった。
「えっ」
後ろ向きに二本の真っ直ぐな角の生えた女の人の首だった。
深い暗緑色の髪が翻り、うなじにはまるで割れた炭のようにキラキラと朝日を散らす鱗が見えた。
美しく均整の取れた顔は、真剣なまなざしをしていた。
だけど、絶対におかしいよ。
だって、そこは川の上でしょ?
女の人の首は、目にも止まらぬ速さで通り過ぎて行った。
「え? え? なに、夢……?」
周りを見渡してみると、みんな唖然として、女の人の首が通り過ぎていった方を見ている。
どうやら、白昼夢ではなかったみたい。
あと、普通に首から下もあった。頭だけで飛ぶモンスター、ってわけでもなかったみたい。
うわ、ほんとに川の上を走ってる。
大きな太い尻尾も生えてるし、蜥蜴人、っていうんだっけ?
でも、えぇ……? 人って水の上走れたっけ……? そういう魔法……?
「新しく冒険者になりにきた人なのかなあ」
角の生えた綺麗な女の人が走っていった方向は、牧場に一緒に住んでる幼なじみの彼が毎日依頼を請けに――といっても小鬼を殺す依頼だけしか請けないみたいだけど――そして今日も向かった方向で、つまりは冒険者ギルドの方向だった。
冒険者って、いろんな人がいるんだね。
△▼△▼△▼
大きな
第一印象はそれだった。
女だてらに武道家として技を磨いてきたけど、もっと上背がほしいと思ったのは、一度や二度じゃない。
女の身はしなやかだけど、なかなか筋肉もつかないし、背の高さも伸び悩んでいる。
もちろん、父に教えられ、磨いてきた技があれば、体格の不利なんて覆せる。
でも、体格は、小さいよりも大きい方がいい。その分やれることが増える。
今しがたギルドに入ってきたその女は、まさに恵体といっていい。
そこらの男よりも、頭一つ二つも背が高い。
冒険者ギルドの入り口でも屈まないと入れないかも。
羨ましいと、そう思った。
と、そんな女の頭に後ろ向きに角があるのにようやく気付く。
蜥蜴人、なのだろうか。獣相ではないから
身体や腕もスケイルアーマーかと思えば、自前の鱗だったのか。
師たる父から聞いたことがある。蜥蜴人は、生まれながらの
顔も整っているが、それ以上に骨格や体幹が整っている。武の心得は薄そうだが、鍛えればすぐにでも伸びるだろう。
生まれながらの、才能。
急に巻き起こる多大な嫉妬に胸の中がかき乱され、そんな感情に困惑しつつも、後ろから女魔術師に押されて、ギルドの出口に向かう。
あまりに凝視していたからか、その蜥蜴人ハーフの女と目が合った。いや、単に彼女がギルド内の人間全てに目をやっていただけか。すぐに目線がはずれた。
ともあれ、脇を通ってゴブリン退治に行こうとしたら、なんと彼女から声をかけてきた。
「お主らはゴブリン退治に行くんじゃな?」
私にではなく、先頭にいた、同じ村から出てきた幼なじみの剣士にだけど。まあ、立ち位置的に明らかに剣士が頭目にみえるものね。
「そのとおり! ゴブリン退治さ! 女の人が捕まってるんだ、早く行かないと」
「そうじゃな。であれば、これをやろうぞ」
そう言って小袋を放った。剣士が受け取ったそれからは、じゃらりと音がした。
「うおっと!? て、これ銀貨か? い、いらねえよ、乞食じゃねえんだから」
「いや、依頼料の先払いじゃ。ゴブリンを殺し、経験を積んで生還し、つわものになることを依頼する。それに
その大きな身体でも、ゴブリンにやられそうになるのか。私たちは少なからず驚いたし、気を引き締めないといけないと感じた。
「な、なら、
「誘いは嬉しいが、そうもいかん。
――お主ら、死相が浮かんでおるゆえ、な。
いかにも普段どおりの様子で死生を語る。
これが蜥蜴人か、という思いがある。
馴染みある神々とは違うものを信じているだろうとはいえ、彼女も神官なのだろうか。予言じみた言葉に重みを感じた。
「ゴブリンくらい、追い払ったことがある!」
「だが殺したことはない、であろ? 侮り、浮かれ、怠り、死んでゆく。戦場でもよくある話よ。
だが、お主らは義侠心もある、行動力もある、仲間を募る知恵もある。蛇の目*1が出ねば上手くゆくやも知れん。しかし、蛇の目が出れば?」
その雰囲気に呑まれてしまったのは、彼女の上背が大きいからだけではないだろう。
戦場を、知っているか、そうではないか。
鉄火場で命のやりとりをしたことがあるかどうか。
その違い。
「死なせるのは惜しい。見所がある。つわものになるだろうよお主らは。毒で、ホブの拳で、シャーマンの呪術で、あるいは雑魚に集られて、そうやって死んではつまらん。ゆえ、餞別を渡す、おかしなことではあるまい。なに、儲けものと思って、お守り代わりにでも持って行け。もとより
言うだけ言って、森の下生えのよりも暗い緑の鱗の女蜥蜴人は、受付へと歩いていった。
しばし呆然とした私たちだったが、最初に声を出したのは、地母神の女神官だった。
「あ、あのっ! やっぱりもっと準備してからにしませんか! 毒とか言ってましたし、解毒の水薬とか!」
さっきまでは、どうせ何とかなるだろうという雰囲気で、女神官が心配する言葉もなあなあで流してしまっていたが、それは先立つものもなくて準備できないという面も少なからずあった。
いまは、そんな脳天気な雰囲気はなくなったし、先立つものもできた。
「……そうだな、準備しよう。死なないように、だけど急いで」
一党の頭目である剣士がそう言って、そういうことになった。
△▼△▼△▼
受付嬢は悩んでいた。
目の前の蜥蜴人のハーフの女を、冒険者として登録させるかどうかを。
力量はあるだろう。立ち居振る舞いも堂に入っているし、体格も良し、そもそも蜥蜴人だ。
先ほどの、ゴブリン退治に行こうとした白磁等級の一党とのやり取りを見るに、
でも、それ以外はどうだろう。
冒険者は信用商売だ。
妙なことをやらかして、冒険者全体の信用を落とすような人間は、弾かなければならない。
だけど、今の時点で弾くほどのやらかしの兆しは、見受けられない。
――なら、ひとまずは合格ということでいいでしょう。
「ではこちらをご記入ください。文字は?」
「うむ、
さらさらと淀みなく記入する字は、意外と整っていた。
「受付殿、記入したのじゃ」
「はい、確認します……しっかり記入されていますね。ありがとうございます……お名前も、ちゃんと書いてありますね」
職業は竜司祭と魔術師、歳は13歳……13歳!? えっと、蜥蜴人の成人は確か13だから、ああ、登録はしてもいいのか。でも13歳には見えない……。
「うむ、以後よしなに頼む。
ああ、そうだ、街の水路か下水に沼竜が棲んでおるようじゃが、ギルドでは把握しておるか?」
「そういった噂がある、ということは。あと、ギルドの受付としての勘ですが、そろそろ真相解明がギルドに依頼されそうだと思ってますよ。それで、本当に居るんですか? 沼竜」
「おう、居るとも。その証拠がこれじゃ」
半竜の彼女は、荷物から小袋を取り出すと、その中の何かの牙を見せた。
「これは……?」
「
――金がない田舎者ゆえ、そのとき不調法をやらかしたかも知れぬが、ご寛恕いただければ。
そう付け加えた半竜の彼女に、少し頭が痛くなる。街の人からの苦情処理というのは、冒険者ギルドの業務の中でも気が重いものの一つだ。
「不調法」の中身が気になるが、乱暴を働いたとか、物を壊したとかではないことを祈ろう。
なお、半竜の彼女の非常識さというか、突拍子のない行動――ストレートに言えば奇行――を見聞きして、登録させたのは少し早まったかしら、とちょっぴり後悔することになるのは、もう直ぐ後のことだが、今は知るよしもなかった。
まあ、それすらも後々もたらしてくれる騒動に比べれば、なんてことのない「やらかし」ではあったのだけど。
「少しずつでいいので、街の常識を覚えて、馴染むよう努めてくださいね。ギルドとしてもサポートするので、わからないことは聞いていただければ」
「あい分かった。覚えておこう」
「この竜の牙ですが、私では真贋がわからないので、お預かりしても?」
「あー、そいつは困る。これから使う予定があるのでな」
「それでは、不確定情報ということにしかなりませんが、よろしいですか? 確度が高いと認められれば、報奨金が出せる場合もありますよ」
「いや、構わん、ただの世間話と思うてくれていい。金に執着があるわけでなし、こっちの触媒はこれから竜を殺すのに必要じゃからな」
「竜……ですか? 沼竜を?」
「いや、エンシェントドラゴンよ」
それを聞いて、ほほえましく思ってしまった私は悪くない。
だって、見た目はとっても大人なのに、まるで言ってることが子供みたい。
プロとしてそんな内心は表情には出さなかったけど。
「
「はい、そうですね。白磁等級でしたらそのあたりからですね。お仲間を募られるご予定は?」
ソロだと少し心配だ。
まして沼竜が出るかもしれないとなれば。
「心配はありがたいが、無用じゃ。
「ああなるほど、召喚の類が使えるのですね。でも日に何度も使えないのでは」
「四回も使えりゃ十分じゃろ」
四回! それはかなり優秀で、白磁等級としては破格だ。
ますます本当に13歳なのかと疑ってしまう。
「なるほど、では下水道掃除の依頼を受ける、と。受理させていただきますね」
「よしなに」
そうして依頼受理の処理をしたが、彼女はすぐには出ていかなかった。
妙に“スゴ味”のあるポーズをとったかと思えば、いきなり銀等級の辺境最強と言われる槍の戦士さんと艶美な魔法使いさん*3の一党に近づいて行ったときはハラハラした。喧嘩でも売るんじゃないかと。
そしたらいきなり土下座するもんだから、ますます度肝を抜かれた、もちろん悪い意味で。
やっぱり登録は少し待った方がよかったのでは……? 隣の至高神信徒の同僚*4からの
△▼△▼△▼
いきなりこっちにやって来て土下座した蜥蜴人ハーフの美女への第一印象は、
俺の相棒の
そんなナリなのに4回も術が使えるってのが本当なら――受付のお嬢さんと話していた内容が、少しだけ聞こえちまったのさ、聞き耳立ててたわけじゃねえ――まあ、天才の部類なんだろう。
ついでに言えば、顔立ちも
で、その蜥蜴人――半竜の嬢ちゃんといったところか――が何を言い出すかと思えば「偉大なる先達よ、ソーサレス殿よ、竜を倒すから、1分だけ装備を貸してくれ」だとさ。
しかも、代価は後払いで、今日の戦利品全部と来たもんだ。
その物言いと、あまりに迷いない潔さに、俺は思わず笑っちまった。
言葉が真っ直ぐすぎて、邪念があるとも思えねえ。
でも、いきなりそれはねえだろうよ!
まあ俺なら自分の本気の得物を、駆け出しに触らせるなんざさせねえが、相棒は何か思うところがあったらしい。
出来の悪い妹でも見るような感じで苦笑して、虎の子の指輪や発動体、魔法の杖を全部貸しちまいやがった。
「おい、良いのか、仕事道具を誰とも知れねえ新人に触らせちまって」
「いいの よ」
「なんか考えがあるならいいけどよ。まあ、何かあったら俺が何とかすりゃいいか」
「ありが と。まあ、みていて ね」
相棒がそう言うなら、まあいいさ。
万が一にでもパクりやがったら、すぐに槍をぶち込めばいいだけのこと。
確かに半竜の嬢ちゃんは、そんな馬鹿なことを冒険者ギルドの中でするようなやつにも見えねえしな。
半竜の嬢ちゃんが、相棒のこいつから受け取った装備を、華麗に身に着けるのは、なかなか様になっていた。
「かたじけない。この恩は忘れぬと、大いなる父祖、恐るべき竜に誓おう。では、【
「え え。 見させて、もらう わ」
なるほど、話が見えてきた。
この半竜の嬢ちゃんは【分身】なんて高位の術を覚えてやがったのか。
俺も呪文の勉強をこの麗しい相棒から教えてもらっているから、その術の難しさは聞いたことがある。
駆け出しが使うには荷が重い術だろうが、だから装備を借りたかったということか。
ギルドに居る中で一番真言呪文に長けているのがうちの相棒で、その装備を借りるのが確実と踏んだわけだな。
ギルドに入った時にざっと見渡しただけだろうに、目端の利くやつだ。
ま、うちのが装備を貸したんだ、当然【分身】の呪文は大成功。
半竜娘は、見事に二人に増えやがったよ。
珍しい【分身】の呪文を目の前で見れただけでも、装備を貸した価値はあったかもな。
「うむ流石は銀等級の装備品よ。では借りたものはお返しする、ご確認を」
「は い、確か に」
モノもきちんと返した、と。
こりゃ邪推しすぎだったかもな。
「では、また依頼の後に、今日の戦利品を献上しに参るゆえ。麗しきソーサレスよ、期待しておれ」
「そ ね、期待 して、おく わ ね?」
「おうとも、財宝を分捕って竜を狩ってくる。では」
きちっと礼をして、半竜の嬢ちゃんはギルドから出て行った。
「よし、そんじゃ俺らも依頼を選ぶか」
「い え、止めとき ましょう」
「あん、体調でも悪いのか? そんなら俺一人でもいいが」
「違う わ。ほら、今日は、竜が、来るから ね」
なんだあの半竜の嬢ちゃんの言ったことを真に受けてるのか、と茶化そうとしたが、相棒の彼女の目を見てやめた。
相棒の本気もわからないほど、付き合いが浅いわけじゃねえ。
竜が来るなら、確かに体力や呪文は温存しなきゃならんだろう。
「そうか。来るのか」
「そ ね、きっと」
どうにも波乱の予感がしやがるぜ。
△▼△▼△▼
さっきから訳のわからぬことばかりさせられておるし、今日は一段とティーアースの権能が強くなる星の並びなのか、身体を勝手に動かされることもしばしばある。
で、その天才の
確かに? 遺跡の転移罠が空間属性の魔法で誤作動しかねんとは、さっきギルドで冒険者が話しておったときに思い至ったぞ?
この辺境の街の地下に、おそらく未踏遺跡があったか、再稼働したかで、そこの転移罠のせいで冒険者が姿を消しておるだろうとも、ギルドで誰ぞが話しておったことから推測できておるぞ?
しかしそれがどこをどうすれば、空間属性の呪文に別の呪文で割り込んで魔法の構成をめちゃくちゃにしたうえで、転移罠を巻き込んで誤作動させて、その反動で狙いの場所に
ティーアース、さてはお主、阿呆じゃな?
阿呆じゃないにしても、頭おかしい奴じゃな?
……褒めておらぬわ!
いや、やるけどもよ。
やらぬとは言っておらんじゃろ。
ここまで来たらやらいでか。
で、ここが目当ての場所か。
この下水道で【狩場】を使った時に、一番多くの転移罠を巻き込める場所、というわけじゃな。
時間も概ね良いか? 魔力のうねりに合わせる必要があるとか言うておったろう。……うむ、良いのだな。
さて、では覚悟を決めるとしようかの。
どうせ、呪文を唱えて上手いこと転移したら、すぐ戦闘じゃろ?
強敵を屠るのは、蜥蜴人の本懐よ。宝物殿を暴くのは、冒険者の醍醐味よ。血が滾るというもの。任せておけ。
さあ、いざ行かん!!
沼竜が水路にいるとか、辺境の街の地下に転移罠がある遺跡があるとかは独自設定です。
Q.半竜娘ちゃんは、自分が今日昇天しちゃうのは納得してるの?
A.基本的に、生存優先の蜥蜴人としては面従腹背。
半竜娘ちゃん「今日が命日? いつまでも
TASさん「言うこと聞いてくれる可能性はゼロではないので、固定値積んで
蜥蜴娘ちゃんはTASさんの【言いくるめ】に抵抗できてない(抵抗できた子は追記の狭間に消えた)ため、TASさんの言うことには今のところ従っています。TASさんも従ってくれやすいように状況を整えているし、今後も状況を整えて最終的に断られないようにする方針です(宿敵撃破に力貸すよ。祖竜と一体になれるよ。ゴブリン滅ぼせるよ……など)。
でも、いざとなったら因果をねじ曲げて従わせようと思ってるあたりは、TASさんは邪神。