結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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つい最近ゆゆゆいの存在を知りまちた。

前回のあらすじ
すでに結城友奈は勇者だった


Not alone

 離人感とともに、友奈は樹海に出現した。

 数日ぶりの樹海は相変わらず薄暗い世界で、光源がわからない。しかし地面がひときわ明るく見える。原理はよくわからないが、とにかく平らな場所に出現することができてよかった。傾斜の激しければすぐに車椅子が倒れてしまう。

 周囲を見回し、二十メートルほど前方に樹が立っているのを視認した。そのすぐ側に風と夏凛もいる。

 

「おーい!」

 

 三人は友奈のいる根とは違うものだからその間を移動できない。だからこちらから声をかけて気づいてもらうしかなかった。

 どうやら一度で気づいてもらえたようで、軽やかに飛翔して友奈のもとに着地する。

 ……何やら風の様子が何やらおかしい。目が血走らせて激昂している。興奮を抑えきれないのか呼吸も荒い。

 

「風先輩……?」

 

 心配そうに声をかけると、風はゆっくりと顔を向けた。

 友奈の変わり果てた姿を見たからか、顔を歪めて懺悔するかのようにその場に膝をついた。そしてぽろぽろと涙を流し、しゃくりあげながら話し始めた。

 

「ごめん、友奈……全部……全部あたしが悪いんだ……。勇者部に入れなければ、こんなことにはならなかった……」

 

「風先輩……」

 

「……でも、大赦だけは許せない。あいつらが満開システムを隠したせいで樹の夢が壊された。絶対にぶっ潰す」

 

 血を滲ませながら風は握り拳をつくる。耳障りの悪い歯ぎしりをして、何度も何度も地面を殴りつける。

 いったい友奈のいない間に何が起こったのかわからない。

 

「友奈……あんたはあたしと大赦に怒っていいのよ。生きる意思を散華したせいでッ……残りが、もう……!」

 

 散華、という言葉に夏凛と樹が如実にわかりやすい反応を示した。

 この瞬間、風は満開システムのことをふたりに話したのだと悟った。泥のような空気が場を支配する。夏凛は友奈をチラチラと様子を窺っている。

 あの時、病室で友奈が言い損ねてしまったことを言ってくれていたのか。しかし雰囲気は最悪と言える。

 樹海化しているのだから、バーテックスが襲来するのは間違いない。それなのに三人の士気はドン底にまで落ち込んでいる。

 このままではいけない。そう思った友奈は風の前まで車椅子で移動した。

 

「私は何も怒ったりなんてしませんよ。だって、仕方のなかったことですから」

 

「仕方なくなんて、ないでしょ……!」

 

「今の私の発言も『そういうこと』かもしれません。でも、もし初めから散華のことを知っていたとしても、私たちはきっと満開していたはずです」

 

 仕方ない。

 という言葉はあまりにも便利すぎる。これは免罪符になりえるものだ。そのせいで仕方ないと大赦と神樹によって、無垢な少女たちは搾取され続けてきた。

 もうたくさんだ。終わらせよう。不信と不安を爆発させ、怒りに囚われた風はそう考えて暴挙に出たのだろう。

 勇者として奮闘した結末が、これ。

 悲しみにくれるのも無理もない。しかし残念ながら、友奈にはその気持ちを真に理解することができない。

 ……だが。

 それでも、これだけは誰に否定されても胸を張って主張することができる。

 

「私は、勇者部に入ったおかげで皆と仲良くなれた! すっごく楽しかった! 毎日が楽しみで楽しみで仕方なかった! まだ子供だけど、人生で一番楽しい日々だった!! 私のこの気持ちは、絶対に嘘でも間違いでもない!!」

 

「……友奈……なんであんたはそんなに強いのよ……っ」

 

 風がその場に泣き崩れる。

 樹海で泣き声だけが神樹の聳える遥か向こうにまで虚しく響き渡る。

 友奈は子供のようにただ喚き続ける風の頭を撫で続けた。

 

「……風先輩はどうですか? 私たちとの日々は楽しくなかったですか?」

 

「楽しかったに、決まってるじゃない……!!」

 

 風は、そう大きく叫んだ。

 勇者部のすべての起点は風からだ。

 人のためになることをしようと活動していた五人は眩しいほど輝いていたはずだ。それを否定する人なんて、この世には絶対にひとりもいない。

 だから友奈は風に怒りや憎しみの感情などは一切抱いていない。むしろ、個性的ではあるが、そんな皆と出会うきっかけをくれたことに感謝しか抱いていない。

 だから風の友奈への大きな罪悪感はいらないのだ。

 友奈は手を胸に当てる。

 

「……樹ちゃんも、夏凛ちゃんも、よく聞いて。私は、私の今までの行動を人のせいにすることはない。――私は、勇者だ!! だから不屈!! だから死なない!! だから誰も私のことを気に病む必要なんて、ない!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの精一杯の宣言。

 勇者の資格を剥奪された友奈が、私は勇者であると神樹の領土、樹海で高らかに宣言してみせた。

 これはある種のけじめだ。大赦の勇者と、勇者部の勇者を明確に分離させるための自己暗示。

 樹と夏凛は難しい顔をしながらも、友奈の心を全身で受け止めた。風は肩を震わせてまだ泣き続けている。部長としての重荷やストレスなどをある程度解消できたかもしれないが、まだ動く気配はない。

 ……そういえば、東郷がいない。

 風を慰めるのに意識が向いていたせいで東郷の存在を二の次にしていた。急いで携帯で居場所を探すと、壁の上に点とともに東郷三森の名前があった。

 一度全員合流しよう。それからやって来るバーテックスに備えて――……。

 初めに異変に気づいたのは夏凛だった。

 樹海は神樹の領土だから生命の位置は一瞬で特定できる。その情報を携帯で確認できるから潜伏などへの抑止となり、正面勝負が強制されていた。

 だが、今携帯に表示されている壁の向こうから押し寄せる敵の座標がわからない。ただ赤い波が広範囲に渡ってじわじわと接近しているだけだ。

 基本的に、バーテックスの表示は赤い点でされる。

 ということは、これはただの波などではなく――。

 

「これ、全部敵……?」

 

 夏凛が呆気にとられた様子で遠くの壁際の空を仰いだ。

 瞬く間に空を白が覆い尽くす。夏凛が絶句する。目を凝らして見れば、ピーナッツのような形をしていて、全面に突き出した大きな口をガチガチと開閉を繰り返している。

 数えるのが馬鹿らしくなるほどの数。とてもではないが倒せるとは思えない。完全な劣勢から始まる戦いは初めてだ。

 しかし何より東郷との合流が先。それに、友奈は東郷にどうしても言わなければならないことがある。

 

「夏凛ちゃん、東郷さんの所に連れて行ってくれる?」

 

 夏凛は厳しいという表情を隠さなかった。

 友奈を上から下まで見下ろして。

 

「危ないわよ」

 

 と端的に告げる。

 

「わかってる。でも、それでも行かないといけないの」

 

「……わかった。私から絶対に離れないで」

 

「うん。樹ちゃん、風先輩をお願いするね」

 

 樹が大きく頭を縦に振る。

 敵がこちらに気づいて攻撃を仕掛けてくるまではまだ時間がありそうだ。東郷を呼び戻して作戦を練るには十分だろう。五人揃えば何か活路を見いだせるかもしれない。

 車椅子の車輪を固定モードに切り替える。そしてそれを両脇から掴んで持ち上げた夏凛が地面を蹴り、高く跳躍した。振り落とされないように友奈は肘掛けに懸命にしがみつく。

 壁に近づくと、何が起こっているのかが判明した。

 壁の一箇所に大穴が空いているのだ。そこから大量の敵がなだれ込んできている。

 夏凛と目配せをして、先に進もうと意思を共有する。

 二度ほど大跳躍をしてようやく壁まで到達することができた。一気に上まで上がり、ゆっくりと車椅子が降ろされた。

 東郷が……すぐそこにいた。

 複数の迎撃用の機構を周囲に展開している。

 こちらに背を向けたまま、壊れた壁から次々に侵入する敵のうち、接近してくるものだけを無言で撃ち落としている。その正確さは百発百中。東郷はその場から一歩も動く様子はない。

 

「東郷、こんなところで何やってんのよ。皆があっちで待ってるから合流するわよ」

 

「…………」

 

 東郷は無言を貫く。

 

「ねえ、聞いてるの?」

 

「…………」

 

 夏凛の呼びかけを無視する東郷は、誤魔化すように迎撃のスピードを上げた。止むことのない光線が猛威を振るい、圧倒する。

 明らかな無視に熱があがった夏凛がにじみ寄って肩を掴もうとしたその時、東郷の口からとんでもない言葉が吐露された。

 

「壁を壊したのは……私よ」

 

「……はあ? 何言ってんの。ほら、はやく行くわよ」

 

「冗談ではないわ。私の意思で壊したの」

 

 夏凛の腕がゆっくりと降ろされた。僅かに眉をひそませたあと、右手に刀が現れる。

 そしてそれを躊躇なく東郷に向けながら、静かな怒気を孕めて質問した。

 

「――本気? それ、どういう意味かわかってんの?」

 

「ええ、わかっているわ。わかっているからこそ――、ぇ。ゆ、友奈、ちゃん……?」

 

 振り向いた東郷はその場にいるはずのない友奈に、目に見えて動揺する。

 勇者でない友奈が樹海に召喚されるはずがない。これは明らかにおかしいことで、友奈にとって危険でしかない。これでは東郷の計画の後味が悪くなってしまう。

 

「東郷さん……今の、本当?」

 

 友奈に問われ、東郷は力の抜けていた拳をギュッと握りしめた。

 

「そうよ……。私はわかっているからこそやったの」

 

 そう言い残すと、東郷は踵を返して壁のさらに向こう側へと飛んでいった。地平線が見えるほど遠く広がっているはずの空間だが、それが一定の距離に達すると東郷の姿が消えてしまった。

 反射的に追いかけようとした夏凛だが、一度友奈の元へと戻る。

 東郷が消えたということは、今目の前にある無限の地面は偽物で、カモフラージュされている。つまり、何かを視覚的に隠している。

 東郷が迷うことなく飛び込んだから害はないだろうが、未知の領域に足を踏み入れるとなるとどうしても臆病になる。

 どこからが景色の切り替わりなのかわからないまま、じりじりと夏凛は車椅子を押す。

 

「大丈夫だよ、夏凛ちゃん」

 

 頭だけ後ろを振り向いて安心させようと声をかけてくれた友奈に励まされ、夏凛は思い切って境界を超えた。

 魂すら焼かれそうな突風を感じ、ふたりは思わず目を瞑る。そして次に目を開けると、とんでもない世界がそこには広がっていた。

 一面、赤。朱。紅。

 どこまでも煮えたぎるマグマのような、どうしようもない世界がそこにはあった。

 それだけではない。樹海に侵入してきた倍以上の白い敵が悠々と空を飛んでいるのだ。それらはランダムに浮遊したり、群れをなしたりしている。そして群れは気味の悪い動きを繰り返しながら互いに絡み合い、ひとつの形に凝縮されていっている。まだ完成してはいないらしいが、赤く光沢を放つ巨大な体躯は、どこからどう見てもバーテックスのそれだった。

 

「なに、これ……」

 

 友奈の口から掠れがかった声が漏れる。

 これ以上、現実を表現する言葉が思い当たらなかった。

 夏凛の手が震えているのが、グリップ越しに背中に伝わる。

 これは……何だ。

 

「――外の世界はもう終わっているの。そしてバーテックスは十二体ではなく十二種類いて、無限に私達の世界に攻撃してくる」

 

 目の前で待ち構えていた東郷がこちらに振り向いた。その目尻には涙が溜まっている。

 神樹様によって守られている領土はほんの一欠片で、それ以外はすべて敵。袋のネズミもいいところで、少しでも本気を出されると容易く友奈たちの世界は圧倒されるだろう。

 

「私たちは何度も戦い、満開を繰り返し、人間性を取り上げられ、その果てに……あんな……!」

 

 乃木園子の姿が友奈の脳裏をよぎる。

 バーテックスが無限に襲来してくるということは、勇者が無限に出撃しなければならないということ。この終わらない戦いで一方的に傷つけられ、打ち捨てられるのは無垢な少女たち。これまでも、そして、これからもこの地獄は続く。

 

「そうやってボロボロになって、それでも戦って……皆が傷ついていくのを見ていられない!」

 

 両手に銃が現れ、引き金に指をかける。

 狙いは、壁。

 これ以上穴を開けられると、取り返しのつかない損傷になってしまう。今ですらキャパシティーを大きく上回っているのに、本当にどうしようもなくなってしまう。

 じゃりぃぃん! と二本の刀を鳴らして夏凛は吠えた。

 

「やめなさい東郷!」

 

「どうして止めるの⁉ もう方法がこれしかないの……!」

 

「私は、大赦の勇者だから……」

 

「その大赦があなたをただの道具としてしか見ていなかったのよ?」

 

 東郷の指摘することは事実で、これまでの大赦の対応といい思い当たりがありすぎる。今の言葉をすぐに否定できなかったのが何よりの証拠だ。

 夏凛は押し黙り、口の端を強く噛む。

 東郷の気持ちは……誰よりもわかる。なんて言葉が友奈には言えない。それは東郷のことを支持することになってしまうからだ。

 神樹様の加護が消えれば人類の滅亡は明らかだ。東郷はこれを故意に実行しようとしている。

 一筋の涙がつう、と流れたのを友奈は確かに見た。

 東郷の決意の硬さに、友奈の安易な擁護や反対なんて霞がかるだけだ。

 

 しかし。

 だが。

 それでも――。

 

 友奈にもまた、どうしても譲れないものがある。

 逃げてはいけない。現実としっかりと向き合うべきなのだ。

 レバーを倒し、友奈は前に出た。

 

「――東郷さん」

 

「止めないで友奈ちゃん。わかって! もうこれしか……!」

 

「わかってあげない」

 

 友奈は凛とした態度で即答した。

 カチカチと震える東郷の手が止まる。そして、ゆっくりと力無く下に降ろされた。

 悲痛な表情でこちらに振り向く。

 

「どうして……ッ!」

 

「東郷さんのほうこそ、どうして! 私たち、約束したよね! 助け合うって! でもこれは違うよ!」

 

 東郷にとって何よりも大事な約束であったのなら、友奈にとっても大事でないはずがないのだ。

 東郷は精霊が護ってくれるとわかっていたからナイフを投擲した。

 しかし今回は違う。

 皆のために……友奈のために死を許容しようとしているのだ。

 この考えは友奈の生きようとする願いを真っ向から終わらせるものに他ならない。

 

「っ! でもっ! それでも! 外の世界がこれじゃどうしようもないのよ!」

 

「私は……東郷さんを止めるよ。東郷さんも止めるつもりはないんでしょう? ……だから、喧嘩をしよう。ぶつからないとわからないことだってあるんだよ。私は全力で東郷さんを止めて、わからせる!」

 

「その身体で……どうやって私をわからせるの!」

 

 勇者でない友奈におよそ反応できない速度で東郷は銃を撃った。

 それは車椅子の足元を崩し、バランスを失った車椅子が倒れて友奈は地面に投げ出された。

 

「東郷!!」

 

 夏凛が強く名前を叫ぶ。

 

「今の一発にも反応できないのに、私を止められるはずがないでしょう!」

 

「――できる!!」

 

「「――――」」

 

 鋭い一声に、東郷も夏凛も静まり返った。

 地面に倒れ、蛆虫のようにもぞもぞと身じろぎする友奈が懸命に左腕と左脚を動かして上体を起こした。

 無限の赤の世界を眺め、次に東郷を見上げる。

 そして静かに囁いた。

 

「……それでも」

 

 友奈はあの約束を今でも鮮明に覚えている。

 東郷が傷つく仲間を見たくないと言うのなら、友奈もまた、東郷が今まさに傷ついている様を見過ごすことなんて絶対にできない。

 苦しむ人を助けるのに、果たして大赦の勇者である必要があるのだろうか。

 否! 断じて否!

 宣言したはずだ!

 結城友奈は勇者であると!

 ならばそれに見合う、誰にも負けない強い意志をここに示せ!

 友奈の中にある、勇者でありたいという願い。人のためになりたいという願い。それらをすべてかき集め、虚ろとなっていた勇者という像へピースとして当てはめていく。

 すんなりと心地よいほどに欠けた部分が補われてゆく。ひとつ、またひとつと隙間が埋められ、確固たるモノが形を成し始める。

 ――しかし、まだ足りない。

 勇者像を友奈自身に投射することができない。その妨げとなるのが、人でなしであると思い込んでいる結城友奈だ。

 ……おじさんの言葉を思い出す。

 助けたい。救いたい。とても簡単な理由だけで十分だ。

 すでに結城友奈は勇者であって、自分を見失っていただけに過ぎない。

 自己を再認識し、もう一度立ち上がる。

 今が、その時だ。

 

「――それでも、私は勇者だから!!!」

 

 赤の世界にも遠く遠く木霊するほどの声量で友奈はその意思を示した。

 同時に人でなしの虚像を拳で力任せに殴りつけると、硬質な音とともに砕け散った。

 その瞬間、友奈の左手に突如出現した携帯がすっぽりと収まった。その画面はすでに切り替わっていて、勇者への変身ボタンが今か今かと存在を主張している。

 友奈はそれを躊躇なくタップした。

 すると、桜の花びらが周囲を力強く舞い上がった。

 それが引くと、そこには勇者姿の友奈が堂々と二本の脚で立っていた。麻痺してしまった右半身の補助として桜の枝木が絡みつき、その代用としている。

 

「友奈ちゃん……」

 

 だが、やはりまだ慣れてはいないようだ。ぎこちない動作で腕や脚を動かしたりして確認をし始める。そうして身体が慣れたのか、一歩、二歩と前に踏み出した。

 東郷が顔をくしゃくしゃにして声を荒げる。

 

「どうして、友奈ちゃんはそうやって……!」

 

「何度でも言うよ。私は勇者だから、東郷さんを助けるんだ」

 

 右手の指に絡みついた枝木を軋ませて握り拳がつくられる。

 

「私は本気でぶつけて、その上で助ける。それが嫌だったら東郷さんも本気でぶつけてきて。これは、喧嘩だよ」

 

 一歩近寄る度に、東郷が一歩引き下がる。

 弱った東郷に容赦することなく友奈は歩を進める。距離は確実に近づいている。残り約五メートルほどか。

 そしていざ殴りかかろうとしたその瞬間、左からの衝撃が身体を揺さぶった。夏凛が飛びついて来たのだ。そしてそのまま友奈の身体を抱えて壁の中へと勢いよく跳躍した。

 その意味は刹那の間に理解した。友奈の立っていた位置に敵が雪崩のように押し寄せていたのだ。もし夏凛の横槍がなければと思うとゾッとする。

 樹海へと戻ってきたふたりは、追撃にやってきてそのまま侵入してきたバーテックスの猛攻を掻い潜りながらなんとか着地に成功した。根がいい具合に生えているおかげで影になり、居場所がバレる心配はない。

 下から顔だけバーテックスの姿を覗きあげると、下半身の射出口のような部位から絶え間なく白い敵を生み出しているのがわかる。

 

「ちょっと友奈、顔出しすぎ!」

 

「うわっ!」

 

 夏凛に服を引っ張られて友奈はたたらを踏んで引き下がった。

 先の奇襲で東郷とははぐれてしまった。樹海に入る瞬間、東郷も現場を離脱していたのは視認できたがどこにいるのかわからない。もしかするとまだ壁の付近にいるのかもしれない。

 神樹様を東郷ひとりの力で倒すことは恐らくできないはずだ。だから今やるべきことは、バーテックスを排除すること。

 交代して夏凛が顔を出して壁の様子を確認する。すると今度は新たに四体のバーテックスの侵入を許していた。

 悠々と侵攻する姿はまるで我が領土とでも言わんばかりだ。五体となれば流石にこちらが不利だ。夏凛は心の中で舌打ちをして友奈を見た。

 どういう過程があったのかは知らないが、友奈は勇者として復活した。復帰早々悪いが、酷な戦闘を強いられることになるだろう。

 複雑そうな心境を視線から受け取ったのか、友奈は小さく微笑んでみせた。

 

「大丈夫だよ、夏凛ちゃん。ちゃんと戦えるから」

 

「でもバーテックス五体もいるし……ふたりだけじゃ……流石に犠牲なしにはいかないわよね」

 

 後方の戦闘音が微かに聞こえてくる。風と樹が無限の敵を迎え撃っているのだろう。

 もし夏凛たちがバーテックスの侵攻を許してしまうとどうなるかはわかりきっている。

 つまり、ふたりだけでなんとしてでも敵を食い止め、なおかつ勝たなければならないのだ。

 それはもう暗に満開の必要性を仄めかしているのと同じだ。もちろん友奈もそれをわかっているはず。

 

「この場所はいずれバレるわ。そしたら戦闘は避けられない。覚悟は……いい?」

 

 真剣な面持ちで問うが、友奈は陽気に「大丈夫!」と答えてみせた。

 

「そんな軽い話じゃ……!」

 

「わかってるよ。死ぬわけじゃないしね。で、も……うん、わかってるよ。覚悟はできてる」

 

 舌が痺れたような友奈の言い草は、夏凛の覚悟をより一層強固なものにした。

 友奈は今も散華と戦っているのだ。その恐怖を誰よりも一心に浴びているのにさらに満開を重ねようとしている。

 正直、何度満開することになるのかは想像もできない。だが、絶対に友奈に満開をさせすぎないという決意が漲った。

 

「……いくわよ」

 

「うん」

 

 影から一気に飛び出し、数段上の根に登り、バーテックスたちの前に躍り出た。

 敵の存在に気づいたバーテックスたちが向きを変え、ふたりを捉える。

 右肩の満開ゲージを見つめ、夏凛は深く息を吐いた。

 そしてふと、携帯である画像を見始めた。それはこの前、夏凛の家で誕生日会をやった時のものだ。プレゼントを渡されて、恥ずかしがりながらも受け取る三角帽の夏凛自身が映ったものだ。

 

「あっ! それいい写真だね」

 

「ちょっと! 勝手に覗き込むなぁ!!」

 

 肩からひょっこり顔を覗かせた友奈に驚きつつ、手を振って遠ざけた。

 

「それ、大切に保存してくれてたんだ。嬉しいな」

 

「まあ……別に」

 

 口を尖らせながら恥ずかしさを誤魔化し、携帯をしまって両手剣を手に持った。

 バーテックスたちから殺意が向けられる。無意識に身体が震える。しかし、右手を暖かいものが包み込んだ。

 友奈だ。友奈が夏凛を安心させようとしてくれているのだ。

 

「ありがとう……友奈」

 

 右の刀で空を斬り払う。そして我を大きく見せながら高らかに名乗りを上げた。

 

「さあさあ! ここからが大見せ場!! 遠からん者は音に聞け!! 近くば寄って、目にも見よ!!」

 

 すると、友奈が両腕に力を入れた。そして胸いっぱいに空気を吸い込み、ありったけの声量で声を張った。

 

「讃州中学二年勇者部部員! 勇者、結城友奈!!」

 

 夏凛は胸が急激に熱くなるのを感じた。圧倒的な不利な状況だが、それでも絶対に負けないという自信に満ち溢れた。

 

「同じく、三好夏凛!!」

 

 大赦の勇者ではなく、勇者部の勇者として夏凛は名乗る。

 東郷も友奈も、誰かが傷つくのを見たくないのと同じように、当然夏凛もそれを抱いている。

 夏凛が勇者部と関わった期間は長いとは言い切れない。所詮は既存の勇者たちの戦力増強として派遣された人間だ。別に事務的な関係だけで良かったはずだ。しかしどうしてこうなったのだろう。半ば強引に活動に参加させられることが多々あったが、皆と過ごした日々は何よりも濃密で……楽しかった。

 だからそんな仲間たちを守るためにも、大赦の、ではなく勇者部の勇者であることがこの場では必要だ。

 

「今こそ、私たちの実力を見せる時ッ!」

 

「この先に進みたくば、私たちの屍を越えて行け!!」

 

 友奈に続いて夏凛も大声量で応える。

 闘志が燃え盛る。ひとりならきっと怖がってしまっていたかもしれない。

 だが、ひとりではない。

 友奈が一緒だから。

 それだけで、無限の力が沸き起こる。

 

「いざ! いざ! いざ、いざ尋常に――」

 

 友奈の鼓舞に、夏凛が声を重ねる。

 

「「――勝負!!」」

 

 そして、ふたりは力強く地面を蹴り上げた。




かつて、先代の赤の勇者はひとりで複数のバーテックスを迎え撃ったという。
しかし今回は違う。ひとりじゃない。

外の世界はすでに終わっていて、救いはない。
それでも、勇者は立ち上がる。

では、また次回!
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