A.C.198年、地球、ルクセンブルク―
寂れた小さな古城に、プリベンターの車列が到着した。
人員輸送車と指揮通信車、不測の事態に備え携行型ロケットを格納した特殊車両からなる車列は、城門から少し離れた広場に停車する。輸送車の後部ハッチが開き、プリベンターの調査員が降り立つ。MSパイロットや整備士、軍事技術の研究者や特殊部隊の構成員など、彼らの前職は様々だった。少なくとも、かつて兵士や技術者として軍や戦争に関わっていた者への再就職先として、この『火消し』はひとつの有力な選択肢だったと言える。
その道を選んだ者の中に、かつてガンダム05こと、シェンロン・アルトロンガンダムのパイロット、張五飛の姿があった。
「こちらナタク、これより進入する」
《了解、何があるか分からん。気を抜くな》
「了解」
ナタクのコードネームで活動する五飛は、調査員を連れて城へと入って行った。古びた城ではあるが、打ち棄てられてから長い時間は経っていない。外壁も庭の植え込みも、城内の装飾品に至るまで小奇麗に整えられていた痕跡があったからだ。放棄されたのは数年以内と見てよかった。
「やはり、ここに……」
今回、この古城の調査が決定されたのは、かつてここにガンダニュウム合金が運び込まれたという記録からだった。サンクキングダムをめぐる攻防の最中、突如として現れた新たなガンダム、その名は―
OZ-13MSガンダムエピオン
近接武器しか装備していないという異質なMSを開発、製造したのは元OZ総帥トレーズ・クシュリナーダであり、彼が幽閉されていたのが、この古城なのだという。五飛達は上階から降りる形で城内を調査し、MSはじめ兵器開発に使われそうな資料を探索した。
「こちらナタク、西側の調査は終わった。目ぼしい物は特に無し。これより地下の調査を行う」
《こちらウォーター、了解。東側の調査が終わったら合流する》
ウォーターことサリィ・ポォと連絡を取り、五飛は地下室への階段に足を踏み入れた。ライトのバッテリーは残っているし、光も充分に目の前を照らしてはいる。それでも、質素な石造りの階段を一段一段と降りるたび、反響する足音が不気味な金切り声にも聞こえてきては、辺りが暗くなっているような錯覚にさえ陥りそうだった。永遠に続くとも思われた階段が終わり、一行は地下の通路に出ていた。腕時計を確認すると、先程サリィと連絡を取り合ってから五分と経っていなかった。
「進むぞ」
五飛が合図すると、残りの調査員も黙って頷いた。やはり、無人の古い建物というものは、いつの時代であっても根源的な恐怖をかき立てる。しばらく歩いた後、一際大きな書庫に出た。そこはかつて、ヒイロ・ユイがトレーズと出会い、ガンダムエピオンを受け取ったあの場所である。
「これだけの蔵書となると、骨が折れるな」
「後続も来るとはいえ、我々だけでは手が足りない。調査日数か人員を増やしてもらえるよう頼むか」
「フランス語が分かる奴いるか?」
「こっちはドイツ語だ……なんてこった、イタリア語まで混ざってるぞ」
書棚の調査に取り掛かった調査員が口々に言う中、五飛は一台のパソコンが机の上に置かれているのを見つけた。地下書庫だけは電源が独立していたため照明はついたが、パソコンは内部機器の劣化が原因なのか動かない。内部データが現地で確認出来ないためとして、持ち帰る事にした。
その後、サリィ達と合流して蔵書の調査に乗り出し、最終的に倍の人員と日数を要した。結果として蔵書は何の変哲も無い歴史書や伝記ばかりで、特定のページや文字に暗号が示してあると言った事もなかった。この一件で調査員の大半は、しばらくは紙の書類を見る事さえ嫌がった。
「どうだ、何か分かりそうか?」
「今、中身を解析している」
プリベンターの本部にて、持ち帰ったパソコンの内部を解析していた五飛に、レディ・アンが尋ねた。彼女としても、トレーズが自分にも明かさなかった秘密を隠していたというのであれば、知るという以外に選択肢は無い。ガンダム01ことウイングガンダムを回収した時も、トレーズは地下室については何も話していなかった。
「中身の多くはガンダムエピオン……ゼクスの乗っていた黒いMSに関するデータだな」
「そうか。ところで、その隠しファイルは何だ?」
「パスワードで認証するタイプだ。先程から試しているが、うまくいかない。トレーズがパスワードに設定するような言葉、思い当たる節は無いか?」
「トレーズ様の……」
レディ・アンは五飛の言葉に、考え込むように唸った。トレーズは人に愛情を注ぐが、その注ぎ方は平等のようであり、歪でもあった。娘マリーメイアを遺しておきながら、OZでは公私共にレディを侍らせていた。普段からあまり建前で話すタイプではなかったが、本音の裏にさらなる真意を隠す素振りもあった。彼が構想した完全平和への道も、常人には理解しがたい論理と倫理観が織り成しており、彼女がそれに辿り着くまでに要した時間は短くなかった。
「星座……」
「星座がどうかしたのか?」
「いや、気になってな。OZのMSは基本的に、星座の名前を冠する事が多かった。私が知らされていなかったのは……双子座、蠍座、射手座、水瓶座か」
「蠍座は俺達が見た。残り三つ……」
「思い出した、双子座は報告があった。MO-Ⅴ宙域で開発されたガンダムジェミナスだ」
「そうなると、残りは二つ……エピオンはギリシャ語だったな。射手座と水瓶座をギリシャ語で入れてみるか」
五飛は隠しファイルのパスワード認証画面を呼び出し、射手座を意味する
「OZ-14MS……ガンダムアクエリアス……?」
モニターに映し出されたのは、ガンダムエピオンと類似した形状のガンダム型MSで、特徴的なのは両肩から大きく張り出した三対の突起状構造だった。カラーリングも青を中心として赤が差し色として挟まれており、見様によっては毒々しささえ感じさせる。
「この機体形状は……武装などのオプションが付いていない状態でこれなのか?」
「俺が乗っていたナタクもそうだったが、この肩の部分に特殊兵装の類が搭載されているかもしれん」
五飛はアクエリアスの特異な形状が気になり、さらに細かい仕様や設計上のスペックを確認した。それは見れば見るほどに異質、異常という言葉が似合う機体で、ジェネレーター出力の都合上、リーオー並みのビームサーベルさえ扱えないという有様であった。
「ビームサーベルさえ使えないほど、何かにエネルギーを割かれているようだな」
「そのようだ、バルジを両断する出力のエピオンと同型でありながら、この武装の貧弱さはおかしい」
二人のデータ探索は続く。特に気になったのはエネルギーの行方であり、その答えは両肩のデータから出てきた。
アンチMDウイルス
半径100km圏内の
「決闘を重んじたエピオンと、MDの無力化すなわち否定に特化したアクエリアス、か」
「トレーズ様は、人を介さない戦争こそが最も無慈悲でかつ残酷であると仰った。人は人でなければならない、とも」
「……奴は、この俺を理解者と呼んだ。確かに、俺は本来のオペレーション・メテオを否定し、弱い者は戦ってはならないという考えだった。正義をもって倒すべき悪を倒せば、それで良いと思っていた。だが、マリーメイア軍に属して分かった事もある。立ち上がった民衆は武器の一つも持っていなかったのに、あの場の誰よりも強く、そして戦っていた。まるで、俺の考えがここまで至る事さえ見透かされているようだ」
五飛はガンダムアクエリアスに関するデータを閉じると、席を立って窓辺に寄った。窓の外は夕陽に照らされたビル群、その眼下で行き交う人々は、また今日という日を終えてゆく。地球、地球圏、宇宙から見れば一粒の塵芥にも満たない存在が、寄り集まれば恒久的な平和も、破滅的な戦争ももたらす事が出来てしまう。だが、その運命の輪を動かすのは、人の意思でなくてはならない―
「このデータはどうする?平和を脅かす兵器として処分するか?」
「いや、バックアップを取っておく。そして必要な時が来たら、然るべき人間が用いればいい」
ガンダムアクエリアスの存在は、プリベンターの中でも一部の者のみが知る存在として秘匿され、その後の行方は記録されていない。