「思ったより広いですね」
扉を開けてすぐの所にキッチン、シャワールーム、唯一の部屋の両サイドにそれぞれベッドとデスクが置いてあること以外には、大した見所もない極々ありふれた寮。箪笥がひとつということはルームメイトと共用、ということなのだろうがそれは配慮が足らなすぎると思わなくもない。ナインからしてみれば、まだ見ぬルームメイトが男であることを祈るばかりであった。
「まだ、ルームメイトは到着していない、と」
しかし、今日は入学式の一週間前。まだ到着していない、というのも有り得ることだ。
まあ、入学に遅れる、などということにならなければそれで構わない。ベッドはどちらでも構わないが、早い者勝ちということで良いだろう。どうしてもと言われたなら変われば良い。そう完結したナインは、キャリーバッグから粗方の荷物を取り出すことに。
「⋯⋯ああ、そう言えばこのデバイスとかいうのはセッティングとかはしなくて良いのでしょうか⋯⋯いえ、追追考えれば良いですね」
入学が決まってから郵送されてきた『デバイス』と呼ばれる携帯端末をまじまじと見つめる。なんでも、様々な機能があるにはあるらしいのだが説明書は一番下の弟が間違って捨ててしまった為に詳しくは分からないのである。タイミング悪く、統一学園に通っていた彼の兄姉は主神の命で他の世界線に行ってしまって半年は帰ってこないという。八方塞がりの状態であった為にほとんど機能を理解することなく今日に至ったというわけである。
あれこれ考えていても仕方がないとして手早く荷物整理を始めると、しかし持ち前の手際の良さから即座に片付いてしまい、手持ち無沙汰になってしまう。
「学園を見て回りましょうか」
案外良い考えに思えた。
ナインは、デスクの上に取り敢えず放置していたデバイスをポケットに入れると部屋を後にした。デバイスは、この学園においては常に持ち歩かなくてはならないきまりなのである。
▽
そうして、新天地の探索に若干心踊りながら寮を出たナインであったが、早速帰りたくなっていた。
青空の下、往来のど真ん中の人だかりに釣られて、野次馬をすることの愚かしさを身を持って知ったとも言える。
「てめえ、どこの田舎世界線から出てきたのかは知らねえが、よっぽど俺の事をキレさせたいらしいな」
「私は別に貴方をキレさせたいわけじゃないわ。貴方がかってにキレたのでしょう?」
「⋯⋯てめえ⋯⋯!」
騒動の渦中にいるのは、どうしてそんなあからさまな見た目であからさまな振る舞いができるのかと突っ込みたくなるような柄の悪い大男と、その取り巻きらしい二人。
そして、もはや知らぬ仲ではない先の黒髪の少女、
困惑するナインを目敏く見つけたセシリアは、面倒臭げかつ興味無さげにしていた眼に若干の輝きを取り戻してナインに手を振る。ナインの眼は若干輝きを失った。
「ナイン君、さっきぶりね」
「⋯⋯はい、セシリアさん。先程ぶりです」
「てめえ、このクソアマの仲間か? ぁあ?」
なるほど。これが俗に言う“テンプレート”というものか。一人納得するナインの元へ、大男がズカズカと歩み寄る。二メートルは優に越そうかという巨躯は、純粋な人間種とは思えない。恐らくは、どこかの世界線の突然変異人類か、適応人類か。その肉体以外は、ほとんど人間と変わりがない為、適合者や覚醒者である可能性もある。
「⋯⋯ああ、いや申し訳ありません。俺はセシリアさんの友人ですから、セシリアさんの代わりに謝罪します」
「はっ。なら、頭下げろや」
その言葉を大男が発した瞬間、空気が変わった。
「それは、よく熟考した発言ですか?」
「⋯⋯っ!? あ、ああ、そうだ! お前の連れが人様に無礼を働いたんだ。当たり前だろ!?」
「当たり前⋯⋯ですか」
ナインやセシリア、この大男を含めたこの全世界統一学園に通う生徒たちは、それぞれの出身とする世界線の代表として、この第一世界戦であるアダム・スフィアに出向いている。
そんな他の世界線の代表が、他の世界線の代表に頭を下げさせる。それは、明確な世界線間での
「⋯⋯それならば、仕方がありません」
取り敢えず、学生方の実力を図るには良い機会でもある。やろう。
敬愛すべき主神と、彼が愛する世界への侮蔑とも取れる目の前の大男の考えなき愚行に、兄弟姉妹の中では比較的自我の薄い自分が珍しく腹が立ち苛立ちを覚えている。ならば、そうするべきで、この学園ではそれが
ナインは、唯一、主神より教えられていたデバイスの機能を行使する。
「
第二世界戦。ナインの名乗りの最中にその言葉が出た辺りで、周囲の野次馬が騒然とする。
ナインがデバイスの画面をゆっくりと相手へ向けると、“DUEL”と表示されたウィンドウが中空に提示された。
「―――
『決闘システム』。それは、この学園において物事を解決する際に用いられる格式。
肉体と技術と能力の限りを尽くす戦闘だけでなく、知恵や芸術センスで戦う場合もあり、多様な場面で白黒つける為に使われるのが決闘システムである。
気圧されて大男が後ずさる。
「だ、第二世界線⋯⋯!?」
「戦わないのならば、去りなさい。去れば、主の名においてこの件は不問にしましょう」
ナインがそこまで言うと、大男はナインを睨み付けて吠える。
「負けたらどうなるか、分かってんだなぁ!? 第一〇〇一世界線、バルバロイ・ユニオン代表エドヴァルドは決闘を受けるぜぇ!!」
自らを奮い立たせるようにして決闘を受諾したエドヴァルドは、後ろで物言わず怖気付いていた二人を指す。
「形式は三対三の殲滅戦。俺はコイツらと組む」
「それで構わないですよ。しかし、俺は誰と組めば?」
「そんなの決まってんだろ。そこのクソ女だ」
「クソ女じゃないわ」
「⋯⋯しかし、三対三では一人足りていない状態では条件を満たしませんが⋯⋯いったいどうするつもりですか?」
エドヴァルドはナインの当然の疑問に対してニヤリと笑うと、唐突に周囲の野次馬の顔を見回し始める。そして、ある青年の姿を目に留めると、勢いよく指指した。
「そこのいけ好かねえ顔した優男だ。お前らはそいつと組め!」
「⋯⋯なんで、オレなんだ⋯⋯?」
当の指を指された煤けたような灰色の髪の青年は、顔に困惑を浮かべて疑問を呈するが、エドヴァルドは聞き入れず話を進める。
「彼は無関係のはずですが」
「決闘において、選択権を与えられた側は決闘に関する事柄において学園内で相応の権威と強制力を有するようになるんだよ! 知らなかったとは言わせねえぜ!?」
「横暴な⋯⋯!?」
「知りませんでした⋯⋯」
とんだ詭弁に聞こえるが、事実である。流石に行き過ぎた横暴は出来ないが、ある程度は要望が通るのである。
あまりにもあまりな展開に呆然とする青年に対し、ナインは巻き込んでしまったことを心の中で謝罪しつつ、話を進めることにする。
「要望は他にありませんか?」
「あとは⋯⋯そうだな、そこのお前、立会人になれ!」
まだあるのかと辟易とする中、エドヴァルドは今度は野次馬でもない通行人を呼び止める。
いきなり呼び止められた、ショートの白髪の少女にも少年にも見えるような整った容姿の人物は、髪と同色の眠たげな眼をエドヴァルドに向けて首を傾げる。
「ボク?」
「ああ、お前だ。お前が俺達の決闘の立会人になれ!」
「⋯⋯セシリアさん、これも通るのですか?」
「ええ、恐らく」
立会人というのは、その名の通り決闘に立ち会う第三者。公正な立場から、戦闘不能やルール違反であると判断した場合に口出しをする、言わばジャッジのような存在である。
しかし、どれだけ巻き込めば気が済むのか。エドヴァルドの横暴かつ短絡的で粗野な振る舞いに、ナインは嘆息する。流石にこれは酷い。
「まあ良いけど⋯⋯」
「そうかそうか! なら、一時間後に第一決闘アリーナで決闘を執り行う! 精々、怯えていると良い!」
「⋯⋯そこまで決めるのですか」
先程の萎縮は何だったのかと問い質したくなるような増長具合。
どこまでも見た目相応な大股歩きで去ってゆくエドヴァルドの背中を見つめながら、ナインは呆れ返るほかなかった。
一先ず、自分達も自己紹介くらいした方が良い。興味を失ったらしい野次馬が散っていく中、ナインはその場で立ち尽くしていた灰色の青年に声を掛ける。
「俺はブレイブ・ナイン。巻き込んでしまって申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「⋯⋯ああ、確かにいい迷惑だが、これくらい気にするな。オレはアルフレッド。アルフレッド・キーマインだ。よろしく」
「私は、セシリア・ルイス・グランディオス・ヴァンガードよ。よろしくお願いするわ」
彼とも何やら縁がありそうだな、と頭の片隅で考えながら、アルフレッドと名乗った青年の差し出す手を握り返すナイン。何はともあれ、エドヴァルドとは違って、話の通じる人物で良かったと一安心である。
そう言えばもう一人巻き込んでしまった人物が居たが、彼女はどうしたのだろうか。ナインは、辺りを見回すがそれらしい姿は確認できなかった。
会場で会えるだろうからその時にでも謝罪をしようと決めて、ナインは二人とともに第一決闘アリーナへと向かうのであった。
―――かくして、全世界統一学園新入生間においての初の決闘の幕が上がるのであった。
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