ゴブリンスレイヤーTAS 半竜娘チャート(RTA実況風)   作:舞 麻浦

77 / 170
閲覧、評価、お気に入り登録、誤字報告、感想記入、ありがとうございます! 捕虜救出で、“なんやかんや”したところの詳細です。さ、最初から別視点の裏パートで書くつもりでしたよ?(目反らし)

●前話:
マンチに三次元戦闘の手段を与えるな。
――どうして?
選択肢が広がりすぎてGMが死ぬからだ。見ろ、ダンジョンギミックは既にお亡くなりになった……。シナリオも虫の息だ……。



27/n 裏-1(捕虜救出詳細)

1.竜挺降下(ドラボーン)

 

 白い神官服に身を包んだ女神官は、悲鳴を上げないように必死にこらえていた。

 周囲に気を巡らせれば、同じく歯を食いしばっているだろう令嬢剣士一党の圃人女斥候や、知識神の神官の鉱人のくぐもった声が、轟轟と鳴る風の音に交じって耳に入る。出発前に見た冒険者証を思い出せば、彼らはまだ白磁の駆け出しだったはずだ。*1

 自分もなかなかに数奇な経験を積み上げていると思うが、駆け出しの時分にこの体験とは、これはこれで同情せざるを得ない。*2

 

 何せ、竜の背に乗って、空から砦に侵入するのだ。

 

――先の大戦の最前線では竜に乗った魔神の攻撃もあったと聞きますが。

 

 まさか自分がそれをやることになろうとは。

 しかも、混沌勢力でもなく、秩序側なのに。

 同じく竜の背の上にいるはずの、同期の半蜥蜴人の女を思う。この女傑は、分身の術も使えて、竜の翼で空も飛べて、天気を晴れにも出来るという凄腕だ。今乗っている、六人も載せられるくらいに広い背中を持つ人面飛竜も、彼女の分身体の変化である。しかしまあ……。

 

――ほんとうに、色々と紙一重というか、度し難いというか、なんというか……。

 

 女神官が慕う銀等級の小鬼殺しもなかなかのものだが、この半竜の巫女も、負けず劣らず()()()()(たち)だ。

 混沌の呪物を利用した儀式で祖竜に供物を捧げたり、地母神を慈母龍と意図的に習合させようとしたり、やることがギリギリ紙一重で混沌めいている。戒律(アライメント)は善のはずなのだが……。

 思えば出会った日――冒険者登録初日――に彼女がやらかした、古竜の族滅も、上手くいったから良かったものの、一歩間違えば辺境の街が竜災で滅んでいた。

 周囲への影響を軽んじているという面では、小鬼殺しよりも要注意かもしれない。

 

 しかも、小鬼殺しと半竜の巫女が二人そろうと、さらに相乗効果で加速度的にやらかしが悪化する。

 それを今、女神官は、身をもって実感していた。

 

 今回の竜挺降下作戦も、この二人の合作だという。

 姿を景色に溶け込ませる祖竜術を使っての、空からの隠密的な砦への潜入。

 小鬼たちも、気づくのは難しいだろう。まさに、慮外の一撃となるはずだ。

 

――私は私の仕事をしましょう。

 

 とはいえ、その作戦を合理的だと思ってしまう自分もいる訳で。慣れてきたなあ、と思わなくもない。

 

 砦の城壁が近づいてきている。

 いくら姿を術で誤魔化していても、着陸時の音までは誤魔化せないだろう。

 

 しかし、それならば音も奪えば良い。

 

「『いと慈悲深き地母神よ、(あまね)くものを受け入れられる、静謐(せいひつ)をお与えください』――【沈黙(サイレンス)】」

 

 女神官が小声で請願した、静謐をもたらす奇跡が、光学迷彩状態の人面飛竜(半竜娘の分身の変化)を包み込み、音もなく城壁の上に着陸させた。

 

「……」

「……」

 

 お互いに姿も見えず、音も聞こえないが、足裏から伝わる感触を頼りに、半竜娘の分身体である人面飛竜から降りると、積もった雪に符丁を書いて、二手に分かれて散っていく。

 腕を竜の翼にした半竜娘の巨大化分身体は、ここで待機だ。いざというときには暴れて陽動として注意を引きつけることも視野に入っているが、基本は脱出の足の確保のため待機となった。巨大化した防寒具(飛竜形態用)を着込んでいるので、この寒空でも平気だろう。

 

 女神官は、蜥蜴僧侶と、半竜娘の一党から臨時で加入した圃人の女斥候(TS圃人斥候)を加えた3人チームだ。

 蜥蜴僧侶は、出かける前に鉱人道士から懐炉の温石を貰っているし、水中呼吸の指輪もつけて、寒さへの対策を積んでいる。*3

 

 もう一方のチームは、令嬢剣士一党から圃人女斥候と鉱人神官がペアを組み、半竜娘がそれに加わっている。奇しくも、どちらのチームも、斥候・神官・竜司祭の組み合わせだ。

 呪的資源(リソース)的にも、斥候の人数的にも、純戦力的にも、捕虜回収用の空間拡張鞄の分配的にも、これが適正だろう。

 

――こっちのチームのリーダーを任されたのは、正直、荷が重いと思うんですが……。

 

 そう、なぜか、女神官がこっちの分隊(チーム)のリーダーに抜擢されたのだ。銀等級の蜥蜴僧侶を差し置いて――というか、まあ、自惚れでなければ、自分に経験を積ませるために、この思慮深き蜥蜴人は、一歩引いてくれたのだろう。

 荷は重いが、しかし、小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)からも任されたのだ。

 やらねばならないし、やり遂げたい。あの(ひと)の期待に、応えたい。

 

 砦の構造を調べ、出来ればこの機に一斉に捕虜を奪還する。それが今回の竜挺作戦の目標だ。

 そのために、静かに、速やかに、行動を始めなければならない。

 

 【沈黙】の範囲を自分たちの周囲のみに絞る。血を介して付与された【擬態】も、まだ維持されている。姿は背景に同化し、音は全て消えた。

 よほどのことがなければ見つかったりはしない、はずだ。――油断は禁物だが。

 

 事前に決めた通りに壁に白墨で符丁を書いて指示を出すと、半竜娘一党の圃人斥候が先頭に立ち、素早く砦内へと進み出した。

 

 

<『1.第一段階――『潜入偵察』は順調に推移中』 了>

 

 

 

  ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

  ▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

2.ありえないものの(たと)

 

 

 半竜娘(本体)が率いた方の砦潜入分隊(チーム)は、順調に砦を進んでいた。

 圃人女斥候は、斥候としての腕前は、女神官の方に付けたTS圃人斥候に劣るものの、半竜娘の【加速】の術による支援を受けて頑張っている。*4

 鉱人神官だって鉱人としての知識を生かして石を読み、この上古の鉱人(ハイラードワーフ)の砦の仕掛けを(つまび)らかにするのを助けていった。

 この二人をペアにしたのは正解だった。今も協力して、砦の警戒(アラート)の仕掛けを見抜き、引っ掛からないルートを辿るようにしたところだ。

 

「……やるのう。【加速】の術をかけておるとはいえ」

「まあね~」

「ここまでしてもらって、足を引っ張るわけにはいかんのでな」

 

 半竜娘の感心にも、緊張感を保って返事をする圃人女斥候と鉱人神官。こっちのチームは【沈黙】の奇跡は使っていないので、普通に会話している。

 少し、罠を見破るのにヒヤッとした場面があったし、調子に乗らず適度な緊張感を保っているのは良い傾向だ。

 

「ここの罠を小鬼が手入れしておるとは思えんがな……」

 

 やはり、小鬼殺し一党の鉱人道士が出発前に見立てた通り、上古の鉱人(ハイラードワーフ)の死霊が使役されているのだろう。

 使役された死霊が城砦を保守しているせいか、小鬼では使えないような、かなり複雑な機構の罠まで稼働状態にあるようだ。

 

「しっ」

「……!」 「……!」

 

 その時、向かいから軽い体躯の足音が複数。

 おそらくは小鬼だろう。

 

「跳ぶぞ、(つか)まっておれ」

「きゃっ」 「ぬっ」

 

 半竜娘は、圃人女斥候と鉱人神官の居場所を気配だけで捉えると、片手と尻尾でそれぞれを抱えて跳躍し、空いた片手の爪を天井に突き刺し、片腕の力だけで天井に張り付いた。

 地を這う生き物は、自分より上にはなかなか目がいかないものだ。

 十分やり過ごせるだろう。

 

『GGOOBB!!』

『GOBR……』 『GOOB……』

 

 ヤモリのようにべったりと天井に張り付いた半竜娘は、【擬態】の術の効果で風景に溶け込みながら、下を通る小鬼たちを観察する。

 おそらくは巡回兵。装備が良い真面目な伍長に、サボりたがりの二等兵たち、といったところか。

 

――真面目な小鬼など、在り得ないものの代名詞じゃろうに。まさかそんなものを見ることになろうとはな。

 

 息を潜め、巡回の小鬼たちをやり過ごす。

 ここで巡回の小鬼を殺してしまえば、きっと戻らない仲間を不審に思うだろう――という程度には、この砦の中の小鬼たちは軍秩序を構築しているように思える。

 

 小鬼たちが曲がり角を曲がったところで、半竜娘はそのしなやかな筋骨を生かして、天井から音もなく着地。

 抱えていた二人を解放する。

 

「……行くのじゃ」

「あいよ」 「承知」

 

 (あた)う限り静かに、竜司祭・斥候・神官は砦の中を再び進み始めた。

 既に地下は確認した。捕虜たちは地下牢の遺構を利用して捕らえられていた。

 しかし、捕虜が留置されているのはそこだけとは限らない。

 

 途中で見つけた施設の中には、火を入れられた炉と、何かの鉱石が積まれた部屋があった。

 そちらの労働力となっている捕虜も居るかもしれない。あるいは、鉱石を採掘する鉱山の方にも。

 これから高いところ(上層階)を見に行くついでに、【竜眼(ドラゴンアイ)】の術で遠くを見渡すべきだろうか、いや、それは城壁の上で丸まっている分身体に見させれば良いか。

 そう思って、分身と視界を共有すれば、雪の上に足跡がある。どうやら外の捕虜の居場所も見つけられそうだ。

 

 これまで調べた砦の構造と、半竜娘の土木の知識、鉱人神官のドワーフ砦への造詣を合わせて、幾つか、他の捕虜が居そうな場所の目星もつけている。

 あとは、そこにいる捕虜の人数や、状態を確認すれば、一旦、女神官のチームの方と合流しに戻っても良いだろう。

 

「小鬼らしくない……か。不気味じゃが、捕虜を勝手に引っ張っていって遊び道具にしたりしない程度に秩序立っておるのは、助かるのう。妙なイレギュラーでの取りこぼしを心配せなんで済む」

 半竜娘の言うことも、一面の真実ではある。小鬼らしい無秩序さを発揮されていれば、捕虜全員の把握には、もっと時間がかかっていただろう。いや、逆に捕虜の生き残り自体がゼロになっていたかもしれない。

 

「奴らのうち、装備がいい奴は、随分と真面目そうだったね。点呼する小鬼とか、普通なの?」

「いやいや、聞いたこともないぞ」

 圃人女斥候と鉱人神官が不思議そうにしている。令嬢剣士一党の彼女・彼らは、小鬼退治は初めてだ。普通の小鬼についても良くは知らないのだ。

 

「小鬼は阿呆だが、間抜けではない……しかし、真面目なわけもなし、普通ならの。今、目にしておるのは相当に珍しい、いや、この広い四方世界でも、本来は在り得ないもののはずじゃよ」

 

 四方世界にありうべからざるもの、それは、下品な森人、下戸(げこ)の鉱人、少食の圃人、そして――。

 

<『2.→“真面目な小鬼”』 了>

 

 

 

  ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

  ▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

3.死霊術の基本は死者(遺志)との対話

 

 死霊術というのは、死者を(よみがえ)らせる術ではない。

 死者は蘇らず、死は不可逆。

 死霊術は、残された未練などの残滓、いわば世界に残された傷跡をなぞることで、そこに込められた遺志を奏でているのだ。*5

 よほどに大きな《死》あるいは《生》の力によって(ことわり)が捻じ曲げられていれば別だが……。――例えば、10年前に踏破された《死》の迷宮。例えば、火吹き山の《死》の魔術師。それらのように、魂を霧散させずに呪縛することで、死を覆す領域が現れることもある。

 

「小鬼の死人占い師(ネクロマンサー)がいるだなんて、にわかには信じられません……」

 女神官が静かに首を振る。

 

「ですが、実際に、上古の鉱人の半霊体が働いておりましたぞ。まあ、拙僧も信じがたい思いですがな。おそらく、小鬼のネクロマンサーの力量が高いというよりは、奴が持っていた鉱人の頭骨をあしらった杖に、その秘密があるのだろうと睨んでおりますが」

 蜥蜴僧侶も、事実を認めつつも、一方でまた不思議そうにしている。

 

 ――ここの小鬼たちは、どうにもおかしい。

 

「オイラもその辺は同意だけど、余計なことに気を取られてる暇はねーし。こっからは時間との戦いだかんな」

 

 だが、それはそれとして、捕虜を救出しなくてはならない。

 半竜娘の一党の一員であるTS圃人斥候の言うとおり、余計な考察は後回しだ。

 

 つい先ほど、一旦、半竜娘の分隊(チーム)と合流し、それぞれがマッピングした砦の地図と、救出すべき捕虜の数と拘禁場所を確認した。その時に、【沈黙(サイレンス)】の奇跡は解いてしまっているが、【擬態】の術は継続している。

 持ち寄った情報をもとに、小鬼どもに気取られないように、しかし、最高効率で捕虜を解放して回るルートを選定し、今はまた分隊(チーム)に分かれて配置につき、決行の合図を待つばかりだ。

 

 女神官、蜥蜴僧侶、半竜娘の仲間の圃人斥候(TS圃人斥候)は、砦の地下へ繋がる階段を下りたところで息を潜めている。

 決めた段取りのとおりに動くべく、合図を聞き逃さないように耳を澄ませる。

 じっとりと緊張が高まっていく。

 

 と、そのとき。

 

 ――――砦を揺るがす爆発音!

 

 これが合図の音だ!

 鍛冶区画の炉の燃料に細工して火薬を仕込み、時限式に爆発するようにしていたのが、いま作動したのだ。

 

『GGGOOOBB!? GOOBBB!!』

『GOBR』 『GOBGOB』

 

 真面目な方の小鬼が、不真面目な――つまり普通の――小鬼に指示を出し、自分は爆発音の方へと駆けだした。

 【擬態】で息を潜めている女神官たちの横を、真面目な小鬼――小鬼精兵が通り過ぎた。

 気づかれることはなかった。

 

『GOBBBB?』 『GOOOBB!!!』

 

 おそらく、“行ったか?” “行ったぞ”みたいな会話をしたと思しき、雑兵の小鬼たちが、その黄色い瞳をにんまりと細める。

 小うるさい上官が居なくなったので、捕虜をいたぶるつもりだ。

 組み敷いて、殴りつけ、衣服を剝いで、ぶち込んで――

 

「はい、おしまいな」

 

 もちろん、その妄想は現実になることなどなかった。

 半竜娘の仲間の圃人斥候(TS圃人斥候)が、鍛冶場で拾った火箸を両手に持って、電光石火で小鬼の後頭部に差し込んで、小鬼たちの脳を掻き混ぜたからだ。

 小鬼たちの目がめちゃくちゃに動き、痙攣し――そしてその身体が崩れ落ちた。

 

「おっと、音を立てられちゃ困るんだった」

 

 崩れ落ちる小鬼の身体を支え、ゆっくりと座り込ませるようにする。

 傷から血が漏れないように、後頭部に刺した火箸は、抜かずに刺したままに。

 

「御見事」

 蜥蜴僧侶がその手際を褒めた。

 

「まーな。今から鍵開けちまうから、そしたら捕まってる()らを、さっさと空間拡張鞄に突っ込んでくれよな」

 言ってる間にも、圃人斥候は【手仕事】で鍵を開けていく。……ところで、見張りの小鬼精兵は、鍵を持って行ってしまっていたようで、殺した雑兵小鬼は鍵を持っていなかった。どうやって牢の中の捕虜を虐げるつもりだったのやら……。

 

「あの、本当に何の説明もせずに(かばん)に入れちゃうんですか……? “助けにきました”くらい言っても……」

 女神官がか細い声をかける間にも、【擬態】で不可視化した蜥蜴僧侶は、無事な捕虜たちを、空間拡張鞄にぽいぽいと、悲鳴をあげそうな素振りを見せた者から順に放り込んでいく。あらかじめ風精を先に閉じ込めているので、窒息の心配もない。

 その拉致姿は堂に入ったもので、蜥蜴人もまた奴隷をよしとする略奪種族であることを思い出させるものだった。

 

「そうは言っても、いちいち説明してる時間もねーし、騒がれても困るし。“静かに”くらいは言ってもいいけどな。それより、そっちも、消耗している捕虜にポーション飲ませてやってくれよな。回るのはあと一か所あんだから。手際よく、な」

「うぅ……はい。ああ、すみません、みなさん。これもみなさんのためなんです……」

 

 躊躇したのは一瞬だけで、女神官は意を決すると、ポーションを片手に瀕死の捕虜たちに応急手当を施し始めた。

 

 

<『3.生の苦しみは生者の証』 了>

 

 

 

  ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

  ▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

4.すべては雪が覆い隠す

 

 砦内を火付けや爆発で混乱させている間に、砦内の捕虜は全て空間拡張鞄に放り込むことができた。

 そして砦の城壁の上で休んでいた半竜娘(分身:人面飛竜形態)の元まで、女神官チームも、半竜娘(本体)チームも無事に撤退してきたところだ。

 それぞれが積もった雪に符丁を刻んで、点呼代わりにすれば、全員揃ったと知れた。

 

「首尾は上々といったところじゃな。二回ほど、真面目ぶっておる方の小鬼に見つかってしもうたが、死体は回収したから、暫くはバレるまいて」

 半竜娘は、捕虜を入れるのとは別の、比較的小さな空間拡張鞄を掲げて言った。

 それは、最近買った、文庫神官の空間拡張鞄のようだった。容量的にも、小鬼2体の死体と装備でいっぱいになってしまうくらいだ。

「げ、死体を回収したって、まさか直に入れてないだろうな? それ洗えるのか? 怒られても知らねーぞ」

「ちゃんと血が出ないように(くび)って殺しとるし、ずた袋を二重に被せて括っとるから平気じゃと思うぞ。それでも匂いが付いたなら、きちんと洗って返すつもりじゃよ」

 

 半竜娘とTS圃人斥候がそんなやり取りをするうちに、侵入組は全員が、人面飛竜の分身体の方に乗ったようだ。

 

「姪御殿、これで全員のようですぞ」

「あい分かった! 離陸じゃ!」

 

 半竜娘(本体)の言葉とともに、分身体は城壁を蹴って勢いをつけて滑空した。

 そして揚力を得て、羽ばたき、上昇。

 黒煙が所々から上がる砦を眼下に納めて、上空をゆるりと一周。

 

「……ここまで無事に済んで良かったです」

 女神官がほっと一息。

 

「はー、何とかなったぜ……集中が保ってよかった……」

 令嬢剣士の一党の圃人女斥候は、罠を解くのに疲労困憊といった様子。白磁にしては頑張った方だろう。

 

「……やはり、使役されておったご先祖様方が気になるがのう……。なんで小鬼なんぞに……」 令嬢剣士一党の鉱人神官は、死霊術で操られていた上古の鉱人(ハイラードワーフ)たちが気になる様子。小鬼ごときの死霊術を跳ね除けることは、古の戦士たちには難しくないだろうに、何か理由かギミックがあるのか……。

 

「さて、あと一仕事、最後まで気を抜かずに行きましょうや」

 蜥蜴僧侶の言葉に、皆が気を引き締め直した。

 

 とはいえ残りは、離れた場所の採掘場に留置された捕虜を救出するだけ。

 砦から離れているため、討ち漏らしにだけ注意すれば、そこまで手間取ることもないはず。

 最後だし砦からも離れているので、派手にやっても良いわけで。

 

「あとは、砦内の混乱が収まったときに、小鬼らが出陣を(あきら)めるくらいに、この辺を吹雪(ふぶ)かせておかねばならんのう――カエルム()エゴ()オッフェーロ(付与)――【天候(ウェザーコントロール)】!!」

 

 半竜娘の意思が、真言を通じて吹雪を呼び、一帯を白く、白く、覆っていった。

 

 

<『4.小鬼聖騎士の最悪な一日(一日で済むとは言ってない)』 了>

 

 

 

  ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

  ▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

5.まじないの基本は“血”

 

 

 

「『我が身に連なる一雫、彼の命に波紋を起こし、螺旋となりて力を呼ばん』――【竜血(ドラゴンブラッド)】。これに封じるは【擬態(カモフラージュ)】の力――『捕食者たる狩人(ヤトウジャ)よ、彼の身を光の影となせ』」

 半竜娘(分身)が、自らの血に術を込めて、瓶の中へと滴らせた。

 瓶の中には、血を固まらせないように薬剤を入れた液が入っている。

 これにより、光学迷彩のポーションを作っているのだ。

 

「うむ、良しじゃ」

 天井で頭を打たないように身をかがめて、滴る血の具合を見ていた本体の方の半竜娘が、睡眠学習で得た魔道具職人としての錬金術の知識を駆使して、仕上げの処理をして、瓶に封をした。

 同じ要領で、本来は本人にしか効果のない祖竜術をポーションに込めれば、遠くを見渡す【竜眼】のポーションや、火と毒への耐性を与える【竜命】のポーション、あるいは、手を翼とする【竜翼】のポーションすらも作れるはずだ。

 

 ここは村の薬師の娘の家の、調合作業場だ。狭い。

 

「はあ、都会の術士さんは凄いですねー……」

 工房を貸してくれた村の薬師の娘が感嘆した。

 今見ていただけでも、一瓶のポーションを作るのに2回も術を使っている。

 しかもまだまだたくさん作るため、これからさらに何度も術を使う予定だというのだ。贅沢すぎる!

 

「修行の賜物じゃて!」

「はー、修行ですか」

「うむ! もちろん、手前は天稟(てんぴん)に恵まれ、運もあったんじゃと思うがな!」

「しかも、私より年下ですよねー……蜥蜴人基準で成人してるとはいえ……」

 

 蜥蜴人の成人は13歳。

 半竜娘は、薬師の娘はもちろん、村に滞在する他の冒険者の誰よりも若い。

 しかしながら、祖竜の寵愛が(あつ)いためか、あるいは若いからこそか、成長著しく、もう既に一端(いっぱし)の中堅冒険者だ。

 戦闘力だけなら、銀等級相当だろう。

 

「なんのなんの、まだまだこれからじゃてな。偉大なる祖竜の列に加わるには、まだまだ」

「はー」

 

 村の薬師の娘は、感嘆するしかない。

 祖竜になるということは、つまり、只人的な価値観で言えば、戦乙女様のように、定命の者から神に昇るということだ。

 

「すごいですね……」

 

 自分は、村で一生を終えるのだと思っている。

 でも、妹はどうだろうか。

 

 竜を目指す蜥蜴人、貴族令嬢の魔法剣士、森から出てきたエルフの御姫様、地母神に仕える可愛らしい神官……。

 そう、まるで御伽話みたいな冒険者たち。

 

 それをキラキラした目で見る妹は、あるいは、冒険者に憧れて村から出ていくのかもしれない。

 

 周囲の村が小鬼に滅ぼされてしまった中で、砦から助け出した捕虜たちの行く当て、身の振りも考えなくてはならない。

 全てを村で受け入れるには、この雪山の村では農地が足りないだろう。

 そう思うと、妹が村を出ていく状況について、いやな現実味が出てきてしまった。

 

(……妹が、冒険者になるにせよ、他の村に嫁ぐにせよ、薬師の技術は持ってて損はないはず)

 

 妹のためにも、自分の持つ技術は伝授しよう。

 そして、この目の前の半竜の女術士からも、精一杯学び取ろう。これはチャンスだ。

 決意新たに、薬師の娘は、半竜娘の一挙一動を見逃さないよう、手伝いに集中した。

 

 

 

<『5.まじないを祓うのは“知”』 了>

 

 

*1
圃人女斥候と、TS圃人斥候:圃人で斥候で女でかぶってしまった。概ね、令嬢剣士一党の方は『圃人女斥候』、半竜娘一党の方は『TS圃人斥候』と表記。

*2
初ゴブリン退治:ゴブスレさん(イヤーワン)とか女神官ちゃんみたいに、ホブあり毒ありシャーマンありのかわいがり(ガントレット)セットに当たるのは、四方世界全体から見れば稀。ましてゴブリンパラディンとか、令嬢剣士一党は、運がないにも程がある。

*3
水中呼吸の指輪:【呼気】の術が付与された指輪。水属性の悪影響を遮断、軽減する。寒さにも効く。

*4
加速ヘイストによる支援:バフ特化構成の術士である半竜娘が使う加速は、全判定におよそ+4のボーナスを与える。これは、白磁の駆け出し(職業レベル1から2)を中堅レベル(職業レベル5から6)に強化することを意味する。

*5
死霊術ネクロマンシー:奇跡と魔術と精霊術の狭間の術式とされる。生命と死の循環に仕えるものたちは、死者の想念を震わせて力を借りる。詠唱は不要だが、土地や死体などに特殊な印を刻む必要がある。

 蓄音機に刻まれた溝を撫でて音を奏でたとて、それは録音したときの生音そのものが蘇るわけではないように、世界に残された死者の想念を震わせたとて、それは生前のものそのものが蘇るわけではないのだ。




【擬態】に【沈黙】を重ねると、冒険者同士の連携もままならないことに途中で気づくというね(書き直し案件)。光学迷彩状態だとハンドサインも使えないので、雪や白墨を介して意思疎通するように修正。
ちなみに、隠密特化の蜥蜴人は、プレデターになりえます。蜥蜴人は、ゴジラにもプレデターにもなれるポテンシャルがあるのだ……!

次回は、雪山で小鬼たちと決戦です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。